【余談】 マジック世界の宗教的な建物を指す英単語の日本語訳について
 マジック世界の宗教的な建物を指す英単語の日本語訳の話をしようと思うけど、その前に、Twitterで上げたけどまったく反応がなくて寂しかったパズルを載せておく(右図)。

 はい、ここからが本題。

 回顧さんのブログで「TempleとShrineってどう違うの」みたいな話題が出てて面白かったので パクって 乗ってみる。

   2018年02月16日:翻訳に自信ニキへ質問
   http://blacklotus1000kyen.diarynote.jp/201802160152152322/

 個人的には「Shrine」は「祠」というイメージで「ひっそりと何かが祀られているいる場所」が思い浮かんで、「Temple」は「お寺、神殿」などで、より住環境がそろってて人の出入りが激しいイメージ。

 マジックの訳だとどうなってるのかなあ、とちょっと調べてみた。「Shirne」と「Temple」とそれら以外の色々な宗教的建物たち。

▼ Shrine の訳

 まずは2001年10月発売のオデッセイに収録されていた祭殿サイクル。ここから「Shirine = 祭殿」が始まった。

   《エイヴンの祭殿/Aven Shrine》
   《セファリッドの祭殿/Cephalid Shrine》
   《陰謀団の祭殿/Cabal Shrine》
   《ドワーフの祭殿/Dwarven Shrine》
   《ナントゥーコの祭殿/Nantuko Shrine》

 次はその3年後、2004年10月発売の神河物語に収録されていた「祭殿/Shrine」サイクル……なんだけど、カード名は「本殿/Honden」である。

   《浄火の本殿/Honden of Cleansing Fire》
   《風見の本殿/Honden of Seeing Winds》
   《夜陰の本殿/Honden of Night’s Reach》
   《激憤の本殿/Honden of Infinite Rage》
   《生網の本殿/Honden of Life’s Web》

 じゃあ何が「祭殿」だったのかと言うとエンチャントのタイプが「祭殿/Shrine」だった。

 その次は2年後の2006年発売、ギルドパクトに収録されていた《神無き祭殿/Godless Shrine》。これはサイクルではなくて通称ギルドランド(もしくはショックランド)と呼ばれていた2色地形の1つ。サイクルではないけど、やっぱり「祭殿」。

 さらに5年の月日を経て、2011年05月発売の新たなるファイレクシアに新たなる祭殿サイクルが登場した……けど、元祖「祭殿/Shrine」サイクルとは違ってカードタイプはアーティファクトで、名前に「Shrine」が入っているサイクル。

   《忠実な軍勢の祭殿/Shrine of Loyal Legions》
   《貫く幻視の祭殿/Shrine of Piercing Vision》
   《限界無き力の祭殿/Shrine of Limitless Power》
   《燃え上がる憤怒の祭殿/Shrine of Burning Rage》
   《際限無き成長の祭殿/Shrine of Boundless Growth》

 その次の「Shrine」は2013年09月発売のテーロスに収録されていた《ニクスの祭殿、ニクソス/Nykthos, Shrine to Nyx》で、これは信心を参照して大量マナを出せる(かもしれない)カード。

 というわけで遥か17年前の2001年から「Shrine = 祭殿」という掟は守られ続けてきた。

 なお今現在もっとも新しい「Shrine」は2015年10月発売の戦乱のゼンディカー、カード名は《見捨てられた神々の神殿/Shrine of the Forsaken Gods》。

 なので、実は守られてない。

 なぜ20年近く守ってきたテンプレを変えたのか。何があったのか。

 まあいいや。

 最後に「Shrine」番外編を2枚紹介しておしまい(なお2枚とも神河謀反)

 1枚目は《廃院の神主/Empty-Shrine Kannushi》。実は「Shrine」ファミリーのうち、唯一のクリーチャー。これも「Shrine = 祭殿」を守っていないと言えばそうかもしれないんだけど……なんか「Empty-Shrine」だと一応は「Shrine」界とはいえ、その辺境に住まう隠者というか……なんか伝わらなさそうなのでいいや。

 2枚目は《祀られる記憶/Enshrined Memories》。《廃院の神主/Empty-Shrine Kannushi》が唯一のクリーチャーなのに対して、これは「Shrine」ファミリー唯一のソーサリー。いや、さすがにこれは本当に「Shrine」ファミリーじゃないな。

 あ、もう1個思い出した。フレイバーテキストから1枚。

 フレイバーテキストだと「Shrine」の訳が「祭殿」でも「神殿」でもないパターンがあって、例えば《巻物の君、あざみ/Azami, Lady of Scrolls》だと以下のような訳になっている。
"Choices belong to those with the luxuries of time and distance. We have neither. I recommend we proceed with the plan to destroy all shrines of the kami."
- Lady Azami, letter to Sensei Hisoka
「選ぶことができるのは、時間も空間も贅を尽くせる者ばかり。我らにはいずれもありませぬ。神のをすべて破壊する計を進めてはいかがかと存じます。」
―― あざみより密師範への書簡

▼ Temple の訳

 ほぼ「祭殿」が占めてた「Shrine」に対して「Temple」は大きく2つに分かれてる。まずは「Temple = 神殿」の訳をとるテーロスの神殿サイクルがある。

   《奔放の神殿/Temple of Abandon》
   《欺瞞の神殿/Temple of Deceit》
   《神秘の神殿/Temple of Mystery》
   《静寂の神殿/Temple of Silence》
   《凱旋の神殿/Temple of Triumph》
   《啓蒙の神殿/Temple of Enlightenment》
   《悪意の神殿/Temple of Malice》
   《豊潤の神殿/Temple of Plenty》
   《天啓の神殿/Temple of Epiphany》
   《疾病の神殿/Temple of Malady》

 サイクルは当然同じとして、これ以外にも「Temple = 神殿」のカードがある。

   《神殿アルティサウルス/Temple Altisaur》
   《アクロゾズの神殿/Temple of Aclazotz》

 次に違う訳、「Temple = 寺院」のカードたち。

   《さびれた寺院/Deserted Temple》
   《ウーラの寺院の探索/Quest for Ula’s Temple》
   《エルドラージの寺院/Eldrazi Temple》
   《シヴィエルナイトの寺院/Svyelunite Temple
   《寺院の庭/Temple Garden》
   《寺院の見習い僧/Temple Acolyte》
   《寺院の鐘/Temple Bell》
   《寺院の長老/Temple Elder》
   《旅する寺院/Wayfaring Temple》
   《溺墓の寺院/Drownyard Temple》
   《邪神の寺院/Temple of the False God》

 おまけとしてフレイバーテキストで「Temple = 寺院」をとるカードたち。

   《アンフィンの殺し屋/Amphin Cutthroat》
   《古代の聖塔/Ancient Ziggurat》
   《内にいる獣/Beast Within》
   《大焼炉/Great Furnace》

 面白いのは上記の最後に紹介してる《大焼炉/Great Furnace》。ミラディンで初登場した悪名高きアーティファクト・ランドのうちの1枚で、そのときのフレイバーテキストでは以下のとおりで「Temple」は「寺院」と訳されていた。
カルドーサ、溶けた金属の噴き出す、ゴブリンの群落の寺院
参照:http://www.hareruyamtg.com/jp/g/gMRD000069JN/

 ところがこれが統率者2014の構築デッキで再録された際のフレイバーテキストでは以下のとおり「寺」と訳されていた。おそらくマジック界の「Temple」訳の中で、唯一の「寺」と思われる。
カルドーサ、溶けた金属の噴き出すゴブリンの群落の
参照:http://www.hareruyamtg.com/jp/g/gC14000121JN/


▼ その他の訳

 他の宗教的な建物や場所を示す名称としては「Church」や「Basilica」や「Cathedral」などがある。最初の「Church」を含むカードは《取引の教会、オルゾヴァ/Orzhova, the Church of Deals》の1枚だけ。

 「Basilica」の訳は全て「聖堂」で統一されている。

   《オルゾフの聖堂/Orzhov Basilica》
   《聖堂の護衛/Basilica Guards》
   《聖堂の金切り声上げ/Basilica Screecher》

 「Cathedral」はそれより大きい建物らしくて「大聖堂」の訳で統一されている。

   《大聖堂の皮膜/Cathedral Membrane》
   《大聖堂の聖別者/Cathedral Sanctifier》
   《戦の大聖堂/Cathedral of War》

 じゃあ「大聖堂」の訳は「Catheral」専用なのかというとそうでもなくて、こんな名前のカードがある。

   《神託者の大聖堂/Oracle’s Vault》

 他にも「Vault」を含むカードは色々あるわけで、じゃあそれらの訳はなんなのよ、というとカード枚数はそれほど多くないのに、日本語訳の種類は妙に多い。

   《大霊堂の信奉者/Disciple of the Vault》
   《危険な/Perilous Vault》
   《カトラカンの宝物庫/Vault of Catlacan》
   《ファイレクシアの/Phyrexian Vault》
   《底無しの縦穴/Bottomless Vault》
   《大天使の霊堂/Vault of the Archangel》

 ちなみに「Vault」一族の異端児たちには、複合語(?)の《獄庫/Helvault》や《変わり谷/Mutavault》、それ以外にも「跳ねる、たわむ」などの意味を持つ動詞の「Vault」を含む《顔投げ/Facevaulter》と《空への跳躍/Vault Skyward》などがある。

 上記で色々挙げてきた以外の宗教的な建物名と言えば「神社」か。

 マジックにも「神社」を名前に含むカードがあるかどうか、というと一応はある。ただ「神社」の対となる英単語はカード名の中には存在しない(以下の1枚目の「院」は「Temple」の訳)。

   《先祖の院、翁神社/Okina, Temple to the Grandfathers》
   《翁神社の夜警/Okina Nightwatch》

 どっとはらい。
 はじめに。
 元の記事が書かれたのは15年以上前なので、言及されているルールのうち、今では変わってしまっている部分もある(もしくは一度変わってからまた戻っている可能性もある)。なので厳密なルールの確認としてではなくて純粋に当時のネタ記事としてお楽しみください。


【翻訳】伝説の能力こと「他の~とのバンド」の凄さを教えてやんよ/Absurd or Ridiculous? You Decide【DailyMTG】
Mark Gottlieb, テクニカルエディタ
2002年03月06日
元記事:http://magic.wizards.com/en/articles/archive/absurd-or-ridiculous-you-decide-2002-03-06.

 君も「他の~とのバンド」に加わってみないかい?

 はい、というわけで世界中の皆さん、こんにちは。

 僕はウィザーズ社でテクニカルエディタを務めているマーク・ゴットリーブという者だ。カードテキストに関する仕事をしてる。それにとどまらず、能力やフレイバーテキストは当然として、カード名もそうだし、更にはパッケージやら注釈やらルールの更新もやってる。

 とにかくテキストが絡むことであれば、世に出る前に綺麗さっぱり磨き上げる必要があるってことさ。そんなわけでルールテキストについて詳しい僕が、ここで話題にしたいのは「他の~とのバンド」という能力だ。

 そう、おそらく歴代のキーワード能力の中でも最低最悪と評されるアレだ。


 えーと、まあバラしてしまうとこの記事を書く羽目になったことと僕の部署は関係ない。事の経緯はこんな感じだ。

 僕が社内で「他の~とのバンドってマジでわけ分かんないよね」みたいなことを大声で話してたら、それをウェブサイトの編集者であるフォーサイス氏に聞かれてしまった。

 公式サイトのネタに飢えていたフォーサイス氏は、すかさず僕を捕獲してこの記事を書かせることにしたというわけだ(以来、僕らはフォーサイス氏が近くにいるときはうかつに口を滑らせないようになったけど、それはまた別の話だ)

 さて、当時のレジェンドのブースターパックに同封されていたカード(註)について今週の月曜日の記事で紹介されていた。そのルールカードにはこの「他の~とのバンド」にという能力に関する説明文も付記されていたから、すでに能力について学んでる人もいるかもしれないね。
(註) 同封されていたカード
 レジェンドというセットは当時の他のセットと異なり、純粋に拡張用として発売された。そのため土地を含むスターターパックが存在せず、全てブースターパックだった。
 それらすべてのブースターパックには「Legends Rules Card」が封入されていた。これはレジェンドで新たにお目見えした様々な新ルールについての説明が(非常に小さい字で)書かれていた。
 これ以降のセットでは、そういった説明や注釈文はカード自体にカッコ書きで付記されるようになったため、この「ルールカード」はレジェンドにしか存在しない……と文中にある(2002年当時の)月曜日の記事には書かれていたが、その後プレインズウォーカーカードのために再登場している。

 とはいえフォントがあまりに小さいから読むのが大変だったと思う。あらためてここで説明しておこう。

 まず初めに、「他の~とのバンド」を理解するためにはそもそも「バンド」という能力を理解する必要がある。「バンド」とは今は亡きキーワード能力で、初代アルファ版からウェザーライトまでのあいだ全てのセット(ただしビジョンズを除く)を彩っていた。

 白とアーティファクトに多く授けられたその能力は非常に強力(かつ非常にややこしい)能力だった。

 どう強かったかというと、この能力が戦闘の基本となるルールを覆せたからだ。どうややこしかったかというと(お気づきかもしれないけど)この能力が戦闘の基本となるルールを覆せたからだ。

 「バンド」についてごく簡単に説明すると次の通りだ。

 もし君のクリーチャーたちが「バンド」というグループ化している状態で攻撃もしくはブロックを行った場合、そいつらに与えられるダメージの割り振りは、与える側のコントローラではなく、君が行える。

 なかなか強そうだろ?

 ただここから少しでも踏み込むとすぐに「???」となること請け合いだ。

 まずこの能力、攻撃時とブロック時の挙動が異なる。

 X体のクリーチャーでバンドを組んで攻撃したい場合、最低でも「X-1」体が「バンド」を持っている必要がある。対して、ブロック時にバンドを組む場合は、最低でも1体が「バンド」を持っていればよい。

 複数の攻撃クリーチャーがバンドを組んで攻撃してきた場合、それは1体のクリーチャーでブロックできる。また回避能力(飛行、沼渡りなどなど)を持った攻撃クリーチャーがそれを持っていないクリーチャーとバンドを組んでいた場合、バンド全体がブロックされてしまう。

 ついてこれてるかな?

 さて、ここからさらにややこしくなるぞ。

 もしブロック後かつダメージを与えあう前に、バンドを組んでいるブロッククリーチャーの中で唯一「バンド」を持っていたクリーチャーが破壊されたらどうなるか?

 また、君が3体のクリーチャーでバンドを組んで攻撃し、相手は3体のクリーチャーでブロックした。攻撃クリーチャーの1体がトランプルを、ブロッククリーチャーの1体が先制攻撃を持っていたらどうなるか?

 なお書いてる僕自身が答えを分かってない。

 まあでもいいじゃないか。どうせ30枚程度のカードにしか記載されてない能力だし、なんとなくは理解できただろ? 悩む時間がもったいない。

 それにここまでは前菜だ。

 「他の~とのバンド」は、「バンド」の効果をさらに狭めたもので、かつレジェンドというセットにしか登場してない。多分だけど「バンド」をさらに複雑にする必要があったんだろうね。

 「他の~とのバンド」は、当然といえば当然だけど、実際のカードに印刷される際には「~」に文字が入る。具体的にはクリーチャータイプ(註)だ。たとえば「他のレジェンドとのバンド」や……「他のゴブリンとのバンド」とかそんな感じだ。

(2つ目の「他のゴブリンとのバンド」は予想外だったろうね。君らの驚きが伝わってくるよ。まあまあ、落ち着いて。これについてはまたあとで説明するさ)
(註) クリーチャータイプ
 当時は「レジェンド」はクリーチャータイプの一種だった。複数の同名レジェンドが戦場に同時には存在できないというルールは、このクリーチャータイプのために特別に存在していた。

 「他のレジェンドとのバンド」を持っているクリーチャーは、同じく「他のレジェンドとのバンド」を持っているクリーチャー(もしくは通常の「バンド」を持っているクリーチャー)とのみバンドを組める。

 つまり「他のレジェンドとのバンド」を持っているクリーチャーと「他のゴブリンとのバンド」を持っているクリーチャーとはバンドを組むことができない。

 また、通常の「バンド」のルールとは異なり、「バンド」を持っていないクリーチャーは上記で結成されたバンドには一切参加できない(おさらいだ。通常の「バンド」のルールでは、イケてない奴であっても1人だけであれば例外的にバンドに参加させてもらえる)。

 防御時には(通常の「バンド」能力を持ったクリーチャーがいない場合)、同じ種類の「他の~とのバンド」を持ったクリーチャー同士はバンドを組めるが、「バンド」を持ってないクリーチャーはこのバンドに一切加わることはできない(これまた通常の「バンド」のルールとは異なる)。

 ここまで読んで、あれ?、と思ったかもしれない。何かがおかしい気がする、とね。

 よし、じゃあおさらいだ。「他のレジェンドとのバンド」という能力を持つクリーチャーは「誰とバンドが組めない」のか? ……気づいたようだね。そのとおりだよ。いや、あー、うん、納得いかないのは分かるけど、とりあえず落ち着いてくれ。

 君の考えは正しい。そう「他のレジェンドとのバンド」を持っていても、他のレジェンドとはバンドが組めないんだ!

 「他のレジェンドとのバンド」を持っているクリーチャーは《ベナリアの勇士/Benalish Hero》とならバンドを組める(相手がバンドを持ってるからね)。問題ない。

 「他のレジェンドとのバンド」を持っているクリーチャーは「他のレジェンドとのバンド」を持ったゴブリンとバンドを組める。問題ない。(とはいえ正直なところ、レジェンドというセットが発売された当時において、このシチュエーションを実現することは不可能だったし、思いつくことすら無理だった。この馬鹿げた組み合わせが実現可能となるのは、5年後のメルカディアンマスクスで《奸謀/Conspiracy》(あなたのクリーチャーのクリーチャータイプを選んだものに書き換える)が登場して以降だ)

 「他のレジェンドとのバンド」を持っているクリーチャーは、しかし、レジェンドである《アクセルロッド・グナーソン/Axelrod Gunnarson》や《Halfdane》とはバンドを組めない。


 なるほどね。

 まあ、しょうがない。そういうものなんだから。

 確かに間が抜けた話には聞こえるけど、名前が分かりづら過ぎるってだけの話であって、能力それ自体がそこまでひどいというものでもない。

 既存の能力の下位互換ではあれど、実のところ「他の~とのバンド」にもいいところはある(その発見者としては興奮せざるをえない)。そう、これの持つフレイバーを考えてみてくれ。

 叙事詩の世界で数々の陣営がぶつかり合う戦乱の時代、互いに背中を預けることが出来たのは価値観を共有する同じ種族、もしくは共闘する技に長けた者たち同士だけだったのだ……(あ、念のために付け加えておくと、後者は通常の「バンド」持ちのクリーチャーのことね)

 「バンド」という能力は強すぎたから、より多くのクリーチャーに「バンド」という能力を与えるためにはこういった形での差別化もなかなか賢い方法だったと言えなくもない。

 あまりにも多くのクリーチャーに通常の「バンド」を持たせると逆にバンドの意味がなくなる。そこで多くのクリーチャー部族が「その仲間内だけ」という狭い範囲内でだけバンドを組める能力を持たせたわけだ。

 そうそう、僕も当時は「他のゴブリンとのバンド」を集めたゴブリンの巣穴デッキやら、「他のエルフとのバンド」を集めたエルフの集落デッキを……まあ、そのなんだ、作ったり作らなかったり……

 うん。

 ごめん。嘘ついた。

 実際のところ「他の~とのバンド」のバリエーションはそれほど多くは作られなかったんだよね。

 多く、というかホントは少なかった。

 いや、少なかったという表現も微妙だな。

 何しろ2種類だったからね。

 そう。

 2種類。

 片方が存在しさえしなければ、能力名が分かりづらいとかいう悩みすら不要だったわけだ(単独で別の名前にすればいいんだ)。

 ちなみにその2種類というのは「他のレジェンドとのバンド」と「他の狩人狼とのバンド」……え? そうだよ。2つ目のは「他のとのバンド」ですらなくて「他の狩人狼とのバンド」だ。

 より正確に言えば、現在のオラクル上の表記では「他の《狩人狼》という名前のクリーチャーとのバンド」になってるけど、心底どうでもいい。


 と、まあそんなわけで、様々な種族が互いに力を合わせて戦うというようなフレイバーも残念ながら実際は存在しなかったわけだ。

 いやいやいや、だからといって「他のレジェンドとのバンド」がダメということにはならないよね。何しろレジェンドというセットには55体もの伝説のクリーチャーたちがいたわけだ。

 その全員とは言わないまでも、それなりの数の英雄たちがこの力と共に戦場にあればこそ、強固な結束と守りを信じて肩を組み、高らかに突撃のラッパを吹きならしながら共に敵陣へと駆けていけたわけだ。

 カッコいいだろ? 多少のルール的な混乱も割に合うさ。

 ただ、それだけの強さを持つ能力だけあって、「他の~とのバンド」を持つクリーチャーの数は、おそらく君が想像するよりもずっと驚異的な数字だ。

 当ててみてくれ。「他の~とのバンド」を持つクリーチャーの数は何体か?

 ……分かるかな。

 ……どうかな。

 そろそろ時間だ。

 答えは「0」だ。

 ん? ゼロだよ。ゼロ。完封勝利だ。おめでとう。

 レジェンドの伝説のクリーチャーたちは、ただ1体でさえこの能力をそのテキスト欄に刻まれることはなかった。つまり……え? どういうことだ? じゃあこの能力はいつどうやったら使えたんだ?

 当時のレジェンドというセットにはサイクルとなる5枚のアンコモンの土地があった。それぞれ、レジェンドクリーチャーに「他のレジェンドとのバンド」を与える、という能力を持っていた。それぞれの土地がそれぞれの色ごとにね。

 もちろん、少しでも実際のプレイで使われる危険性を取り除くため、いずれの土地も一切マナを供給できない。

 次の君の質問は分かってるよ。「ちょっと待って。じゃあさっき言ってた『他の狩人狼とのバンド』は?」だろ? その問いに答えてくれるのは、このカード、《Master of the Hunt》だ。

 このマスター様はレアの2/2クリーチャーで、4マナ支払うごとに1/1の「狩人狼」トークンを生み出す能力を持っている。そして、そう、ご想像のとおり、このトークンは生み出された瞬間から「他の狩人狼とのバンド」を持っている。

 12マナ払えば、互いにバンドを組むことができる1/1のトークンが君の目の前に2体生み出されている、というわけだ! え? いやダメだよ、こいつらはマスター自身とはバンドを組めないよ?

 もうお腹いっぱいかい? あまいな。まだ終わりじゃないぞ。

 なめてもらっちゃこまる。

 これら6枚の「他の~とのバンド」カードたちは明らかに強すぎる(と思われていた)ためか、レジェンドには「他の~とのバンド」のための対策カードがわざわざ用意されてたんだ!

 伝説の土地である《Tolaria》はタップすることで、1ターンの間だけだが、対象のクリーチャーから「バンド」もしくは「他の~とのバンド」を取り除くことができた(ちなみに《Tolaria》はマナが出せた)。

 まあ、この《Tolaria》を持ってしても、その起動はアップキープ中に限られていたので「戦闘中に『他の~とのバンド』が失われたらどうするの問題」を実際に生じさせることはできなかったわけだ。

 残念かい?

 いやいや、大丈夫だよ。ありがたいことにレジェンドには《Shelkin Brownie》が収録されていたんだ。このコモンの1/1クリーチャーが持つ能力はただ1つ、それはタップすることで「対象のクリーチャーから『他の~とのバンド』を取り除く」だった。

 ふう、そんなわけで危ないところで「他の~とのバンド」の暴走が食い止められたようだね。

 ありがとう、《Shelkin Brownie》!


 まあ贅沢を言わせてもらえればこいつの能力が「対象のルールブックから『他の~とのバンド』を取り除く」だったら最高だったんだけどね……!

 じゃあ、今日の記事はここまでだ。質問やコメントは次のメールアドレス(註)に送ってくれ。ただし「他の~とのバンド」に関する質問は一切受け付けないからそのつもりで。
(註) アドレス
 実際はメールアドレスが付記されていたがもう使われていないと思われるので省略。

【翻訳】ビーストはいても、のけものはいない/Beast of Show【DailyMTG】
Mark Rosewater
2002年11月18日
元記事:http://magic.wizards.com/en/articles/archive/making-magic/beast-show-2002-11-18

 ビースト(Beast)週間へようこそ!

 ビーストは、オンスロートでもっとも多数を占めることになるであろうクリーチャータイプだ。さて、このビーストについて語る機会を使って私が語りたいのはアレだ。そう、もう何年も何年も議論のタネになってきたアレについて語りたいと思っている。

 アレとは?

 クリーチャータイプの統合(註)だ。
(註) クリーチャータイプの統合
 似たようなクリーチャータイプを同じものに統一する作業。
 この記事が書かれたのは2002年なので、2007年におこなわれたマジック史上もっとも大きな統合作業である「大規模クリーチャータイプ更新(Grand Creature Type Update)」はまだ行われていない。

内なる獣(の中の獣)

 まず初めに、開発部(R&D)がどうクリーチャータイプというものに対して取り組んできたか、その簡単な歴史を紹介させてくれ。

 始まりはリチャード・ガーフィールド博士の生み出したアルファ版だ(マジック界の「光あれ」だね)。当時、クリーチャータイプとはフレイバー付けのためのものであり、それ以上でもそれ以下でもなかった。

 誤解を恐れずに言ってしまえばフレイバーテキストの一部だった。クリーチャーの能力などから想定されるクリーチャータイプが(フレイバーを増すために)つけられたわけだ。

 とはいえ、クリーチャータイプがメカニズム(ゲーム的な効果や機能)に一切影響を及ぼさなかったのかというと、そういうわけでもない。

 たとえばリチャード博士はアルファ版で《ゴブリンの王/Goblin King》と《アトランティスの王/Lord of Atlantis》というカードを作っている。
Goblin King / ゴブリンの王 (1)(赤)(赤)
クリーチャー - ゴブリン(Goblin)
他のゴブリン(Goblin)・クリーチャーは+1/+1の修整を受けるとともに山渡りを持つ。(それらは、防御プレイヤーが山(Mountain)をコントロールしているかぎりブロックされない。)
2/2
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Goblin+King/

Lord of Atlantis / アトランティスの王 (青)(青)
クリーチャー - マーフォーク(Merfolk)
他のマーフォーク(Merfolk)・クリーチャーは+1/+1の修整を受けるとともに島渡りを持つ。(それらは、防御プレイヤーが島(Island)をコントロールしているかぎりブロックされない。)
2/2
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Lord+of+Atlantis/

 まあ、あるにはあったが、これらのカードの効果は正直なところかなり限定的だった。なにしろアルファ版に収録されていたゴブリンは2種類だけだし、マーフォークに至ってはたったの1種類だった(註)。
(註) アルファ版のゴブリンとマーフォーク
 2体のゴブリンとは《モンスのゴブリン略奪隊/Mons’s Goblin Raiders》と《ゴブリン気球部隊/Goblin Balloon Brigade》。ちなみに両方とも「赤1マナの1/1」で、片方はバニラ(能力なし)で、もう片方は「(赤):飛行を得る」を持っている。1体しかいないマーフォークは《真珠三叉矛の人魚/Merfolk of the Pearl Trident》で、これは「青1マナの1/1」のバニラ。

 とはいえ、当時はまだ「4枚制限ルール(デッキに同じカードは4枚まで)」が出来る前だったし、デッキの総枚数も「40枚以上ならOK」だった、ということは付け加えておくべきだろうね。

 つまり「《島/Island》× 15枚、《真珠三叉矛の人魚/Merfolk of the Pearl Trident》× 15枚、《アトランティスの王/Lord of Atlantis》× 10枚」というデッキも可能だったし、これはこれでそれほど悪いデッキでもなかった。

 さて、ここで時計の針をさらに数年進めてみよう。

 この頃になると、開発部は少しずつクリーチャータイプの持つメカニズム的な価値について気づき始めており、デザイナーたちは徐々にその活用法を生み出し始めていた。

 そしてエクソダス(註)だ。
(註) エクソダス
 1998年に発売されたテンペスト・ブロックの2番目のエキスパンション。エキスパンションシンボルの色でレアリティが分かるようになったのが特に印象的だった。

 私は種族デッキを後押しするために、このエクソダスであるカードをデザインした。

 そのカードとは《旗印/Coat of Arms》(註)だ。私としては、一部の奇特なプレイヤーだけが大喜びするような面白レアとしてデザインしたつもりだった。そういうレアが作られるのはよくあることだ。

 しかしなかなか興味深い現象が発生したんだ……このカードは大人気だったんだよ。一部の奇特なプレイヤーにとどまらず、もっともっと幅広い層にね。
(註) 《旗印/Coat of Arms》
 5マナのアーティファクトで、同じクリーチャータイプを持ったクリーチャーごとに+1/+1されるようになる。ゴブリンが敵味方合わせて5体いれば、全てのゴブリンは+4/+4される(自身は数えないため)。足し算が大変だけど、派手で強くて楽しいカード。

 あまりにも人気だったんで第7版に再録した。ついでに書いておくと、シングルカード市場において、第7版のカードの中で《極楽鳥/Birds of Paradise》に次ぐ高い売上を誇ったのがこのカードだったりする。

 ここまでくれば開発部はようやく気付かされるわけだ。「ふーむ、どうやらクリーチャータイプに焦点を当てたブロックを作ってもいいみたいだぞ」とね。

減らせば減らすほど増えるものなーんだ?

 さて、ここまでの話がどうクリーチャータイプの統合につながってしまうのか?

 クリーチャータイプが「フレイバー」から「メカニズム」へと方向転換し始めたのに合わせて、開発部もその扱い方を再考する必要に迫られたんだ。

 フレイバーとして扱ってきた時代には、クリーチャータイプの数はただただ大きく外へと広がっていった。

 この傾向は初期のマジックのカードにおいて特に顕著に表れている。一度しか使われなかったクリーチャータイプ(例えばアブー・ジャーファル (Leper) やマリード(Marid)のようなタイプ)は昔のセットに特に多い。

 さて対してクリーチャータイプをメカニズムとして扱おうとするとどうなるのか? まったく逆の方向に進む必要があるんだ。つまりメカニズム的に上手く働いて欲しいなら、クリーチャータイプは減らす必要がある。

 なぜだろう?

 さて、それを説明するためにここで鳥 (Bird) の話をさせてくれ(え? いや、蜂はお呼びじゃないよ)。

 遠い昔、鳥たちはおのおの独自のクリーチャータイプを持っていた。《オーサイの禿鷹/Osai Vultures》は 禿鷹(Vulture) だった。《西風の隼/Zephyr Falcon》は ファルコン(Falcon) だった。《Whippoorwill》は ヨタカ(Whippoorwill) だった(イラストでは中空に鳥が飛んでるにも関わらず飛行を持っていないことで有名なあのクリーチャーだ。古き良き時代だね)。

 さらに言えば《Silver Erne》は ウミワシ(Erne) だった……そのとおり、ワシ(Eagle) ですらなく、わざわざ ウミワシ(Erne) だった。ちなみに「Erne」とは英語の古語で「翼の長いウミワシ」を指す言葉だ(註)。
(註) Whippoorwill と Erne
 ヨタカとウミワシは仮訳。日本語版が存在しないので実際は日本語のクリーチャータイプ名は存在しない。

 さてホームランドが発売されることとなったある日、デザイナーのあいだで「鳥のロードを作ろうぜ」という話があがった。そこで1つの問題が生じたんだ。
(註) ロード
 前述の《ゴブリンの王/Goblin King》と《アトランティスの王/Lord of Atlantis》を代表とする「特定のクリーチャータイプすべてに能力を(多くの場合、+1/+1 も)付与するクリーチャー」の総称。初期のマジックではこの手の能力を持つクリーチャーの多くがカード名に「Lord」を含んでいたため、そう呼ばれるようになった。

 そう、全ての鳥はそれぞれ独自のクリーチャータイプを持っていたんだ。さらに言えば、ホームランドにはまた新たな鳥が誕生していた。アルバトロス(Albatross)だ。

 じゃあしょうがない、どうしようか、とデザイナーたちが試行錯誤した末に生まれかけたのは《Soraya the Falconer, Vulturer, Whipporwiller, Erner, and Albatrosser》だったが、残念ながら、その名前はカード枠に収まりきらなかった。

 いやそもそも「全てのファルコン、禿鷹、ヨタカ、ウミワシ、そしてアルバトロスは +1/+1 の修整を受ける」というカードテキストはみっともないにも程がある。それに開発部がいつまた新たな鳥を生み出すか分かったもんじゃない。

 そんなわけでデザイナーたちがホームランドで作ったのはファルコンのロードだった。そしてこれは残念ながら大して強くはなかった。

 何しろ当時存在したファルコンはたったの2枚(《西風の隼/Zephyr Falcon》と《メサ・ファルコン/Mesa Falcon》のみ)だったし、アルファ版の時代と違ってこの頃はすでに「4枚制限ルール」もあった。

 この件もあって、開発部はポリシーの見直しを図ることにしたんだ。

 ほぼ同じテーマにぶら下がるカードをそれぞれ1つのグループにまとめるにはどうしたらいいだろうか(今回の例で言えば鳥というテーマに複数のクリーチャータイプがぶら下がってるわけだ)。

 どうしたらいいも何も、一番簡単な方法はクリーチャータイプをまとめちゃうことだろうね。ファルコンやら禿鷹やらヨタカやらウミワシやらアルバトロスやら(そして今後生まれるであろう鳥たちやら)のかわりに、単に全部合わせて 鳥(Bird) でいいじゃないか、という話だ。

 こうすれば鳥全体へ効果を及ぼすカードが簡単に作れるようになる。

とり違えてしまうこともある(鳥だけに)

 何かを大きく変えようとするとき、そこから何が得られるかだけでなくそれによって何を失うかについてもきちんと把握しておくべきだ。

 今回の場合、変更によって「得られるもの」は「メカニズム的な一貫性」だ。今後、デザイナーたちはクリーチャータイプを生かしたカードを作れるようになるわけだ。より多くのカードと相互作用を生み出せるようになることで、カードの価値が高まる。

 前述の《Soraya the Falconer》が良い例だろう。

 彼女が初めて登場したとき、当然ファルコンデッキを組もうと意気込んだプレイヤーたちがいたわけだが、実際には非常に限られた選択肢しかなかった。2枚しかファルコンがいないんだ。それらを合計8枚デッキに突っ込む以外に選択肢がないわけだ。

 しかし今や「全ての鳥(Bird)」を強化できるようになったことで、プレイヤーはあふれんばかりの選択肢を手に入れたというわけさ【原註1】

 さて、ここまでがメリットだ。それでは、デメリットは?

 1つ目のデメリットとしては、フレイバーが失われるという点があげられる。これについてはアラビアンナイトの《Abu Ja’far》が良い例だろうね。
Abu Ja’far / アブー・ジャーファル (白)
クリーチャー - 人間(Human)
アブー・ジャーファルが死亡したとき、それをブロックしたかそれによってブロックされた状態になったすべてのクリーチャーを破壊する。それらは再生できない。
0/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Abu+Ja%27far/

 彼の能力は「彼を破壊したクリーチャーを破壊する」というものだ。彼を殴りつけたクリーチャーは死んでしまう。再生もできない。

 さて、どうしてそんなことが起きるのか? なぜなら彼は病気に感染しているからだ。さて、なぜ彼が Leper(感染者)だと分かるか? それは彼のクリーチャータイプが Leper(感染者)だからだ。

 彼のカードにはフレイバーテキストがない(スペースが足りなかったからだ)。だから彼が感染者であるというフレイバーを表すにはカード名かクリーチャータイプ欄しか選択肢がないわけだ。

 もちろん彼の名前を《感染しているアブ・ジャファー/Abu Ja’far, Leper》とか《感染者のジャファー/Leper Ja’far》とか《年老いた感染者/Aged Leper》とする手もあっただろう。

 しかしこういった情報をカード名に押し込めることが必須となってしまうと、今度はクリエイティブチームがクールなカード名を付けようとしたときに障害となる可能性がある。

 次に、2つ目のデメリットだ。

 それは必要以上にまとめすぎてしまう危険性についてだ。そう、私たちの「クリーチャータイプを統合しよう!」という熱意はときに行き過ぎてしまうことがある。

 これの代表的な例としては《洞窟のハーピー/Cavern Harpy》があげられる。
Cavern Harpy / 洞窟のハーピー (青)(黒)
クリーチャー - ハーピー(Harpy) ビースト(Beast)
飛行
洞窟のハーピーが戦場に出たとき、あなたがコントロールする青か黒のクリーチャーを1体、オーナーの手札に戻す。
1点のライフを支払う:洞窟のハーピーをオーナーの手札に戻す。
2/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Cavern+Harpy/

 これを例として選んだ理由は、クリーチャータイプをビースト(Beast)にまとめるという小さな変更によって大きな影響が出た良い例(悪い例?)だからだ。今ではこのカードはエクステンデッドのアルーレンデッキになくてはならない存在となっている……が、ここで問題としているのはコンボのネタになってしまったことではない。

 変更の経緯は次の通りだ。

 正直、ハーピー(Harpy) の数はそう多くない。たったの3枚だ(《金切り声のハーピー/Screeching Harpy》、《換羽するハーピー/Molting Harpy》、《洞窟のハーピー/Cavern Harpy》の3枚だけだ)。

 そこで私たちはハーピーをより大きいグループに含めることにした。

 ビースト(Beast)だ。

 さて、ハーピーをビーストに含めてしまったわけだが、これの問題点はどうにもイメージ的にしっくり来ないということだ。ビーストという言葉から何を連想する? 大きくて、毛むくじゃらな動物といったところだろう。

 例えば、馬鹿でかいビヒモスだろうね。我が物顔で大地を闊歩し、獲物を狩る巨大な動物であるビヒモスはビーストにふさわしい。少なくとも、苛立たしい金切り声を張り上げる半人半鳥じゃないはずだ。

 大きなグループにとりまとめようとするとどうしてもイマイチ雰囲気的にふさわしくない組み合わせが生じうる。これが2つ目の問題というわけだ。

 最後となる3つ目の問題は、こと開発部にとってはもっとも大きな問題と言える。

 過去との断絶だ。

 この問題を説明するのにもっともふさわしい例は《長弓兵/Longbow Archer》だろう。第6版が発売される際に、このカードのクリーチャータイプを「射手(Archer)」から「兵士(Soldier)」に変更した。当然、クリーチャータイプの統合活動の一環としてだ。

 さて、2000年のプロツアーシカゴでのことだ。片方のプロプレイヤーがビジョンズ版の《長弓兵/Longbow Archer》2体を場に出していた。それに対して対戦相手のプレイヤーが唱えたのは《サーボの命令/Tsabo’s Decree》だった。
Tsabo’s Decree / サーボの命令 (5)(黒)
インスタント
クリーチャー・タイプを1つ選ぶ。プレイヤー1人を対象とする。そのプレイヤーは、自分の手札を公開し、選ばれたタイプのすべてのクリーチャー・カードを捨てる。その後そのプレイヤーがコントロールする選ばれたタイプのすべてのクリーチャーを破壊する。それらは再生できない。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Tsabo%27s+Decree/

 クリーチャータイプを指定する前に彼は目の前に置かれていた《長弓兵/Longbow Archer》を手に取って文面を確認した。しかるのちに彼は「射手(Archer)を選択するよ」と宣言した。

 それを聞いた対戦相手は《長弓兵/Longbow Archer》を墓地に送らず、かわりに「《長弓兵/Longbow Archer》のクリーチャータイプはもう射手(Archer)じゃないよ。兵士(Soldier)に変更されたんだ。だから君のその呪文はこいつらを破壊できない」と返した【原註2】

 この話の教訓は何か? 変化によって問題が生じることもある、ということだ。来年、マジックは10周年を迎える。今後、適用されるであろう変更は過去10年に渡って刷られてきた過去のカードたちに影響を与えることだろう。
(余談)
 原文ではここに新旧それぞれの《長弓兵/Longbow Archer》のカード画像が並べられており、キャプションとして「同じカード名、同じイラスト、しかし異なるクリーチャータイプだが、ルールによれば彼らは両方とも兵士(Soldier)だ」と付け加えられている。

 開発部は上記で紹介した様々な問題点に関する議論にかなりの時間を費やしている。クリーチャータイプの統合は一朝一夕に行われているわけではなく、多くの時間を費やした上での決断だ。

 なぜ最終的には「統合する」が支持されることとなったのか? それはプレイヤーたちがクリーチャータイプと相互作用を起こすメカニズムを楽しんでくれているからだ。オンスロートが人気だということがそれを証明してくれている。

 さらに重要な点として、このメカニズムを推し進めたことでゲームのフレイバーがさらに深いものになったということがあげられる。

 ゴブリンデッキやエルフデッキが活躍できる環境のほうが楽しいだろう? 私たちは小さなフレイバーを諦めるかわりに、より大きなフレイバーを得ることを選んだんだ。

 そんなわけで個々には多少の範囲の差はあれど、開発部の総意として「クリーチャータイプは統合すべし」で統一されている……ただ、1つだけ、開発部のあいだでも大きく意見が分かれている問題を除けば。

 それは、クリーチャータイプが統合されていない古いカードを再版するとなったときにどうするか、という問題だ。鳥(Bird)じゃないファルコンは? 猫(Cat)じゃない虎は? クレリック(Cleric)じゃないプリーストは?

 開発部は過去をほじくり返すのが大好きだ。過去のカードをその古い名前のままに再版するのは楽しいことだ。

 しかし残念なことに、古いカードを再版すると元のバージョンと再版したバージョンに差異が生まれてしまうことがある。

 もちろん違うとはいってもそれが無害な場合もある。新しいバージョンが単に最新のテンプレートに従っているというだけで、動き自体は過去のカードと変わらない場合だ。

 ただそれ以外に、実際にゲーム上の動きが変わってしまうという差異もあり、クリーチャータイプに関する問題もその1つというわけだ(特に種族をテーマにしたオンスロートの時代にあってはね)

 さて、なぜ私がわざわざこの問題をここで挙げたかというと、開発部はこの問題に関してほぼ真っ二つに分かれているからだ。そしてこういうとき私たちはどうするか、と言えばプレイヤーたちの意見を聞いてみたくなるんだ。

 そんなわけで君たちの意見を聞くべく、今日はアンケートをとりたい。

 念のため。

 私たちは君たちに何かを決めて欲しいわけじゃない。このアンケートのポイントは、君たちが「どう感じているか」を知りたい、という話だ。私たちが何かを決断しようとするとき、一般プレイヤーたちの意見は大事な指標の1つだ。

 おっと、私がどっちを支持しているかはあえて書かないよ。きとアンケートに影響を与えてしまうからね。

 さてアンケートだ。

質問:
 古いカードを再版する際に、元のクリーチャータイプはそのままとすべきか? それとも(今作ったならそっちを与えたであろう)最新のクリーチャータイプとすべきか?


 具体的な例を出したほうがいいだろうね、というわけで《Clergy of the Holy Nimbus》(註)にお出まし願おう。もしこれを再版するとした場合、クリーチャータイプはプリースト(Priest)のままとすべきか? それともクレリック(Cleric)に変更すべきか?
(註) 《Clergy of the Holy Nimbus》
 Clergyとは英語で「聖職者たち、牧師たち、僧侶たち」を指す言葉なので、確かにクリーチャータイプ欄をいちいち見ない人ならクレリック扱いする可能性が高い。ちなみに、そもそも「Clergy」の語源自体がフランス語で聖職者を意味する「Clerc」らしい。

 想定されるそれぞれの主張も書いておこう。参考にしてくれ。

【クレリック派(変更する派)】

 クレリックにすれば現在のマジックの色んなカードとシナジーが生まれるじゃないか。クレリックであることには意味があるけど、プリーストであることに付加価値はない。

 それに変えないとカジュアルプレイヤーには分かりづらいと思うね。だってクレリックっぽいのにクレリックの効果を得られないんだから。《仕組まれた疫病/Engineered Plague》が《サルタリーの僧侶/Soltari Priest》は殺せるのに《Clergy of the Holy Nimbus》は殺せないなんて理屈に合わないよ。

 そもそも開発部がクリーチャータイプを統合しようと考えたのは、そのほうがゲームが面白くなると信じたからで、そうだとすれば再版するカードのクリーチャータイプを「直す」のは当然のことじゃないかな。


【プリースト派(変更しない派)】

 マジックはもうすでに十分に複雑だよ。これ以上複雑にする必要はない。書いてあるとおりの挙動をしないカードはいらない。

 再版じゃない元のカードを使うプレイヤーは「カードの書かれていないテキスト」を知らないといけなくなる。この問題があるから、開発部はどうしても必要な場合を除いて古いカードのテキストを変更するようなエラッタは出さないんだ。

 それにカードを再版するメリットの1つは「古いカードを持ってるプレイヤーがまたそれを使えるようになること」のはずだ。もし新旧でカードの内容が異なってたらゲームのプレイ中に問題を引き起こすだろうね(まさに前述の《長弓兵/Longbow Archer》問題だ)

 クレリックデッキに入れられるクレリックが1体増えるなんてメリットは、このデメリットにはとても引き合わないよ。


 ……という感じだろうね。さて、みんなの考えを聞かせてくれ(註)。
(註) みんなの考え
 実際の記事は「古いクリーチャータイプはそのまま」「クリーチャータイプは更新すべき」「どうでもいい」の3種類の回答から選択するアンケートが用意されており、次週のコラム冒頭でアンケート結果が紹介されていた。
 ついでなので結果について書かれている箇所の訳をこの翻訳のあとに付記しておいた。気になる人はぜひ。

 今日のコラムはここまでだ。来週はそこの君がどうマジックというゲームに(そうだよ、君だよ。周りを見回しても無駄だぞ)影響を与えられるか、について紹介したい。

 それまで君の鳥たちが美しい群となりますように。

マーク・ローズウォーター

【原註1】
 というわけで現在のソラヤは全ての「鳥(Bird)」を強化できるようになった。良かった良かった。さて、次の問題としては何が鳥で何が鳥じゃないのか、だ。

 まず全てのファルコン(Falcon)は鳥になった。よし。鳩(Pigeon)であった《Carrier Pigeons》も鳥になった。エイスサー(Aesthir)であった《Wild Aesthir》も鳥になったが、しかしアーティファクトクリーチャーの《Aesthir Glider》はいまだに鳥ではない。

 ウミワシ(Erne)も、アルバトロス(Albatross)も、ヨタカ(Whippoorwill)もそのドマイナーなタイプを残しており、いまだに鳥ではない。《オーサイの禿鷹/Osai Vultures》も鳥ではない。しかし《貪欲な禿鷹/Wake of Vultures》は鳥になった。《待ち受ける禿鷹/Circling Vultures》は今も昔も鳥のままだ。《Roc of Kher Ridges》も鳥ではなくロックのままだが、《ロック鳥の雛/Roc Hatchling》は鳥だ。

 これはひどい……ん? ちょっと待てよ。ビースト週間だよな? (アーロン・フォーサイス)

【原註2】
 と、まあそんなことがあったわけだ。テーブルジャッジはこれに対して《長弓兵/Longbow Archer》をコントロールしていた側のプレイヤーの言い分を支持した。だがこの裁定は間違っている。

 その後、ヘッドジャッジと大会マネージャーであらためて議論となった。結論としては、《サーボの命令/Tsabo’s Decree》を唱えた側のプレイヤーのアピールに対してきちんとジャッジが「正しいクリーチャータイプを指定したもの」として対応すべきだった。

 さらに、それに対して《長弓兵/Longbow Archer》側のプレイヤーはスポーツマンシップに反する行為(ルールを悪用して対戦相手を騙そうとした行為)で警告を与えられていただろう、という結論になった。

 というわけなので、エラッタの分かりづらさを利用してゲームを有利に運ぼうとしないように。

 いずれにせよ、クリーチャータイプの変更によってどんな問題が起きうるかということを示すのにうってつけの事例だということは変わらない。(アーロン・フォーサイス)

(追記) 次週のコラムの冒頭

 さて、今週の記事を始める前に、先週のアンケート結果(クリーチャータイプを変更するかしないか)を確認しようじゃないか。以下が、応募総数 8,562票からなる君たちの回答結果だ。

  ― 69.5% クリーチャータイプを更新する(5,947票)
  ― 22.9% 古いクリーチャータイプをそのままとする(1,959票)
  ― 07.7% どっちでもいい(656票)

 なるほど、どうやらクリーチャータイプを更新したほうがよいと思うプレイヤーが多数派のようだね(知りたい人もいるかもしれないから書いておくと、実は私も同意見だ)。

 ただ、先週も書いたようにこれは非常に複雑な問題だ。私たちが判断するに当たって、君たちがどう感じているかは非常に重要な要素ではある……が、それだけで決めるわけではない。あくまで問題を解決するに当たっての多くの要素の1つだということを忘れないで欲しい。

 いずれにせよ、皆からの回答は非常にありがたい。感謝するよ。

 翻訳に入る前にちょっと解説しとく。セファリッドというのは2001年から2002年にかけて発売されたオデッセイブロックに登場した水棲種族で、見た目はイカ。これがマーフォークのかわりに登場したけど、イマイチ人気が出なかったらしく、オデッセイ以降は登場してない。
 というわけでそのセファリッドの誕生秘話的なコラム。

【翻訳】アレに見えるはセファリッドじゃなイカ?/Here’s Looking at You, Squid【DailyMTG】
Mark Rosewater
2002年02月04日
引用元:http://archive.wizards.com/Magic/magazine/article.aspx?x=mtgcom/daily/mr6

 セファリッド週間にようこそ!

