《ヴォーパルス戦記譚》 第3回:スカウティング・マイ・アーミー
2012年8月18日 ヴォーパルス コメント (2) 「ヴォーパルスを1人プレイしてみてそこから浮かび上がった物語を文字に書き起こしてみよう」という誰が得するのか謎な企画の第3回目。その他、詳しいことは以下の第1回目を参照のこと。
《ヴォーパルス戦記譚》 第1回:虚飾の王の物語
http://regiant.diarynote.jp/201206102238015544/
前回は全力でフレイバー重視なものを書いたので、今回は逆にほぼゲームそのまま。ドラフト時にどういったことを考えながらカードをピックしているかをまとめてみた。おそらくゲーム未経験者にはほとんど意味が分からない内容になってる。ごめんなさい。
一応簡単にゲームの流れを説明すると、マジックのドラフトと同じ要領でカードをピックしていく。初手にランダムで配られる5枚の手札から1枚をピックし隣に回す、というのを5回繰り返して5枚の手札を獲得。そのうち4枚まで場に配置し、1枚を次ターンへキープ。これを4ターン繰り返す。実際に4人以下で遊ぶ場合は初手の何枚かが帰ってくるが、今回の1人プレイでは「5枚山札から引き1枚ピック、4枚山札から引き1枚ピック、以下略」という手順で遊んでいる。
もっと知りたい方は作者のブログに詳しいことが書いてある。PDF形式のルールブックもダウンロードできるし本当の意味でのリプレイも載っているので、興味があればぜひ。
ドラフト式カードゲーム『ヴォーパルス』の紹介
http://iwasgame.sakura.ne.jp/archives/445
また記事の表記として、ターンとピック順の表記は「1ターン目の1ピック目」を「1-1」とする(3ターン目の4ピック目は「3-4」となる)。《 》でくくっているものはカード名を表し、【 】でくくっているものは3種類ある資源を指す。
というわけで、はじまりはじまり。
《ヴォーパルス戦記譚》 第3回:スカウティング・マイ・アーミー
<プロローグ>
ここは北方に位置する名もなき島。幾多の小国をまとめあげた皇帝が崩御し、ついにまた100年の戦乱が始まろうとしている。ここはその小国の1つ。島の覇権を狙う諸侯の1人としての責務を負わされた現領主はまだ若く、養育係でもある相談役の老人が常に付き従っている状態である。
「若様、起きてくだされ」
「なんじゃ、じい。まだ日も昇っていないではないか」
実直そうな白髪の老人に揺り起こされた少年は眠たげに蒼い目をしょぼつかせながら外の暗さに顔をしかめた。起きたばかりでくしも入れていない金髪の巻き毛はくるくると好き勝手な方向に跳ねている。
「お忘れですか。今日は我が領地への仕官を望む者たちが訪れる日にございますぞ」
「いかん、そうじゃったな。今起きるぞ(ぐう)」
「若様! 器用な寝言はおやめくだされ!」
1ターン目
<1-1>
《バルダンダース》、《軍師》、《ベヒモス》、《ゴーレム》、《木こり》
「ほうほう、見所のありそうな面々が集まっておりますな」
「じい。お城の中庭が化け物でいっぱいに見えるんじゃが」
「そうでございますか?」
「うむ。とりあえずあのぐねぐねと形の定まらぬのはなんじゃ」
「あれは《バルダンダース》ですな。初手に選ぶにはちと弱いと言わざるを得ません。序盤はまずはなんと言ってもレベル2の建物を作ることにありますゆえ」
「建築ということは《木こり》かの。【木材】なくして建物なし、じゃったか」
「おお、きちんと勉強されておりますな。ええ、《木こり》は受けの広い良い選択と思います。《ゴーレム》は2ターン目の配置フェイズにレベル2の建物を作れますが、配置後となってしまうのでレベル2の建物の利点がイマイチ活かされませぬ」
「レベル2の建物の利点? 勝利点が稼げることじゃったか」
「若様、勉強をさぼっておりましたな。レベル2の建物の利点はなんというても、5枚目の配置です。通常は前衛に2枚と後衛に2枚の4枚までしかできない配置を5枚に増やせることこそがレベル2の建物を建築する最大の理由ですぞ」
「分かった、分かった。ところで、うちの城よりデカいあの豚はどうじゃ」
「論外です」
「そうか」
<1-2>
《ゴーレム》、《大蛇》、《画家》、《ファンガス》
「じい」
「おお、何かいい案がござりますか」
「なんだ。我が領地には化け物しかおらんのか」
「何をおっしゃいます! ごらんください。あそこに《画家》がおるではないですか」
「いやむしろ《画家》が何をしに来ているのかが気になるんじゃが」
「まあ、確かにこの中では一番弱いかもしれませんなあ。【食料】戦略なら《ファンガス》ですし、兵力重視ならば《大蛇》ですな。《大蛇》はのちに収入に替わりますので、兵力増強ともかみあいます」
「《ゴーレム》はいらんな。さっきもスルーしたし」
「いえいえ、若様。あのときとは状況が変わっておりますぞ! 【木材】を手に入れた今、このあとの3巡以内に【鉱石】が1つでも手に入れば《霊廟》を建てることが出来ますゆえ」
「それはよいことなのか?」
「《霊廟》は勝利点と収入を両方カバーできる良い建物です。《祝宴》と違い、カードに依存しません。その分、レベルアップの条件が厳しいですが《ゴーレム》であればその点をクリアできます。2ターン目に5枚配置できないデメリットを考えても、《ゴーレム》ピックは選択肢の1つとしてありと思われまする」
「なるほど。では《画家》以外から選ぶとするか。それでは《ゴーレム》にするかの」
「ほう、渋いですな。【鉱石】を引く自信がおありで」
「序盤は建築を重視せよとお主が常に言っておるでな」
「ではなぜ《ファンガス》ではないのですか? 《祝宴》と《奴隷市場》が狙えますぞ」
「わしはキノコが嫌いじゃ」
<1-3>
《癒し手》、《森の子供たち》、《時計職人》
「ようやく人の世界に戻れたようじゃな」
「それはようございますが、いまいちかみ合わない引きですな」
「かみ合わない?」
「ええ、《時計職人》を生かせるカードが今までのピックにはありません。《バルダンダース》を選んでいれば《癒し手》がそれを延命させられましたし、《ファンガス》を選んでいれば《森の子供たち》が《祝宴》を開けました」
「ではどいつもハズレというわけか」
「逆ですな。どれも受けの広いカードとも言えます。好きに選ばれるとよいでしょう」
「そうか。では《森の子供たち》にするかの」
「狙いは《奴隷市場》ですか?」
「いや、あの手にもってる赤い何かが気になってしょうがなくてな」
「そんな理由で!?」
「冗談じゃ。レベル2の建物に向けて一番手が広いと思ったからじゃ」
「安心しました」
<1-4>
《夢読み》、《ワーム》
「また化け物しかおらんぞ」
「いえ、《夢読み》がおります」
「船ごと飲み込みそうな馬鹿デカい口の化け物しかおらんではないか」
「あそこにうっすら人の形をした影が見えませんか? あれは《夢読み》と呼ばれる者です」
「人間か?」
「夢と現実のはざまに位置する者ですが、一応人間です。お金に卑しいところも人間です」
「ほんとじゃ。随分とふっかけてくるのう。うちの騎士団長の賃金ではないか」
「まあ、《ワーム》もそうですが」
「どうしようかの」
「今足りないのは兵力ですな。《ワーム》に残ってもらってはいかがでしょうか。実際に賃金を支払うかはあとでまた考えることにいたしましょう」
「怒らぬか?」
「大丈夫です。コストを支払うのはピック時ではなく配置時ですから」
<1-5>
《鉱夫》
「ヒゲのおっさんがおる」
「おお! ナイスな引きですぞ、若様! あれぞ、【鉱石】をもたらす《鉱夫》でございます」
「何を年甲斐もなく興奮しておる」
「いやいや、若様。【木材】ばかりの今の私たちにもっとも必要な資源ですゆえ」
「そうか、これで【木材】【木材】【鉱石】がそろったのか」
「それだけでなく、これで《霊廟》レベル2が見えました。確かに次のターンの配置時には4枚までしか置けませぬが、それを考えましても悪い取引ではありません」
「まあ、いずれにしても選択肢はないな。あのヒゲのおっさんを呼んできてくれ」
「御意にございます」
「さて、どう配置するかの」
「純粋に兵力を考えるならば、前衛に《木こり》と《ワーム》、後衛に《森の子供たち》ということになりますな。これで兵力6となります」
「しかしそれではろくな建築が出来ぬぞ」
「ビンゴ! そのとおりですぞ、若様!」
「うわ、びっくりした! なんじゃ、いきなり」
「おっしゃるとおりです。1ターン目は1点2点の兵力ではなく、先につながる建築を重視すべきなのです。うう、私の教育が身についておるようですな。じい、嬉しい」
「おおげさな。まあよいわ。では《鉱夫》と《木こり》だけ出すか。あとは基本の収入である2金を得れば、お金を全部使って《聖堂》を2レベルにできる」
「じいやチョップ!」
「痛っ! な、何をする!」
「さらに、じいやダイナマイト!」
「ぎゃー!」
「見損ないましたぞ、若様! 資源がそろっているのになんでお金を使い切りますか!」
「い、今の技はなんじゃ? とても痛かったぞ?」
「しかも、あれほど《霊廟》《霊廟》と口うるさく言ってきたのにこの仕打ち!」
「《霊廟》では1レベルどまりではないか」
「じいやギガドリルブレイク!」
「ぎゃーっ!!」
「なんのための《ゴーレム》ですか! 次のターンに《ゴーレム》でレベル2にすれば、さっそく経年カウンター分の勝利点が得られますぞ。さらに経年フェイズに収入までついてきます」
「しかし資源は大丈夫じゃろうか。我が国土はそれほど資源に富んでいるわけではないぞ」
「大丈夫です。《木こり》と《森の子供たち》が【木材】を集め、そこに《鉱夫》の【鉱石】があれば、《宝物庫》でも《兵舎》でも作れます」
「このターンそれを作るではダメなのか? レベル2の建物がある状態で2ターン目を迎えられるではないか」
「正直、そこは悩みどころかもしれませんな。しかし最序盤で《霊廟》レベル2を作れるのは非常に大きいですぞ」
「さっきの《ベヒモス》より大きいか」
「さっきの《ベヒモス》より大きいです」
「なら仕方ないの」
2ターン目
「2ターン目は《ゴーレム》を置くだけじゃの」
「そうですな。次のターンにキープする1枚を選ぶだけの簡単なお仕事です」
<2-1>
《射手》、《木こり》、《行商》、《ワーム》、《腐敗の王》
「じい、あの山よりデカくて腐りかけてる化け物はなんじゃ」
「しっ、あれをあまり長いこと見てはなりませぬ。魂をもっていかれますぞ」
「なんでそんなものを領内に入れた!」
「勝手に入ってきたようですな」
「では、しょうがないか。ところであの《ワーム》を見て思い出したんじゃが、1ターン目の《ワーム》はどうした」
「キープ可能なカードは1枚までなので、川に放流しました」
「怒られないか?」
「まあ、どの川も最後は海につながっとります。大丈夫でしょう」
「ならよい。して、このターンのピックはどうするかの」
「《腐敗の王》でしょう」
「魂を持っていかれるんじゃないのか」
「そのための《霊廟》です。《霊廟》さえ建築し終えれば、むしろ益しかもたらしません」
「ほう。それは幸甚」
「それまでは地下室にでもキープしておきましょう」
「野菜は別にしとかんと腐りそうじゃな」
<2-2>
《料理人》、《癒し手》、《時計職人》、《宝石獣》
「これは良い引きですな」
「そうか? これといって惹かれる者はおらんが」
「《鉱夫》を《宝石獣》にかえるという手があります。経年カウンターの数は変わりませんし、【鉱石】も出ます。1金で兵力不足を補えるというのはなかなか美味しい話ですぞ」
「わしにはあの《料理人》の皿にある肉のほうが美味しそうに見えるがの」
<2-3>
《開闢の巨人》、《トロール》、《ゴブリン》
「化け物しかおらんの」
「さすがに今回は否定できませんな」
「しかしあの巨人はデカすぎじゃ。デカすぎて頭が雲にかすんでおるぞ」
「あれを置いとく場所を用意するのは金がかかりそうですなあ」
「《ゴブリン》は安いのう。肉を食わせておけば働いてくれそうじゃ」
「しかしこのターンの配置は4枚までですからな。さすがに飼っておく余裕がありません」
「では《トロール》か?」
「これが実際のプレイヤー相手の戦争でしたら、相手の所持金を見て配備できない高額なカードばかり残すという手もありますな」
「お主も悪よのう」
「いえいえ、お代官様こそ」
<2-4>
《民兵》、《夢読み》
「おや? 《民兵》しかおらんぞ。2枚から選べるのではないのか」
「若様。また《夢読み》を見落としてますね」
「どこじゃ」
「あそこです。ほら、旗が3本しか立っていないのに、影が4本あるでしょう」
「おお、本当じゃ。なんか間違い探しみたいじゃのう」
「どちらをとられますか?」
「ふむ。どっちも使わん気がするが、何かあるか?」
「そうですね。《霊廟》と相性がよいのは《夢読み》ですが、このターンはさすがに出番はないでしょう。それでもキープの候補にはなるかもしれません」
「ではそうしよう」
<2-5>
《盗賊》
「じい、領内に《盗賊》が来ておるぞ」
「そのようですな」
「追い返しておけ」
「いったんピックはしておきましょう。そのあとあらためて捨て札にすればよろしいかと」
「早いところ追っ払ってしまいたいもんじゃが」
「では計画通り、《ゴーレム》を配置して終りかの」
「じいやクラッシュイントゥルード!」
「ぎゃー!」
「何を聞いていたのですか! もう2ターン目ですぞ。他の領主も兵力を整え出す時分です。遅れをとってはなりませぬ!」
「いや、でも1体しか出すスペースないではないか。《霊廟》のことを考えると経年カウンターが乗っているユニットをのかすのも惜しい」
「そこで《宝石獣》です。配置の直後に経年カウンターが1個置かれてしまうというデメリットを逆に利点に変えられます」
「おお、なるほど。ヴォーパルス面白いな」
「分かってもらえましたか」
「では配置は《鉱夫》を解雇して、《宝石獣》と《ゴーレム》を投入じゃな。キープはどうする?」
「《夢読み》も惹かれるものがありますが、ここはコストの安さと兵力の高さ、さらに《霊廟》があれば勝利点と収入の両方につながるその能力を買って、やはり《腐敗の王》でしょうな」
「なるほど。建築は無難に《宝物庫》にしとくか」
「《兵舎》も建てられますが今後も経年カウンターを置くプレイを重視するのであれば、安定した戦力の確保は難しいでしょう。《宝物庫》でよいと思います」
3ターン目
「先のターンと違い、今回の雇用は重要ですぞ」
「そうじゃな。気がつけば経年でみんな去ってしまって、残ったのは壊れかけた《ゴーレム》1体だけじゃ。これは少し気合いをいれていかんとな」
「ファイトですぞ、若様」
<3-1>
《射手》、《ケット・シー》、《ツリーフォーク》、《盗賊》、《狩人》
「ふーむ。可もなく不可もなしですな」
「また《盗賊》が来てるな」
「まあ今回は他にも選択肢がありますし、お帰り願いましょう」
「いや、考えてみたら兵力的にはありかもしれんのう」
「兵力を考えたら《射手》でしょうな。収入を考えれば《ケット・シー》、建築を考えるなら《狩人》で受け手を広くしておくべきかと」
「建築は厳しそうじゃな。何しろ資源がない」
「だからこそ得られる資源は逃さず手に入れておくべきかと思われます。《狩人》は最低限の兵力も持っておりますし」
「個人的には《ケット・シー》がいいんじゃが」
「ああ、なるほど。確かに《腐敗の王》ともかみ合いますな」
「いや、猫かわいいから」
「分かりました。では《狩人》で」
「え」
<3-2>
《労働者》、《料理人》、《騎士》、《奉納者》
「下働きにコックに騎士か。なんか本当に城へ仕事を探しに来た面々のようじゃな」
「まあ、あとの1人だけ明らかに浮いておりますが」
「え、お前にも見えるのか」
「あれは《奉納者》ですな」
「わしにしか見えない死神かと思った。良かった」
「能力もなかなか良いですぞ。《狩人》がいれば経年カウンターを稼げますから、勝利点と収入を増やすことができますゆえ」
「しかし2金のコストは考えものじゃな。このターンの建築を諦めることになるの」
「《奉納者》がいれば今後【木材】を引ければ収入に変換できます。建築するためにはどうせ資源を引かねばなりません。《労働者》や《料理人》よりは面白いと思います」
「そういえば《騎士》はどうじゃ?」
「無難ですなあ。《ゴーレム》と《腐敗の王》と合わせて兵力が11。2勝も狙える兵力です」
「そのわりに不満そうじゃな」
「面白味がありません」
「それは重要なのか」
「ゲームですので」
「そうか」
<3-3>
《狩人》、《ファンガス》、《労働者》
「またキノコがきおった」
「今回は《ファンガス》の必要はありませんな。《腐敗の王》と《奉納者》を配置することを考えますと、金が足りませんゆえ」
「《奉納者》を置かないという選択肢もありじゃろ」
「それは否定できませんが、その場合でも《狩人》でしょう。若様の軍勢なら兵力2でも一軍入り可能。無理に1点の兵力のために1金かかる《ファンガス》を選ぶ必要はありませんな」
<3-4>
《冒険家》、《ドラゴン》
「おお、本物の《ドラゴン》じゃ。初めてみたわ」
「若様、注目すべきはそっちではありません。《冒険家》です」
「《ドラゴン》はダメか。デカいしカッコいいぞ」
「いえいえ、《冒険家》しかあり得ません。何しろ《奉納者》と2人の《狩人》のおかげで経年カウンターを置く手はずは整っています。《冒険家》の見い出す【鉱石】があれば《宝物庫》は潤いますし、積まれた経年カウンターも《霊廟》で勝利点と収入になります。これ以上ないほどの引きですぞ」
「なんかそこまで言われると逆にとりたくなくなる」
「わ、若様!?」
「冗談じゃ」
<3-5>
《行商》
「なんか普通の商人じゃな。なんかほっとしたぞ。雇う理由はなさそうじゃがな」
「いやいや、これはなかなか面白い人材ですぞ」
「じゃが、今さら【木材】が1個増えたところで大差なかろう?」
「《奉納者》がいることを忘れてはなりません。《行商》は2金の収入になります」
