《ヴォーパルス戦記譚》 第1回:虚飾の王の物語
2012年6月9日 ヴォーパルス コメント (4)2012年07月31日 追記:
《ヴォーパルス戦記譚》 第2回:100年のレシピ
http://regiant.diarynote.jp/201207310024451291/
《ヴォーパルス戦記譚》 第3回:スカウティング・マイ・アーミー
http://regiant.diarynote.jp/201208180946043349/
ヴォーパルスという同人カードゲームがある。ドラフト系カードゲームと言えばいいのかな。作者のブログでは「『セブンワンダーズ』と『セブン モールモースの騎兵隊』を組み合わせたものです」と紹介されている。
I Was Game:ドラフト式カードゲーム『ヴォーパルス』の紹介
http://iwasgame.sakura.ne.jp/archives/445
このゲームは個人的にとても好きなゲームで、その大きな理由の1つは、とてもフレイバーに富んでいるという点。購入した理由は、上記ブログの記事で楽しませてもらった恩返しという義理の面が強かったんだけど、本当に買って良かったと思っている。
このゲームを人に紹介するときには「ただゲームを遊ぶだけでもそこに物語が生じるのが面白い」と付け加えることにしてる。正直、よほどのフレイバー好きでもなければ大して重要度の高い点ではないので、そんなこと熱心に言ってもしょうがないのかな、とも思う。だけど、まあ、それがこのゲームを好きな理由なんだからしょうがない。
というわけで前置きが長くなったけど「ヴォーパルスを1人プレイしてみてそこから浮かび上がった物語を文字に書き起こしてみよう」という誰が得するのかさっぱり分からない企画の第1回(第2回はない気もする)。
はじめに
ゲームの進め方としては単に1人でヴォーパルスを遊ぶだけ。ドラフトパートについては5人プレイを想定して回す(5枚引いて1枚選ぶ、4枚引いて1枚選ぶ、以下略)。戦争パートについてはラウンド数と戦力の高さからフィーリングで勝敗を決める。その他は通常通りにプレイし、プレイ記録を小説風に書き起こす。
《ヴォーパルス戦記譚》 第1回:虚飾の王の物語
<1ターン目>
1-1 《森の子供たち》
1-2 《大建築家》
1-3 《癒し手》
1-4 《執行の悪魔》
1-5 《木こり》
・前衛 《執行の悪魔》、《木こり》
・後衛 《大建築家》、《癒し手》
・合計兵力 9点(2勝換算)
・建築 《宝物庫》LV2
・経年時に《癒し手》の能力の対象に《執行の悪魔》を選択。
・残金は0でキープカードは《森の子供たち》を選択。
目を閉じているのか、開いているのか分からないほどの暗闇に閉ざされたその広大な部屋は町の広場ほどもあった。四方をかみそりの刃の入る隙間もないほどに固く積まれた石によって囲われているそこにはろうそく1本の明かりすらなかったが、その場にいる者たちには違いのないことだった。
「それで話は終わりか。
それでは執行のときだ。契約通りこの王国の命運を、活力を、繁栄を頂こう」
人ならざる者の声がする。耳に入らず、じかに心を凍らせる声。人と契約し力と引換えにその魂を見返りとするもの。国と契約し力と引換えにその繁栄を見返りとするもの。古き書物には契約の悪魔、もしくは執行の悪魔と記される存在。
「それでもよろしいでしょう。しかし物語の続きは気になりませんか。魔法の炎に心を焼き消されてしまった王女のその後は? 愛する王子のために炎の精霊に自分を捧げた彼女のその後は?」
返す言葉は人間。しかし人の世にあって人の世に交われなかった者、光の中にあって光と縁のない運命に生きた盲目の女の声。
「何を言う。決して癒されぬ傷と言ったではないか」
「いいえ、癒し手である私にも治すことの出来ない傷、人の力では癒すことのかなわぬ傷と言ったのです。
あなたは覚えていませんでしたが、王子はそのことを忘れていませんでした。
彼は炎の精霊の加護を受けて3つ首の邪悪な黄金竜を討ち滅ぼしたあと、その傷を癒して再び愛する王女の心を取り戻すため、遠い祖先である妖精族の力を借りることを決意したのです
しかしそれは簡単なことではありません。妖精の国ははざまに位置する国。平原と森のはざま、岸辺と海のはざま、空と雲のはざま。どこにでもあり、どこにもない。それが妖精の世界だからです。
