【翻訳】開発部の許容範囲/Engineering Tolerance【Daily MTG】
Tom LaPille
2011年7月15日
元記事:http://www.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtg/daily/ld/151
今までに高層ビル群を見たことはあるだろうか?
高層ビルは常に強い横方向の風にさらされている。そのため高層ビルの最上部は構造的完全性を妨げずに元の位置からいずれの方向へも数フィートの幅を揺れ動けるようになっている。
もし君が高層ビルの設計者に、あなたの設計した高層ビルが今この世界のどこにあるかを数センチの単位で教えてください、などと尋ねたらおそらく変な顔をされるだけだろう。しかし、その手がけた高層ビルが、どれだけ前後左右に揺れる余地を持っているのかについてなら正確な値を返してくれるはずだ。
ここ最近、私の記事の中で何度か言及してきたことだが、私はマジックのセットについて全ての面を把握しているわけではない。私がこれについて触れるたび、洪水のような批判を受ける。全てを把握せずにマジックを開発する責任を負っているのか、と人々は私に尋ねるのだ。
まず初めに言っておきたい。リリース前にフォーマットがどのような変化を迎えるのかをあらかじめ知っているなどと主張したとすれば、思い上がりも甚だしいとしか言いようが無い。
マジックは複雑だ。少なくとも数十万はいる消費者に対してそれを構築しているのはおよそ20名ほどのメンバーだ。自分たちが作っているものの全体像がどうなるかを把握することなど不可能だ。
単純な話、絶対数が少なすぎるのだ。
とはいえ、それでよいと思っている。
マジックの開発における大きな秘密の1つに、自分たちが作っているフォーマットをその隅から隅まで理解している必要はない、ということが挙げられる。
私たちの仕事は、そのフォーマットを間違いなく面白いものだと保証することだ。この仕事は幅広い知識を必要とするが、カード同士がどのように相互に影響するかを全て把握していなくても出来る仕事である。正しくは「決して知らずに済ませねばならない」ことなのだ。
高層ビルの建築家と同じ手法を用いることで私たちはこの問題を解決している。フォーマットを構築する際に揺らぎを許容する余裕を設けておけば、構造的な面白さが固定されてしまうこともなくなる。また細部に至るまで全てを把握しておく必要もなくなる。
これはありがたいことだ。なぜなら先に説明したとおり、細部まで全てを把握しておくことはそもそも不可能だからだ。
私たち開発者がフォーマットに許容可能な余裕を持たせる方法の1つは、単体で使っても強くないが環境が大きく乱れたときに強さを発揮するカードを投入することだ。
最近出たカードから1つ例をあげるとすれば《ヴァルショクの難民/Vulshok Refugee》だ。これは赤単色デッキが「対赤単色デッキ」に対するサイドボードカードとしてプレイされることを想定して開発されたカードだ。
構築デッキのミラーマッチでのみ強さを発揮するカードは興味深いバランスを生みだす。そのデッキがあまりに強く、ほとんどのプレイヤーがそれをプレイするようになった場合、多くのプレイヤーは自身のデッキをミラーマッチに備えて偏らせるようになる。
しかしこの偏りはデッキの尖りを丸めてしまい、結果としてミラーマッチ以外の対戦にデッキが弱くなってしまうことへとつながる。基本セット2012には非常に赤単色デッキ向きな強カードが多く収録されている。
そこで私たちはスタンダード環境に赤単色デッキを「共食い」させるカードがきちんと存在しているかどうかに気を遣った。
他にも、環境のバランスが何かおかしくなっているときに他のデッキたちが強いデッキに追いつけるよう手助けしてくれるカードを作ったりもする。
例えば、私たちは構築環境のデッキにある程度のクリーチャーが含まれている状態が好ましいと考えている。
これは、私たちが特定のクリーチャーデッキに肩入れしている、というわけではない。ただ、何年もマジックを見続けてきた結果分かったこととして、クリーチャーが5体以下しか入っていないデッキばかりが活躍している環境のマジックを面白くないと感じるプレイヤーがほとんどだということだ。