 さて、触手の生えた水辺の友人たちについて語る前に、先週のコラム(註)の感想を簡単に述べたいと思う(なんで開発部は駄目なカードをわざわざ作るのか、の件だ)。
(註) 先週のコラム
 和訳がなかったので自分で訳してリンク張ろうと半分以上訳したあとに既訳をDiarynoteで発見してしまったので紹介しとく
 http://imatoki.diarynote.jp/201510060954097629/

 予想していたよりもずっと多くの友好的な反応を受け取れたのは正直なところかなり喜ばしい事実だ。私たち開発部がどういう考えを持って様々なマジック開発の重要なプロセスを進めているのかを皆へ説明するための場を設けたい、というのが、そもそもこの「Making Magic」のコラムを始めた理由の1つだからね。

 また近いうちに先週みたいな皆の興味のひくデリケートな話題を取り上げたいと思っている。ぜひ期待して待ってて欲しい。

 ちなみに次に取り上げる「デリケートな話題」はすでに決まっている。「どのカードをレアにするか」だ。掲示板や私に届いたメールのおかげで、たくさんのプレイヤーがこの件について興味津々だと分かったからね。

 このレアリティの件を書き上げるのにこれから数週間ほど要する見込みなので、おそらく皆に公開できるのは今月の後半になると思う。

 上記以外にも私に伝えたいことや書いて欲しいことがあれば、ぜひ公式サイト宛にどんどんメールを送ってくれ。全てのトピックを取り上げるわけにはいかないが(何しろ私のコラムは1週間に1つだけだからね)、多数の読者が気にかけていると分かればこちらとしてもぜひ取り上げたいところだ。


 さて、今週のテーマであるセファリッドについてだ。今週は、どうしてセファリッドなのか、について話したいと思っている。どうやってセファリッドを作ったか、じゃないぞ。なんでセファリッドを作る必要性に迫られたかだ。ん? 察しのいい読者はもう気づいたかもしれないね。そう、私は「なぜマーフォークが姿を消したか」についても書くつもりだ。

 おっと、話を始める前に1つだけ。先週のコラムはどちらかというと真面目な内容だった。確かに私は真面目な話も好きだ。だけど私の毎週のコラムが全て真剣で堅苦しい内容ばかりになるとは思わないで欲しい。

 今週が良い例だ。テーマはセファリッド、つまり真面目な内容ではないということだ。その通り。読み進めてもらえば分かると思うけど、この先、どんどんと私の不真面目な側が顔をのぞかせる(忘れてるかもしれないが、かつて私はコメディドラマの脚本を書いて生計を立てていた)

 さあ、始めようじゃなイカ?


ブレインストーミングの時間

 時計の針を2000年の2月まで巻き戻してみよう。オデッセイのデザインチームが結成された直後だ。

 チームメンバーと私とで、オデッセイでどんなすごいことが出来るだろうかと話し合うことになった。ちなみに場所は私の家の居間で、スナック菓子を食べながらだ(デザインチームの会議はよく社外で行われた。社内の環境だと、どうしても創造的な気分にはなれないからね)

 そのとき話題にあがっていたのは、オデッセイデザイン時に限らずたまに開発部で話にあがるもので、実現しそうもない突拍子もないアイデアたちについてだった。たとえば6色目、たとえば新たなカードタイプ、たとえば毒カウンターの新たな活用方法。

 私はデザインチームがこういうちょっと荒唐無稽にも思えるアイデアについて考えることに肯定的だ。新しく面白いアイデアがどこから生まれるかなんて誰にも分からない。

 ちなみにこういったブレインストーミング(アイデアの出し合い)の際に大事なことは批判的にならないことだ。良いアイデアというのは大抵の場合、一見すると頭がおかしいとしか思えないような案から生まれるものだから、どんなアイデアも一蹴せずにまずは一旦聞いてみることが大事なんだ。

 さて、そんなわけで居間でくつろいでいたそのとき、私の頭にちょいと面白い(つまりぶっとんだ)アイデアが浮かんだので、立ち上がって皆に披露することにした。

「よーし、聞いてくれー」

「ああ、そうそう、ちょっと過激な案に聞こえるかもしれないから、色々と言いたいこともあるかもしれないけど、少しは頭の中で吟味してみてから意見をくれ」

「よし、今日がオデッセイの発売日だったとする。ティミーたちがお小遣いを握りしめて店へ走った。ブースターパックを買い込んだ。興奮の中、パックを破り捨てる。そして引いたのは……」

「ドワーフだ! ドワーフだらけだ! 何もかもがドワーフだ! ドワーフのアーティファクト、ドワーフの土地、ドワーフの呪文、ドワーフのエンチャント、そしてもちろん大量のクリーチャーも全部ドワーフ! 想像してみろよ! 視界を埋め尽くすドワーフの群れだ!」

 私が口を閉じると静けさが満ちた。誰も何も言わなかった。スナック菓子をほおばる音だけが聞こえた。私はゆっくりとソファに腰をおろし、そして「ドワーフがいなくなってさみしいよ」とだけ呟いた。

 ……ああ、これを読んでるみんなのとまどいが伝わってくるよ。「今日はセファリッドの話じゃないの?」とか「マーフォークは?」とかってね。まあまあ、落ち着いてくれ。ちゃんとそこに辿り着くよ。


だいたいゴブリンのせい

 私の情熱的なドワーフ愛に感化されたせいかどうかはさておき、デザインチームはドワーフに何があったんだろうか、と話し出した。あれだけいたドワーフたちはどこに行ったんだろう? 何がドワーフを追いやってしまったんだろう?

 答えは「ゴブリン」だ。

 そうだよ、あの小さくて、頼りなくて、不器用で、トラブルメーカーで、だけど繁殖力だけは誰にも負けないゴブリンどものせいだ。

 え? あの愛されチビすけたちの何がいけなかったのかって? うーん、何が問題かというと、ゴブリンとドワーフがあまりに似通っているということなんだ。「赤くて」「小さい」という点でね。

 各セットには一定数の赤くて小さいクリーチャーが含まれる。でもそうたくさんというわけじゃない。だから新たなセットに収録する「赤くて小さい」クリーチャーを作る際には、ゴブリンかドワーフか、どちらかを選ばないといけない。

 ……ああ、ごめんごめん。そうだね。正しくいえば、ゴブリンか、ドワーフか、トカゲか、ウィザードか、もしくはそれ以外のマイナーなクリーチャータイプから選ばないといけない。

 そして多くの場合、私たちはゴブリンを選ぶ。

 なんでかって?

 ぶっちゃけ、ドワーフよりゴブリンのほうが人気があるからさ。ゴブリンはかわいい。ゴブリンはお茶目だ。ゴブリンは楽しい。みんなゴブリンが大好きさ。

 え? ドワーフ?

 正直、ドワーフはゴブリンほど分かりやすく共有されたイメージがない。あえて挙げるとすれば、まず背が低い。他には、あごひげをたくわえている。掘るのが好き。なぜか特殊地形を憎悪している……と、まあ、そんな感じでイマイチ漠然としているんだ。

 だからどうしても選考を進めていく中でゴブリンがドワーフを淘汰してしまう。じゃあ、どうすればドワーフが繁栄しうるのか? ここまでくれば答えは明白だね。

 そう。ゴブリンどもを絶滅させるんだ。ゴブリンがいなくなれば晴れてドワーフの天下だ。確かパブロ・ピカソの言葉だったと思うけど「全ての創造は破壊から生まれる」という言葉がある。まさにその通りだ。

 そして私のこの熱狂はチーム全体に伝播していった。ドワーフ寄りの空気が急速にゴブリン排斥へと向かったのだ。オデッセイブロックにゴブリンはいらないんだ!

 ……いや、待てよ。それだけで終わる必要はないぞ。

 赤に限らないんじゃないか? 各色のクリーチャータイプには特権階級どもが存在するんじゃないか!? エリートどもを引きずりおろせ! 労働者の地位を向上せよ!! エルフよ、去れ! 兵士よ、去れ! ゾンビよ、去れ! マーフォークよ(いやー、やっと出てきたね)去れ!

 と、まあエリート連中を全部追い払ったところで、デザインチームはふと気づいた。赤はドワーフがゴブリンの穴を埋めてくれるとして、他の色はどうしよう?

 緑は問題ない。ドルイドだ。ドワーフと同じく、ドルイドたちも長いことエルフの後塵を拝してきたんだからね。白はクレリックがいる。黒にはミニオンがいる。

 じゃあ青は? 青は……そうだねえ……ウィザードかなあ。オデッセイではウィザードにスポットライトを当ててもいいかもしれないね。
余談:
 このコラムが書かれてから3年後の2005年にドワーフに関するコラムが書かれている。ミラージュの《Dwarven Scouts/ドワーフの斥候》のイラストについてとか、バルソー誕生秘話とか、マロー本人のドワーフ的人生とかについて書かれている。

 ドワーフに関する32の小コラム/Thirty-Two Short Columns About Dwarves
 原文:http://www.wizards.com/magic/magazine/article.aspx?x=mtgcom/daily/mr203
 拙訳:http://regiant.diarynote.jp/201305061531295027/


真面目なオアシス

 どこまでも広がる不真面目な砂漠の中に、ほんの少し、しかし必ずや真面目さのオアシスがひっそりと湧いている。

 デザインチームの仕事の1つは新しいものを生み出すことだ。新しいものを生み出して投入すること、それは同時に古いものを取り除いて場所を空けてもらうということでもある。

 そう、私たちデザインチームは毎年のように新しい何かを生み出し、同時にそれまで当たり前だった何かを取り除いているんだ。開発部がたゆまずマジックに変化をもたらし続けること。それがマジックの生命線の1つだからね。

 君が好きだったマジックの要素が不意に姿を消したりするのはそういうわけだ。

 だけどこれは同時に、そういった要素が不意に復活することがあり得ることも示唆している。たとえば今週のQ&Aで「消えたクリーチャータイプ(エルフとか)はオンスロート後にはまた帰ってくるよ」と私が回答したようにね。


進めデザインチーム

 さてここで時計の針を6か月ほど進めてみよう。今は2000年の8月だ。この頃になるとすでにデザインチームにオデッセイの主要テーマがつかめていた。そう、石臼効果(註)だ。
(註) 石臼効果
 原文は「milling」。その昔、《石臼/Millstone》というアーティファクトが存在した。効果は「2マナとタップで対象のライブラリの上から2枚を墓地に送る」というもの。転じて、山札を直接墓地に送る行為や効果を、英語では「milling」、日本語では「削る」と表現するようになった(諸説あり)

 そう墓地には大量にカードがあふれるになるわけだ。そうなれば、墓地を参照する効果を使わない手はないぞ、というわけで、私たちは新たに2つのかっこいいメカニズムを生み出した。名前は「Salvage」と「Threshold」だ(「Salvage」はのちにその名称を「Flashback(フラッシュバック)」に変えた。対して「Threshold(スレッショルド)」という名称はそのまま残った)。

 というところで、当初考えていたクリーチャータイプに関する案が問題となった。

 まずは「黒」だ。

 オデッセイは墓地がテーマだ。クリーチャーは墓地からどんどん復活してくる。それだけでなくクリーチャーは墓地を餌にすることになる。つまり多くのクリーチャーは色んな形で面白おかしく墓地と関わり合いを持つことになるわけだ。そして、こんな「墓地最高!」な環境を生み出しながら、同時に私たちはゾンビ(Zombie)を蚊帳の外に置こうとしているわけだ。

 さて……選択肢は2つだ。

 1つ目は、手先となって働くことが生きがいのミニオン(Minion)がどうして墓地と仲良しなのか、その理由を新たにひねりだす(「はい、ご主人様。仰せとあらば新鮮な脳みそを食らうことにいささかもためらいはありません。もちろんなんでそんなことをしなくちゃいけないのかを問いただすつもりもありません。ええ、ありませんとも」)

 もしくは、ゾンビに好き勝手させるか……というわけで、まあご想像のとおり、ゾンビに軍配が上がった(《共食いゾンビ/Zombie Cannibal》を見てもらえば分かるようにね)

 次に「白」だ。

 実のところ、クレリックもせっかく与えられたその座を守りきることができなかった。問題は、白という色に攻撃的な面と防御的な面の両方がある、ということだ。クレリックはその防御的な面を表現することにかけては非常に長けているが、攻撃的な面に関してはそうでもない。

 そこで私たちは兵士(Soldier)の座を埋めるために新たなクリーチャータイプを登場させることにした。小説版の作者とも相談し、より世界観について具体的なイメージをつかんだことで《秘教の盲信者/Mystic Zealot》が生まれた。そう、新たなクリーチャータイプとは、ノーマッド(Nomad)だ。

 ……ああ、そうだね、ノーマッドはまったく新しいクリーチャータイプというわけじゃない(たとえば《なだれ乗り/Avalanche Riders》など、過去にノーマッドのタイプを有したクリーチャーはすでに存在している)。しかし少なくとも白にとっては新しいタイプと言えるだろう。

 私たちがオタリア(= オデッセイブロックの舞台となった大陸の名前)に感じて欲しいと思っていたのは、大災害が起きたあとの(つまり、まさに「アポカリプス後」の)荒廃とした雰囲気だった。その目的に関していえば、この新たなクリーチャータイプは非常に良い働きをしてくれたんじゃないかな。

 さて、ここまで書いておいてなんだが、オデッセイを楽しんでくれているプレイヤーたち(望むらくはそれが全てのマジックプレイヤーでありますように)はすでにお気づきのとおり、兵士(Soldier)はもうすでにオデッセイで帰還済みだ。

 よし、どうしてそうなったかを説明させてくれ。

 クリーチャータイプとはまた別に、オデッセイではフレイバー的な意味での新たな種族を生み出したいという試みが進められていた。そしてそのために青と白へ新たに空を飛ぶ種族を加えようということになったんだ。

 元々、鳥を題材にした新種族を作ろうという話は何年も前から挙がっていた。そんな中、ようやく生まれたのがエイヴンだったというわけだ。

 さて、以前から存在する「Cat Warrior(猫・戦士)」に触発され、私はエイヴンに「Bird Warrior(鳥・戦士)」のクリーチャータイプを持たせたい、と思った(カッコいいからね)。いや、それに留まらず、今後新たに生まれる獣人型の種族は全部「Warrior(戦士)」を付けたい、とも思った(カッコいいからね)。

 そうすればいつか「Warrior(戦士)」のロードも作れるかもしれないし。

 ところがそこでデベロップメントチームからツッコミが入った。すでにマジックには大量の獣人型の種族(たとえばヴィアシーノ)がいるが、その大半は現状で「Warrior(戦士)」を持っていない、とのことだった。

 最終的にデベロップメントチームは《エイヴンの群れ/Aven Flock》のとおり、クリーチャータイプを「Bird Solidier(鳥・兵士)」とした。そのほうがより群れというフレイバーに沿っているからね。そんなわけでオデッセイで兵士は絶滅を免れた。

 なお緑と赤については大した問題は起きなかった。《ドワーフの兵卒/Dwarven Grunt》や《クローサの報復者/Krosan Avenger》を見てもらえば分かるとおり、ドワーフとドルイドはしっくりきたんだ。

 これらの色に関して起きた問題をあえて言えば、赤と緑にはつきもののデカブツ(3/3からそれ以上のクリーチャー)について、クリーチャータイプをどうするかということだった。

 ちょっとした議論ののち、ノーマッドと同じく過去に少し使われたことのあるマイナーなクリーチャータイプを引っ張り出してくることとなり、《突っ走るケンタウルス/Crashing Centaur》が生まれたというわけさ。


そしてついにセファリッド

 最後に(そしてようやく)青の番だ。実は青には何の問題もなかったんだ。ウィザードがいたからね。ウィザードが嫌いなプレイヤーはいないし、そもそもマジック自体が魔法使いのゲームそのものだし……いや、うん、何も問題なかったわけじゃない。たった1つだけだけど、ちょっとした問題が起きた。

 小説だ。

 小説の1巻の物語の主要な悪役がマーフォークだったんだ。

 私たちはすでにゾンビを登場させることにしていた。またこの時点ではまだ兵士の復活は決まってなかったが正直なところ復帰せざるをえないであろうことは覚悟していた。線引きをしなければならない。

 私はジェス・レボーに会議招集をかけた。彼は書籍出版の仕事に関わっているナイスガイだ。マジックの小説シリーズの責任者であり、また全ての本の内容と紙のカードセットの内容で齟齬が起きないように目を光らせるという一筋縄ではいかない仕事を担当する人物だ。

 何しろ小説とカードセットじゃ求められるものがまったく違う。本当に大変な仕事だ。

 さて、会議に招集されたのは開発部、クリエイティブチーム、美術担当、そして書籍出版部だ(付け加えておくと、クリエイティブチームの担当はカード名、フレイバーテキスト、カードコンセプトなどだ)。会議で、私とジェスはテーブルの反対側にそれぞれ相対するように座っていた。

 以下が私が記憶している当時の会話の内容だ。

 念のため。

 実際にこの通りの会話が一字一句たがわずに行われたわけじゃなくて、記憶にある会話を私が短く分かりやすく再構成したものだ。つまり、まあ大体はこんな感じだった、ということで。

 私:ジェス、申し訳ないがオタリアにマーフォークは存在しないんだ。
 ジェス:僕は小説の下書きを読んだんだけどね。いたよ。マーフォーク。絶対にね。
 私:いやいや、いるわけないんだ、オデッセイブロックには収録されないから。
 ジェス:じゃあ入れてくれよ。
 私:大事な点はマーフォークを絶対に使わないってことなんだ。
   マーフォークを収録したら台無しなんだ。悪役を人間にしてみたらどうかな。
   悪の魔法使い! いいじゃないか。ウィザードでさ。
 ジェス:うーん……海底に暮らしてるんだよね、その悪役たちは。
 私:水中呼吸する魔法使いでいいじゃないか。魔法のエラとか何かで。
 ジェス:なるほどね。人間の姿形で、魔法のエラが生えてて、海に住んでる種族ね。
 私:そうそう!
 ジェス:それ、マーフォークじゃね?
 私:え……いや、海底に住んでて魔法も使うけど見た目はマーフォークじゃないんだ。
 ジェス:じゃあどんな見た目なんだよ
 私:えー、知らないよ。そうだなあ……イカとか?

 というわけで、これがセファリッド誕生の物語だ。よし、最初に約束したとおり、ちゃんとセファリッドの話に辿り着いたね。待てば海路の日和ありだ。

 さて私のコラムはここで終わりだが、オデッセイとマーフォークの話はちょっとした続きがある。

 上記のすったもんだがあったにも関わらず、話題に挙がってたオデッセイブロックの悪役、《ラクァタス大使/Ambassador Laquatus》は結局マーフォーク(Merfolk)のクリーチャータイプを獲得している。

 もっとも彼はオデッセイブロック全体で唯一1体だけのマーフォークだけどね(おっと、これはジャッジメントのネタバレになっちゃうな)
(註)
 原文ではここに「てめえみたいな野郎はおよびじゃねえんだよ!」というキャプションが入ってる。おそらく記事が書かれた2002年当時はここに《ラクァタス大使/Ambassador Laquatus》の画像が挟まっていたのではないかと推測される。

 今日このコラムで見てもらった(読んでもらった)とおり、マジックのデザインとは奇妙で回りくどい生き物のようなものだ。ドワーフに関する話から始まって、イカで終わる。

 だけど、そういった話も君たちに届けたくて私はこの「Making Magic」のコラムを書いている。先週みたいな胃にくる深刻な問題を毎週のようにお届けされても困るだろう?

 来週は私の好きなメカニズムとそれをどう作ったかについて語りたいと思っている。それまで必要なカードを(間違ってもその次のターンではなく)必要なターンに引けますように。

 親愛なる
 マーク・ローズウォーターより
余談:
 マーフォークの登場と衰退、そして復活については2008年に書かれた以下のコラムに詳しい。ラクァタス大使についても触れられてる。

 マーフォークの物語/A Merfolk’s Tale
 原文:http://www.wizards.com/magic/magazine/article.aspx?x=mtgcom/daily/mr337
 拙訳:http://regiant.diarynote.jp/201204141127188562/

【翻訳】マジック界の伝説ことピーター・シゲティに関する思い出を募集してみた/ PTR Stories Vol.1【SCG】
著者:mixedknuts
2011年09月01日
元記事:https://mixedknuts.wordpress.com/2011/09/01/ptr-stories-vol-1/

 ピーター・シゲティという名(もしくはPTRのほうが通りがいいかもしれないが)を聞いたことのない君のために書いておくと、彼はマジックのコミュニティにおける「伝説」だ。

 ジャッジや主催者たちといった人たちからは「歩く厄災」として見られていた。対戦相手からは桁外れに陽気かつ乱暴な態度で接してくるプレイヤーとして見られていた。そして全ての権威に対しては反逆者として振る舞って見せた人物だ。

 彼は特定の個人に対して特にそういう態度を見せていたというわけでもないし、マジックをしているときだけ特にそうだったわけでもなく、四六時中そんな感じだった。

 ピーターは一部には「悪役(Villain)」として知られていた。それは彼自身の振る舞いや悪行のせいもあったし、彼に対する非常に否定的な記事の数々(これらについてはあらためて紹介したいと考えてる)のせいもあったし、様々な大会で彼が参加者に与え続けた衝撃(原文:endless beats)のせいでもある。

 同時に彼を「英雄(Hero)」として見る人たちもいたし、「道化」として見る人たちもいたし、これまた「エンターテイナー」として見る人たちもいた。ただし、これらの評価は彼の標的にならなかった人たちに限られている。

 今週、ピーターは長い闘病の果てに息を引き取ったとかなんとか。

 いや、ここで「とかなんとか」と言っているのは別に彼の死を軽んじているわけではなくて、信ぴょう性の問題だ。もしこの地球上の全人類の中で、自分の死すらネタにする可能性が高い人物は?、と聞かれたら真っ先に思いつくのはピーターなのだ。

 それは僕だけじゃないはずで、僕が会ったことのある彼の友人たちだって実際の遺体を目の当たりにしないことには本当だと思わないかもしれない。

 これは当時の彼を知っている人なら、誰だって同じだと思う。あの信じられないほどに独創的でひん曲がった性格の彼が何を得意としていたのかを良く知ってる人からすればね。

 マジックの歴史は適切に記録されているとは思えず、特にある期間においてそれは顕著だ。そしてこのピーターという男はその中でも特に記録されるに値するキャラクターだと僕は信じている。

 そこで、もしピーターに関する逸話をご存じであれば教えて欲しい、というお願いを投げかけてみた次第だ。マジックという歴史の中でもこれほどまでに相反する評価を受けてきた人物は珍しい。その功績を讃える意味で、皆からご提供頂けた情報をここに紹介したいと思う。

 なお、上記の依頼は今しばらく有効なので、何かあればぜひメールかフェイスブックを通じて僕に教えて欲しい。

 悪人なのか、英雄なのか、皆の注意をひきつけてやまないピエロなのか、……はたまたあるいは邪悪の化身か。どう受け取るかは君次第だ。

 ピーターのマジック歴に関する口伝は、まずこのジェフ・カニンガムが書いた記事(註)から始める必要がある。これはピーターが公式にマジックから締め出された(出場停止処分を受けた)2005年に書かれたものだ。
(註) この記事
 原文では以下のURLへリンクが張られている。著者のジェフ・カニンガムがどのようにしてピーターと出会ったか、そしてピーターがどのような人物であり、なぜ彼がマジックの出場停止処分を受けるに至ったのかを著者の視点から記している。
 http://www.starcitygames.com/magic/misc/10521_Jeff_Cunninghams_Untold_Legends_Of_The_Million_Dollar_Magic_The_Gathering_Pro_Tour.html

 上記記事の拙訳
 http://regiant.diarynote.jp/201610222314111312/

 これは、かつてStar City Games のトップページに載せた記事のトップバッターだった。これを読んでもらえれば、ピーターが自身のそのイメージを作り上げるのに何年もの月日と労力をかけたことが多少なりとも分かるはずだ。


【 トミー・アシュトン 】 が語るピーター・シゲティ

 2002年の全米選手権でのことだ。僕は会場まで向かうために空港のタクシー乗り場で友人とタクシーを待ってたんだけど、そこにPTRが来たんだ。

 僕らは明らかに見た目がゲーマーだったから、PTRも向かう先が一緒だとすぐわかったらしく「イベント会場まで相乗りしようぜ」ということになった。

 乗車してすぐにPTRは運転手とのおしゃべりを始めた。「もっとスピード出せよ」「罰金なら全額俺が払う」とかなんとか言ったり、運転手が EZPass (註) を登録してなかったせいで料金所のたびに足止めを食らうことに呆れたりしてた。
(註) EZPass
 日本のETCのようなもので有料自動車道を通るときに自動で料金支払いを済ませてくれる米国のサービス。東海岸では EZPass と呼ばれているけど、地域によって呼称が異なるらしい。

 目的地について車を降りるとPTRは僕らの分まで全部1人で支払って、振り向きもせずに行ってしまった。ちなみに僕も友人も乗車中は一言もしゃべらなかった。

 PTRは、2003年に行われたメリーランド州のプロツアー予選にも顔を出してた。このオンスロートブロックのプロツアー予選で、PTRは対戦相手とすごい揉めてて、試合を円滑に進行させるためにジャッジが何度も呼び出されてた。

 最終的にこの試合はPTRの勝利に終わった。そして体面を取り繕うためかそれとも「大人の余裕」を見せるためかは分からないけど、とにかく対戦相手はPTRに試合後の握手を求めてきたんだ。

 PTRは彼を見て、鼻を鳴らし、手のひらに痰を吐きだしてから、その手を相手に差し出した。対戦相手はその手をとり、握手をかわした。PTRはうんざりした様子だったよ。

 ちなみにその同じイベント会場で、僕がストロベリーショートケーキ味のアイスクリームを買ったときのこと。

 ちょうどそのアイスの封を切ったところでPTRが通りがかった。僕が「やあ」と挨拶をしたら、彼は返事のかわりに僕のアイスクリームを(ご丁寧に擬音つきで)一口かじりとるとそのままどっかに行ってしまった。

 そのイベントでのPTRの最終幕はトップ8でのことだ。ちなみにPTRはその直前にジャッジから「次に何かしでかしたら失格(Disqualification)だ」と宣言されてた。

 さて準々決勝のPTRの相手は、《包囲攻撃の司令官/Siege-Gang Commander》のゴブリン・トークンに自身のコスプレ写真を使ってる奴だった(Otakon (註)で撮ったものらしい)。
(註) Otakon
 アメリカで毎年開かれる「オタクのコンベンション」。開催地はこのプロツアー予選と同じメリーランド州。ロスで開かれる西の「Anime Expo」に対して、東の横綱がこの「Otakon」らしい。

 PTRは基本的に黙ったままで試合を進めていった。しかし人の好い対戦相手は彼とアニメの話をしたがった。

 試合が山場を迎えた瞬間、PTRは6枚の土地をタップし、山札の一番上のカードを裏向きのままテーブルに伏せて、「《アクローマの復讐/Akroma’s Vengeance》を唱えるぜ」と相手に告げた。

 そのカードは本当に《アクローマの復讐/Akroma’s Vengeance》だった。

 PTRは試合に負けた。

 メリーランド州で開催されたそれとはまた別のイベントでのことだ。彼はとんでもなく大きな Taco Bell (註) の袋を持って会場に現れたんだ。
(註) Taco Bell
 アメリカの有名ファーストフード店。タコスを売ってる。ついでに付記するとタコスはメキシコのサンドイッチ的な食べ物でキャベツとチリソースと肉が入ってる。パンの部分はパリパリに固いトルティーヤ(トウモロコシの生地)を使う。生地は固いのが基本だと思っていたけど、柔らかい場合もあるみたい(原文では「Soft Tacos」)。

 なんでも、この会場に来る前に Taco Bell のドライブスルーに寄ってきて、そのとき「タコス100個!」と好奇心から言ってみたらしい。

 タコスを大量に抱えて訪れた会場で、PTRは彼の言うことを何か1つでも聞いてくれたプレイヤーに対してタコスを1個ふるまってた。

 当時、PTRは僕のことを「州選手権チャンピオン」として認識してたらしい。ちょうど僕が《ミラーリの目覚め/Mirari’s Wake》デッキで州選手権を優勝したばかりだったからね(最後まで僕の本名を知らなかったに違いない)。

 僕も「タコス1個くれよ」と頼んでみら、PTRは「PTRこそが本当の州選手権チャンピオンだ、って認めない限りはあげられねーな」と言ってきた。

 そこで僕はそうした。

 さらにPTRは、本当にタコスが欲しいならそこに歩いてる奴にそれを教えてこいよ、と言ってきた。

 そこで僕はそうした。

 PTRは僕にタコスを2個くれた。

 ちなみに会場となった店のオーナーは、それ以来、PTRのことを彼女が今まで出会ったことのあるマジックプレイヤーの中でもっとも優しくて気前の良いプレイヤーだと思い込み続けている。

 彼との思い出はそれくらいかな。

 《焼けつく肉体/Searing Flesh》事件とか《樹木茂る山麓/Wooded Foothills》に《露骨な窃盗/Blatant Thievery》をぶっ放した瞬間とか、ファリッドとやらかしたあれこれとかの現場に居合わせていたらなあ、と心から思うよ。(註)

 彼ほど素晴らしいエピソードを次から次へと生み出してくれたプレイヤーはそうはいない。ただ彼の標的にされた人たちからしてみたら、本当にたまったものではなかっただろうけどね。
(註) あれこれ
 《焼けつく肉体/Searing Flesh》事件は、2003年06月 プロツアー横浜で、PTRがラストターンにとどめの火力をトップデッキできた喜びのあまり大騒ぎをしてゲームロスを食らった事件のこと。《露骨な窃盗/Blatant Thievery》事件については、このあと当事者であるジェシー・ヴァンドーバーが紹介してくれている。ファリッドはおそらくファリッド・メラーニ(Farid Meraghni)のことと思われるが、具体的に彼と何があったのか、もしくは彼とどんなことをしでかしたのかは不明。


【 ステファン・キング 】 が語るピーター・シゲティ

 僕が初めてPTRと出会ったのは13歳のとき、グランプリ・ニュージャージーでのことだ。僕が初めて参加したグランプリでもある。カバレージ記事でしか見聞きしたことのないプロプレイヤーたちがそこら中にいて、すごく興奮したのを覚えてる。

 そんな中でPTRは「Guess Who?」(註) のボードを持ってきてた。ご丁寧にも、全部の顔を有名なマジックのプレイヤーの顔写真に張り替えたやつだ。
(註) Guess Who?
 1対1で遊ぶアメリカの古典ボードゲーム。用意されたたくさんのキャラから、相手に見えないように1人を選び、お互いにそのキャラの顔の特徴を絞り込んでいって、先に相手のキャラを当てたほうが勝ち。
 ゲームボードには全キャラの顔のパネルが立てられるようになっていて「その人はメガネをかけてますか?」「いいえ」と絞り込んだ時点で、メガネをかけていないキャラのパネルを全部倒す(候補から外す)という風に遊ぶ。
 https://www.amazon.co.jp/dp/B00S732WJE

 どうみても「ここに並んでる奴らは全員倒してみせるぜ」という意思表示だった。

 実際にはどうやって使ったかというと、例えばPTRが対戦相手に「お前(の選んだプレイヤー)はデブか? マジで死ぬほどデブか? いやマジで」と尋ねて、相手が「違うよ」と言ったらアラン・カマー(Alan Comer) の写真を倒す、みたいな感じだった。

 対戦相手用にもう1つボードを用意してあったけど、PTRは片方のボードの写真の位置を全部覚えてしまっていたみたいで、常に勝負が公平になるように決まったボードを相手に渡していたようだった。そうしないと相手がどのプレイヤーを選んだかすぐに分かってしまうからだ。

 GPが始まる前にPTRが色んなプレイヤーたちとこのゲームを遊んでいるのを見ていた僕は、ちょうど彼がブライアン・キブラー(Brian Kibler) に圧勝したところで、ちょっと目立ってみたくなってしまった。

 少しは受けがとれるかもしれないと思いつつ「両方のボードのプレイヤーの位置を全部覚えちゃってるんじゃないの?」と声をかけてみたんだ。

 するとPTRは振り向いて、僕をまっすぐねめつけながら「ははっ、ご講義ありがとよ。で?」と返してきた。ジョークが失敗したことを痛いほど悟りながら、僕はすごすごと退散した。

 しかしPTRの僕に対するちょっかいはこれで終わらなかった。彼はどうやら僕についてもっと知りたくなったらしく、色んなプレイヤーたちから僕の情報を集め始めた。たとえば僕が「Barn」かどうかとかを聞きこんでた(この「Barn」が何を意味する隠語なのか、僕はいまだに分からないままだ)。

 この1つ前の週に、僕はチームグランプリ予選の決勝まで歩を進めていた。そのときの決勝戦で対戦相手のチームだったプレイヤーたち(ヒューイ、ブルック、リンデ)もこの日のグランプリに来ていたので、PTRはその3人にも聞き込みをかけていた。

 反応は三者三様で、まずブルックはまったくPTRを相手にしなかった。リンデは「いや、よく知らないな」と返した。ありがたいことにヒューイは「いや、いい奴だよ、あいつは」と答えてくれた。

 そのヒューイの返答のおかげか、GPのあいだ、PTRは僕に優しかった。マッチの合間ごとに調子はどうかと僕に聞いてきたり、僕が何か失敗したと知ると残念がってくれたり、ただその最中にも「インビテーショナルの投票(註)は俺に入れてくれよ」と頼むことは忘れなかった。
(註) インビテーショナル
 かつて開催されていた、人気投票で選ばれたりした特別なプレイヤーのみが参加できる大会。優勝者は実際に刷られることになる本物マジックカード1枚をデザインする権利をもらえる(と言いつつもプレイヤーが提案した通りのカードが刷り上がることはまれで実際は調整後の変わり果てたカードになる)
 通常の構築済みやブースタードラフト以外にも「アンティを賭けて、相手から奪ったカードの価値の総額が高いほうが勝ち」などの珍妙なフォーマットが採用されたりする、お祭り的な大会。

 僕の話の前に紹介されてるトミーの思い出で語られてるPTRの話もほとんど知ってるよ(というかその場にいた)。ただ、なんといっても印象に残っているのはこの初めて会ったときのことだね。


【 モーガン・ダグラス 】 が語るピーター・シゲティ

 1998年にフロリダで開催された全米選手権でのことだ。俺はPTRとジャスティン(註)と一緒にホテルに泊まった。ホテルの部屋をシェアすることに特に抵抗はなかった。IRCを通じてPTRとは知り合いだったからな。
(註) ジャスティン
 原文では以下のURLへリンクが張られている。Wikipediaのジャスティンこと Justin Bonomo の項目(リンク先は英語)
 http://en.wikipedia.org/wiki/Justin_Bonomo

 ただジャスティンはまだ13歳で、ほとんどPTRについて知らなかった。最初の夜、ジャスティンが寝入ってしまったあと、さっそくPTRはジャスティンの髪の毛をジェルで固めて、さらにその体をマジックのカードで覆い尽くした。ミイラみたいにね。

 ジャスティンはそのときは結構キレてたけど、最終的にはPTRの大ファンになったよ。俺らと同じさ。そして、その週末、俺とPTRを含めた10人程度のグループで IHOP (註)に行ったんだ。夕飯を食いにね。
(註) IHOP
 「International House of Pancake」の略で、ファミレスのチェーン店。一度食べに行ったことがあるけど、確かにパンケーキメインの品ぞろえだった。

 50歳くらいのおばちゃん店員が注文を取りに来たとき、彼女に親しげに話しかけてた。いつもみたいにね。

 俺はそのとき、もしかしたらPTRの奴がメニューの端から端まで全部注文するんじゃないか、ってちょっと期待したんだ。何度かやったことがあるんだ。ただ今回は違う方向にぶっとんでた。

 その店には「スマイル印のパンケーキ」ってメニューがあって、要は笑顔マークが刻印されたパンケーキなんだけど、PTRの奴、それを「不機嫌な顔」でコックに作らせろって言い出したんだ。

 ウェイトレスは、たぶんコックはダメって言うわよ、とかなんとか言い出したけど、絶対そうじゃなきゃダメだとPTRは彼女を説き伏せたんだ。ついでに付け合わせのトーストとベーコンをコーンとケチャップに替えさせてた。

 PTRときたら、まったく食べるつもりもないのにこういうことをしやがるんだ。冗談のためだけにね。

 おばちゃん店員は料理を持ってきたあとタバコを吸いに行った。PTRはそのあとを追って、IHOPの喫煙所で彼女と楽しそうにくっちゃべってた。5分くらいかな。何を話してたのかは知らないけど随分と盛り上がってたよ。

 タバコを吸いながら戻ってきたPTRは、コックに無理に作らせた「不機嫌顔」のパンケーキでたばこの火を消して、それで夕食はお開きになった。

 PTRに関しちゃ他にも色んな話を聞いてるけど、他の人のほうが上手く語れるかもな。たとえばレストランで全メニューを注文した話はもう聞いたことあるかな? しかもこれをやったのは1回や2回じゃない。

 それ以外だと日本に行ったときか。PTRがマクドナルドに行って、フルーツポンチで一杯のコップを手に店員たちを睨み付けながら、それをわざとこぼしたんだ。怯える店員たちをしり目に、彼はこぼれたフルーツポンチをコップに戻すと人差し指を突っ込んで抜いたり差したりし始めた。店員たちが彼をつまみ出すまでね。

 他にも Cave Story事件の話とか、Blatant Thievery事件の話とか……ああ、そうそう、PTRが誰か2人と組んでディーラー相手に3対1のドラフトをしてて……参加してたプレイヤーたちは誰だったっけな。詳しい名前は忘れたけどBenS と Huey だった気がする。まあ、何にせよ、そのときPTRは《アトガトグ/Atogatog》を使ってわざと試合に負けようとしてた。

 他に何かあったかな……そうだな、《焼けつく肉体/Searing Flesh》事件について話そうか。運がいいことに2003年のプロツアー横浜で起きたあの《焼けつく肉体/Searing Flesh》事件のとき、俺はその場にいたんだ。

 プロツアーの最後のラウンドのことだ。PTRは日本人プレイヤーとトップ32に入れるかどうかが決まる試合をプレイしてた。その横で若いジャッジが1人、試合を見てた。他の試合はほとんど終わってた。

 PTRの格好はいつも通りだった。サイズがぴったりのジッパー付きのスウェットを上に着て、どうみてもサイズが大きすぎるスウェットをはいてた。

 そして、そのターンのカードを引いた途端、いきなり座ってた椅子を2メートルくらい後ろに吹っ飛ばしながら立ち上がったんだ。さらに足を上げながらカードを振りかざし、相手によく見えるようにカードで尻を拭くしぐさを何度か見せた。

 そして、これでも食らいな!、と叫びながらそのカードを相手の目の前に叩きつけてた。相手プレイヤーはいたたまれなさに頭を抱えてたよ。

 PTRはマッチ用紙にサインしてそれをジャッジと相手プレイヤーに向かって放り投げると、その場を後にした。なんでかは分からないけどとりあえずジャッジはこの行為を「非スポーツマンシップ的行為」とは思わなかったらしくて、試合終了の手続きはそのまま進められた。

 結果が出て、PTRはトップ32の座をものにした。

 だけどそのあと何が起きたかを知ったヘッドジャッジが後追いでPTRにマッチロスを宣告して、相手だった日本人プレイヤーがそのかわりにトップ32に滑り込んだって次第さ。この裁定がなかったら、そのときのPTRの相手プレイヤーだった横須賀智裕(Yokosuka Tomohiro)は次のプロツアー(註)に参加することできなかっただろうし、そこでトップ8に入ることもなかっただろうね。
(註) 次のプロツアー
 2003年のプロツアーニューオーリンズ。PTRはこのプロツアーにも参加しており横須賀智裕と再戦している。その際のカバレージが公式に残っており、そこでもこの《焼けつく肉体/Searing Flesh》事件について触れられている。
 https://magic.wizards.com/en/articles/archive/event-coverage/%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%89-9-2003-11-01-0

【 アレックス・ボルテス 】 が語るピーター・シゲティ

 PTRは僕の一番の親友だった。何年ものあいだね。すでに誰かが書いてたけど、プロツアーにPTRが「Guess Who」を持ってきた件も覚えてるよ。懐かしいな。あれは僕と一緒に作ったんだ。

 確かグランプリ・ニュージャージーに向かう前、コロンブスで一週間ほど過ごしてたときだ。何時間も車でコロンブス中を移動しながら「Guess Who」が売ってる場所を探したんだよね。最終的にはトイザらスで見つけたはずさ。

 PTRがそこのレジの女の子に声をかけてたなあ。可愛い子だった。彼女は、僕らみたいな年齢の連中がどうして「Guess Who」なんて欲しがるんだろう、って不思議がってたよ。PTRはPTRで、俺たちはこれから世界で最高のゲームを遊びに行くってのに君が見に来られないのは残念だ、とかなんとか言ってた。

 ようやっと材料となるゲームを手に入れたあと、僕らはチャーリー・ステーキって店で夕飯を食った。PTRはいつも「この店がなかったらコロンブスなんて来ねえよ」って言ってたなあ。

 僕らは一晩中にわたって熱い議論を繰り広げた。もちろん僕らバージョンの「Guess Who」に加えるべき人選についてだ。候補は、有名プロツアープレイヤーと僕らの友人。

 PTRがこだわった点は、とにかくバラエティに富んだ人選にすることだった。そうすれば、特定の人物を持ち上げたり馬鹿にしたりすることがもっと派手にできるし、見てる友人たちも楽しんでくれるはずだ、と彼は考えたんだ。

 僕らはネットのサイドボード(註)の過去記事を漁って、お目当てのプレイヤーをゲームに使うためにぴったりの写真を探した。
(註) サイドボード
 マジックザギャザリング公式サイトのかつての名称で、正しくは「Sideboard Online」。元々は紙媒体の雑誌「Sideboard」があった。
 日本語版「Sideboard Online Japan」もあったが更新が途切れがちだったため、某所巨大掲示板にそれに対する不平不満を書き連ねるスレッドが立ち、さらに有志が自分たちで勝手に翻訳をするようになり……という話は長くなるので割愛。ここら辺の経緯は、いつか調べて書き残したい。

 プリントアウトして、切り抜いて、貼り付けて……そんな作業を何時間もかけてようやく完成した。正直、こんなに手間のかかる作品になるとは思ってもみなかった。

 でも僕らは完成品の出来栄えに満足してた。とってもね。グランプリに持っていくのが待ち遠しかった。これを見たプレイヤーたちの反応が楽しみでしょうがなかった。

 PTRが君に絡んでくるとき、それ自体がある種の賛辞だ。彼はマジックとは人と人との出会いそのものだと信じてた。ただ遊んで終わりのゲームじゃなくてね。

 PTRが君にとんでもないあだ名をつけるときも、君の服装にケチをつけるときも……それは彼が君を認めた瞬間であり、また彼の世界に加えるだけの価値がある人間だと迎え入れてくれた瞬間でもあったんだ。

 実はいまだに例の「Guess Who」は僕の手元にある。ときおりは取り出して、当時から続く古い友人と遊んだりもしてる。ボード上に並んでるプレイヤーたちを知らない人たちも随分と増えてきた。

 変な気持ちだよ。「え? ソル=マルカを知らないだって?」とか「アレックス=シュヴァルツマンって名前を聞いたことがないだって?」ってな具合さ。

 そして僕は、そのプレイヤーが誰なのか、なんでそのプレイヤーが加えるだけの価値があると僕らが思ったか、を語って聞かせるんだ。

 一度も見たことがない皆のために写真(註)をいくつかあげておくよ。これがその「Guess Who」だ。今までも大切にしてきたけど、これからはまた違う意味で大事にしたいと思う。
(註) 写真
 原文には写真が2枚アップされてる。以下がそのうちの1枚。
 https://mixedknuts.files.wordpress.com/2011/09/pt_guess_who2.jpg

 PTRがプロツアーでしでかしてきたあれやこれやのうち、意外と知られてないことがある。それは「実は彼が実際になかなか腕の立つマジックプレイヤーであった」ってこと、そしてどの試合も本気で勝ちを狙って挑んでたってことだ。

 あのころ四六時中つるんでた連中もみんな、マジックに本気だった。自分たちのマジックの腕前を誇りに思っていた。僕らにとってマジックはそれだけ重要な位置を占めてたからだ。

 そしてPTRも仲間に「雑魚」だとは思われたくなかった。

 だから試合で重要な局面になったら、そりゃPTRだってやっぱり緊張してたさ。無様な真似をさらしたくなかっただろうからね。特に彼の場合、何かミスをしたら指摘してやろうと見張ってる奴らがハイエナのごとく大量にいたわけだし。

 とはいえ、もし試合に勝ったら、勝利の美酒の味を高めるためにPTRは大喜びで君を煽ってきただろうけどさ。

 僕は自分の試合が早く終わったときは必ずといっていいほどPTRの試合を観戦しに行ってた。そして観戦していると、たまにPTRがすごく厳しい局面をとんでもなく上手いプレイングで乗り切って勝利したりしてた。

 でもそういうとき限って、なぜかいつもみたいにド派手な……ファンファーレ的な何かをぶち上げずに、さっさとその場を立ち去ってしまうことがあった。

 僕は不思議だった。「たった今、相手を見事にへこませてやったんだぜ? どうしたってんだ? 勝利の雄たけびを部屋中に響かせないのかい?」ってさ。奇妙なことに、世界クラスのプレイを成功させたときほど、PTRは逆に謙虚な態度を見せてた気がする。自慢げに吹聴して回ったりせずにね。

 最後はプロツアー・ニューオーリンズでPTRがしでかしたイタズラの話だ。

 僕らは宿泊先のホテルに到着して、とりあえず他のプレイヤーたちと集まろうか、ということになった。最上階あたりにあったロビーみたいな場所に集合した。

 マイク=チュリアンがちょっと酔っ払ってたのを覚えてる。そんな彼を見たことなかったので印象に残ってるのかな。まあ彼に限らず、たくさんのプロプレイヤーたちが、なんらかの形で羽目を外してた。

 PTRはでっかい葉巻をくわえて練り歩いてたよ。当時、彼みたいになりたいと願っていた僕ももちろん葉巻をくわえてた。

 その最上階のロビーにはマネードラフトができるように長いテーブルが用意されてたから、僕らはホテルの連中に追い出されるまでドラフトに興じた。

 追い出されそうになったとき、まだ終わってないドラフトの試合がいくつかあった。運良く小さめのテーブルがいくつかエレベーターホールに置いてあったから、プレイヤーはそっちに移動して、寝る前にまずは試合を終えてしまおうか、ってことになったんだ。

 そのときだよ。PTRが閃いてしまったのは。

 PTRは、テーブルと椅子2つをエレベーターに運び込もうぜ、って言い出したんだ。そして誰かのドラフトデッキを借りるとエレベーターの中で試合を始めたんだ(確か相手はヒューイだった気がするけど確かじゃない)。

 そんなわけで、もし別の階でホテルの係員がエレベーターに乗ろうとボタンを押すと、その中には頭の悪そうな笑顔を浮かべたPTRがいて、呆然としてるとそのままエレベーターのドアはまた閉まる、ってな具合だった。

 30分くらいのあいだ、ホテルでエレベーターに乗ろうとした人はみんな、マジックで対戦中のプレイヤーに出迎えられたわけさ。

 ジョークの威力を最大限に高めるためにPTRは、まるで日常そのものであるかのように、あえてごく普通に振る舞ってた。ホテルの客が入ってきても普通に続けるわけさ。「よし、じゃあ俺は《陰謀団の総帥/Cabal Patriarch》を唱えるぜ。黒単の頼れる奴だ! 行け! ……で、あんたは何階に行くんだ?」


【 ジェシー・ヴァンドーバー 】 が語るピーター・シゲティ

 《露骨な窃盗/Blatant Thievery》事件について知りたいなら僕が話せるよ。何しろそのとき対戦してたのは僕だし、そのときPTRが使ってたデッキも元々は僕が作ったものだったからね。

 2003年の頃、グランプリ・デトロイトのために青赤タッチ緑の《ドラゴン変化/Form of the Dragon》デッキを作ったんだ。そしてアラン・ジャクソンがそれに手を加えた。

 何人かのプロ(クリス・ベナフェル と PTR と ゲイブ・ウォールス)がそのアランのデッキを前の晩に見かけたらしくて、おそらくだけどそのときデッキリストをアランから買ったんだろうな。それともタダでくれてやったか。どっちでもいいけどね。ちなみにクリスは「どっかの子供からもらった (註)」って言ってるらしい。
(註) どっかの子供
 以下のURLにクリス・ベナフェルのものとしてデッキリストが公開されている。その説明文では「このデッキは大会直前に とある子供 からクリスが借り受けたらしい。実にティミー好みのデッキだ」と紹介されている。
 http://magic.wizards.com/en/articles/archive/event-coverage/cool-day-2-decks-2003-07-13

 僕は2連勝したところでPTRと当たった。PTRも2連勝してるところだった。その前の試合の詳細はさすがに覚えてないな。確か、僕が1ゲーム目をとって、例の《樹木茂る山麓/Wooded Foothills》のシーンは2ゲーム目だった気がする。

 2ゲーム目は完全に僕が盤面をとってた。《ドラゴン変化/Form of the Dragon》はすでに場に出てたし、大量の土地を並べてたし、手札も何枚かあった気がする。

 PTRのライフは10点まで落ちてたはずで、あと数ターンもあれば勝てる状況だった。唯一気を付けるべきだったのは《ドラゴン変化/Form of the Dragon》を《蒸気の連鎖/Chain of Vapor》で戻されないようにすることだけだった。

 その状況で、PTRは土地を7枚タップして、僕の《樹木茂る山麓/Wooded Foothills》に向かって《露骨な窃盗/Blatant Thievery》を唱えてきたんだ。2つの理由から僕はすごい混乱した。

 <その1>
 そのデッキは明らかに僕のデザインした《ドラゴン変化》デッキだった……けど僕は《露骨な窃盗/Blatant Thievery》なんて入れた覚えがなかったんだ!(あとで知ったけど、どうやらサイドボードの《金属殻のカニ/Chromeshell Crab》を入れ替えたらしい)

 <その2>
 一体全体、なんだって生け贄に捧げることが出来る《樹木茂る山麓/Wooded Foothills》なんてわざわざ対象にするんだ?