「ふむ。それほど重要なことかのう。そもそも《腐敗の王》と《奉納者》で3金じゃ。《行商》の配置コストを支払うことはできん」
「《腐敗の王》の出番を遅らせるという選択肢は残っております。「腐ってやがる、早すぎたんだ」と、とある有名な《軍師》も申しております」
「それでは兵力が激減するぞ」
「不確かな兵力勝負よりも確実な建物の勝利点ですな。お気づきでないかもしれませんが、《奉納者》と《行商》がいれば基本収入と合わせて4金です。土地代が支払えますぞ」
「そうか、《行商》の【木材】があるから《祝宴》が建てられるのか」
「いえ、このターンは《聖堂》を建てたほうがよろしいかと」
「《祝宴》のほうがよいのではないか? 次のターン、《農民》などを引くかもしれん」
「それはそうですが、その場合、このターンを生き延びて経年カウンターをおいたユニットを解雇することになります。勝利点的にはプラスマイナスゼロでございます。さらにいうと、このターンに《祝宴》を作ってしまうと最終ターンに作れる建物がほとんどありません」
「最終ターンに《聖堂》でよいではないか。《狩人》2人はいるのだから、《祝宴》を作れば最低でも《聖堂》分の働きじゃ」
「その場合、最終ターンに《聖堂》を作るには土地代6金に加えて、【鉱石】を新たに2個産出するか、4金を余分に稼がないといけませんな。これはかなり厳しい条件です」
「ああ、そういえば《冒険家》は次のターンまでは生き延びられないんじゃったな」
「逆に、《腐敗の王》の配置を先延ばしにすることで《狩人》2人を生き延びさせられます」
「資源が残るわけか」
「次のターンの生産フェイズに《聖堂》2金、《行商》1金、《奉納者》1金、さらに基本収入2金でちょうど6金です。配置フェイズでお金を使いきっても土地代が捻出できますぞ」
「なるほど。最後の土地代も確保しつつ、《祝宴》レベル2の資源も生産できるか」
「そのとおりです」
「まずは配置じゃな。《腐敗の王》はもうしばらく地下室に寝かせておいて、《狩人》たちに前衛へ回ってもらおうかの」
「そのとおりです。《ゴーレム》を解体して、スペースをあけましょう。十分働いてくれました。上に乗っている経年カウンター1個がちょっと惜しいですが、しょうがありませんな」
「さて全員、配置を終えたぞ。《狩人》たちが【食料】をもってきてくれたが?」
「それは《奉納者》に祝福してもらいましょう。そうしてから食べれば、寿命と引き替えに知恵と経験が得られる魔法の品となります。《冒険家》に渡しておきましょう」
4ターン目
「ついに戦乱も終わりじゃの」
「あとは《腐敗の王》を配置するだけの簡単なお仕事ですな」
<4-1>
《鉱夫》、《古参兵》、《森の子供たち》、《行商》、《労働者》
「どれでもよいのう」
「実際のプレイであれば隣のプレイヤー次第で変わってきますな。《宝物庫》を持っているプレイヤーには《鉱夫》を回したくはないですし、資源に困っているプレイヤーには《森の子供たち》を回さずにおきたいところですぞ」
<4-2>
《ケット・シー》、《鉱夫》、《古参兵》、《時計職人》
「これまた小粒ぞろいじゃな」
「あえていえば《時計職人》でございましょうな。《冒険家》を引く可能性を考慮して」
<4-3>
《ワーム》、《農民》、《農民》
「やっぱり《祝宴》を作っておいたほうが良かったのではないのか?」
「そのようなことはありませぬ。新たに1人雇い入れるためには経年カウンター1個を諦めることになりますので、プラスマイナスは変わりません」
「じゃが《奉納者》がおるゆえ、1個の【食料】は2点の勝利点じゃ」
「おや?」
「おい」
「はっはっは。若様も一人前になられて」
「おいおい!」
<4-4>
《古きもの》、《鉄巨兵》
「じい、なんでも城の地下で恐ろしいものが見つかったとか」
「それが、古代の邪神が城の地下に封印されているのが見つかりまして」
「は? なんだと?」
「古代の邪神です。単体で、我が領地の全兵力を上回ります」
「ど、どうした?」
「6金で力を貸してやると言われましたが、そのような大金は逆立ちしても支払えない、と正直に伝えたところ、何も言わず地中深く潜っていきました」
「そうか」
「かわりに巨大ロボットの設計図を手に入れました」
「どうなっとるんだ、この国は」
<4-5>
《ゴブリン》
「また《ゴブリン》がおるのう」
「おりますな」
「腹を空かしておるようじゃの。なんか適当にくれてやれ」
「分かりました。雇いますか?」
「必要なかろう」
「配置じゃな」
「《腐敗の王》を前線に送り出すだけでございます。満を持しての登場ですな」
「《森の子供たち》の使い道はないかの。【食料】が《奉納者》の効果で経年カウンターに変わるゆえ、勝利点が増えるのではないか?」
「ないですなあ。すでに場にいる兵力たちは経年カウンターが乗っておりますゆえ、勝利点的には変化がありません」
「やはり《祝宴》だったのではないかのう」
「冷たい目をされるようになりましたな」
「食い物の恨みは恐ろしいのじゃ」
「まさか《祝宴》で飲み食いしたかったから怒ってらっしゃるんですか!?」
「(ぷい)」
<後書き>
文中で若様にも突っ込まれているが、もしかしたら3ターン目の建築は《祝宴》だったかもしれない。その場合、最終ターンに《森の子供たち》か《冒険家》を引ければレベル2の建物は建てられるし、レベル1どまりであっても【食料】を引けていれば勝利点自体はプラスだった可能性がある。
あと1人回しをする際には戦争勝利に必要な兵力を高めに見積もっているので、実際のプレイであれば戦争の勝利数はもう少し高いかもしれない。両隣の陣営次第では2ターン目の建築を《兵舎》にすることで今回の《宝物庫》より勝利点を稼げるはず(相手の勝利数を減らすという意味でも相対的な勝利点の上昇が見込める)。
そういった相手プレイヤー次第の点を除いても最適解を選べていない可能性があるので、もしお手元にカードがある人はぜひ再現してみて欲しい。ヴォーパルス面白いから、他にもリプレイ書いてくれる人が出てくると嬉しい。
《ヴォーパルス戦記譚》 第1回:虚飾の王の物語
http://regiant.diarynote.jp/201206102238015544/
前回は全力でフレイバー重視なものを書いたので、今回は逆にほぼゲームそのまま。ドラフト時にどういったことを考えながらカードをピックしているかをまとめてみた。おそらくゲーム未経験者にはほとんど意味が分からない内容になってる。ごめんなさい。
一応簡単にゲームの流れを説明すると、マジックのドラフトと同じ要領でカードをピックしていく。初手にランダムで配られる5枚の手札から1枚をピックし隣に回す、というのを5回繰り返して5枚の手札を獲得。そのうち4枚まで場に配置し、1枚を次ターンへキープ。これを4ターン繰り返す。実際に4人以下で遊ぶ場合は初手の何枚かが帰ってくるが、今回の1人プレイでは「5枚山札から引き1枚ピック、4枚山札から引き1枚ピック、以下略」という手順で遊んでいる。
もっと知りたい方は作者のブログに詳しいことが書いてある。PDF形式のルールブックもダウンロードできるし本当の意味でのリプレイも載っているので、興味があればぜひ。
ドラフト式カードゲーム『ヴォーパルス』の紹介
http://iwasgame.sakura.ne.jp/archives/445
また記事の表記として、ターンとピック順の表記は「1ターン目の1ピック目」を「1-1」とする(3ターン目の4ピック目は「3-4」となる)。《 》でくくっているものはカード名を表し、【 】でくくっているものは3種類ある資源を指す。
というわけで、はじまりはじまり。
《ヴォーパルス戦記譚》 第3回:スカウティング・マイ・アーミー
今回のフォーマット
拡張セット「ヴィシャス」使用。拡張セットからの追加建物は《奴隷市場》と《霊廟》。
<プロローグ>
ここは北方に位置する名もなき島。幾多の小国をまとめあげた皇帝が崩御し、ついにまた100年の戦乱が始まろうとしている。ここはその小国の1つ。島の覇権を狙う諸侯の1人としての責務を負わされた現領主はまだ若く、養育係でもある相談役の老人が常に付き従っている状態である。
「若様、起きてくだされ」
「なんじゃ、じい。まだ日も昇っていないではないか」
実直そうな白髪の老人に揺り起こされた少年は眠たげに蒼い目をしょぼつかせながら外の暗さに顔をしかめた。起きたばかりでくしも入れていない金髪の巻き毛はくるくると好き勝手な方向に跳ねている。
「お忘れですか。今日は我が領地への仕官を望む者たちが訪れる日にございますぞ」
「いかん、そうじゃったな。今起きるぞ(ぐう)」
「若様! 器用な寝言はおやめくだされ!」
1ターン目
<1-1>
《バルダンダース》、《軍師》、《ベヒモス》、《ゴーレム》、《木こり》
「ほうほう、見所のありそうな面々が集まっておりますな」
「じい。お城の中庭が化け物でいっぱいに見えるんじゃが」
「そうでございますか?」
「うむ。とりあえずあのぐねぐねと形の定まらぬのはなんじゃ」
「あれは《バルダンダース》ですな。初手に選ぶにはちと弱いと言わざるを得ません。序盤はまずはなんと言ってもレベル2の建物を作ることにありますゆえ」
「建築ということは《木こり》かの。【木材】なくして建物なし、じゃったか」
「おお、きちんと勉強されておりますな。ええ、《木こり》は受けの広い良い選択と思います。《ゴーレム》は2ターン目の配置フェイズにレベル2の建物を作れますが、配置後となってしまうのでレベル2の建物の利点がイマイチ活かされませぬ」
「レベル2の建物の利点? 勝利点が稼げることじゃったか」
「若様、勉強をさぼっておりましたな。レベル2の建物の利点はなんというても、5枚目の配置です。通常は前衛に2枚と後衛に2枚の4枚までしかできない配置を5枚に増やせることこそがレベル2の建物を建築する最大の理由ですぞ」
「分かった、分かった。ところで、うちの城よりデカいあの豚はどうじゃ」
「論外です」
「そうか」
<現在のピック>
《木こり》
<1-2>
《ゴーレム》、《大蛇》、《画家》、《ファンガス》
「じい」
「おお、何かいい案がござりますか」
「なんだ。我が領地には化け物しかおらんのか」
「何をおっしゃいます! ごらんください。あそこに《画家》がおるではないですか」
「いやむしろ《画家》が何をしに来ているのかが気になるんじゃが」
「まあ、確かにこの中では一番弱いかもしれませんなあ。【食料】戦略なら《ファンガス》ですし、兵力重視ならば《大蛇》ですな。《大蛇》はのちに収入に替わりますので、兵力増強ともかみあいます」
「《ゴーレム》はいらんな。さっきもスルーしたし」
「いえいえ、若様。あのときとは状況が変わっておりますぞ! 【木材】を手に入れた今、このあとの3巡以内に【鉱石】が1つでも手に入れば《霊廟》を建てることが出来ますゆえ」
「それはよいことなのか?」
「《霊廟》は勝利点と収入を両方カバーできる良い建物です。《祝宴》と違い、カードに依存しません。その分、レベルアップの条件が厳しいですが《ゴーレム》であればその点をクリアできます。2ターン目に5枚配置できないデメリットを考えても、《ゴーレム》ピックは選択肢の1つとしてありと思われまする」
「なるほど。では《画家》以外から選ぶとするか。それでは《ゴーレム》にするかの」
「ほう、渋いですな。【鉱石】を引く自信がおありで」
「序盤は建築を重視せよとお主が常に言っておるでな」
「ではなぜ《ファンガス》ではないのですか? 《祝宴》と《奴隷市場》が狙えますぞ」
「わしはキノコが嫌いじゃ」
<現在のピック>
《木こり》、《ゴーレム》
<1-3>
《癒し手》、《森の子供たち》、《時計職人》
「ようやく人の世界に戻れたようじゃな」
「それはようございますが、いまいちかみ合わない引きですな」
「かみ合わない?」
「ええ、《時計職人》を生かせるカードが今までのピックにはありません。《バルダンダース》を選んでいれば《癒し手》がそれを延命させられましたし、《ファンガス》を選んでいれば《森の子供たち》が《祝宴》を開けました」
「ではどいつもハズレというわけか」
「逆ですな。どれも受けの広いカードとも言えます。好きに選ばれるとよいでしょう」
「そうか。では《森の子供たち》にするかの」
「狙いは《奴隷市場》ですか?」
「いや、あの手にもってる赤い何かが気になってしょうがなくてな」
「そんな理由で!?」
「冗談じゃ。レベル2の建物に向けて一番手が広いと思ったからじゃ」
「安心しました」
<現在のピック>
《木こり》、《ゴーレム》、《森の子供たち》
<1-4>
《夢読み》、《ワーム》
「また化け物しかおらんぞ」
「いえ、《夢読み》がおります」
「船ごと飲み込みそうな馬鹿デカい口の化け物しかおらんではないか」
「あそこにうっすら人の形をした影が見えませんか? あれは《夢読み》と呼ばれる者です」
「人間か?」
「夢と現実のはざまに位置する者ですが、一応人間です。お金に卑しいところも人間です」
「ほんとじゃ。随分とふっかけてくるのう。うちの騎士団長の賃金ではないか」
「まあ、《ワーム》もそうですが」
「どうしようかの」
「今足りないのは兵力ですな。《ワーム》に残ってもらってはいかがでしょうか。実際に賃金を支払うかはあとでまた考えることにいたしましょう」
「怒らぬか?」
「大丈夫です。コストを支払うのはピック時ではなく配置時ですから」
<現在のピック>
《木こり》、《ゴーレム》、《森の子供たち》、《ワーム》
<1-5>
《鉱夫》
「ヒゲのおっさんがおる」
「おお! ナイスな引きですぞ、若様! あれぞ、【鉱石】をもたらす《鉱夫》でございます」
「何を年甲斐もなく興奮しておる」
「いやいや、若様。【木材】ばかりの今の私たちにもっとも必要な資源ですゆえ」
「そうか、これで【木材】【木材】【鉱石】がそろったのか」
「それだけでなく、これで《霊廟》レベル2が見えました。確かに次のターンの配置時には4枚までしか置けませぬが、それを考えましても悪い取引ではありません」
「まあ、いずれにしても選択肢はないな。あのヒゲのおっさんを呼んできてくれ」
「御意にございます」
<1ターン目のピック>
《木こり》、《ゴーレム》、《森の子供たち》、《ワーム》、《鉱夫》
「さて、どう配置するかの」
「純粋に兵力を考えるならば、前衛に《木こり》と《ワーム》、後衛に《森の子供たち》ということになりますな。これで兵力6となります」
「しかしそれではろくな建築が出来ぬぞ」
「ビンゴ! そのとおりですぞ、若様!」
「うわ、びっくりした! なんじゃ、いきなり」
「おっしゃるとおりです。1ターン目は1点2点の兵力ではなく、先につながる建築を重視すべきなのです。うう、私の教育が身についておるようですな。じい、嬉しい」
「おおげさな。まあよいわ。では《鉱夫》と《木こり》だけ出すか。あとは基本の収入である2金を得れば、お金を全部使って《聖堂》を2レベルにできる」
「じいやチョップ!」
「痛っ! な、何をする!」
「さらに、じいやダイナマイト!」
「ぎゃー!」
「見損ないましたぞ、若様! 資源がそろっているのになんでお金を使い切りますか!」
「い、今の技はなんじゃ? とても痛かったぞ?」
「しかも、あれほど《霊廟》《霊廟》と口うるさく言ってきたのにこの仕打ち!」
「《霊廟》では1レベルどまりではないか」
「じいやギガドリルブレイク!」
「ぎゃーっ!!」
「なんのための《ゴーレム》ですか! 次のターンに《ゴーレム》でレベル2にすれば、さっそく経年カウンター分の勝利点が得られますぞ。さらに経年フェイズに収入までついてきます」
「しかし資源は大丈夫じゃろうか。我が国土はそれほど資源に富んでいるわけではないぞ」
「大丈夫です。《木こり》と《森の子供たち》が【木材】を集め、そこに《鉱夫》の【鉱石】があれば、《宝物庫》でも《兵舎》でも作れます」
「このターンそれを作るではダメなのか? レベル2の建物がある状態で2ターン目を迎えられるではないか」
「正直、そこは悩みどころかもしれませんな。しかし最序盤で《霊廟》レベル2を作れるのは非常に大きいですぞ」
「さっきの《ベヒモス》より大きいか」
「さっきの《ベヒモス》より大きいです」
「なら仕方ないの」
<1ターン目まとめ>
1-1 《木こり》
1-2 《ゴーレム》
1-3 《森の子供たち》
1-4 《ワーム》
1-5 《鉱夫》
・前衛 《鉱夫》、《木こり》
・後衛 《森の子供たち》
・合計兵力 4点 (0勝換算)
・建築 《霊廟》 LV1
・残金3、キープカード《ゴーレム》
2ターン目
「2ターン目は《ゴーレム》を置くだけじゃの」
「そうですな。次のターンにキープする1枚を選ぶだけの簡単なお仕事です」
<現在のピック> ※キープカード含む
《ゴーレム》
<2-1>
《射手》、《木こり》、《行商》、《ワーム》、《腐敗の王》
「じい、あの山よりデカくて腐りかけてる化け物はなんじゃ」
「しっ、あれをあまり長いこと見てはなりませぬ。魂をもっていかれますぞ」
「なんでそんなものを領内に入れた!」
「勝手に入ってきたようですな」
「では、しょうがないか。ところであの《ワーム》を見て思い出したんじゃが、1ターン目の《ワーム》はどうした」
「キープ可能なカードは1枚までなので、川に放流しました」
「怒られないか?」
「まあ、どの川も最後は海につながっとります。大丈夫でしょう」
「ならよい。して、このターンのピックはどうするかの」
「《腐敗の王》でしょう」
「魂を持っていかれるんじゃないのか」
「そのための《霊廟》です。《霊廟》さえ建築し終えれば、むしろ益しかもたらしません」
「ほう。それは幸甚」
「それまでは地下室にでもキープしておきましょう」
「野菜は別にしとかんと腐りそうじゃな」
<現在のピック>
《ゴーレム》、《腐敗の王》
<2-2>
《料理人》、《癒し手》、《時計職人》、《宝石獣》
「これは良い引きですな」
「そうか? これといって惹かれる者はおらんが」
「《鉱夫》を《宝石獣》にかえるという手があります。経年カウンターの数は変わりませんし、【鉱石】も出ます。1金で兵力不足を補えるというのはなかなか美味しい話ですぞ」