クリーチャーが多く入ったデッキに対して《否認/Negate》はイマイチなカードだ。逆にクリーチャーが少なめなデッキに対しては非常に強いカードとなる。
《翻弄する魔道士/Meddling Mage》はコンボデッキに対して似たような役割を果たす。もし君のデッキが特定のカード1枚に依存しており、それが勝利へとつながるとどめのターンを演出する場合、《翻弄する魔道士/Meddling Mage》はその道筋を断ち切ることができる。これは普通の手段で戦いたいデッキが追いつく助けとなる。
もちろん私たちはほとんどクリーチャーが入っていないデッキや相手との相互干渉が少ないコンボデッキが全てマジックにとって悪影響だと考えているわけではない。環境を支配するデッキ全てが上記のいずれかに属しているようなマジックは楽しくないだろう、と考えているだけだ。
これらのカードに関して私がもっとも好きな点は、彼らが実際に狙い通り働いてくれたという点だ。まだ実際に《ヴァルショクの難民/Vulshok Refugee》をスタンダード環境で見かけるようになったわけではないが、私は赤単色デッキが活躍しているプロツアー名古屋でこいつらがたくさん使われているのを見た。
基本セット2012は赤単色デッキに多くの新兵器を提供した。赤単色デッキはより強くそしてより広く使われるようになるだろうと私は予想している。それによって《ヴァルショクの難民/Vulshok Refugee》にスポットライトが当たることになるかもしれない。
《否認/Negate》と《翻弄する魔道士/Meddling Mage》はすでに過去の例もあり、上手く働いてくれるであろうことに不安は無い。《否認/Negate》はスタンダードのコントロールデッキ同士のミラーマッチにおける非常に一般的な対策カードであるし、《翻弄する魔道士/Meddling Mage》はもう10年近くエクステンデッド環境を崩壊の運命から救い続けてきた。
ときには彼らは同時に活躍することもある。
例えば2009年の世界選手権におけるエクステンデッドはとんでもないコンボデッキの宝庫だった。超起源デッキ、ドレッジ、暗黒の深部デッキ、そして風景の変容デッキといった具合だ。
クリーチャーデッキたちはこの総攻撃に対してどのような手をとったのか?
彼らの多くは前述の2枚のカードを用いた。以下にあげる例は、くだんの大会でOsamu Fujitaや他の日本の強豪プレイヤーが成功を収めたデッキだ。
---------------------------------------------------------------------
Saito Zoo Extended - 2009 World Championships
メインデッキ 60枚
土地 23枚
4 《乾燥台地/Arid Mesa》
1 《森/Forest》
1 《神聖なる泉/Hallowed Fountain》
1 《島/Island》
4 《霧深い雨林/Misty Rainforest》
1 《平地/Plains》
1 《聖なる鋳造所/Sacred Foundry》
4 《沸騰する小湖/Scalding Tarn》
1 《蒸気孔/Steam Vents》
2 《踏み鳴らされる地/Stomping Ground》
2 《寺院の庭/Temple Garden》
1 《樹上の村/Treetop Village》
クリーチャー 20枚
4 《悪斬の天使/Baneslayer Angel》
4 《聖遺の騎士/Knight of the Reliquary》
4 《貴族の教主/Noble Hierarch》
4 《タルモゴイフ/Tarmogoyf》
4 《野生のナカティル/Wild Nacatl》
その他 17枚
4 《バントの魔除け/Bant Charm》
4 《稲妻/Lightning Bolt》
3 《稲妻のらせん/Lightning Helix》
4 《流刑への道/Path to Exile》
2 《梅澤の十手/Umezawa’s Jitte》
サイドボード 15枚
4 《翻弄する魔道士/Meddling Mage》
4 《否認/Negate》
4 《貪欲な罠/Ravenous Trap》