 混乱した僕は、考えを整理する必要があった。PTRがもう1枚土地を必要とする理由はなんだ? いやいや、もちろんそれが目的と考えるのは視野が狭すぎる。今なら分かる。PTRは僕にこの土地をサクらせたかったんだ。

 そして(愚かにも)僕はそのとき、そのとおりにしてしまったわけだけど、そのせいでさらにショックを受ける羽目になったわけさ。PTRがいきなり取り乱したりしたわけじゃない。むしろ安心した様子だった。同時にちょっと疑わしげでもあったけど。

 確か彼は僕が土地をサクるのを見て「なんでだよ! なんでサクるんだ!?」って聞いてきたんだ。僕は凍りついた。そしてデッキをシャッフルして、なんかかんやがあって僕は負けて、3ゲーム目に突入した。

 というわけさ。別にそれについてすごいネタにされたりしたわけじゃないし、むしろその日はそれ以降も「調子はどうだい」みたいな感じに軽く話しかけられたりもした。

 まあ、その大会中はずっと僕のことを《樹木茂る山麓/Wooded Foothills》って呼んでたけどね。ああ、その大会だけじゃないや。それ以降、どの大会で会ったときもそう呼ばれてたな。
 はじめに。

 この記事はかつて悪童として各地のプロツアーで名をはせたプロプレイヤー、ピーター・シゲティ(Peter Szigeti)に関する記事を訳したものだ。もっとも彼の活躍(?)シーンは主に2000~2005年にかけてであり、かつ彼は2010年に「2049年までの出場停止処分」を受けているため、最近のプレイヤーはまず知らないと思う。

 まず、彼の主な戦績を紹介してみる。なおソースは MTG Wiki による。

  ・グランプリ・アナハイム 03 (第4位)
  ・グランプリ・トリノ 01 (チーム戦、優勝)
  ・グランプリ・モントリオール 01 (第7位)

 そんな彼が紹介されていたり登場したりしている記事は今もネットに多く残されている。その多くは対戦記事ではなく彼の対戦外における「活躍シーン」に関するものだ。見つけられたものを以下に紹介してみる。

■ 2002年04月 ゲリー・ワイズへのインタビュー記事
http://www.wizards.com/default.asp?x=sideboard/jpfeature/jp20020403b,,ja

 上記の記事でインタビュアーが「最近 Peter Szigeti と Chiris Benafelからだいぶ攻撃を受けたね。彼らがこういう風にするのは何でだと思う?」とゲリー・ワイズに問いかけており、ゲリーはこれに対して「Peter Szigetiはマジック界のヒール(悪党)になりたがっている奴さ」と返している。

■ 2002年05月 プロツアー・ニースの大会レポート(英語)
http://archive.wizards.com/default.asp?x=sideboard/ptnice02/szigeti

 上記の記事は彼を紹介している公式記事で、公式にも関わらず、記事のタイトルが「Public Enemy Number One(嫌われてるプレイヤー第1位)」というところから彼の印象と扱いが分かってもらえるのではないかと思われる。

■ 2002年05月 マスターズ・ニースの対戦記事
http://www.wizards.com/default.asp?x=sideboard/mastersnice02/jpgwfm2

 日本のプロプレイヤー、岡本尋とピーター・シゲティの対戦記事。ここでの紹介は「"PTR" こと Peter Szigeti。Gary Wise のコラムなどでもお馴染みの彼は、プロプレイヤー集団「Magic Colony」の一員であり、来日経験もあるツアー常連のアメリカ人プレイヤーだ。恰幅の良いスキンヘッドと、一目で忘れられなくなる風貌も印象的だろう」と比較的抑え目な表現。

■ 2002年11月 プロツアー・ボストンの各種エピソード
http://www.wizards.com/default.asp?x=sideboard/jpstrategy/20021121a

 上記の記事ではイベント取材で書けないようなエピソードを紹介しており、その中にピーター・シゲティが、日本勢と起こした騒動「深夜の出禁事件」について書かれている(リンク先のエピソード集の最後)。

 事件の概要は「表彰式で賞金を表すのに使われた巨大小切手のオブジェを www.shop-fireball.com が持ち帰ろうとしたところ、それをピーター・シゲティが横からかっぱらって振り回し始め、持ち主に返すようにというウィザーズスタッフの指示にも従わなかったため、深夜にも関わらず会場から追い出された」というもの。なんじゃそりゃ。

■ 2003年06月 プロツアー横浜の Wise Word
http://www.wizards.com/default.asp?x=sideboard/jpfeature/20030606a

 ゲリー・ワイズというプロプレイヤーがかつて公式サイトに連載していた「Wise Word」という記事がある。上記はプロツアー横浜でピーター・シゲティがゲームロスを受けたマッチとその内容(ラストターンにとどめの火力をトップデッキできた喜びのあまり大騒ぎをしてしまいジャッジにゲームロスを食らった)について書かれている。

 ちなみにゲームロスの名目は「非紳士的行為」。ここで彼の姿が一旦ネットの場では見られなくなり、次の登場は2010年の以下の記事となる。

■ 2010年02月 公式サイトの出場停止処分の連絡(英語)
http://www.gatheringmagic.com/peter-szigeti-banned-2049/

 URLから一目瞭然だが、Peter Szigeti が2010年に、生涯出場停止処分(Lifetime Ban)の処分を受けたことを通知する記事。処分の理由として「すでに多くの失格や出場停止を受けていたピーター・シゲティだが、グランプリ・オークランドで他のプレイヤーと物理的接触を含む口論に陥ったことが最後の一押しとなった」としている。

 彼が亡くなったのはそれから約1年半後、2011年08月のことらしい。ソースは以下の Geordie Tait によるツイッターのつぶやき。
 https://twitter.com/Geordie_Tait/status/108054051194814465

 今回訳した以下の記事は2005年に書かれたものなので、生涯出場停止処分を受けるよりも、そして亡くなるよりも前のものだ。


【翻訳】マジック界の悪童 ピーター・シゲティ とは一体何者だったのか?/Untold Legends Of The Million Dollar Magic The Gathering Pro Tour【SCG】
ジェフ・カニンガム
2005年09月30日
元記事:http://www.starcitygames.com/magic/misc/10521_Jeff_Cunninghams_Untold_Legends_Of_The_Million_Dollar_Magic_The_Gathering_Pro_Tour.html

 これから始めるこの「マジック・プロツアー界の知られざる伝説(Untold Legends of the Million Dollar Magic The Gathering Pro Tour)」シリーズの最初を飾るのは、たった3文字で誰もが「ああ、あいつか」と気づく、そんな人物だ。

 P と T と R。

 だから通称 P.T.R.。誤解されている気もするし、良くも悪くも知られ過ぎているとも言えるその人物が今日の主役。

 そう、今から話すのは、IRC(註1)では reteP と名乗り、AIM(註2)では Bugjuicewanted と名乗っていたピーター・シゲティの物語だ。
(註1) IRC
 IRCは Internet Relay Chat の略で、チャットシステムのプロトコルの名前だが、これを実装したソフト自体もそう呼ばれる(多分そっちの使われ方が主流)。今もユーザはいるだろうけど個人的に日本では1990年代から2000年代にかけて流行った印象がある。

(註2) AIM
 AIMは AOL Instant Messenger の略で、AOLが提供するインスタントメッセージサービス。主にアメリカを中心に使われており、個人的には日本でそこまで流行った印象がない。

 朝起きて靴下を履こうと150㎝の体で片足立ちしているときはただのPete、スラックスを履いているときはPTR、学校ではPeter、署名するときはPedro。でも僕の中の彼は常にPetelitaだった。

 彼はマジック界における悪ガキと呼ばれていた。しかし具体的にどういう意味でだろう。

 ふむ、彼はトーナメント会場に拡声器を持ってきたことがある。なるほどね。それと、彼は上下ひとつなぎのジャンプスーツを着てきたことがある。うんうん、なるほど。他には?

 彼は何人ものマジックプレイヤーを育てあげた。かの有名な Derek Starleaf、Rory Draxler、Gary Talim そして Max McGuffin らだ。彼らを不良の道へ進むのを食い止めた人物でもある……短期的にはね。長期的にはより深い闇へと誘ったと言えるかもしれない。

 さて、ピーターが闇の力を求めたのか、もしくは闇の力がピーターに近づいたのか。ピーター・シゲティとは一体何者なのか……ピーター・シゲティとは一体何者なのか?


 ピーター・シゲティにいつどこで初めて会ったのか、まったく思い出せない。それどころか、どの大会で会ったのかも思い出せない。ただ「俺たちもう友達だよな?」と言われたのは多分JSS(註3)だったと思う。
(註3) JSS
 JSSは Junior Super Series の略で、1997年から2007年にかけて開催されていた大会。16歳以下のプレイヤーのみ参加可能で、大学の奨学金を得ることができた。

 それはさておき、彼について覚えている一番古い記憶は2000年のプロツアーロサンゼルスでのことだ。シカゴの予選を通過したことで出場権を得た僕は彼の家に泊めてもらえることになってた。当時の僕は16歳で、両親の元を離れての初めての一人旅だった。

 言ってみれば処女だった。つまり、まあ、そういうことだ。

 うげっ。

 そんなわけで、まだ子供だった僕は甘やかされることに慣れていた。

 いつだって両親のどっちかが傍にいて何をすべきか教えてくれたし、食べ物や飲み物を持ってきてくれたし、夜更かししないように見張っててくれた。

 だけどピーターと一緒に過ごした時間は、まさにそれとは正反対の「プロツアーの過ごし方へようこそ」だった(実のところウィザーズ社が売り込みをかけているあのド派手なプレイヤーラウンジとやってることはほぼ同じだ)

 大会の初日は会場に遅くまでいた。具体的には午前2時か3時まで。そのあいだピーターはマネードラフトをしていた。僕もJSSでマネードラフトは知っていたけど、あそこまで一心不乱にひたすらドラフトをし続けるのは初めて見た。

 ピーターの家に帰れたときは疲れ果ててた。でも次の日は渋滞を避けるために早起きをする必要があって、結局、2日目の成績は4-3だった。睡眠不足を言い訳にするつもりはないよ。でも原因の1つであった可能性は否定できない。

 プロツアー2日目で脱落した瞬間に思ったことは、とにかくどこか静かな場所で寝かせてくれ、だったかな。あとは自分に対する怒りとか、まあ、そんな感じだ。

 ピーターに「早く帰れないかな」と聞いたら「今日も一晩中マネードラフトするから無理」と言われた。そんなこんなで、まともな睡眠がとれたのはトップ8が終わったあとだった、というわけさ……


 この睡眠不足な2日間で慣れ親しむこととなったあれやこれやがその後も長いこと僕にとっての「プロツアー」となった。

 床にぶちまけられた大量のカードたち。勝ち抜いて上位テーブルへと進む奴らと、負けて下位のテーブルへ(もしくは物理的にテーブルの下へ)落ちていく奴ら。

 もらった忠告は「絶対に大会で寝るんじゃない」で、それを守らなかった奴らのうちの何人かは、頭から水をぶっかけられるか、顔にフェルトペンで髭を描かれてた。

 中にはテーブルに突っ伏して寝てるプレイヤーを相手に進められた試合すらあったらしい。寝てるところを揺り起こされて「おい、お前の番だ。いい加減にしろよ、ジャッジ呼ぶぞ」と言われたそいつは頷いて、手札を見て、ターンエンドする、という具合だ。

 日中から深夜までマネードラフトが途切れることなく続き、かすむ視界でデッキがぼやけ、フィーチャーマッチが次々と行われ……そのころ僕は寝不足のあまり肌に虫が這いまわる感触で辟易としていたというわけだ。

 僕の想像していたプロツアーとはまったく違ったが、まあ大体はこんな感じだ。特に2日目に進めなかったプレイヤーにとってのプロツアーはね。ほんと、疲労困憊で、時間の無駄で、なんもかんもが退廃的でチープで……でも頭から終わりまでひたすらに楽しくて面白い。それがプロツアーだったんだ。

 ピーターは、僕のJSSからプロツアーへの道筋を現実のものとしてくれた。ピーターは、僕にプロツアーを、そうさ、本当のプロツアーを見せてくれた。ピーターはプロのライフスタイルとはなんぞやを教えてくれた。


 と、まあ見ての通り、入口から強烈だったし、とても魅力的なライフスタイルには見えなかったろうから、たぶん君は「なんでそんな奴と友達になったんだよ!?」って思うかもしれない。

 残念ながら、良くも悪くも世間に広まってる「PTR」の印象どおり、上にあげた内容じゃ彼の悪評に対する反論にはならないだろうね。でも良くも悪くもまっすぐな人物だということは伝わったと思う。そしてそれこそが彼の魅力なんだ。


 ピーターは今も昔も……というか、生まれながらにして演出の巧みな奴だった。彼の家に泊まったとき、部屋には子供のころから溜め込んだとおぼしきWWF(註4)グッズが大量にあることに気付いた。
(註4) WWF
 World Wrestling Federation の略称でプロレス団体。ただ略称が以前から存在していた世界自然保護基金(World Wide Fund for Nature)とかぶったため、変更を余儀なくされて、今現在は WWE(World Wrestling Entertainment)に名称が変更されている。

 つまりピーターには素晴らしい演技をもつだけの下積みがあったわけだ。

 また彼には鋭いだけでなく創造性にも富んだユーモアのセンスがあった。こういった要素が複雑に絡みあって「マジック界における悪ガキ」が作られたというわけさ。

 しかしそれはすべてが演じられたものだったんだろうか? 本当のピーターとは切り離された、仮面の1枚に過ぎなかったんだろうか?

 僕はそうは思わない。

 何もかもは彼のドラマティックそのものな感性が膨れ上がることでから悪意なく発せられた彼本人だと思っている。ときに少年の心をもち、良くも悪くも論理的で、いつも笑いの絶えない彼のキャラクターそのものが発現したものだと思っている。

 だからこそ僕らは友人になれたんだ。


 そう、僕らの感性には似通ったところがあった。毎年のようにインビテーショナル出場のために自分に投票して欲しい、と周囲に懇願して回るのも同じ。そして結局かすりすらしないところも同じ(これに関して僕は今も変わらず)

 僕がいまだかつてもっとも面白いと思った記事は、ピーターの書いたカイル・ローズへのインタビュー記事(註5)だし、それ以外でも彼の書いた記事(たとえば彼自身の2002年全米選手権の大会レポート(註6)やゲデス・クーパーと企てた一件(註7)についてなど)はどれもこれも傑作だ。ちなみに彼の記事の一部はMTG PlanetとBrainburstで見ることができる。
(註5) カイル・ローズへのインタビュー記事
 原文では以下のURLへリンクが張られている。The Only Game In Town というゲームサイトの「Ask the Second Rate Pros(二流のプロたちに聞いてみた)」というタイトルのコラム。若干ケンカを売ってるっぽい質問もあったり、真面目に答えてたり、ふざけた答えがあったり、結構面白い。
 http://web.archive.org/web/20030810105055/www.togit.com/reports/PTR_July03Week2.html

(註6) 2002年全弁選手権の大会レポート
 原文では以下のURLへリンクが張られている。上記と同じサイトの「US Nationals Preview(全米選手権プレビュー)」というタイトルのコラム。
 http://web.archive.org/web/20030621020505/www.togit.com/reports/PTR_June03Week3.html

(註7) ゲデス・クーパーと企てた一件
 原文では「Geddes Cooper Fiasco」。なお対象の記事は見つけられなかったらしく「見つけられたら読んでみて」とだけ付記されている。個人的に探してみたが、それと思しき記事は見つけられなかった。ただ「The Geddes Cooper Incident」について触れている記事はあった。
 http://www.starcitygames.com/article/3226_It-Takes-a-Corporation-to-Raise-a-Villain--Wizards-and-Peter-Szigeti.html

 ところでマジックを通じて育まれた友情だけど、これは普通の友人関係と比べるとちょっと特別なものとなる。

 ほんのときどきしか会わない限られた友人たちと短い日程のあいだ、ずっと丸一日中を一緒に過ごすんだ。だからその関係はすごい濃密なものになる。

 それが大会参加のたび、つまり大体2ヶ月に1回くらいの割合で起きる。そう、数か月に1回だ。だからもし何回か大会に出るのをさぼるとあっという間に半年以上が過ぎて、途端にその友人とのコンタクトの取り方がわからなくなる。

 僕とピーターとの関係もまさにこれで、ロサンゼルスの次の大会、バルセロナ(註8)のあと電車の駅で別れたのを最後に彼とは会っていない。
(註8) ロサンゼルスの次の大会、バルセロナ
 おそらくロサンゼルスは「2001年02月 プロツアー・ロサンゼルス」で、バルセロナは「2001年05月 プロツアー・バルセロナ」のことと思われる。

 当時、ピーターはグレッグ・ローズベリーと親交を持ち始めた頃だった。

 グレッグはインターネットポルノで荒稼ぎをしていた男で、ワシントン州ワナッチーにある自宅を Magic Colony (註8)に開放していた。個人的には、このグレッグがどうしてマジック連中とつるむようになったのかがいまだに良く分からない。彼はそれほどマジックに興味がある男じゃなかったからだ。
(註8) Magic Colony
 2001年に Chris Benafel、Greg Rosebury そして Ryan Fuller といったメンバーによって創設されたプロプレイヤーの集団。前述の3人以外の主なメンバーとしては Ken Ho、Brett Shears、Jeff Cunningham、Brian Hegstad、Peter Szigeti、Jeff Fung、Terry Tsang など。戦績としては2002年のプロツアー大阪で Ken Ho が優勝したほか、グランプリ・タンパのトップ16に5人を送り込んだりしている。
 参考:http://magic.tcgplayer.com/db/article.asp?ID=2751

 ある時期から突然、グレッグはマジック仲間の航空券代を気前よく支払うようになって、加えてそんな友人たちのために豪華な五つ星ホテルを予約するようにもなって、要するに百ドル紙幣を惜しみなくばらまき始めた。彼は奇行の持ち主で、感情の振れ幅が激しい男でもあった。

 そんな彼からの影響やら大量の金が浪費される環境やらがピーターを闇落ちさせたんじゃないかな、というのが僕の個人的な読みだ。

 頭のおかしい連中と閉じられた世界にいるという環境に居続けるってだけでも色々と十分すぎる影響だけど、グランプリを回り続けるという生活も原因の一つかもしれない。僕自身、そんな生活を続けていた中で、何かしら黒い負の何かが自分の中に溜まっていくのを感じていたからだ。

 第一に、空の旅は退屈だ。第二に、不規則な時間に寝起きするのは健康に悪い。人間は決まった時間に寝起きするようにデザインされた生物だからね。

 第三に、身の丈にあってない。普通、大学卒業してすぐのガキはバックパッカーとしてオーストラリアへ行ってモペッドで移動するくらいがちょうどいいんだ。

 さてグランプリを飛び回る生活ときたら? 世界各地の街を飛び回るホテル生活だ。2日間かけてすることといったら、ひたすらカードゲーム。そして飛行機で家に帰る。

 パリへ、シンガポールへ、デトロイトへ、シカゴへ、もう1回デトロイトへ? さらに家に帰ってからまたカードゲーム。また次の大会。そして大会。

 地元にいたってろくなことにはならない。

 同じ場所、同じ人間との付き合い。マネードラフトだって惰性でプレイしてれば、お金だってカードだって、さらには勝敗だってどうでもよくなってくる。そうなると、どうしてこんなクソなゲームを遊んでるんだ、って思い始める。

 何もかもが嫌になる。

 もちろん誰もが必ずしもそうなると言いたいわけじゃないし、そうならなきゃいけないわけもない。だけど様々な大会に参加し続けて、同時にとんでもない移動を続けていればどうなることか。

 それが自分のコントロールできる範囲であればいいけど、そうでなかったとしたら碌な結果にならないだろうし、まあ、実際そういうことだったんじゃないかな。

 そんなこんなで、色々と生活リズムとかが狂ってしまった結果、マジックに対する興味が薄れていったんだろうな、と思う。それは分かる。ただ、彼の性格や感性までが変わってしまったのが同じ理由によるものなのかどうか? 正直なところ自信がない。


 PTRの派手なパフォーマンスの数々はあまりに多すぎて思い出すのも大変だ。ゲリー・ワイズがグレイビートレインから振り落とされそうだからという理由で開かれたパーティの話、Your Move Game ならぬ Our Move Game の話、それら以外にも彼が色んな相手に対して起こしてきた揉め事の数々が話題になるたび、僕は単純に面白がっていたし、それほど実際にはひどいことにはなってなかったからだ。

 ただ、まあ小さな事案まであげていけば、ときには僕もイラッとこないこともなかったけどね。誰だって怒るときはあるさ。大体からしてあからさまに他人に罵詈雑言を吐きつつその場を丸く収めることができるなんてそうそうできる芸当じゃない。

 ピーターは自分の仲間に対してすらちょっと横暴な振る舞いを見せることがよくあったし、人の悪口も簡単に垂れ流すし。

 人にそういう奴だと思われていると、周囲の人間もやっぱり取り繕った物言いをすることになる。そんなこんなで、世間一般の「PTR」に対して抱く印象が結果として彼にとって不利な状況を生んだんじゃないかな。個人的な意見だけどね。


 プロのボディビルダーは休みの日だってトレーニングを怠ったりはしない。PTRもそうだ。大会とか公の場に出ていないときだって彼は威圧的だった。

 機嫌がいいときは分け隔てのない、素晴らしく面白いキャラだけど、誰にだってあるように、彼にだって虫の居所が悪いときはあって、そんなときは周囲に甚大な被害が出る。

 ちなみにあまり親しくない人から見るとどっちの状態もあまり変わらなく見えるらしく、そこから生じる誤解のせいでPTRは人間のクズと決めてかかられてしまって……不利な状況に陥るんだ。


 さっきも書いたように彼にとって一番のダメージだったのは長距離の移動だったんだと思う。ただそれはマジックに関わり続けるための必要経費でもある。

 PTRはポイントが必要だったからね。その先に炎が燃え盛る地獄の口が開いてることが分かってても彼は止まることができなかった。

 そして燃え尽きた。


 判断力の欠如が見え始めた最初の兆候として挙げられるのはプロツアー横浜で起きた「焼けつく肉体」事件だろう。

 事件の概要はこうだ。勝利を決める《焼けつく肉体/Searing Flesh》をトップデッキしたPTRは、まず仲間にそのドローを見せつけ、さらに面食らってる日本人プレイヤー相手にそれを唱える前にカードで尻を拭く動作をおこなった。これが非紳士的行為とジャッジに判断されたPTRはゲームロスを食らい、800ドルをふいにした。

 そうだよ。ひどい悪意があったわけじゃない。ただいずれにせよ、個人的にこの出来事を知ったときに思ったのは、彼が自身のコントロールを失い始めていたんじゃないか、ってことだ。


 さて、物語の終わりは2002年のプロツアーサンディエゴのすぐあとに訪れた。PTRはフィーチャーマッチ用の掲示板にマーベル社のホームページアドレスを落書きしているところを目撃され、出場停止処分を食らった。まるでそうしてもらいたがっていたかのように。

 その行為に正当性があったかどうかはさておき、少なくとも最善の行動ではなかっただろう。いずれにせよPTRは行き着くところまで行き着いてしまったんだ。


 PTRは、違ったアプローチさえしていれば、ウィザーズ社とプロツアーにとってもこれ以上ない最高の存在となりえたんじゃないか、と僕は今でも思ってる。

 どんな物語だって悪役なしには面白さが半減する……ああ、念のため。イカサマ師の話じゃないよ。純粋な悪役(villain)の話さ。

 そうでなくとも、何かを喧伝するのに向いてる彼の資質を生かす良い方法が何かあったんじゃないかな。例えば、そうだな、給料を出して雇うとか……いや、これはさすがに正直なところも僕自身どうかと思うけど、ほら、1つの案としてね。

 とはいえ、彼をコントロールできる人なんているわけない、ってのも事実だ。結局は、悲しいかな、この結末以外あり得なかったのかもしれないね。


 僕にとってピーター・シゲティとはマジックにおけるダークヒーローだ。プロツアーで重要な、そして必要な役割を担っていたけど、それを認めてくれる人はいなかった。

 ある意味彼は自分の役割をあまりにも上手く演じ過ぎていたのかもしれない。彼の悪童っぷりが気に食わなかった人たちは彼が残した貢献を、進んで忘却の彼方へと追いやった。

 もちろん彼が書き残したいくつかの戦略記事や多くの大会レポートも一読の価値があるものだ。しかし何よりも彼の功績としてあげたいのは、プロツアーに活力をもたらしたことだ。

 彼はマジックそのものだ。スマートで洗練されていて、それでいてどこか尖ったところがあり、そして何よりエネルギーに満ち溢れている。

 だけどもう終わりだ。これが彼の白鳥の歌だ……それとも疫病吐きの歌か。

 親愛なる マーサ ジェフ・カニンガム より
(余談)
 原文ではこのあとに、ピーター・シゲティが2001年に書いたグランプリ・トリノの大会レポートが掲載されているが、割愛。

 2016年04月24日にウィザーズから以下の発表があった。

  2016年および2017年におけるプレミア・プレイの更新
  http://mtg-jp.com/publicity/0016818/

 それに対して殿堂入りプレイヤーかつ先日のプロツアーでトップ8を決めたばかりのジョン・フィンケルが感じたところを25日にブログへ投稿した。以下はそのブログの翻訳。

【翻訳】 ジョン・フィンケルがプロプレイヤークラブ制度変更について思うところを語る/Pro Tour Player Club Thoughts【ブログ】
Jon Finkel
Monday, April 25, 2016
元記事:http://jonnymagic00.blogspot.jp/2016/04/pro-tour-player-club-thoughts.html

 トップ8入賞を決めたあの素晴らしいバルセロナの大会から戻ってきたところだが、他のみんなと同じでプロツアーの話をしようなんて気分にはなれないでいる。そう、ウィザーズが日曜日に投下してくれた例の爆弾のおかげだ。

 スティーブ・ルービンには申し訳ないと思ってる。彼は本当にいいヤツだったからね。何しろ引き分けならトップ8確定だというのに、3ゲーム目のサイドボーディングとシャッフルをできる限り手早く終えようとしてくれてたんだ。

 まあ実は私としては彼のサイドボーディングテクを確認させてもらったあと引き分けで終わらせるつもりだったんだけど、彼はそんなこと知らなかったからね。そんな彼の記念すべき初優勝をこんな発表で台無しにするなんて本当にひどい話だ。


 ウィザーズの「プラチナレベル」と「賞金額の変更」に関する発表には多くの問題点がある。まず初めに、今シーズンが4分の3も過ぎているこのタイミングで次シーズンのプラチナレベル褒賞の変更を発表したということ。

 2つ目に、長期的な視野に欠けているということ。3つ目に、発表は正確性に欠けている可能性があるということ。そして4つ目はここ10年ほどのあいだ賞金額がほとんど増えていないということ(これは直接発表では触れられていないが触れられていないことが問題なのだ)。


 発表された変更点の中で、明らかに非倫理的かつ道徳的に間違っていると言える変更が1つある。それは2016-17シーズンのプラチナレベル褒賞に関する変更だ。

 私はこの発表記事を担当しているヘレンと長い付き合いで、彼女はマジックのコミュニティのことを深く気にかけてくれていることを知っている。だからおそらく次のいずれかではないかと推測する。彼女がこの決定を下したわけではなく単にババを引いただけか、もしくはこの変更がプレイヤーに対してどれほどまでの裏切り行為であるかを理解していなかったかだ。

 私からするとこの変更自体がすでに問題だらけだが、それはさておいてもこういった変更はシーズンの開始時に宣言すべきだ。ウィザーズの公式サイトに記載されてきたプラチナレベル褒賞を目指して、すでに非常に多くのプレイヤーたちが膨大な時間とお金を費やしてきた。

 すでにシーズンの75%が過ぎたこのタイミングでその褒賞を反故にしようだなんてとても受け入れられることじゃない。プレイヤーたちと交わした約束は守られるべきだ。


 長期的な戦略として見ると、1つの大会の賞金を増額するためにプラチナレベル褒賞を削るのはマジックというゲームの魅力を減ずる無分別な行為だ。

 殿堂入りプレイヤーの特典を削るのは許そう。しかしプラチナレベルプレイヤーというのがプロツアーという舞台を輝かせる最も重要な光でありブランドであることはウィザーズが一番よく分かっているはずだ。

 そのプレイヤーたちの特権を取り上げ、かわりに年の最後の大会で一発逆転気味に取り返せというのは「マジックのプロ」という存在を脅かすのに十分な問題だ。

 すでにマジックはそれだけで生計を立てるには非常に厳しい。現状でもわずかな違いが大きな差となってしまう。プロツアーは最後の試合の勝敗だけで賞金がほぼ倍違う。スイスドローを勝ち抜いての9位は、それより上の順位とかけ離れた結果をもたらす。プラチナレベル褒賞はそういった振れ幅に対して多少なりとも緩衝材として働いてくれるものだった。

 その振れ幅をシーズン最後の大会での一発勝負にすべてゆだねることになる、という今回の変更を喜んでるプレイヤーは少なくとも私の知っている範囲内の(その大会で優勝するであろう)プレイヤーたちの中にすら1人もいない。

 仮に減額される分と賞金として増額される分がプラスマイナスゼロであったとしても、その恩恵を受け取れるプレイヤー数は減る、という意味で問題は残る。


 仮にプラスマイナスゼロであったとしても、と書いたが、そもそも総額は(ウィザーズの主張と違って)減額されている。私がどうしても理解できないのがここだ。ウィザーズはマジックプレイヤーが大抵数学に強いことを知っているはずだ。少なくとも算数ができることくらいはね。

 それとも、そんな計算なんてできやしないと思ってるんだろうか。60枚に占める土地の枚数が24枚か25枚かで変わる確率に一喜一憂するような連中だってことを忘れてしまったんだろうか。

 ヘレンがツイッターで計算すれば金額は問題ないことを説明できると言ったらしいので、もしかしたら私が計算ミスをしているだけかもしれない。ただ今時点でまだ彼女は実際に計算式を披露してくれたわけではない。

 計算してみよう。ただ簡略化するために来年度のプレイヤー数は今年とほぼ同数としている。それによってズレが生じるぞという人もいるかもしれないが、全体的な総額を求める上で影響はそれほどでもないはずだ。いずれにせよ総額は減っている。大幅にね。

 さて今現在、マジックには34人のプラチナレベルプレイヤーがいる。来年も同数だとして、来年度が変更によって減額される金額を算出してみよう。

 まず各プレイヤーごとに11,000ドルをプロツアーに参加することで得られたはずだった。総額は374,000ドルだ。さらに34人のうちの20人が国別対抗戦のワールドマジックカップの予選に参加して、かつ本戦に進んだとしよう。これで得られるはずだったのは+20,000ドルだ。

 発表によるとグランプリ参加による褒賞はないらしい。単に私が見落としているだけという可能性はあるが、実際にそうだという可能性も十分にある(訳註)。もし48回あるグランプリそれぞれに10人ずつプラチナプレイヤーが参戦したとすると、プレイヤーごとに+250ドル、年間で+120,000ドルが払われるはずだった。
(訳註)
 ここはジョン・フィンケルの勘違いで実際はグランプリ参加褒賞は存続するらしい。つまりこの120,000は本来計算から除く必要がある(なおこの記事の最後にフィンケル自ら訂正を加えている)

 さて、ここで殿堂顕彰者がイベントに参加した際の参加褒賞の減額も加えよう。

 4回のプロツアーごとに20人のプレイヤーが参加したと仮定する。以前はそれぞれごとに1,500ドルがもらえて、年間で6,000ドルだった。変更後は1回のプロツアーでしかもらえないので1,500ドル。変更前との差は+90,000ドルだ(ワールドマジックカップを勝ち抜ければもう少し増える)。

 ここまでの計算結果の総額は604,000ドル。これが制度の変更によって削減できるであろう金額だ。さて、それに対して世界選手権で増額された褒賞額がある。今シーズンの結果プラチナレベルに達することができたプレイヤーは世界選手権で+100,000得ることができる(もちろん予選を勝ち抜くことができればだ)。

 差し引きで減額されるのは総額で504,000ドル、大体プロツアー2回分の賞金額だ。

 さて来年度は(またウィザーズがいきなりちゃぶ台をひっくり返さないと仮定した場合)世界選手権の賞金総額が250,000ドル増額される。さっき計算した減少額からこの分も差し引くと、来年度は約250,000ドル削減されたことになる。大体プロツアー1回分だ。

 ああ、そうそう。

 ウィザーズの声明文によると「参加褒賞の授与は、「マジックのプロ・プレイヤー」というライフスタイルを維持する手助けを目的に行ってきました。しかし綿密に評価を行ったところ、私たちはこのプログラムがその目的を果たせていないと判断し、参加褒賞の減額に踏み切りました」とある。

 つまり……どういうことだろう。「参加褒賞がライフスタイルを維持する手助けという目的を果たせていない」から「褒賞の減額に踏み切りました」? わけが分からないよ。たまにウィザーズは私たちを本当に取るに足らない存在だと思ってるんじゃないかと感じることがある。こういう文章を見たときとかね。


 最後の、そして最大の問題点だ。

 プロツアーは長いこと賞金総額が増えていない。

 過去10年のあいだに、マジックの売上は少なく見積もっても3倍になっている。おそらくはもっとだ。もちろん正確な数字は分からない。彼らの財務諸表のレポートはゲームごとの収支を出しておらず、マジック単体での売上は不明だ。ただ個人的に信頼できる筋から得ている情報として「少なくとも3倍」というのはかなり固い数字だ。

 それに対して賞金額はほとんど上がっていない。

 2006年のプロツアーの賞金総額は240,000ドルで、今現在はというと250,000ドルだ。当時かそれ以前からのプラチナレベル褒賞はというと、同じくほとんど変わっていない。

 ベン・ルービンが私をシカゴマスターズの決勝でコテンパンにしてくれた2001年の当時、プロツアーの優勝賞金は150,000ドルだった。プラチナレベル褒賞より上だ。それから約10年が過ぎたというのに賞金額はほとんど変わっていない、ということだ。こういった長期的視点に欠けた考えが長いことマジックを支配してきた。

 私としては十分語らせてもらったが、もしもっと詳しく知りたいならマット・スパーリングがアップした記事(訳註)にもぜひ目を通して欲しい。
(訳註)
 原文には以下のリンクが張られている。
 http://sperlinggrove.blogspot.com/2016/04/platinum-pro-club-changes-corporate.html


 最大限に理想を語るなら、今回の発表をすべて撤回した上で、今後機会を見つけて賞金総額を上げて欲しい(ああ、ただプロツアー殿堂入りプレイヤーの参加褒賞の減額はそのままでいい。不要だ)。

 とはいえ、それは無理な話だろうから、最もリアルな歩み寄りとしてはプラチナレベル褒賞の変更はそのままにするかわりにせめて変更の開始を1年延ばしてもらうことだろう。

 プレイヤーたちとそのファンたちはみんなマジックが大好きで、人生の一部を確かに占めている。マジックのプレイヤーたちはおそらく世間にあふれるあらゆる製品の消費者の中でも最も忠実な消費者(loyal consumers)であり、同時にもっとも利益をもたらしている消費者でもある。

 そのプレイヤーたちをウィザーズがこれほどまでに軽んじていたと知ることは本当に悲しいことだ。その態度が彼らの将来的な収益に良い影響を与えることになるとはとても思えない。

<訂正1>
 この記事やツイッターでもらったコメントによると、どうやらグランプリ参加褒賞は現在の250ドルがそのまま残るらしい。つまり再計算の結果、褒賞の減額は384,000ドル(訳註)ということになり、差額は134,000ドルだ。ご指摘に感謝。

<訂正2>
 プロツアーの開催地はバルセロナじゃなくてマドリッドだった ( ´ω` )
(訳註)
 差し引きで減額されるのは総額で504,000ドルとしていた額のうち「グランプリ参加褒賞 120,000ドル」を除くと384,000ドルとなり、ここから来年度の賞金額増 250,000ドルをバランスすると「来年度に実質的に下がった金額は134,000ドル」となる、ということ。

<はじめに>
 この記事は、以前訳したマーク・ローズウォーターが Tumblr の記事「マジックと女性について」の発端となった親記事にあたるものだ。

   マークローズウォーターのTumblrから:マジックと女性について
   http://regiant.diarynote.jp/201506211246058496/

 著者本人もおそらく意識しているように感情的な表現を避けて通れない話題を取り扱っている。そのため読み方次第で(訳し方次第で)極端な意見とも攻撃的な意見とも感じられてしまうかもしれない。

 著者の意図したとおりに訳せているのであれば何の問題もないが、訳す際に用いた言葉のせいで著者の意図が曲解されることは極力避けたいと思い、迷った部分は原文を併記した(もちろん単なる誤訳もあるかもしれないので、主張がおかしいと思ったらまずは訳を疑うべき)。

 もう1つ、この文章によく登場する「(マジックの)コミュニティ」という単語についても付記しておく。これはマジックを取り巻く環境や人間関係の全てを指しており、イベントやプロプレイヤー、インターネット上のサイトや動画、カードショップの友人たちなど「全ての公式や非公式を問わないマジックを通じた関係」を示している(ような気がする)。

【翻訳】 MTGにおける女性の立場と私たちにできること/Women In Magic: the Gathering 【Star City Games】
Meghan Wolff
2015年06月15日
元記事:http://www.starcitygames.com/article/31023_Women-In-Magic-the-Gathering.html

 誇張抜きで、このテーマはこの8ヶ月間のあいだ片時も私の頭を離れることはなかった。数えきれないほどの下書きを書いては消した。書きたいことをメモした紙切れを捨てては屑かごを漁ってまた拾い上げ、そしてまた捨てるという行為を繰り返した。

 マジックにおける女性(原文:Women in Magic)について書きたかった。しかし同時にそんなことは不可能だとも思った。

 それについて書こうとすることはつまりこの世で特にきつい綱渡りをするということだ。理性と感情の狭間でバランスをとるということ、そして同時に、身近な話題を取り上げつつそれについて意義のある議論を行うということだ。
(メモ)
 原文は「Writing about it involves walking the world’s worst tightrope between reason and passion, between contributing something both meaningful and relatable」。2つ目の「between」が「何と何のあいだ」を指しているのかが掴み切れなかった。

 同時にこれは「変わらなければいけない」と訴える話だ。しかしそれを、誰一人として糾弾することなく、そして誰の気持ちも傷つけることなく、さらには行動を起こしてもらわなくてはいけない当事者たちを巻き込む形でそれを行わないといけない。本当にそんなことができるのだろうか。

 とはいえ、今もここには競技マジックをプレイしようとする女性を妨げる障壁がある。いくつもの乗り越えるのが困難でかつ無意味な問題があり、それらは潜在的な競技マジックプレイヤーたちが「台所のテーブル(訳註)」から羽ばたく機会を奪っている。これは議論するに値する問題であり、議論すべき問題でもある。
(訳註) 台所のテーブル
 原文では「Kitchen Table」。アメリカでは家族や友人と共有できるような広いテーブルというと大体ダイニングにある大きなテーブルなので、カジュアルプレイヤーたちの居場所を指す言葉として使われる。

 私はこの問題に真剣に取り組もうとしている。しかしこの問題について議論しようとすると、ときに私は微動だにしない強固な壁に体当たりしているような絶望感を覚えるのもまた事実だ。

 なぜならここに挙げようとしてる問題について、それをそもそも問題だと思っていない人たちや、また説得されてなるものかと身構える人たちがいるからだ。
(メモ)
 最後の一文は原文で「because there are people who don’t believe it’s even an issue and who don’t want to be convinced」。より忠実に訳すなら「問題ですらないと信じている人」と「説得されたくないと願っている人」か。

 この記事は次に挙げる人たちのためのものだ。

 説得されることを恐れない人たち。疑り深い友人たちに理解して欲しいと願っている人たち。それなりに理路整然としている議論を求めている人たち。

 さらには、マジックのコミュニティに自信を持って属している女性たち、逆にコミュニティのどこに属しているのか(そもそも属しているのかどうか)に自信がない女性たちも対象だ。

 もちろん説得されるつもりなどないという人たちだって対象だ。

 だけどそれよりも何よりも、この記事はあなたのためのものだ。マジックを愛し、平行宇宙のどこであろうと心安らかなままに優れたプレインズウォーカーになりたいと願っているあなたのためのものだ。なぜならそう願う人は誰に気兼ねすることなく、そうなれるべきだから。


可視性(Visibility)について

 競技マジックの世界において女性の姿はほとんど目に入らない存在(not visible)だ。私個人の意見としては、この存在感の欠落こそが競技マジックに参入しようとする女性プレイヤーが圧倒的少数派である理由の根幹を成しているのではないかと思っている。

 競技マジックのイベント会場に女性の姿が見られないことが、新たにこのゲームを遊びはじめた女性プレイヤーたちが競技マジックの環境へ身を投じようとすることを難しくしているのではないか、ということだ。

 つい最近、マーク・ローズウォーターが自身のブログでマジックプレイヤーの男女比に関する質問に答えていた。ウィザーズ社の市場調査によるとその割合は62%が男性で38%が女性だそうだ。
(メモ)
 上記で挙げられているのはおそらく以下の記事のことと思われる。マーク・ローズウォーターがTumblrで件の質問に回答している。
 http://markrosewater.tumblr.com/post/110840728088/do-you-guys-have-any-data-on-the-breakdown-of-the


 多くの人が触れているように、この男女比はグランプリやSCGオープンやプロツアーや、さらにはフライデーナイトマジックで見かける女性比率と大きく掛け離れたものだ。競技マジックの会場で女性の占める割合は、おそらく20人中 1人から100人中 1人のあいだ、おおよそ 1 ~ 5 %といったところだろう。

 競技マジックに姿を現していない女性たちは必然的に「台所のテーブル」で遊んでいるカジュアルプレイヤーということになる。さて、彼女らを競技マジックから遠ざけているものはなんなのだろう?