「わしにはあの《料理人》の皿にある肉のほうが美味しそうに見えるがの」
<現在のピック>
《ゴーレム》、《腐敗の王》、《宝石獣》
<2-3>
《開闢の巨人》、《トロール》、《ゴブリン》
「化け物しかおらんの」
「さすがに今回は否定できませんな」
「しかしあの巨人はデカすぎじゃ。デカすぎて頭が雲にかすんでおるぞ」
「あれを置いとく場所を用意するのは金がかかりそうですなあ」
「《ゴブリン》は安いのう。肉を食わせておけば働いてくれそうじゃ」
「しかしこのターンの配置は4枚までですからな。さすがに飼っておく余裕がありません」
「では《トロール》か?」
「これが実際のプレイヤー相手の戦争でしたら、相手の所持金を見て配備できない高額なカードばかり残すという手もありますな」
「お主も悪よのう」
「いえいえ、お代官様こそ」
<現在のピック>
《ゴーレム》、《腐敗の王》、《宝石獣》、《ゴブリン》
<2-4>
《民兵》、《夢読み》
「おや? 《民兵》しかおらんぞ。2枚から選べるのではないのか」
「若様。また《夢読み》を見落としてますね」
「どこじゃ」
「あそこです。ほら、旗が3本しか立っていないのに、影が4本あるでしょう」
「おお、本当じゃ。なんか間違い探しみたいじゃのう」
「どちらをとられますか?」
「ふむ。どっちも使わん気がするが、何かあるか?」
「そうですね。《霊廟》と相性がよいのは《夢読み》ですが、このターンはさすがに出番はないでしょう。それでもキープの候補にはなるかもしれません」
「ではそうしよう」
<現在のピック>
《ゴーレム》、《腐敗の王》、《宝石獣》、《ゴブリン》、《夢読み》
<2-5>
《盗賊》
「じい、領内に《盗賊》が来ておるぞ」
「そのようですな」
「追い返しておけ」
「いったんピックはしておきましょう。そのあとあらためて捨て札にすればよろしいかと」
「早いところ追っ払ってしまいたいもんじゃが」
<2ターン目のピック>
《ゴーレム》、《腐敗の王》、《宝石獣》、《ゴブリン》、《夢読み》、《盗賊》
「では計画通り、《ゴーレム》を配置して終りかの」
「じいやクラッシュイントゥルード!」
「ぎゃー!」
「何を聞いていたのですか! もう2ターン目ですぞ。他の領主も兵力を整え出す時分です。遅れをとってはなりませぬ!」
「いや、でも1体しか出すスペースないではないか。《霊廟》のことを考えると経年カウンターが乗っているユニットをのかすのも惜しい」
「そこで《宝石獣》です。配置の直後に経年カウンターが1個置かれてしまうというデメリットを逆に利点に変えられます」
「おお、なるほど。ヴォーパルス面白いな」
「分かってもらえましたか」
「では配置は《鉱夫》を解雇して、《宝石獣》と《ゴーレム》を投入じゃな。キープはどうする?」
「《夢読み》も惹かれるものがありますが、ここはコストの安さと兵力の高さ、さらに《霊廟》があれば勝利点と収入の両方につながるその能力を買って、やはり《腐敗の王》でしょうな」
「なるほど。建築は無難に《宝物庫》にしとくか」
「《兵舎》も建てられますが今後も経年カウンターを置くプレイを重視するのであれば、安定した戦力の確保は難しいでしょう。《宝物庫》でよいと思います」
<2ターン目まとめ>
キープカード 《ゴーレム》
2-1 《腐敗の王》
2-2 《宝石獣》
2-3 《ゴブリン》
2-4 《夢読み》
2-5 《盗賊》
・前衛 《ゴーレム》、《宝石獣》
・後衛 《木こり》、《森の子供たち》
・合計兵力 7点 (1勝換算)
・建築 《霊廟》 LV2、《宝物庫》 LV2
・残金3、キープカード《腐敗の王》
※追記
配置時に《ゴーレム》の効果で《霊廟》がレベルアップ。また経年フェイズに合計3つの経年カウンターが経年によってとりのぞかれているので3金を獲得。
3ターン目
「先のターンと違い、今回の雇用は重要ですぞ」
「そうじゃな。気がつけば経年でみんな去ってしまって、残ったのは壊れかけた《ゴーレム》1体だけじゃ。これは少し気合いをいれていかんとな」
「ファイトですぞ、若様」
<現在のピック> ※キープカード含む
《腐敗の王》
<3-1>
《射手》、《ケット・シー》、《ツリーフォーク》、《盗賊》、《狩人》
「ふーむ。可もなく不可もなしですな」
「また《盗賊》が来てるな」
「まあ今回は他にも選択肢がありますし、お帰り願いましょう」
「いや、考えてみたら兵力的にはありかもしれんのう」
「兵力を考えたら《射手》でしょうな。収入を考えれば《ケット・シー》、建築を考えるなら《狩人》で受け手を広くしておくべきかと」
「建築は厳しそうじゃな。何しろ資源がない」
「だからこそ得られる資源は逃さず手に入れておくべきかと思われます。《狩人》は最低限の兵力も持っておりますし」
「個人的には《ケット・シー》がいいんじゃが」
「ああ、なるほど。確かに《腐敗の王》ともかみ合いますな」
「いや、猫かわいいから」
「分かりました。では《狩人》で」
「え」
<現在のピック>
《腐敗の王》、《狩人》
<3-2>
《労働者》、《料理人》、《騎士》、《奉納者》
「下働きにコックに騎士か。なんか本当に城へ仕事を探しに来た面々のようじゃな」
「まあ、あとの1人だけ明らかに浮いておりますが」
「え、お前にも見えるのか」
「あれは《奉納者》ですな」
「わしにしか見えない死神かと思った。良かった」
「能力もなかなか良いですぞ。《狩人》がいれば経年カウンターを稼げますから、勝利点と収入を増やすことができますゆえ」
「しかし2金のコストは考えものじゃな。このターンの建築を諦めることになるの」
「《奉納者》がいれば今後【木材】を引ければ収入に変換できます。建築するためにはどうせ資源を引かねばなりません。《労働者》や《料理人》よりは面白いと思います」
「そういえば《騎士》はどうじゃ?」
「無難ですなあ。《ゴーレム》と《腐敗の王》と合わせて兵力が11。2勝も狙える兵力です」
「そのわりに不満そうじゃな」
「面白味がありません」
「それは重要なのか」
「ゲームですので」
「そうか」
<現在のピック>
《腐敗の王》、《狩人》、《奉納者》
<3-3>
《狩人》、《ファンガス》、《労働者》
「またキノコがきおった」
「今回は《ファンガス》の必要はありませんな。《腐敗の王》と《奉納者》を配置することを考えますと、金が足りませんゆえ」
「《奉納者》を置かないという選択肢もありじゃろ」
「それは否定できませんが、その場合でも《狩人》でしょう。若様の軍勢なら兵力2でも一軍入り可能。無理に1点の兵力のために1金かかる《ファンガス》を選ぶ必要はありませんな」
<現在のピック>
《腐敗の王》、《狩人》、《奉納者》、《狩人》
<3-4>
《冒険家》、《ドラゴン》
「おお、本物の《ドラゴン》じゃ。初めてみたわ」
「若様、注目すべきはそっちではありません。《冒険家》です」
「《ドラゴン》はダメか。デカいしカッコいいぞ」
「いえいえ、《冒険家》しかあり得ません。何しろ《奉納者》と2人の《狩人》のおかげで経年カウンターを置く手はずは整っています。《冒険家》の見い出す【鉱石】があれば《宝物庫》は潤いますし、積まれた経年カウンターも《霊廟》で勝利点と収入になります。これ以上ないほどの引きですぞ」
「なんかそこまで言われると逆にとりたくなくなる」
「わ、若様!?」
「冗談じゃ」
<現在のピック>
《腐敗の王》、《狩人》、《奉納者》、《狩人》、《冒険家》
<3-5>
《行商》
「なんか普通の商人じゃな。なんかほっとしたぞ。雇う理由はなさそうじゃがな」
「いやいや、これはなかなか面白い人材ですぞ」
「じゃが、今さら【木材】が1個増えたところで大差なかろう?」
「《奉納者》がいることを忘れてはなりません。《行商》は2金の収入になります」
「ふむ。それほど重要なことかのう。そもそも《腐敗の王》と《奉納者》で3金じゃ。《行商》の配置コストを支払うことはできん」
「《腐敗の王》の出番を遅らせるという選択肢は残っております。「腐ってやがる、早すぎたんだ」と、とある有名な《軍師》も申しております」
「それでは兵力が激減するぞ」
「不確かな兵力勝負よりも確実な建物の勝利点ですな。お気づきでないかもしれませんが、《奉納者》と《行商》がいれば基本収入と合わせて4金です。土地代が支払えますぞ」
「そうか、《行商》の【木材】があるから《祝宴》が建てられるのか」
「いえ、このターンは《聖堂》を建てたほうがよろしいかと」
「《祝宴》のほうがよいのではないか? 次のターン、《農民》などを引くかもしれん」
「それはそうですが、その場合、このターンを生き延びて経年カウンターをおいたユニットを解雇することになります。勝利点的にはプラスマイナスゼロでございます。さらにいうと、このターンに《祝宴》を作ってしまうと最終ターンに作れる建物がほとんどありません」
「最終ターンに《聖堂》でよいではないか。《狩人》2人はいるのだから、《祝宴》を作れば最低でも《聖堂》分の働きじゃ」
「その場合、最終ターンに《聖堂》を作るには土地代6金に加えて、【鉱石】を新たに2個産出するか、4金を余分に稼がないといけませんな。これはかなり厳しい条件です」
「ああ、そういえば《冒険家》は次のターンまでは生き延びられないんじゃったな」
「逆に、《腐敗の王》の配置を先延ばしにすることで《狩人》2人を生き延びさせられます」
「資源が残るわけか」
「次のターンの生産フェイズに《聖堂》2金、《行商》1金、《奉納者》1金、さらに基本収入2金でちょうど6金です。配置フェイズでお金を使いきっても土地代が捻出できますぞ」
「なるほど。最後の土地代も確保しつつ、《祝宴》レベル2の資源も生産できるか」
「そのとおりです」
<3ターン目のピック>
《腐敗の王》、《狩人》、《奉納者》、《狩人》、《冒険家》、《行商》
「まずは配置じゃな。《腐敗の王》はもうしばらく地下室に寝かせておいて、《狩人》たちに前衛へ回ってもらおうかの」
「そのとおりです。《ゴーレム》を解体して、スペースをあけましょう。十分働いてくれました。上に乗っている経年カウンター1個がちょっと惜しいですが、しょうがありませんな」
「さて全員、配置を終えたぞ。《狩人》たちが【食料】をもってきてくれたが?」
「それは《奉納者》に祝福してもらいましょう。そうしてから食べれば、寿命と引き替えに知恵と経験が得られる魔法の品となります。《冒険家》に渡しておきましょう」
<3ターン目まとめ>
キープカード 《腐敗の王》
3-1 《狩人》
3-2 《奉納者》
3-3 《狩人》
3-4 《冒険家》
3-5 《行商》
・前衛 《狩人》、《狩人》、《冒険家》
・後衛 《奉納者》、《行商》
・合計兵力 6点 (0勝換算)
・建築 《霊廟》 LV2、《宝物庫》 LV2、《聖堂》 LV2
・残金2、キープカード《腐敗の王》
※追記
配置フェイズの終了時に《奉納者》の効果で《冒険家》に経年カウンターを2個置く。また経年フェイズに合計2つの経年カウンターが経年によってとりのぞかれているので2金を獲得。
4ターン目
「ついに戦乱も終わりじゃの」
「あとは《腐敗の王》を配置するだけの簡単なお仕事ですな」
<現在のピック> ※キープカード含む
《腐敗の王》
<4-1>
《鉱夫》、《古参兵》、《森の子供たち》、《行商》、《労働者》
「どれでもよいのう」
「実際のプレイであれば隣のプレイヤー次第で変わってきますな。《宝物庫》を持っているプレイヤーには《鉱夫》を回したくはないですし、資源に困っているプレイヤーには《森の子供たち》を回さずにおきたいところですぞ」
<現在のピック>
《腐敗の王》、《森の子供たち》
<4-2>
《ケット・シー》、《鉱夫》、《古参兵》、《時計職人》
「これまた小粒ぞろいじゃな」
「あえていえば《時計職人》でございましょうな。《冒険家》を引く可能性を考慮して」
<現在のピック>
《腐敗の王》、《森の子供たち》、《時計職人》
<4-3>
《ワーム》、《農民》、《農民》
「やっぱり《祝宴》を作っておいたほうが良かったのではないのか?」
「そのようなことはありませぬ。新たに1人雇い入れるためには経年カウンター1個を諦めることになりますので、プラスマイナスは変わりません」
「じゃが《奉納者》がおるゆえ、1個の【食料】は2点の勝利点じゃ」
「おや?」
「おい」
「はっはっは。若様も一人前になられて」
「おいおい!」
<現在のピック>
《腐敗の王》、《森の子供たち》、《時計職人》、《農民》
<4-4>
《古きもの》、《鉄巨兵》
「じい、なんでも城の地下で恐ろしいものが見つかったとか」
「それが、古代の邪神が城の地下に封印されているのが見つかりまして」
「は? なんだと?」
「古代の邪神です。単体で、我が領地の全兵力を上回ります」
「ど、どうした?」
「6金で力を貸してやると言われましたが、そのような大金は逆立ちしても支払えない、と正直に伝えたところ、何も言わず地中深く潜っていきました」
「そうか」
「かわりに巨大ロボットの設計図を手に入れました」
「どうなっとるんだ、この国は」
<現在のピック>
《腐敗の王》、《森の子供たち》、《時計職人》、《農民》、《鉄巨兵》
<4-5>
《ゴブリン》
「また《ゴブリン》がおるのう」
「おりますな」
「腹を空かしておるようじゃの。なんか適当にくれてやれ」
「分かりました。雇いますか?」
「必要なかろう」
<4ターン目のピック>
《腐敗の王》、《森の子供たち》、《時計職人》、《農民》、《鉄巨兵》、《ゴブリン》
「配置じゃな」
「《腐敗の王》を前線に送り出すだけでございます。満を持しての登場ですな」
「《森の子供たち》の使い道はないかの。【食料】が《奉納者》の効果で経年カウンターに変わるゆえ、勝利点が増えるのではないか?」
「ないですなあ。すでに場にいる兵力たちは経年カウンターが乗っておりますゆえ、勝利点的には変化がありません」
「やはり《祝宴》だったのではないかのう」
「冷たい目をされるようになりましたな」
「食い物の恨みは恐ろしいのじゃ」
「まさか《祝宴》で飲み食いしたかったから怒ってらっしゃるんですか!?」
「(ぷい)」
<4ターン目まとめ>
キープカード 《腐敗の王》
4-1 《狩人》
4-2 《奉納者》
4-3 《狩人》
4-4 《行商》
4-5 《ゴブリン》
・前衛 《狩人》、《狩人》、《腐敗の王》
・後衛 《奉納者》、《行商》
・合計兵力 8点 (0勝換算)
・建築 《霊廟》 LV2、《宝物庫》 LV2、《聖堂》 LV2、《祝宴》 LV2
・残金11、キープカード《ゴブリン》
最終勝利点:40点
<後書き>
文中で若様にも突っ込まれているが、もしかしたら3ターン目の建築は《祝宴》だったかもしれない。その場合、最終ターンに《森の子供たち》か《冒険家》を引ければレベル2の建物は建てられるし、レベル1どまりであっても【食料】を引けていれば勝利点自体はプラスだった可能性がある。
あと1人回しをする際には戦争勝利に必要な兵力を高めに見積もっているので、実際のプレイであれば戦争の勝利数はもう少し高いかもしれない。両隣の陣営次第では2ターン目の建築を《兵舎》にすることで今回の《宝物庫》より勝利点を稼げるはず(相手の勝利数を減らすという意味でも相対的な勝利点の上昇が見込める)。
そういった相手プレイヤー次第の点を除いても最適解を選べていない可能性があるので、もしお手元にカードがある人はぜひ再現してみて欲しい。ヴォーパルス面白いから、他にもリプレイ書いてくれる人が出てくると嬉しい。
《ヴォーパルス戦記譚》 第2回:100年のレシピ
2012年7月28日 ヴォーパルス コメント (2) 「ヴォーパルスを1人プレイしてみてそこから浮かび上がった物語を文字に書き起こしてみよう」という誰が得するのか謎な企画の第2回目。その他、詳しいことは以下の第1回目を参照のこと。
《ヴォーパルス戦記譚》 第1回:虚飾の王の物語
http://regiant.diarynote.jp/201206102238015544/
《ヴォーパルス戦記譚》 第2回:100年のレシピ
ここは街道沿いの宿屋。遠路を旅する行商人たちが持ちよった噂話を互いに披露する場でもある。そしてもっぱらの話題は、やはりどうしても同じところに行きつくのだった。
「ついに皇帝陛下が崩御されたか。もう何年も病床にあられたが」
「100年の戦乱か。まさか俺たちの代に始まるとはなあ」
「今この瞬間に領主を務められている方々がこれからの100年を争われるのか」
宿屋の食事どころで交わされる噂話の大半は、大なり小なり変わらぬ内容のものばかりだったが、とあるテーブルの一画に陣取る行商人たちだけは少し違った。戦乱の始まりとあらたな商売の種をどこか興奮したように語る周囲の熱気とは裏腹に、どこか沈みがちな空気をまとっているのは、この領地に住まう行商人たちであった。彼らは、この地の領主を知るものたちだった。
「ついに皇帝陛下が崩御されたか。いつ亡くなるかは時間の問題とは言われていたが」
「まさか私たちの代に……いや、今のこのときに亡くなられるとは」
「先代の領主様も決して争いごとに長けた方ではなかったが、それでもな」
皆が思い浮かべているのは間違いなく同じ人物ではあったが、それでもなお、口に出して確かめてしまうのは現実が眼前に迫るようでためらわれた。しかしついに1人が勢いよく手持ちのジョッキの中身を喉に流し込み吐き捨てるように呟いた。
「それでもあの胃袋から先に生まれたような姫様よりかはマシだったろうよ」
その言葉に周囲も次々に不安げな言葉を連ねる。
「御幼少のころは食いしん坊なところも愛嬌ですんだが……」
「皇帝陛下の病状をお聞きになられても何を心配するでもなく、各地の珍味と銘酒の書物を集められていたそうな」
「いやいや、それだけでなく各地の名だたる料理人を漏れなく調べるよう命令が下ったとも聞いたぞ」
「今このときも隣国の名産品を買いあさっているくらいだしな」
「お前のとこの貨物も食料か。うちもだ。前線の兵たちが戦いもせずに集めた食料ばかり」
バンッ!