3 《トーモッドの墓所/Tormod’s Crypt》
---------------------------------------------------------------------
私たちはまたリミテッドでも同様の手段をとる。
例えば、基本セット2012だ。これには潜在的に大きな力を秘めたオーラが多数収録されている。そしてこのセットには通常よりもオーラをつけて欲しいと自己主張しているクリーチャーもまた多く存在している。
《歯止め/Stave Off》は元々強力なコンバットトリックではあるが、私たちはプレイテストを通じてこれがオーラをはがせるという点でも強いということを発見した。
また同じ理由から、基本セット2012における《帰化/Naturalize》は今までのコアセットにおけるそれよりも強力だということに気がついた。
このことから、デベロップメントリーダーとして、私たちの想定よりもオーラが強すぎたときのためにオーラを除去する手段が通常よりも多く用意されているかどうかをきちんと確かめておく必要がある、と感じた。
青には《送還/Unsummon》と《霊気の達人/AEther Adept》があった。これらは両方とも元々強く、またオーラに対してもよく働いてくれる。白には《啓蒙/Demystify》が用意されていた。《啓蒙/Demystify》をメインから投入したいかと聞かれると疑問符がつくが、それはそれでいい。誰かがそれを必要とすることがあり得るなら、それだけで十分だ。
基本セット2012のオーラたちがどれほどの強さを発揮してくれるかはまだよく分からない。しかし私はそれらがいかに強力であったとしても対処する手段が十分に用意されていることに満足している。
基本セット2012には3人の新たなプレインズウォーカーが収録されている。《炬火のチャンドラ/Chandra, the Firebrand》、《原初の狩人、ガラク/Garruk, Primal Hunter》、そして《記憶の熟達者、ジェイス/Jace, Memory Adept》だ。彼らはすでに多くの注目を集めている。
記事を書くに当たって、これら3枚の強さを順位付けしたくなるのは当然の欲求だ。先日、基本セット2012のデザインリーダーであるMark Globusが私に教えてくれたところによると、3枚の順位付けは6通りのパターンがあるが、どの組み合わせも一度は誰かの記事に登場しているらしい。
それぞれの主張する強さの順位がいずれであるかはさておき、これら3人のプレインズウォーカー全員について議論することを誰もが楽しんでいる。そうであることを私は非常に喜ばしく思っている。
私も自分の中で「正しいと思われる強さの順位付け」を持っているが、同時に、それぞれの強さの上限と弱さの下限についても把握しているつもりだ。3枚のカードの強さが私の想定する許容範囲に収まっていてくれるのであれば、私の順位付けがどう間違っていようと一向に構わない。
マジックと高層ビルの共通点について話してきたが、実際に揺らいだ際の動きについては、これらは大きく異なってくる。
高層ビルとマジックのセットは、いずれも許容範囲について頭に入れておく必要がある。高層ビルは風の力に負けて倒れてしまわないように揺らぐ余地が用意されている必要がある。
しかしそうだとしても、実際にビルの中にいる住居者は、ビルが強い風にさらされているときに足元の床が揺れることを歓迎することはないだろう。
さてこれがマジックの場合はどうかというと、マジックの楽しさはまさにその揺らぎ、つまりは変化にあるのだ。マジックに変化を与えるために私たちがとるもっともよく知られた手段は新たなカードをリリースすることだ。
しかし既存のカードに新たな使われ方が発見されることもまた、同じくらいマジックの変化に貢献してくれる。この種の変化についてもっともよい例と思われるのは、スタンダード環境におけるタイタンたちだろう。
《原始のタイタン/Primeval Titan》はそのリリース当初から《溶鉄の尖峰、ヴァラクート/Valakut, the Molten Pinnacle》を戦場に引っ張り出しているが、その他のタイタンについてはまだ未知の部分が多くあり、スタンダード環境から姿を消したり現れたりしている状態だ。