 何か新しいことを始めようとするとき、その場にあなたと共有する部分をもつ人がほとんどいなかったら、そこに入って行くことは非常に難しいことだ。17歳以上の人が Hot Topic(訳註)に入るのをためらう理由と同じだ。要は気後れするのだ。
(訳註) Hot Topic
 ティーネイジャー向きの安価な服を売るアメリカのチェーン店……らしい。
 参考:http://www.hottopic.com/hottopic/Homepage.jsp

 Hot Topicに入りづらい人がマイリトルポニー(訳註)のTシャツを手に入れそこなっているように、あなたが手に入れそこなっているのは狂おしいほどの熱気と爽快感に満ちた競技マジックの世界なのだ。
(訳註) マイリトルポニー
 翼の生えた子馬たちが主人公の根強い人気を誇る米国産アニメ。20年以上前にアメリカのテレビでやってたのは知ってたけど、まだ続いている上に日本でも放映されているのは知らなかった(さすがに絵柄は変わっているけど)
 参考:http://mylittleponyjapan.com/

 競技マジックのイベント会場に女性の姿がないというから、よりマクロなマジック世界の傾向が窺い知れる。それは女性の手によって書かれたり、記録されたり、作られたり、生み出されたりしたマジックのコンテンツが足りていないということだ。

 マジックのコミュニティというものはコンテンツと非常に密接に結び付いている。プレイヤーたちは、記事を読んだり、動画やストリーミングやイベントカバレージを見たり、ポッドキャストに耳をかたむけたりする。

 様々なプレイレベルのプレイヤーに応じた高クオリティのマジックのコンテンツがたくさん用意されている。しかしその中に、女性の手によるものは少ない。

 より女性の存在感が高まらない限り、イベント会場に女性陣を呼び寄せることは難しいだろう、と思う。そしてイベントに積極的に女性が参加することなくして潜在的なクリエイターたちが育つことはない。

 だからこそコンテンツを生み出す女性クリエイターが今早急に必要なのだ。
(メモ)
 原文は「This issue creates urgency in the need for female content creators」。「female content creators」を「コンテンツを生み出す女性クリエイター」、「urgency」を「早急に」としている。

 この先、数年をかけてでも、女性のカバレージライターが増えればいい、という話ではない。

 それは「今」必要なのだ。

 女性の存在感が「今」増えなかったら、この先の数年のあいだもその先も、競技マジックにおける男女比率は私たちが今現在立っているこの地点と何一つ変わらないだろう。

 数多くの大会が今も開かれている。そしてそのどこにも女性のカバレージライターの姿はない。これに対するもっともよく聞かれる反論は以下の通りだ。

 現在の男性支配的なカバレージチームを正当化する意見としてもっともよく聞かれるのは、カバレージを担当させられるほど能力のある女性がいない理由は彼女たちは(男性陣と異なり)競技マジックで結果を残していないからだそうだ。
(メモ)
 後半部分の原文は「there are no women qualified to do coverage because they lack the competitive track records of their male counterparts」。「競技マジックで結果を残していないことから、カバレージを書く能力がないことが分かる」ということを言いたいようにも思われるが、原文でそうは書かれていないので、訳は原文に即した形にしてある。

 カバレージチームは現役のプロプレイヤーや過去にプロプレイヤーだった人物をライターとして登用しているが(全員ではないにせよ)多くのライターたちは以前にほとんど、もしくはまったくプロツアーで活躍した経験がないままにデスクで記事を書き始めている。

 私は決して、プロツアー上位入賞の実績なくしてカバレージチームのメンバーになるべきではない、と言いたいわけではない。ブロードキャストに出ている人たちはインタビューのスキル、実況や解説のスキルなど、何らかのスキルに長けているからこそその場にいるのだ。そしてこれらの才能は競技マジックに求められる技術よりもずっとブロードキャストをする上で重要なものだ。

 現在のマジックのコミュニティには有能で、率直で、そして豊富な知識を持った女性がたくさんいる。彼女たちを競技マジックの実績がないからという理由だけでカバレージの場から遠ざけるとすれば、それは彼女たちを同様の立場にある男性たちとは違った評価基準に置いているということに他ならない。

 女性の存在感に欠けているのはカバレージだけでなく、ストリーミングやポッドキャスティング、そして記事の分野でも同様だ。

 これら3つの分野はカバレージより創作的な力に負うところが大きいが、それでもこれらの分野がカバレージと同様に、競技マジックで活躍する可能性を秘めた女性プレイヤーたちが存在感を示すのが難しい分野であることは記しておくべきことだろう。

 女性の存在感が薄いことが問題なのだ。なぜならそれは競技マジックに参入する障壁となるからだ。

 特に不快に感じることは、マジックにおける女性という話題が挙がった際に必ずわいてくる次のような意見だ。それは、女性が競技マジックの場にいないのは、彼女たちが競技性を楽しめないからだ、とか、それに興味がないからだ、とか、質の高いイベントを開催できるだけの能力を持った女性がいないからだ、というような意見だ。

 あらゆる人にとって競技マジックをプレイする際には障壁(barrier)がある。それは経済的なものであったり、時間的なものであったり、距離的なものであったりする。

 女性プレイヤーはそれらに加えて、彼女たちをコミュニティにふさわしい一員と見なしていない世界へ足を踏み入れなくてはいけない、という障壁(barrier)が追加で立ち塞がるわけだ。十分なスキルを伴っていない、歓迎したくない、敬意を払う必要がないと思っている人たちがいる世界だ。
(メモ)
 原文は「women face the additional barrier of walking into a world where there are few depictions of them as skillful, welcome, and respected members of the community」。
 そのまま訳すと「女性プレイヤーを skillful で welcome で respected な存在とする描写がほとんどない世界に足を踏み入れねばならないことが障壁である」という感じ。

 本気でゲームに身を投じるつもりならその程度は障壁にはならないはずだ、と信じる人たちもいるだろう。

 それに対し私から言えることは、実際にその障壁を乗り越える必要がない者にその障壁の高さが正しく測れるはずがない、ということだ。


ガールフレンド認定(Girlfriendification)

 ガールフレンド認定(Girlfriendification)は私が生み出した造語だ。

 これはマジックのコミュニティで、プレイヤーたちが女性に対してのみとっている、とある行為を指す言葉だ。そしてその行為は女性に対する誤った(もしくは問題のある)認識を促進しているのだ。

 この言葉は「競技マジックのイベント会場に来ている女性は、本人が競技マジックに本気だからではなく、競技マジックプレイヤーの彼氏の付き添いのために来ているに過ぎない」という一般的な誤解が元になっている。

 この誤解は男性にだけ見られるものではない。残念ながら、言い訳の余地なく私自身も他の女性プレイヤーを「ガールフレンド認定」したことのある1人だからだ。そのことからも、この問題がいかに根深く、また抗するのが難しい認識と行為であるかを分かってもらえると思う。

 私たちが女性プレイヤーをコミュニティの他のプレイヤーとどう違う風に見ているか、それを具体的に指し示したり、議論したりすることは難しい。なぜならそれは多くの異なる形で行われており、また必ずしも明確な見える形で行われているとは限らないためだ。

 私たちが実際どのように女性を他と違う目で見てしまっているかの具体例をあげていこうと思う。ただしこれらはあくまで代表例であり、決して漏れのない一覧表ではないことを忘れないで欲しい。私が描こうとしている地図は大陸であり、そこに含まれる国々はあまりに数多く、1つの記事で書ききれるものではないためだ。

 1つ目にしてもっとも恥ずべき行為は、公(おおやけ)の場で女性の外見を批評することだ。

 たとえそれがTwitchのチャットだろうが地元ショップの友人との会話だろうが関係ない。これは女性を競技マジックのイベントから遠ざける最も効果的で、かつ悪質な行為だ。
(メモ)
 原文は「Whether it’s in a Twitch chat or with a friend at your LGS, this is harmful behavior with great potential to drive women away from competitive events」。
 「もっとも効果的で、かつ悪質な行為」は、原文で「harmful behavior with great potential」の部分。

 あなた自身の身長、体重、化粧、服装などが不快な詮索の対象となる場に出向くのには、非常に強い精神力と決意が必要となる。これは比べようもないほど女性側にとって重い負担となっている。大抵の場合、男性はこの手の詮索からは免除されているからだ。
(メモ)
 原文は「it’s an inequitable burden on women since male players are generally exempt from this kind of scrutiny」。
 原文に「generally」とあるように、これは「あるかないか」ではなくて、女性の場合のほうがよりきついという「程度の問題」の話。

 幸か不幸か(どちらかといえば幸運なことだとは思うが)Twitchのチャットログは後から見ることができないようになっている。

 そこには胸が痛むような女性の外見に対するコメントが並んでいるであろうことが想像に難くない。特に体つきや体の大きい女性に対するものなどだ。同様の男性も批評や批判の対象となることはあるだろうが、女性の場合と比べると非常に小さいものだ。
(メモ)
 「特に体つきや体の大きい女性」は原文で「in particular, body-shaming and insulting larger women」。おそらく「larger women」は、太っている女性を指しているものと思われる。

 似たような行為はもっと身近な事柄にも見られる。やめて欲しいと声に出して訴えることにためらいはないが、それでも女性の外見に関する批評が耳に入ってしまうことや、ほとんど裸に近い女性が描かれたプレイマットがいきなり目に入ってしまうことは止められないのだ。

 女性プレイヤーたちが足を向けたくなるような競技マジックのイベント会場では、外見についての批評や感想会は行われるべきではない。

 そしてこれを実現するためには私たちは自分自身の行為を省みるだけでなく、友人や同僚たちの行為にも無関心ではいられない。

 外見についてあれこれ言うことは多くの場合特定の女性プレイヤーを槍玉にあげることになり、引いてはそのプレイヤーを友人たちから際立たせることにつながる。

 そして女性プレイヤーが心から競技マジックのイベントを楽しもうとする上で、クリアしなければいけない新たなハードルがまた生じるのだ。
(メモ)
 「友人たちから際立たせる」の原文は「differentiates them from their peers」。「差別」や「疎外」といった単語も浮かんだけど、日本語で強すぎる意味をもつ単語なので(日本語としては多少不自然に感じられつつも)「際立たせる」としておいた。

 ここまで挙げたもの以外で特筆すべき行為としては、女性プレイヤーに「誰からマジックを教わったのか?」もしくは「誰と一緒にイベントに来たのか」といった(男性プレイヤーであればまず聞かれないであろう)質問を尋ねるという行為がある。

 私を含む、多くの女性プレイヤーたちは「誰にマジックを教わったんだい?」という質問を飽きるほど何度も何度も聞かれ続けてきた。しかし男性プレイヤー同士のあいだでこの質問が交わされたという話はほとんど聞いたことがない。

 ここまであげてきた「論拠」が個人的なものだったり噂話的であったりするように見えると言われたら否定できない。

 しかしこれらの例によって、私たちが特に気をつけなくてはいけない行為がどのようなものなのか、その見えづらかったものを多少なりともあらわにすることができたのではないかと思っている。
(メモ)
 原文は「I’ll grant that the above evidence is both personal and anecdotal, but it still highlights a behavior we can all work to become more aware and critical of」。
 正直なところ、文頭にある「I’ll grant」がよく分からなかった。大意はズレてないと思いたいけど、「highlight」の取り扱いを含めて、ちょっと自信がない。

 私はマジックの試合と試合とのあいだの空き時間を使って対戦相手のことをより深く知るのが好きだ。そこで私が聞くことは、私が対戦相手のプレイスキルについてどう感じたかということではなく、例えばどこから来たのかとか、よく行く地元のゲームショップはどんな感じかとか、好きなフォーマットは何かとか、そういったことだ。

 そういった風に、プレイヤー同士の絆やコミュニティの一体感を育むべき時間に、「誰と一緒に来たの?」というような的外れな質問をされた女性プレイヤーは、自分が他のプレイヤーとは違った目で見られている、という不快な思いをさせられることになる。

 最後に挙げたいのは、私たちが抱いている「女性プレイヤーは男性プレイヤーと違う存在であって欲しい」という期待感から生まれてしまう、女性プレイヤーへの態度だ。これは一般的なものも個人間に生じるものも両方含まれる。
(メモ)
 後半部分の原文は「which further results in a difference in both general and individual treatment of female players」。
 「both general and individual treatment」をとりあえずはそのまま「一般的なものも個人間も両方」と訳したが、なんかしっくりこないものを自分でも感じる。

 この記事(訳註)では人気テレビ番組のキャラクター、レズリー・ノープとリズ・レモンの2人を使って私が言いたいことを解りやすく紹介してくれている。つまり、私たちが普段いかに女性キャラクターに対して(熱意にあふれ明確な目標に向かって歩を進める自立した人物像ではなく)「無害なトラブルメーカーであること」を望んでいる、ということだ。
(訳註) この記事
 原文では以下のURLへリンクが張られている。
 https://medium.com/@mshannabrooks/a-leslie-knope-in-a-world-full-of-liz-lemons-61726b6c6493

 マクロなトレンドはマジックのマクロコスムにも見られる

 これの一例として、ツイッターやRedditのスレッドで私が頻繁に遭遇する人たちの中には、女性はプレリリース会場でもっともよく見かけると言い、さらに基本的にカジュアルな(もしくは競技性の低い)環境でしか見かけないと言い出す。まるで競技性の高いルールが適用される大会に身を投じた女性は水に放り込まれた魔女のように溶けてしまうとでも言いたげに

 もちろんすべての女性が勝利至上主義者であるとか、戦闘狂であるとと言いたいわけではない。しかし個人が競技性にどれほど入れ込んでいるかどうか、ということと性別は関係ないはずだ。
(メモ)
 原文は「Not everyone is a guts-and-glory, fight-to-the-bitter-end player, but gender has nothing to do with how serious of a competitor any given individual is」。
 「guts-and-glory, fight-to-the-bitter-end」の訳が適切かどうかはちょっと自信ないけど、意味が正反対になるほどひどい訳ではないはず(だと思う。たぶん)

 昨秋のSCGオープンで試合が終わったときのことだ。不機嫌な様子の相手プレイヤーが、そのときテーブルを離れる前に(皮肉を込めてかどうかは不明だが)私に投げつけてきた言葉は「ここはお友達を探すには向いてない場所だと思うな」だった(実際は「向いてない」よりもっとアダルトな表現が使われた)。

 それから数ヶ月たったが私の中にはいまだに落ち着かない気持ちが残っている。

 私の振る舞いのどこかで彼に前述したような勘違いをさせるような、つまり、単に勝つために、もしくはより強いプレイヤーになるために大会に参加していると信じてもらえないプレイングをしていたのだろうか、という不安だ。

 もしかしたら私が女性であるという事実は上記の件とはなんら関係ないのかもしれない。しかし私が彼が対戦した他のプレイヤーたちと明らかに違う点の1つであることは間違いない。

 競技マジックをよりすべてのプレイヤーにとって居心地よい場所にするためには私たちは明確な方向性を持った認識をもつ必要がある

 なぜ女性がマジックをプレイするのか、そして彼女たちをテーブルの向こう側に座っている他の対戦相手たちと同じように真剣に敬意を払うべきだ。


いくつかの提案

 競技マジックの場をより女性にとっても居心地のよい場所にするもっとも良い方法の1つは女性の存在感を高めることだ。これはマジックのコミュニティにおける女性の声をサポートしより高めることでによって達成可能だ。

 残念ながらここにあげるリストはすべてを網羅しているとは言いがたい。リストに抜けがあると感じたならぜひとも教えて欲しい。

提案:フォローしよう

 @_Elantris_(Follow her on Twitch here!)
 @GabySpartz (Follow her on Twitch here!)
 @halcansan (Follow her on Twitch here!)
 @Kathleen_LRR (Follow her on Youtube here! )
 @KatieN_14
 @MelissaDeTora
 @MtACast
 @MTGLadySociety
 @OriginalOestrus
 @tehKriz
 @thequietfish
 @TheGFBracket
 @suzythegnat (Follow her on Twitch here! )
 各ツイッターID、および「Follow her on Twitch here!(ここから彼女のTwitchをフォローしよう!)」からはそれぞれリンクが張られている。リンク先は原文のページを参照のこと。これ以降の各サイト名なども同様。
 原文:http://www.starcitygames.com/article/31023_Women-In-Magic-the-Gathering.html

提案:見る、読む、そして聞く

 上記にあげた女性たちは同時にTwitchに動画をあげていたり、記事を書いたりしている。ツイッターでフォローすることで彼女らのコンテンツの最新状況をチェックしよう。

 そしてもしあなたがそれを役立つと感じたり、情報に価値があると感じたり、もしくは単に面白いと感じたなら、ぜひ他の人々と共有して欲しい。他にも「The Girlfriend Bracket」、「The Deck Tease」、「 Magic the Amateuring」といった女性が作成しているポッドキャストにもぜひ耳を傾けて欲しい(公平性のために書いておくと「Magic the Amateuring」は私も関わっている)

 さらに付け加えておくともしあなたがコンテンツを生み出す側だったとした場合、ジェンダー的に公平な(もしくはニュートラルな)表現を用いているサイトのやり方を参考にして欲しい。

 例えば Star City Games の記事では聴衆や大会参加者を指すときに「You」や「They」という表現を用いている。また Reid Duke は不特定の対戦相手を指す代名詞に「彼女」を用いたりしている。
(メモ)
 原文は「Star City GamesR structures their articles to use "you" and "they" when talking about both their audience and the competitive field」。
 つまり「He」「His」などを用いないということ。日本語で言う「彼」「彼ら」に当たる表現をさけて「相手」や「全員」などを性別を特定しない表現を使うこと。

 また、Sam Black や LSV といった動画コンテンツの制作者たちはマジックオンラインで見知らぬプレイヤーと対戦するときに相手を「My opponent(この対戦相手)」と呼んでいる。それ以外の例としては Cardboard Crack の漫画ではポニーテール状の髪型をしたプレイヤーが多く登場している。

 デジタルな世界でのこれらの変化は小さいことかもしれないが、長く続くことできっと現実世界の競技マジックに女性のための居場所を生み出し、女性プレイヤーが認められることへとつながっていくだろう。

提案:会話しよう

 次にあげることは現状を変えるためにできるおそらくもっとも重要なことであり、同時にもっとも難しいことだと思う。

 もし公共の場で誰かが女性(に限った話ではないが)に対して攻撃的であったり卑しめるような言葉を投げつけているのを目撃したり、あなた自身がその被害にあったときは、お店やトーナメント開催側の誰かに対し報告し、きちんとその事実がWotCへと伝わるようにすべきだ。
(メモ)
 原文は「If you encounter or witness someone being openly hostile or derogatory toward women (or anyone else, for that matter)」。
 訳で「公共の場で女性に対して攻撃的であったり卑しめるような」としたのは「openly hostile or derogatory toward women」の部分。

 もしそれの誰かがあなたの知り合いであったとしても、気まずい会話を避けずに勇気を持ってその誰かのあらためるべき態度について伝えるべきだ。

 優しさと敬意を持ちあなたの行動によってその誰かが女性に対して抱いている認識や、女性に対しての振る舞いや、女性の表現などを変えることができるということを信じて欲しい。

提案:応援団になろう

 自宅でプレイしている人やカジュアルプレイヤーを競技マジックに誘ってみよう

 いままで書いてきたようなことが待ってるかもしれないと思うと、それは厳しいとか難しいとか思うかもしれない。しかしその人たちがもし競技マジックに興味があるなら、一歩踏み出すことは決して無駄ではない。

 もしその人たちが何かネガティブな事態に遭遇するようなことがあればサポートしてあげて欲しい。そしてそんな嫌なことを上回る、楽しいことがいっぱいあるのだと教えてあげて欲しい。


 この記事を何度も書き直す中でずっと悩み続けた。もしかしたら私は、居もしないネッシーやベッドの下のお化けを自ら生み出そうとしているのではないか、と。

 しかしここまで書き記してきたような壁(Barrier)がもし私しか遭遇したことのないものだったとしたら、そもそも私はこの記事を書こうとは思わなかっただろう。

 自問自答のぬかるみにはまりかけていたとき、私は自分に何がしたいのか、何を伝えたいのかをあらためて問いかけた。

 私がこれらのプレイヤーたちを気にかけているということ、そしてこのプレイヤーたちに成功のチャンスを掴んでほしいということ。誰でも用意されている中でもっとも高いレベルに挑戦できるようになって欲しいということ。

 潮が満ちるとき、そのときはすべての船が高みへと持ち上げられる。

 競技マジックを女性プレイヤーにも気軽に参加してもらえる場所にすることで、私たちはマジックのコミュニティをさらに多くの人々にとってより前向きで、より互いに助け合い、より門戸の開けた場にできるのだ。

 あなたがマジックをプレイする理由が何であれ、この目標は達成するに値するものだと私は信じている。


<追記:著者について>
 Meghan Wolff は2012年の後半からマジックをプレイしはじめた。間をおかずして彼女はポッドキャストで Magic the Amateuring を立ち上げるサポートを始め、地元のミネアポリスのイベントに入り浸るようになり、そして毎年のグランプリやオープントーナメントの常連となった。

 彼女のもっとも好きなフォーマットは、1にリミテッドであり、2にリミテッドだ。それ以外で好きなことはスポーツマンシップに乗っ取ったプレイングを推奨すること、そして新規プレイヤーを増やすことだ。

 彼女は現在、MFA(Master of Fine Art=芸術系修士号)の取得を執筆(Writing)で目指している。
【翻訳】 マークローズウォーターのTumblrから:マジックと女性について【Tumblr】
2015年06月20日
元記事:http://markrosewater.tumblr.com/post/122011706093/im-not-sure-how-much-you-may-want-to-debate-this

bizzeckからの質問:

 この件について議論したいかどうか分からないのですが、Jim Davisの書いた「マジックと女性」に関する記事(註1)は話題にするだけの価値があると思われました。人は皆、他人を気遣える成熟した人間にならなければいけない、というだけの単純な問題であることにいつになったら焦点が向くのでしょうか。マジックをプレイする白人男性として、あなたはどう思われますか。
(註1) Jim Davisの書いた「マジックと女性」に関する記事
 ここで話題に挙がっているのは Jim Davis が書いた「Women And Magic」という記事。現在は削除されているが、以下のオンラインアーカイブで読める。
 http://archive.is/0XaZO

 さらに言うと上記の Jim Davis の記事は 06月15日に Meghan Wolff による以下の記事に対するレスポンスとして書かれたもの。
 http://www.starcitygames.com/article/31023_Women-In-Magic-the-Gathering.html


Mark Rosewaterの回答:

 こういうことだ。君にとって優位に物事が用意されている場では、その恩恵が全員に平等にもたらされているわけではないことを認めるのはときに難しい。

 例を挙げよう。想像してみてくれ。初めて入ったあるカードショップの大会に参加した。さて1試合目のことだ。君の対戦相手のライフが開始時からすでに40点もある。訂正を求めると相手はこう言うんだ。「ここでは店の5キロ以内に住んでるプレイヤーは40点のライフで始めていいんだよ」と。

 君は、それはずるい、と言ったが相手は「この店じゃずっとそうやってるんだ。マジックが1993年にここに入ってきて以降ね。この店でそれが問題になったことは一度もない」と言う。この店の常連たちにとってはそれが常識なのだ。このプレイヤーたちはそうやってプレイしてきたし、それを受け入れてきた。

 しかしこのプレイヤーたちがそれをフェアなものとして受け入れていたとしても、君にとってもそれがアンフェアであることには変わりない。ここで問題となるのは、この店ではその常識が受け入れられない君がマイノリティであるということだ。

 これはおかしいと声を上げるのが君一人である限り、物事は何も変わらないだろう。店の常連が、つまり40点のライフで始めてもよいプレイヤーの誰かが一緒に立ち上がり「ちょっと待ってくれ。これはおかしいことだ。私たちは変わるべきだ」と声を上げない限りは何も変わらないのだ。

 そういうことなのだ。マジックプレイヤーに占める女性の割合は38%だが、カードショップの大会の男女比にこの割合は反映されていない。なぜか? 何がそれを妨げているのか? そしてもしそれが変わるとしたら、それは多数派である私たちが立ち上がり「ちょっと待ってくれ。これはおかしいことだ。私たちは変わるべきだ」と声を上げたときだ。
 翻訳記事に入る前に、最近の人がどれだけ「ドメイン」という能力語について知っているのか分からないので簡単に説明しておく。これはコンフラックスで登場した「版図(Domain)」という能力語のことで、効果自体はインベイジョンで登場したもの。

 ざっくり言うと「コントロールしている基本土地の種類が多ければ多いほど効果が強まる」という能力を指す。代表的なカードに以下の《部族の炎/Tribal Flames》がある。
Tribal Flames / 部族の炎 (1)(赤)
ソーサリー
版図 ― クリーチャー1体かプレイヤー1人を対象とする。部族の炎は、それにX点のダメージを与える。Xは、あなたがコントロールする土地の中の基本土地タイプの数に等しい。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Tribal+Flames/

 その他にも基本土地タイプの種類数だけのカードを引いたり、種類数のパワーとタフネスをもつクリーチャーがいたりする。基本土地タイプの種類数なので最大値は5を超えることはできない。

 ……本当にできないのか?

 というわけで、その上限に挑戦した物語が以下。

【翻訳】6種類目の基本土地はどこにいった?/Whatever Happened to Barry’s Land?【DailyMTG】
Mark Rosewater
2009年02月09日
元記事:http://www.wizards.com/magic/magazine/article.aspx?x=mtg/daily/mm/25

 ドメイン週間へようこそ! 今週はインベイジョンブロックで生まれ、コンフラックスで正式な能力語を得て復活したメカニズムについて探っていこう。

 さて、一番最初のデザインの段階ではドメインのメカニズムを持ったカードたちは全て「バリーのカード(Barry Card)」と呼ばれていた(なぜかって? すぐ説明するよ)。

 そんな「バリーのカード」の中で、たった1枚だけ日の目を見なかったカードがある。今や伝説として語られるそれは「バリーの土地(Barry’s Land)」の名で知られている。

 ドメインという能力が帰ってくると知ったとき、「それで《バリーの土地/Barry’s Land》はどうなったの?」という質問メールが殺到するのは分かりきっていたので、今日のコラムをそのきたる質問への回答として用意した。

 残念ながら回答は「コンフラックスでお目見えするよ」ではない。

 今日ここで説明するのは「バリーの土地とは何か」「なぜそう呼ばれるようになったのか」「なぜそれはインベイジョンブロックにもアラーラの断片ブロックにも収録されなかったのか」「そもそもドメインというアイデアはどこから生まれたのか」だ。

 さて、それではリラックスしながら聞いてくれ。物語を、運命に彩られた物語をね。

ドメイン男の登場

 さてここでマジックに関するトリビアの中でも最高に難しい問題を出してみようか。マジックを初めて遊んだ2人の名前を挙げよ。ああ、もちろんその1人はリチャード・ガーフィールドだ(こっちは簡単だね)。

 ではその対戦相手は一体誰だったか?

 答えはこの男だ。
原文では以下の写真が掲載されている。
http://archive.wizards.com/mtg/images/daily/mm/mm25_barry.jpg

 この男は誰かって? 彼こそがバリー・"Bit"・リーチさ。

 バリーはゲーマーだった。そしてリチャードの友達でもあった。重要なのは「リチャードがマジックのデザインを手掛けていた頃に」友達であった、という点だ。

 これまでにもマジック最初のテストプレイヤーたちについて繰り返し書いてきたことと思う(君たちも聞き覚えがあるだろう名前を何人か挙げてみようか。 ビル・ローズ、チャーリー・カティノ、スカッフ・エリアス、ジョエル・ミック、ジム・リンなどだ)。

 彼らはリチャードがマジックを作っていた頃のゲーム友達(もしくは彼の友達の友達)だったメンバーだ。リチャードが新たにゲームを作るに当たってテストプレイヤーが必要となったとき、彼らに助けを求めたわけだ。

 そして史上初のマジックのデッキを組み上げたとき、バリーは幸運にもそれを試してみたい相手として選ばれたのだ。

 その史上初のマジックの対戦について気になるであろう君たちのためにちょっと書いておくと、そのときリチャードは80枚デッキを1個だけ用意していた。それには5色とアーティファクトが全て入っており、彼はそれを2つに分けて対戦したんだ。

 忘れないでくれ。デッキは最初40枚で組むのがルールだった。60枚じゃない。

 対戦はアンティをかけて行われた(それがルールだったからね)。そして2人は片方のデッキがプレイできなくなるほどカードを失うまでプレイし続けた。

 数か月前かそこらに私がバリーとこの話になったとき、バリーはその史上初のマジックの試合における勝者は自分だったと主張してたよ。

 さてバリーについてもう少し書いておこうか。

 彼のあだ名である "Bit" の由来は、背が低かったこととそれに加えて彼がコンピュータ専攻であったことだ(そして今ではコンピュータサイエンスの学者をやっている)。

 茶単デッキを初めて作ったのも彼だ。彼は当時の環境に流通していたモックスシリーズの大半を手に入れるためにかなり苦労してトレードを繰り返した(環境の絶対数自体が少なかったためだ。リチャードは各カードについて環境で使われるであろう頻度を推測し、それに合わせて印刷する枚数を抑えたのだ……そう、彼の読みはこの点に置いては間違っていたわけだ)

 バリーに関するマジックの思い出の中で特にリチャードが好んで話すのは、《大海蛇/Sea Serpent》に関するものだ。

 バリーは《大海蛇/Sea Serpent》をプレイするのが大好きだった。首尾よく場に出せたとき、彼はいつもカバンの中からプラスチック製のヘビのフィギュアを取り出し、うなり声とともにテーブルに叩きつけていたらしい。

 さてバリーの話はさておき、リチャードはマジックがこの先長く続くと確信したとき、拡張セットの必要性に気づいた。同時に、それを彼1人で全部作るのは無理であろうことにも。

 そこでリチャードは当時(ウィザーズ社の創始者であるピーター・アドキソンや他の一部の社員を除いて)マジックというゲームを知っていた数少ないゲームプレイヤーである友人たちを呼び集めたのだ。

 そのテストプレイヤーたちは様々に異なるつながりから呼び集めた仲間たちだったので、リチャードはその元の集団ごとに異なるエキスパンションを任せることにしてみた。

 1つ目のプレイテストグループのメンバーにはスカッフ・エリアス、ジム・リン、デイヴ・ペティ、そしてクリス・ペイジだ(このうちの何人かは East Coast Playtesters というチーム名で知られている)。

 彼らが任されたセットのコードネームは「Ice Age」といった。実際にリリースされたときの名前を君たちは知っているかもしれないね。もちろん「アイスエイジ」だ。

 このデザインチームはその後同じメンバーでいくつかのセットのデザインを手がけることとなる。担当したセットは アンティキティ、フォールン・エンパイア、アライアンスだ。

 2つ目のプレイテストグループのメンバーはビル・ローズ、ジョエル・ミック、チャーリー・カティノ、ドン・フェリス、ハワード・カーレンバーグ、そしてエリオット・セーガルだ。

 彼らが担当したセットのコードネームは「Menagerie」という名前だった。リリースされたセットの名前であれば君たちも知っているかもしれないね。そう、「ミラージュ」と「ビジョンズ」だ。

 このチームメンバーでデザインされたセットはこれが最初で最後だったが、ビル・ローズとジョエル・ミックの2人はその後もヘッドデザイナーとして(チャーリー・カティノとともに)ウィザーズ社に残り、いくつものセットのデザインに関わった(例えば、ビル・ローズはその後リードデザイナーとしてインベイジョン、トーメント、ダークスティール、アラーラの断片、そしてコンフラックスを手がけている)。

 最後のテストプレイヤーグループのメンバーはたった1人だった。それがバリーだ。

 彼はあるセットのテーマに興味をそそられた。彼が担当したセット(コードネームは「Spectral Chaos」)のテーマ、それは「多色」だった。念のために付け加えておくと、当時まだ多色カードは一切存在していなかった。

 さて、それら様々なプレイテストを経た結果、コードネーム「Ice Age」と「Menagerie」はそれぞれ無事に発売へとこぎつけたが「Spectral Chaos」はそう簡単にはいかなかった。

 それがなぜかを説明する前に以下を書いておく必要がある。実はリチャードと同様にピーター・アドキソンも未来のセットのためにデザイナーたちを選定していた。そのグループの1つは、ピーター・アドキソンが一緒にロールプレイングゲームを遊んだ友人たちがメンバーだった。

 「レジェンド」というセットは彼らによって生み出されたものだ(レジェンドのリードデザイナーであるスティーブ・コナードが2004年12月24日に書いたこの記事(註)を読めばレジェンドについてもっと詳しく知ることができる)。
(註) この記事
 原文では以下のURLにリンクが張られている。もちろん「レジェンド」というセットの製作について書かれた記事。
 http://archive.wizards.com/magic/magazine/article.aspx?x=mtgcom/feature/115

 Spectral Chaosとはまったく異なる形ではあったが、レジェンドは多色カードを世に送り出した。それによって「Spectral Chaos」の推進力は低下し船出は延期された。多色カードが売りだった「Spectral Chaos」のリリースは棚上げされてしまったというわけだ。

 「ドメイン」を含むバリーの生み出したあれやこれやは倉庫で眠りについた。

インベイジョンの侵略

 数年後に時計の針を進めよう。

 ビル・ローズ、マイク・エリオット、そして私はメルカディアン・マスクスに続く次なる大型セットの準備を始めていた。当時のマジックは若干のスランプに陥っており、私たちは特に素晴らしい何かを生み出すことでプレイヤーたちに活力を吹き込みたいと考えていた。

 私たち3人は同じアイデアにたどり着いた。多色をテーマにしたセットだ。なぜならそれはもう何年も前から話に挙がっていたネタだったからだ。

 もちろん多色カードたちはすでにマジックに登場しており、多くのセットに少量ずつ収録されていた。しかし私たちは過去に一度も完全にそれのみをテーマとして独立したブロックをデザインしたことがなかったのだ(少なくとも私たちが望むほどの規模では)。

 デザインチームが構成されたとき、ビル・ローズは「Spectral Chaos」のことを思い出した。

 そのセットのアイデアはすでにいくつか別の形でリリースされてしまっていたが、それでも「Spectral Chaos」というセットにはまだまだたくさんの素晴らしい多色カードのデザインのネタが詰まっていた。

 私たちはビル・ローズの指示に従い、このセットに何かインベイジョンのヒントになる要素がないかをチェックしてみることにした(インベイジョンの開発についてもっと詳しく知りたいなら、2005年08月09日に書かれたこの記事(註)を読んで欲しい。ちなみにこれに限らず私たちのサイトのアーカイブには大量のお宝が眠っている。興味があればぜひチェックしてみてくれ)。
(註) この記事
 原文では以下のURLにリンクが張られている。もちろん「インベイジョン」というセットの製作に関連した出来事について記されている。
 http://archive.wizards.com/magic/magazine/article.aspx?x=mtgcom/feature/278

 こうして私たち4人(ビル・ローズ、マイク・エリオット、私、そして「Spectral Chaos」)は1週間ほどデザイン(ともちろんスキー)のためにタホ湖へと向かったというわけだ(スキーとインベイジョンの関係について知りたい君は先ほど紹介したビル・ローズの記事、もしくは私のコラム(註)を読んでくれ。それで理解してもらえるはずだ)。
(註) 私のコラム
 原文では以下のURLにリンクが張られている。インベイジョンの各種カードの製作秘話。
 http://archive.wizards.com/magic/magazine/article.aspx?x=mtgcom/daily/mr188

 この記事は以前訳したことがある。興味がある方は是非。
 http://regiant.diarynote.jp/201102120926434131

 私たちは「Spectral Chaos」から多くのカードを借りてきた。しかしカード自体よりも特筆すべきと思われるのは、とある名もないメカニズムだ。それは「君が戦場に出している基本土地の種類が多いほどカードの効果が強化される」というものだった。

 これこそまさに私たちがインベイジョンに求めていたものだった。

 ブロックのテーマの1つは、プレイヤーに5色をプレイしたいと思わせることだったのだ。そしてバリーの生み出したメカニズムはまさにそれをシンプルにそしてエレガントに達成してくれるものだった。

 そのメカニズムにはキーワードが与えられていなかった。当時のビル・ローズ、マイク・エリオット、そして私の3人は単にそれを「バリーのメカニズム」と呼び、それが関連するカードたちも自然と「バリーのカード」と呼ぶようになった。

 デザインと開発のあいだ、ずっとそのメカニズムに関連したカードたちはそう呼ばれていたのだ。例えばプレイテストの最中も《バリーのボルト/Barry’s Bolt》や《バリーのドロー/Barry’s Draw》が飛び交っていたというわけさ。

 ちなみにドメインの命名はクリエイティブチームの手によるものだ。

 カード自体にはメカニズムの名称が出てこないが、私たちはプレイヤーたちがすぐにそのメカニズムなんらかの名前で呼びはじめるであろうことを確信していた(当時はまだ能力語(Ability Word)という技術が生まれる前だった)。

 「バリーカード」という呼び方はイマイチなように感じられたので、クリエイティブチームにお願いしたところ「ドメイン」という名称を選んでくれた。その後は私たちがくだんのメカニズムについて公に話す機会がある際は必ずそう呼ぶようにした。

 さて、コンフラックスでこのメカニズムが舞い戻ってきた際に、私たちは能力語をつける必要があった。インベイジョンで通称として用いられ、プレイヤーたちも馴染み深かった「ドメイン」に決まったのは当然のことだ。

そして《バリーの土地/Barry’s Land》

 ドメインというメカニズムは開発部でも大人気で、それはFFLを完全に席巻した(余談。FFLとはFuture Future Leagueの略だ。開発部で発売前にプレイテストとして行われるリーグ戦のことを指す)。

 あまりにドメインデッキを使いすぎた私の脳裏にとんでもないアイデアが降って湧いた。ドメインカードの効果の最大値を「5」ではなく「6」にすることができたら最高じゃないか? 私はそのために何の役に立つのか分からないカードすら思いついてしまったのだ。
 Barry’s Land
 Land
 Barry’s Land counts as a basic land.
 T: Add one colorless mana to your mana pool.

私訳:
 バリーの土地
 土地
 バリーの地は基本土地として数える
 (T):あなたのマナ・プールに(1)を加える。

 実にシンプルなカードだ。

 タップすると無色1点出る。ああ、そうそう。これは基本土地だ。

 以上。

 気がついたかもしれないが当時はまだ基本土地という特殊タイプは存在しなかった。そのため「基本」であるか否かはカードテキストに明記する必要があった。そして当時のルールに従う限り、それはこのカードが「特殊地形」であることを意味した。

 私の限られたルール知識を総動員して説明するならば、その原因は基本土地か否かは(当時は)基本のルールによって規定されてしまっていたためだ。このカードを「基本土地」したかったら、基本のルール自体を変更する必要があった。そうすることでカードのルールテキスト上に「基本土地として~」は記載されなくなる。

 結論から言えば《バリーの土地/Barry’s Land》をルール上の新たな基本土地として加えたということだ。これは少々居心地の悪い手段ではあった。このあと読み進めてもらえば分かることだが、結局この方法はのちに問題を引き起こすこととなる。

 まあ、それはさておきこのカードについて私が特に何を気に入っているか、紹介させてくれ。まずはこのカードを誰かに見せるんだ。そして相手の顔に浮かんだ表情を楽しむのさ。そうそう、さらにその相手はこう言うだろう。

 相手「で、これは何ができるんだ?」
 私「タップすれば無色1点でるよ。ああ、それとこいつは基本地形だ」
 相手「それだけ?」
 私「そうだよ」
 相手「誰も使わないよ、そんなの」
 私「みんな使うさ。構築レベルだよ」

 相手はさらに不思議そうな顔をするだろうね。そして私は次の標的を探して動くというわけさ。

 デザイナーとして言わせてもらうが、誰も気付かなかった宝石を見つけることができたときは例えようもないほど嬉しいものだ。パッと見ただけでは何の価値もないように見える。だけど軽く磨いた瞬間、キラキラと光り輝き始める。そんなカードのことだ。そして《バリーの土地/Barry’s Land》はまさにそんなカードだ。

 このカードはまさにドメインデッキのためのものだ。しかしそれに気づく直前までプレイヤーはこれを見てもただ首をひねるだけだろうね。

 実のところ、最初は私も冗談半分だったことは認めざるを得ない。しかしこれを見せて回ったときに返ってくる皆の反応を見るたびに、このカードは「当たり」だと感じた。

 私はビルにも見せた。彼は気に入った様子だった。

 私はその他の開発部のメンバーにも見せた。彼らも気に入った様子だった。

 ある日、ビルは私に言った。「セットに入れていいぞ」とね。こうして《バリーの土地/Barry’s Land》はインベイジョンに収録されることになったというわけさ。

プレーンシフトな味がお好き

 ビルがセット入りを宣言した時点から、このカードはFFLでも使えるようになった。そしてなかなかの活躍を見せたんだ。インベイジョン当時のFFLではドメインデッキがほぼ最強のアーキタイプだった。

 開発部はそれに対し若干の不安を抱いた。そしてそのアーキタイプを強くサポートする《バリーの土地/Barry’s Land》にもね。開発部は《バリーの土地/Barry’s Land》がオーバーパワーかもしれないと考えた。そこでもう少し様子をみたいという理由でそれを次のセット、つまりプレーンシフトに回したいと提案してきた。

 さらにルールチームももう少しルール上の確認に時間をかけたいという理由から後ろへ回すことに賛成した(当時はルールを定期的に確認するためのチームが専用に存在していたのだ。今はルールマネージャーがルール全体を管理し、必要に応じて皆と連携する)。

 さらにさらにデザインチームもそれに賛成した。なぜなら《バリーの土地/Barry’s Land》はドメインというメカニズムにとって革新的な存在であり、そういった高度なカードは多くの場合において新しいメカニズムが登場するセットと同時には収録されないものだったからだ。

 こうして皆の思いは1つとなり《バリーの土地/Barry’s Land》はプレーンシフトに収録されることとなった。

 さてプレーンシフトの開発中のことだ。開発チームはドメインというメカニズムが強すぎることに気づきはじめた。そこで彼らは関連カードを弱め、メカニズムのパワーレベルを落ち着かせようとした。

 もちろん《バリーの土地/Barry’s Land》もメカニズムのパワーを上げている原因の1枚だったが、開発部のメンバーは誰もがこのカードを好きだったので、それ以外のカードの調整を優先した。

 対してルールチームのメンバーはそこまでこのカードを好ましくは思っていなかった。当時のルールマネージャーはベス・モーサンドという女性だった。歴史好きな君のために付け加えておくと彼女はトム・ワイリーの次のルールマネージャーでありポール・バークレーの1つ前のルールマネージャーだ。

 (より正確にいえば彼女はブレイディ・ドマムスの1つ前のルールマネージャーだ。なぜなら新しいルールマネージャーが見つかるまでの数ヶ月のあいだ、彼が臨時のルールマネージャーを務めていたからだ)

 ここでドラマ性を高めるために私お得意の手を使わせてもらおう。以下が当時ベス・モーサンドが私に《バリーの土地/Barry’s Land》はルール上認められないと伝えてきたときの会話の再現だ。

(ベスが私の席までやってくる)
ベス「ルールチームのミーティングで決まったわ。《バリーの土地》は無しよ」
私「なんで!?」
ベス「複雑すぎるからよ」

私「ルールに詳しくない私にも分かるように説明してくれ」
ベス「分かったわ。(ゆっくりと)これは ルールに 反してるの」
私「いや基本土地だよ? 基本土地なんて前からあったじゃないか」
ベス「そうね」
私「基本土地を数えるときこれも数えるだけだ」
ベス「ただの基本土地ならいいのよ。これは基本土地と同時に特殊地形なの」
私「分かったよ」

ベス「分かってない。物質は同時に反物質であることはできないのよ」
私「つまりこのカードを作ると時間と空間が崩壊するってこと?」
ベス「ねえ、このカードがあなたの大事なベイビーであることは分かってる。
    だけどこの子は生まれてはいけない取り替えっ子なのよ」
私「私だったらその例えは使わないな」
ベス「申し訳ないとは思ってるわ。そのカードが許されないことをね」
私「今はね」
ベス「なんて?」
私「君はそのカードが今は許されないことを申し訳ないと言ってくれたんだ。この先、ルールがどう変わるかなんて誰にも分からないことさ。いつかまたドメインをフィーチャーするかもしれない。その遠い未来にはこの《バリーの土地/Barry’s Land》が許されるかもしれない」

 ベスは最後に「想像はご自由に」と言ったのさ。

遠い未来のはなし

 これが映画だったらカメラはここでカッコよくフェードアウトするだろうね。当時の古いプレイテスト用の《バリーの土地/Barry’s Land》からフェードアウトしたカメラが、真新しいプレイテスト用の《バリーの土地/Barry’s Land》にフェードインするのさ。

 そこからさらにカメラが引くと、それはちょうどコンフラックスのデザインのためにプレイされている真っ最中、というわけだ。……まあね。これが映画だったらね。

(予算と時間と必要な機材と編集用ソフトとそれを使うのに必要なノウハウがあったら毎週のこの記事もポッドキャスト放送にするんだけどなあ)

 基本土地の特殊タイプが生まれたとき、ルールマネージャー(またのお出ましだ。今日の記事はルールマネージャー好きにはたまらないだろうねぇ)のポール・バークレーが私の元に来て言ったのは「《バリーの土地/Barry’s Land》を作れるようになったよ」だった。

 こうして何年もの月日を経て、ビル・ローズがこれをコンフラックスのデザインに加えると言ってくれたとき、私はこれでようやく《バリーの土地/Barry’s Land》が世に出る、と思ったものさ。

 しかし私はそのとき大事なことを忘れていたんだ。我が宿敵、マーク・ゴットリーブ。彼が当時のルールマネージャーだったことをね(ここで当然私は空高く突き上げた拳を震わせつつ彼の名を叫ぶわけさ。え? 何のネタか分からないって? 君は The Colbert Report を見たことがないな。The Daily Show でもいいが)。

 念のため書いておく必要があるだろうこととしては、当時の「バリーの土地バトルⅡ:怒りのアフガン」に私自身は関わっていない。私はコンフラックスのデザインチームにも開発チームにも関わっていなかった。おかげで日々の定例的な作業からは解放されていた。

 当時の私はヘッドデザイナーだったのでデザインの観点からセット全体を俯瞰するのが仕事だった。しかしそれもセットが開発へと手渡されるまでの話だ。そう、つまりこれは《バリーの土地/Barry’s Land》がデザインの手を離れたあとの話だ。

 そのとき《バリーの土地/Barry’s Land》を守るために雄々しく戦った勇者は、あの「優秀なデザイナーを探せ!」を勝ち抜き、マジックのフルタイムデザイナーの座を射止めた ケン・ネーグルその人だ。

 彼は真のマジックデザイナーだった。よって当然のように彼も《バリーの土地/Barry’s Land》のデザインの美しさに気づき、それをセットから外そうとする力に粘り強く立ち向かった(私が遠い昔に通ってきた同じ道を、若きデザイナーが今また辿ろうとするのを見るのはなかなか面白いものだったよ)。

 ビル・ローズが最初にデザインファイルに加えたバージョンは以下の通りだ。
 Barry’s Land
 Land
 CARDNAME counts as a basic land type while in play.
 T: Add one colorless mana to your mana pool.

私訳:
 バリーの土地
 土地
 ~ は場にあるあいだ、基本土地タイプとして数える
 (T):あなたのマナ・プールに(1)を加える。

 このバージョンは確かにドメインの数を+1してくれた。しかしそれ以外、基本土地に影響する効果の恩恵を一切受けられなかった。なぜなら、これは戦場にあるあいだのみ、基本土地だったからだ(例えばこれは《不屈の自然/Rampant Growth》では場に出せない)。

 また、それ以外にも「基本土地になったけど特殊地形なの?」問題が解決されていなかった。このカードはどこからどう見ても特殊地形だ。しかし場にある限り、これはどこからどう見ても基本土地なのだ。

 これは基本土地になった瞬間に(基本土地でないことが条件であるとルールで定められている)特殊地形であることを止めてしまうのか? なぜそうなるのか?

 何にせよ、そういったややこしいルールのあれこれが大量に噴き出した上に、場に出ていないときは皆が基本土地に望むような働き(例:《不屈の自然/Rampant Growth》)をしてくれなかったのだ。

 そこでケン・ネーグルは次のように作り替えてみた。
リンク先の画像参照
http://archive.wizards.com/mtg/images/daily/mm/mm25_cave.jpg

 この《洞窟/Cave》はもっともシンプルで洗練されたバージョンだった。おそらく ポール・バークレーが「作れるようになったよ」と言ったとき、彼の脳裏に浮かんでいたのはまさにこれだったのだろう。

 他の案と異なり、これは実際にルール上なんの問題もなくプレイできる。しかし残念ながら、これはこれで新たな問題を抱えていたのだ。

 これをプレイできるようにするためには何をしないといけないか? そう、《バリーの土地/Barry’s Land》は新たな基本土地のサブタイプを得る必要があった。単に基本土地であるというだけではダメだった。それではドメインの数に影響しないためだ。

 新たな基本土地タイプを得る必要があった。

 問題は解決したが、その新たな6種類目の基本土地タイプが生み出す影響範囲は想像を遥かに超えるものだった。基本土地に関連するルールは大量にある。それはゲーム自体のルールだけじゃない。大会のフロアルールにもあるのだ。

 この《洞窟/Cave》が作られることでどういったことが起きるのか。以下がその例だ。

 ・《合同勝利/Coalition Victory》の勝利条件に6種類の基本土地が必要となる
 ・基本土地を列記する文章はすべて《洞窟/Cave》を加える必要がある
 ・《夢ツグミ/Dream Thrush》は対象を無色マナしか生み出せないようにできる

 私たちはまさにマジックの根幹部分に手を出そうとしていたことに気づいた。もちろん「出来るか出来ないか」で言えば「出来る」のだ。しかしかかる労力を考えたとき、本当にそこまでする価値があるのか?

 《洞窟/Cave》の問題点を知ったケン・ネーグルの次の試みが以下のカードだ。
 Incursion Zone
 Land
 T: Add 1 to your mana pool.
 If you would count the number of basic land types you control,
 instead count them and add one.