王子はこれまでと同じように、城で一番の物知りである老いた庭師に助言を求めにいくことにしました」
物語は続く。
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今もなお終わりのないおとぎ話が語られているその地下の闇、その真上。寸分違わずに位置する王の私室は城の最上階にあった。
100年の定めを背負わされたばかりの新王が窓辺に立っていた。窓から見える景色は遠くの山々まで広がっていた。そしてその手前の無惨に焼け払われた森と畑、破壊された家々といまだ埋葬されぬ死体もまたそこにはあった。若く精悍な王の顔に、しかし年相応の感情は見られなかった。後悔も歓喜も諦めもそこにはなかった。
そのとき部屋に小さく風が抜けた。
「王よ、宝物庫の建設は滞りなく進んでいるぞ」
音もなく現れた背後の人物は敬意のこもらぬぞんざいな口調で王に呼びかけた。声には若々しさも老いも感じられなかった。目深にかぶった灰色の頭巾の下に見える口元にも年齢を思わせるものは何一つなかった。
「そうか、大儀だな」
「何、もらえるものさえもらえれば木材なしでも町だって作るし、食材なくとも祝宴だって開いてみせる。私が大建築家と呼ばれるがゆえんさ。鉱石も石材もないこの国に宝物庫を建てると約束した」
大建築家と名乗った男はためらいなく王の横に並んだ。王もそれをとがめることはなかった。目の前に広がる景色を見て大建築家は言葉を続けた。
「しかし作ったあとのことは知らぬよ。あの巨大な宝物庫にいったい何を納めるつもりなのやら。
この景色のどこに納めるべき宝石がある。木を切ることしか知らなかった木こりたちに人の首をはねさせ、それにあきたらず悪魔の力を借りては光のない世界に生きる少女をさらなる闇に閉じこめる。残った金貨もすべて私に払い尽くした」
「今だけさ」
そうつぶやいた王の顔を傍らの男は振り返った。
「変わらないのは私だけだ。今のこの荒廃も悪魔も貴様も、なにもかも私を置いていく」
地下では変わらず、終わらぬおとぎ話が続いている。
<2ターン目>
2-1 《冒険家》
2-2 《時計職人》
2-3 《民兵》
2-4 《癒し手》
2-5 《盗賊》
・前衛 《執行の悪魔》、《大建築家》、《冒険家》
・後衛 《癒し手》、《時計職人》
・合計兵力 10点(1勝換算)
・建築 《宝物庫》LV2、《聖堂》LV2
・配置時に《癒し手》新しいのに置換え。《時計職人》の対象は《冒険家》。
・経年時に《癒し手》の能力の対象に《大建築家》を選択。
・残金は0でキープカードは《森の子供たち》を選択。
彼女は生まれたときから定めの中にいた。彼女は従うことに慣れすぎていた。物心をつく前に目を焼かれ、命じられるままに各地を回り、命じられるままに人を癒した。
そして今もまた命じられたままに城の地下奥深くへと続く長い階段を下りていく。付き添いはいない。望んで城の最深部へと足を運びたがるものはいなかった。そもそも階段はただ長いだけで変化に乏しく、盲目の彼女1人にも大した困難ではなかった。
考えることもなくただ下る。下る。下る。
つんのめるように転びかけた。長く単調な歩みに突然おとずれた変化だった。階段が尽きたのだ。ゆっくりと先へ伸ばした手が冷たい金属の扉に触れる。
さびついた金属の音を予期したが、このような場所にある扉を誰が手入れをしているのか、不思議なことにそれはまばたきほどの音すらたてず手前へ開いた。
目の前に広がる暗闇は彼女には関係のないものだった。しかし幼き日より閉ざされた視界の先に、癒し手である彼女にしか見えない燐光が淡く光る。
それは人の形そのもので薄赤い。人の形ということはつまり病が全身に及んでいるということだ。赤いということはひどく消耗した人がいるらしい。しかしその磨耗し切った魂の色とは裏腹に、広い空間に響く声は透き通るように純粋だった。
「天馬は空から舞い降り、娘に語りかけました。なぜ去らないのか。待ち人は来ないということがまだ分からないのか。その美しい顔が老婆に変わるまでここにいるつもりなのか」
部屋に足を踏み入れる。その声の隣まで静かに進む。ひざを折って冷たい石の床に座り込んだ。隣の女性は寸分違わない姿勢をとっているはずだ。物語は続く。