最初の頃、《霜のタイタン/Frost Titan》は多くのプレイヤーにイマイチと思われていたが、その後、青赤緑デッキで広く用いられるようになった。《霜のタイタン/Frost Titan》に出番が来たことを私が喜ばしく思ったそのとき、また別のプレイヤーたちは同じスロットに《業火のタイタン/Inferno Titan》を採用していた。
数ヶ月の間、《太陽のタイタン/Sun Titan》は居場所を見つけられずにいた。しかし《精神を刻む者、ジェイス/Jace, the Mind Sculptor》がその強さを明らかにし始め、それに対してプレイヤーたちが追加の対策カードとして《ジェイス・ベレレン/Jace Beleren》を用いることにしたとき、《太陽のタイタン/Sun Titan》はベレレンを復活させるべく出番が訪れた。
《墓所のタイタン/Grave Titan》はしばらくのあいだ青黒コントロールデッキにおけるフィニッシャーとして用いられていたが、この種の青黒デッキは環境の移り変わりの中で強くなったり弱くなったりしていた。
こういった不確定性がマジックを新鮮に保つ助けとなってくれている。
マジックに変化する余地が用意されていなかったら、こういった不確定性は生まれない。マジックの環境をすぐに先が読めるように作ることは可能だ。しかしそれはいいアイデアだとはとても思えない。
ワシントン州レントンにある事務所の3階にいる20人のメンバーが3ヶ月で読み解けるようなフォーマットを作ったとしよう。世界に散らばる数百や数千のプレイヤーたちの手にかかれば、わずか数週間でフォーマットは解き明かされてしまうだろう。
絶望的なまでにつまらない環境が予想される。
さて、それを念頭に置いた上で、基本セット2012のリミテッドにおいて私がいまだ確信が持てていない点をあげてみた。
・《松明の壁/Wall of Torches》をサイドからメインへ移すことがどれほどあるのか
・《肉体のねじ切り/Wring Flesh》のピック順位の高さはどれほどなのか
・このセットにおける最強のコモンがどれなのか
上記のいずれの場合についてもこうだという確信はない。しかしそう悪いことにはならないだろう、と思っている。
私自身は《松明の壁/Wall of Torches》をサイドから入れたことはないし、入れるべきだとはあまり思わない。しかし数週間後のアメリカ選手権で、赤青デッキをドラフトしたプレイヤーがサイドから《松明の壁/Wall of Torches》を投入したとしても驚きはしないだろう。
《肉体のねじ切り/Wring Flesh》が良いカードであることは分かっているが、良いクリーチャーカード(例えば《男爵領の吸血鬼/Barony Vampire》)よりも優先してとるほどのカードであるかどうかについては自信がない。
今までの経験では、そこそこ使える程度のコンバットトリックよりかはクリーチャーを優先してピックしてきた。しかしタフネス1のクリーチャーを除去できるカードは過去のコアセットよりも基本セット2012において貴重なものだし、黒デッキに関しては戦闘でブロックされる可能性が今までよりも高いということもある。
昨日まで、リミテッドで使われるコモンのベスト3は私の中で出そろっていた。しかしErik Lauerと話し合った結果、どれだったかは思い出せないが、そのうちの1枚は考慮に値しないという結論に達した。
マジックのデベロップメントチームの仕事はマジックを遊んで楽しいものにすることだ。確かにこの作業にはマジックに関する高度で技術的なノウハウが必要とされる。
しかしそれは決して細部に至るまで全てを把握していなければならないということではない。全てのものを揺るぎなく打ちつけてしまうのではなく、全てのものにどれだけの揺らぐ余地があるのかを見つけておくことに労力を注いでいるのだ。
見定めた余地の限界内にものごとが収まってくれている限り、私たちは満足だ。
そしてそれで十分だ。
Tom LaPille
2011年7月15日
元記事:http://www.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtg/daily/ld/151
今までに高層ビル群を見たことはあるだろうか?
