《ドワーフの城塞攻防記》 第1話:リョーマとジェシカ
2014年11月8日 ドワーフの城塞 ゲームマーケットで買って来たポストカード1枚しかコンポーネントがない(!)1人用ゲーム「ドワーフの城塞」が面白いので、紹介がてら短編を書き出してみたら思いのほか長くなってしまった、というのが事の次第。
I Was Game:『ドワーフの城塞』
http://c3ba95dc5fb36b51a14310b783.doorkeeper.jp/events/16376
1回目に遊んだときは普通にクリアに成功。もちろん、ちゃんとポストカードに直接書きこんだ。結果は、確か420点くらいだったはず。やはり500点を狙うとなると1敗も許されないらしい。それを踏まえた上での2回目をプレイしながら書いているのが以下。
《ドワーフの城塞攻防記》 第1話:リョーマとジェシカ
岩山の壁面から削り出したかのようなその城塞は、東の辺境に広がる妖魔の国と西のドワーフの国とを隔てる竜骨山脈(りゅうこつさんみゃく)の中腹にあった。巨大な角石をドワーフの精緻な技術で隙間なく積み上げたそれは、岩壁に背中をつけて座り込んだ頑健で無口なドワーフそのものを思わせる威圧感をもって山脈のすそ野を睥睨していた。
城塞の壁面の中ほどは見張り台となっており、そこに設置された砲台は砦へ登ってくる荒い山道へと向けられている。その方角は東の辺境、ドワーフたちと敵対する妖魔の国のある方角でもある。
その砲台の後ろでは、常伏高校の学生服に身を包んだリョーマが緊張に身を固くしていた。晴れた秋の青空の下に見えるのは、ふもとに広がるうっそうと茂った森とそこから砦に向かって伸びる山道、そしてその道を上がってくるゴブリンたちだった。子供ほどの背丈しかないとはいえ、灰色の肌と短い角を持つ異形の小鬼は、見ると聞くとでは大違いだった。
「本当に来たよ……まあ、やるしかないんだけど」
自分に言い聞かせるようにそう呟く。怖がっている場合でないことはよく分かっていた。リョーマは少なくとも堅牢な城塞の中にいられたが、唯一の仲間であるドワーフはたった1人で正門から白兵戦を挑む手はずになっているのだ。リョーマは重苦しさを振り払おうと、そのただ1人の仲間のドワーフであるジェシカのことを、そして彼女と出会った瞬間を思い出していた。
「ここで何をしてるのさネ」
飾り気のない石造りの部屋に備え付けられたベッドの1つで目を覚ましたリョーマは、状況を把握する暇もないうちに部屋の入口から入ってきた小柄な人影に声をかけられた。
「誰?」
「それはこっちのセリフさネ」
呆れたように片手を腰に当ててリョーマを眺める相手は、リョーマの胸元くらいの背丈の小柄な、しかし頑丈そうな体つきの女の子だった。落ち着き具合や声からすると、背は低いが年の頃はリョーマと同じくらいのように思われた。固そうな髪の毛を2つの短いお下げにギュッと束ねている。大きな目は怪訝そうにリョーマに向けられたおり、どこか幼さを感じさせる大きな口はへの字を描いていた。
しかし何よりリョーマの目を引いたのは、その顔でも髪でもなく、また彼女が身に付けていた簡素な革の鎧でもなかった。腰に当てていないほうの片手で軽々と肩に担いでいる巨大な戦斧から目が離せなかった。雨戸が開かれた窓から差し込む日光が刃に跳ね返る。
「斧だ」
「どうしたのサ。まさか初めて斧を見たわけでもあるまいし」
初めてだよ、とリョーマは思った。何しろ、東京生まれの東京育ち、ほんの数カ月前に市立の高校に入学したばかりの都会っ子だ。そして、ついさっきまでその高校のボードゲーム部の部室にいたはずなのだ。そうだ、とリョーマは必死に記憶を掘り起こした。
(部室で先輩がゲームマーケットで入手したとかなんとか言ってた「ドワーフの城塞」が置いてあったんだ。ルールを一通り読んで、裏面のデータをチェックしてたんだよな。それで……なんか気が遠くなって……どうしたんだっけ、高いところから落ちるような……いや、吸い込まれるような変な感じが……)
「誰だか知らないけど運がなかったネ」
リョーマの思考を中断させたのは少女の声だった。
「もうすぐここにゴブリンどもがやってくるってのにこの砦に残ってるのはアタシ1人だし、残ってる樽は3つきりだし、竜撃砲も調整が終わってなくて通常弾しか撃てやしない」