ジョッキを叩きつける音にテーブルが静まり返る。最初の口火を切った男が、集まった仲間の行商人たちの視線の先でにやりと笑った。
「姫様が100年の定めにつかれることが決まったとき、なんと言ったか知ってるか?」
皆をじらすように沈黙を楽しんでから男は笑った。
「100年後の珍味が食せるとな、だそうだ!」
話した男は、笑いが起きることを期待したようだったが、それに対してそのテーブルの行商人たちは沈黙の中、顔を見合わせるばかりだった。周囲のテーブルの喧騒がやけに大きく耳をうつ。そんな中、空気に耐えかねたように1人がカウンターへと席を移す。グラスを磨いていたバーカウンターの店員がちらりと男を見た。
「何を飲みますか」
「強けりゃなんでもいいよ」
投げやりにそう答える男に店員が酒を渡しながら話しかけた。
「前線からのお帰りですか」
「そうだよ……いや、前線っていうかなんていうか……ありゃあ……」
敵対領地と接する前線には食料豊富な森と平原が広がっている。今までこの地帯は国境の緩衝地域として不可侵の盟約が結ばれていた。しかし今回の皇帝の崩御で100年の戦乱は始まり、全ての休戦協定と盟約は力を失った。次の支配者が決まるまで、それらは失われたままになるだろう。
男は、前線へ向かうときの領主側からの依頼を思い出す。国境沿いに点々としている陣地を回って、兵士たちが集めている食料と木材を回収してくるように、という1つ目の依頼には特に疑問を覚えることはなかった。しかし、その次に依頼された内容は、思わず聞き間違えたのかと問い返してしまった。
「は? 置いてくるんですか?」
「そう言ったはずだ。ここにある隣国から仕入れてきた珍味を前線に置いてくること」
領主側から派遣されてきた男は部屋に積まれている木箱を指し示した。
「いや、まあ向かうときはほとんど荷物なんてないも同然ですから構いませんけど……」
「依頼を受ける気がないなら構わんぞ。行商人はお前だけではないからな」
領主の配下の不機嫌な様子に、それ以上の質問はためらわれた。仕事は仕事と割り切り依頼を受け、すでに一部では隣国との衝突が始まっていると言われている前線へとおっかなびっくり仲間と馬車を進めた。そこで男が見たのは予想とは違う風景だった。
そこで繰り広げられていたのは戦争ではなく狩りだった。皮肉めいた意味ではなく本当の意味での狩猟だった。兵士とは名ばかりの狩人たち。そして森に住まう亜種族である森の子供たち。彼らは日がな一日、ウサギや鹿といった獲物を追いかけたり、木々を切り倒して木材に加工したりしていた。
依頼通り、各地の珍味が納められた木箱を渡して、かわりに燻製肉や森の果実、それと木材が受け取られて、空いた荷台へと積み込まれた。出発する前の晩、狩人や森の子供たちとたき火を囲んで簡単な宴を開いてもらったのを商人は思いだした。そのときに初めて領主からの奇妙な依頼の理由も知った。
たき火の中でパチパチと薪がはぜる音がする。酒も回り始めて、商人たちと狩人たちのあいだにも少し気安い雰囲気が生まれつつあった。
「どうせだ、少し、俺たちにもあの珍味とやらをご相伴にあずからせてくれよ」
「いやいや、申し訳ないがそれはできないよ」
なんだ随分とケチくさい奴らだな、という思いが表情に出てしまったらしい。相手の狩人は複雑な笑みを浮かべてこう言った。
「我々も手をつけることは許されていないんだからな」
「は? なんだって?」
「なんですか、聞いてないですか?」
ここで今まで黙っていた森の子供たちが会話に入ってきた。
彼らは一見すると人間の子供のようにしか見えず、そのため人間たちは彼らを「森の子供」と呼んでいる。しかしそれは外見だけの話で実際はれっきとした大人だ。猛獣から隠れ潜む森の生活に適用するため、必要以上の肉体の成長を閉じてしまった種族。そのかわり、猫のような夜目と犬のような嗅覚を生まれながらにして持っている。
彼らの世界には貨幣は存在しないが、人間との交流の際に必要な金貨を稼ぐために、ときの領主に雇われて働くこともある。それでも人前に姿を現すことは珍しく、行商人の男も実際に言葉を交わすのは初めてだった。
「私たち、食べること、あれを許されてないです。私たち違います」
「何が違うって?」
行商人が森の子供たちの癖のある言葉遣いに困惑していると、狩人があとを続けた。
「俺たちのためのものじゃないんだよ、あれは」
「嘘つけ、じゃあ誰が食べるんだよ」
「敵さ。隣国の兵士たちだよ」
予想どおり当惑している行商人の様子に苦笑しつつ、狩人は説明を続けた。
「まあ、なんだ。見ての通り、俺たちも森の子供たちも戦闘に長けているわけじゃない。隣国の正規の兵士たちが来たらひとたまりもないんだ。だから基本的には敵の姿を見かけたら逃げていいと言われてる。それでも捕まりそうになったら、あれを差し出して許しを請えとさ」
夜の暗闇の中、少し先に白く浮かんでいる天幕を振り返る。そこには行商人たちが運んできた例の木箱が納められているはずだった。
「山岳地帯から攻め入ってきた兵どもには海の幸、平野から攻め入ってきた兵どもには山の幸を気前よく振舞ってしまえ、だそうだ。久しく戦争もなかったし、慣れてない相手方も無駄な戦闘で命を落としたくはない。今のところ、戦死者は出ていないよ。ああ、もちろん狩りで命を落とした奴は別だがね」
結局いつもとやってることは変わらないよな、と狩人は周囲の仲間たちや森の子供たちとうなずいていた。行商人はたき火に照らされる彼らを眺めて、100年の戦乱とはこんなものなのか、聞いていた話と随分と違うものだな、と合点がいかないながらも理解した気になっていた。
その後、彼を含めた行商人たちによって前線から領主のおひざもとまで運ばれた食料と木材を用いて、盛大な祝宴が開かれた。領主によって近隣の領地へも派手に招待状をばらまかれ、珍しい料理と若い女性の領主を目当てに集まった人々で祝宴は大盛況のうちに幕を閉じた。
招かれた隣国の領民と領主たちは、少女と見まがうような若い女領主が能天気に口元を汚しながら料理を頬張る姿に微笑みつつも、内心は嘲笑い、この国も長くはないと共通した感想を抱いた。
照りつける太陽の下、酒場のテラス席で老人はジョッキをかたむけていた。港から潮の香りがただよってくる。老後に住む場所としてこの港町を選んだのは間違いではなかった、と行商人だった老人は辺りを見渡した。
食材と材木を領地の右へ左へと運んでいるうちに、他の領地へはほとんど出向くこともなく、25年はあっという間に過ぎた。そんな中、伝聞で知らされる各地の激しい戦争の噂は、不思議と平和なこの領内ではいまいち実感をともなわないものだった。そしてコツコツと貯め込んだ金で引退を決意し、仕事も道具もすべて息子夫婦に引き継いだ行商人と妻が老後の住処に選んだのは、領主の住まう中央から流れる川が海へと辿り着く港町だった。
今日も多くの人と荷物が賑やかに行き交っている。敵国も同盟国も問わず、各地から集められ運ばれてくる珍味佳肴は、その一部をまた別の地へと売りつけるべく船に積まれ、また一部はこの領地で消費されるべく陸路で運ばれる。それらを目当てに訪れる旅行者が祝宴に落とす外貨でこの国は今日も潤っていた。
しかし最近、見慣れない人と荷物が街中を行き来し始めていた。ぼんやりとそれを眺めていた老人は、手の空いているバイトの少年を手招きした。
「最近、なんやら重たげな荷物が港に運ばれているようだな」
「ああ、あれですか。姫様がまた何か新しいことに興味をもたれたそうですよ」
どこか呆れたようなそしてどこか嬉しげな様子は、この領地に住まうものが自分達の領主を語るときに共通して見られる特徴だった。行商人だった男も例外ではなく相手の言葉に孫のいたずらを聞かされたときのような笑みを浮かべた。
「腹がくちくなったら、次の道楽かね。いったい何を始められたのやら」
「しばらく前ですけど、何やら各地の不思議な話がたくさん書き記された書物を手に入れられたらしいです。異国の奇妙な動物や世にも珍しい品々。それらが本当なのかどうか、冒険家を雇って調べに行かせたとか」
「何か見つかったのかね」
「さあ? 冒険家はまだ帰って来てはいないそうですけど、書物に書かれていた火にくべても燃えない毛皮とか、瑠璃や宝石がたわわに実る大樹とか、そういったものを手に入れるべく港では交易船を仕立てているそうです」
なるほどうちの姫様らしい話だ、と老人は微笑んだ。
「まあ、ほら話でもなんでも、姫様の好奇心が満たされればそれでいいさな。飯は美味いし、姫様は綺麗で、我が領地に憂いなしだ」
同意を求めるように老人は少年にチップを手渡しつつ、空のジョッキも押しやってもう1杯とビールを注文した。笑顔でチップと注文を受け取ったボーイは忙しくなってきた酒場の中へ戻っていった。
ほとんど早朝とも言える深夜まで目まぐるしく働き、ようやく仕事を終えた少年はあとに残る同僚への挨拶もそこそこに、次の仕事のために港へと急いだ。細い路地をいくつも曲がり、木箱の陰に目立たぬよう備え付けられた木戸を音も無く通り抜ける。港でも特に人気のない地域にある倉庫の裏に回り、開閉式の小窓のついた頑丈そうな扉を奇妙なリズムで叩く。小窓が開き、感情のない目が少年を見降ろした。抑揚のない声でその相手が問う。
「人と化け物の共通点は?」
「どちらも飢えれば死ぬ」
小窓が閉じ、扉が開く。軽い足取りで中へと足を踏み入れた少年は、扉のすぐ裏側にいた覆面の男に手を振るとさらに奥へと急いだ。到着した小部屋には窓はなく、数少ないランプに照らされた室内には年恰好もよく分からぬ何人かの人影がテーブルを囲んでいた。少年が空いている最後の椅子に腰を下ろすと、テーブルの端から低く抑えた声が上がる。
「そろったかの。では始めよう」
「じゃ、僕からでいいですか? 酒場での仕事は滞りなく進んでますよ。お客さんたちはみんな、港で行き交ってる船は食べ物を運んでるか姫様の為にありもしない珍しい品々を探しに出かけてると思ってます。いや、思わせてます、かな」
「商店街も同じく。船着場に並べられているのが密輸船だと勘づいてる者はおりません。冒険家が雇われたのも、おとぎ話のたぐいを確かめるためだったと信じてますね。ああ、そうそう、そしてほら話を持ち帰ってきて姫様がそれで満足しているとも」
「はっ。それはいい。うむ、それでいい」
初めに言葉を発した人物が低く笑ったが、それを特に気にしたものはいなかった。その後も報告は続き、今後の指示が割り振られたところで、参加者は影に溶け込むように1人また1人と部屋から退出していった。後に残ったのはテーブルの端に座っていた小柄な人影。
そこへ後ろの扉から実直そうな白髪の老人が現れた。体にぴったりとあったスーツは派手さはないが明らかに値の張る品だった。彼は手にした書類の束をテーブルに置き、手早くそれらをいくつかの山に取り分ける。
そのあいだに、前に座っている人物は目立たぬよう喉に巻いていた布を外した。声色を変えるために喉を圧迫していたそれを煩わしげにテーブル中央へ放り、声を通すべく小さい咳払いを繰り返す。
ようやく人心地ついたところで手元の暗さに気づき、後ろの老人に部屋の明かりを動かさせた。ランプに照らし出されたのは、少女と呼ぶには大きいが成人には至っていない、そんな女だった。彼女は取り分けられた書類の束の1つを手に取った。
「食料は順調に売れているようだな」
「はい。代価の鉱石も滞りなく届いておりますし、各地から届く名産珍味もご指示のとおりに」
「これまでの投資が実を結んだか。景気よくばらまいてきたからの。ほうぼうの奴らの舌も肥えてきた頃合いじゃて。山には海の幸、平野には山の幸。知らぬ快楽を教えてやった甲斐があったというもの」
「姫様の狙い通りですな」
「分かりきったことよ。人も化け物も食わねば死ぬのだ」
そう呟きつつ別の書類の束を手に取った彼女が顔を上げた。
「ああ、そうだ、化け物と言えば」
「はい。アレの捕獲はすでに完了しております」
「では、他国の軍どもに、我が領内で好き勝手してもらった礼をしなくてはなるまいな」
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
数日後、波止場の輸送船から小屋ほどもある巨大な箱が厳重に鎖で封印されたまま降ろされ、領主の元へと運ばれていった。遠い海で捕獲された巨大な珍獣が姫様に献上されたとか、並走する馬車の中には姫様ご本人がいらっしゃったとか、好き勝手な噂が流れたが、結局は、七色に輝く果実の生る果樹をその根を張る大地ごと姫様が所望なされたらしい、というところに落ち着いた。酒場で、商店街で、工房で、そうに違いないと訳知り顔で述べる者たちがいたことは言うまでもない。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
前線から呼び出された狩人は応接間で待たされながら、初めて招き入れられた領主の館があまりに聞いていた噂と異なることに驚きを禁じ得なかった。そこには、贅沢の粋を極めた華美な装飾がほどこされ、異国の奇妙な調度品の数々がところせましと並べられ、毎夜のように豪奢な饗宴が催されているはずだった。
しかし長いこと馬車で揺られた先に辿り着いたそこは、確かに大きな館ではあったが周囲の伝統ある家々と同じ作りに地味で古めかしく、調度品の数々は同じ領内の名のある絵師と工芸家の作品が並んでいるようだった。
「すまぬ、待たせたな」
そこへ奥の扉から若い女性と白髪の紳士が入ってきた。女性は優美なドレスなどではなく、動きやすそうな袖の短い作業着を身につけており、そのたくさんのポケットからはペンやら定規やらが突き出している。
この館で働く女中の1人だろう、やはり姫様ご本人に直接お会いできるなどということはないか、と狩人が一人で合点していた。そのため、相手が領主本人であることを名乗ったときには仰天した。
「お目にかかれるとは思っていませんでした……ありがたき幸せです」
「言うな。お前たちに苦労をかけていることは重々承知の上だ。前線はもう戦乱初期の手探りだった頃とは変わってしまったはずだ。安寧の中で生まれた、奪うことと殺すことへのためらいを他国の兵士どもはすでに乗り越えた頃合だ」
確かにその言葉は正しかった。戦乱当初の不慣れな攻めは度重なる他国との戦闘の中で研ぎ澄まされ、最近ではただ逃げ切ることすら困難な日々が続いていた。それは、1つの時代の節目が終わり、また1つ時代が進んだことを感じさせた。
「お前たちの中にも犠牲者が出始めている。次の一手が遅れた。私の不手際だ。すまない」
深々と頭を下げる領主に狩人は慌てた。
「もったいないお言葉です。頭を上げてください」
「ああ、下げて救えるならいくらでも下げるこの頭だが、その通りだな。使ってなんぼのものだ。ようやく探していたものが手に入った。ところでつかぬことを聞くが、前線にはまだ食料は足りているか?」
いきなり転換した話題に少々とまどいつつも狩人は、前からの指示にあったとおり前線の狩人たちは食料をきちんと蓄えていること、また後衛に回った森の子供たちから送られてくる食料もあることを報告した。その言葉に領主は満足そうにうなずく。
「よろしい。私の言いつけは守られているようだな。ではこれからお前のあらたな部下となるものを紹介しよう。ついてこい。この部屋で引き合わせるには少々図体がでかすぎる奴でな」
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数台の馬車で牽引される小屋ほどもある木箱は厳重に鎖で封印されたまま、がちゃがちゃと街道を運ばれている。そのすぐ後ろを走る荷馬車の上を荷物と一緒に座りながら、視界を占めるそのまがまがしいまでに巨大な箱を緊張の面持ちで狩人は眺めていた。姫様ご自身からの指示は、起きているあいだずっと脳裏を離れない。
「前線についたあとのお前の仕事は1つ」とバルコニーから中庭に横たわる巨大なワームを見下ろしつつ、恐怖と驚愕に身を凍らせている狩人へ姫が告げる。「ゆめゆめ食料を絶やさぬことだ。後衛からも存分に供給するが、お前たちの仕事は戦うことではない。いいか。餌を絶やさぬことだ。肝によく銘じておけ。さもなくばその肝ごと喰われるぞ」
しかし恐怖に動けなくなりそうな狩人の心に、ふっと加わる暖かさもまた彼の姫様の残した言葉だった。応接間で去り際に彼を呼びとめた領主は、少しためらったあと苦笑まじりに彼に頼みごとを残した。
「驚いただろうな。もっと可愛らしい姫君の噂を聞かされているはずだ。美味い料理に舌鼓を打ち、珍しいものを集めることに目がない、そんな女らしい姫の噂をな」
「いえ、ああ、確かに驚きはしました。こんな聡明な方だとは存じあげませんでした。しかし、安心しました。この領地に生まれついたことを誇りに思います」
「うむ。それなんだがな。内緒にしてはくれんか。こんな女っ気のない領主のことは皆は知らんでいい。出来れば、口元に食べ残しをつけたままの姫に会ったと……噂にたがわぬ食いしん坊で可愛らしい姫様だったと皆に伝えてくれ」
ここでいたずらっぽく微笑んだ彼女の笑みが浮かぶ。
「私も女なんでな」
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書斎で本の山に埋もれながら調べ物をしていた領主はふと顔を上げて壁のはるか向こうにあるはずの前線を見やり、誰にともなく呟いた。
「上手くいったかの」
「どうでございましょうな。十分な食料を与えたワームは訓練された騎士団を2つ合わせたより強いと申しますが、そこまでの食料を供給できるかは怪しいかもしれませぬ」
真剣な顔でそう述べる背後の執事に、彼女は呆れた顔で振り返った。
「そっちではない。最後の口止めだ。まだ本性を喧伝するには時期尚早。外見だけなら娘ほども離れているからには情に訴えてみるのが得策と考えたが、はてさて上手い事、乗ってくれたかどうか」
「私は直接会われることに反対したはずです。初めて前線へ狩人と森の子供を送り込んだときのように、指示を伝えるだけなら直接お出になる必要はありませんでした」
彼女に面と向かって意見できる唯一の臣下である執事が冷然と告げる。
「大体からしてバルコニーとはいえ近すぎるくらいです。その身は姫様1人のものでないということをいつになったら分かってくださるのか。確かに十分な食料を与えてはありますが万が一ということも」
いつものように長々と終わることなく続きそうなお小言をさえぎるべく振りむいた彼女の顔には、滅多に見られない寂しげな笑みが浮かんでいた。
「直接会いたかったんだ」
何かをこらえるように視線を外す。
「私のために死んでくれと頼んだ相手の顔を見ておきたかったんだ」
執事は慰めるでも淡々と事実を述べた。彼は自分の仕事を心得ていた。
「死ぬと決まったわけではありますまい。前線では重傷者は出ておりますが、まだ死人はでていないとの報告を受けております」
「だが時間の問題だろう。次の一手だ。早急に打たねばなるまい」