高層ビルは常に強い横方向の風にさらされている。そのため高層ビルの最上部は構造的完全性を妨げずに元の位置からいずれの方向へも数フィートの幅を揺れ動けるようになっている。
もし君が高層ビルの設計者に、あなたの設計した高層ビルが今この世界のどこにあるかを数センチの単位で教えてください、などと尋ねたらおそらく変な顔をされるだけだろう。しかし、その手がけた高層ビルが、どれだけ前後左右に揺れる余地を持っているのかについてなら正確な値を返してくれるはずだ。
ここ最近、私の記事の中で何度か言及してきたことだが、私はマジックのセットについて全ての面を把握しているわけではない。私がこれについて触れるたび、洪水のような批判を受ける。全てを把握せずにマジックを開発する責任を負っているのか、と人々は私に尋ねるのだ。
まず初めに言っておきたい。リリース前にフォーマットがどのような変化を迎えるのかをあらかじめ知っているなどと主張したとすれば、思い上がりも甚だしいとしか言いようが無い。
マジックは複雑だ。少なくとも数十万はいる消費者に対してそれを構築しているのはおよそ20名ほどのメンバーだ。自分たちが作っているものの全体像がどうなるかを把握することなど不可能だ。
単純な話、絶対数が少なすぎるのだ。
とはいえ、それでよいと思っている。
マジックの開発における大きな秘密の1つに、自分たちが作っているフォーマットをその隅から隅まで理解している必要はない、ということが挙げられる。
私たちの仕事は、そのフォーマットを間違いなく面白いものだと保証することだ。この仕事は幅広い知識を必要とするが、カード同士がどのように相互に影響するかを全て把握していなくても出来る仕事である。正しくは「決して知らずに済ませねばならない」ことなのだ。
高層ビルの建築家と同じ手法を用いることで私たちはこの問題を解決している。フォーマットを構築する際に揺らぎを許容する余裕を設けておけば、構造的な面白さが固定されてしまうこともなくなる。また細部に至るまで全てを把握しておく必要もなくなる。
これはありがたいことだ。なぜなら先に説明したとおり、細部まで全てを把握しておくことはそもそも不可能だからだ。
私たち開発者がフォーマットに許容可能な余裕を持たせる方法の1つは、単体で使っても強くないが環境が大きく乱れたときに強さを発揮するカードを投入することだ。
最近出たカードから1つ例をあげるとすれば《ヴァルショクの難民/Vulshok Refugee》だ。これは赤単色デッキが「対赤単色デッキ」に対するサイドボードカードとしてプレイされることを想定して開発されたカードだ。
Vulshok Refugee / ヴァルショクの難民 (1)(赤)(赤)
クリーチャー - 人間(Human) 戦士(Warrior)
プロテクション(赤)
3/2
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Vulshok+Refugee/
構築デッキのミラーマッチでのみ強さを発揮するカードは興味深いバランスを生みだす。そのデッキがあまりに強く、ほとんどのプレイヤーがそれをプレイするようになった場合、多くのプレイヤーは自身のデッキをミラーマッチに備えて偏らせるようになる。
しかしこの偏りはデッキの尖りを丸めてしまい、結果としてミラーマッチ以外の対戦にデッキが弱くなってしまうことへとつながる。基本セット2012には非常に赤単色デッキ向きな強カードが多く収録されている。
そこで私たちはスタンダード環境に赤単色デッキを「共食い」させるカードがきちんと存在しているかどうかに気を遣った。
他にも、環境のバランスが何かおかしくなっているときに他のデッキたちが強いデッキに追いつけるよう手助けしてくれるカードを作ったりもする。
例えば、私たちは構築環境のデッキにある程度のクリーチャーが含まれている状態が好ましいと考えている。
これは、私たちが特定のクリーチャーデッキに肩入れしている、というわけではない。ただ、何年もマジックを見続けてきた結果分かったこととして、クリーチャーが5体以下しか入っていないデッキばかりが活躍している環境のマジックを面白くないと感じるプレイヤーがほとんどだということだ。