「では私がそなたを運ぼう。虹が地に触れるところにあるという黄金の元へでも、天に触れるほどに高い山の頂上にでも共に行こう」
古い口が閉じられ、新たな口が開かれた。
「だからもう泣かないでくれ。天馬のその言葉に娘は顔を上げました。身を屈めてうながす天馬のすすめのままに彼女はその背にまたがりました」
彼女はよどみなく言葉を継いだ。今度は彼女の番だった。契約を満たされぬ悪魔の長き退屈を、そして、長く物語を紡ぎ続けてきた先代の癒し手の疲れを癒す番だった。
古き癒し手は、音もなくその場をあとにし、長い階段を上り始めた。1日も経っていないような気もするし、すでに何百年も経ったような気もする。あの空間ではどちらも同じことなのだろう、と彼女は思った。
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階段の先にある小部屋には、先の癒し手を見送った兵士が待っていた。階段を下りていった少女がそのまま年老いて帰って来たような錯覚にとまどった様子だったが、すぐに命じられていたとおり、用意してあった粥と白湯を老婆にふるまった。
兵士は老婆が一口一口ゆっくりと体に溶かし込むように食べる横で忍耐強く待った。部屋の中は静かだった。しかし突然それを破るように扉が荒々しく叩かれた。兵士は老婆に短く謝罪の言葉を口にしつつ、部屋の外に出た。
そこには薄い皮鎧を身につけた男がいた。顔の下半分をおおうあごひげは髪の毛と同じ茶色だった。精悍な顔立ちにはどこか楽しげな様子が見られる。男は出てきた兵士に親しげに話しかけてきた。
「道に迷ってしまった。仕事を依頼にきた城の使いは赤の謁見の間まで来るようにと言っていたが、場所が分かるなら教えてもらえないだろうか」
「赤の謁見の間ならそこの廊下を突き当たりまで行け。そこから左へ行けばすぐだ」
礼を言って立ち去る男を見送る兵士は城内に流れていた噂を思い出した。
新王の建設した宝物庫。そこに納めるための金銀財宝や宝石を集めるべく名高い冒険家が呼ばれたという噂だ。赤の謁見の間に呼ばれたということは、彼がそうなのかもしれない。
しかし、仮にそうであったとしても彼とは関わりのないことだ。自分の任務を思い出した彼は部屋に戻った。老婆はまだ粥を半分も食べ終えていなかった。
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赤の謁見の間はその名の通り、目にも鮮やかな真紅の壁紙が使われていた。そこに走る金色のツタ模様には本物の黄金が使われていることに冒険家は一目で気づいた。それはまたこれから受ける仕事の重大さと困難さも暗示しているようだったが、彼は平然と用意されていた1人がけのソファに腰を下ろした。
目の前には一抱えほどの小さなテーブルがあり、さらにそれを挟んだ向かい側には彼が今座っているソファと同じものがあり、この場には不釣り合いな冴えない小男が座っていた。柔らかく大きなソファの中に沈み込んで消えてしまいそうな小男に、冒険家は明るく話しかけた。
「まさかあなたが王ではあるまいな」
「いえいえ、そんなまさかおそれ多い。私はしがない時計職人にございます」
小男は眼鏡の奥の目を細めて苦笑し、冗談混じりに発せられた冒険家の言葉に答えた。しかし目ざとい冒険家はその指先に宿る繊細な技術を見抜いた。
「嘘ではないが、謙遜が過ぎるな。王家のお抱え時計職人だろう」
「さすがでございますな。ええ、その通りです」
にこにこと小男は応じた。しばし沈黙が流れた。冒険家は本題に入ることにした。
「私はこの国の辺境各地に眠る財宝を見つけるよう依頼された。そのために必要なものを受け渡すというので今日ここまで出向いてきた」
小男は笑みを崩さずその言葉を聞き終えると、黙って小さな箱をテーブルに置いた。相手の手が元あった位置に戻るのを見てから冒険家はその小箱を開いた。用心深さは彼の名を世に知らしめた資質の1つだった。
絹の上に置かれていたのは古びた懐中時計だった。冒険家は思わず苦笑を浮かべた。
「王家に伝わる魔剣の1本でもいただけるのかと思っていたが、さて、私の先に待つ冒険に時計がどれほどの役に立つものだろう?」
「いえいえ、その時計はお役に立つと思いますとも。何しろ私が丹誠込めて作りましたこの世にただ1つしかない時計にございますから」