真剣な顔で、机の上にある冒険家の残した記録書をにらむ。彼女の命に従い、冒険家が世界の各地を調査して回った旅の報告書だ。まだ手のつけられていない鉱脈の眠る鉱山、人里離れた辺境の生物や植物。とにかくこの戦乱を乗り切る助けとなる情報であればなんでも欲しかった。それが冒険家1人の命と引き換えになるとしても。
旅の時計職人から手に入れた不思議な力を持つ懐中時計。前の戦乱でも1人の冒険家の命を絞り取ったという奇聞を伝えたとき、目の前の冒険家は臆するどころか目を輝かせていた。数十年経っても変わらぬ同じ顔で帰還した冒険家は、遠い地で彼が体験したあらゆる事柄を嬉々として語った。
最後に報告書と懐中時計を手渡した彼は、時間を早回しするように急速に老い、その場で骨と皮となって息絶えた。人ならざる時間を過ごした者のその末路は、まるで100年の定めを負う者の行く末を暗示するかのようだった。心臓が凍るような冷たさを覚えた。
暗い考えを振り払い、あらためて冒険家の報告書に目を通す。内政は上手く回している自信があった。しかし戦況は激化の一途をたどっている。戦乱はすでにその年限の半ばを過ぎ、どの領主も兵力の充実させるべくやっきになっていた。
前線へ送り出したワームが今はよく持ちこたえているが、老齢化する狩人たちをいつまでも前線にいさせるわけにはいかない。またひそかに敵兵力の妨害工作を支援してもらっていた冒険家もすでにいない。長年の計画はまだなんとか軌道から外れずにいるが、それもいつまでもつか。
「さて、どうしたものかな」
こういうとき、後ろに立って話を聞いてくれた執事の老人はもう何年も前に棺の中に納められていた。わずかな隠居生活はどれほど楽しめたのか。退こうとするたびに引き止め、最後は命令ではなく懇願になった。いつかは1人になると分かっていたつもりだった。
大きく息をつく。人を呼んだ。やってきたのは今の執事である働き盛りの若者で、彼は先代の執事の孫だった。外見だけならば彼女よりも年上に見える。しかし、わずかながらの引き継ぎの期間では何も知らぬも同然で、とても頼る気にはなれなかった。
「何か暖かい飲み物を持って来てくれ」
「分かりました。そういえば珍しい珈琲豆が手に入りました。疲れもとれるそうです。さっそくお持ちいたしましょう」
「待て」
とげのある声に相手は身を固くする。しかし気を遣う余裕は彼女にはもうなかった。
「よく回りを見ろ。紙の山だ。色のついた飲み物は避けろと何度も言ったはずだ。お前の祖父は一度言えば理解したぞ。同じくらい使えるようになれとはいわん。しかし三度は言わせるな」
下がってよい、と手を振って追い払う。しかしいつもと違い、相手は下がらなかった。いらつきを隠して、何か言いたいことがあれば言え、と寛容なところを見せることにした。執事を任されている男は背筋を伸ばし、彼女の目をまっすぐに見た。こいつの目を正面から見たのはこれが初めてかもしれんな、とふと彼女は思った。
「よろしいでしょうか」
「早く言え」
「では」
咳払いをし、手を後ろに回す。その仕草は彼の祖父にそっくりだった。
「まったく姫様は確かに回りは見えておりますが、ご自身のことはからきしですな!」
いきなりたしなめるような口調で怒鳴りつけられた。思わぬ展開にきょとんと目を丸くしている彼女を尻目に、顔を真っ赤にした新米の執事は勢いだけで言葉を続ける。
「はっきり申し上げますが、こんな紙の束がいくら無事であったとしても、姫様ご自身が倒れられては銅貨1枚の価値もありはしません! 私のお役目は姫様をお守り申し上げることであります! ですからお疲れの様子に姫様にふさわしい飲み物を、と考えました」
ふっと息をつく。
「私が頼りにならないことは分かります。でも1人だとは思わないでください。私だけでなく、部屋の掃除をする小間使いたちも、毎食の献立に頭を悩ませている料理人たちも、みな、姫様をお慕い申し上げております。最後まで不敬な振舞い、誠に申し訳ありません」
今までありがとうございました、と深々と礼をする。思い残すことはないといった様子に、彼女は出会った頃の先代の執事が重なって見えた。彼女が外見通りの年齢だった頃、料理人の皿を一口もつけずに引っくり返し、小間使いの服に火を放ち、傍若無人に振舞うことを当然としていた、そんな彼女の頬を一打ちした若い頃の彼の祖父が生き写しとなって見えた。
「処分は追ってご指示ください。自室の荷物をまとめたいと思います」
「待て。私がそんな気長に見えるか。今ここで処分を申しつけてやる」
足を止めて硬い表情で振り返った執事に歩み寄り、紙の束を押しつけた。
「まったくあの冒険家め、この島の隅から隅まで見て回りおって、とても1人では目を通しきれぬ。猫の手も借りたいところだ。お前も手伝え。面白そうな話があったらあとで教えてくれればそれでいい」
「姫様」
「それとさっき言っていた珍しい珈琲とやらも持ってこい。まずかったら顔にひっかけてやるから覚悟しておけ」
ただいまお持ちいたします!、と晴れ晴れした顔で駆け出す執事の足取りに、沈滞していた部屋の重苦しい空気がくるくるとかき回され、くすんでいた何かが晴れたようだった。
その晴れた先に見えたのは、彼女が今このとき守るべき人たちの姿、そして100年の定めに従って領主となることが決まったときに先代の執事に宣言した「この国のあるべき姿」を思い出した。なぜ忘れていたのか。なぜ見失っていたのか。
「まったく。一休みするか」
そう呟き、席に戻る。ふと目に入ったのは、さっき執事に手渡した束の下に眠っていた報告書だった。報告の中でも伝承というより神話と呼ぶにふさわしいような、あまりに絵空事じみた内容が多い箇所だったので後回しにしていた。
よりによってこれを奴に渡してしまったか、と少し申し訳なさを覚えた彼女の目が、残った報告書の一番上をそれとはなしに追った。ぼんやりと座り込んだ彼女の頭に内容が染み込むにつれて、目が見開かれる。慌てて報告書を手に取り、目を通す。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
「飲み物をお持ちしました」
お盆にカップと角砂糖を乗せて入ってきた執事を振りかえった領主の顔には、ここ最近ついぞ見られなかった、まるで年相応のいたずらげな笑みが浮かんでいた。それは彼が初めて見る彼女の笑みでもあった。
「こいつだ!」
執事が高鳴る気持ちを顔に出さぬよう必死になだめていることなど露とも知らず、彼女は手にした報告書を勢いよく叩いた。
「こいつを探してこい!」
そこに伝承文とともに描かれていたのは小さな山ほどもある巨大な猪に似た生き物の絵。その下には「ベヒモス」という短い名が小さく記されていた。
国境間近の大草原を丸ごと使って、古今東西で見たことも聞いたこともないほどの大祝宴が開催されるとの知らせが、近隣の領地のみならず島中を駆け巡った。大道芸人や音楽家はこぞって仕事道具を荷馬車に積み上げて、料理人たちは研ぎ澄ませた包丁を手にし、子供たちは毎日のように祭りまであと何日かと親に尋ねて困らせた。
各地の領地へと招待状がばらまかれ、出来たばかりの城下町では祝宴の何週間も前からその準備に誰も彼もがてんてこ舞いだった。狩人と森の子供たちは獲物を求めて森を駆け巡り、料理人は積み上げられた最高の食材を前に嬉しい悲鳴を上げ、農民たちは自慢の野菜をこれでもかとカゴに放り込んでいた。
そしてその日がきた。
戦乱の終わらぬ呪われた極寒の島の片隅で、まるでそこだけ春がきたかのようなお祭り騒ぎが勃発していた。晴天の下、いくつもの巨大な天幕が張られ、途切れることなく料理が運び出される。この日の為に集められた食材は次々と料理に変えられ、集まった人々の胃袋に収まっていく。
竹馬を仕込んだズボンをはいたピエロが頭上から子供たちに飴玉を撒き散らし、大道芸人たちは火の球をお手玉しつつ切れ味鋭い刀を飲み込み、行商人たちの並べたガラクタが飛ぶように売れて行く。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
料理人たちは次から次へと運びこまれる食材を鍋に放り込み、鉄板で焼き、皿に盛り付け、コマネズミのように走り回って料理を配る給仕たちに早く運べと怒鳴りつけていた。そんな中、悲鳴のような報告が入ってくる。
「料理長! そろそろ肉がなくなりそうです!」
「まだまだ客はあふれてますぜ!」
「何、まだまだオードブルよ。メインディッシュは……」
顔を青くする料理人たちの真ん中で、丸太のような腕でフライパンを磨いている巨漢の料理長はしかし平然としている。そこへ駈け込んで来たのは、一番若い下働きだった。
「料理長! きました、きましたよ! 到着しましたあ!」
「来たか! よし、お前ら! 何をぐずぐずしてやがる、こっからが本番だ!」
天幕の外に飛び出す料理長を追って外に出た人々が見たのは、何十匹という荷馬に引かれる館の敷地のような台座。そしてそこに大人の胴体ほどもある太さの綱でくくりつけられる巨大な猪のような生き物。
「へへ、まさか生きてベヒモスの肉に包丁を入れられようとはな」
料理長が不敵な笑みを浮かべて呟いた言葉に、傍らの料理人が顔色を変える。
「まさか、こいつがあれの!?」
「そうよ、息あるときは国1つの軍隊に匹敵し、死んだあとは国1つの胃袋を満たす。こいつを知らねえ料理人はいねえが、こいつを料理できた料理人は数えるほどだ。よし、お前ら! 並べ!」
国中から集められた料理人たちが一糸乱れなくベヒモスの巨体を前に並ぶ。料理長の号令の元、無言で頭を下げる。大歓声の中、ほんの一時の静寂。しかしそれが終わると同時に、怒号のような指示が飛び交い、弾かれたように持ち場へと散っていった。彼らの祭りはこれからだった。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
祝宴の片隅、舞台となっている平原と森が接するところに狩人たちと森の子供たちがのんびりとたき火を中心に腰を下ろしていた。祝宴が今まさに最高潮に達している人々の盛り上がりをまるで人ごとのようにおだやかに眺めている。
「これでもまだ戦乱は終わってないってんだからな」
形ばかりの戦の準備として傍らに置いてある弓矢をちらりと見やりつつ、狩人は手にした酒を喉に流し込んだ。たき火の脇、地面に突き刺した串の先では肉がいい匂いをあげて焦げている。それを1本引き抜いて口に運んでいるのは隣国の兵士だった。
「うん、焼けてるな」
「おい、杯が空だぞ」
「おおっと、すまねえな。今度来るときは、うちの地酒を持ってくるさ」
「そうしてくれ。そんときはもう少し上手く忍んでくることさな」
斥候として1人で忍んできたこの兵士を樹上から発見した森の子供たちは、うむを言わせずそのまま酒盛りへと連れ込んだ。さらに様子をうかがいに後を追って来た敵兵士の仲間たちは、狩人たちの差し出した焼肉に懐柔された。
「そろそろ野菜も食いたくなってきたな」
「お前らも少しは動けよ。あっち行って農民たちから野菜もらって来い」
「仕方ねえなあ」
敵兵士たちは重たい腰を上げて伸びをし、肉ばかり食う客たちを叱りつけている農民のほうへ向かった。太陽はまだまだ晴天高くのぼっている最中だった。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
切り分けられたベヒモスの肉が次々と焼かれ、行列を作って待つ人々へと振舞われる。長い行列の先頭で肉を受け取った人たちは、まったく新しい味に傍らの人々と嬉しい感想を交換するのに夢中になっていた。
そんな行列の中、人を探して歩く男性がいた。髪の毛には白いものが混じりはじめ、絶えない気苦労がしわとなって顔に刻みこまれている。太陽と人々の熱気の中でも正装を崩さない彼の額には大粒の汗が光っていた。
「まったくどこにいらっしゃるのやら」
その肩を叩く者がいた。振り向くと行列に並ぶ見知らぬ男性だった。
「何か?」
「いえ、お探しのお子さんはあの女の子ですか? さっきからあなたを呼んでいるようなので」
彼の指す方を見ると、長い行列の中に見知った顔が大きく手を振っていた。ずっと変わらない、出会った頃のままの顔が満面の笑みを浮かべていた。人の群れを謝りつつかき分け、ようやく辿り着く。
「姫様! すでに食事はご用意させて頂いておりますとあれほど!」
「お前は何も分かっておらん! 並ばずして何が美味いものか!」
真顔で叱りつけてくる相手にため息をつく。
「姫様を探して右往左往する人々の身にもなってください」
「だからお前に言い残しておいただろう、行列に並んでくると」
「そして私は、それはなりません、と答えたはずです」
ふくれている相手にそう返したあと、ふと周囲のざわめきが変化していることに気付いた。見回すと、行列に並んでいる人たちのみならず、群衆が全員が2人を見つめている。
「まさかあれ、姫様じゃないか」
「おお、うちの食いしん坊な姫様じゃ」
「なんで並んでるんだよ、前に通して差し上げろ」
抵抗するいとまもなく、2人はまるで神輿のように担ぎあげられ、前へ前へと運ばれてしまった。一番美味いところを出せと群衆に怒鳴られ、お前らに言われんでも分かっとるわ、と叫び返す料理長の見事な包丁さばきで見事に切り分けられた肉が料理人たちによって手際よく焼き上げられる。
いくつも並べられた大きなテーブルの1つの中央で、領民たちに囲まれて肉を頬張る彼の主を、執事は隣で見つめていた。気がつけば、見た目は親と娘ほども離れてしまった。それでも忘れられず、捨てきれない気持ちを胸に、今も妻をめとれずにいる。
「うん? どうした」
まるで気持ちを見透かされたような相手の言葉に内心は動揺するも、長い年月の中でそれを表情に出さない程度には自分を鍛えていた。
「口元を汚したまま食事をなさらないでください。嫁の貰い手がなくなりますよ」
「ははは、そうかもしれんな。そのときはお前にもらってもらうか」
「な、何をおっしゃいますか」
くすくすと笑いながら肉を頬張っていた相手が、ふと穏やかな目で彼を見た。
「よく似てきたな。まるで生き写しよ」
「祖父のことですか」
「よく叱られたものだ。昔も祝宴を開いて、口元を汚してな」
「そうですか。姫様もよく似ておられますよ。私が出会ったころの姫様に生き写しです」
真顔でそう告げる執事の言葉に、破顔一笑した。
「あはははは! 違いない!」
ひとしきり笑ったあと、休むようにもたれかかった。そして呟く。
「お前たちだけだ。人として接してくれた。まったく」
100年の定めの中、同じ時を過ごせるのは殺しあう運命にある他の領主だけ。決して相容れぬ立場の彼らとて、戦乱が終わるときに定めは力を失い、全ての敗者には100年の年月が押し寄せる。時の流れにまた戻り、生き残れるのはただ1人だけ。
「ありがとう」
祭りにざわめく喧騒の中では、誰にも聞きとれないような小さな声だった。しかし。
「もったいないお言葉にございます」
「当然だ。大事にしろ」
「さしでがましいようですが1つだけお許しください。姫に涙は似合いません」
「は。ぬかしよる」
ふと、領主になったその日の朝のことを思い出す。領内を見下ろす窓に立ち、背負うことになった土地と人が上る朝日に照らされるのを視界に収めたときのこと。
「目指す国は見えておりますか」
傍らに立つ当時の執事に、きっぱりと答えた。
「決まっておる。私の領地では誰も殺させぬ。100年のあいだ、誰も飢えさせぬ。殺し合いなどあほうどもに任せておくさ。皆にたらふく食わせてやる。ああ、そのためにも稼がねばなるまい」
どこかで朝の支度が始まったらしい。卵の焼けるいい匂いがしてきた。
「目指すのは、そうだな。100年のレシピよ」
《ヴォーパルス戦記譚》 第1回:虚飾の王の物語
http://regiant.diarynote.jp/201206102238015544/
はじめに
これだけは説明しておかないと分かりづらすぎるかもしれない、ということで《食料》という資源と、《ワーム》と《ベヒモス》というユニットについてだけ軽く触れておく。
ヴォーパルスというゲームには《木材》《食料》《鉱石》の3種類の資源が登場する。これらは建物やユニットから産出され、主に建物を作るのに使われる(今回登場するユニットの中で《狩人》《森の子供たち》《農民》が《食料》を産出する能力を持っている)。
資源は建物を作る材料以外にも、建物やユニットの効果で収入や勝利点に変わったり、ユニットを強化する条件になったりもする。その一例が《ワーム》や《ベヒモス》。この2つのユニットは《食料》の産出量に比例して攻撃力が高まるという能力を持っている。
また《ベヒモス》は設置したターンは高い攻撃力を誇るけど、設置後に1ターン経過する(=ゲーム内で25年が経過する)と「戦闘力が0になり、かわりに《食料》を産出する」という特殊な能力を持っている。
《ヴォーパルス戦記譚》 第2回:100年のレシピ
<1ターン目>
1-1 《狩人》
1-2 《行商》
1-3 《森の子供たち》
1-4 《農民》
1-5 《労働者》
・前衛 《狩人》、《森の子供たち》
・後衛 《行商》、《労働者》
・合計兵力 3点(0勝換算)
・建築 《祝宴》LV2
・残金5、キープカード《農民》
ここは街道沿いの宿屋。遠路を旅する行商人たちが持ちよった噂話を互いに披露する場でもある。そしてもっぱらの話題は、やはりどうしても同じところに行きつくのだった。
「ついに皇帝陛下が崩御されたか。もう何年も病床にあられたが」
「100年の戦乱か。まさか俺たちの代に始まるとはなあ」
「今この瞬間に領主を務められている方々がこれからの100年を争われるのか」
宿屋の食事どころで交わされる噂話の大半は、大なり小なり変わらぬ内容のものばかりだったが、とあるテーブルの一画に陣取る行商人たちだけは少し違った。戦乱の始まりとあらたな商売の種をどこか興奮したように語る周囲の熱気とは裏腹に、どこか沈みがちな空気をまとっているのは、この領地に住まう行商人たちであった。彼らは、この地の領主を知るものたちだった。
「ついに皇帝陛下が崩御されたか。いつ亡くなるかは時間の問題とは言われていたが」
「まさか私たちの代に……いや、今のこのときに亡くなられるとは」
「先代の領主様も決して争いごとに長けた方ではなかったが、それでもな」
皆が思い浮かべているのは間違いなく同じ人物ではあったが、それでもなお、口に出して確かめてしまうのは現実が眼前に迫るようでためらわれた。しかしついに1人が勢いよく手持ちのジョッキの中身を喉に流し込み吐き捨てるように呟いた。
「それでもあの胃袋から先に生まれたような姫様よりかはマシだったろうよ」
その言葉に周囲も次々に不安げな言葉を連ねる。
「御幼少のころは食いしん坊なところも愛嬌ですんだが……」
「皇帝陛下の病状をお聞きになられても何を心配するでもなく、各地の珍味と銘酒の書物を集められていたそうな」
「いやいや、それだけでなく各地の名だたる料理人を漏れなく調べるよう命令が下ったとも聞いたぞ」
「今このときも隣国の名産品を買いあさっているくらいだしな」
「お前のとこの貨物も食料か。うちもだ。前線の兵たちが戦いもせずに集めた食料ばかり」
バンッ!