クリーチャーが多く入ったデッキに対して《否認/Negate》はイマイチなカードだ。逆にクリーチャーが少なめなデッキに対しては非常に強いカードとなる。
《翻弄する魔道士/Meddling Mage》はコンボデッキに対して似たような役割を果たす。もし君のデッキが特定のカード1枚に依存しており、それが勝利へとつながるとどめのターンを演出する場合、《翻弄する魔道士/Meddling Mage》はその道筋を断ち切ることができる。これは普通の手段で戦いたいデッキが追いつく助けとなる。
もちろん私たちはほとんどクリーチャーが入っていないデッキや相手との相互干渉が少ないコンボデッキが全てマジックにとって悪影響だと考えているわけではない。環境を支配するデッキ全てが上記のいずれかに属しているようなマジックは楽しくないだろう、と考えているだけだ。
これらのカードに関して私がもっとも好きな点は、彼らが実際に狙い通り働いてくれたという点だ。まだ実際に《ヴァルショクの難民/Vulshok Refugee》をスタンダード環境で見かけるようになったわけではないが、私は赤単色デッキが活躍しているプロツアー名古屋でこいつらがたくさん使われているのを見た。
基本セット2012は赤単色デッキに多くの新兵器を提供した。赤単色デッキはより強くそしてより広く使われるようになるだろうと私は予想している。それによって《ヴァルショクの難民/Vulshok Refugee》にスポットライトが当たることになるかもしれない。
《否認/Negate》と《翻弄する魔道士/Meddling Mage》はすでに過去の例もあり、上手く働いてくれるであろうことに不安は無い。《否認/Negate》はスタンダードのコントロールデッキ同士のミラーマッチにおける非常に一般的な対策カードであるし、《翻弄する魔道士/Meddling Mage》はもう10年近くエクステンデッド環境を崩壊の運命から救い続けてきた。
ときには彼らは同時に活躍することもある。
例えば2009年の世界選手権におけるエクステンデッドはとんでもないコンボデッキの宝庫だった。超起源デッキ、ドレッジ、暗黒の深部デッキ、そして風景の変容デッキといった具合だ。
クリーチャーデッキたちはこの総攻撃に対してどのような手をとったのか?
彼らの多くは前述の2枚のカードを用いた。以下にあげる例は、くだんの大会でOsamu Fujitaや他の日本の強豪プレイヤーが成功を収めたデッキだ。
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Saito Zoo Extended - 2009 World Championships
メインデッキ 60枚
土地 23枚
4 《乾燥台地/Arid Mesa》
1 《森/Forest》
1 《神聖なる泉/Hallowed Fountain》
1 《島/Island》
4 《霧深い雨林/Misty Rainforest》
1 《平地/Plains》
1 《聖なる鋳造所/Sacred Foundry》
4 《沸騰する小湖/Scalding Tarn》
1 《蒸気孔/Steam Vents》
2 《踏み鳴らされる地/Stomping Ground》
2 《寺院の庭/Temple Garden》
1 《樹上の村/Treetop Village》
クリーチャー 20枚
4 《悪斬の天使/Baneslayer Angel》
4 《聖遺の騎士/Knight of the Reliquary》
4 《貴族の教主/Noble Hierarch》
4 《タルモゴイフ/Tarmogoyf》
4 《野生のナカティル/Wild Nacatl》
その他 17枚
4 《バントの魔除け/Bant Charm》
4 《稲妻/Lightning Bolt》
3 《稲妻のらせん/Lightning Helix》
4 《流刑への道/Path to Exile》
2 《梅澤の十手/Umezawa’s Jitte》
サイドボード 15枚
4 《翻弄する魔道士/Meddling Mage》
4 《否認/Negate》