リョーマはポストカードを思い出す。ざっと目を通した裏面の情報を必死に脳裏に思い浮かべた。なおも自嘲気味に続けられている相手の言葉をさえぎった。
「まったくサ、こんな状態で勝ち目なんて……」
「……半々だ」
確信満ちたリョーマの言葉に少女が目を丸くする。
「え?」
「君1人なら勝ち目は半々だ」
「随分とアタシの腕を買ってるみたいだけど、相手できるゴブリンは良くて6匹までサ」
「ビール樽は3つあるって言ってたよね。今からでも樽爆弾を作れば間に合うはずだ」
「ああ、そっか! え、でもなんでアンタが樽爆弾のことを知ってるのサ!?」
鉱山を掘り進めることを生きがいとしているドワーフたちは人間より爆薬の扱いも長けており、おのずと銃器や大砲といった火器技術の発達も進むこととなった。その中でも樽のビールにドワーフ秘伝の薬を混ぜて作成される樽爆弾は、秘中の秘とされていた。
「なんでもいい、もうすぐ来るんだろ、準備をしよう。僕が竜撃砲を受け持つよ」
「竜撃砲も知ってるの!?」
「使い方は知らないから教えてもらう必要があるけど」
1人なら勝利の確率は半々。それもビール樽を消費しつくしてのこと。しかし2人なら勝利は約束されたようなものだ。あとはいかに樽の消費を抑えられるか。
「なんか妙に自信あるみたいだけど」
「大丈夫、2人なら絶対に勝てる」
自分でも不思議なんだけど、と少女が苦笑した。
「なんかアンタを見てたらいけそうな気がしてきたヨ」
大きな口でニカッと笑う。
「アタシの名前はジェシカ」
「僕はリョーマ」
がっしりと手を握る。痛いほど強く握ってきたその手が、明るい声とは裏腹に少し震えているのをリョーマは感じた。そして2人は大慌てで準備を始めた。すでにふもとの敵の野営地から煙が上がっており、敵が動き出したのは分かっていた。遭遇までに予想される時間を考えると、竜撃砲の使い方を習うにもぎりぎりだった。
それがほんの数時間前のことだった。
リョーマは我に返った。ゴブリンがやってくる。まだ遠い。弾は1発も無駄にできない。リョーマは、自分のにわか仕込みの腕前ではよほど引きつけないと当たらない、ということが分かっていた。息苦しいほどの緊張の中、近づいてくるゴブリンたちが少しずつ大きく見える。
ジェシカが正面の門を飛び出すのと同時にリョーマは竜撃砲をゴブリンへ向けた!!
ジェシカが身長と変わらぬほどもある巨大な戦斧を振り回し、あっという間に5匹のゴブリンを叩き斬る。リョーマはジェシカを援護することを第一に考え、慎重すぎるほどに狙いを定めた竜撃砲を2匹のゴブリンに命中させた。生き残ったゴブリンたちは死傷者を抱えて後退していく。
「勝った?」
リョーマは逃げていく敵を見ても確信が持てずにいた。砲台にもたれかかる。膝に力が入らない。自分でも驚くほどに緊張していたらしい、と気づく。そんなリョーマの元へとジェシカが一気に城塞を駆けあがってきた。
「リョーマ!」
膝をついているリョーマにジェシカが思い切り抱きついた。ただでさえ女の子に抱きつかれたのは初めての経験だったし、かがんでいるせいで背の高さがほぼ変わらず、顔の位置が近い。しかし、その直後、ジェシカが自慢の腕力で力いっぱいリョーマを抱きしめたせいで、余計な考えは全部吹っ飛んだ。
「痛い痛い痛い!」
その言葉を聞いてか聞かずか、ジェシカは腕を離し目の前のリョーマに笑いかけた。
「なんとかなるもんだネ! ほんと、びっくりだヨ!」
「まあ、次はコボルドたちが来るはずだから喜んでばかりもいられないんだけど……」
あらためて脅威が去ったわけではないことに気づいてしまったリョーマの力無い呟きにジェシカが眉をしかめて吐き捨てるように言った。
「あの銀腐らせどもが来るんだって!? そいつは勘弁ならんネ!」
「銀腐らせ?」
「そうさ! あの汚らわしい役立たずどもときたら!」
憤慨するジェシカの話を整理したところ、どうやらコボルドは触れた銀を腐らせてしまうらしい。山から産出される宝石や鉱石を愛するドワーフたちにとっては、決して許せない相手とのことだ。
「許してやる義理はないさネ」
「でも準備はどうしようか。振り直しか重複配置を伸ばしながら、白兵戦の威力を上げるのも手かな。人数を増やすのが鉄板だとも思うんだけど」
一度見たきりのポストカードのデータを必死に思いだしながら作戦を立てるリョーマの言葉の意味がジェシカにはよく分からなかったが、分からないながらも素直に思ったことを口に出す。