ジョッキを叩きつける音にテーブルが静まり返る。最初の口火を切った男が、集まった仲間の行商人たちの視線の先でにやりと笑った。
「姫様が100年の定めにつかれることが決まったとき、なんと言ったか知ってるか?」
皆をじらすように沈黙を楽しんでから男は笑った。
「100年後の珍味が食せるとな、だそうだ!」
話した男は、笑いが起きることを期待したようだったが、それに対してそのテーブルの行商人たちは沈黙の中、顔を見合わせるばかりだった。周囲のテーブルの喧騒がやけに大きく耳をうつ。そんな中、空気に耐えかねたように1人がカウンターへと席を移す。グラスを磨いていたバーカウンターの店員がちらりと男を見た。
「何を飲みますか」
「強けりゃなんでもいいよ」
投げやりにそう答える男に店員が酒を渡しながら話しかけた。
「前線からのお帰りですか」
「そうだよ……いや、前線っていうかなんていうか……ありゃあ……」
敵対領地と接する前線には食料豊富な森と平原が広がっている。今までこの地帯は国境の緩衝地域として不可侵の盟約が結ばれていた。しかし今回の皇帝の崩御で100年の戦乱は始まり、全ての休戦協定と盟約は力を失った。次の支配者が決まるまで、それらは失われたままになるだろう。
男は、前線へ向かうときの領主側からの依頼を思い出す。国境沿いに点々としている陣地を回って、兵士たちが集めている食料と木材を回収してくるように、という1つ目の依頼には特に疑問を覚えることはなかった。しかし、その次に依頼された内容は、思わず聞き間違えたのかと問い返してしまった。
「は? 置いてくるんですか?」
「そう言ったはずだ。ここにある隣国から仕入れてきた珍味を前線に置いてくること」
領主側から派遣されてきた男は部屋に積まれている木箱を指し示した。
「いや、まあ向かうときはほとんど荷物なんてないも同然ですから構いませんけど……」
「依頼を受ける気がないなら構わんぞ。行商人はお前だけではないからな」
領主の配下の不機嫌な様子に、それ以上の質問はためらわれた。仕事は仕事と割り切り依頼を受け、すでに一部では隣国との衝突が始まっていると言われている前線へとおっかなびっくり仲間と馬車を進めた。そこで男が見たのは予想とは違う風景だった。
そこで繰り広げられていたのは戦争ではなく狩りだった。皮肉めいた意味ではなく本当の意味での狩猟だった。兵士とは名ばかりの狩人たち。そして森に住まう亜種族である森の子供たち。彼らは日がな一日、ウサギや鹿といった獲物を追いかけたり、木々を切り倒して木材に加工したりしていた。
依頼通り、各地の珍味が納められた木箱を渡して、かわりに燻製肉や森の果実、それと木材が受け取られて、空いた荷台へと積み込まれた。出発する前の晩、狩人や森の子供たちとたき火を囲んで簡単な宴を開いてもらったのを商人は思いだした。そのときに初めて領主からの奇妙な依頼の理由も知った。
たき火の中でパチパチと薪がはぜる音がする。酒も回り始めて、商人たちと狩人たちのあいだにも少し気安い雰囲気が生まれつつあった。
「どうせだ、少し、俺たちにもあの珍味とやらをご相伴にあずからせてくれよ」
「いやいや、申し訳ないがそれはできないよ」
なんだ随分とケチくさい奴らだな、という思いが表情に出てしまったらしい。相手の狩人は複雑な笑みを浮かべてこう言った。
「我々も手をつけることは許されていないんだからな」
「は? なんだって?」
「なんですか、聞いてないですか?」
ここで今まで黙っていた森の子供たちが会話に入ってきた。
彼らは一見すると人間の子供のようにしか見えず、そのため人間たちは彼らを「森の子供」と呼んでいる。しかしそれは外見だけの話で実際はれっきとした大人だ。猛獣から隠れ潜む森の生活に適用するため、必要以上の肉体の成長を閉じてしまった種族。そのかわり、猫のような夜目と犬のような嗅覚を生まれながらにして持っている。
彼らの世界には貨幣は存在しないが、人間との交流の際に必要な金貨を稼ぐために、ときの領主に雇われて働くこともある。それでも人前に姿を現すことは珍しく、行商人の男も実際に言葉を交わすのは初めてだった。
「私たち、食べること、あれを許されてないです。私たち違います」
「何が違うって?」
行商人が森の子供たちの癖のある言葉遣いに困惑していると、狩人があとを続けた。
「俺たちのためのものじゃないんだよ、あれは」
「嘘つけ、じゃあ誰が食べるんだよ」
「敵さ。隣国の兵士たちだよ」
予想どおり当惑している行商人の様子に苦笑しつつ、狩人は説明を続けた。
「まあ、なんだ。見ての通り、俺たちも森の子供たちも戦闘に長けているわけじゃない。隣国の正規の兵士たちが来たらひとたまりもないんだ。だから基本的には敵の姿を見かけたら逃げていいと言われてる。それでも捕まりそうになったら、あれを差し出して許しを請えとさ」
夜の暗闇の中、少し先に白く浮かんでいる天幕を振り返る。そこには行商人たちが運んできた例の木箱が納められているはずだった。
「山岳地帯から攻め入ってきた兵どもには海の幸、平野から攻め入ってきた兵どもには山の幸を気前よく振舞ってしまえ、だそうだ。久しく戦争もなかったし、慣れてない相手方も無駄な戦闘で命を落としたくはない。今のところ、戦死者は出ていないよ。ああ、もちろん狩りで命を落とした奴は別だがね」
結局いつもとやってることは変わらないよな、と狩人は周囲の仲間たちや森の子供たちとうなずいていた。行商人はたき火に照らされる彼らを眺めて、100年の戦乱とはこんなものなのか、聞いていた話と随分と違うものだな、と合点がいかないながらも理解した気になっていた。
その後、彼を含めた行商人たちによって前線から領主のおひざもとまで運ばれた食料と木材を用いて、盛大な祝宴が開かれた。領主によって近隣の領地へも派手に招待状をばらまかれ、珍しい料理と若い女性の領主を目当てに集まった人々で祝宴は大盛況のうちに幕を閉じた。
招かれた隣国の領民と領主たちは、少女と見まがうような若い女領主が能天気に口元を汚しながら料理を頬張る姿に微笑みつつも、内心は嘲笑い、この国も長くはないと共通した感想を抱いた。
<2ターン目>
2-1 《ワーム》
2-2 《時計職人》
2-3 《癒し手》
2-4 《射手》
2-5 《冒険家》
・前衛 《狩人》、《ワーム》、《冒険家》
・後衛 《森の子供たち》、《時計職人》
・合計兵力 10点(1勝換算)
・建築 《祝宴》LV2、《密輸船》LV2
・《時計職人》の対象は《冒険家》。
・残金は3でキープカードは《農民》を選択。
照りつける太陽の下、酒場のテラス席で老人はジョッキをかたむけていた。港から潮の香りがただよってくる。老後に住む場所としてこの港町を選んだのは間違いではなかった、と行商人だった老人は辺りを見渡した。
食材と材木を領地の右へ左へと運んでいるうちに、他の領地へはほとんど出向くこともなく、25年はあっという間に過ぎた。そんな中、伝聞で知らされる各地の激しい戦争の噂は、不思議と平和なこの領内ではいまいち実感をともなわないものだった。そしてコツコツと貯め込んだ金で引退を決意し、仕事も道具もすべて息子夫婦に引き継いだ行商人と妻が老後の住処に選んだのは、領主の住まう中央から流れる川が海へと辿り着く港町だった。
今日も多くの人と荷物が賑やかに行き交っている。敵国も同盟国も問わず、各地から集められ運ばれてくる珍味佳肴は、その一部をまた別の地へと売りつけるべく船に積まれ、また一部はこの領地で消費されるべく陸路で運ばれる。それらを目当てに訪れる旅行者が祝宴に落とす外貨でこの国は今日も潤っていた。
しかし最近、見慣れない人と荷物が街中を行き来し始めていた。ぼんやりとそれを眺めていた老人は、手の空いているバイトの少年を手招きした。
「最近、なんやら重たげな荷物が港に運ばれているようだな」
「ああ、あれですか。姫様がまた何か新しいことに興味をもたれたそうですよ」
どこか呆れたようなそしてどこか嬉しげな様子は、この領地に住まうものが自分達の領主を語るときに共通して見られる特徴だった。行商人だった男も例外ではなく相手の言葉に孫のいたずらを聞かされたときのような笑みを浮かべた。
「腹がくちくなったら、次の道楽かね。いったい何を始められたのやら」
「しばらく前ですけど、何やら各地の不思議な話がたくさん書き記された書物を手に入れられたらしいです。異国の奇妙な動物や世にも珍しい品々。それらが本当なのかどうか、冒険家を雇って調べに行かせたとか」
「何か見つかったのかね」
「さあ? 冒険家はまだ帰って来てはいないそうですけど、書物に書かれていた火にくべても燃えない毛皮とか、瑠璃や宝石がたわわに実る大樹とか、そういったものを手に入れるべく港では交易船を仕立てているそうです」
なるほどうちの姫様らしい話だ、と老人は微笑んだ。
「まあ、ほら話でもなんでも、姫様の好奇心が満たされればそれでいいさな。飯は美味いし、姫様は綺麗で、我が領地に憂いなしだ」
同意を求めるように老人は少年にチップを手渡しつつ、空のジョッキも押しやってもう1杯とビールを注文した。笑顔でチップと注文を受け取ったボーイは忙しくなってきた酒場の中へ戻っていった。
ほとんど早朝とも言える深夜まで目まぐるしく働き、ようやく仕事を終えた少年はあとに残る同僚への挨拶もそこそこに、次の仕事のために港へと急いだ。細い路地をいくつも曲がり、木箱の陰に目立たぬよう備え付けられた木戸を音も無く通り抜ける。港でも特に人気のない地域にある倉庫の裏に回り、開閉式の小窓のついた頑丈そうな扉を奇妙なリズムで叩く。小窓が開き、感情のない目が少年を見降ろした。抑揚のない声でその相手が問う。
「人と化け物の共通点は?」
「どちらも飢えれば死ぬ」
小窓が閉じ、扉が開く。軽い足取りで中へと足を踏み入れた少年は、扉のすぐ裏側にいた覆面の男に手を振るとさらに奥へと急いだ。到着した小部屋には窓はなく、数少ないランプに照らされた室内には年恰好もよく分からぬ何人かの人影がテーブルを囲んでいた。少年が空いている最後の椅子に腰を下ろすと、テーブルの端から低く抑えた声が上がる。
「そろったかの。では始めよう」
「じゃ、僕からでいいですか? 酒場での仕事は滞りなく進んでますよ。お客さんたちはみんな、港で行き交ってる船は食べ物を運んでるか姫様の為にありもしない珍しい品々を探しに出かけてると思ってます。いや、思わせてます、かな」
「商店街も同じく。船着場に並べられているのが密輸船だと勘づいてる者はおりません。冒険家が雇われたのも、おとぎ話のたぐいを確かめるためだったと信じてますね。ああ、そうそう、そしてほら話を持ち帰ってきて姫様がそれで満足しているとも」
「はっ。それはいい。うむ、それでいい」
初めに言葉を発した人物が低く笑ったが、それを特に気にしたものはいなかった。その後も報告は続き、今後の指示が割り振られたところで、参加者は影に溶け込むように1人また1人と部屋から退出していった。後に残ったのはテーブルの端に座っていた小柄な人影。
そこへ後ろの扉から実直そうな白髪の老人が現れた。体にぴったりとあったスーツは派手さはないが明らかに値の張る品だった。彼は手にした書類の束をテーブルに置き、手早くそれらをいくつかの山に取り分ける。
そのあいだに、前に座っている人物は目立たぬよう喉に巻いていた布を外した。声色を変えるために喉を圧迫していたそれを煩わしげにテーブル中央へ放り、声を通すべく小さい咳払いを繰り返す。
ようやく人心地ついたところで手元の暗さに気づき、後ろの老人に部屋の明かりを動かさせた。ランプに照らし出されたのは、少女と呼ぶには大きいが成人には至っていない、そんな女だった。彼女は取り分けられた書類の束の1つを手に取った。
「食料は順調に売れているようだな」
「はい。代価の鉱石も滞りなく届いておりますし、各地から届く名産珍味もご指示のとおりに」
「これまでの投資が実を結んだか。景気よくばらまいてきたからの。ほうぼうの奴らの舌も肥えてきた頃合いじゃて。山には海の幸、平野には山の幸。知らぬ快楽を教えてやった甲斐があったというもの」
「姫様の狙い通りですな」
「分かりきったことよ。人も化け物も食わねば死ぬのだ」
そう呟きつつ別の書類の束を手に取った彼女が顔を上げた。
「ああ、そうだ、化け物と言えば」
「はい。アレの捕獲はすでに完了しております」
「では、他国の軍どもに、我が領内で好き勝手してもらった礼をしなくてはなるまいな」
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
数日後、波止場の輸送船から小屋ほどもある巨大な箱が厳重に鎖で封印されたまま降ろされ、領主の元へと運ばれていった。遠い海で捕獲された巨大な珍獣が姫様に献上されたとか、並走する馬車の中には姫様ご本人がいらっしゃったとか、好き勝手な噂が流れたが、結局は、七色に輝く果実の生る果樹をその根を張る大地ごと姫様が所望なされたらしい、というところに落ち着いた。酒場で、商店街で、工房で、そうに違いないと訳知り顔で述べる者たちがいたことは言うまでもない。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
前線から呼び出された狩人は応接間で待たされながら、初めて招き入れられた領主の館があまりに聞いていた噂と異なることに驚きを禁じ得なかった。そこには、贅沢の粋を極めた華美な装飾がほどこされ、異国の奇妙な調度品の数々がところせましと並べられ、毎夜のように豪奢な饗宴が催されているはずだった。
しかし長いこと馬車で揺られた先に辿り着いたそこは、確かに大きな館ではあったが周囲の伝統ある家々と同じ作りに地味で古めかしく、調度品の数々は同じ領内の名のある絵師と工芸家の作品が並んでいるようだった。
「すまぬ、待たせたな」
そこへ奥の扉から若い女性と白髪の紳士が入ってきた。女性は優美なドレスなどではなく、動きやすそうな袖の短い作業着を身につけており、そのたくさんのポケットからはペンやら定規やらが突き出している。
この館で働く女中の1人だろう、やはり姫様ご本人に直接お会いできるなどということはないか、と狩人が一人で合点していた。そのため、相手が領主本人であることを名乗ったときには仰天した。
「お目にかかれるとは思っていませんでした……ありがたき幸せです」
「言うな。お前たちに苦労をかけていることは重々承知の上だ。前線はもう戦乱初期の手探りだった頃とは変わってしまったはずだ。安寧の中で生まれた、奪うことと殺すことへのためらいを他国の兵士どもはすでに乗り越えた頃合だ」
確かにその言葉は正しかった。戦乱当初の不慣れな攻めは度重なる他国との戦闘の中で研ぎ澄まされ、最近ではただ逃げ切ることすら困難な日々が続いていた。それは、1つの時代の節目が終わり、また1つ時代が進んだことを感じさせた。
「お前たちの中にも犠牲者が出始めている。次の一手が遅れた。私の不手際だ。すまない」
深々と頭を下げる領主に狩人は慌てた。
「もったいないお言葉です。頭を上げてください」
「ああ、下げて救えるならいくらでも下げるこの頭だが、その通りだな。使ってなんぼのものだ。ようやく探していたものが手に入った。ところでつかぬことを聞くが、前線にはまだ食料は足りているか?」
いきなり転換した話題に少々とまどいつつも狩人は、前からの指示にあったとおり前線の狩人たちは食料をきちんと蓄えていること、また後衛に回った森の子供たちから送られてくる食料もあることを報告した。その言葉に領主は満足そうにうなずく。
「よろしい。私の言いつけは守られているようだな。ではこれからお前のあらたな部下となるものを紹介しよう。ついてこい。この部屋で引き合わせるには少々図体がでかすぎる奴でな」
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
数台の馬車で牽引される小屋ほどもある木箱は厳重に鎖で封印されたまま、がちゃがちゃと街道を運ばれている。そのすぐ後ろを走る荷馬車の上を荷物と一緒に座りながら、視界を占めるそのまがまがしいまでに巨大な箱を緊張の面持ちで狩人は眺めていた。姫様ご自身からの指示は、起きているあいだずっと脳裏を離れない。
「前線についたあとのお前の仕事は1つ」とバルコニーから中庭に横たわる巨大なワームを見下ろしつつ、恐怖と驚愕に身を凍らせている狩人へ姫が告げる。「ゆめゆめ食料を絶やさぬことだ。後衛からも存分に供給するが、お前たちの仕事は戦うことではない。いいか。餌を絶やさぬことだ。肝によく銘じておけ。さもなくばその肝ごと喰われるぞ」
しかし恐怖に動けなくなりそうな狩人の心に、ふっと加わる暖かさもまた彼の姫様の残した言葉だった。応接間で去り際に彼を呼びとめた領主は、少しためらったあと苦笑まじりに彼に頼みごとを残した。
「驚いただろうな。もっと可愛らしい姫君の噂を聞かされているはずだ。美味い料理に舌鼓を打ち、珍しいものを集めることに目がない、そんな女らしい姫の噂をな」
「いえ、ああ、確かに驚きはしました。こんな聡明な方だとは存じあげませんでした。しかし、安心しました。この領地に生まれついたことを誇りに思います」
「うむ。それなんだがな。内緒にしてはくれんか。こんな女っ気のない領主のことは皆は知らんでいい。出来れば、口元に食べ残しをつけたままの姫に会ったと……噂にたがわぬ食いしん坊で可愛らしい姫様だったと皆に伝えてくれ」
ここでいたずらっぽく微笑んだ彼女の笑みが浮かぶ。
「私も女なんでな」
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
書斎で本の山に埋もれながら調べ物をしていた領主はふと顔を上げて壁のはるか向こうにあるはずの前線を見やり、誰にともなく呟いた。
「上手くいったかの」
「どうでございましょうな。十分な食料を与えたワームは訓練された騎士団を2つ合わせたより強いと申しますが、そこまでの食料を供給できるかは怪しいかもしれませぬ」
真剣な顔でそう述べる背後の執事に、彼女は呆れた顔で振り返った。
「そっちではない。最後の口止めだ。まだ本性を喧伝するには時期尚早。外見だけなら娘ほども離れているからには情に訴えてみるのが得策と考えたが、はてさて上手い事、乗ってくれたかどうか」
「私は直接会われることに反対したはずです。初めて前線へ狩人と森の子供を送り込んだときのように、指示を伝えるだけなら直接お出になる必要はありませんでした」
彼女に面と向かって意見できる唯一の臣下である執事が冷然と告げる。
「大体からしてバルコニーとはいえ近すぎるくらいです。その身は姫様1人のものでないということをいつになったら分かってくださるのか。確かに十分な食料を与えてはありますが万が一ということも」
いつものように長々と終わることなく続きそうなお小言をさえぎるべく振りむいた彼女の顔には、滅多に見られない寂しげな笑みが浮かんでいた。
「直接会いたかったんだ」
何かをこらえるように視線を外す。
「私のために死んでくれと頼んだ相手の顔を見ておきたかったんだ」
執事は慰めるでも淡々と事実を述べた。彼は自分の仕事を心得ていた。
「死ぬと決まったわけではありますまい。前線では重傷者は出ておりますが、まだ死人はでていないとの報告を受けております」
「だが時間の問題だろう。次の一手だ。早急に打たねばなるまい」
<3ターン目>
3-1 《ベヒモス》
3-2 《トロール》
3-3 《森の子供たち》
3-4 《ケット・シー》
3-5 《癒し手》
・前衛 《ワーム》、《ベヒモス》、《ケット・シー》
・後衛 《森の子供たち》、《農民》
・合計兵力 15点(2勝換算)
・建築 《祝宴》LV2、《密輸船》LV2、《城下町》LV1
・残金0、キープカード《トロール》
真剣な顔で、机の上にある冒険家の残した記録書をにらむ。彼女の命に従い、冒険家が世界の各地を調査して回った旅の報告書だ。まだ手のつけられていない鉱脈の眠る鉱山、人里離れた辺境の生物や植物。とにかくこの戦乱を乗り切る助けとなる情報であればなんでも欲しかった。それが冒険家1人の命と引き換えになるとしても。