4 《貪欲な罠/Ravenous Trap》
3 《トーモッドの墓所/Tormod’s Crypt》
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私たちはまたリミテッドでも同様の手段をとる。
例えば、基本セット2012だ。これには潜在的に大きな力を秘めたオーラが多数収録されている。そしてこのセットには通常よりもオーラをつけて欲しいと自己主張しているクリーチャーもまた多く存在している。
《歯止め/Stave Off》は元々強力なコンバットトリックではあるが、私たちはプレイテストを通じてこれがオーラをはがせるという点でも強いということを発見した。
また同じ理由から、基本セット2012における《帰化/Naturalize》は今までのコアセットにおけるそれよりも強力だということに気がついた。
このことから、デベロップメントリーダーとして、私たちの想定よりもオーラが強すぎたときのためにオーラを除去する手段が通常よりも多く用意されているかどうかをきちんと確かめておく必要がある、と感じた。
青には《送還/Unsummon》と《霊気の達人/AEther Adept》があった。これらは両方とも元々強く、またオーラに対してもよく働いてくれる。白には《啓蒙/Demystify》が用意されていた。《啓蒙/Demystify》をメインから投入したいかと聞かれると疑問符がつくが、それはそれでいい。誰かがそれを必要とすることがあり得るなら、それだけで十分だ。
基本セット2012のオーラたちがどれほどの強さを発揮してくれるかはまだよく分からない。しかし私はそれらがいかに強力であったとしても対処する手段が十分に用意されていることに満足している。
基本セット2012には3人の新たなプレインズウォーカーが収録されている。《炬火のチャンドラ/Chandra, the Firebrand》、《原初の狩人、ガラク/Garruk, Primal Hunter》、そして《記憶の熟達者、ジェイス/Jace, Memory Adept》だ。彼らはすでに多くの注目を集めている。
記事を書くに当たって、これら3枚の強さを順位付けしたくなるのは当然の欲求だ。先日、基本セット2012のデザインリーダーであるMark Globusが私に教えてくれたところによると、3枚の順位付けは6通りのパターンがあるが、どの組み合わせも一度は誰かの記事に登場しているらしい。
それぞれの主張する強さの順位がいずれであるかはさておき、これら3人のプレインズウォーカー全員について議論することを誰もが楽しんでいる。そうであることを私は非常に喜ばしく思っている。
私も自分の中で「正しいと思われる強さの順位付け」を持っているが、同時に、それぞれの強さの上限と弱さの下限についても把握しているつもりだ。3枚のカードの強さが私の想定する許容範囲に収まっていてくれるのであれば、私の順位付けがどう間違っていようと一向に構わない。
マジックと高層ビルの共通点について話してきたが、実際に揺らいだ際の動きについては、これらは大きく異なってくる。
高層ビルとマジックのセットは、いずれも許容範囲について頭に入れておく必要がある。高層ビルは風の力に負けて倒れてしまわないように揺らぐ余地が用意されている必要がある。
しかしそうだとしても、実際にビルの中にいる住居者は、ビルが強い風にさらされているときに足元の床が揺れることを歓迎することはないだろう。
さてこれがマジックの場合はどうかというと、マジックの楽しさはまさにその揺らぎ、つまりは変化にあるのだ。マジックに変化を与えるために私たちがとるもっともよく知られた手段は新たなカードをリリースすることだ。
しかし既存のカードに新たな使われ方が発見されることもまた、同じくらいマジックの変化に貢献してくれる。この種の変化についてもっともよい例と思われるのは、スタンダード環境におけるタイタンたちだろう。
《原始のタイタン/Primeval Titan》はそのリリース当初から《溶鉄の尖峰、ヴァラクート/Valakut, the Molten Pinnacle》を戦場に引っ張り出しているが、その他のタイタンについてはまだ未知の部分が多くあり、スタンダード環境から姿を消したり現れたりしている状態だ。