私訳:
 襲撃ポイント
 土地
 (T):あなたのマナ・プールに(1)を加える。
 あなたがコントロールする基本土地タイプの数を数えるとき
 その数はかわりにその数に1を加えた数となる

 このバージョンの狙いは数字を+1するという効果に絞ったという点だ(さらに言うとこのバージョンは+4までドメインを向上させることができる。デッキに4枚入れられるからね)

 このバージョンには2つの問題点があった。

 1つ目として、ルールチーム曰く、このカードは「あなたがコントロールする土地の中の基本土地・タイプの総数に等しい」というルールテキストしかサポートできないとのことだった。「あなたがコントロールする土地の中の基本地形1種類につき」ではダメだ。

 これの何が問題なのかと言うと、コンフラックスで登場した新たなドメインカードとのシナジーはあるが、インベイジョンブロック当時のカードとは相互作用がないということだ。

 2つ目は美的センスの問題だ。

 元々のカードがデザイナーに支持された理由は、それがシンプルで洗練されていたからであり、分かりやすかったからだ(潜在的に様々な問題を秘めていたことはまた別の話だ)。

 この新たなバージョンはあまりにルール的に過ぎる。「かわりにその数に1を加えた数となる」は不格好であるだけでなく、多くのプレイヤーは飲み込むのに抵抗を覚えるだろ。

 そして(プレイテスト版の絵を見てもらえば分かるとおり)このカードは最終的には《聖遺の塔/Reliquary Tower》となった。《バリーの土地/Barry’s Land》が却下された時点で、デベロップメントチームはすでに収録が決まっていたカードの中からその絵に合うデザインのカードを探してきたのだ(このことからも《バリーの土地/Barry’s Land》が以下に選定のギリギリの段階まで残っていたかを分かってもらえると思う)。

 というわけでこれが《バリーの土地/Barry’s Land》の顛末だ。

 結局、カード化はされなかったというわけだ……今はね。

 いつの日かまたドメインは帰ってくる。このメカニズムはエレガントだし遊んでて楽しいし、多色というテーマが二度と扱われないということも考えられない。

 そしてマジックのルールは日々進化している。遠い未来、《バリーの土地/Barry’s Land》が日の目を見るかもしれない。私はそう信じたい。

 そのときが来たら、私は間違いなく記事を1本書くだろうし、その記事は今日のこの記事にリンクが張られているだろうね。おそらくそのとき君はこの記事を見返して「うっわ、マーク若いな! 昔はこんなに髪の毛があったのか!」って言うだろうね。

 今日の記事はこれで終わりだ。来週は私が有り得ないミームを夢見る予定だ。それまでは夢の中でドメインの効果を6まで伸ばしててくれ。
同じ著者によるタルキール龍紀伝の青黒デッキのドラフト指南は以下。
http://regiant.diarynote.jp/201504180435265476/

【翻訳】Channel Fireball:タルキール龍紀伝ドラフト指南 ~ 赤黒デッキの場合/Dragons of Tarkir Draft Guide - Black/Red【CFB】
Neal Oliver
2015年05月05日
元記事:http://www.channelfireball.com/articles/dragons-of-tarkir-draft-guide-blackred/

 今回ここで分析するのはDTKドラフトにおける赤黒のアーキタイプだ。多くのプロ(註)はこの2つこそDTKで最も強い色の2つだと言っており、僕もその意見に同意だ。もし君の卓で全ての色が平均的に流れていたとすれば、この組み合わせが最強となるだろう、ということも付け加えておきたい。
(註) 多くのプロ
 原文では以下のURLへリンクが張られている。
 http://www.channelfireball.com/articles/a-pick-order-list-for-dragons-of-tarkir-draft/

 この色の組み合わせは、コモンが強いだけでなくコモン同士で強いシナジーも持っている。これらによって君のデッキはアグレッシブで、ミッドレンジで、コントロール向きな赤黒デッキが作れるという寸法だ。

疾駆(しっく)/Dash

 疾駆は赤黒デッキの中心となるメカニズムであると同時に、実際にプレイする際も特に注意が必要なメカニズムだ。

 赤黒の基本は序盤からの攻勢で、疾駆はそこにトップデッキによる状況の打開を可能としてくれることでマナフラッドを防止し、試合の後半においてもその存在があることで対戦相手にプレッシャーをかけ続ける助けとなってくれる。

 この赤黒の基本戦法はDTKにおける早い環境にもマッチしていることで、他のデッキに対してさらに有利となっている。

 対戦相手に後手を踏ませつつ《血顎の憤怒鬼/Blood-Chin Rager》のようなカードなどでプレッシャーをかけ続けることで多くの勝利を得られるだろうね。
Blood-Chin Rager / 血顎の憤怒鬼 (1)(黒)
クリーチャー - 人間(Human) 戦士(Warrior)
血顎の憤怒鬼が攻撃するたび、このターン、あなたがコントロールする各戦士(Warrior)クリーチャーは2体以上のクリーチャーによってしかブロックされない。
2/2
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Blood-Chin+Rager/

 デッキをほぼ疾駆クリーチャーのみで組むということはまれだと思う。何しろ疾駆というメカニズムはそれ自体がアンチシナジーだからだ。

 手札に疾駆クリーチャーが3体もいたらどれだけマナがあっても足りはしない。そう考えると、疾駆クリーチャーが大量に入ったデッキというのはそれほど強くないことは分かってもらえると思う。

 ただ例外が2つある。

 1つ目として、デッキのマナカーブが異常に低い場合だ。その場合、君は手に入る限りの疾駆クリーチャーをかき集めることが可能、という強みを得る。

 マナカーブが低いデッキは場を構築しきったあとはマナの使い道がない。だからゲームの後半に手札の疾駆クリーチャーを好きなだけ走らせることができる。

 2つ目としては、もし君のデッキに1~2枚の《待ち伏せの巫師/Ambuscade Shaman》や《戦いをもたらすもの/Warbringer》がある場合だ。そのような場合はさらに疾駆クリーチャーをかき集めるべきだろうね。
Ambuscade Shaman / 待ち伏せの巫師 (2)(黒)
クリーチャー - オーク(Orc) シャーマン(Shaman)
待ち伏せの巫師か他のクリーチャー1体があなたのコントロール下で戦場に出るたび、ターン終了時までそのクリーチャーは+2/+2の修整を受ける。
疾駆(3)(黒)(あなたはこの呪文を、これの疾駆コストで唱えてもよい。そうしたなら、これは速攻を得るとともに、次の終了ステップの開始時にこれを戦場からオーナーの手札に戻す。)
2/2
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Ambuscade+Shaman/

Warbringer / 戦いをもたらすもの (3)(赤)
クリーチャー - オーク(Orc) 狂戦士(Berserker)
あなたが支払う疾駆コストは(2)少なくなる(このクリーチャーが戦場に出ているかぎり)。
疾駆(2)(赤)(あなたはこの呪文を、これの疾駆コストで唱えてもよい。そうしたなら、これは速攻を得るとともに、次の終了ステップの開始時にこれを戦場からオーナーの手札に戻す。)
3/3
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Warbringer/

 《待ち伏せの巫師/Ambuscade Shaman》の使い方はデッキに入っている疾駆クリーチャーの枚数に大きく左右される。もし少ないなら、このカードの使い道はゲームの後半に4/4の速攻もちとして相手を困らせるためにしか使えない。

 でももし4~5枚の疾駆クリーチャーがデッキに入っているなら、このカードは彼らをより活躍させるブースターとしての役割をはたしてくれるだろうね。

 例えば、このカードがあれば君の《無謀なインプ/Reckless Imp》はこの環境に多く生息する4/4のドラゴンたちにすら突っ込んでいくことが可能となるわけだ。
Reckless Imp / 無謀なインプ (2)(黒)
クリーチャー - インプ(Imp)
飛行
無謀なインプではブロックできない。
疾駆(1)(黒)(あなたはこの呪文を、これの疾駆コストで唱えてもよい。そうしたなら、これは速攻を得るとともに、次の終了ステップの開始時にこれを戦場からオーナーの手札に戻す。)
2/2
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Reckless+Imp/

 よって、すでに少なくない疾駆クリーチャーを確保できているデッキにとって《待ち伏せの巫師/Ambuscade Shaman》は非常に高い価値を持つ……けど、それ以外の場合は《疾走する戦暴者/Sprinting Warbrute》の下位互換に過ぎないことを忘れないように。
Sprinting Warbrute / 疾走する戦暴者 (4)(赤)
クリーチャー - オーガ(Ogre) 狂戦士(Berserker)
毎ターン、疾走する戦暴者は可能なら攻撃する。
疾駆(3)(赤)(あなたはこの呪文を、これの疾駆コストで唱えてもよい。そうしたなら、これは速攻を得るとともに、次の終了ステップの開始時にこれを戦場からオーナーの手札に戻す。)
5/4
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Sprinting+Warbrute/

 さて《戦いをもたらすもの/Warbringer》は限られたマナで複数の疾駆クリーチャーを一度に走らせることを可能としてくれる。ただ残念なことに(当然と言えば当然だが)他に疾駆クリーチャーがいない状態では《戦いをもたらすもの/Warbringer》は《アリーシャの先兵/Alesha’s Vanguard》と同程度の性能しか持たない非常にイマイチなカードということだ。

 そこで僕からの提案としては、《戦いをもたらすもの/Warbringer》をピックするのは遅めにすべきということだ。

 君のデッキが大量の疾駆クリーチャーを有することになるのか、それとも《戦いをもたらすもの/Warbringer》の助けを必要としない平均的な赤黒のミッドレンジに終わるのか、それを見定めてからとるべきだろうね。

 さらに言うと、赤黒という色は初手取りしてもよいような強い除去カードをとることができる色だ。そのため早い順目で《戦いをもたらすもの/Warbringer》をとる場合、それ相応の代償を払っている可能性が高い。

色の濃さ(Depth)とシグナル(Signal)について

 除去といえば赤黒のコモンとアンコモンには10枚以上の除去がある。そのため、開けたパックに強いレアが入ってない場合、自然と赤か黒でスタートすることが多くなる。

 このことは重要だ。

 赤黒の除去が豊富ということは、同じ卓に赤黒をピックしているプレイヤーがいることに気付かずに赤黒へ向かってしまっている可能性があるからだ。

 もし開いたパックに《押し拉ぎ/Flatten》、《尾の切りつけ/Tail Slash》、《双雷弾/Twin Bolt》、《剣歯虎の先導隊/Sabertooth Outrider》が含まれていたとすれば、そこから何人ものプレイヤーは赤をピックすることとなり、結果として互いのデッキ(の赤い部分)を弱体化するのに貢献することとなるわけだ。
Flatten / 押し拉ぎ (3)(黒)
インスタント
クリーチャー1体を対象とする。ターン終了時まで、それは-4/-4の修整を受ける。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Flatten/

Tail Slash / 尾の切りつけ (2)(赤)
インスタント
あなたがコントロールするクリーチャー1体と、あなたがコントロールしていないクリーチャー1体を対象とする。その前者はその後者に、その前者のパワーに等しい点数のダメージを与える。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Tail+Slash/

Twin Bolt / 双雷弾 (1)(赤)
インスタント
クリーチャーやプレイヤーを1つまたは2つ対象とする。双雷弾はそれらに、2点のダメージをあなたの望むように分割して与える。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Twin+Bolt/

Sabertooth Outrider / 剣歯虎の先導隊 (3)(赤)
クリーチャー - 人間(Human) 戦士(Warrior)
トランプル
圧倒 ― 剣歯虎の先導隊が攻撃するたび、あなたがコントロールするクリーチャーのパワーの合計が8以上である場合、ターン終了時まで剣歯虎の先導隊は先制攻撃を得る。
4/2
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Sabertooth+Outrider/

 念のために書いておくと、これらの強いカードをドラフトすべきではない、と言っているわけではない。

 僕が言いたいのは「4順目か5順目に強い赤か黒のカードが残っている場合、同じ色のさらに良いカードが上流で抜かれているという可能性があることを考慮すべき」だということだ。

 君がシグナルを見落とさないよう気を付けるべきなのは、この環境においてはむしろ7順目~10順目だろう。その順目にもし《尾の切りつけ/Tail Slash》のような(もっと早い順目で消えてしかるべき)カードが残っていたら、それこそがシグナルということだ。

 疾駆寄りの前のめりなデッキ以外に、赤黒はコントロール寄りにデッキを組むこともできる。その場合は大量の除去と終盤に威力を発揮するカードでゲームを終わらせることになるだろう。

 このタイプのデッキは1パック目と2パック目でかき集めた豊富な除去と、3パック目で手に入れる防御的なクリーチャー(例えば《チフス鼠/Typhoid Rats》や《スゥルタイの使者/Sultai Emissary》など)で構成されることとなる。
Typhoid Rats / チフス鼠 (黒)
クリーチャー - ネズミ(Rat)
接死(これが何らかのダメージをクリーチャーに与えた場合、それだけで破壊される。)
1/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Typhoid+Rats/

Sultai Emissary / スゥルタイの使者 (1)(黒)
クリーチャー - ゾンビ(Zombie) 戦士(Warrior)
スゥルタイの使者が死亡したとき、あなたのライブラリーの一番上のカードを予示する。(それを裏向きの状態で2/2クリーチャーとして戦場に出す。それがクリーチャー・カードであるなら、そのマナ・コストでいつでも表向きにしてよい。)
1/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Sultai+Emissary/


トップカード:赤と黒のアンコモン以下

   《究極の価格/Ultimate Price》
   《ラクシャーサの墓呼び/Rakshasa Gravecaller》
   《焙り焼き/Roast》
   《死の風/Death Wind》
   《ウクドのコブラ/Ukud Cobra》
   《押し拉ぎ/Flatten》
   《快速ウォーカイト/Swift Warkite》
   《龍詞の咆哮/Draconic Roar》
   《サルカンの怒り/Sarkhan’s Rage》
   《尾の切りつけ/Tail Slash》

トップカード:赤と黒のレア以上のカード
※ これらは「1パック目で初手に取りたいカード」だ

   《龍を操る者/Dragon Whisperer》
   《シルムガルの暗殺者/Silumgar Assassin》
   《死体結い/Corpseweft》
   《火口の精霊/Crater Elemental》
   《目覚めし処刑者/Risen Executioner》
   《雷破の執政/Thunderbreak Regent》
   《狂戦士たちの猛攻/Berserkers’ Onslaught》
   《雷光翼の匪賊/Boltwing Marauder》
   《アンデッドの大臣、シディシ/Sidisi, Undead Vizier》
   《龍王コラガン/Dragonlord Kolaghan》
   《死致の執政/Deathbringer Regent》

下位カード:アーキタイプに沿っていないアンコモン以下のカード
※ 他の赤や黒を含むアーキタイプより優先度が落ちるコモンとアンコモンだ

   《マラング川の骸骨/Marang River Skeleton》
   《忠信な従者/Dutiful Attendant》
   《苦痛の公使/Minister of Pain》
   《放浪する墓甲羅/Wandering Tombshell》
   《シルムガルの解体者/Silumgar Butcher》
   《吐酸ドラゴン/Acid-Spewer Dragon》
   《湿地の大男/Marsh Hulk》
   《嵐翼ドラゴン/Stormwing Dragon》


では以下のレーティングに従ってサンプルデッキをチェックしてみよう。

評価:A
 アーキタイプの強みを全て高いレベルで保持し、またアーキタイプによらない強さを(大抵の場合は強いレアやアンコモンによって)併せ持っているデッキ
評価:B
 アーキタイプの持つ強みを全て満たし、かつゲームを終わらせる明確な勝ち筋を持っているデッキ
評価:C
 アーキタイプの持つ強みを一部満たしてはいるもののデッキに弱い部分があり、強さが安定しないデッキ
評価:D
 その色の中でもそこそこの強さのカードをかき集めたものではあるが、明確な勝ち筋がないデッキ
評価:F
 失敗作。基本的なレベルにすら達していない。


デッキその1:強さ C-
デッキリスト(画像)は元サイト参照のこと
http://www.channelfireball.com/articles/dragons-of-tarkir-draft-guide-blackred/

 このデッキは豊富な疾駆クリーチャーに代表されるとおり、なかなか狙いどおりに作れたと言えるだろう。明らかに《戦いをもたらすもの/Warbringer》や《待ち伏せの巫師/Ambuscade Shaman》があればさらに強くなるデッキだ。

 問題は前のめりな展開を開始するための2マナ域に欠けているということだ。

 《マラング川の骸骨/Marang River Skeleton》はアグレッシブなデッキに必要なスピード感を欠いている。《無謀なインプ/Reckless Imp》を2ターン目に走らせることで多少のダメージは稼げるかもしれないが、恒久的な盤面の構築という観点では大抵の場合において悪手となる。
Marang River Skeleton / マラング川の骸骨 (1)(黒)
クリーチャー - スケルトン(Skeleton)
(黒):マラング川の骸骨を再生する。
大変異(3)(黒)(あなたはこのカードを、(3)で2/2クリーチャーとして裏向きに唱えてもよい。これの大変異コストで、これをいつでも表向きにしてもよい。そうしたなら、これの上に+1/+1カウンターを1個置く。)
1/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Marang+River+Skeleton/

Reckless Imp / 無謀なインプ (2)(黒)
クリーチャー - インプ(Imp)
飛行
無謀なインプではブロックできない。
疾駆(1)(黒)(あなたはこの呪文を、これの疾駆コストで唱えてもよい。そうしたなら、これは速攻を得るとともに、次の終了ステップの開始時にこれを戦場からオーナーの手札に戻す。)
2/2
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Reckless+Imp/

 もっとも十分なマナを得さえすれば、2体(ときには3体)の疾駆クリーチャーが同時に走り始め、その疾走は対戦相手が倒れるまで止まることはないだろう。

 このデッキは《大地の断裂/Seismic Rupture》や《ウギンの構築物/Ugin’s Construct》が輝くデッキの好例だ。これらは大量の疾駆クリーチャーがいるデッキで特に役に立つからだ。
Seismic Rupture / 大地の断裂 (2)(赤)
ソーサリー
大地の断裂は、飛行を持たない各クリーチャーにそれぞれ2点のダメージを与える。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Seismic+Rupture/

Ugin’s Construct / ウギンの構築物 (4)
アーティファクト クリーチャー - 構築物(Construct)
ウギンの構築物が戦場に出たとき、1色以上の色を持つパーマネントを1つ生け贄に捧げる。
4/5
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Ugin%27s+Construct/

 《冷酷な軍族/Pitiless Horde》はなかなか面白いカードだった。ちなみにこのカードは常に疾駆で走らせるべきだ。特に対戦相手が白の場合、《平和な心/Pacifism》という形でミスの代償を支払わされることになる。
Pitiless Horde / 冷酷な軍族 (2)(黒)
クリーチャー - オーク(Orc) 狂戦士(Berserker)
あなたのアップキープの開始時に、あなたは2点のライフを失う。
疾駆(2)(黒)(黒)(あなたはこの呪文を、これの疾駆コストで唱えてもよい。そうしたなら、これは速攻を得るとともに、次の終了ステップの開始時にこれを戦場からオーナーの手札に戻す。)
5/3
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Pitiless+Horde/

 このデッキにはきちんとした勝ち筋がある。しかしデッキに入り得るもっと良いカードがたくさんあるため、Bランクに分類されなかった。


デッキその2:強さ C-
デッキリスト(画像)は元サイト参照のこと
http://www.channelfireball.com/articles/dragons-of-tarkir-draft-guide-blackred/

 このデッキにはたくさんの強いカードが入っているけど強いシナジーはほとんど入っていない。結果として、どちらかというと赤黒・ミッドレンジ・グッドスタッフと呼ぶべきデッキになっている。

 幸いなことに赤と黒の2つの色はどちらもグッドスタッフ(単体で強いカード)に恵まれていて、そこそこ強いレベルの他のアーキタイプにも太刀打ちすることができるデッキだ。

 《疾走する戦暴者/Sprinting Warbrute》は使うほどに良さを実感させてくれたカードだ。疾駆させても良いし、そのまま出しても良い。
Sprinting Warbrute / 疾走する戦暴者 (4)(赤)
クリーチャー - オーガ(Ogre) 狂戦士(Berserker)
毎ターン、疾走する戦暴者は可能なら攻撃する。
疾駆(3)(赤)(あなたはこの呪文を、これの疾駆コストで唱えてもよい。そうしたなら、これは速攻を得るとともに、次の終了ステップの開始時にこれを戦場からオーナーの手札に戻す。)
5/4
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Sprinting+Warbrute/

 《カル・シスマのビヒモス/Qal Sisma Behemoth》はデッキによって善し悪しがハッキリ分かれるカードで、このデッキは「善し」の最高の例だね。
Qal Sisma Behemoth / カル・シスマのビヒモス (2)(赤)
クリーチャー - オーガ(Ogre) 戦士(Warrior)
カル・シスマのビヒモスは、あなたが(2)を支払わないかぎり、攻撃したりブロックしたりできない。
5/5
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Qal+Sisma+Behemoth/

 ビヒモスと同時に展開できる2マナは十分入っているため盤面は構築できるし、そもそも5/5で対戦相手を殴り倒すのにそう何ターンもかかることはないことを考えると十分見合った性能だ。

 6マナに入って《疾走する戦暴者/Sprinting Warbrute》の疾駆とビヒモスのアタックを同時に行えるようになれば勝ったも同然だ。
Sprinting Warbrute / 疾走する戦暴者 (4)(赤)
クリーチャー - オーガ(Ogre) 狂戦士(Berserker)
毎ターン、疾走する戦暴者は可能なら攻撃する。
疾駆(3)(赤)(あなたはこの呪文を、これの疾駆コストで唱えてもよい。そうしたなら、これは速攻を得るとともに、次の終了ステップの開始時にこれを戦場からオーナーの手札に戻す。)
5/4
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Sprinting+Warbrute/

 最後に、《サルカンの怒り/Sarkhan’s Rage》はこのデッキだとなかなか強いということを付記しておこうと思う。このカードは緑赤よりも赤黒で活きるカードだ。

 なぜなら赤黒はより間接的な攻め手(Reach)を必要としており、またデッキ全体のマナカーブが低めであるという点も、この5マナという重いマナコストの呪文を活躍させるのに一役買ってくれる。
Sarkhan’s Rage / サルカンの怒り (4)(赤)
インスタント
クリーチャー1体かプレイヤー1人を対象とする。サルカンの怒りはそれに5点のダメージを与える。あなたがドラゴン(Dragon)をコントロールしていないなら、サルカンの怒りはあなたに2点のダメージを与える。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Sarkhan%27s+Rage/

 焦点が絞りきれていないデッキではあるけど、それでも大抵の場合において最低限の強さは発揮してくれるだろうね。


デッキその3:強さ B+
デッキリスト(画像)は元サイト参照のこと
http://www.channelfireball.com/articles/dragons-of-tarkir-draft-guide-blackred/

 このデッキはどちらかというとコントロール寄りだけど、そのプランをサポートできる出来にはなっていると思う。

 《解体者の歓び/Butcher’s Glee》はこのデッキにおける主力だ。終盤まで耐えるライフを確保すると同時に攻撃時のサポートもこなす。
Butcher’s Glee / 解体者の歓び (2)(黒)
インスタント
クリーチャー1体を対象とする。ターン終了時まで、それは+3/+0の修整を受けるとともに絆魂を得る。それを再生する。(絆魂を持つクリーチャーがダメージを与えると、さらにそのコントローラーはその点数分のライフを得る。)
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Butcher%27s+Glee/

 《快速ウォーカイト/Swift Warkite》はこのデッキの心臓部と言える。序盤の戦闘を支えてくれるし、わざわざ書く必要もないかもしれないけど追加のクリーチャーを討ちとれる《シルムガルの暗殺者/Silumgar Assassin》や《頭巾被りの暗殺者/Hooded Assassin》とも強力なコンボを形成してくれる。
Swift Warkite / 快速ウォーカイト (4)(黒)(赤)
クリーチャー - ドラゴン(Dragon)
飛行
快速ウォーカイトが戦場に出たとき、あなたはあなたの手札かあなたの墓地にある点数で見たマナ・コストが3以下のクリーチャー・カードを1枚戦場に出してもよい。そのクリーチャーは速攻を得る。次の終了ステップの開始時に、それをあなたの手札に戻す。
4/4
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Swift+Warkite/

Silumgar Assassin / シルムガルの暗殺者 (1)(黒)
クリーチャー - 人間(Human) 暗殺者(Assassin)
シルムガルの暗殺者よりパワーが大きいクリーチャーでは、これをブロックできない。
大変異(2)(黒)(あなたはこのカードを、(3)で2/2クリーチャーとして裏向きに唱えてもよい。これの大変異コストで、これをいつでも表向きにしてもよい。そうしたなら、これの上に+1/+1カウンターを1個置く。)
シルムガルの暗殺者が表向きになったとき、対戦相手がコントロールするパワーが3以下のクリーチャー1体を対象とし、それを破壊する。
2/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Silumgar+Assassin/

Hooded Assassin / 頭巾被りの暗殺者 (2)(黒)
クリーチャー - 人間(Human) 暗殺者(Assassin)
頭巾被りの暗殺者が戦場に出たとき、以下から1つを選ぶ。
・頭巾被りの暗殺者の上に+1/+1カウンターを1個置く。
・このターンにダメージを与えられているクリーチャー1体を対象とし、それを破壊する。
1/2
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Hooded+Assassin/

 《尾の切りつけ/Tail Slash》は接死持ちや高いパワーを持ったクリーチャーたちと相性が良い。《アタルカのイフリート/Atarka Efreet》は試合を持ちこたえることにも試合を終わらせることにも貢献してくれる。

 そうそう、このイフリートが赤黒のトップコモンのベスト10からギリギリで漏れた名誉ある1枚であることは付記すべきだろうね。
Atarka Efreet / アタルカのイフリート (3)(赤)
クリーチャー - イフリート(Efreet) シャーマン(Shaman)
大変異(2)(赤)(あなたはこのカードを、(3)で2/2クリーチャーとして裏向きに唱えてもよい。これの大変異コストで、これをいつでも表向きにしてもよい。そうしたなら、これの上に+1/+1カウンターを1個置く。)
アタルカのイフリートが表向きになったとき、クリーチャー1体かプレイヤー1人を対象とする。アタルカのイフリートはそれに1点のダメージを与える。
5/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Atarka+Efreet/

 イフリートとコンボになるようなネタはこのデッキにはあまりないけど、このイフリートが《毒塗り/Coat with Venom》や《命取りの放浪/Deadly Wanderings》と相性が良いということは伝えておきたいところだ。
Coat with Venom / 毒塗り (黒)
インスタント
クリーチャー1体を対象とする。ターン終了時まで、それは+1/+2の修整を受けるとともに接死を得る。(それが何らかのダメージをクリーチャーに与えたら、それだけで破壊する。)
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Coat+with+Venom/

Deadly Wanderings / 命取りの放浪 (3)(黒)(黒)
エンチャント
あなたがコントロールするクリーチャーがちょうど1体であるかぎり、そのクリーチャーは+2/+0の修整を受けるとともに接死と絆魂を持つ。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Deadly+Wanderings/

 このデッキ解説の締めとして、《オークの必中弾/Orc Sureshot》がDTKによってさらにその価値を上げたことも書いておこうと思う。クリーチャーの平均的なマナコストが下がったこと、また疾駆とのコンボもあることがその理由だ。
Orc Sureshot / オークの必中弾 (3)(黒)
クリーチャー - オーク(Orc) 射手(Archer)
他のクリーチャーが1体あなたのコントロール下で戦場に出るたび、対戦相手がコントロールするクリーチャー1体を対象とする。ターン終了時まで、それは-1/-1の修整を受ける。
4/2
引用元:

 このデッキなら環境のほぼ全てのアーキタイプに太刀打ち可能だろうね。Aランクに入れなかったのは単にボムが何枚か欲しかったのに、というだけの理由だ。


デッキその4:強さ A
デッキリスト(画像)は元サイト参照のこと
http://www.channelfireball.com/articles/dragons-of-tarkir-draft-guide-blackred/

 このデッキで赤黒をプレイするのは実に楽しかった。出来ることが実にたくさんあったからだ。

 まず、大量の除去呪文のおかげでデッキをコントロール一辺倒にプレイすることが可能となっている。それによって《命取りの放浪/Deadly Wanderings》や《火山の幻視/Volcanic Vision》といった大技につなぐことができる。
Deadly Wanderings / 命取りの放浪 (3)(黒)(黒)
エンチャント
あなたがコントロールするクリーチャーがちょうど1体であるかぎり、そのクリーチャーは+2/+0の修整を受けるとともに接死と絆魂を持つ。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Deadly+Wanderings/

Volcanic Vision / 火山の幻視 (5)(赤)(赤)
ソーサリー
あなたの墓地にあるインスタント・カード1枚かソーサリー・カード1枚を対象とし、それをあなたの手札に戻す。火山の幻視はあなたの対戦相手がコントロールする各クリーチャーに、そのカードの点数で見たマナ・コストに等しい点数のダメージをそれぞれ与える。火山の幻視を追放する。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Volcanic+Vision/

 《火山の幻視/Volcanic Vision》は過小評価されているカードだと思う。確かに使うのには準備が必要だけど、プレイしさえできれば大抵の場合そのまま勝ちに直結するカードだ。少なくとも僕は、赤をプレイすると決めたなら下に流すようなことはまずしない。

 デッキのクリーチャーの枚数が少なめであることは《命取りの放浪/Deadly Wanderings》にとって都合がいい。

 さらに《コラガンの碑/Kolaghan Monument》も特に《命取りの放浪/Deadly Wanderings》と相性が良いカードで、碑を唯一のクリーチャーとして扱ってもいいし、他のクリーチャーを出してそれを唯一のクリーチャーとして扱うこともできる。
Kolaghan Monument / コラガンの碑 (3)
アーティファクト
(T):あなたのマナ・プールに(黒)か(赤)を加える。
(4)(黒)(赤):ターン終了時まで、コラガンの碑は飛行を持つ黒であり赤である4/4のドラゴン(Dragon)・アーティファクト・クリーチャーになる。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Kolaghan+Monument/

 このデッキは多くの除去のおかげでおよそあらゆる状況に対応できるけど、それだけでなく同時に序盤から押していくことさえできる。

 ビートダウンの形がメインのプランでないにも関わらず、何枚かの2マナカードを展開したあとに除去で後押しすることでそのままゲームを終わらせることも可能だし、さらにはその形から重い呪文でとどめを刺す終盤戦へとつなぐ柔軟性も持っていることがAランクの評価を与えた理由だ。


 以上だ。もし僕の記事にDTKの赤黒アーキタイプの重要な点が欠けてると思ったならぜひコメントで教えて欲しい。それと基本的に平日は動画を配信しているので興味があったらぜひ見てくれ。アドレスは http://twitch.tv/nealoliver88 だ。よろしく!
【翻訳】Channel Fireball:タルキール龍紀伝ドラフト指南 ~ 青黒デッキの場合/Draft Guide - Blue/Black in Dragons of Tarkir【CFB】
Neal Oliver
2015年04月14日
元記事:http://www.channelfireball.com/articles/draft-guide-blueblack-in-dragons-of-tarkir/

 ここChannelFireballのサイトに新たな連載を開始できることを光栄に思う。今後は週ごとに現在の限定環境におけるアーキタイプをとりあげて分析したいと思っている。

 そうすることで何がそのアーキタイプを良いデッキ足らしめているのか、そのアーキタイプはどうプレイすべきか、さらにドラフトの段階で何に気を付けないといけないのかを説明するつもりだ。

 そのためにも、僕自身が実際にドラフトしたデッキを例として紹介し、それらがなぜ失敗だったか(成功だったか)も紹介しようと思っている。

 今日の記事で解説するのは「青黒・濫用デッキ」だ。

 DTKのドラフトにおける青黒はいくつかのタイプに分かれるが、どれも速いとは言えない。理由はこの色の組み合わせにある。青黒という色が遅めのミッドレンジかコントロールになるのは、それのもつメカニズムのせいだ。

 そう、濫用/Exploitだ。

 濫用/Exploitを活用するにはそれなりの量のマナが必要になる。そのため君が対戦相手のマウントを素早くとるということはそうそうない。

 青黒という色の勝利への道筋は、序盤から中盤のゲームを膠着させてから対処しづらいカードやボムで勝つというパターン、もしくは濫用/Exploitと、それと組み合わせるにふさわしいカードによって得られるカードアドバンテージだ。

 もしDTKドラフトで青黒が空いていたなら君のデッキは自然と濫用/Exploitを中心としたものになるだろう。なぜならドラフトの終盤まで《シルムガルの解体者/Silumgar Butcher》や《グルマグの溺れさせるもの/Gurmag Drowner》が回る状況は濫用/Exploitデッキを組むプレイヤーにとって有利となるからだ。

 対した工夫なく使った場合、濫用/Exploitはちょっと面白い分割カードでしかない。そこそこのクリーチャーを得るか、そこそこの呪文の効果を得るか、のいずれかが選べるカードというわけだ。

 しかし君が濫用/Exploitと対になるべきカードたち(例えば《宮殿の使い魔/Palace Familiar》、《ジェスカイの賢者/Jeskai Sage》、《スゥルタイの使者/Sultai Emissary》のようなカードたち)を手に入れたなら、君の濫用/Exploitクリーチャーたちは長引く試合の中でたちまち2対1交換を生み出すカードアドバンテージ生産機となるだろう。

 さてここで問題となるのは「濫用/Exploit持ち」と「それと合わせて使うべきカード」のバランスをどうするかということだ。また運命再編のパックに濫用/Exploit持ちがいないという偏りも多少なりとはいえ考慮する必要がある。

 生け贄に捧げるのに適したクリーチャーがいないデッキでは《シルムガルの解体者/Silumgar Butcher》の価値は随分と減じるし、《ジェスカイの賢者/Jeskai Sage》だけで埋め尽くされたデッキに脅威を感じる対戦相手はいないだろう。

 前述のとおり、これら2枚のカードを役立てるには時間がかかる。つまり君はしぶとく生き延びて試合を長引かせ、中期~長期ゲームからしか得られない濫用/Exploitの強力なアドバンテージを生かすことが狙いとなる。

《チフス鼠/Typhoid Rats》や《上昇気流の精霊/Updraft Elemental》といった防御的なクリーチャーたちや、序盤に対応できる《押し倒し/Defeat》のようなカードも同様に試合を長引かせるのに役立ってくれる。

 なおミッドレンジな青黒デッキにおいて濫用/Exploitは(その中心ではなく)補助的な役割を担うことが多い。なぜかというと、デッキのメインテーマを完全に濫用/Exploit中心にするには、相当な枚数の「濫用/Exploit持ちクリーチャー」と「濫用/Exploitと相性のよいカード」を集める必要があり、それは簡単なことではないからだ。

 こういったデッキの場合も同様に、君の勝ち筋はゲームを長引かせることにある。もともと青黒という色は大量のカードアドバンテージと強力なクリーチャーでゲームを支配するのに向いた色だからだ。

 大変異/Megamorphもまた序盤から長期戦までゲームを長引かせる役に立ってくれる。例えば《湿地の大男/Marsh Hulk》は特に青黒というアーキタイプで光るカードだ。ゲーム後半でも十分頼れるサイズを持ちつつ、同時に序盤を生き延びるために3マナで唱えて相討ちをとることもできるからだ。
Marsh Hulk / 湿地の大男 (4)(黒)(黒)
クリーチャー - ゾンビ(Zombie) オーガ(Ogre)
大変異(6)(黒)(あなたはこのカードを、(3)で2/2クリーチャーとして裏向きに唱えてもよい。これの大変異コストで、これをいつでも表向きにしてもよい。そうしたなら、これの上に+1/+1カウンターを1個置く。)
4/6
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Marsh+Hulk/


 そういった意味では(アンコモンのため手に入りづらいのは難点だが)《鐘鳴りのドラゴン/Belltoll Dragon》と《吐酸ドラゴン/Acid-Spewer Dragon》はさらに良いカードだ。
Belltoll Dragon / 鐘鳴りのドラゴン (5)(青)
クリーチャー - ドラゴン(Dragon)
飛行、呪禁
大変異(5)(青)(青)(あなたはこのカードを、(3)で2/2クリーチャーとして裏向きに唱えてもよい。これの大変異コストで、これをいつでも表向きにしてもよい。そうしたなら、これの上に+1/+1カウンターを1個置く。)
鐘鳴りのドラゴンが表向きになったとき、あなたがコントロールする他の各ドラゴン(Dragon)・クリーチャーの上に+1/+1カウンターをそれぞれ1個置く。
3/3
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Belltoll+Dragon/

Acid-Spewer Dragon / 吐酸ドラゴン (5)(黒)
クリーチャー - ドラゴン(Dragon)
飛行、接死
大変異(5)(黒)(黒)(あなたはこのカードを、(3)で2/2クリーチャーとして裏向きに唱えてもよい。これの大変異コストで、これをいつでも表向きにしてもよい。そうしたなら、これの上に+1/+1カウンターを1個置く。)
吐酸ドラゴンが表向きになったとき、あなたがコントロールする他の各ドラゴン(Dragon)・クリーチャーの上に+1/+1カウンターをそれぞれ1個置く。
3/3
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Acid-Spewer+Dragon/


 上記で挙げた例のような「2種類の使い道」があるカードたちは、《強化された知覚/Enhanced Awareness》や《否定/Contradict》といった「重いが強力なカード」をプレイできる可能性を高めてくれる。これらは、序盤の安定性を犠牲にすることなく青黒の終盤を支えてくれる良いカードだ。
Enhanced Awareness / 強化された知覚 (4)(青)
インスタント
カードを3枚引き、その後カードを1枚捨てる。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Enhanced+Awareness/

Contradict / 否定 (3)(青)(青)
インスタント
呪文1つを対象とし、それを打ち消す。
カードを1枚引く。
http://whisper.wisdom-guild.net/card/Contradict/


 これら以外にも青黒はゲーム終盤に貢献してくれるカードが多いため、マナが多すぎて困るということはあまりない。そのため必要なときに重いカードをちゃんと使えるように、土地は18枚欲しいところだ。

 さて、いくつかサンプルを見てみよう。それらを以下の指標で評価する。

評価:A
 アーキタイプの強みを全て高いレベルで保持し、またアーキタイプによらない強さを(大抵の場合は強いレアやアンコモンによって)併せ持っているデッキ
評価:B
 アーキタイプの持つ強みを全て満たし、かつゲームを終わらせる明確な勝ち筋を持っているデッキ
評価:C
 アーキタイプの持つ強みを一部満たしてはいるもののデッキに弱い部分があり、強さが安定しないデッキ
評価:D
 その色の中でもそこそこの強さのカードをかき集めたものではあるが、明確な勝ち筋がないデッキ
評価:E
 失敗作。基本的なレベルにすら達していない。


デッキその1:強さ B+
デッキリスト(画像):
http://227rsi2stdr53e3wto2skssd7xe.wpengine.netdna-cdn.com/wp-content/uploads/2015/04/UB-0-1-2-UB-article-deck-1-e1428886695732.png


 このデッキは安定した強いマナカーブを持っている。序盤を支える軽量級に対し、中盤以降に役立ってくれる《グルマグの溺れさせるもの/Gurmag Drowner》も複数枚ある。ゲームの終盤に脅威となり得るパワーカードを呼びよせてくれるだけでなく、終盤用のカードを1枚同じターンに使って対戦相手にさらなるプレッシャーをかけ、本格的にマウントをとることも可能だ。
Gurmag Drowner / グルマグの溺れさせるもの (3)(青)
クリーチャー - ナーガ(Naga) ウィザード(Wizard)
濫用(このクリーチャーが戦場に出たとき、あなたはクリーチャーを1体生け贄に捧げてもよい。)
グルマグの溺れさせるものがクリーチャーを1体濫用したとき、あなたのライブラリーの一番上から4枚のカードを見る。そのうち1枚をあなたの手札に加え、残りをあなたの墓地に置く。
2/4
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Gurmag+Drowner/


 《命取りの放浪/Deadly Wanderings》は実際はこのデッキに少々合っていない。しかしデッキが狙ったとおりに回ってくれていないときに力を発揮してくれるカードだ。さらに《シルムガルの碑/Silumgar Monument》との相性も抜群だ。
Deadly Wanderings / 命取りの放浪 (3)(黒)(黒)
エンチャント
あなたがコントロールするクリーチャーがちょうど1体であるかぎり、そのクリーチャーは+2/+0の修整を受けるとともに接死と絆魂を持つ。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Deadly+Wanderings/

Silumgar Monument / シルムガルの碑 (3)
アーティファクト
(T):あなたのマナ・プールに(青)か(黒)を加える。
(4)(青)(黒):ターン終了時まで、シルムガルの碑は飛行を持つ青であり黒である4/4のドラゴン(Dragon)・アーティファクト・クリーチャーになる。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Silumgar+Monument/


 最後に、頼れる除去呪文のおかげで終盤まで生き延びることができる。そうすればトップデッキでボムを引いて勝てるという寸法だ。


デッキその2:強さ C-
デッキリスト(画像):
http://227rsi2stdr53e3wto2skssd7xe.wpengine.netdna-cdn.com/wp-content/uploads/2015/04/UB-1-1-2-UB-article-deck-2-e1428886777193.png


 一見、このデッキは強そうに見える。回避能力を持ったクリーチャーたちに代表される強そうなカードたちが並んでいるからだ。しかし実際のところ、これは青黒が目指すべき姿ではない。

 終盤は《オジュタイの介入者/Ojutai Interceptor》に頼りきりで、生き延びるために役立つテンポ要素のカードたちはあるものの本当の意味で勝ちにつながるような頼れるカードがなく、対戦相手のゲームプランを止める手段もない。
Ojutai Interceptor / オジュタイの介入者 (3)(青)
クリーチャー - 鳥(Bird) 兵士(Soldier)
飛行
大変異(3)(青)(あなたはこのカードを、(3)で2/2クリーチャーとして裏向きに唱えてもよい。これの大変異コストで、これをいつでも表向きにしてもよい。そうしたなら、これの上に+1/+1カウンターを1個置く。)
3/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Ojutai+Interceptor/


 《払いのけ/Whisk Away》と《エイヴンの偵察員/Aven Surveyor》は相手に干渉するための基本カードだ。《邪悪な復活/Foul Renewal》は強力なカードだがクリーチャーが小粒なこのデッキとの相性は最悪だ。
Whisk Away / 払いのけ (2)(青)
インスタント
攻撃かブロックしているクリーチャー1体を対象とし、それをオーナーのライブラリーの一番上に置く。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Whisk+Away/

Aven Surveyor / エイヴンの偵察員 (3)(青)(青)
クリーチャー - 鳥(Bird) スカウト(Scout)
飛行
エイヴンの偵察員が戦場に出たとき、以下から1つを選ぶ。
・エイヴンの偵察員の上に+1/+1カウンターを1個置く。
・クリーチャー1体を対象とし、それをオーナーの手札に戻す。
2/2
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Aven+Surveyor/

Foul Renewal / 邪悪な復活 (3)(黒)
インスタント
あなたの墓地にあるクリーチャー・カード1枚を対象とし、それをあなたの手札に戻す。
クリーチャー1体を対象とする。ターン終了時まで、それは-X/-Xの修整を受ける。Xは、これによりあなたの手札に戻したカードのタフネスである。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Foul+Renewal/


 このデッキは1枚とれた《シルムガルの解体者/Silumgar Butcher》すらデッキに入っていない。デッキの他のカードとの相性が悪すぎるためだ。《シルムガルの解体者/Silumgar Butcher》のカードパワーに目がくらんで、デッキが構築段階で失敗したとも考えられる。
Silumgar Butcher / シルムガルの解体者 (4)(黒)
クリーチャー - ゾンビ(Zombie) ジン(Djinn)
濫用(このクリーチャーが戦場に出たとき、あなたはクリーチャーを1体生け贄に捧げてもよい。)
シルムガルの解体者がクリーチャーを1体濫用したとき、クリーチャー1体を対象とする。ターン終了時まで、それは-3/-3の修整を受ける。
3/3
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Silumgar+Butcher/


 このデッキはDランクとは言い難いが、紙の束にはかなり近い。万事が上手いこと狙い通りに回ってくれれば勝てる、というデッキだ。


デッキその3:強さ B+
デッキリスト(画像):
http://227rsi2stdr53e3wto2skssd7xe.wpengine.netdna-cdn.com/wp-content/uploads/2015/04/UB-1-1-UB-article-deck-3-e1428886848178.png


 ようやく青黒らしさが見えるデッキになってきた。

 大量の6マナたちのおかげで長引いたゲームで優位に立てるだけでなく、同時に《湿地の大男/Marsh Hulk》や《吐酸ドラゴン/Acid-Spewer Dragon》は序盤にブロッカーとしても降臨してくれる。
Acid-Spewer Dragon / 吐酸ドラゴン (5)(黒)
クリーチャー - ドラゴン(Dragon)
飛行、接死
大変異(5)(黒)(黒)(あなたはこのカードを、(3)で2/2クリーチャーとして裏向きに唱えてもよい。これの大変異コストで、これをいつでも表向きにしてもよい。そうしたなら、これの上に+1/+1カウンターを1個置く。)
吐酸ドラゴンが表向きになったとき、あなたがコントロールする他の各ドラゴン(Dragon)・クリーチャーの上に+1/+1カウンターをそれぞれ1個置く。
3/3
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Acid-Spewer+Dragon/


 《放浪する墓甲羅/Wandering Tombshell》、《マラング川の骸骨/Marang River Skeleton》、《チフス鼠/Typhoid Rats》などは全てゲームを長引かせるのに一役買ってくれるカードたちだ。ゲームが長引きさえすればあとはパワーカードたちが蹴りをつけてくれるだろう。
Wandering Tombshell / 放浪する墓甲羅 (3)(黒)
クリーチャー - ゾンビ(Zombie) 海亀(Turtle)
1/6
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Wandering+Tombshell/

Marang River Skeleton / マラング川の骸骨 (1)(黒)
クリーチャー - スケルトン(Skeleton)
(黒):マラング川の骸骨を再生する。
大変異(3)(黒)(あなたはこのカードを、(3)で2/2クリーチャーとして裏向きに唱えてもよい。これの大変異コストで、これをいつでも表向きにしてもよい。そうしたなら、これの上に+1/+1カウンターを1個置く。)
1/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Marang+River+Skeleton/

Typhoid Rats / チフス鼠 (黒)
クリーチャー - ネズミ(Rat)
接死(これが何らかのダメージをクリーチャーに与えた場合、それだけで破壊される。)
1/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Typhoid+Rats/


 もっともこのデッキをAランクに押し上げるには若干序盤用のカードが足りていない。それでも《命運の核心/Crux of Fate》は頼りになるし、このデッキは青黒が目指すべき姿の非常に良い例だ。
Crux of Fate / 命運の核心 (3)(黒)(黒)
ソーサリー
以下から1つを選ぶ。
・すべてのドラゴン(Dragon)・クリーチャーを破壊する。
・すべてのドラゴンでないクリーチャーを破壊する。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Crux+of+Fate/



デッキその4:強さ A
デッキリスト(画像):
http://227rsi2stdr53e3wto2skssd7xe.wpengine.netdna-cdn.com/wp-content/uploads/2015/04/UB-3-0-2-UB-article-deck-4-e1428886944917.png


 このデッキには長引いたゲームで完全にマウントとれる全てが詰まっている。軽いカードたちが終盤まで生き延びる助けとなってくれて、《毒塗り/Coat with Venom》はアタックにもブロックにも役立ってくれる(攻防のどっちに使うことになるかは対戦相手のデッキ次第だ)。
Coat with Venom / 毒塗り (黒)
インスタント
クリーチャー1体を対象とする。ターン終了時まで、それは+1/+2の修整を受けるとともに接死を得る。(それが何らかのダメージをクリーチャーに与えたら、それだけで破壊する。)
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Coat+with+Venom/


 《切り出した石の従者/Hewed Stone Retainers》はこのデッキに非常によくマッチしている。4/4というサイズは小さいクリーチャーが増えがちなアーキタイプではより頼りになる存在だ。
Hewed Stone Retainers / 切り出した石の従者 (3)
アーティファクト クリーチャー - ゴーレム(Golem)
切り出した石の従者は、このターンにあなたが他の呪文を唱えていたときにのみ唱えられる。
4/4
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Hewed+Stone+Retainers/


 《蓮道のジン/Lotus Path Djinn》はDTKによってさらにその強さを増したカードだ。なぜならKTKの変異/Morphたちに比べるとDTKの大変異/Megamorphたちはそう気軽にこいつに向かってアタックには行けないし、クリーチャーに対して使う呪文やバウンスが増えたおかげで果敢/Prowessも使いやすくなっている。
Lotus Path Djinn / 蓮道のジン (3)(青)
クリーチャー - ジン(Djinn) モンク(Monk)
飛行
果敢(あなたがクリーチャーでない呪文を1つ唱えるたび、ターン終了時まで、このクリーチャーは+1/+1の修整を受ける。)
2/3
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Lotus+Path+Djinn/


 最後に《宝物庫の守衛/Custodian of the Trove》だ。このカードにはいい意味で驚かされた。コントロール気味のデッキであればあるほどいい働きをしてくれる。
Custodian of the Trove / 宝物庫の守衛 (3)
アーティファクト クリーチャー - ゴーレム(Golem)
防衛
宝物庫の守衛はタップ状態で戦場に出る。
2/5
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Custodian+of+the+Trove/


 このデッキはマナカーブのどの段階であっても強い選択肢が用意されている。そのおかげで序盤から終盤にかけてどの段階であっても対戦相手を叩きのめすことができるのだ。



 さて今日はここまでだ。次の君のドラフトでデッキが青黒に落ち着きそうなとき、この記事が何をとるべきかの指針となってくれれば幸いだ。もしこの記事に何か足りないところがあると感じたら、ぜひコメント欄で教えて欲しい。

 それと基本的に平日は動画を配信しているので興味があったらぜひ見てくれ。アドレスは http://twitch.tv/nealoliver88 だ。よろしく!
【翻訳】老魔法使いフェルドンの物語:ロランの微笑み/Loran’s Smile【DailyMTG】
Jeff Grubb
2014年10月27日
元記事:http://magic.wizards.com/en/articles/archive/arcana/lorans-smile-2014-10-27
<編集部より>
 この短編小説は元々1999年に刊行された「The Colors of Magic anthology」に収録されていたものだ。これはアンティキティの物語を部分的におさめたもので、その中には今回の2014年版の統率者で「伝説のクリーチャー」としてカード化されたフェルドンについての物語も描かれている(ちなみにカードはEthan FleischerとIan Dukeが今日のプレビュー記事で紹介している)。

 Ethanがフェルドンのデザインを行うに当たって、この物語を非常に参考にしたそうだ。そこでせっかくだから皆とも共有しようと相成った。楽しんでくれ!