旅の時計職人から手に入れた不思議な力を持つ懐中時計。前の戦乱でも1人の冒険家の命を絞り取ったという奇聞を伝えたとき、目の前の冒険家は臆するどころか目を輝かせていた。数十年経っても変わらぬ同じ顔で帰還した冒険家は、遠い地で彼が体験したあらゆる事柄を嬉々として語った。
最後に報告書と懐中時計を手渡した彼は、時間を早回しするように急速に老い、その場で骨と皮となって息絶えた。人ならざる時間を過ごした者のその末路は、まるで100年の定めを負う者の行く末を暗示するかのようだった。心臓が凍るような冷たさを覚えた。
暗い考えを振り払い、あらためて冒険家の報告書に目を通す。内政は上手く回している自信があった。しかし戦況は激化の一途をたどっている。戦乱はすでにその年限の半ばを過ぎ、どの領主も兵力の充実させるべくやっきになっていた。
前線へ送り出したワームが今はよく持ちこたえているが、老齢化する狩人たちをいつまでも前線にいさせるわけにはいかない。またひそかに敵兵力の妨害工作を支援してもらっていた冒険家もすでにいない。長年の計画はまだなんとか軌道から外れずにいるが、それもいつまでもつか。
「さて、どうしたものかな」
こういうとき、後ろに立って話を聞いてくれた執事の老人はもう何年も前に棺の中に納められていた。わずかな隠居生活はどれほど楽しめたのか。退こうとするたびに引き止め、最後は命令ではなく懇願になった。いつかは1人になると分かっていたつもりだった。
大きく息をつく。人を呼んだ。やってきたのは今の執事である働き盛りの若者で、彼は先代の執事の孫だった。外見だけならば彼女よりも年上に見える。しかし、わずかながらの引き継ぎの期間では何も知らぬも同然で、とても頼る気にはなれなかった。
「何か暖かい飲み物を持って来てくれ」
「分かりました。そういえば珍しい珈琲豆が手に入りました。疲れもとれるそうです。さっそくお持ちいたしましょう」
「待て」
とげのある声に相手は身を固くする。しかし気を遣う余裕は彼女にはもうなかった。
「よく回りを見ろ。紙の山だ。色のついた飲み物は避けろと何度も言ったはずだ。お前の祖父は一度言えば理解したぞ。同じくらい使えるようになれとはいわん。しかし三度は言わせるな」
下がってよい、と手を振って追い払う。しかしいつもと違い、相手は下がらなかった。いらつきを隠して、何か言いたいことがあれば言え、と寛容なところを見せることにした。執事を任されている男は背筋を伸ばし、彼女の目をまっすぐに見た。こいつの目を正面から見たのはこれが初めてかもしれんな、とふと彼女は思った。
「よろしいでしょうか」
「早く言え」
「では」
咳払いをし、手を後ろに回す。その仕草は彼の祖父にそっくりだった。
「まったく姫様は確かに回りは見えておりますが、ご自身のことはからきしですな!」
いきなりたしなめるような口調で怒鳴りつけられた。思わぬ展開にきょとんと目を丸くしている彼女を尻目に、顔を真っ赤にした新米の執事は勢いだけで言葉を続ける。
「はっきり申し上げますが、こんな紙の束がいくら無事であったとしても、姫様ご自身が倒れられては銅貨1枚の価値もありはしません! 私のお役目は姫様をお守り申し上げることであります! ですからお疲れの様子に姫様にふさわしい飲み物を、と考えました」
ふっと息をつく。
「私が頼りにならないことは分かります。でも1人だとは思わないでください。私だけでなく、部屋の掃除をする小間使いたちも、毎食の献立に頭を悩ませている料理人たちも、みな、姫様をお慕い申し上げております。最後まで不敬な振舞い、誠に申し訳ありません」
今までありがとうございました、と深々と礼をする。思い残すことはないといった様子に、彼女は出会った頃の先代の執事が重なって見えた。彼女が外見通りの年齢だった頃、料理人の皿を一口もつけずに引っくり返し、小間使いの服に火を放ち、傍若無人に振舞うことを当然としていた、そんな彼女の頬を一打ちした若い頃の彼の祖父が生き写しとなって見えた。
「処分は追ってご指示ください。自室の荷物をまとめたいと思います」
「待て。私がそんな気長に見えるか。今ここで処分を申しつけてやる」
足を止めて硬い表情で振り返った執事に歩み寄り、紙の束を押しつけた。
「まったくあの冒険家め、この島の隅から隅まで見て回りおって、とても1人では目を通しきれぬ。猫の手も借りたいところだ。お前も手伝え。面白そうな話があったらあとで教えてくれればそれでいい」
「姫様」
「それとさっき言っていた珍しい珈琲とやらも持ってこい。まずかったら顔にひっかけてやるから覚悟しておけ」
ただいまお持ちいたします!、と晴れ晴れした顔で駆け出す執事の足取りに、沈滞していた部屋の重苦しい空気がくるくるとかき回され、くすんでいた何かが晴れたようだった。
その晴れた先に見えたのは、彼女が今このとき守るべき人たちの姿、そして100年の定めに従って領主となることが決まったときに先代の執事に宣言した「この国のあるべき姿」を思い出した。なぜ忘れていたのか。なぜ見失っていたのか。
「まったく。一休みするか」
そう呟き、席に戻る。ふと目に入ったのは、さっき執事に手渡した束の下に眠っていた報告書だった。報告の中でも伝承というより神話と呼ぶにふさわしいような、あまりに絵空事じみた内容が多い箇所だったので後回しにしていた。
よりによってこれを奴に渡してしまったか、と少し申し訳なさを覚えた彼女の目が、残った報告書の一番上をそれとはなしに追った。ぼんやりと座り込んだ彼女の頭に内容が染み込むにつれて、目が見開かれる。慌てて報告書を手に取り、目を通す。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
「飲み物をお持ちしました」
お盆にカップと角砂糖を乗せて入ってきた執事を振りかえった領主の顔には、ここ最近ついぞ見られなかった、まるで年相応のいたずらげな笑みが浮かんでいた。それは彼が初めて見る彼女の笑みでもあった。
「こいつだ!」
執事が高鳴る気持ちを顔に出さぬよう必死になだめていることなど露とも知らず、彼女は手にした報告書を勢いよく叩いた。
「こいつを探してこい!」
そこに伝承文とともに描かれていたのは小さな山ほどもある巨大な猪に似た生き物の絵。その下には「ベヒモス」という短い名が小さく記されていた。
<4ターン目>
4-1 《トーテム像》
4-2 《狩人》
4-3 《ファンガス》
4-4 《料理人》
4-5 《鉱夫》
・前衛 《狩人》、《森の子供たち》、《料理人》
・後衛 《ベヒモス》、《農民》
・合計兵力 4点(0勝換算)
・建築 《祝宴》LV2、《密輸船》LV2、《城下町》LV1、《兵舎》LV2
・残金8、キープカード《ファンガス》
・最終ポイント 47点
国境間近の大草原を丸ごと使って、古今東西で見たことも聞いたこともないほどの大祝宴が開催されるとの知らせが、近隣の領地のみならず島中を駆け巡った。大道芸人や音楽家はこぞって仕事道具を荷馬車に積み上げて、料理人たちは研ぎ澄ませた包丁を手にし、子供たちは毎日のように祭りまであと何日かと親に尋ねて困らせた。
各地の領地へと招待状がばらまかれ、出来たばかりの城下町では祝宴の何週間も前からその準備に誰も彼もがてんてこ舞いだった。狩人と森の子供たちは獲物を求めて森を駆け巡り、料理人は積み上げられた最高の食材を前に嬉しい悲鳴を上げ、農民たちは自慢の野菜をこれでもかとカゴに放り込んでいた。
そしてその日がきた。
戦乱の終わらぬ呪われた極寒の島の片隅で、まるでそこだけ春がきたかのようなお祭り騒ぎが勃発していた。晴天の下、いくつもの巨大な天幕が張られ、途切れることなく料理が運び出される。この日の為に集められた食材は次々と料理に変えられ、集まった人々の胃袋に収まっていく。
竹馬を仕込んだズボンをはいたピエロが頭上から子供たちに飴玉を撒き散らし、大道芸人たちは火の球をお手玉しつつ切れ味鋭い刀を飲み込み、行商人たちの並べたガラクタが飛ぶように売れて行く。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
料理人たちは次から次へと運びこまれる食材を鍋に放り込み、鉄板で焼き、皿に盛り付け、コマネズミのように走り回って料理を配る給仕たちに早く運べと怒鳴りつけていた。そんな中、悲鳴のような報告が入ってくる。
「料理長! そろそろ肉がなくなりそうです!」
「まだまだ客はあふれてますぜ!」
「何、まだまだオードブルよ。メインディッシュは……」
顔を青くする料理人たちの真ん中で、丸太のような腕でフライパンを磨いている巨漢の料理長はしかし平然としている。そこへ駈け込んで来たのは、一番若い下働きだった。
「料理長! きました、きましたよ! 到着しましたあ!」
「来たか! よし、お前ら! 何をぐずぐずしてやがる、こっからが本番だ!」
天幕の外に飛び出す料理長を追って外に出た人々が見たのは、何十匹という荷馬に引かれる館の敷地のような台座。そしてそこに大人の胴体ほどもある太さの綱でくくりつけられる巨大な猪のような生き物。
「へへ、まさか生きてベヒモスの肉に包丁を入れられようとはな」
料理長が不敵な笑みを浮かべて呟いた言葉に、傍らの料理人が顔色を変える。
「まさか、こいつがあれの!?」
「そうよ、息あるときは国1つの軍隊に匹敵し、死んだあとは国1つの胃袋を満たす。こいつを知らねえ料理人はいねえが、こいつを料理できた料理人は数えるほどだ。よし、お前ら! 並べ!」
国中から集められた料理人たちが一糸乱れなくベヒモスの巨体を前に並ぶ。料理長の号令の元、無言で頭を下げる。大歓声の中、ほんの一時の静寂。しかしそれが終わると同時に、怒号のような指示が飛び交い、弾かれたように持ち場へと散っていった。彼らの祭りはこれからだった。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
祝宴の片隅、舞台となっている平原と森が接するところに狩人たちと森の子供たちがのんびりとたき火を中心に腰を下ろしていた。祝宴が今まさに最高潮に達している人々の盛り上がりをまるで人ごとのようにおだやかに眺めている。
「これでもまだ戦乱は終わってないってんだからな」
形ばかりの戦の準備として傍らに置いてある弓矢をちらりと見やりつつ、狩人は手にした酒を喉に流し込んだ。たき火の脇、地面に突き刺した串の先では肉がいい匂いをあげて焦げている。それを1本引き抜いて口に運んでいるのは隣国の兵士だった。
「うん、焼けてるな」
「おい、杯が空だぞ」
「おおっと、すまねえな。今度来るときは、うちの地酒を持ってくるさ」
「そうしてくれ。そんときはもう少し上手く忍んでくることさな」
斥候として1人で忍んできたこの兵士を樹上から発見した森の子供たちは、うむを言わせずそのまま酒盛りへと連れ込んだ。さらに様子をうかがいに後を追って来た敵兵士の仲間たちは、狩人たちの差し出した焼肉に懐柔された。
「そろそろ野菜も食いたくなってきたな」
「お前らも少しは動けよ。あっち行って農民たちから野菜もらって来い」
「仕方ねえなあ」
敵兵士たちは重たい腰を上げて伸びをし、肉ばかり食う客たちを叱りつけている農民のほうへ向かった。太陽はまだまだ晴天高くのぼっている最中だった。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
切り分けられたベヒモスの肉が次々と焼かれ、行列を作って待つ人々へと振舞われる。長い行列の先頭で肉を受け取った人たちは、まったく新しい味に傍らの人々と嬉しい感想を交換するのに夢中になっていた。
そんな行列の中、人を探して歩く男性がいた。髪の毛には白いものが混じりはじめ、絶えない気苦労がしわとなって顔に刻みこまれている。太陽と人々の熱気の中でも正装を崩さない彼の額には大粒の汗が光っていた。
「まったくどこにいらっしゃるのやら」
その肩を叩く者がいた。振り向くと行列に並ぶ見知らぬ男性だった。
「何か?」
「いえ、お探しのお子さんはあの女の子ですか? さっきからあなたを呼んでいるようなので」
彼の指す方を見ると、長い行列の中に見知った顔が大きく手を振っていた。ずっと変わらない、出会った頃のままの顔が満面の笑みを浮かべていた。人の群れを謝りつつかき分け、ようやく辿り着く。
「姫様! すでに食事はご用意させて頂いておりますとあれほど!」
「お前は何も分かっておらん! 並ばずして何が美味いものか!」
真顔で叱りつけてくる相手にため息をつく。
「姫様を探して右往左往する人々の身にもなってください」
「だからお前に言い残しておいただろう、行列に並んでくると」
「そして私は、それはなりません、と答えたはずです」
ふくれている相手にそう返したあと、ふと周囲のざわめきが変化していることに気付いた。見回すと、行列に並んでいる人たちのみならず、群衆が全員が2人を見つめている。
「まさかあれ、姫様じゃないか」
「おお、うちの食いしん坊な姫様じゃ」
「なんで並んでるんだよ、前に通して差し上げろ」
抵抗するいとまもなく、2人はまるで神輿のように担ぎあげられ、前へ前へと運ばれてしまった。一番美味いところを出せと群衆に怒鳴られ、お前らに言われんでも分かっとるわ、と叫び返す料理長の見事な包丁さばきで見事に切り分けられた肉が料理人たちによって手際よく焼き上げられる。
いくつも並べられた大きなテーブルの1つの中央で、領民たちに囲まれて肉を頬張る彼の主を、執事は隣で見つめていた。気がつけば、見た目は親と娘ほども離れてしまった。それでも忘れられず、捨てきれない気持ちを胸に、今も妻をめとれずにいる。
「うん? どうした」
まるで気持ちを見透かされたような相手の言葉に内心は動揺するも、長い年月の中でそれを表情に出さない程度には自分を鍛えていた。
「口元を汚したまま食事をなさらないでください。嫁の貰い手がなくなりますよ」
「ははは、そうかもしれんな。そのときはお前にもらってもらうか」
「な、何をおっしゃいますか」
くすくすと笑いながら肉を頬張っていた相手が、ふと穏やかな目で彼を見た。
「よく似てきたな。まるで生き写しよ」
「祖父のことですか」
「よく叱られたものだ。昔も祝宴を開いて、口元を汚してな」
「そうですか。姫様もよく似ておられますよ。私が出会ったころの姫様に生き写しです」
真顔でそう告げる執事の言葉に、破顔一笑した。
「あはははは! 違いない!」
ひとしきり笑ったあと、休むようにもたれかかった。そして呟く。
「お前たちだけだ。人として接してくれた。まったく」
100年の定めの中、同じ時を過ごせるのは殺しあう運命にある他の領主だけ。決して相容れぬ立場の彼らとて、戦乱が終わるときに定めは力を失い、全ての敗者には100年の年月が押し寄せる。時の流れにまた戻り、生き残れるのはただ1人だけ。
「ありがとう」
祭りにざわめく喧騒の中では、誰にも聞きとれないような小さな声だった。しかし。
「もったいないお言葉にございます」
「当然だ。大事にしろ」
「さしでがましいようですが1つだけお許しください。姫に涙は似合いません」
「は。ぬかしよる」
ふと、領主になったその日の朝のことを思い出す。領内を見下ろす窓に立ち、背負うことになった土地と人が上る朝日に照らされるのを視界に収めたときのこと。
「目指す国は見えておりますか」
傍らに立つ当時の執事に、きっぱりと答えた。
「決まっておる。私の領地では誰も殺させぬ。100年のあいだ、誰も飢えさせぬ。殺し合いなどあほうどもに任せておくさ。皆にたらふく食わせてやる。ああ、そのためにも稼がねばなるまい」
どこかで朝の支度が始まったらしい。卵の焼けるいい匂いがしてきた。
「目指すのは、そうだな。100年のレシピよ」
《ヴォーパルス戦記譚》 第1回:虚飾の王の物語
2012年6月9日 ヴォーパルス コメント (4)2012年07月31日 追記:
《ヴォーパルス戦記譚》 第2回:100年のレシピ
http://regiant.diarynote.jp/201207310024451291/
《ヴォーパルス戦記譚》 第3回:スカウティング・マイ・アーミー
http://regiant.diarynote.jp/201208180946043349/
ヴォーパルスという同人カードゲームがある。ドラフト系カードゲームと言えばいいのかな。作者のブログでは「『セブンワンダーズ』と『セブン モールモースの騎兵隊』を組み合わせたものです」と紹介されている。
I Was Game:ドラフト式カードゲーム『ヴォーパルス』の紹介
http://iwasgame.sakura.ne.jp/archives/445
このゲームは個人的にとても好きなゲームで、その大きな理由の1つは、とてもフレイバーに富んでいるという点。購入した理由は、上記ブログの記事で楽しませてもらった恩返しという義理の面が強かったんだけど、本当に買って良かったと思っている。
このゲームを人に紹介するときには「ただゲームを遊ぶだけでもそこに物語が生じるのが面白い」と付け加えることにしてる。正直、よほどのフレイバー好きでもなければ大して重要度の高い点ではないので、そんなこと熱心に言ってもしょうがないのかな、とも思う。だけど、まあ、それがこのゲームを好きな理由なんだからしょうがない。
というわけで前置きが長くなったけど「ヴォーパルスを1人プレイしてみてそこから浮かび上がった物語を文字に書き起こしてみよう」という誰が得するのかさっぱり分からない企画の第1回(第2回はない気もする)。
はじめに
ゲームの進め方としては単に1人でヴォーパルスを遊ぶだけ。ドラフトパートについては5人プレイを想定して回す(5枚引いて1枚選ぶ、4枚引いて1枚選ぶ、以下略)。戦争パートについてはラウンド数と戦力の高さからフィーリングで勝敗を決める。その他は通常通りにプレイし、プレイ記録を小説風に書き起こす。
《ヴォーパルス戦記譚》 第1回:虚飾の王の物語
<1ターン目>
1-1 《森の子供たち》
1-2 《大建築家》
1-3 《癒し手》
1-4 《執行の悪魔》
1-5 《木こり》
・前衛 《執行の悪魔》、《木こり》
・後衛 《大建築家》、《癒し手》
・合計兵力 9点(2勝換算)
・建築 《宝物庫》LV2
・経年時に《癒し手》の能力の対象に《執行の悪魔》を選択。
・残金は0でキープカードは《森の子供たち》を選択。
目を閉じているのか、開いているのか分からないほどの暗闇に閉ざされたその広大な部屋は町の広場ほどもあった。四方をかみそりの刃の入る隙間もないほどに固く積まれた石によって囲われているそこにはろうそく1本の明かりすらなかったが、その場にいる者たちには違いのないことだった。
「それで話は終わりか。
それでは執行のときだ。契約通りこの王国の命運を、活力を、繁栄を頂こう」
人ならざる者の声がする。耳に入らず、じかに心を凍らせる声。人と契約し力と引換えにその魂を見返りとするもの。国と契約し力と引換えにその繁栄を見返りとするもの。古き書物には契約の悪魔、もしくは執行の悪魔と記される存在。
「それでもよろしいでしょう。しかし物語の続きは気になりませんか。魔法の炎に心を焼き消されてしまった王女のその後は? 愛する王子のために炎の精霊に自分を捧げた彼女のその後は?」
返す言葉は人間。しかし人の世にあって人の世に交われなかった者、光の中にあって光と縁のない運命に生きた盲目の女の声。
「何を言う。決して癒されぬ傷と言ったではないか」
「いいえ、癒し手である私にも治すことの出来ない傷、人の力では癒すことのかなわぬ傷と言ったのです。
あなたは覚えていませんでしたが、王子はそのことを忘れていませんでした。
彼は炎の精霊の加護を受けて3つ首の邪悪な黄金竜を討ち滅ぼしたあと、その傷を癒して再び愛する王女の心を取り戻すため、遠い祖先である妖精族の力を借りることを決意したのです
しかしそれは簡単なことではありません。妖精の国ははざまに位置する国。平原と森のはざま、岸辺と海のはざま、空と雲のはざま。どこにでもあり、どこにもない。それが妖精の世界だからです。
王子はこれまでと同じように、城で一番の物知りである老いた庭師に助言を求めにいくことにしました」
物語は続く。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