彼は冒険家の手元にある懐中時計の横に生えているねじを示した。
「私が合図いたしましたらそのねじを引いてください。そうです、ぐいと強く」
冒険家は言われたとおりにねじに手をかけて合図を待った。時計職人はテーブルに置かれたままだった小箱を手に取った。
「はい、どうぞ」
時計職人が手にした小箱を宙に放るのと、合図を出すのと、冒険家がねじを引くのはほぼ同時だった。ねじを引いた冒険家はあらためて相手の意図を尋ねようと口を開いたが、眼前の風景に絶句した。
時計職人は笑みを浮かべたままだった。それはよい。しかし宙に放られた小箱までもがそのままだった。空中に縫い止められたようにそのまま浮いていた。彼はおそるおそる手を伸ばし、小箱の周囲の空間を探った。細い糸のような支えはなかった。
手にしたままだった懐中時計を見ると、その時計盤では長針と短針が狂ったような速度で回っていた。
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王は窓から自分の領地を眺めていた。目に映らない遠い平野ではいまも近隣諸国との小競り合いは続いているはずだったが、視界に広がる森の木々は静かに青く茂り、町には活気が満ちていた。そして王城に隣接して建築された宝物庫は何者も寄せ付けぬ忠実な番兵のように冷たく動かずそこにあった。
「来たか」
傍らにはいつものように音もなく現れた大建築家がいた。
「王よ、さて次は何を作ればよいか」
「聖堂を建てよ」
眼下に広がる人の営みを見ながら王はそう言った。
「ほう。意外だな。神を畏れる心があるとは」
「ないさ。私にはな。だが民にはある。軍事を理由に金を集めるのには限りがある。そろそろ新たな口実が欲しい」
「ではせいぜい豪奢に飾りたてねばな。鉱石が必要だ。たくさんのたくさんの鉱石がな。金さえもらえれば私が用立てるが、さてこの国にまだそれだけの金貨が残っているのやら」
あざ笑うように口の端をゆがめた大建築家の言葉に気分を害した様子もなく王は答えた。
「金は土地代に消えた」
言葉を返そうとした大建築家の口が開くより早く、王は続けた。
「だが鉱石なら遠からず大量に手に入る。何も問題はない」
国でも高名な冒険家が呼ばれたという話はすでに大建築家の耳にも届いていた。
「しかしいかに腕の立つ冒険家とはいえ、その一生分の探索をしてもようやく間に合わせの聖堂を建てるに足る鉱石を見つけるのが精一杯だろうに」
皮肉ではなく率直な感想を述べたその言葉に、王はうなずいた。そしてこともなげに言った。
「そうだな。だから彼には一生分の倍を働いてもらうことにした」
「まさか」
「なに、奴も自分の功績がのちまで残ると知れば断るまい。たとえその命を半分に削るとしてもだ。そういう人種さ、冒険家というものは」
大建築家は初めてこの王を恐ろしいと思った。
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部屋を辞した大建築家は地下の癒し手が今日付けで交代することを思い出した。時の隔絶した空間で悪魔を相手どることで「国を癒してきた者」に会うのも一興かと思われた。
城の一部の人間しか知らない、地下へと続く階段のある小部屋に向かう。部屋には空の器を前に座ったまま、すやすやと寝息をたてる老婆と困惑した表情の兵士、そして大建築家の予想していなかったもう1人の人物がいた。
「お前は当代の癒し手ではないか。ここで何をしている」
癒し手は顔を前に向けたままその声に答えた。
「悪魔は去りました。執行すべき契約はすでに過去のものとなり、かのものがこの世にいるべき理由もすでに過去のものとなったからだと申しておりました」
「そうか。やはり悪魔を使役することはかなわなかったか」
それでは悪魔を引き留め続けたこの老婆の過ごした25年はなんだったのだろうか、と思わず大建築家が椅子に眠る先代の巫女に向けた視線。それは若き癒し手には見えないはずだった。しかし彼女はその考えに答えるかのように言葉を続けた。
「悪魔は帰る前に、素晴らしい物語には礼をしなくては、とも申しておりました」
大建築家は怪訝そうに盲目の少女を振り返ったが、何も言わなかった。真っ黒い嵐が近隣諸国の軍の陣地だけを狙い澄ましたように見舞ったという報告が入ってきたのはそれから1週間ほどしてからのことだったという。