 ロランはあの大破壊の10年後に死んだ。それはウルザとミシュラが起こした戦争によって世界の大半が破壊されたあとのことであり、またそれはアルゴスを消滅させ世界に永遠の変容をもたらした無秩序な大爆発のあとのことでもあった。

 ロランの死因の一部は大破壊のせいと言える。彼女は戦いの中で死んだわけではない。なぜなら彼女は戦士ではなかった。彼女は魔法使い同士の決闘の中で死んだわけでもない。なぜなら彼女の愛したフェルドンと違い、彼女には自身に魔法の素養がないことを知っていたからだ。

 彼女の死は陰謀に巻き込まれたためでもなく、激情に駆られたためでもなく、致命傷を受けたためでもなかった。

 彼女はベッドで死んだ。その体は死から10年以上前に受けた傷によって衰弱していた。その傷をつけたのはミシュラの助手である「冷淡なる」アシュノッドであった。

 衰弱していた体に追い打ちをかけたのは長い冬と冷たい山の空気、彼女の体に刻まれた長い年月、そして何よりもウルザとミシュラの作り上げた世界そのものだった。

 初めの頃は、彼女も庭仕事や料理をするために動き回ることを苦にすることもなく、フェルドンも自身の仕事の傍らに彼女を助けていた。そのうち、庭仕事に出ることが出来なくなった。フェルドンも彼女を支えるため、その指示の元に出来うる限りのことをした。

 そして、彼女は家事をすることも出来なくなった。フェルドンは近くの町から召使たちを雇った。彼女がベッドから起き上がれなくなったとき、フェルドンは彼女の傍らに座り、本を読み上げたり、自身の若いころの話をしたり、彼女の話に耳を傾けたりした。

 しばらくして彼女の口へ食事を運ぶのも彼の仕事となった。

 そして遠からずのうち、彼女が眠りのうちにその生涯を閉じたとき、フェルドンも彼女を長く見守ってきた疲れからその傍らで眠りに落ちていた。彼が目覚めたとき、すでに彼女の体は青白く冷たく、生命の吐息はすでにその肉体を離れて久しかった。

 彼は召使たちに命じて家の裏手に墓穴を掘らせた。その横の今では蔦がはびこっている庭園は、その昔この家に住み始めたばかりの頃、ロランが面倒くさがるフェルドンに無理やり手伝わせて作ったものだった。

 彼女は強い意志をもって何年ものあいだその庭園の手入れを続けてきたが、その後長く(その生涯の果てまで)続いた病の前に、ついに諦めざるをえなかった。そして庭園ははびこる蔦と冷たい雨へと明け渡された。

 彼らがロランを永遠の休息のため横たえるときにも雨が降っていた。ロランはベッドのシーツにくるまれ、厚いオークの板で作られた棺に納められていた。

 フェルドンとその召使たちは短い祈りの言葉をつぶやいた。そして年老いた魔法使いは彼の召使いたちが念入りに穴の中へ土をかぶせるのを見ていた。

 フェルドンの涙は雨の中に溶けて行った。

 その後の数日のあいだ、フェルドンは火の近くに佇んでいた。召使たちはロランにそうしていたように、フェルドンへ食事を運んだ。

 フェルドンの書庫と工房はその後しばらく空虚な姿をさらしていた。本は閉じられ、鍛冶場は冷え、試薬と溶液はガラスのビンの中でただ静かなときを過ごしていた。

 フェルドンは火を見つめ、ため息をついた。彼が思い出していたのは、ロランの手の肌触り、ロランのアーギヴィーア訛り、そしてロランの黒く厚みのある髪の毛だった。

 しかし何より彼の心を占めていたのは、その微笑みだった。少し悲しげで、何かを悟ったようなその微笑み。柔らかで、見るたびにフェルドンの心を温めてくれた。

 今ではフェルドンは第3の道を歩む者となっていた。ウルザともミシュラとも道を違える者、2人の相争う兄弟たちと彼らの奇跡的ともいえる技術力の産物の間隙に新たな道筋を刻むことのできる者。

 山で過ごした記憶が満ちているその心からは強大な魔術の数々もまた引き出すことが出来た。猛火を生み出すことも、大地を動かすことも、雷雲のかたまりを生み出し意のままに操ることすら出来た。

 しかし彼にはロランを癒すことも、その死に行く魂を救うことも出来なかった。彼女の中に命を留めることも出来なかった。彼の魔法は為すべきことを為せなかった。彼の魔法は、彼の愛を救えなかった。

 老人はまたため息を1つつき、その手を火にかざした。彼はその脳の一部にしまわれていた記憶を、彼が過ごしたこの山々の記憶そのものを引き出した。

 彼はこの土地から力を引き出すことが出来た。彼はその業をテレシアの町にある象牙の塔で、ドラフナやハーキル、また修道院の長や他の魔法使いたちとともに学んだ。

 彼は精神を集中した。炎は薪から舞い上がり、その身をよじり、互いのうえにねじれたそれは柔らかな微笑みを形作った。

 それはロランの微笑みだった。

 彼にはそれが精一杯だった。


 そして5回の日の出と5回の日没のあいだ、彼は炎の傍らに座っていた。そのあいだ、召使たちはフェルドンの妻を世話したように、遠からず彼を世話することになるのだろうか、と思いを巡らせた。

 実際、フェルドンは健康な体ではなかった。太り過ぎの体は、その銀の杖(氷河の中心から彼が掘り起こしたもの)の助けなしには歩くことさえ困難だった。彼の黒いあごひげには今では銀色のものが混じるようになり、彼の目元は悲しみと老いからたるみを見せていた。

 召使たちは、フェルドンが二度と暖炉の傍らから立ち上がることはないのではないか、と心配した。

 6日目のことだった。フェルドンは暖炉から立ち上がると彼の工房へと向かった。

 そうしてからすぐに、召使たちの前にメモが現れた。それに挙げられている品々を大至急あつめてくるように、と書かれていた。

 メモに挙げられていたもの、それは厚い銅板、鉄の鋲、様々な金属を紐状に引き延ばしたもの、真鍮の歯車(真鍮が無ければ鋼でも可と書かれていた)、様々な形のガラス容器(これにはイラストとサイズが付いていた)。

 さらには遠く南西へ送るように指示された手紙もあった。

 それから2ヵ月のあいだ、工房は喧騒に包まれた。

 フェルドンは再び鍛冶場に火を入れた。そして小さな金床が耳をつんざくような悲鳴を上げ始めた。山々に眠る魔法の力、それは火そのものであり、フェルドンこそがその支配者だった。

 彼が命ずれば、その熱を適切な場所に必要な量だけ生じさせることができた。それこそがこの老いた魔法使いの力の本質だった。

 命じた物が届き始めた。金属の紐、真鍮ではなく鉄の歯車、銅の板(一部は青銅)。ガラスの容器は若干要望から外れており、フェルドンはそれらを望む形にするために自らガラスを吹くこととなった。

 さらに紐が届いた。それは馬のたてがみをつむいだもので、その長さと太さはまるで人の髪の毛のようにであった。

 2か月後、フェルドンは自身の仕事の成果を眺め、首を振った。

 関節はぎごちなく、腕は変な方向に突き出していた。頭は大きすぎ、髪の毛は材料そのもの、金属の紐と馬のたてがみの寄せ集めにしか見えなかった。目は単なるガラス玉より多少ましなものにすぎなかった。その肩の位置はあまりに高く、腰はあまりに大きかった。

 それはロランには似ても似つかなかった。

 口元のあたりに浮かぶ微笑みの虚像にのみ、ロランの思い出が漂っていた。

 フェルドンはまた頭を振った。大粒の涙が目元に生じた。彼は金槌を振り上げ、目の前の機械人形を粉々に打ち砕いた。

 そして、彼はまた一から始めた。

 彼はロランのノート類を書庫に積み上げた。彼女はウルザ自身とともに学んだことがあり、今回の彼の企てに必要な知識について知っている可能性があった。

 彼は金属の紐を束ね直し、それを腕や脚に通すことにした。今回は完成版の前に、まずは小型の模型から始め、それから実物大のラフな模型へと移った。彼は金属と鉱物だけでなく、動物の骨や木々も素材として用いることにした。

 彼のガラス作製の技術も上がり、ついには近くの村に住まう老婆の目にぴったり合うガラスの義眼を作ってあげることさえ出来るようになった。

 少しずつ、彼は機械人形をロランへと近づけていった。彼女を数多の素材から彫り出すかのように。

 6か月後、彼女は完成した。

 その人型に唯一欠けていたのは心だった。

 フェルドンは辛抱強く待ち続けた。彼は工房で日々を過ごした。その機械人形を磨いたり、動きを試したり、組み直したりした。

 彼が初めてロランに出会ったとき、彼女の両腕は無事だった。のちに彼女はアシュノッドによってその片方を失った。彼は同じようにその腕をつけかえた。そしてついに彼は人型を完全にすることに成功した。

 それから1か月後のこと。

 遠く南西から小包が届いた。ロランとフェルドンがテレジアの町の象牙の塔で学んでいた頃の知り合いである学者から届けられたものだった。

 小包には優しく光る小さなクリスタルの欠片が入っていた。それは彼の目的の心臓部分に位置するもの、パワーストーンだった。大破壊ののち、パワーストーンは失われていく一方だった。しかしそれは今目の前にあった。

 小包には短いメモが付随していた。そこに記されたサインはラト=ナムの学院長であるドラフナのものだった。メモにはただ一言「分かりました」とあった。

 パワーストーンを手にしたフェルドンは、自分の指が震えていることに気付いた。クリスタルを両手に抱き、彼は機械人形に近づいた。工房の中央を守護するかのようにそれは立っていた。

 彼はクリスタルが安置されるべき場所、人間の女性であれば心臓が位置する場所に敷き布を置いた。フェルドンはクリスタルを設置し、蓋を閉めた。

 彼は機械人形を起動すべく、その左耳の後ろに手を回して小さなつまみに触れた。機械人形は生命のきしみを上げた。それはまるで操り人形が突然その紐を引かれたかのようだった。

 その頭が振られ、片側にかしいだ。片足がひきつり、もう片足がだらんと垂れ下がった。片方の肩が少し下がった。

 フェルドンは頷くとその手を上げ、部屋の反対側を指差した。ロランの形をした機械人形はきわめて慎重にその歩みを開始した。まるで長い船旅の果てに久しぶりに地面を歩く女性のように。

 彼女が工房の端に辿りつく頃には、その歩みは普通の人間のそれだった。反対側に辿りついた彼女は振り向き、元の位置へと歩いて帰ってきた。

 そして微笑んだ。内側に隠された金属の紐が唇を反らし、真鍮製の歯が見えた。その微笑みは完璧だった。フェルドンは微笑み返した。ロランが彼を残して去ってから、初めて心から笑みを浮かべた。

 毎日、機械人形は彼の工房で静かに立っていた。フェルドンはそれに話しかけたが、動かすには命令する必要があった。

 最初の1ヶ月はそれでも十分満足だった。

 しかしそれはあまりにも静かだった。甲高い金属の歯車が回る音と金属の紐がひきつれる音を除けば。

 最初のうちはフェルドンはそれでもいいと思った。しかし1ヶ月が過ぎたところで、彼はいら立ちを覚えるようになった。それから彼は耐えられなくなった。

 その沈黙と金属製の唇に浮かぶ完璧なまでの微笑みに耐えられなくなった。それはまるで彼をなじるように、そしてあざけるように見えた。

 彼はそれに話しかけた。そのたびに彼はそれが返事をするはずないことを思い出させられた。彼が生み出したロランは銅の肌と歯車の関節を持った化け物にすぎなかった。それは彼の愛した女性ではなかった。

 ついに彼は、彼女の耳の後ろへと手を伸ばし、小さなつまみに触れた。彼女は停止した。動力が失われるにつれて彼女はその体をこわばらせた。しかしその微笑みは口元に残り続けた。

 フェルドンは彼女の心臓からパワーストーンを取り出し、その石を棚に置いた。そして動きを止めた機械人形を庭園に置いた。ロランの墓を守らせるかのように。

 1週間も経つうちにその金属製の歯車は錆びつき、機械人形は動きを止めたままの姿勢を変えることなく立ち尽くすこととなった。そのガラスの瞳は世界を映したがそれを何一つ理解することはなかった。

 その1週間のあいだにフェルドンは再び暖炉の傍へと戻っていた。揺れる炎をただ見つめていた。まるでその中に彼の知らない秘密を隠しているのではないかと疑うかのように。

 その週の終わりに彼は冷たい雨の中、家を後にした。あとに残した召使たちに留守を頼んだ。彼は小さな馬車に乗って町を離れた。馬車は東へと向かった。それは兄弟戦争によってもっとも大きな被害を受けた方角だった。

 旅する先々で彼は人々に問うた。

 誰か力ある魔法使いを知らないか、と。

 象牙の塔が破壊される前は魔術の道を探求する者も多くいたが、テレジアの町が蹂躙されたのち、彼らは散り散りになってしまっていた。しかしどこかに生き延びたものがいるはずだった。

 彼は商人たちに尋ねた。乞食たちにも尋ねた。農夫たちにも僧侶たちにも尋ねた。

 尋ねた相手のうち、一部は彼が狂っているのだと考えた。また一部は彼を恐れた。この大破壊を引き起こした恐るべき魔法の力を再び呼び起こそうとしていると考えたのだ。

 しかし彼の探し求めるものを理解してくれた者もいた。そんな彼らの中に、フェルドンと同じく第3の道を歩んだ賢者や隠者について知っているものも少数だが存在した。

 そうするうちに「垣の魔道士」のうわさを聞くようになった。

 彼は、馬車を東へ向けた。

 フェルドンはその魔道士をサリンスの町の近くにある廃墟で見つけた。サリンスの町はミシュラに抵抗した大都市の1つであり、その罪により滅ぼされた町だった。

 その土地に多く存在した大森林や山々は、兄弟戦争の兵器たちの燃料とすべく伐採されたり掘り返されたりした。現在のこの地は荒野が広がるばかりで、絶え間ない雨が生み出す小さな川がそこかしこの山峡を縫うように流れていた。

 なんとか破壊をまぬがれた森は絡みつく茨や若木によって覆い尽くされていた。そんな息の詰まるような茨に埋もれた緑の中にフェルドンはくだんの隠者を見つけた。

 彼は自分のわずかなすみかをミシュラの兵士たちから守り抜くことに成功したが、その代償としてその心と精神は崩壊の手前にあった。年月に押しつぶされたかのように曲がった背筋の先にある顔は狂ったような笑いとよだれに覆われていた。

 フェルドンは両手を広げ、敵意がないことを示しつつ近寄った。

 隠者はテレジアの町の評議会と魔道士について耳にしたことがあり、フェルドンの名前も聞き知っていた。彼は笑い声を絶やさず跳ね回りながら、隠者の魔法を伝えるためにフェルドンを彼の森へと招き入れた。

 フェルドンはその見返りに彼の魔法を伝えようと申し出たが、背筋の曲がった狂者はそれを断った。彼は山々やそこから生じる力に何ら興味を示さなかったからだ。

 しかし彼はフェルドンに森の力を伝授した。彼らはともに隠者の領域であるその小さな森を端から端まで何度も往復した。隠者が侵略者に対抗するべく精力的に行ってきたように。

 1ヶ月に渡って教えを受けたことで、フェルドンは老いた隠者と同じくらいその森を熟知した。彼らは多くのことについて語り合った。植物について、木々について、そして季節について語り合った。

 隠者は彼の森の外の世界が次第に寒々しさを増していっているように思う、と言い、フェルドンもそれに同意した。彼自身、家の近くにあった氷河が年々少しずつ膨張を続けているように感じられていたからだ。

 そしてついに彼らは魔法について語り合った。

 フェルドンは自身の魔法を披露した。

 燃え盛る炎から様々な虚像を呼び出した。鳥たちや巨大な竜を次々と呼び出したあと、最後に実に簡単な魔法で、あの長く親しんだ微笑みを炎の中から呼び出した。フェルドンが全てを終えると、隠者は大笑いしながらうなずいた。彼の番だった。

 狂った隠者は立ちつくしながら、腕を組んでいた。フェルドンは何かを言い出そうとしたが、隠者はそれを押しとどめた。

 しばしのあいだ、森の中に静寂が満ちた。

 突如、大きな物音が、いや、突風か轟きと言うべき何かが地面を揺らし、フェルドンの骨をきしませた。地面は彼の足もとで大きく波打ち、たき火は崩れ落ちて揺れる地面を転がった。フェルドンは自分でも気づかないうちに大きな悲鳴を上げていたが、隠者は身じろぎ1つしなかった。

 そしてワームが現れた。

 それは雄々しいまでに大きく、年を経た生き物だった。その昔、ミシュラが生み出したドラゴンエンジンほども大きかった。その鱗は金と緑に彩られ、その暗闇に赤く光る眼には敵意が光っていた。

 それは彼らに向けて短い咆哮を上げると、立ち去り始めた。ワームの長大な胴体が、巨大な鱗の壁のごとく彼らの目の前を通り過ぎていった。

 長い時間ののち、ようやく現れたワームの鞭のようにしなる尾の先端が、まるで暴走する馬車の列のように木々をなぎ倒した。地面の揺れが収まった。

 年老いた隠者はフェルドンに振り向き、深く頭を下げた。フェルドンも礼を返した。そしてこの年老いた隠者がどのようにして彼の森を長い年月にかけて守ってきたかを知った。

 フェルドンは注意深く慎重に彼の抱える問題について語った。愛する人を失ったこと、そして彼の魔法には彼女を取り戻す力がないこと。

 隠者の持つ力にはそれ以上のものがあるのか?

 年老いた隠者は驚いた様子を見せてからにやりと笑った。「そのお相手はまだ生きてるのかい?」と彼は尋ねた。フェルドンはかぶりを振った。隠者は笑みを消した。彼もまた頭を振った。

「俺が呼び出せるのは生きてるものだけさ。それこそが茨のもつ生命の力だからな。だがもしかしたらお前の求める力を持つ何者かの元へ、お前を送ることなら出来るかもしれん」

 フェルドンは次の日の朝、隠者の森を離れて北へと向かった。

 サリンスの地との境にはロノム湖があった。湖はその大地と同じくらいひどい状態にあった。白い砂浜が広がっていたであろう場所には今やまだらに灰色の苔がはびこっているだけだ。澱んだ湖水は粘り気を見せており、その湖面には鼻にツンとくる刺激臭を放つ藻類が緑や赤にてらてらと光っている。

 フェルドンは彼の乗る小さな馬車を湖の外周に沿って走らせた。

 隠者の言葉によれば、湖の岸辺を支配する魔女の領域に立ち入れば嫌でもその徴候に気づくだろう、とのことだった。

 まさにその通りだった。

 岸にへばりついていた灰色の苔は徐々に減り、最後には完全にその姿を消した。かわりにフェルドンがこれまでに見たこともないほどに白くまぶしい砂が広がっていた。

 その先で、砂浜をさえぎるように岸辺に黒い石が細く並べられていた。それらは打ち寄せる波によって丸く滑らかであった。フェルドンは新鮮な空気を大きく吸い込んだ。かび臭い霧の臭いはすっかり消え失せていた。

 彼は非常に澄んだ滝の根元に彼女を発見した。彼女は金の糸を編んで作ったかのような小さな東屋の中にいた。半透明の虹で作られたかのような揺らめくローブを身につけた彼女はフェルドンよりも背が高かった。

 彼女はフェルドンに招き入れた。現れた筋肉質な召使たちが彼に簡素なチーズと乾燥させた林檎という食事を持ってきた。その食べ物は彼女の豪勢な身なりにはふさわしくないようにも感じられたが、フェルドンは何も言わずにただ魔女の馳走を拝領した。

 彼女は彼に探し求めているものが何か尋ねた。彼は答えた。失った愛する者を取り戻そうとしているのだと。彼女は頷き、固い笑みを浮かべた。

「それ相応の代償を必要とするでしょう」

 フェルドンは頭を下げた。そして彼女に求められる代償とは何か尋ねた。「語って頂く必要があります」と彼女は言った。「ロランについて語って下さい。そうすればあなたの願いを聞き届けることも出来るでしょう」

 少しずつ、フェルドンは語り始めた。

 彼はロランについて知っていることを詳細に語った。彼女自身から聞いたことだけでなく、彼女が日記に記していた遠い東の国アルガイヴのことを、さらには彼女がウルザとミシュラの兄弟と過ごした過去の日々のことを、そして彼女がいかにして彼らの進む道に背を向けて新たな道を模索し始めたのかを語った。

 彼は彼女がいかにしてテレジアの町に訪れたかを、そして学者たちに混じり己の探し求める道を究めようとしたか語った。その学者たちの中にフェルドンがいたことも。

 彼は幾度か言い澱んだが、魔女は何も言わなかった。

 彼はいかにして2人が出会ったかを語った。彼らがどのように共に学び、どのように恋に落ちたかを語った。彼はミシュラが彼らの町を襲撃した際にいかにして2人が引き離されたか、そしてアシュノッドの手によってロランがどのような目に遭ったかを語った。

 ロランが2人で過ごした時間の中でゆっくりと癒されていくように見えたことを、しかしその後滑り落ちるように避けられない死へと向かったことを語った。

 語っている最中、彼は何度か口をつぐんだ。その心は彼女の記憶によって生を与えられているかのようだった。彼は彼女の黒い髪を想った。彼女のしなやかな肢体を、彼女の肌触りを、そして彼女の微笑み ― 何よりも大切なその微笑みを想った。

 彼はいかにして彼女が死に至ったかを、そしてその後彼が何をしたかを語った。いかにして彼が機械人形を製作したか。いかにして隠者の元へと向かったか。そしてこの地を訪れたか。

 話すにつれて、彼は魔女の存在を忘れていた。

 ロランが共にいた。

 ついに彼は物語を終えた。そして魔女を見た。無感動なその表情には、しかし一滴の涙が頬を滑り落ちていた。「私は海と空を統べる存在です」と彼女は口にした。

「あなたが山を支配するように、隠者が植物を成長させるように。あなたは私に代償を支払いました。物語という代償。約束通り、私は私に出来ることをしましょう」

 彼女は眼を閉じた。それとともに、ほんの少しの間、金色の東屋を照らしていた太陽が雲の後ろに隠れたかのように暗くなった。そして再び眩しいほどに明るくなり、フェルドンの前にロランがいた。

 彼女は今再び若く健康で、彼女の黒髪はまるで暗い滝のように波打っていた。彼女は彼の見知った微笑みを、いつも彼に向けていたどこか秘密めいた笑みを浮かべていた。

 フェルドンは弾かれたように立ちあがり、彼女を抱きしめようと手を伸ばした。その手は空しく空を切った。まるで煙のように。

 フェルドンの心に炎が燃え盛った。彼は魔女に向き直った。彼女はそれまで寝そべっていた寝椅子から起き上がり、彼の怒りを押しとどめるかのように手の平を向けた。

 それに向けてフェルドンは「現実じゃない!」と吐き出すかのように叫びを上げた。「私の統べる色は青」と魔女は言った。

「青とは空気、青とは水。そして精神と想像です。私には消え去ったものを実際に取り戻すことはできません。その虚像を映すのみ。もしあなたが現実に彼女を引き戻したいと望むのであれば、あなたの求めるものはここにはないでしょう」

「ではどこに? 誰に?」とフェルドンに尋ねられた魔女はためらいを見せた。「どこの誰に?」とフェルドンは再び尋ねた。魔女は水晶のように冷たくきらめくその瞳を彼に向けた。

「北へ向かいなさい。そこに沼があるでしょう。彼はそこで黒を統べる者。彼はあなたが求めるものを取り戻してくれるでしょう。しかし忠告します」と、ここで彼女は柔らかい声で付けたした。「彼の求める代償は私の比ではありません」

 魔女の頬を新たな涙の滴が辿った。

 フェルドンは頭を下げ、魔女の差し出した手の甲に口づけをした。魔女の見た目は若く艶やかであったが、彼の唇が触れたその肌は革のようにざらつきと年月を感じさせた。

 彼は再び馬車に乗り、旅を続けた。

 金色の東屋から少し行ったところで彼は馬車から下りた。そして腰をかがめて光り輝く白い砂浜に手を触れた。それは混じりけのない真っ白な砂に見えたが、その感触は苔むした石ころだった。

 フェルドンは悟ったような頷きを見せてから沼へと向かった。
後編へ続く
http://regiant.diarynote.jp/201411270316357904/

以下の前編からの続き
http://regiant.diarynote.jp/201411270317089927

 ロノム湖の北端には村があった。しかし村が打ち捨てられたためか、湖面が上昇したためかは分からないが、村に立ち並ぶ建物の数々はどれも荒廃した沼に浸かっていた。

 妙に大きく黒い鳥たちが覆いかぶさるように枝を伸ばした木々の上を旋回していた。違う。あれは鳥じゃない。フェルドンは気づいた。

 それはコウモリだった。永遠の薄暗さに包まれたこの地では、すでにコウモリは日中を恐れることがなかった。

 村にはぐらぐらと腐りかけた柵が列を成していた。それは柵というより尖らせた細い丸太を泥に並べたような代物だった。

 門に立っていた血色の悪い守衛たちはうつろな目をした男たちで、ぼろぼろの鎧を身につけていた。彼らはフェルドンを取り押さえようとしたが、彼は巨大な炎の壁を呼び出して彼らを遠ざけた。

 守衛たちは炎の壁を前に後ずさると、互いを素早く見やってから、フェルドンを彼らの主の元へと案内した。

 彼らの主人は蜘蛛のような男だった。彼は巨大な髑髏から彫り出した玉座の上から客人を出迎えた。フェルドンは森の隠者が召喚した巨大なワームを思い出し、目の前の男が腰を下ろしている巨大な髑髏もまた同様のワームから得たものなのだろうか、と考え込んだ。

 沼の支配者は腹の突き出た小男で、その頭には毛一つなかった。男は、フェルドンが自身の探求の旅について話しているあいだ、ずっと玉座の片隅にだらしなく身をもたれていた。

 フェルドンは、愛する者を失ったこと、そして目の前にいる彼になら彼女を取り戻すことが出来ると聞いたことを伝えた。男は水っぽくつっかえるような笑い声を上げた。

「俺は黒魔術の使い手だぞ、赤野郎」と彼は言った。「確かに俺は生命と死の力を知っている。さてお前は俺に払うべき代償を持っているのかな?」

「その代償とは?」とフェルドンは尋ねた。

 沼の支配者はその毛一つない顎で、ある物を指し示した。

「お前の杖が欲しい」

 フェルドンは固く銀の杖を握りしめた。

「これを手放すことはできない。遥か昔に氷河から引き抜いてからずっと私と共にある。すでに私の体の一部なんだ」

「おやおや」と男は言った。「お前の愛はそんなものか? なんと薄っぺらく儚いものだろう。そんな鉄くずの塊ひとつ手放せないとは」

 フェルドンは目の前の蜘蛛のような男を見た。次にその手にあるルーン文字の刻まれた杖を見た。彼は杖を差し出した。

「素晴らしい」と沼の支配者はひきつるように笑い、杖を受け取った。「それでは始めようか」

 それから3日間、フェルドンは支配者から教えを受けた。彼は村を囲む湿地帯を覚えた。さらにはそのべっとりと粘りつく土地の感触を脳裏に刻み込んだ。

 彼がその人生の大半を過ごした冷たく澄んだ山々とはあまりにも異なる世界だった。彼は自身に汚れが満ちていくのを感じた。

 3日目の終わりに、うつろな目をした守衛たちはフェルドンを小さく窓のない小屋へと連れていった。それは村の外れ、例の柵のすぐ傍に位置していた。

 そこでフェルドンは沼の支配者によって教えられた呪文を唱える準備を始めた。獣脂から作られた1本の蝋燭の明かりのもとで、フェルドンは精神を解放し、瞑想を始めた。通常であれば彼は山々に思いを巡らすところを、しかし今は周囲の沼地を脳裏に思い浮かべた。

 その地の水っぽい粘り気のある泥が彼を呑み込み、全身を覆うのを感じた。そこには力があった。彼は呪文の言葉を唱え、そしてロランを呼んだ。

 蝋燭が一瞬揺らめき、フェルドンの背後で壁に映る彼の影が大きく揺れた。彼の遥か頭上でマングローブの木々の枝を強風が揺らした。その音はまるで湖が巨大な波で村を呑み込もうとしたかのようだった。

 そして静寂が全てを支配した。

 そのときだった。外から足音が聞こえた。

 それはゆっくりと力なく進んできた。厚い泥を引きずる音が聞こえてくる。それは泥の中をよろめき這いずるように進む何かの音。

 フェルドンの心臓の鼓動が高まる。成功したのだろうか?

 何か重たく濡れたものが扉にぶつかる音がした。まるで濡れた袋を叩きつけたような音だった。フェルドンはゆっくりと苦労して立ちあがった(彼は頼りとなる杖を失っていた)。そして扉に急いだ。

 扉をもがくように叩く音が再び響いた。そしてまた。フェルドンは手を伸ばしドアノブをつかんだ。

 そして悪臭が鼻をついた。

 何かが崩壊しかかったかのような、じっとりとした土と腐りかけた肉体の臭い。それは死の臭いだった。フェルドンの心は冷えた。彼は気づいた。沼の支配者の呪文が何を為したかに。

 扉を叩く音が再び響いた。開こうとする扉に、しかしフェルドンはその身を押し付けた。外にいる者が何であれ、それを内に入れないために必死に押さえつけた。

 呪文が成功したかどうかを知りたくなかった。

 見たくなかった。

 扉を叩きつける音は止まず、流れる水が詰まったようなごぼごぼという叫びが外から聞こえた。フェルドンの心臓は張り裂けんばかりになった。彼は唱えてしまった呪文を打ち消そうと必死に自身の内側へと意識を向けた。呼びだした扉の向こう側の何かをその元へと送り返すために。

 そして死の臭いは去っていった。再び静寂が満ちた。

 フェルドンは扉にもたれかかったまま、じっとしていた。朝が来るまで、彼は全身全霊をかけて扉を押さえていた。朝が来て、彼はゆっくりと扉を開いた。

 外の泥には足跡一つ無かった。

 それどころか、村が丸ごとその姿を消していた。うつろな目をした守衛も、沼の支配者も、何もかも消え失せていた。水におぼれるような声で彼を呼ぶ声の主もいなかった。

 フェルドンはよろめくように馬車へと戻った。途中一瞬だけ立ち止まり、黒い流木を拾った。杖が必要だった。彼は一度も振り返らなかった。
 旅を続けるにつれて、大地は再び乾き始めた。彼は湖をぐるりと迂回した。それは家に帰るためだった。彼は残してきた庭園に何を見るかを考え、恐怖した。

 村まであと3日の距離まで来たところで、彼は西の町にいる学者の話を聞いた。半ば好奇心に駆られるように、半ば恐怖から遠ざかるために、彼は馬車を西の町へと向けた。

 学者はカビ臭い廃墟にいた。そこは昔、神殿の書庫だった。その建物は遠い昔に地震によって崩壊し、風雪が書物の大半を駄目にしていた。しかしぼろぼろの本や呪文書を前に学者は機械仕掛けの鳥のように飛び跳ねていた。

 ひょろっとした体の彼はフェルドンを歓迎すると、その分厚い眼鏡の向こうから彼を見やった。フェルドンは語った。彼が失ったものの話を、そしてそれを再び得ようとして失ったものの話をした。

 彼は隠者について、魔女について、そして沼の支配者について語った。彼は話を終えると学者は分厚いレンズの向こうで目をぱちくりさせた。

「で? どうしたいんだい?」と彼は聞いてきた。フェルドンは苛立ちのため息をもらした。

「私はロランを取り戻したいんだ。魔法が何でも出来るなら、なぜ取り戻せないことがある?」

「そりゃ出来るだろうさ」と学者は言った。「問題はそこじゃない。君は本当にそれを望んでいるのかどうかさ」

 今度はフェルドンが目をぱちくりさせる番だった。学者は楽しげな笑みを浮かべた。

「緑は命を呼ぶ。黒は死を呼ぶ。青は命の影を見せる。そして赤は破壊する。破壊することも重要なことなんだよ。とても重要なことさ。だって大抵の場合、何かを作ろうとすれば何かを壊さないといけないからね。僕が学んでいるのは白魔法だ。知識と理解の魔法だ」

「彼女を蘇らせることはできるのか」と尋ねたフェルドンの声は震えていた。沼地の記憶は今なお彼と共にあった。

「いいや、無理だね」という学者の答えに、自分でも意外なことにフェルドンは安堵のため息をもらした。学者は続けて「だけど全く同じ複製を作ることならできるかも」と言った。

「機械人形で試したさ」

「僕が言っているのは歯車と紐じゃなくて魔法の話だよ。そのものを作り出せるよ」

「よく分からないな」

「そうだなあ、君は魔法で炎を操るじゃないか」と学者は説明を始めた。「だけど君は決して炎を生み出しているわけじゃない。どちらかというと魔法の力を炎の形に変容させているというべきだ。生み出されたものはあらゆる面において炎だけど、それは魔法によって生み出されたものだろう?」

「しかし実際の火を操ることもあるし、隠者が呼びだした巨大なワームは?」

 学者は面倒くさげに手を振った。「同じことだよ。用途が違うだけだ。確かにその場合は実際の炎や実際のワームが操られてることになる。だけど結局は魔法の力で変容させられたものだ。今だけでいいから、ちょっと考えを変えてみてくれ。魔法の力で何かを一から生み出せる、そう考えてみて欲しいんだ」

 フェルドンはゆっくりと頷いた。

「もし対象物についてきちんと理解すれば、それを何度でも魔法で生み出すことも可能なんだよ」

 フェルドンは再び頷いた。

「もし君が僕からきちんと学べば、君は何が人を学者たらしめているかを理解することになる。そうすることで君はこの先に何度でも僕のもつ学者らしさを呼びだすことが出来る。その知識を頼ることが出来るわけだ」

 フェルドンは困惑げに頭を振った。

「理解したか、自信がないな」

「2週間でいい。僕の下で勉強したまえ」と学者はフェルドンに言った。「それで僕を理解できるか試してみようじゃないか。僕に話しかけちゃ駄目だ。ただ僕に食べ物を持って来てくれ。2週間でいい。それが僕の求める代償さ。ああ、それといつか僕と他の学者を君の書庫に招いてくれなきゃだね。契約成立?」

 それから2週間というもの、フェルドンは学者へ食事を届け続けた。寝たきりになったロランへフェルドンがそうしたように。

 フェルドンは魔法で小さな炎を呼びだし料理を作った。そのあいだ、学者は崩れかけた神殿の書庫で虫食いの本や朽ちかけた呪文書を注意深く読み進めていた。

 最初の2日間は、学者はまるで陽気な鳥のように楽しげに動きまわっているようにしか見えなかった。しかし2日過ぎてからすぐに、フェルドンは学者の無秩序に見える動きに理由があることに気づいた。学者の動き1つ1つに確かな意図があることが見えてきた。

 彼は学者が何を考え、何を知っているかを理解し始めた。そのあいだ、学者は食事を受け取りつつもずっとフェルドンがいないかのように無視し続けた。

 2週間が過ぎた。学者はその小さな体をフェルドンに向けて「僕を召喚してみな」と言った。

 フェルドンはかぶりを振った。

「なんだって?」

「2週間のあいだ僕を観察し続けただろ?」と学者は言った。「僕を魔法で召喚できるか試してみてくれよ」

 フェルドンはまばたきした。

「だけど、君はもうすでにここにいるじゃないか」

「だから僕をもう1人呼びだすのさ。君にはそれだけの力がある。さあ!」

 フェルドンは深く息を吸いこみ、大地の力を呼び起こした。彼は分厚い眼鏡をかけた学者の姿を、朽ちかけた書物や羊皮紙を休みなくひっかきまわす彼の姿を思い描いた。彼は生命を形作る根源的な何かを一箇所に呼び起こそうとした。

 一瞬ののち、学者とまったく同じ姿をした人間が生み出されていた。

 いや、違う。まったく同じではなかった。

 まず新たに生み出された学者は元のよりも背が高かった。さらにその皮膚は妙に赤くぼやけていた。しかしそれはやせており分厚い眼鏡をかけており規律正しかった。

 学者(本物の方)は、生み出された学者に近づいて眼鏡ごしにそれを眺めた。複製の方もまったく同じ動作を見せた。フェルドンは驚いた。「本物なのか?」とようやく声を絞り出した。

 学者は手を伸ばして複製の彼に触れた。相手もまったく同じ動作をする。

「触った限りはね。細部は色々と違ってるけど、まあ、なんだ。君は僕を呼びだすことが出来たわけだ。君は僕の「学者らしさ」を形作る本質的な何かを召喚できたわけだよ。僕のことを常に頭の片隅に残しておくことで、いつでもこの僕を連れて歩くこと出来るわけさ。だけどこいつは僕じゃない。あくまで僕が僕だよ」

 フェルドンは学者の言ったことを理解しようとした。そして尋ねた。

「それで私はこの……この君で何が出来るんだ?」

「学者に期待することさ。調査とか調べ物とか何かを知ろうとすることとか……」そこで彼は少し楽しそうに付け加えた。「だけど僕は戦闘については何も知らないし、行ったことの無い土地についても何も知らない。それは僕の学者としての本分を超えた領域さ」

「私は同じことを……ロランで出来る、と?」

 2人の学者が同時に頷いた。フェルドンは複製した学者が煩わしくなったので魔法の力を打ち切った。新たに生み出した方の学者は雨か雪のようにぼやけて消えた。

「失った恋人を召喚すればいい。もし君が本当にそれを望むならね」

 フェルドンは家路を進む道がら、学者の最後の言葉を何度も思い返していた。馬車は街道の石を跳ね上げながらがたごとと進む。彼が家に着くころには天気は雨に変わっていた。召使たちは暖炉に火をくべていた。

 家に入る前に彼はロランの墓を確認しに行った。それは生気なく立ちつくす錆びた機械人形の下にあった。地面は滑らかで荒らされた様子もなく、それを見た彼の気持ちは少しだけ軽くなった。

 彼は召使たちに感謝すると工房へと向かった。布のかかったテーブルや色とりどりの試薬で満ちたガラス瓶が並ぶ中で、彼は集中を始めた。

 彼はロランを思い出した。

 彼女の肌触りや彼女の黒い髪の毛が滝のように揺らめく様子だけではなく彼は「ロラン」を思いだしていた。彼女が楽しかったときの様子を、彼女が怒っていたときの様子を、彼女が庭いじりをしていたときの様子を、そして彼女が死に瀕していた様子を。

 そしてフェルドンはロランのことを想った。彼女と過ごした日々を想った。彼女の若かりし日の物語を、そして共に過ごした研究と日常の日々を想った。彼女と共に過ごした楽しい日々、彼女を失ったときの悲しい日々がまるで巨大な泡のように彼の内側から浮かんできた。

 フェルドンはそれぞれの土地で得て来た記憶をその泡に込めた。山々で過ごした記憶、森で、岸辺で、沼で、神殿で過ごした記憶を魔法と生命の力で泡に込めた。

 フェルドンが目を開いたとき、そこにロランがいた。

 彼女は完全に若い頃のままだった。彼が初めてテレジアの町で出会ったころのままだった。彼女は彼に見知った微笑みを向けた。

「私はここで何をしているのかしら」

「君は死んだんだ」とフェルドンは言った。その声は震えていた。彼女は頷いた。「そうね。覚えているわ。それで私はなんでここにいるのかしら」

「君が恋しかったから」

「私もあなたがいなくてさみしかったわ」と呪文で生み出されたロランはフェルドンを抱きしめようと手を差し伸べた。フェルドンは身を引いた。自分でも理由が分からなかった。ロランは一瞬動きを止めた。そしてフェルドンに尋ねた。

「どうしたの?」

「君はロランじゃない」と長い沈黙のあと、フェルドンは言った。

「もちろん違うわよ」彼女の口調は彼の記憶にあるままだった。陽気なアーギヴィーア訛りだった。「あなたも私もそれを分かっているわ。あなたは知っていたはずよ。私があなたの記憶にある私以上にも以下にもならないことをね。あなたが覚えているロランは自分に嘘をつかず、強い女性だった。私は彼女よ。あなたの気持ちから生まれたロラン。私はあなたの記憶にあるロランなの」

「君は思い出なんだな」とフェルドンはため息をついた。「楽しかった頃の君との記憶なんだ。だけど、そうか、私は君を思い出に留めておかなければいけないんだ。ここにいる君は、庭園で立ちつくしている機械人形と変わらない。君だったものの偽物に過ぎない。ごめん。君を取り戻すためになんと苦労したことだろう。だけど、私は君をここに留めておくことができない」

「じゃあ私はなぜ呼び出されたの?」

「私が」とフェルドンは大きく息を吸い込んだ。「私がさよならを言うためにさ」

 ロランはじっと動かなかった。そしてかすかに微笑み、最後にこう言った。

「分かったわ」

 フェルドンは彼女に近づき、その体を抱きしめた。腕の内側にいる彼女はまるで彼の知っているロランのようだった。彼の記憶にあるロランの全てがその内側に、彼が魔法で生み出したその生き物の内側にあった。彼らがその身を離したとき、どちらの目にも涙が光っていた。

「さよなら」

 そう言ったフェルドンの声には深い愛情がこもっていた。

「さよなら」と彼女は答えた。

 フェルドンは魔法の力を打ち切った。ロランの姿が少しずつ揺らぐ。「分かったよ」と、消え去りゆくロランの姿にフェルドンは言った。「ようやくだ。ようやく分かった気がする」

 最後に残ったのは見知ったあの微笑み。

 それもすぐに消えて無くなった。

 フェルドンは彼の書庫と工房へと戻った。もう長い事も放っておいてしまったあれこれを片づけるべく。

 それから数週間ののち、例の学者がフェルドンの玄関先に姿を見せた。フェルドンは節約のために召使たちを帰しており1人だった。学者は1人でいるフェルドンを楽しげに見やった。

 食事のあと、鳥のような学者は「それで、失った愛はどうなったんだい?」と尋ねた。それに対し「失われたよ」とフェルドンは深いため息を返した。

「それを取り戻すのは私の力の及ぶところではなかった。私の力で叶えるには私の望みはあまりにも大きすぎた。だけど……そう、私はさよならが言えたんだ」

「それは君が本当に望んだことだったのかい?」

「それが私が本当に望んだことだったんだよ」

 学者はフェルドンの書庫で3週間のときを過ごしてから帰っていった。しかし学者は帰る前に、いつか探究心豊かな弟子をこの家へ送りつけると約束していった。

 それからずっと、学者や魔道士の卵たちが彼の家を訪れるようになった。フェルドンは約束を忘れていなかったので、彼らが書庫へと向かうのを止めるようなことはなかった。

 彼らとの夕食のあいだ、フェルドンは彼の物語を、彼が魔法から何を学んだかを話して聞かせた。訪れる魔道士志願者の若者たちは、ときに礼儀正しくそれを拝聴し、ときに熱心にそれに聞き入った。

 皆が寝室に向かったあと、ときどきこっそりと階下へ降りてくる魔道士もいた。そんなとき魔道士は、フェルドンがたき火の傍に座って炎で微笑みを形作るのを見た。フェルドンが見知った、柔らかな微笑み。

 それを眺める年老いた魔法使いはとても満足そうだった。
著者について:
 Frank Karsten はマジックを遊び続けて15年たつプレイヤーであり、いくつもの輝かしい戦績を残している。たとえば 3回のプロツアートップ8入賞、6回のグランプリトップ8入賞、そして325点の生涯プロポイントだ。
 それにマッドサイエンティストかつ分析界の十字軍としての名声が加わったことで、彼は2009年にプロツアー殿堂入りを果たしている。現在の彼は、European event coverage team の一員である。

【翻訳】フランクな分析 - 理想的なマナカーブをコンピュータにシミュレートしてもらった件について/Frank Analysis - Finding the Optimal Mana Curve via Computer Simulation【CFB】
Frank Karsten
2014年07月29日
元記事:http://www.channelfireball.com/articles/frank-analysis-finding-the-optimal-mana-curve-via-computer-simulation/

 マナカーブという概念はマジックの理論における基礎の1つだ。その本質は「デッキはバランスのとれた各種マナコストで構成されているべき」という考えだ。そうすることで君は毎ターン効率的にマナを使い切ることができる。この概念は今やマジックの理論の根底を成すものとなり、デッキのカードを広げる際にマナコスト順に並べるのは見慣れた風景となった。

 しかし最適なマナカーブとはなんなのだろう? そもそもそのようなものはあるのだろうか?

 この問いへの解答は様々な要素に左右される。もっとも重要な要素は「ゲームが何ターン後に終わることを想定しているか(how many turns you expect a game to last)」だろう。

 言い換えれば「その環境の速度」だ。

 スタンダードを例にとってみよう。私の経験則によれば、多くのゲームは実質的に5ターン目には終わっている。本当にゲームの勝敗がつくまでにはもう数ターンかかるかもしれないが、そこまでゲームが進めば大抵の場合すでに片方のプレイヤーが挽回不可能な差をボード上に展開している。

 よって、問題は5ターン目までのカーブを確認することとなる。理想的なカーブは1ターン目に1マナ、2ターン目に2マナ、以降も同様にマナを完全に消費していくことだ(これにより消費されるマナの量は最初の5ターンで1+2+3+4+5=15マナとなる)。

 このように完全なカーブを描いた場合、最初の5ターンに不十分な(たとえば10マナ程度分の)呪文しか唱えることが出来なかった対戦相手を打ちのめすことができるだろう。

 そのようなわけで私は最初の5ターンのあいだに消費されるであろうマナの量を最大限にする60枚デッキを考えてみようと思う。また同様の試算をより速い環境(3ターン目か4ターン目までしかマナを使わない環境)や遅い環境(6ターン目までマナを使う環境)で行ってみるつもりだ。

 これを実践するために私はプログラムを1つ書いた。全てのパターンのデッキについて無数のゲームをシミュレートし、それぞれのゲームで消費された総マナコストを試算するためのプログラムだ。

 コードはここ(註)に置いてある。これは私が数年前に最適なアグロデッキを定めるために作ったプログラム(註)を元にしたものだ。
(註) ここ
 原文では以下のURLへリンクが張られている。
 http://pastebin.com/ZYi5ErYh

(註) アグロデッキを定めるために作ったプログラム
 原文では以下のURLへリンクが張られている。
 http://www.channelfireball.com/articles/frank-analysis-finding-the-optimal-aggro-deck-via-computer-simulation/


前提条件(Assumptions)

■その1
 デッキには任意の1マナ呪文、2マナ呪文、3マナ呪文(以下略)が入っているものとする。それが何であるかは問わない。《思考囲い/Thoughtseize》だろうが《稲妻/Lightning Bolt》だろうが《サバンナ・ライオン/Savannah Lion》だろうがかまわない。色の制限も問わない。今回確認したいのはマナコストの最大化であり、カード名は問題ではない。

■その2
 全てのゲームで先攻をとるものとする。

■その3
 マリガンの判断はは最適化されたものを用いる。それは動的なプログラムによって定められている(ここ(註)に説明があるので参照して欲しい)。

■その4
 毎ターン、可能であれば土地を置き、使用可能な量のマナで唱えられる最大コストの呪文を唱える。その後、もしアンタップ状態の土地が残っていれば、再度その時点で用いることができるマナの量で唱えられる最大のマナコストの呪文を唱える。それを繰り返す。

 なお、この方法をとった場合、4ターン目に(2枚の2マナの呪文ではなく)3マナの呪文唱えることになる。しかしそれはそれでおかしくはない。その時点では3マナの呪文のほうがよりゲームに大きな影響力を与えうるからだ。
(註) ここに説明がある
 原文では以下のURLへリンクが張られている。
 http://www.channelfireball.com/articles/frank-analysis-finding-the-optimal-aggro-deck-via-computer-simulation/

 さあ結果だ!


構築(60枚デッキ)

3ターン目にゲームが終わる環境の理想的なマナカーブ

 1マナ
     17枚
 2マナ
     13枚
 3マナ  
     05枚
 土地
     25枚

 これは非常に速い構築環境を想定している。大体3ターン目にはゲームが終わってしまうような環境だ。上記のデッキで1~3ターン目に消費されるマナコストは平均で 5.57 となる。

 25枚の土地は多すぎるように思うかもしれない。しかしこう考えてみれば分かるだろう。3ターンまでしかゲームが続かないためマナカーブを効率的に描くために必要なカードは非常に少なく、またどうしても3ターン目まで土地を置き続けたい。そんな環境なのだ。


4ターン目にゲームが終わる環境の理想的なマナカーブ

 1マナ
     09枚
 2マナ
     13枚
 3マナ  
     09枚
 4マナ
     03枚
 土地
     26枚

 この4ターン目までしか存在しない環境というのはたとえばモダン環境だ。

 3ターン目までしかない環境に比べるとデッキの平均マナコストはより高い方へとシフトしている。また同様に土地の枚数も増えている。上記のデッキで1~4ターン目に消費されるマナコストは平均で 8.44 となる。


5ターン目にゲームが終わる環境の理想的なマナカーブ

 1マナ
     00枚
 2マナ
     12枚
 3マナ  
     09枚
 4マナ
     07枚
 5マナ
     03枚
 土地
     29枚

 5ターン目までしか存在しない環境の例として適切なのはスタンダード環境だろう。

 1マナの呪文がまったくないという点は注目に値する点だろう。どうやら消費されるマナコストを最大化しようと考える場合、1マナを完全にあきらめてでもより後半のターンを重視することが得策らしい。

 上記のデッキで1~5ターン目に消費されるマナコストは平均で 11.78 となる。

 このデッキの最適なマリガン戦略の詳細も興味深い。全て説明しようとすると少々複雑すぎるかもしれないが、簡単にまとめると大体以下のようなものだ。

  ・土地が「0枚、1枚、6枚、7枚」のときはマリガンする
  ・土地が2枚の場合、3マナ以下のカードが2枚以上あればキープ
  ・土地が3枚の場合、3マナ以下のカードが1枚以上あればキープ
  ・土地が4枚の場合、全ての呪文のマナコストの合計が12以下であればキープ
  ・土地が5枚の場合、全ての呪文のマナコストの合計が 5~8 であればキープ


6ターン目にゲームが終わる環境の理想的なマナカーブ

 1マナ
     00枚
 2マナ
     07枚
 3マナ  
     11枚
 4マナ
     07枚
 5マナ
     05枚
 6マナ
     01枚
 土地
     29枚

 この6ターン目までしか存在しない環境というのはたとえばブロック構築だ。見てのとおり、環境がより遅いターンまで続くほど、より軽い呪文が減り、重い呪文が増えていく傾向がある。上記のデッキで1~6ターン目に消費されるマナコストは平均で 15.53 となる。


リミテッド(40枚デッキ)

5ターン目にゲームが終わる環境の理想的なマナカーブ

 1マナ
     00枚
 2マナ
     08枚
 3マナ  
     07枚
 4マナ
     04枚
 5マナ
     02枚
 土地
     19枚

 とんでもなく早いリミテッド環境における最適のマナカーブがこれになるだろう。上記のデッキで1~5ターン目に消費されるマナコストは平均で 11.92 となる。

 この平均値は構築環境における「5ターン目まで」よりも少し高い。これは、40枚デッキのほうが60枚デッキよりも初手のブレが少ないためだ。


6ターン目にゲームが終わる環境の理想的なマナカーブ

 1マナ
     00枚
 2マナ
     05枚
 3マナ  
     06枚
 4マナ
     05枚
 5マナ
     03枚
 6マナ
     01枚
 土地
     20枚

 これがおそらく通常のリミテッド環境における最適のマナカーブとなる。上記のデッキで1~6ターン目に消費されるマナコストは平均で 15.78 となる。

 個人的に20枚の土地は多すぎるように感じられるが、プログラムのアルゴリズムが最初の6ターン目の最適化しか考えていないことを考えれば分からないでもない。リミテッドでは場が膠着してゲームが長引くことが往々にしてあり、そうした場合マナフラッドが問題となる、ということを考慮に入れていないためだ。

 いずれにしても、上記のマナカーブは私が通常作成する際のマナカーブに近いものなので、この結果がそれほどおかしいものだとは思っていない。

 この時点で気になったのは、もし私が常に後攻を選択した場合どうなるのか、ということだ。その場合の最適なデッキは前述したものとほぼ同じだ。ただ1つ違いがあるとすれば、2マナが1枚増えて、土地が1枚減る。

 この結果は私がリミテッドでよく選択する戦法(後攻の場合、土地を1枚サイドアウトする)に合致する。


7ターン目にゲームが終わる環境の理想的なマナカーブ

 1マナ
     00枚
 2マナ
     01枚
 3マナ  
     06枚
 4マナ
     05枚
 5マナ
     04枚
 6マナ
     03枚
 土地
     21枚

 これはおそらく通常より遅めのリミテッド環境における最適のマナカーブだ。上記のデッキで1~7ターン目に消費されるマナコストは平均で 19.94 となる。

 2マナの呪文が1枚しか入っていないのが素晴らしい。2ターン目にマナを使えるチャンスが非常に小さくなってしまうことは間違いないが、しかし長引いたゲームの後半に2マナのカードを引きたくないという気持ちのほうがずっと強いはずだ。

 これは構築デッキによくある一見奇妙な1枚差しのカードの根拠に似ている。大抵の場合、カーブに沿うようにスロットを埋めるためなのだ。


比較と注意事項、そして最後に一言

 というわけで、私はいくつかのシンプルな前提条件を設定することでコンピュータに「理想的なマナカーブがどのようなラインを描くべきか」という叩き台を作らせるシミュレーションを行わせることができた。

 シミュレーションから得られた結果はここ最近のグランプリのトップデッキに見られる平均的なマナカーブと似たものとなっている。ただ2つの点においてのみ、これらは一致しない。

 大会のデッキを私のシミュレーションと比較すると、それらは「より多くの1マナ呪文」と「より少ない土地枚数」でデッキを組んでいる。

 この点についてはすでにこの記事でもその理由を説明している。私のシミュレーションで土地の枚数が多いのは、常に特定のターン数でゲームが終わるという前提に基づいているためだ。

 1マナの呪文についても説明しておこう。1ターン目の《エルフの神秘家/Elvish Mystic》や《火飲みのサテュロス/Firedrinker Satyr》は場の形成に非常に大きな影響を与える。これはアグロデッキを用いているときに顕著だ。

 私のアルゴリズムでは、1ターン目にプレイされる1マナは5ターン目にプレイされる1マナと同じ価値しかもたない。つまり1マナの呪文が1ターン目に与える影響について正しく測れていない。

 その結果、大会で実績を残しているデッキは、私のシミュレーションが導き出した最適なマナカーブよりも多い枚数の1マナ呪文を採用しているわけだ。

 また、参考までに、全体の一部ではあるがモダン、スタンダード、リミテッドで結果を出したデッキの平均的マナカーブを以下に紹介しておこう。

 まずモダン環境からだ。

 最近のグランプリ(ミネアポリス、リッチモンド(註))のトップ4のデッキの平均的なマナカーブは以下の通りだ(訳注:括弧内の数字は「構築の60枚デッキで、4ターン目にゲームが終わる環境の理想的なマナカーブ」を訳の際に参考のため付記したもの。原文にはない)。

 1マナ
     13枚(09枚)
 2マナ
     12枚(13枚)
 3マナ  
     06枚(09枚)
 4マナ
     05枚(03枚)
 5マナ
     01枚(00枚)
 土地
     23枚(26枚)
(註) ミネアポリス、リッチモンド
 原文ではそれぞれ以下のURLへリンクが張られている。前者がGPミネアポリス、後者がGPリッチモンドのグランプリ公式サイト。
 http://archive.wizards.com/magic/magazine/article.aspx?x=mtg/daily/eventcoverage/gpmin14/welcome
 http://magic.wizards.com/en/content/grand-prix-richmond-2014-welcome


 次にスタンダード環境だ。

 最近のグランプリ(シカゴ、モスクワ(註))のトップ4のデッキの平均的なマナカーブは以下の通りだ(訳注:括弧内の数字は「構築の60枚デッキで、5ターン目にゲームが終わる環境の理想的なマナカーブ」を訳の際に参考のため付記したもの。原文にはない)。

 1マナ
     04枚(00枚)
 2マナ
     11枚(12枚)
 3マナ  
     09枚(09枚)
 4マナ
     06枚(07枚)
 5マナ
     04枚(03枚)
 6マナ
     01枚(00枚)
 土地
     25枚(29枚)
(註) シカゴ、モスクワ
 原文ではそれぞれ以下のURLへリンクが張られている。前者がGPシカゴ、後者がGPモスクワのグランプリ公式サイト。
 http://magic.wizards.com/en/events/coverage/gpchi14
 http://magic.wizards.com/en/events/coverage/gpmos14


 最後にリミテッド環境だ。

 M14リミテッド環境のグランプリ(オークランド、プラハ)のトップ4のデッキの平均的なマナカーブは以下の通りだ(訳注:括弧内の数字は「リミテッドの40枚デッキで、通常のリミテッド環境における最適のマナカーブ」を訳の際に参考のため付記したもの。原文にはない)。

 1マナ
     02枚(00枚)
 2マナ
     05枚(05枚)
 3マナ  
     07枚(06枚)
 4マナ
     06枚(05枚)
 5マナ
     02枚(03枚)
 6マナ
     01枚(01枚)
 土地
     17枚(20枚)
(註) オークランド、プラハ
 原文ではそれぞれ以下のURLへリンクが張られている。前者がGPオークランド、後者がGPプラハのグランプリ公式サイト。
 http://archive.wizards.com/magic/magazine/article.aspx?x=mtg/daily/eventcoverage/gpoak13/welcome
 http://archive.wizards.com/magic/magazine/article.aspx?x=mtg/daily/eventcoverage/gppra13/welcome


 先に説明した以外にも私の分析にはいくつかカバーしきれていない点(various additional limitations)がある。

 まずコンバットトリックや除去呪文(たとえば《剛力化/Titanic Growth》や《稲妻の一撃/Lightning Strike》)がカーブに沿う形でプレイされることはほぼない。そのためこれらのカードをリミテッドデッキにおける「2マナ域」と見なすことは誤りだろう。

 さらに私の単純化された分析ではドロー呪文、起動型能力、マナクリーチャー、そしてマナのつぎ込み先となる能力などが考慮されていない。たとえば授与や奮励といったメカニズムは序盤にも終盤にもマナを最大限に活用できるという点で非常に強力なものだ。しかし私のシミュレーションはこれらのような汎用性の高いカードを計算に含められるほどレベルの高いものではない。

 しかし、言い換えれば、これらの点を無視することでマナカーブの問題についてシミュレーションを実際に行うことが可能となったのだ。いつか君たちがデッキ構築をする際、私の解析した「理想的なマナカーブ」のデータをまずは良き指針として用いてもらえれば幸いだ。

 完璧なマナカーブを得ることがマジックの全てではない。

 しかしデッキ構築に際して心に留め置くべきもっとも重要な点の1つではある。
はじめに。
 この記事に公式訳があることを訳したあとに知った(というか教えてもらった)。ただその公式サイトはすでに消滅していて、データはウェブアーカイブ上にのみ存在する。なので、私訳は消さずに掲載し続けてみる。

 公式日本語訳:ケ・セラ・“セラ”
 http://web.archive.org/web/20040627001213/http://www.hobbyjapan.co.jp/magic/articles/files/20040623_01.html

【翻訳】ケセラセラの天使週間へようこそ/Que Serra, Serra【Daily MTG】
Mark Rosewater
2004年06月21日
元記事:http://www.wizards.com/default.asp?x=mtgcom/daily/mr129

 今週の記事はマジックにおけるもっとも高邁なクリーチャータイプに捧げようと思う。そう、天使(Angel)だ。

 そして今、私は胸の高鳴りを抑えることが出来ずにいる。何しろ全ての天使の祖たる存在をゲストにお招きすることに成功し、差し向かいで話をさせてもらうことになったんだからね。

 さあ、これ以上の前置きは不要だろう。インタビューを始めようか。

 ゲストは《セラの天使/Serra Angel》だ!