今もなお終わりのないおとぎ話が語られているその地下の闇、その真上。寸分違わずに位置する王の私室は城の最上階にあった。
100年の定めを背負わされたばかりの新王が窓辺に立っていた。窓から見える景色は遠くの山々まで広がっていた。そしてその手前の無惨に焼け払われた森と畑、破壊された家々といまだ埋葬されぬ死体もまたそこにはあった。若く精悍な王の顔に、しかし年相応の感情は見られなかった。後悔も歓喜も諦めもそこにはなかった。
そのとき部屋に小さく風が抜けた。
「王よ、宝物庫の建設は滞りなく進んでいるぞ」
音もなく現れた背後の人物は敬意のこもらぬぞんざいな口調で王に呼びかけた。声には若々しさも老いも感じられなかった。目深にかぶった灰色の頭巾の下に見える口元にも年齢を思わせるものは何一つなかった。
「そうか、大儀だな」
「何、もらえるものさえもらえれば木材なしでも町だって作るし、食材なくとも祝宴だって開いてみせる。私が大建築家と呼ばれるがゆえんさ。鉱石も石材もないこの国に宝物庫を建てると約束した」
大建築家と名乗った男はためらいなく王の横に並んだ。王もそれをとがめることはなかった。目の前に広がる景色を見て大建築家は言葉を続けた。
「しかし作ったあとのことは知らぬよ。あの巨大な宝物庫にいったい何を納めるつもりなのやら。
この景色のどこに納めるべき宝石がある。木を切ることしか知らなかった木こりたちに人の首をはねさせ、それにあきたらず悪魔の力を借りては光のない世界に生きる少女をさらなる闇に閉じこめる。残った金貨もすべて私に払い尽くした」
「今だけさ」
そうつぶやいた王の顔を傍らの男は振り返った。
「変わらないのは私だけだ。今のこの荒廃も悪魔も貴様も、なにもかも私を置いていく」
地下では変わらず、終わらぬおとぎ話が続いている。
<2ターン目>
2-1 《冒険家》
2-2 《時計職人》
2-3 《民兵》
2-4 《癒し手》
2-5 《盗賊》
・前衛 《執行の悪魔》、《大建築家》、《冒険家》
・後衛 《癒し手》、《時計職人》
・合計兵力 10点(1勝換算)
・建築 《宝物庫》LV2、《聖堂》LV2
・配置時に《癒し手》新しいのに置換え。《時計職人》の対象は《冒険家》。
・経年時に《癒し手》の能力の対象に《大建築家》を選択。
・残金は0でキープカードは《森の子供たち》を選択。
彼女は生まれたときから定めの中にいた。彼女は従うことに慣れすぎていた。物心をつく前に目を焼かれ、命じられるままに各地を回り、命じられるままに人を癒した。
そして今もまた命じられたままに城の地下奥深くへと続く長い階段を下りていく。付き添いはいない。望んで城の最深部へと足を運びたがるものはいなかった。そもそも階段はただ長いだけで変化に乏しく、盲目の彼女1人にも大した困難ではなかった。
考えることもなくただ下る。下る。下る。
つんのめるように転びかけた。長く単調な歩みに突然おとずれた変化だった。階段が尽きたのだ。ゆっくりと先へ伸ばした手が冷たい金属の扉に触れる。
さびついた金属の音を予期したが、このような場所にある扉を誰が手入れをしているのか、不思議なことにそれはまばたきほどの音すらたてず手前へ開いた。
目の前に広がる暗闇は彼女には関係のないものだった。しかし幼き日より閉ざされた視界の先に、癒し手である彼女にしか見えない燐光が淡く光る。
それは人の形そのもので薄赤い。人の形ということはつまり病が全身に及んでいるということだ。赤いということはひどく消耗した人がいるらしい。しかしその磨耗し切った魂の色とは裏腹に、広い空間に響く声は透き通るように純粋だった。
「天馬は空から舞い降り、娘に語りかけました。なぜ去らないのか。待ち人は来ないということがまだ分からないのか。その美しい顔が老婆に変わるまでここにいるつもりなのか」
部屋に足を踏み入れる。その声の隣まで静かに進む。ひざを折って冷たい石の床に座り込んだ。隣の女性は寸分違わない姿勢をとっているはずだ。物語は続く。
「では私がそなたを運ぼう。虹が地に触れるところにあるという黄金の元へでも、天に触れるほどに高い山の頂上にでも共に行こう」
古い口が閉じられ、新たな口が開かれた。
「だからもう泣かないでくれ。天馬のその言葉に娘は顔を上げました。身を屈めてうながす天馬のすすめのままに彼女はその背にまたがりました」
彼女はよどみなく言葉を継いだ。今度は彼女の番だった。契約を満たされぬ悪魔の長き退屈を、そして、長く物語を紡ぎ続けてきた先代の癒し手の疲れを癒す番だった。
古き癒し手は、音もなくその場をあとにし、長い階段を上り始めた。1日も経っていないような気もするし、すでに何百年も経ったような気もする。あの空間ではどちらも同じことなのだろう、と彼女は思った。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
階段の先にある小部屋には、先の癒し手を見送った兵士が待っていた。階段を下りていった少女がそのまま年老いて帰って来たような錯覚にとまどった様子だったが、すぐに命じられていたとおり、用意してあった粥と白湯を老婆にふるまった。
兵士は老婆が一口一口ゆっくりと体に溶かし込むように食べる横で忍耐強く待った。部屋の中は静かだった。しかし突然それを破るように扉が荒々しく叩かれた。兵士は老婆に短く謝罪の言葉を口にしつつ、部屋の外に出た。
そこには薄い皮鎧を身につけた男がいた。顔の下半分をおおうあごひげは髪の毛と同じ茶色だった。精悍な顔立ちにはどこか楽しげな様子が見られる。男は出てきた兵士に親しげに話しかけてきた。
「道に迷ってしまった。仕事を依頼にきた城の使いは赤の謁見の間まで来るようにと言っていたが、場所が分かるなら教えてもらえないだろうか」
「赤の謁見の間ならそこの廊下を突き当たりまで行け。そこから左へ行けばすぐだ」
礼を言って立ち去る男を見送る兵士は城内に流れていた噂を思い出した。
新王の建設した宝物庫。そこに納めるための金銀財宝や宝石を集めるべく名高い冒険家が呼ばれたという噂だ。赤の謁見の間に呼ばれたということは、彼がそうなのかもしれない。
しかし、仮にそうであったとしても彼とは関わりのないことだ。自分の任務を思い出した彼は部屋に戻った。老婆はまだ粥を半分も食べ終えていなかった。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
赤の謁見の間はその名の通り、目にも鮮やかな真紅の壁紙が使われていた。そこに走る金色のツタ模様には本物の黄金が使われていることに冒険家は一目で気づいた。それはまたこれから受ける仕事の重大さと困難さも暗示しているようだったが、彼は平然と用意されていた1人がけのソファに腰を下ろした。
目の前には一抱えほどの小さなテーブルがあり、さらにそれを挟んだ向かい側には彼が今座っているソファと同じものがあり、この場には不釣り合いな冴えない小男が座っていた。柔らかく大きなソファの中に沈み込んで消えてしまいそうな小男に、冒険家は明るく話しかけた。
「まさかあなたが王ではあるまいな」
「いえいえ、そんなまさかおそれ多い。私はしがない時計職人にございます」
小男は眼鏡の奥の目を細めて苦笑し、冗談混じりに発せられた冒険家の言葉に答えた。しかし目ざとい冒険家はその指先に宿る繊細な技術を見抜いた。
「嘘ではないが、謙遜が過ぎるな。王家のお抱え時計職人だろう」
「さすがでございますな。ええ、その通りです」
にこにこと小男は応じた。しばし沈黙が流れた。冒険家は本題に入ることにした。
「私はこの国の辺境各地に眠る財宝を見つけるよう依頼された。そのために必要なものを受け渡すというので今日ここまで出向いてきた」
小男は笑みを崩さずその言葉を聞き終えると、黙って小さな箱をテーブルに置いた。相手の手が元あった位置に戻るのを見てから冒険家はその小箱を開いた。用心深さは彼の名を世に知らしめた資質の1つだった。
絹の上に置かれていたのは古びた懐中時計だった。冒険家は思わず苦笑を浮かべた。
「王家に伝わる魔剣の1本でもいただけるのかと思っていたが、さて、私の先に待つ冒険に時計がどれほどの役に立つものだろう?」
「いえいえ、その時計はお役に立つと思いますとも。何しろ私が丹誠込めて作りましたこの世にただ1つしかない時計にございますから」
彼は冒険家の手元にある懐中時計の横に生えているねじを示した。
「私が合図いたしましたらそのねじを引いてください。そうです、ぐいと強く」
冒険家は言われたとおりにねじに手をかけて合図を待った。時計職人はテーブルに置かれたままだった小箱を手に取った。
「はい、どうぞ」
時計職人が手にした小箱を宙に放るのと、合図を出すのと、冒険家がねじを引くのはほぼ同時だった。ねじを引いた冒険家はあらためて相手の意図を尋ねようと口を開いたが、眼前の風景に絶句した。
時計職人は笑みを浮かべたままだった。それはよい。しかし宙に放られた小箱までもがそのままだった。空中に縫い止められたようにそのまま浮いていた。彼はおそるおそる手を伸ばし、小箱の周囲の空間を探った。細い糸のような支えはなかった。
手にしたままだった懐中時計を見ると、その時計盤では長針と短針が狂ったような速度で回っていた。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
王は窓から自分の領地を眺めていた。目に映らない遠い平野ではいまも近隣諸国との小競り合いは続いているはずだったが、視界に広がる森の木々は静かに青く茂り、町には活気が満ちていた。そして王城に隣接して建築された宝物庫は何者も寄せ付けぬ忠実な番兵のように冷たく動かずそこにあった。
「来たか」
傍らにはいつものように音もなく現れた大建築家がいた。
「王よ、さて次は何を作ればよいか」
「聖堂を建てよ」
眼下に広がる人の営みを見ながら王はそう言った。
「ほう。意外だな。神を畏れる心があるとは」
「ないさ。私にはな。だが民にはある。軍事を理由に金を集めるのには限りがある。そろそろ新たな口実が欲しい」
「ではせいぜい豪奢に飾りたてねばな。鉱石が必要だ。たくさんのたくさんの鉱石がな。金さえもらえれば私が用立てるが、さてこの国にまだそれだけの金貨が残っているのやら」
あざ笑うように口の端をゆがめた大建築家の言葉に気分を害した様子もなく王は答えた。
「金は土地代に消えた」
言葉を返そうとした大建築家の口が開くより早く、王は続けた。
「だが鉱石なら遠からず大量に手に入る。何も問題はない」
国でも高名な冒険家が呼ばれたという話はすでに大建築家の耳にも届いていた。
「しかしいかに腕の立つ冒険家とはいえ、その一生分の探索をしてもようやく間に合わせの聖堂を建てるに足る鉱石を見つけるのが精一杯だろうに」
皮肉ではなく率直な感想を述べたその言葉に、王はうなずいた。そしてこともなげに言った。
「そうだな。だから彼には一生分の倍を働いてもらうことにした」
「まさか」
「なに、奴も自分の功績がのちまで残ると知れば断るまい。たとえその命を半分に削るとしてもだ。そういう人種さ、冒険家というものは」
大建築家は初めてこの王を恐ろしいと思った。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
部屋を辞した大建築家は地下の癒し手が今日付けで交代することを思い出した。時の隔絶した空間で悪魔を相手どることで「国を癒してきた者」に会うのも一興かと思われた。
城の一部の人間しか知らない、地下へと続く階段のある小部屋に向かう。部屋には空の器を前に座ったまま、すやすやと寝息をたてる老婆と困惑した表情の兵士、そして大建築家の予想していなかったもう1人の人物がいた。
「お前は当代の癒し手ではないか。ここで何をしている」
癒し手は顔を前に向けたままその声に答えた。
「悪魔は去りました。執行すべき契約はすでに過去のものとなり、かのものがこの世にいるべき理由もすでに過去のものとなったからだと申しておりました」
「そうか。やはり悪魔を使役することはかなわなかったか」
それでは悪魔を引き留め続けたこの老婆の過ごした25年はなんだったのだろうか、と思わず大建築家が椅子に眠る先代の巫女に向けた視線。それは若き癒し手には見えないはずだった。しかし彼女はその考えに答えるかのように言葉を続けた。
「悪魔は帰る前に、素晴らしい物語には礼をしなくては、とも申しておりました」
大建築家は怪訝そうに盲目の少女を振り返ったが、何も言わなかった。真っ黒い嵐が近隣諸国の軍の陣地だけを狙い澄ましたように見舞ったという報告が入ってきたのはそれから1週間ほどしてからのことだったという。
その後、大建築家は役目を失ってしまった癒し手を引き取り、ともに暮らし始めた。王の行く末を少しでも長く見届けたくなった彼は、その癒しの力を借りることにしたのだ。
<3ターン目>
3-1 《狩人》
3-2 《バルダンダース》
3-3 《材木屋》
3-4 《鉱夫》
3-5 《行商》
・前衛 《古参兵》、《狩人》、《狩人(バルダンダース)》
・後衛 《癒し手》、《大建築家》
・合計兵力 7点(0勝換算)
・建築 《宝物庫》LV2、《聖堂》LV2、《密輸船》LV1
・配置時に《バルダンダース》が《狩人》に変身。
・経年時に《癒し手》の能力の対象に《バルダンダース》の変身した《狩人》を選択。
・残金は0でキープカードは《森の子供たち》を選択。
窓辺から見えるのはおだやかな農村の風景だった。頬を撫でる暖かい春の風に傍らのカーテンがたなびく。ここで春を迎えるのはもう何度目になるだろう。そんな思いをさえぎるように後ろから声がかかった。
「お茶が入りました」
「ありがとう」
大建築家は傍らに置かれたコップを手に取った。自分の分も持ってきた癒し手はとまどいなく大建築家の隣に置かれた椅子に腰を下ろした。彼女のために家具は常に決まった位置に置かれている。
「長いな」
何をとは言わなかった。癒し手もただ「そうですね」と答えた。地上で正しく使われた癒し手の力は大建築家の命をのばし、気がつけば親子ほども離れていたはずの2人は自然と連れ合いの様相を呈していた。
癒し手もすでに先代の巫女と同じくらいの年になっていた。先代はあの粥と白湯を食し終えたあと、そのまま眠るように逝ってしまった。彼女は幸せだったのだろうか。癒し手は今でもたまにふと思うことがある。今の彼女ほど幸せを感じられたことが片時でもあったのだろうか。
「色々あったな」
傍らの癒し手が暗い考えに引かれかけているのに気づいてか知らずか、大建築家がつぶやき、我に返った癒し手が黙ってうなずいた。
王はなおも財宝を求め続けた。聖堂へ寄与された民の献金は海の向こうとの密貿易のための資金となった。それによってもたらされた宝物庫のうるおいとは対照的に、国庫は乾ききっていた。戦乱は続いていたが、新たに兵を雇うことも満足できず、狩人や古参兵がかき集められては形ばかりの軍が編成された。
宝物庫に金銀財宝が運び込まれていくのを、そして人々の暮らしが荒廃していくのを大建築家は王の傍らで見ていた。彼が手がけた宝物庫は今も変わらず無言でそびえていた。
資金の尽きたあと、大建築家の出番もなかった。しかし他国へと彼の建築の腕が渡ってしまうことを恐れた王は彼を辺境へと押し込めることにした。すでに国の行く末が見えた気がしていた大建築家は黙って従った。ともに暮らし慣れた癒し手を連れていくこと以外には何も願い出すことはなかった。
「おまえは後悔していないか。都からこんな退屈な田舎まで連れてこられたことに」
ぽつりとつぶやいた言葉はずっと聞くのが怖かった問いでもあった。人の心配などしたことのない彼が、心の片隅にくすぶらせていた数少ない恐れの1つだった。彼にとっては意外なことに、傍らの女性はくすりと笑った。
「どんな大国にも引けを取らないきらびやかな都だったそうですね。遥かに遠方から見物に訪れる旅人が引きを切らなかったと聞きます。
だけど見た目を問われても私には分かりません。あの都は石と金属でできていました。私はこの命があふれてる土地のほうが好きです」
大建築家はただ黙って聞いていた。声を出すことが出来なかったからだ。彼は生まれてこのかた泣いたことがなかったので、こういうときにどうすれば平素どおりの声が出せるか分からなかった。
「ああ、それに」
また、まるで出会った頃の若い少女のように、くすくすと癒し手が笑った。
「あなたは退屈な田舎と言いますけどそんなことはありませんよ。あったじゃないですか、とんでもないことが」
昨年の夏のことだった。同じ村の狩人が徴兵にとられることになった。幼い頃に父親を亡くしていた彼は母1人を置いて戦争に向かうことをひどくためらったが、息子が軍に逆らうことを恐れた母親の必死の説得でようやく旅立ちを決めた。
出かける前に、故郷の森で最後の狩りを楽しむことにした狩人は、しかし獲物のかわりに奇妙な連れとともに村に帰ってきたのだ。それは彼とうり二つの男だった。いや彼が年老いたらそうなるであろう、という外見をもっていた。連れ帰った家ではその男に母親が泣いてすがりついた。亡くした夫が帰ってきたと勘違いしたためだった。
この変事は、この辺りで一番の物知りということで何かあるごとに頼られていた大建築家の元へ当然のように持ち込まれた。いつものように迷惑そうなそぶりを隠そうともせず、大建築家はそれについて説明をしてやった。
「よくご存じでしたね」
あの騒動を思い出して、大建築家は少し疲れたように、そして少し嬉しそうにそれに答えた。すっかり涙も引いてしまった。
「いや、あれ自体はそれほど知られていないこともない。伝承も多い。ただ実際に見た者がごく限られているだけの話だ。私もまさか生きてバルダンダースを目にすることがあるとは思ってもみなかった」
不定形の体を持ち、ドラゴンからゴブリンまでいかなる生物であろうと変身することが出来るというバルダンダースは噂にあがることは数知れずともいえ、目撃例は極端に少なく、また変身後の寿命が短いこともあり、その生態はいまだ謎に包まれている。
そのためなぜこのバルダンダースが狩人の姿に化けたのか、そしてなぜその後は変身能力を用いずに人として生きることを選んだのかは、大建築家にも分からなかった。
「しかしあのバルダンダースは運が良かったな。非常に短命な生物と聞いているが、こんな近くに癒し手がいてくれたバルダンダースは過去にいなかったはずだ」
「そうですね。今もあの狩人のお母さんがたまに来てくれるんです。ありがとうと言ってくれるんです。私が自分から望んで用いた癒しの力がこんなに感謝されることがあるなんて思ってもみませんでした。
やっぱり私はここに来てよかったんだと思います」
また涙が浮かんできてしまった彼はことさら不機嫌そうに「いきなり何を言い出すかと思えば」と返したが、癒し手はまたくすくすと笑った。
「たまには泣いてもいいんですよ」
「何?」
「私に隠しごとはできません。私は光じゃなくて心を看る癒し手なんです。私が一番誇りに思っている大仕事は、この王国を間違った方向に導く発端となってしまったかもしれない、なんていう大それた勘違いしている誰かさんの心の傷を癒せたことなんです」
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
次の年の春、大建築家と癒し手はどちらが先ということもなく、ともに息を引き取った。
村人は2人の死をひどく悲しみ、その家のあった敷地をそのまま墓所とした。しばらくして、いかな考えがあってか2人の遺体を引き取ろうとする者たちが都から来たが、村人たちの強硬な反対にあって断念した。その村人の中に双子のようによく似た2人の狩人がいたという話が報告に残っているが真偽のほどは定かではない。
<4ターン目>
4-1 《労働者》
4-2 《労働者》
4-3 《農民》
4-4 《鉱夫》
4-5 《ケット・シー》
・前衛 《狩人》、《狩人(バルダンダース)》、《鉱夫》
・後衛 《労働者》、《ケット・シー》
・合計兵力 6点(0勝換算)
・建築 《宝物庫》LV2、《聖堂》LV2、《密輸船》LV2
・残金は3でキープカードは《鉱夫》を選択。
・最終ポイント 34点