その後、大建築家は役目を失ってしまった癒し手を引き取り、ともに暮らし始めた。王の行く末を少しでも長く見届けたくなった彼は、その癒しの力を借りることにしたのだ。
<3ターン目>
3-1 《狩人》
3-2 《バルダンダース》
3-3 《材木屋》
3-4 《鉱夫》
3-5 《行商》
・前衛 《古参兵》、《狩人》、《狩人(バルダンダース)》
・後衛 《癒し手》、《大建築家》
・合計兵力 7点(0勝換算)
・建築 《宝物庫》LV2、《聖堂》LV2、《密輸船》LV1
・配置時に《バルダンダース》が《狩人》に変身。
・経年時に《癒し手》の能力の対象に《バルダンダース》の変身した《狩人》を選択。
・残金は0でキープカードは《森の子供たち》を選択。
窓辺から見えるのはおだやかな農村の風景だった。頬を撫でる暖かい春の風に傍らのカーテンがたなびく。ここで春を迎えるのはもう何度目になるだろう。そんな思いをさえぎるように後ろから声がかかった。
「お茶が入りました」
「ありがとう」
大建築家は傍らに置かれたコップを手に取った。自分の分も持ってきた癒し手はとまどいなく大建築家の隣に置かれた椅子に腰を下ろした。彼女のために家具は常に決まった位置に置かれている。
「長いな」
何をとは言わなかった。癒し手もただ「そうですね」と答えた。地上で正しく使われた癒し手の力は大建築家の命をのばし、気がつけば親子ほども離れていたはずの2人は自然と連れ合いの様相を呈していた。
癒し手もすでに先代の巫女と同じくらいの年になっていた。先代はあの粥と白湯を食し終えたあと、そのまま眠るように逝ってしまった。彼女は幸せだったのだろうか。癒し手は今でもたまにふと思うことがある。今の彼女ほど幸せを感じられたことが片時でもあったのだろうか。
「色々あったな」
傍らの癒し手が暗い考えに引かれかけているのに気づいてか知らずか、大建築家がつぶやき、我に返った癒し手が黙ってうなずいた。
王はなおも財宝を求め続けた。聖堂へ寄与された民の献金は海の向こうとの密貿易のための資金となった。それによってもたらされた宝物庫のうるおいとは対照的に、国庫は乾ききっていた。戦乱は続いていたが、新たに兵を雇うことも満足できず、狩人や古参兵がかき集められては形ばかりの軍が編成された。
宝物庫に金銀財宝が運び込まれていくのを、そして人々の暮らしが荒廃していくのを大建築家は王の傍らで見ていた。彼が手がけた宝物庫は今も変わらず無言でそびえていた。
資金の尽きたあと、大建築家の出番もなかった。しかし他国へと彼の建築の腕が渡ってしまうことを恐れた王は彼を辺境へと押し込めることにした。すでに国の行く末が見えた気がしていた大建築家は黙って従った。ともに暮らし慣れた癒し手を連れていくこと以外には何も願い出すことはなかった。
「おまえは後悔していないか。都からこんな退屈な田舎まで連れてこられたことに」
ぽつりとつぶやいた言葉はずっと聞くのが怖かった問いでもあった。人の心配などしたことのない彼が、心の片隅にくすぶらせていた数少ない恐れの1つだった。彼にとっては意外なことに、傍らの女性はくすりと笑った。
「どんな大国にも引けを取らないきらびやかな都だったそうですね。遥かに遠方から見物に訪れる旅人が引きを切らなかったと聞きます。
だけど見た目を問われても私には分かりません。あの都は石と金属でできていました。私はこの命があふれてる土地のほうが好きです」
大建築家はただ黙って聞いていた。声を出すことが出来なかったからだ。彼は生まれてこのかた泣いたことがなかったので、こういうときにどうすれば平素どおりの声が出せるか分からなかった。
「ああ、それに」
また、まるで出会った頃の若い少女のように、くすくすと癒し手が笑った。
「あなたは退屈な田舎と言いますけどそんなことはありませんよ。あったじゃないですか、とんでもないことが」
昨年の夏のことだった。同じ村の狩人が徴兵にとられることになった。幼い頃に父親を亡くしていた彼は母1人を置いて戦争に向かうことをひどくためらったが、息子が軍に逆らうことを恐れた母親の必死の説得でようやく旅立ちを決めた。