最初の頃、《霜のタイタン/Frost Titan》は多くのプレイヤーにイマイチと思われていたが、その後、青赤緑デッキで広く用いられるようになった。《霜のタイタン/Frost Titan》に出番が来たことを私が喜ばしく思ったそのとき、また別のプレイヤーたちは同じスロットに《業火のタイタン/Inferno Titan》を採用していた。
数ヶ月の間、《太陽のタイタン/Sun Titan》は居場所を見つけられずにいた。しかし《精神を刻む者、ジェイス/Jace, the Mind Sculptor》がその強さを明らかにし始め、それに対してプレイヤーたちが追加の対策カードとして《ジェイス・ベレレン/Jace Beleren》を用いることにしたとき、《太陽のタイタン/Sun Titan》はベレレンを復活させるべく出番が訪れた。
《墓所のタイタン/Grave Titan》はしばらくのあいだ青黒コントロールデッキにおけるフィニッシャーとして用いられていたが、この種の青黒デッキは環境の移り変わりの中で強くなったり弱くなったりしていた。
こういった不確定性がマジックを新鮮に保つ助けとなってくれている。
マジックに変化する余地が用意されていなかったら、こういった不確定性は生まれない。マジックの環境をすぐに先が読めるように作ることは可能だ。しかしそれはいいアイデアだとはとても思えない。
ワシントン州レントンにある事務所の3階にいる20人のメンバーが3ヶ月で読み解けるようなフォーマットを作ったとしよう。世界に散らばる数百や数千のプレイヤーたちの手にかかれば、わずか数週間でフォーマットは解き明かされてしまうだろう。
絶望的なまでにつまらない環境が予想される。
さて、それを念頭に置いた上で、基本セット2012のリミテッドにおいて私がいまだ確信が持てていない点をあげてみた。
・《松明の壁/Wall of Torches》をサイドからメインへ移すことがどれほどあるのか
・《肉体のねじ切り/Wring Flesh》のピック順位の高さはどれほどなのか
・このセットにおける最強のコモンがどれなのか
上記のいずれの場合についてもこうだという確信はない。しかしそう悪いことにはならないだろう、と思っている。
私自身は《松明の壁/Wall of Torches》をサイドから入れたことはないし、入れるべきだとはあまり思わない。しかし数週間後のアメリカ選手権で、赤青デッキをドラフトしたプレイヤーがサイドから《松明の壁/Wall of Torches》を投入したとしても驚きはしないだろう。
《肉体のねじ切り/Wring Flesh》が良いカードであることは分かっているが、良いクリーチャーカード(例えば《男爵領の吸血鬼/Barony Vampire》)よりも優先してとるほどのカードであるかどうかについては自信がない。
今までの経験では、そこそこ使える程度のコンバットトリックよりかはクリーチャーを優先してピックしてきた。しかしタフネス1のクリーチャーを除去できるカードは過去のコアセットよりも基本セット2012において貴重なものだし、黒デッキに関しては戦闘でブロックされる可能性が今までよりも高いということもある。
昨日まで、リミテッドで使われるコモンのベスト3は私の中で出そろっていた。しかしErik Lauerと話し合った結果、どれだったかは思い出せないが、そのうちの1枚は考慮に値しないという結論に達した。
マジックのデベロップメントチームの仕事はマジックを遊んで楽しいものにすることだ。確かにこの作業にはマジックに関する高度で技術的なノウハウが必要とされる。
しかしそれは決して細部に至るまで全てを把握していなければならないということではない。全てのものを揺るぎなく打ちつけてしまうのではなく、全てのものにどれだけの揺らぐ余地があるのかを見つけておくことに労力を注いでいるのだ。
見定めた余地の限界内にものごとが収まってくれている限り、私たちは満足だ。
そしてそれで十分だ。
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