私:
 あなたはあまり人前に出ないと聞いています。
 本日はお越しいただけたことに感謝したいと思います。

セラの天使:
 来なかったら第9版(註1)に収録しないって脅しておいて白々しい。
(註1) 第9版
 原文では以下のURLへリンクが張られている。
 http://archive.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtgcom/selecting9e/home

私:
 では基本セット入りをそれほど熱望して頂けることに感謝したいと思います。

セラの天使:
 それで、第9版入りは確定って考えていいのかしら?

私:
 いえ「第9版に入れないこと決定リスト」に載ってないだけです。あ、投票(註2)で決めるのもいいかもしれませんね。どうです? 《ハルマゲドン/Armageddon》相手に対決してみませんか?
(註2) 投票
 第8版から第10版にかけて、再録するカードを読者による投票で決めるという企画が開催されていた。2~3枚のカードが候補として挙げられ、そのうち最も得票数の多い1枚が収録された。

セラの天使:
 笑えない冗談ね。

私:
 では《神の怒り/Wrath of God》?

セラの天使:
 あははは。面白いわー(目が笑ってない)

私:
 《栄光の頌歌/Glorious Anthem》?

セラの天使:
 いい加減にしなさい。インタビューするの? しないの?

私:
 もちろんしますよ。

 ではそもそもの始まりから聞かせてください。マジックとの出会いは?

セラの天使:
 それなら面白い話になるわ。知ってるかもしれないけど、リチャード(編註:リチャード・ガーフィールド)が初めてアルファ版にとりかかったときは、ファンタジーを感じさせてくれるイメージをそこかしこから引っ張ってきたのよ。

 もちろん大半のクリーチャーはゴブリンやエルフみたいに代表的なところから引っ張ってこられたわ。でもリチャードはもう少しマイナーな存在にも興味をひかれたのよ。その1つが戦天使(Warrior Angel)だった。

 ちなみに歴史的には戦天使は男性として描かれることが多いわ。おそらく天使が出てくるもっとも代表的な書物である聖書を反映してのことでしょうけど。

私:
 聖書に出てくる天使はみんな男性なのですか?

セラの天使:
 本来、性別はないはずなんだけど、聖書に出てくる天使ってみんな男性名なのよね。そんなわけで戦天使の一般的なイメージはどうしても男性になるわけ。

 だけどリチャードには「女性の」戦う天使というアイデアがあった。多分だけど戦う乙女のイメージは北欧神話のバルキリーから着想を得たんじゃないかしら。いずれにせよ、それが元でアルファ版には戦う天使が登場することになったの。

私:
 最初はどんなカードだったか覚えてらっしゃいますか?

セラの天使:
 カード名は、単に《天使/Angel》だったわ。コストは、今と同じで(3)(白)(白)。イラストは、リチャードがX-menの「Angel」を切り抜いて使ってた。能力は、最初からもう「飛行」と「攻撃してもタップしない」を持ってたわ。

私:
 最近のプレイヤーからすると、天使という存在が当時のマジックにおいていかに特別なものだったか理解しづらいかもしれませんね。

セラの天使:
 そうね。マジックが生まれてからアイスエイジが登場するまでの2年間、マジックにはわずかに2体の天使しかいなかった。アルファ版に私、そしてレジェンドにあの薄汚い《堕天使/Fallen Angel》。

私:
 つまりアイスエイジまでは白い天使はあなたしか存在しなかった?

セラの天使:
 そうね。それにアイスエイジがもたらしたのも《熾天使/Seraph》の1体だけで、その次の天使はミラージュの《メリース・スピリット/Melesse Spirit》ね。一応言っておくと《セラの天使/Serra Angel》の創造主であるセラ(Serra)はホームランドで登場しているけど、カードとしてではなく、単にストーリー上のキャラクターとしての登場ね。

私:
 セラ(Serra)ですか。面白い名前ですね。何か由来が?

セラの天使:
 ご期待に沿えるようなものじゃないと思うけどね。リチャードがアルファ版で最初の天使のカードを作ったとき、剣を帯びた力強い天使のイメージを思い浮かべていたの。剣のイメージはギザギザの刃をしたものだった。セラという名はそこからきたの。「ギザギザの(Serrated)」よ。多分だけどリチャードは力強い天使を想起させてくれるような言葉を創造したかったのね。

私:
 これで1997年の冬まで来ました。ビジョンズの発売ですね。

セラの天使:
 初めて2体以上の天使が登場したという点で興味深いセットね。ちなみに《大天使/Archangel》と《導きの聖霊/Guiding Spirit》よ。さらに言うと《導きの聖霊/Guiding Spirit》は1/2で、これは初めての3/3より小さい天使だったわ。現在のマジックだったら天使になりえなかったのは皮肉な話ね。

 まず第一に開発部は、そのクリーチャータイプを持っていない場合、クリーチャータイプを表す語をカード名に入れてはならない、というルールを作ったの。クリーチャー名に「スピリット(Spirit)」とあるなら、クリーチャータイプは必ず「スピリット(Spirit)」になるわ(註3)。

 第二に、数年前に決まったことなんだけど、天使は一定以上のサイズを持つことになったの。そんなわけで、開発部が3/3より小さいクリーチャーに天使のクリーチャータイプを持たせるようなことはもうありえない。
(註3) クリーチャータイプ
 上記の話を裏付けるように、《導きの聖霊/Guiding Spirit》と《メリース・スピリット/Melesse Spirit》はそれぞれ2006年と2005年に「天使」のクリーチャータイプを失っている(かわりに「スピリット」のタイプを得た)。しかしそれぞれ2008年と2007年に「天使・スピリット」に変更されている。

私:
 つまり2/2の《薄光の天使/Glimmering Angel》の再録は望めないと?

セラの天使:
 少なくともクリーチャータイプは天使ではなくなるわね。


私:
 ビジョンズのあとしばらくあなたにとっての暗黒時代が続きましたね。

セラの天使:
 そうよ。開発部ときたら私が「ぶっ壊れてる」と思いこんだのよ!?

私:
 ええっ!? 本当に!?

セラの天使:
 本気で驚いてないでしょ? ……ってか、あなたもあの場にいたわよね。

私:
 そういやそうだ。

セラの天使:
 そしてあなた方は第5版から私を締め出したのよ。

私:
 分かりました。正直に言いましょう。当時、白の大型クリーチャーをデザインする上であなたの強さが障害となっていたんです。過去5年間、私たちはクリーチャーの質を上げてきました。特に大型クリーチャーの質をね。しかしミラージュブロックの当時、白の大型クリーチャーに魅力的な強さを持たせることは非常に難しかったんです。あなたと比較されてしまうために。

セラの天使:
 だから追い出した?

私:
 はい。

セラの天使:
 私の人気がどれだけのものか知らなかったわけないわよね!?
 大抵のレアより価値のあるアンコモンだったわ!

私:
 大抵のレア……もしかして色サイクル(註4)も数えてます?
(註4) 色サイクル
 第4版まで各色に1枚ずつ収録されていたレアのサイクル。赤であれば「コスト(赤) インスタント 対象の呪文かパーマネントの色を赤にする」という効果で5種類あった。当時の使えないレアの代名詞。

セラの天使:
 もちろん色サイクルよりも、そしてそれ以外のレアも含めての話よ。私はレアと同レベルの価値を持つアンコモンだったわ。

私:
 ええ、分かってましたよ。実のところ、最初に第5版のカードリストを発表したときの反発はものすごいものでした。多くのプレイヤーはあなたがいなくなったことを信じられなかったみたいでした。

セラの天使:
 私もよ。私はマジックを象徴するカードだったのよ?

私:
 そうかもしれません。しかし開発部は他のいかなる要素よりもゲーム性(Gameplay)を優先します。そのせいでゲームが面白くなくなると判断すれば、それがいかに人気のあるカードであろうと取り除きます。信じてもらえるか分かりませんが、マジックの広報部は決して手放しで喜んでくれたりはしませんでしたよ。

セラの天使:
 だけど結局は戻すのね。

私:
 それについてはまたあとで話す機会がありますよ。ただね、今でも正しいことをしたと思ってます。当時の環境においてあなたは強すぎたんです。

セラの天使:
 いまだに少し裏切られた気分よ

私:
 個人的にはあなたを残そうと努力はしたんですよ。アングルードの続編のためにあなたを元にしたカードを作ろうとしたりしました。ちなみにカード名は今日の記事のタイトルでもあります。

セラの天使:
 もうちょっと詳しく聞かせなさいよ。

私:
 《Que Serra, Serra》というカードです。4/4で飛行持ちで攻撃してもタップしません。唯一の違いは「あなたのターンの間、あなたは対戦相手にQue Serra, Serraがどれだけ壊れていてゲームのバランスを崩しているかを説明する。そうしない場合、ターン終了時にQue Serra, Serraを生け贄に捧げる。」という能力を持っている点です(註5)

 あなたをゲームに呼び戻すための試みでした。イラストですか? カードのアイデアとしては、カード全体を覆うイラストサイズの上にテキストを重ねるというものでした。しかも元のあなたのイラストを手掛けた Doug Shuler にイラストを頼んだんですよ。これがその《Que Serra, Serra》のイラストです。初のお披露目ですね(註6)。
(註5) 能力
 上記の日本語訳は以下からの引用
 http://mtgwiki.com/wiki/Que_Serra,_Serra

(註6) イラスト
 原文では《Que Serra, Serra》の画像が「"Que Serra, Serra" art by Douglas Shuler (Card art was never used)」のキャプションとともに紹介されている。
 http://archive.wizards.com/global/images/mtgcom_daily_mr129_pic1_en.jpg

セラの天使:
 いいわね。

私:
 ところがアングルードの続編は開発休止となり、しばらくしてアンヒンジドの企画が始まったときにはすでにあなたは復帰済みだったというわけです。

セラの天使:
 どうして帰ってくることができたの? 何があったの?

私:
 いや、すでに少し話しましたが、マジックの広報部はあなたが失われたことをそれはそれは悲しみましてね。第7版の開発が始まるとき、彼らが開発部にやってきてあなたを戻すように頼み込んできたんですよ。すごい勢いでね。

 最初は私たちもちょっと抵抗したんですが、あらためて当時の環境を見て気づいたんです。何年もかけて大型クリーチャーの質を上げてきたおかげで、あなたの強さもバランスのとれたものになっていたことにね。

セラの天使:
 電話をもらったときは嬉しかったわ。皆の目に触れていないと忘れられちゃうものだから、基本セットに戻れると知って本当に嬉しかった。

私:
 イラストも新たに描かれました。

セラの天使:
 そうね。Mark Zug が描いてくれたわ。素晴らしい出来よ。

私:
 どっちがよりあなたの好みですか?

セラの天使:
 どれも好きよ。3つともね。

私:
 3つ?

セラの天使:
 そうよ。Doug Shulerがアルファ版で描いてくれた私は第4版まで使われたわね。第7版と第8版の私は Mark Zug が描いてくれた。そして Rebecca Guay がプロモ版の私を描いてくれた(註7)。
(註7) イラスト
 元記事ではここで《セラの天使/Serra Angel》のイラストが並べられている。
 http://archive.wizards.com/global/images/mtgcom_daily_mr129_pic2_en.jpg

私:
 どれが一番好きですか?

セラの天使:
 それぞれの良さがあるわ。もちろん懐かしさという点で Shuler の絵を上回るものはないけど、でも Zug と Guay の絵も大好きよ。ただ私に届くファンレターの大半は Shuler のバージョンについて言及してるのは興味深い点かもしれないわね。

私:
 あなたは天使という存在をマジックに広めたというだけでなく、同時に「このクリーチャーは攻撃してもタップしない」という能力をもった最初のクリーチャーという意味でも意義深い存在です。

セラの天使:
 元々は「攻撃に参加してもタップしない」だけど、いずれにせよ、そうね、私が最初。不思議なのはこの能力が白のものと定義されるまで随分とかかったことかしら。

 この能力をもった2体目のクリーチャーはどれか分かる? ……ねえ、この能力にキーワード名を付けましょうよ。そうすればいちいち長たらしい説明をしなくてすむわ。

私:
 確かに、特にキーワード化を求められている能力ではありますね(註8)。
(註8) キーワード化
 警戒(Vigilance)というキーワードは、神河物語で制定された。ちなみにこの記事が書かれたのは2004年06月で、神河物語の発売は2004年10月。記事が書かれたときにすでにキーワード化が決まっていたかどうかは定かではない。

セラの天使:
 まあ、いいわ。それで、2体目のクリーチャーは分かる?

私:
 分かりません。

セラの天使:
 アンティキティの《ヨーティアの兵/Yotian Soldier》よ。じゃ、その次は?

私:
 えーと、確かレジェンドに何体かいたような気がします。

セラの天使:
 3体よ。まあ、4体と言えなくもないけどね。《Bartel Runeaxe》、《狂暴ウォンバット/Rabid Wombat》、そして《西風の隼/Zephyr Falcon》の3体は全て例の能力を持ってるわ。

 それと《ヨハン/Johan》はこの能力を他のあなたの攻撃クリーチャーに与えてくれる。ただし彼が攻撃に参加せず、アンタップ状態の場合だけね。ちなみにここにあげたクリーチャーの色は「黒・赤・緑」と「緑」と「青」、そして「赤・緑・白」よ。

私:
 白単色で例の能力を持ったクリーチャーはなんですか?

セラの天使:
 ホームランドの《セラの聖騎士/Serra Paladin》は対象のクリーチャーに「攻撃に参加してもタップしない」を与えるタップ能力を持ってたわ。ミラージュの《フェメレフの騎士/Femeref Knight》は起動型能力で得ることができた。だけど白単色のクリーチャーでこの能力を条件抜きに持っていたのはビジョンズの《大天使/Archangel》まで待たないといけなかったわ。


私:
 さて、最後になりますが、あなたによってその名を知られるようになったキャラクター、セラ(Serra)についてお聞かせください。

セラの天使:
 彼女はプレインズウォーカーで、初めて姿を現したのはホームランドだった

私:
 あなたと彼女の関係は?

セラの天使:
 彼女が私を創造したのよ。だからこそ「セラの天使」の名が与えられた。私たちは純粋なる白きマナの顕現であり、生まれるのではなくプレインズウォーカーによって魔法的に作り出された存在であり、私たちの使命は正義と高潔さのために戦うことだった。


私:
 時間が参りました。そろそろこのインタビューを締めくくりたいと思います
 読者の皆さんへ伝えたいことはありますか?

セラの天使:
 あるわ。
 私を使ってね! 色んなデッキで活躍してたのよ!
 あの「The Deck」にも入ってたし!

私:
 「The Deck」は Brian Weissman というプレイヤーによって作られたデッキですね。多くのプレイヤーに史上最初のトーナメントレベルのデッキと信じられているデッキです。

セラの天使:
 デッキの最初期はたった1体しかクリーチャーが入っていなかったの。それが私

私:
 あれ? 最新の「The Deck」には入ってなかったような……確かクリーチャーは……

セラの天使:
 うるさいわね!
 試しに使ってみて、って読者に頼んでるだけでしょ! いいじゃない、それくらい。私はアルファ版を代表するクリーチャーなのよ? 当時の仲間のうち、何人が残っているっていうの。もうほとんど見かけないわ。

私:
 あれ? そういえばこのあいだ《ハールーン・ミノタウルス/Hurloon Minotaur》(註8)が道端で物乞いしてるのを見たというのはもう話しましたっけ?

セラの天使:
 そもそも、なんであれほどプッシュされてたのかが謎すぎるってだけよ。
 ……3マナ 2/3 の分際で!
(註8) 《ハールーン・ミノタウルス/Hurloon Minotaur》
 ブースターパックやデニムなどのグッズの多くにイラストが用いられていたクリーチャーで、マジック黎明期における「顔」的な存在だった。
 ただ《セラの天使》が言っているように、所詮は「(1)(赤)(赤) で 2/3 のバニラ」という平凡以下の強さでしかなく、同じくゲームの「顔」だった《セラの天使》に比べると、実際にゲームで使われることはほぼ無かった。

私:
 お時間となりました。

セラの天使:
 最後にもう1つだけ。悪魔(Demon)には気を付けて。あいつらは嘘つきよ

私:
 分かりました。それでは皆さんさようなら。インタビューを楽しんでくれたのであれば幸いです。来週は私のメールボックスを漁ろうと思っています。それまでセラに今一度目を向けてあげてください。
【翻訳】エルフ週間に君を迎えるふ/To Thine Own Elf Be True【Daily MTG】
Mark Rosewater
2008年8月18日
元記事:http://archive.wizards.com/Magic/magazine/article.aspx?x=mtgcom/daily/mr345

 エルフ週間へようこそ! 注意深く公式サイトを追っている君なら(註)この私がエルフをネタに記事を書くであろうことは予想済みだったろうね。そうでない君たちは驚くがいい!

 今週は、はるかマジックの黎明期から存在している(もちろんそれよりずっと前から存在していると言い張る人もいるであろう)種族である、エルフについて語ろうと思う。
(註) 注意深く公式サイトを追っている
 原文では以下のURLへリンクが張られている。エルフ週間と大量のエルフデッキについて紹介している記事。ハイランダーエルフデッキのリストがなかなか壮観。
 http://archive.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtgcom/daily/cm73

 私は先月からの1ヶ月半のあいだに「お高くとまった」記事の在庫を使いきってしまった。そこで今日のコラムではマジックのエルフに関する話をしようと思う。

 安心してくれ、大半はデザインに関する話だ。


《護民官の道探し/Civic Wayfinder》(ラヴニカ:ギルドの都)
Civic Wayfinder / 護民官の道探し (2)(緑)
クリーチャー - エルフ(Elf) 戦士(Warrior) ドルイド(Druid)
護民官の道探しが戦場に出たとき、あなたはあなたのライブラリーから基本土地カードを1枚探し、それを公開し、あなたの手札に加えてもよい。そうした場合、あなたのライブラリーを切り直す。
2/2
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Civic+Wayfinder/

 まだ作られていないことが不思議でしょうがないような、シンプルで無駄のないカードを思いついた瞬間というのはデザイナー冥利に尽きる瞬間でもある。このカードのときもまさにそうだった。

 何しろ、デザインのファイルに一番初めにこのカードが登録したときは、コメント欄に「再録?」と書き込んでおいたほどだ。なぜなら絶対誰かが思いついていてすでにカード化されているはずだと思っていたからね。


《果敢なエルフ/Defiant Elf》(レギオン)
Defiant Elf / 果敢なエルフ (緑)
クリーチャー - エルフ(Elf)
トランプル
1/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Defiant+Elf/

 カードをデザインする楽しみの1つが、初めてそのカードを見た人が「はあ?」という反応を漏らしてしまうようなカードを作ることだ。ぱっと見ただけでは既存のマジックの生態系に当てはめることのできないカードに対する困惑を生じさせること、と言い換えてもいい。

 1/1でトランプルを持ったクリーチャーもそんなカードだ。

 このカードの誕生秘話は私の好きな話の1つだ。1/1でトランプル持ちというアイデアは私をひどく魅了し、私はどんな会議でもこのカードを提案するチャンスがあれば逃さずに提案した。

 そうそうあらかじめ言っておく必要があるね。マジックの開発部……いや、どの開発部もそうなんだけど、突拍子もないネタほど大真面目に語らなければいけない、という悪癖があるんだ。

 《果敢なエルフ/Defiant Elf》をレギオンに放り込むのに成功したのは私の覚えている中でも指折りのネタの1つだ。多少のドラマ性を加味してここで紹介してみよう。

  みんな:緑の小型クリーチャーが必要だ
  私:あるよ。(緑)で1/1でトランプルもち。シンプルでエレガントだろ?
  みんな:なんで1/1がトランプルを持ってるんだ?
  私:よし、小さいけど反骨心は1人前のエルフを想像してくれ。
    こいつは癇癪持ちだ。こいつを止められる奴は誰もいない。
  みんな:そうだな。タフネスが1以上なければな。
  私:そいつがこいつを輝かせるんじゃないか。
    心意気だけは一人前なのに腕っぷしが足りないんだよ。
  みんな:いや、だから1/1にトランプルを持たせる理由は?
  私:フレイバーだけじゃ理由にならないかい?
  みんな:フレイバー以外にだよ。
  私:そもそも大したコストも払わずにもらえるんだ。
    実質タダみたいなもんじゃないか。
    誰だってタダで何かをもらえるのは大好きだろ?
  みんな:じゃあ作ってもいいけど何がそこまで君を駆り立てるんだ?
  私:人はなぜエベレストを登るのか? なぜならそれ自体が挑戦だからだ。
    成し遂げたぜ、と言えば、相手は黙って感嘆と共に頷くしかない
  みんな:……で?
  私:君たちは誰かにそんな感嘆の頷きをさせたことはあるかい?
    私はあるよ。実に感動的な瞬間だった。
  みんな:まさかエベレストを登ったことがあるのか?
  私:山登りは趣味じゃないよ。階段だって苦手だ。
  みんな:じゃあどんなすごいことをやったって言うんだい?
  私:コストが(緑)で1/1でトランプル持ちをセットに収録させたのさ。
  みんな(黙って感嘆と共に頷いてから)……君の勝ちだ。

 私が「このカードをセットになんとかねじこめたら面白いだろうな」と思わなかったらこのカードは存在しなかったわけだ。そしてそれはこのカードに限った話ではないよ。


《錯乱した隠遁者/Deranged Hermit》(ウルザズ・レガシー)
Deranged Hermit / 錯乱した隠遁者 (3)(緑)(緑)
クリーチャー - エルフ(Elf)
エコー(3)(緑)(緑)(あなたのアップキープの開始時に、これが直前のあなたのアップキープの開始時よりも後にあなたのコントロール下になっていた場合、そのエコー・コストを支払わないかぎりそれを生け贄に捧げる。)
錯乱した隠遁者が戦場に出たとき、緑の1/1のリス(Squirrel)・クリーチャー・トークンを4体戦場に出す。
リス・クリーチャーは+1/+1の修整を受ける。
1/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Deranged+Hermit/

 テンペストのデザイン時のことだ。Mike Elliotが追加コストを内包したカードたちを新たに提出してきた。本来あるべきコストよりもずっと安いコストでパーマネントを場に出せるが、次のアップキープにまた同じコストを支払わないと場に残せない、というものだ。

 このメカニズムにとっては残念だったことに、テンペストはすでに大量の新アイデアでいっぱいいっぱいだったのだ(Mike Elliott と 私にとってテンペストは初めてデザインチームとして参加したセットだった。そして私たちはのちにマジック史上で1位2位を争う「多産な」カードデザイナーとなる。

 さらに言うとこのデザインチームにはアラビアンナイト以来マジックのカードをデザインしていなかった Richard Garfield も参加しており、ミラージュとビジョンズで初めてデザインを始めたばかりの Charlie Catino までがいたのだ)

 あまりにも多すぎたため、提出される全てをテンペストに盛り込むことはとても出来ない相談だった。エコー(Echo)もその1つで、これも来るべき未来(具体的には1年後に訪れるウルザズサーガブロック)のために保管されることとなった。

 私は「場に出たとき」の能力を持つエコーつきのクリーチャーが「半分呪文・半分クリーチャー」のような働きをするのが好きだった。エコーコストを支払うかどうかの判断が時と場合によって目まぐるしく変わるからだ。

 私たちはこの「場に出たとき」の能力をエコーつきのクリーチャーに持たせるのをウルザズレガシーまで我慢した。そしてウルザズレガシーのデザイン時には解き放たれた猟犬のようにデザインを行ったものだ(ちなみに当時のチームは私に加えて、Henry Stern とデザインリーダーの Mike Elliott がいた)。

 その最中、私はもう1つの目的に向けて動き出していた。

 私はリス(Squirrel)の大ファンだった。

 リスのロードを作るためにはどうしたらいいか常に考えていた。問題は、私の「全てのリスに+1/+1を与えるクリーチャー」が必要だという思いが満場一致で受け入れられているわけではなかったことだ。

(君たちは私が常に開発部で異端に属していると思っていることだろう。違うからね。ただ私がそうであるときほど素晴らしいネタが生まれるというだけのことだ。さらに余談を語ると、リス好きの仲間はたくさんいたが、その全員がリスのロードの必要性を感じていたわけではないのが満場一致といかなかった理由の1つだ)

 そういったわけで、リスのロードを作りたいならなんとかギリギリまでそれを隠し通す必要があった。

 さて、話をウルザズレガシーでデザインされることになった「場に出たとき」の能力を持つエコークリーチャーの話に戻そう。私は場に出たときにクリーチャートークンを生み出すクリーチャーというアイデアが気に入っていた。問題は、もし得られるクリーチャートークンがメインだったら誰がわざわざエコーコストを支払うのか、ということだった。

 上記に挙げてきたあれやこれやを全て解決してくれる存在こそが《錯乱した隠遁者/Deranged Hermit》だった。ロード能力を持たせることで維持したくなるクリーチャーとすることができた。

 またこのカードの楽しい点は(これまた私のお気に入りなのだが)トークンが最初想定していたサイズよりも強くなるという現象だ。トークンを生成したクリーチャー自身による強化のおかげだ。……ん? そのとおり。私はイーブンタイドでも同じネタ(註)を披露したよ。
(註) 同じネタ
 原文では《軋み森のしもべ/Creakwood Liege》のカードデータへのリンクが張られている。毎ターン「黒であり緑である1/1の蟲(Worm)クリーチャー・トークン」を場に出し、かつあなたのコントロールする緑のクリーチャーに+1/+1を与え、かつ黒のクリーチャーに+1/+1を与えるクリーチャー。

 このカードを作ったことで私の「リスのロード」は完成した。そもそも、このカードの強化する対象はマイナーなクリーチャータイプである必要があった。基本的に自分の生み出したクリーチャーを強化するために用いられるように仕向けたかったからだ。

 さて、クリエイティブチームはこの私の目論見を看過してくれるだろうか? なにしろ生み出すトークンのクリーチャータイプがリス(Squirrel)である必要性は皆無なのだ。つまりクリエイティブチームの考え1つで決まるというわけだ。

 より正確に言うなら、これはカードコンセプトを決める担当者の考え1つで決まることなのだ。カードコンセプト担当者とは各カードのあるべき姿を考え、イラストレーターへの指示も(当時は)書いていた。

 しかし、私の手札にはこれ以上ないほどの切り札があった。

 ウルザズレガシーのカードコンセプトを決める担当者、それは私だったのだ。当時のクリエイティブチームはちょうど再編期にあり、人手が足りていなかった。カードコンセプトを務められる担当者がいなかったのだ。そしてセットのカードコンセプトを務めたことのある人材というのが会社に1人しか残っていなかった。私だ。

 私はアングルードでカードコンセプトを務めたことがあった。アングルードのカードはあまりにも互いに絡み合いすぎていて、逆に私にとってはこれ以上ないほど楽な仕事だったのだ。

 そのようなわけでデザイナー側の私が「リスのロードが作りたいなあ」と思い、クリエイティブ側の私が「いいよ」とゴーサインを出し、結果、《錯乱した隠遁者/Deranged Hermit》が生まれたというわけだ。

 ちなみに私はこれで満足したわけじゃない。リス好きの私がウルザズレガシーのカードコンセプトを務めた証をもう1つ紹介しておこう(註)。
(註) もう1つ紹介しておこう
 この直後にウルザズレガシー版の《樫の力/Might of Oaks》のイラストがデカデカと表示されている。ちなみにウルザズレガシー版のイラストは以下のとおり。かわいい。
 http://magiccards.info/ul/en/106.html



《エルフの模造品/Elf Replica》(ミラディン)
Elf Replica / エルフの模造品 (3)
アーティファクト クリーチャー - エルフ(Elf)
(1)(緑),エルフの模造品を生け贄に捧げる:エンチャント1つを対象とし、それを破壊する。
2/2
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Elf+Replica/

 このカードのデザインに関して何か面白い話を紹介してくれと言われれば語ることは決まっている。まず、当時の私は各色に紐づくアーティファクトクリーチャーをデザインしたいと考えていた。

 さらに言うなら、そのアーティファクトクリーチャーたちには歴史的に各色を代表してきたクリーチャータイプを持たせたい、とも思っていた。当然ながら、緑に対応するクリーチャーはエルフにしようと思っていた。

 元々のプレイテスト時の名前は「Robo-Elf」だった。そしてここで問題が生じた。ミラディンのエルフの外見を知ってるかい?
 原文ではここでミラディンのエルフのカードイラストの代表として《テル=ジラードの射手/Tel-Jilad Archers》のイラストが掲載されている。見た目は以下のリンク先を参照のこと。
 http://magiccards.info/mi/en/131.html

 これが「アーティファクトでないエルフ」の姿だ。クリエイティブチームの心配は、これら「普通のエルフ」と違った形で「アーティファクトクリーチャーのエルフ」を表現するのは難しいのではないだろうか、ということだった。クリエイティブチームのメンバーはかわるがわる私のところに訪れては「エルフなのか? エルフじゃなきゃダメなのか?」と聞いてきた。

 私の答えは「エルフにしたいと思っているよ」から変わることはなかった。しかし彼らの心配ももっともだとは思っていたので、もしどうしても変えると言うならしょうがないな、とも答えた。いやそうじゃないんだけどさ、と彼らは言った。

 エルフにしたいと思った以上は、実現させる。それが私だ。

 解答は次の通りだ。「対象のクリーチャータイプの特徴を模倣しようと試みる人工的なクリーチャー(ただし有機的な要素は皆無)」を作ることにしたのだ。この「Robo-Elf」が生まれた経緯はそういうわけだ。


《深き闇のエルフ/Elves of Deep Shadow》(ダーク)
Elves of Deep Shadow / 深き闇のエルフ (緑)
クリーチャー - エルフ(Elf) ドルイド(Druid)
(T):あなたのマナ・プールに(黒)を加える。深き闇のエルフはあなたに1点のダメージを与える。
1/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Elves+of+Deep+Shadow/

 ダークの発売当時を知らない君のために書いておこう。このカードは当時驚くほどに人気があった。なぜか? おそらくだが、このカードのテキスト欄はあまり関係なかった。

 私たちはこのカードをラヴニカで再録したが、ファンの要望に応えたとは言えない。なぜなら私はこのカードの人気はイラストにあったのではないかと考えているからだ。

 よく分からないが、どうやらプレイヤーの多くが「彼女」をかわいいと感じたらしい。カードの強さをまったく無視してカードのイラストだけで人の心をとらえるカードはそう多くはない。
 原文ではここで《深き闇のエルフ/Elves of Deep Shadow》のカードイラストがデカデカと紹介されている。そのダーク版のカードのイラストは以下のリンク先を参照のこと。
 http://magiccards.info/dk/en/39.html

 このカードに関するネタをもう1つ紹介しておこう。このカードのデザイン、名前、イラスト、フレイバーテキストはすべて同じ人物によって手がけられた。私の知っている限り、その条件を満たすカードはこれ以外には1枚しかない(ちなみにそれは《Look at Me, I’m the DCI》だ)。

 Matt Cavotta であれば上記の条件を満たすカードを作っている可能性がある……ただ本当にあるかどうかは私にも分からない。


《エルフの射手/Elvish Archers》(アルファ)
Elvish Archers / エルフの射手 (1)(緑)
クリーチャー - エルフ(Elf) 射手(Archer)
先制攻撃
2/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Elvish+Archers/

 私が初めてこのカードを見たとき、このカードはあまり魅力的なカードではなかった。魅力的でなかった理由かい? アルファ版の《エルフの射手/Elvish Archers》を見せてあげよう。
 原文ではここでアルファ版のカードが紹介されている。以下のリンク先にある画像通りのマナコストとスペック。
 http://magiccards.info/al/en/100.html

 初めて見たとき、どう思ったか覚えているよ。「なんで1/2に先制攻撃なんて持たせるんだ?」だった。そしてベータ版が発売されたのさ。
 原文ではここでベータ版のカードが紹介されている。
 http://magiccards.info/be/en/100.html

 「お、ずっといいね!」と思ったもんだ。

 それ以外にこのカードに関する面白い話としては、このカードの作成時に Richard Garfield が採用したデザインの手法は、現在のマジックではもう取り入れられていないということだ。

 Richard Garfield は、アルファ版に何枚かの「本来その色が持っていない能力を持つレア」を収録した。つまり、これらのレアカードを「レア」足らしめたのは「その色に見られないはずの能力」だったのだ。同じ能力とスペックを「本来の色」で持ったクリーチャーたちはもっと低いレアリティに設定された。

 私たちがこの手法をとらなくなった理由は次の通りだ。レアリティは当時 Richard Garfield が思ったほどの障壁ではなかったためだ。Richard Garfield がアルファ版を作成したとき、彼は各プレイヤーがこのゲームにつぎ込む金額は高くても40ドルまでだろうと考えていた。

 プレイヤーは「その色に見られないはずの能力」を持ったカードを見ることは滅多にないはずだと考えられていたし、カードパワーの高いレアカードを何枚もそろえるようなこともないはずだと考えられていた。なぜなら供給量自体が実際にそれらを「レアな」ものとするはずだったからだ。

 そして君たちのご存じのとおり、そうはならなかった。

 レアリティを「その色に本来あるはずのもの(ないはずもの)」を表現するために使うのを私たちは避けるようになった。なぜならトーナメントレベルのレアは人々の衆目を集め、結果として「その色を代表するもの」となったからだ。


《Elvish House Party》(アンヒンジド)
Elvish House Party (4)(緑)(緑)
クリーチャー - エルフ(Elf) ならず者(Rogue)
Elvish House Partyのパワーとタフネスは、それぞれ現在の時刻の12時間(time)制における点数に等しい。
*/*
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Elvish+House+Party/

 銀枠カードのデザインで特に楽しい点は普段使わないデザイン筋肉を使う機会に恵まれることだ。制限を課せられることは確かに創造性を高めてくれる。しかし普段してはならないとされていることをするのもまた楽しいものだ。

 このカードが生まれたのは、可変のパワーとタフネスを生み出す要素を探し求めていたときだった。

 確かこのカードの元ネタは「Myth Adventure」という小説シリーズ(註)に登場する Dragon Poker という創作上のカードゲームだったはずだ(なお小説の作者である Robert Asprin はつい最近亡くなられたばかりだ。安らかに眠らんことを)
(註) 「Myth Adventure」という小説シリーズ
 日本では「マジカルランド」シリーズとして知られるファンタジー小説シリーズ。著者の Robert Asprin はこの記事が掲載される3ヶ月前に亡くなられている。

 この Dragon Poker の作中での笑いどころはあまりにルールが複雑すぎたために結局最後まで主人公はルールを理解しないままに終わってしまうのだ。

 私たちが最初に考えたルールはプレイしている日が何曜日かによって強さが変わるというものだ。曜日よりも時間のほうがそれっぽいと気づくのにそうはかからなかった。私はパワーとタフネスを直接時間と関連付けることにした。

 実際に作られたカードは不思議なことにちょうどよいバランスに収まった。7時以降であれば元がとれる強さだ。ただ時間を引きのばそうとするズルい奴には気をつけろ。特に君のその12/12でアタックするときなんかはね。


《エルフの笛吹き/Elvish Piper》(ウルザズ・デスティニー)
Elvish Piper / エルフの笛吹き (3)(緑)
クリーチャー - エルフ(Elf) シャーマン(Shaman)
(緑),(T):あなたは、あなたの手札にあるクリーチャー・カード1枚を戦場に出してもよい。
1/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Elvish+Piper/

 銀枠から通常枠へと持ち出されたカードとして《不毛の栄光/Barren Glory》をネタにする人は多いが、それ以前にも同様のカードがあったことに気づいている人は少ない。

 いや、確かにこの《エルフの笛吹き/Elvish Piper》は《Timmy, Power Gamer》そのままというわけじゃない。しかし両方とも「1/1」で「緑のクリーチャー」で「マナコストが4マナ」で「手札のクリーチャーを場に出す」能力を持っている。

 通常枠のバージョンのほうが強いというのも面白い点だ。おそらくアングルードの開発チームが誰一人として関わっていなかったことが原因ではないかと私は考えている。


《本質の管理人/Essence Warden》(次元の混乱)
Essence Warden / 本質の管理人 (緑)
クリーチャー - エルフ(Elf) シャーマン(Shaman)
他のクリーチャーが1体戦場に出るたび、あなたは1点のライフを得る。
1/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Essence+Warden/

 私たちが次元の混乱のタイムシフトカードのために「もう1つの可能性」を探っていたとき、むしろ「なんでそもそもこっちの色にいなかったんだ?」と不思議になるようなカードが何枚もあった。これもそうだ。

 緑はクリーチャーの色であり(そしてまたクリーチャーがいることで利益を得る色でもあり)ライフを得る色でもある。いつか「もう1つの」ではなく、そのものの現実となって帰ってくるであろうカードの1つだ。

後編に続く
 http://regiant.diarynote.jp/201407110153477728/

《ガイアの空の民/Gaea’s Skyfolk》(アポカリプス)
Gaea’s Skyfolk / ガイアの空の民 (緑)(青)
クリーチャー - エルフ(Elf) マーフォーク(Merfolk)
飛行
2/2
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Gaea%27s+Skyfolk/

 このカードに関してよく聞かれる質問の1つに「このカードのどこに緑のメカニズムが含まれているの?」がある。答えは「マナレシオの良さ」だ。

 通常、青という色は「2マナで2/2」クリーチャーがいてはいけない色だ(その通り、君のことだよ、《アトランティスの王/Lord of Atlantis》)。緑こそがその色だ。

 しかし緑が空を飛ぼうと思ったら多大なコストを支払う必要がある。何しろ緑はもっとも空を飛ぶのが苦手な色だ(ドラゴンがあれほど赤に馴染まなかったらその座を赤に奪われていたかもしれないけどね)。

 このカードは2つの色が組み合わさることで初めて可能となったんだ。どちらが欠けても無理だった。金枠のカードというのはそもそもがそういうものじゃなかったかい?

 次によく聞かれる質問は「エルフもマーフォークも飛べないのにどうしてこいつは飛んでるの?」だ。それは……えーと……ごめん、そろそろ紙面が尽きる。いや、そうじゃなくて、そう、それはデザイン面の質問じゃないということだ。

 次だ、次。


《猟場番/Gamekeeper》(ウルザズディスティニー)
Gamekeeper / 猟場番 (3)(緑)
クリーチャー - エルフ(Elf)
猟場番が死亡したとき、あなたはそれを追放してもよい。そうした場合、あなたのライブラリーを、クリーチャー・カードが公開されるまで上から1枚ずつ公開する。そのクリーチャー・カードを戦場に出し、これにより公開された他のすべてのカードをすべてあなたの墓地に置く。
2/2
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Gamekeeper/

 ウルザズ・サーガブロック内におけるクリーチャーのカードパワーの差ときたらこの2枚を並べるだけでも分かるってなもんだ。
原文では《猟場番/Gamekeeper》のカードと《アカデミーの学長/Academy Rector》が並べて表示されている。ちなみに後者のカードデータは以下の通り。
Academy Rector / アカデミーの学長 (3)(白)
クリーチャー - 人間(Human) クレリック(Cleric)
アカデミーの学長が死亡したとき、あなたはアカデミーの学長を追放してもよい。そうした場合、あなたのライブラリーからエンチャント・カードを1枚探し、そのカードを戦場に出す。その後あなたのライブラリーを切り直す。
1/2
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Academy+Rector/

 一目瞭然だね。


《グリッサ・サンシーカー/Glissa Sunseeker》(ミラディン)
Glissa Sunseeker / グリッサ・サンシーカー (2)(緑)(緑)
伝説のクリーチャー - エルフ(Elf)
先制攻撃
(T):アーティファクト1つを対象とする。その点数で見たマナ・コストが、あなたのマナ・プールにあるマナの総量に等しい場合、それを破壊する。
3/2
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Glissa+Sunseeker/

 このカードのデザインにまつわる裏話についてはすでに「Loose Ends」(註)という記事で述べている。そこで私が述べたことは以下の通りだ。
(註) 「Loose Ends」
 原文では以下のURLへリンクが張られている。Mark Rosewater が過去の様々なコラムで「またいつか語るよ」と切り上げてきたネタをまとめて説明している回。
 http://archive.wizards.com/Magic/magazine/article.aspx?x=mtgcom/daily/mr115

  ~ ~ ~ ~ ~ ここから引用 ~ ~ ~ ~ ~ ~

 これがその物語だ。ミラディンの開発時のこと(すでにデザインファイルは手渡した後のことだ)、私はこのミラディンの物語の主人公であるグリッサのカードをデザインするよう依頼された。

 このキャラクターの大きな特徴は2つ。1つはアーティファクトを破壊するのがとても上手いということ。もう1つは彼女はマナと深く結びついているということ。

 これら2つの要素をどうやって組み合わせるか、が私の挑戦だった。もっとも分かりやすい方法は、マナコストを起動コストとするアーティファクト破壊の能力を彼女に持たせることだ。

 つまらん。

 次に私が考えたのは、アーティファクトを破壊しつつマナを生み出す能力だった。しかしそれはすでに《解体/Deconstruct》と《灰塵化/Turn to Dust》という形でカード化されている。
Deconstruct / 解体 (2)(緑)
ソーサリー
アーティファクト1つを対象とし、それを破壊する。あなたのマナ・プールに(緑)(緑)(緑)を加える。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Deconstruct/

Turn to Dust / 灰塵化 (緑)
インスタント
装備品(Equipment)1つを対象とし、それを破壊する。あなたのマナ・プールに(緑)を加える。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Turn+to+Dust/

 マナをどう使ってアーティファクトを破壊すればいいんだ?

 そこまで考えたとき、私に天啓が閃いた。マナを違った使い方してみてはどうだろう? マナプールに溜まっているマナが点数を決めるというのは? そこまで思い付いたらあとは一気にメカニズムが決まった。

  ~ ~ ~ ~ ~ ここまで引用 ~ ~ ~ ~ ~ ~


《心の管理人/Heart Warden》(ウルザズ・デスティニー)
Heart Warden / 心の管理人 (1)(緑)
クリーチャー - エルフ(Elf) ドルイド(Druid)
(T):あなたのマナ・プールに(緑)を加える。
(2),心の管理人を生け贄に捧げる:カードを1枚引く。
1/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Heart+Warden/

 このカードはウルザズ・デスティニーの「場からサイクリングするカード」の1つだ。これについては能力語のコラムでつい最近語ったばかりだ(コラムの名前は「Ability Word To Your Mother」(註)だ)。

 このカードのデザインを思い付いたのは、ゲームの最中に用を終えてしまったカードについて私が考えていたときのことだ。ゲームの中盤から終盤にかかったとき、別のカード1枚と交換したくなるカードは?