出かける前に、故郷の森で最後の狩りを楽しむことにした狩人は、しかし獲物のかわりに奇妙な連れとともに村に帰ってきたのだ。それは彼とうり二つの男だった。いや彼が年老いたらそうなるであろう、という外見をもっていた。連れ帰った家ではその男に母親が泣いてすがりついた。亡くした夫が帰ってきたと勘違いしたためだった。
この変事は、この辺りで一番の物知りということで何かあるごとに頼られていた大建築家の元へ当然のように持ち込まれた。いつものように迷惑そうなそぶりを隠そうともせず、大建築家はそれについて説明をしてやった。
「よくご存じでしたね」
あの騒動を思い出して、大建築家は少し疲れたように、そして少し嬉しそうにそれに答えた。すっかり涙も引いてしまった。
「いや、あれ自体はそれほど知られていないこともない。伝承も多い。ただ実際に見た者がごく限られているだけの話だ。私もまさか生きてバルダンダースを目にすることがあるとは思ってもみなかった」
不定形の体を持ち、ドラゴンからゴブリンまでいかなる生物であろうと変身することが出来るというバルダンダースは噂にあがることは数知れずともいえ、目撃例は極端に少なく、また変身後の寿命が短いこともあり、その生態はいまだ謎に包まれている。
そのためなぜこのバルダンダースが狩人の姿に化けたのか、そしてなぜその後は変身能力を用いずに人として生きることを選んだのかは、大建築家にも分からなかった。
「しかしあのバルダンダースは運が良かったな。非常に短命な生物と聞いているが、こんな近くに癒し手がいてくれたバルダンダースは過去にいなかったはずだ」
「そうですね。今もあの狩人のお母さんがたまに来てくれるんです。ありがとうと言ってくれるんです。私が自分から望んで用いた癒しの力がこんなに感謝されることがあるなんて思ってもみませんでした。
やっぱり私はここに来てよかったんだと思います」
また涙が浮かんできてしまった彼はことさら不機嫌そうに「いきなり何を言い出すかと思えば」と返したが、癒し手はまたくすくすと笑った。
「たまには泣いてもいいんですよ」
「何?」
「私に隠しごとはできません。私は光じゃなくて心を看る癒し手なんです。私が一番誇りに思っている大仕事は、この王国を間違った方向に導く発端となってしまったかもしれない、なんていう大それた勘違いしている誰かさんの心の傷を癒せたことなんです」
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次の年の春、大建築家と癒し手はどちらが先ということもなく、ともに息を引き取った。
村人は2人の死をひどく悲しみ、その家のあった敷地をそのまま墓所とした。しばらくして、いかな考えがあってか2人の遺体を引き取ろうとする者たちが都から来たが、村人たちの強硬な反対にあって断念した。その村人の中に双子のようによく似た2人の狩人がいたという話が報告に残っているが真偽のほどは定かではない。
<4ターン目>
4-1 《労働者》
4-2 《労働者》
4-3 《農民》
4-4 《鉱夫》
4-5 《ケット・シー》
・前衛 《狩人》、《狩人(バルダンダース)》、《鉱夫》
・後衛 《労働者》、《ケット・シー》
・合計兵力 6点(0勝換算)
・建築 《宝物庫》LV2、《聖堂》LV2、《密輸船》LV2
・残金は3でキープカードは《鉱夫》を選択。
・最終ポイント 34点
コメント
ゲームのプレイから自然と物語が紡がれていく体験というのはたしかにありますね。もっとゲーム自体への理解が深ければ細かい部分のフレイバーも味わえたんでしょうが、そうでなくてもイメージや魅力が伝わる素敵な作品だと思います。
さらに少しでも楽しんでもらえたとあれば、本当に嬉しいです。ありがとうございます。
いつかゲームをプレイされる機会があるよう祈っております。
そのあとにあらためて読んでみると色々と発見があるかもしれませんので。
ヴォーパルズやりまくってて確かに物語性は感じるんですけど、それは大体においてプレイヤー(王?)視点。
このユニット視点での物語は素晴らしいですね。大建築家がいいキャラだな~。
>プレイヤー(王?)視点。
そうそう、あらためてルールブック確認したら、プレイヤーは「領主」らしいです……間違えました。もしいつか第2回を書くときがあればそっちでいこうと思います。
きっと単なる領主なのに勝手に王を名乗ってたんだ。きっとそうなんだ。