 明らかにマナクリーチャーはその1つだろう。序盤はよく働いてくれるが、十分なマナが手に入ってしまったら用済み、というわけだ。
(註) 「Ability Word To Your Mother」
 原文では以下のURLへリンクが張られている。能力語(Ability Word)に関するコラム。
 http://archive.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtgcom/daily/mr342


《眼腐りの狩人/Hunter of Eyeblights》(ローウィン)
Hunter of Eyeblights / 眼腐りの狩人 (3)(黒)(黒)
クリーチャー - エルフ(Elf) 暗殺者(Assassin)
眼腐りの狩人が戦場に出たとき、あなたがコントロールしていないクリーチャー1体を対象とし、その上に+1/+1カウンターを1個置く。
(2)(黒),(T):その上にカウンターが置かれているクリーチャー1体を対象とし、それを破壊する。
3/3
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Hunter+of+Eyeblights/

 デザイナーとして冥利に尽きる瞬間というのは、新たなカードが生まれるほどにその価値が増していく可能性を秘めたカードを生み出せたときだ。

 このカードは単体では単に「対象のクリーチャーをちょっとしたリスクを負いつつ破壊できるカード」に過ぎない。この狩人が動き出す前に対処されてしまえば、君は単に対戦相手のクリーチャーを強化しただけで終わってしまう。

 しかし+1/+1カウンターをテーマとしたモーニングタイドという環境(特に+1/+1カウンターを置く増援(Reinforcements)というメカニズムのある環境)においては《眼腐りの狩人/Hunter of Eyeblights》の力はいや増す。


《ラノワールのエルフ/Llanowar Elves》(アルファ)
Llanowar Elves / ラノワールのエルフ (緑)
クリーチャー - エルフ(Elf) ドルイド(Druid)
(T):あなたのマナ・プールに(緑)を加える。
1/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Llanowar+Elves/

 エルフ週間について初めて聞いたときは、過去から現在に至る全てのエルフのベスト20について記事を書こうと考えていた。最初はその内容で記事を書き始めてみたが、すぐにエルフはその題材にふさわしくないことに気づいた。強いエルフたちはあまりに能力が似通っているのだ。

 さて、ここで《ラノワールのエルフ/Llanowar Elves》を紹介したのは、その記事で1位を飾る予定だったのがこれだからだ。Richard Garfield はまさにマジックの開幕直後からこのエルフを登場させ、それ以来、私たちは確かにいくつかの素晴らしいエルフを生み出してきたが、私の個人的な感想としては、結局このオリジナルをしのぐ1枚は未だ生み出されていないように思う。


《薬の走り手/Medicine Runner》(シャドウムーア)
Medicine Runner / 薬の走り手 (1)(緑/白)
クリーチャー - エルフ(Elf) クレリック(Cleric)
薬の走り手が戦場に出たとき、パーマネント1つを対象とする。あなたはそれからカウンターを1個取り除いてもよい。
2/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Medicine+Runner/

 最初、このカードが取り除くのは-1/-1カウンターだった。しかしローウィンブロックやそれよりも過去のセットとも相互作用を持つようにしたかったためにカウンターの種類を問わないことにした。それによってより良いカードになったと思う。


《原初の腕力魔道士/Primal Forcemage》(時のらせん)
Primal Forcemage / 原初の腕力魔道士 (2)(緑)
クリーチャー - エルフ(Elf) シャーマン(Shaman)
他のクリーチャーがあなたのコントロール下で戦場に出るたび、そのクリーチャーはターン終了時まで+3/+3の修整を受ける。
2/2
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Primal+Forcemage/

 このカードがデザインされたわけは、私がそれまでに一般化していた慣習とはちょっと違ったことをしたかったからだ。他のカードがプレイされたり場に出たりすることで強くなったり君にカードを引かせてくれたりするカードは過去にたくさんデザインされてきた(どうでもいいことだが、これは英語で書くと「other things are played or come into play」となる。同じ文章に出てくる複数の「play」が違う意味になることが私はどうしても好きになれない)

 しかし、今まさにプレイされたカード、もしくは場に出たカードを強化するカードはあまりない。それに加えて、私の中のジョニー的部分(註)が場に出たばかりのクリーチャーを強化するという効果でどんな悪さができるかに興味を持った、ということもある。
(註) ジョニー的部分
 マジックのプレイヤーの傾向を分類する方法の1つに「ティミー、ジョニー、スパイク」がある。簡単に説明すると、それぞれ「派手なカードが好き、デカいカードが好き」「独創的なデッキやコンボ好き」「勝利至上主義」。


《クウィリーオン・レインジャー/Quirion Ranger》(ビジョンズ)
Quirion Ranger / クウィリーオン・レインジャー (緑)
クリーチャー - エルフ(Elf)
あなたがコントロールする森(Forest)を1つ、オーナーの手札に戻す:クリーチャー1体を対象とし、それをアンタップする。この能力は、各ターンに1回のみ起動できる。
1/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Quirion+Ranger/

 当時、《停滞/Stasis》がちょっとした問題になっていたので私は《停滞/Stasis》と相性のよいカードを作ることにした。このカードは土地を手札に戻すことでアンタップできるというだけでなく、さらに《停滞/Stasis》によってロックされていたクリーチャーをアンタップすることまで出来る。

 あらためて振り返ってみると、私が作ったものは度が過ぎていたような気もする。そもそもの問題が単に「栓抜きがない」ということに過ぎなかったにも関わらず、生み出されたのはあまりに高性能な万能ナイフだった。

 いずれにせよ、このカードは「作ったことを誇りに思うカード トップ10」(註)の1枚であることは確かだ。
(註) 「作ったことを誇りに思うカード トップ10」
 原文では以下のURLへリンクが張られている。「トップ10週間」に書かれた記事らしい。
 http://archive.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtgcom/daily/mr147


《ラノワールの使者ロフェロス/Rofellos, Llanowar Emissary》(ウルザズ・デスティニー)
Rofellos, Llanowar Emissary / ラノワールの使者ロフェロス (緑)(緑)
伝説のクリーチャー - エルフ(Elf) ドルイド(Druid)
(T):あなたがコントロールする森(Forest)1つにつき、あなたのマナ・プールに(緑)を加える。
2/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Rofellos%2C+Llanowar+Emissary/

 Michael Ryan と私が最初にウェザーライト・サーガ(註)の構想にとりかかったとき、私たちは出来る限り多くのマジックを代表するクリーチャーたちをストーリーに絡めようとしていた。
(註) ウェザーライト・サーガ
 原文では以下のURLへリンクが張られている。サーガそのものではなく、どのようにしてサーガが生まれたか、について書かれた記事。当然、Michael Ryanも登場する。
 http://archive.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtgcom/daily/mr308

 そのうちの1枚が《ラノワールのエルフ/Llanowar Elves》だ。緑のキャラクターの代表はすでにミリーがいた。私たちがサーガの「過去」について考え始めたのはそのときだ。ラノワールのエルフがどのような重要な役割を物語で果たしたのか?

 避けられない運命として、背景物語の中でいずれかのキャラクターが死ぬ必要があった。ストーリーの中で、ジェラードはウェザーライト号と彼自身の運命に背を向ける瞬間を迎えることになっていた。なぜか。それは彼が非常に大きな「何か」を失い、それが彼を芯から揺さぶったためだ。ではその「何か」とは何なのだろう。

 ここで多くの脚本の先生が私に教えてくれたことを紹介しよう。キャラクターを大きく転換したいときに君がすべきことは、そのキャラクターにとって価値ある何かを奪うことだ。さらに、その価値ある何かが失われてしまうのは、そのキャラクターのとった行動による結果でなくてはいけない。

 多くの議論が交わされて結果、Michaelと私の辿り着いたストーリーでは、ジェラードは最初のころは仲間を増やすことに熱中していた、ということになった。私たちの考えでは、ジェラードは最初のころは自身の運命を受け入れており、彼の友人たちをそれに連れていくことに躊躇しなかった。友人たちは乗り気ではなかったが、ジェラードの人望に惹きつけられついていくこととなった。

 そして彼らの1人が死に、ジェラードは友人たちを引きこんだことに責任を感じることとなる。また、彼の運命こそが、彼が気にかける人々全てを死の運命へと引き込むという元のテーマにつながる。友人の死は彼の頭を離れることがない。

 その友人がラノワールのエルフだったらどうだろう?

 そしてロフェロスが生まれた。

 ウルザズ・デスティニーをデザインするとき、私はロフェロスを強力なカードにする必要性を感じていた。なぜなら私はジェラードが彼を気にかけたほどに、プレイヤーたちにもロフェロスと親密になって欲しかったからだ。

 ジェラードはロフェロスと長く深い付き合いがあったが、プレイヤーたちはそれほど長い時間をロフェロスと過ごすわけではない。つまり同じくらい好きになってもらうにはプレイヤーを惹きつける素晴らしいカードデザインが必要だった。

 アイデアの出発点はロフェロスを「グレートでハイパーなラノワールのエルフ」にすることだった。つまり大量のマナを生み出させたいんだな、と自分で気づいた瞬間、フレイバーにあふれた方法でそれを達成するにはどうすればよいかが簡単に分かった。

 《ラノワールのエルフ/Llanowar Elves》の住まうべき場所は森以外にあり得ない。


《安寧砦の精鋭/Safehold Elite》(シャドウムーア)
Safehold Elite / 安寧砦の精鋭 (1)(緑/白)
クリーチャー - エルフ(Elf) スカウト(Scout)
頑強(このクリーチャーが死亡するたび、その上に-1/-1カウンターが置かれていなかった場合、それを-1/-1カウンターが1個置かれた状態でオーナーのコントロール下で戦場に戻す。)
2/2
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Safehold+Elite/

 このカードは最初「(1)(緑/白) 2/2」のバニラクリーチャーだった。モンティパイソンの言葉を借りれば「マシになった」ね(註)。
(註) モンティパイソンの言葉を借りれば「良くなった」
 原文では「To paraphrase Monty Python: It got better」。「モンティパイソンとホーリーグレイル」の中で「あの魔女め、私をイモリに変えやがった! ……むしろマシになったかも(Well, she turned me into a newt! ... I got better)」という一節があるらしい。この作品は見たことあるはずなんだけど、このシーンは思いだせない。悔しい。


《傷負いのツタ育て/Scarred Vinebreeder》(ローウィン)
Scarred Vinebreeder / 傷負いのツタ育て (1)(黒)
クリーチャー - エルフ(Elf) シャーマン(Shaman)
(2)(黒),あなたの墓地にあるエルフ(Elf)・カード1枚を追放する:傷負いのツタ育てはターン終了時まで+3/+3の修整を受ける。
1/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Scarred+Vinebreeder/

 デザイナーの性分として、私はいつも普通とは異なるリソースを探し求めている。エルフが緑と黒に属することになると知ったとき、私は1枚か2枚くらいは死んだエルフを喰らう黒いエルフがいてもよいのではないか、と思ったのだ。


《テル=ジラードに選ばれし者/Tel-Jilad Chosen》(ミラディン)
Tel-Jilad Chosen / テル=ジラードに選ばれし者 (1)(緑)
クリーチャー - エルフ(Elf) 戦士(Warrior)
プロテクション(アーティファクト)
2/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Tel-Jilad+Chosen/

 心理学には、大人になってから興味を持つものはその大半が幼少期の体験に起因するという説があるらしい。大人になってから大事にするものは小さい頃に君を楽しませてくれたものであることが多いということだ。

 これはマジックのデザインにも当てはまるのではないかと私は考えている。私がウィザーズの社員となる前は、私はジョニーなプレイヤーだった。私は一風変わったデッキで友人たちを楽しませていた。私のデッキと対戦したプレイヤーたちは、そのデッキから何が飛び出してくるのか予想できなかった。

 っそいてあらためて自分のデザインを眺めてみると、実に大きな影響を「若い頃のマジック」から受けていることに気づく。私は《Gauntlet of Might》が大好きだった。そして《ミラーリの目覚め/Mirari’s Wake》を生み出した。私は《Transmute Artifact》が大好きだった。そして《修繕/Tinker》を生み出した。私は《混沌の篭手/Gauntlets of Chaos》と《対置/Juxtapose》が大好きだった。そして《寄付/Donate》を生み出した(なんかパターンがあるような?)。

 この《テル=ジラードに選ばれし者/Tel-Jilad Chosen》を見ていると、私が実に長い時間をともに過ごしたアンティキティのあるカードが思い起こされる。そのカードとは《アルゴスのピクシー/Argothian Pixies》だ。


《萎れ葉の騎兵/Wilt-Leaf Cavaliers》(シャドウムーア)
Wilt-Leaf Cavaliers / 萎れ葉の騎兵 (緑/白)(緑/白)(緑/白)
クリーチャー - エルフ(Elf) 騎士(Knight)
警戒
3/4
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Wilt-Leaf+Cavaliers/

 なぜ緑が警戒を得るにいたったのか、その理由をよく聞かれる。簡単に言えば、そうしたかったからだ。そのとおり、緑は今では2番目に警戒するのが得意な色になった。

 難しく言えば? ここ(註)を参照してくれ。
(註) ここ
 原文では以下のURLへリンクが張られている。キーワード能力について書かれた記事。
 http://archive.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtgcom/daily/mr284


鍛えるふ

 今日の長くてとりとめのない記事もここまでだ。来週は年に1回のデザインそれ自体に関する記事を書こうと思っている。それまで自分とエルフを大切にしてくれ。

 Mark Rosewater
【翻訳】アーティファクト週間にようこそ!/Welcome to Artifact Week!【Daily MTG】
Mark Rosewater
2005年2月28日
元記事:http://www.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtgcom/daily/mr165

奥さん、そりゃアーティファクトが悪いよ

 アーティファクト週間へようこそ! 足かけ2年に渡ったマジックの色に関する壮大なテーマ週間の最後を飾るコラムはこれ以外ないとスコット・ジョン(このサイトのコンテンツリーダー)が思い描いていたテーマ週間がこれだ。

 それぞれの色に関するテーマ週間ごとに、私はその色はこうあるべきという哲学について記事を書いてきた(緑の「It’s Not Easy Being Green」、白の「The Great White Way」、青の「True Blue」、黒の「In the Black」、赤の「Seeing Red」(註))つまり今週はアーティファクトの「こうあるべき」について書かざるをえないということになる。

 しかしここで1つ問題が生じる。アーティファクトにはそれがないんだ。
(註) それぞれの色に関するテーマ週間ごと
 原文では各テーマ週間の名前ごとに以下のURLへリンクが張られている。
 緑:http://www.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtgcom/daily/mr43
 白:http://www.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtgcom/daily/mr57
 青:http://www.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtgcom/daily/mr84
 黒:http://www.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtgcom/daily/mr109
 赤:http://www.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtgcom/daily/mr133


ないものはない

 様々な帝国が生まれては消えていく中で、ローマ帝国は頭1つ抜けていた。彼らの国はありとあらゆる面で発達していた。街道、上水道、建築術、カレンダー、サラダ、エンターテイメント、排水管などだ(え? ああ、そうだね。確かに彼らは排水管に鉛を使ってたからそこはまだ発達の余地があったかもしれないね)。

 しかしそんなローマ帝国にも無かったものがあるんだ。何か知ってるかい? それは「ゼロ」の概念だ。ローマ数字をどう使っても「何もない」を表現することができないことに気づいただろうか。それは彼らが思いつきすらしなかったからだ。

 さて、なぜ私はこんな歴史の話を持ち出してきたのか? 2つの理由がある。

 1つ目として、私は記事を書くときにテーマを外れて雑多な小ネタとトリビアを書き散らしたくなるという強迫観念を持っているからだ。しかしそれより2つ目の理由のほうが重要だ。私がここで言いたかったのは「何もない」を表現することはそれだけ難しいということだ。

 リチャード・ガーフィールドは数学の博士だった。だから当然のように彼はゼロの概念に精通していた(もちろん私も知ってはいるが、私の場合は Schoolhouse Rockの“My Hero Zero”で学んだ)。

 そのためまず初めにカラーパイを作ったとき、彼はそのどれにも当てはまらない何かを作るべきだとも考えた。カラーパイという概念に反するものだ。それは色を持たないのだ。

 そう、それこそがアーティファクト……ではなかった。

 それは無色マナだ。

 なぜ「どれでもない」がそれほど重要だったのか? リチャードは全ての要素が必ず特定の色と結びつくような状況を避けたかったのだ。5マナかかる赤の呪文が5点の赤マナでないと唱えられないとしたら、プレイヤーたちは単色デッキしかプレイできなくなってしまう。

 そこでリチャードはプレイヤーを色で縛らずに済むコストが必要だと考えた。そこまで思いつけば、包括的なマナコストにたどり着くまでは簡単なホップステップジャンプだ。さて、もしコストを部分的に無色マナにすることができるなら、全部をそうしたっていいだろう?

 しかしこの無色の呪文ってのは何なのだろう。幸いなことに開発の初期からリチャードにはマジックアイテムを入れたいという願望があった。結局、ダンジョンズアンドドラゴンズ(註)(もしくはそれに類するファンタジーロールプレイングゲームであればなんでも)を遊んだことがあるプレイヤーなら誰だってマジックアイテムの素晴らしさを知っている。
(註) ダンジョンズアンドドラゴンズ
 原文では以下のURLへリンクが張られている。
 http://www.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=dnd/welcome

 どんな魔法使いだって魔法のワンドや、魔法の兜や、魔法のアボリジニの笛を使いたいに決まっているのだ。色にこだわる必要性は感じられず、まさに完璧なアイデアだった。

 そのようなわけでアーティファクトは色に含まれないことになった。アーティファクトは色から外れた存在なんだ。色のように特定の役割(philosophy)を表現する必要はなく、むしろ彼らは「役割(philosophy)がない」を表現する存在なのだ。

 アーティファクトの扱いに長けている魔法使いがいるとすれば彼は決して生命の神秘を解き明かそうとしているわけではない。特定の何かに執着していないことを示しているんだ。

まさに似合いのタイプ

 アーティファクトに役割がないからといって、そこにフレイバーがないということにはならない。ポイントはカードのどこに目をつけるか、ということだ。

 アーティファクトのグループ分けはそのマナコストではなくカードタイプでなされている。カードは、白か青か黒か赤か緑かアーティファクトか、ではないのだ。

 カードは、クリーチャーかエンチャントかインスタントか土地かソーサリーかアーティファクトか、なのだ(インタラプトはカードタイプの一族からその名を消されている)(註)。これらそれぞれのカードタイプには十分にフレイバーが存在している。
(註) カードタイプの一族
 当時はまだプレインズウォーカーが登場していない。


■アーティファクト

 まずアーティファクトから始めよう。それには2つの理由がある。1つ目の理由は今日のコラムの主題だからであり、今週の主題だからでもある。2つ目の理由はABC順で最初に来るからだ(ちょうどよかったね)。

 アーティファクトは物体だ。実体があり、有形資産であり、手に持つことのできるアイテムだ……いや、正しくは、実体があり、有形資産であり、手に持つことのできるマジックアイテムだ。

 ここで付け加えた単語は実は非常に重要だ。アーティファクトは単なるアイテムではない。それは魔法的な何かを持つアイテムなのだ。

 神河救済に椅子のアーティファクトは登場しないだろう(玉座ならあり得るかもね。それが骨か何かで作られているなら。……って、ああ、もう明日には噂になるだろうなあ、神河救済で《骨の玉座/Throne of Bone》を再録されるってマローが言ってたぞ! ってさ。それが起きないとは誰にも断言できないけどね)。

 アーティファクトは特別で希少な魔法の品物だ。だからこそコモンのアーティファクトを見かける機会は少ない。アーティファクトの特徴の1つは一般的でないことだ(はいはい、金属で出来た世界は例外だよ)。

 じゃあ、何が「アーティファクトではない」のか? 「アーティファクト以外の全て」だ(その通り。ここ、「Making Magic」のコラムでは答えづらい難しい質問にだって私はちゃんと答えるのさ)。

 じゃあ「アーティファクト以外の全て」には何が含まれるのか? いい質問だね。それに答えるためには、アーティファクト以外のカードタイプに言及する必要がある。

■クリーチャー

 クリーチャーとは生きていて、息をしていて、感覚を持つ生命体だ。

 いや、それはちょっと違うか。ゾンビはちょっと生きてるとは言えないし、エレメンタルが実際に息をしているかどうか知らないし、突き詰めて考えると植物は感覚を持っていると言えるかどうか怪しい。

 まあ、それはさておき彼らは全員とも生命体ではある。生きている。少なくとも一度は生きていたことがある。そうでなくとも生きているもののように振る舞うことが出来る。

 つまり「クリーチャーではない」ものは、実体を持つ物体でありつつも生きておらず、息をせず、考えたりしないものだ。生命を吹き込まれていない本当の意味での物体でしかないものをクリーチャーという枠から取り除いたのはそれが理由だ。

 例えば《石の壁/Wall of Stone》だ。これはクリエイティブな観点から言えばクリーチャーではない。レンガとモルタルの積み重ねに過ぎない(レンガとモルタルが恐怖のあまり死んでしまうのを見たことあるかい? イマイチだよね)。

 勘違いしないで欲しいが、マジックに石で出来た壁を登場させる余地などない、などと言っているわけではない。ただ、それはクリーチャーではない、という話だ。

■エンチャント

 ここから少々話はこみいってくる。エンチャントとは、持続的な魔法の効果のことだ。形ある物体としても描かれるが、そうであったとしてもその本質はあくまで魔法的なエネルギーによるものだ。

 たとえば、かの闇の時代にかわいそうなバールが閉じこめられていた実体のある檻、《バールの檻/Barl’s Cage》はアーティファクトであるべきだ(もちろんなんらかの魔法はかかっているだろうが)

 一方、神河物語の《手の檻/Cage of Hands》は違う。これは魔法的な力によって生み出された概念的な檻(視覚的には手のひらの外見をしている)であり、不幸にも対象となった相手をその内に閉じこめる。

 しかしエンチャントが物質的な見た目で表現されることがあるからといって、常に物質的な実体を伴わなければいけない、ということにはならない。

 多くのエンチャントは、魔法の効果そのものではなく、単にその効果の結果のみを残す。エンチャントの重要性はその持続性であり、その理由はインスタントやソーサリーとの差別化のためだ。

■インスタント/ソーサリー

 スターターにおけるインスタントとソーサリーのイラストは、コンセプトという点において特に違いはない。どちらも魔法の呪文が解決した結果を見せている。しかしそもそも瞬間的なイメージだけではインスタントとソーサリーのもつタイミング的な差違を表現することはできない。

 インスタント/ソーサリーとエンチャントがイラストで表現されるときのもっとも大きな違いとしては、前者は唱えられている最中が描かれることが多く、後者は効果を発揮したあとが描かれることが多い、という点があげられる。

■土地

 土地とは場所だ。物理的な場所だ。土地は「何か」よりも「どこ」であるかを表現すべきだ。何が言いたいかというと、これによって土地は人工物を表現する役割を担当することになった、ということだ(その通り、建物や石の壁などだ)。

 土地とアーティファクトはどちらも人工物を扱うが、その最も大きな違いは何かと言えば、アーティファクトはそれ自体が魔法的なものであり、かつ持ち運び可能なものである、という点があげられる(土地に描かれる建物の場合、それ自体が魔法的である必要はない。土地カードとは何か。それはマナの豊富な場所を指し示すものだ)。

念のため

 何百通というメールが送られてくる前に言っておこう。私が説明しているのは「今現在」私たちがどのようにカードタイプを定義しているかということだ。過去もそうだったわけではない。

 君たちもご存知のとおり、過去には《城壁/Castle》という名のエンチャントもあったし、《水銀の短剣/Quicksilver Dagger》という名のオーラもあった。

 土地のコンセプトを持つアーティファクトもあったし、アーティファクトのコンセプトを持つ土地もあった。ああ、そうそう、もちろん《石の壁/Wall of Stone》もあった。

 それにいつかはここに書いたガイドラインすらまた破られるかもしれない。ただそのとき私たちがルールを破るのはそうしなければいけない理由があるからであり、ルールがなぜ作られたかが分からなかったからではない。

命あるアーティファクト

 カード上に書かれていること以上に多くのコンセプトがアーティファクトには含まれている。実際、私がミラディンのデザインチーム(Tyler Bielman、Mike Elliott、Brian Tinsmanと私)を立ち上げたとき、一番最初に皆に尋ねた質問は「アーティファクトの本質とはなんぞや」だった。

 そしてチームの回答は以下の通りだ。

■その1 アーティファクトのマナコストは無色である

 当たり前だと思っていることから始めるのは大事なことだ。ときに当たり前が当たり前でないと判明することもある。それはとても興味深いことだ。

 アーティファクトのマナコストが常に無色だったからといってルールがそう定めているわけではない。たとえば、やろうと思えば(赤)のマナコストを持つアーティファクトを作ることだって出来るのだ。

 その場合、カードの色は赤となる(カードの色はそのマナコストに含まれる色マナで決まるからだ)。しかしそれでもそのカードはアーティファクトだ。

 ミラディンチームは無色マナコストという特色を保持すべきだと強く感じていた。主にフレイバー的な理由からだったが、次に挙げるアーティファクトの本質もその大きな理由の1つだ。

■その2 アーティファクトは誰にでも扱える

 私はときどき冗談交じりにアーティファクトというカードタイプは「みんなのカードタイプ(the people’s card type)」と呼んだりしている。私とチームは、アーティファクトの持つこの普遍的な本質性こそがもっともアーティファクトらしさを定義づけていると感じていた。

 献血でいうならアーティファクトとは万能ドナーだ。アーティファクトを見たプレイヤーは誰でもそれをデッキに放り込むことができる。いや、デッキのどんなカードとでもシナジーを生み出せるという意味じゃない。マナコストが妨げにならないという話だ。

 この本質性が、私たちに2通りの起動コストをデザインさせるに至った(ミラディンの破片サイクルのようなアーティファクトだ)。特定のアーティファクトが特定の色とより結びついているという考え方だ。特定の色のデッキだとより効率が良い。

 しかしいざというときには(たとえばシールドデッキを組むときには)多少パワーレベルが下がるとはいえ、どんな色のデッキでもそのカードを使うことはできる。

 私たちとしては《Gauntlet of Might》や《コーマスの鐘/Kormus Bell》のような特定の色1つにに偏ったアーティファクトの存在もありだと思っている。なぜならそれぞれ一応他の色でも有用性がないわけではないからだ。

 たとえば、プレイヤーが黒デッキへの対策としてサイドボードに《コーマスの鐘/Kormus Bell》を用いた時代もあったのだ。

 ただこの説明ではミラディンの2枚のカード、《変幻の杖/Proteus Staff》と《レオニンの陽準器/Leonin Sun Standard》について疑問に思う人がいるかもしれない。

 これらはミラディンブロックたった2枚の特定の色マナがないと使えないアーティファクトカードだ(特定の色マナがあれば付加価値を得られるというカードはたくさんある)。

 このカードたちはR&Dでも大論争を引き起こした。

 個人的な意見としてはこれらのカードは間違いだったと思っている。特定の色マナが無くては使えないというのは、アーティファクトが越えてはいけない一線を越えていると感じるからだ。しかし私の意見も大勢の意見の中の1つに過ぎず、私の意見は通らなかった。

 これに関しては、きわどいところである、と言いたい。《コーマスの鐘/Kormus Bell》と《変幻の杖/Proteus Staff》を分けるごくわずかな差があり、どこかで線を引かなければならないとすれば、私はこの2枚のあいだにその線があると思っている。

 しかしR&Dの仕事とは個人の視点によるものではない。集団の成果なのだ。そのため、私個人の意見として「これらは間違いだった」と言うのは、正しくは「これらのカードは私個人が考えるアーティファクトのあるべき姿と一致していない」ということだ。

 私であれば異なる決定を下したであろうとはいえ、《変幻の杖/Proteus Staff》と《レオニンの陽準器/Leonin Sun Standard》に至った開発プロセスに対しては敬意を払っている。

 これらが意味するところは、特定の色にしか使えないアーティファクトもまたマジックが向かうべきデザインの一部に含まれている、ということだ。

■その3 アーティファクトはアーティファクト破壊に弱い

 この本質(Quality)はあまりに当たり前過ぎてときに忘れられることがある。各パーマネントはそれぞれ対応する除去呪文がある。対応する除去呪文がなければ特定のカードタイプを排除できないというこの仕組みがゲームに与える影響は非常に大きい。

 たとえば、大抵の環境においてアーティファクトとエンチャントと土地はクリーチャーよりも場に残りやすい。これはなぜかというと、全てのデッキはクリーチャー対策を積んでいるが、全てのデッキがアーティファクトとエンチャントと土地に対して策を講じているわけではないからだ。

 実際のところ、もしメタゲームが特定のカードタイプを含まない方向へ動いていた場合、逆にそのカードタイプをプレイすることで対戦相手を困らせることができる。

 この本質(Quality)は私たちがアーティファクト土地を作る決断を下す際に大きな意味を持った。当時の私たちはアーティファクト破壊を多めにすることで土地もアーティファクトに数えるというアドバンテージが強くなり過ぎないようバランスがとれると考えたのだ。

 そして私たちは間違っていたというわけだが、それはさておき当時の思考プロセスは前述の通りだ。

■その4 アーティファクトのフレイバーは非常に明確なコンセプトを持っている

 これに関してはすでに説明済みか。

■その5 汎用的であるアーティファクトは自然とその効果も包括的なものとなる

 ここで今一度カラーホイール(色の役割)の話に戻ることになる。アーティファクトは無色マナで唱えることができる。そのため他の色の縄張りを侵さないように作ることが非常に難しいのだ。

 開発部における私たちの考えはこうだ。アーティファクトに何らかの能力を持たせるということは、その分野にもっとも劣る色にその能力を与えることに等しい。

 エンチャント破壊を例にとってみよう。黒と赤はエンチャント破壊がとてつもなく苦手だ。しかしアーティファクトに与えられたエンチャント破壊能力はそれすなわち黒と赤に与えられたことに等しい。アーティファクトが基本的にエンチャント破壊能力をもたないのはこういうわけだ。
 色を定義づけてしまうような基本的な能力を持たせることができないとなったとき、どうすればよいのか?

 基本に立ち返るのだ。

(1) マナ能力

 マナ能力より基本的なものはない。どの色だってマナを生み出すことはできる。アーティファクトがとりつかれたようにマナを生み出したがるのはそういうわけだ。

(2) マナフィルター

 これは緑の領域だが、他の色も扱えたほうがマジックはもっと楽しくなる。他の能力に比べ、マナフィルター能力を開発部が多少強めに設定しているのはそれが理由だ。

(3) カードを引く

 マジックはカードゲームだ。そのため、どの色も多かれ少なかれカードを引くことができる。これにより「みんなやってるよ!」といういいわけが成立するわけだ。

(4) パワー・タフネス強化

 私はつねづね、マジックとはクリーチャーを中心としたゲームだと言っている。だからこそどの色も自分たちのクリーチャーを何らかの形で強化することができるのだ。もちろんアーティファクトも。

(5) クリーチャー

 誰だってクリーチャーを持ってる。その上で、アーティファクトクリーチャーたちは色つきのクリーチャーが見逃した「何か」をいつも必死に探している。

 平均並のアーティファクト量を含むセットを見てもらえば分かると思うが、アンコモンのアーティファクトはほぼ全て前述の5つのカテゴリいずれかに含まれる。そしてありがたいことに私たちにはレアカードが残されている。


(6) アーティファクトはヘンテコである

 すでに普通じゃない領域に踏み込んでいるというのに、ぎりぎりまで踏み込まない理由はないだろう。そう、アーティファクトは2種類の方法で、色の役割(Color Pie)との衝突を避けることに成功した。

 1つはどの色にもできる基本的な能力しか持たないこと。もう1つはどの色にもできない能力しか持たないこと。この未知の領域への挑戦によってアーティファクトはヘンテコであるという評価を得ることに成功したのだ。

 ミラディンのデザインチームは(通常ならレアにされるであろう)ヘンテコな効果を持つアーティファクトをアンコモンに押しやることに多大な労力を払った。セット全体に「ヘンテコさ」が広がるようにするためだ。

 ミラディンブロックにおけるアンコモンのアーティファクトの多くが、通常のセットならレアでしかお目にかかれないようなカードなのはそういうわけだ。

(7) アーティファクトと決めたらどこまでも

 アーティファクトは正式にはカラーパイの一部ではないことになっているが、いくつかのメカニズムは彼ら専用ということになっている。有名なところでは石臼能力だ(ライブラリから直接墓地へカードを置く効果のことだ)。

 これは計画的にそうなったわけではなく、徐々に自然とそうなっていった。分かってもらえるだろうが、アーティファクトがデザインされるとき、デザイナーは過去に自分が好きだったアーティファクトを参照する。

 そのため、一度アーティファクトがそれまでにない新たなメカニズムを獲得すると、それは「アーティファクトっぽい効果」として定着してしまう。

 これは一朝一夕に起きる現象ではないが、新しいアイデアを根付かせようとするには時間がかかることをアーティファクトたちはよく分かっているのだ(対象のプレイヤーのコントロールを得る、の効果を彼らは随分と長いこと狙ってたんじゃないかな?)。

(8) アーティファクトは自らを機械(=コンボ)の一部としたがる

 マジックのデザインは「開かれた」形になっている。カードの組み合わせを可能としているのだ。そして、無色のマナコストでありつつヘンテコな効果を持つアーティファクトは潜在的にコンボ向きだ。

 実際、互いに影響を及ぼし合う複数のアーティファクトが集まって1つの巨大な固まりであるかのように振る舞うのはよくあることだ。私はこういった固まりを機械に見立てることが多い。

 フィフスドーンはこの考え方を特に押し進めたものだ。なにしろフィフスドーンのデザイナーたち(Randy Buehler, Aaron Forsythe, Greg Marques, そして私)は機械デッキの大ファンだったからね。

アーティファクトチェック

 このようにアーティファクトには多くの制限がある。役割(Philosophical)に限ったものではない(そっちを確認するのはさらに大変な作業だ)。

 今日の記事を読んでくれた君たちに開発部がアーティファクトをどうとらえているか、その考えを(メカニズムの面だけでなくクリエイティブな面からも)多少なりともつかんでもらえたのではないかと願っている。

 また来週の私の記事を楽しみにしていてくれ。来週は……来週は……ああ、そうだ。まだ分からないんだった。何しろ君たちがまだ私に教えてくれていないんだからね。

 どうやって決めるのか? 投票する選択肢は2つある。1つはマジックのデザインに関するトピックの一覧、もう1つはマジックでないもののデザインに関するトピックの一覧だ。

 さらにつけ加えておくと、2つ目のリストはその中でもマジックに関係のあるものとそれほどデザインプロセスに関係のないものの2種類が含まれている。

 君たちは1つ目のリストAと2つ目のリストBから1つずつ選択してくれればいい。それらを組み合わせて面白いコラムを来週までに用意するのは私の仕事だ。注意して欲しいのは、火曜日の3月1日の昼が締め切りということだ。何しろ記事を書く時間が必要なわけだからね。

 よし、君たちの選ぶリストは以下の通りだ。先に言っておくと、君たちが送ってくれた要望のうち9割は採用されていない。どうして不採用になったのかって?

 理由の1つ目は、それが過去のコラムですでに語った内容だったからだ。私のコラムのファンなら、ぜひともアーカイブされている過去の記事に目を通して欲しい。

 さらに付け加えておくと、私の記事の中に「One Hundred and Counting」という記事がある。これは私が今までに書いた1番目から100番目までの記事について5段階の評価と分析を行っている記事だ(「Two Hundred and Counting」の記事は今年のうちに書かれる予定だ)。

 トピックとして採用されない2つ目の理由としては、未来の記事のためにとっておいてあるネタだからだ。それらは将来それに見合ったセットが出たときに語られることとなるだろう。3つ目の理由としては単にそれが私がいまいち語りたいと感じないトピックだからだ。

 色々書いてきたが、以下にリストにはかなりのヘンテコなネタを大量に並べてある。

リストA:マジックのデザイン(1つ選ぶこと)

 ・エンチャントワールドについて
 ・マジックでしてはならないことについて
 ・マナコストについて
 ・私の個人的な人生がどのようにマジックのデザインに影響を与えたか
 ・失敗したデザイン(思い通りにいかなかったカードとメカニズムについて)
 ・KindleとBurstのメカニズム
 ・多人数戦のためのデザイン
 ・パワーの進化について(マジックのパワーレベルの変遷について)
 ・アルファ版の「Boon」サイクルについて
 ・マジックのもっとも大きな変化(の中で実際には起きていないものについて)
 ・マジック外にありつつマジックのデザインに影響を与えているものについて
 ・なぜ青が開発部がいじめられているかについて
 ・様々なフォーマットのためにデザインするということについて
 ・6つ目の色を導入するに当たっての賛美両論について
 ・マジックにカエルが生まれたわけについて
 ・新たな種族と職業のシステムについて
 ・マジックの向かう先について
 ・エレガントでないカードたちについて
 ・カードをデザインするということ:《炎の嵐/Firestorm》編について
 ・マジックの根本的な選択について(なぜ5色か? なぜ基本地形か? など)
 ・世間がどのようにマジックに影響を与えるかについて
 ・1マナでパワー2のクリーチャーについて
 ・タイミングとテンポとそれがどうデザインに影響を与えるかについて
 ・デザインの失敗から学べることについて
 ・マジックにレアリティがなかったら
 ・第2回 カードを作るのは君だ! の中でも特によいメカニズムについて
 ・青のカードのデザインについて
 ・各種破壊カードのデザインについて
 ・クリーチャータイプの盛衰について
 ・デザインしたカードのワースト10
 ・なぜカードが自身のパワーレベルに見合ったマナコストを得られないかについて
 ・マジックのデザインが紙飛行機の作り方と似ている点について
 ・よくあるデッキのタイプ(手札破壊、土地破壊、パーミッションデッキ)に
   合わせて、注意深くデザインが行われていることについて
 ・デザインの並列性について
 ・デザインのチェックを通らなかったカードたちについて
 ・コストを軽減するメカニズムのデザインについて
 ・リミテッドのためのデザインについて
 ・セットのテーマの選び方について
 ・人気のあるカード vs 良いカード(それぞれのデザインについて)
 ・多色カードのデザインについて
 ・エンチャントのデザインについて
 ・カオスを生み出すカードの役割について
 ・カラーホイールの変化について
 ・相手のカードを奪うクリーチャーについて
 ・色の変遷について
 ・第6版ルールの変更がどのようにデザインに影響を及ぼしたのかについて
 ・アンティカード、リシド、《Nettling Imp》のようなデザインについて
 ・なぜ既存のカードの上位・下位互換が生まれるのかについて

リストB デザインと関係ないテーマ(1つ選ぶこと)

 ・Roseanne について
 ・マジックのデザインが私の人生に及ぼした影響について
 ・スリヴァーについて
 ・苗木について
 ・Dune Chronicles について
 ・は虫類について
 ・女の子について
 ・私がトピックをどう決めるか(コラムがどう生まれているか)について
 ・私がどうやってマジックのデザイナーになったかについて
 ・カードを引かずにカードアドバンテージを得る方法について
 ・新規プレイヤーに向けた10のレッスンについて
 ・ゲームを学ぶにあたって陥りがちな落とし穴について
 ・マジックの古参プレイヤーについて
 ・数学とマジックについて
 ・持ってるカードが禁止されたときについて
 ・マジックに家族で関わっている人(Ruel兄弟、PhilとKajaの夫婦など)について
 ・《霧衣の究極体/Mistform Ultimus》について
 ・タイムトラベルについて
 ・デザイナーに読んで欲しい本について
 ・マークローズウォーターが頭がおかしいに違いない
 ・モンティ・パイソンについて
 ・《ルアゴイフ/Lhurgoyf》
 ・インターネットがマジックに与えた影響について
 ・ダンジョンズアンドドラゴンズについて
 ・お金について
 ・恐竜について
 ・愛について
 ・マジックに有袋類がいない点について
 ・シチュエーションコメディがミッドショーの役者に与えた影響について
 ・ロック(音楽)について
 ・《強奪する悪魔/Reiver Demon》について
 ・グリーマックスについて
 ・透明なバナナスプリットについて
 ・空飛ぶブタについて

 君たちがどれを選ぶのか非常に気になっているところだ。また来週、結果を見に来てくれると嬉しい。それまでのあいだ、「何もない」という考え方の価値についてあらためて考えを巡らせてみてくれ。
【翻訳】PVによる2013年度マジック殿堂入り候補者ギョーム・ワフォ・タパへのインタビュー【CFB】
Paulo Vitor Damo da Rosa
2013年07月11日
元記事:http://www.channelfireball.com/articles/hall-of-fame-2013-candidates-guillaume-wafo-tapa/

 この記事は2013年度に殿堂入りする可能性を持つ候補者たちへインタビューするという現在進行形のシリーズものの一部だ。過去にインタビューしたプレイヤーたちは以下の通り。

 ・ジャスティン・ゲーリー/Justin Gary
 ・ウィリアム・ジェンセン/William Huey Jensen
 ・ベン・スターク/Ben Stark
 ・ウィリー・エデル/Willy Edel
 ・ポール・リーツェル/Paul Rietzl

ギョーム・ワフォ・タパの主なプロフィール

 ・生涯プロポイント 
              221点
 ・参戦プロツアー 
              27戦
 ・プロツアートップ8
              4回(8.8%)
 ・プロツアー優勝
              1回(2007年横浜)
 ・プロツアートップ16
              4回(5.9%)
 ・プロツアートップ32
              2回(11.7%)
 ・プロツアートップ64
              1回(14.7%)
 ・プロツアートップ64以上
              11回
 ・グランプリトップ8
              8回
 ・フランプリ優勝
              0回
 ・Median Finish(註)
              102
 ・3 Year-Median
              22
 ・POYトップ10
              3年
 ・生涯獲得賞金額
              160,750ドル(23位)
(註) Median Finish
 参加したプロツアーの最終順位の平均値をとったものらしい。定義は「Midpoint of career Pro Tour finishes (half above, half below)」とのこと。

現在、マジックとはどのように関わっていますか? もし殿堂入りしたとすると、その関わり方はどのように変わると思いますか?

 僕はマジックが大好きで、今もたくさん遊んでるよ。もし殿堂入りしたとしてもそれが変わるということは絶対にない。だけど試されることになるだろうからほとんどのプロツアーに参戦するだろうね。

あなたは常にコントロール好きのプレイヤーとして知られています。実のところ私自身あなたがコントロールデッキ以外をプレイしているところを見たことがありません。そのコントロールデッキ愛の源は?

 その質問は興味深いね。僕自身、答えを知りたいくらいだよ。好きに理由はないというけどそういうことなのかな。もしかしたら子供時代に理由があるのかもしれない。小さい頃、両親はよくレゴを買って来てくれたんだ。コントロールデッキはパーツを集めて組み立てる作業に似ているし。

 まあ、それが理由かは分からないけどね。

いつか違うデッキをプレイすることはありえますか? 例えばアグロデッキとか。それとも環境的に他のデッキタイプのほうが有利だというときでも好きなデッキを使い続けますか?

 アグロデッキを使うかもしれない状況を思い付くことはできるけど、実際そうなるかというと、ありえないかな。コントロールデッキが通用しそうにないという状況になったらどうするかというと、もっと頑張る、が僕の哲学だからね。

 アグロデッキを使うとなると、1つ目として、まずアグロデッキが最適解だと僕に信じこませる必要がある。だけど、2つ目として、プロツアーには不確定要素がたくさんあって明確な最適解を得ることは非常に難しい。

 それでも僕の参加しているテストグループがぶっ壊れたデッキタイプを生み出すのに成功したら、おそらくそれに乗らせてもらうだろうね(実際そんなことがあったら多分それはコンボデッキだろうけど)。

 そういえば2回だけコントロールデッキ以外でプロツアーに参加したことがあるよ。

 どっちも信頼に足るコントロールデッキを作れなかったことが理由であって、実際に使ったほうのデッキに納得してたわけじゃない。

 1回目は世界選手権のレガシーで、僕は赤単デッキを使った。他の選択肢と比べるとそのデッキには《血染めの月/Blood Moon》、《月の大魔術師/Magus of the Moon》、《虚空の杯/Chalice of the Void》、それと《三なる宝球/Trinisphere》を入れることが出来たからね。あと勝ち手段として《ギャサンの略奪者/Gathan Raiders》と《ラクドスの地獄ドラゴン/Rakdos Pit Dragon》が入ってた(バックアッププランとして素出しの《猿人の指導霊/Simian Spirit Guide》で殴り勝つ、もあったね。本気で)。

 結果は3-3。2回目はローマでの世界選手権で、フォーマットはデクステンデッドで超起源デッキを使った。結果は0-3。それ以降はないよ。《熟慮/Think Twice》しなかった当然の報いだね。

コントロールデッキを使うということは、適切な回答を適切な脅威に対して選択するということです。未知のメタゲーム(例えばプロツアーのような)に挑む際にどのようにしてコントロールデッキを作るのか、そのプロセスを簡単にでよいので紹介してもらえないでしょうか。

 最初のステップとして、そこに何が待っているのか近づいて確かめる必要がある(例えそれが未知の領域だとしても出来る限りね。少なくともラフなアイデアを得るために)。実際、正しい回答を探すためにはそもそもどんな脅威があるのかを知る必要がある。

 2つ目のステップとして回答を探す作業がある。それには「どうやってゲームを終わらせるか」も含まれる。これはとても重要な点だ。これによって青の相棒となるべき色が何色なのかが自然と判明する。

 それから適切な回数のテストを行うことで環境に対してどんなデッキが必要なのかが見えるはずだ。大会が近付けば予想されるメタゲームの輪郭はさらに明確になるだろうね。

私が見てきた競技マジックのプレイヤーの中で最も頻繁に後手(to draw)を選択するプレイヤーがあなたです。多くのマッチアップにおいてそれがより良い選択だとあなたが感じる理由について簡単に説明してもらえないでしょうか。

 根源にあるのは簡単なことで、最後には少ないリソースをやりくりせざるを得ない長い消耗戦に立ち向かおうというんだから後手(to draw)を選択しない理由はないだろう?

 構築ではコントロールvsコントロールの対戦がこれに当てはまるね。ときにはコントロールvsコンボやコントロールvsアグロにさえも当てはまる。後手を選択する際に注意すべきなのは、ゲームの序盤に諦めざるをえないプレイが本当に諦めてもよいものなのかどうかだね。

 それでもリミテッドにおいては後手を選択すべき機会がより多く訪れる。単純にリミテッドのデッキのほうがデッキもカードが弱いから試合も長引きやすい。カードを引くことを選んだせいで対戦相手に負ける、なんて可能性もそれだけ低い。マリガンする可能性を減らす対策にもなる。もし長いマッチになりそうだと君が感じているならなおさらだ。

あなたは情報漏洩の罪で資格停止になりました。何が起きたのか話してもらうことはできるでしょうか。

 僕とギョーム・マティノンは当時よくフランスの雑誌にマジックの新セットに関する記事を書いていた。雑誌はスポイラーリストを優先的に公開の数日前にもらうことができた。

 新セットの記事については僕らのうちの片方いずれかに依頼されて、その際に誰にも勝手に提供しないという約束の元にリストを渡される。ただ大抵の場合、許可を求めれば僕ら2人のあいだでなら共有させてくれた。

 新たなるファイレクシアのときはギョームが記事を担当することになった。雑誌側の許可を得た上で彼は僕にもリストを見せてくれた。僕はそれを僕の友人と共有して、さらにその友人は彼の友人にも見せた。

 そのせいでリストはネットに流出してしまった。

 この件は僕の側の認識が甘かったせいだ。僕が迷惑をかけることになってしまったコミュニティの皆に対して非常に申し訳なく思っている。

多くの人たちはあなたの資格停止を他と異なるものと受け止めています。例えば、齋藤友晴の場合、失格の原因となった行為はマッチの結果に直接的に結びつくものであったことに対し、あなたの場合はそうではないからです。しかしまた、あなたがスポイラーを事前に受け取ることができたのは事実であり、事前にテストプレイすることが可能であることを考えるとあなたの成績にも影響があったのではないかと考える人たちもいます。それが事実だと思いますか?

 事前にリストを受け取ることが出来たプレイヤーにアドバンテージががあるのは事実だ。だけどそれによって得られるアドバンテージは微々たるものだと思う。

 プレイによって辿りつける地点というのは限られている(結局のところ、プレイよりもデッキ構築のほうが比重は大きい)。メタゲームに類する多くの情報は大会が近づいて来なければ得られないタイプのものだからね。

 あくまで僕が友人にリストを提供したのは早めにリストを見て楽しんで欲しかっただけで、早めにテストプレイを開始してもらうためじゃなかった。ギョーム・マティノンとは大会の1週間前に会うことが多い。やっぱりその頃が一番テストするにちょうどいい時期だからね。

プロフィールページにある以外に何か特筆すべき戦績はありますか?

 地域選手権(編注:アメリカの州選手権に相当)を自作の総体の知識デッキで優勝したことは今でも誇りに思っているよ。

マジックにおけるもっとも良い思い出は?

 その質問は難しいな。とても良い思い出がたくさんあり過ぎて選ぶのが大変だ。その中でもプロツアー横浜での優勝が一番かな。僕の初プロツアートップ8でもあるし、色んな意味で大きな経験だったよ。

マジックに関する記事を書かれたことはありますか? もしあればその中でも特に自分でも気に入っているもののリンクを紹介してもらえませんか?

 フランスの雑誌に少し書いた以外だと、Star Cityにいくつか記事があるはずだよ。(註)
(註) Star Cityにいくつか記事がある
 検索したところ2件ヒットした。
 http://www.starcitygames.com/tags/GuillaumeWafoTapa/2001-05-30/2013-08-30

あなたが他のプレイヤーより抜きんでているプレイヤーとしての強みはなんだと思いますか?

 忍耐力だね。

 大会は長くて疲れるもので、長期戦をにらんだデッキを使えばなおさらだ。良い結果を残すためには気力を維持出来ることは非常に重要で、それが僕の強みだと思ってる。

好きなアーキタイプはありますか?

 たぶんインスタントがいっぱい入ったコントロールデッキであればなんでも好きだよ。

今までで一番好きなデッキとカードは?

 僕の好きなデッキはズヴィ・モーショヴィッツのターボランドだ(註)。エクステンデッドがまた遊べればぜひもう一度使いたいと思ってる。好きなカードは《熟慮/Think Twice》だよ。
(註) ズヴィ・モーショヴィッツのターボランド
 原文では以下のURLへリンクが張られている。ターボランドのデッキレシピ。
 http://www.wizards.com/sideboard/article.asp?x=sb20001110b

好きなフォーマットは?

 チーム共同デッキ構築スタンダードかな。チーム戦はとても楽しい。最近はたまにしかやらないし、全てリミテッドだ。なんでだろうね。プロツアーチャールストンは楽しかったな。

どのラヴニカギルドに属していますか?

 ディミーア。

殿堂入りしたプレイヤーは誰でも(インビテーショナルみたいに)自身をモデルにしたカードを作れるとした場合、あなたはどんなカードを作りますか?

 考えるのに本当はもうちょっと時間が欲しいけど、そうだね、何しろ僕はカードを引くこととライフを回復することが大好きだから、多分そのどちらか、もしくは両方をこなしてくれる青白の壁になるかもね。

今年の殿堂で誰に投票しますか?

 今のところ決めているのは3人かな。ルイス・スコット=ヴァーガス、齋藤友晴、八十岡翔太だね。ルイスについては説明の必要はないよね。デッキビルダーとして齋藤と八十岡の生み出すデッキには感銘を受けるところがある。残り数人についてはまだ迷ってる。

好きな映画は?

 あまり映画は見ないんだ。だからかわりにTVシリーズで「SPIRAL ~連鎖~」。

好きな小説は?

 ロイス・マクマスター・ビジョルドの「ヴォルコシガン・サガ」。

好きな食べ物は?

 クレープ。
(余談)
 このインタビューシリーズのギョーム・ワフォ・タパの次の回は、日本人プレイヤー齋藤友晴へのインタビュー記事で、これは英文和文の両方が載っている。興味があるかたはぜひ(英文記事の後ろに和文記事あり)。
 http://www.channelfireball.com/articles/hall-of-fame-2013-candidates-tomoharu-saito/

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