「今からでも頼めば1人くらいなら応援に来てくれると思うヨ。まだ踏みとどまってることを伝えればネ。それに樽爆弾の改良ならアタシでも出来るさネ」
「ジェシカの匠の技もあるし、樽爆弾を使わなくても1人増えれば負ける確率は216分の1か。そうしよう。樽爆弾に回すチェックは無いからそっちは諦めないとだけど」
「よく分からないけど、うん、リョーマの言うとおりでいいヨ」
なんかリョーマの言葉聞いてると力が湧いてくるさネ、とジェシカが浮かべた笑顔に、逆に勇気づけられるリョーマだった。
ジェシカが伝書鳩を送った数日後、1人のドワーフが砦に訪れた。日に良く焼けたその髭面のドワーフはカルガンと名乗った。カルガンは人間がドワーフの城砦にいることよりも、残りのビール樽が3つしかないから飲む分に回す余裕はない、という報告に顔をしかめた。
数日後の夜、コボルドの集団が砦を目指してやってきた。見張りに立っていたカルガンがリョーマとジェシカを呼んだ。空には月明かりしかない夜道は暗闇に溶けており、リョーマにはどこにコボルドがいるのかさっぱり分からなかった。
「これだから人間ときたら」
呆れた様子のカルガンに対し、ジェシカがどこか申し訳なさそうに説明をする。
「アタシたちは鉱山生活が長いからネ。暗闇でも目が利くのサ」
正面からうって出るというカルガンに念のためビール樽を2つ渡す。ジェシカはカルガンのあとに続き、リョーマはまた竜撃砲の係を受け持った。幸い、夜は砦の正面にかがり火を焚いている。リョーマのためでもあるし、妖魔たちは火が苦手ということもある。
近づいてきたコボルドたちがかがり火に照らされる。それを合図に2人のドワーフは雄叫びとともに正門から飛び出し、その2人の叫びに呼応するようにコボルドたちが襲いかかってきた!!
多少数が多いとはいえ、コボルドの強さはゴブリンと大差がない。さらに人数の増強もあったことで3人はあっさりとコボルドの撃退に成功した。ドワーフたちが白兵戦で6匹のコボルドを軽々と蹴散らす間に、リョーマが竜撃砲で逃げまどう2匹のコボルドを仕留めた。大勢が決した時点でコボルドたちは死傷者を抱えて去っていった。
先日の戦いよりは余裕があったとはいえ初めての夜間戦闘に疲れを隠せず、床に座り込んで砲台にもたれかかるリョーマに、またしても駆けあがってきたジェシカが飛びつく。
「すごいヨ、リョーマ! お見事だヨ!」
すぐ近くにあるジェシカの顔にドキドキしていたリョーマは、遅れて上がってきたカルガンの「大勝、大勝。これでビールを数樽かっくらえたら最高なんじゃがなあ」という悔しそうな呟きを聞いて慌てた。
「だ、ダメだよ! 樽爆弾の分もギリギリの数しかないんだ!」
「はあ……分かっとるわい。ドワーフより冗談を解さぬヤツなぞ初めて見たわ」
呆れた様子のカルガンにジェシカが笑った。つられてリョーマも笑う。次の襲撃に備えないといけないことは分かっていたが、その一瞬だけはジェシカの笑顔に救われていた。
「次は確かオークが来るはずだけど、どうしようか」
砦の1階にある広間で、3人は干し肉と茹でた芋の簡単な食事をとりながら次の戦闘に向けて作戦会議を行っていた。リョーマの倍のペースで次々と食料と水を流し込んでいく2人のドワーフが、心配そうなリョーマの言葉に平然と頷いた。
「まあコボルドどもがやられたとなりゃ、オークが出張ってくるじゃろなあ」
「コボルドなんて所詮はオークの使いっぱしりだもんネ」
カルガンの言葉にジェシカがうんうんと同意する。単純にゲームのデータで次に来る敵を予想していたリョーマは2人の言葉を興味深そうに聞いていた。
その後、3人で話し合った結果、もう1人援軍を頼むための伝書鳩を飛ばすことになった。ただ4人目となると頼んですぐに来るというわけにはいかないだろう、というのがカルガンの意見だった。しかし、その上でしつこく依頼するしかないだろう、とも。
依頼の文面作成や伝書鳩の準備以外の時間は訓練に当てられた。カルガンとジェシカが2人で白兵戦などの連携攻撃の練習をする中、リョーマが1つの提案を出した。
これまでは楽勝だったが次からは敵も向こうみずに突き進んでくるばかりではないだろう。だから押すだけではなく引くことも肝要だ、というのがリョーマの案だったが、カルガンは、オークごときに遅れはとらない、と不満そうだった。
「オークごときに対策なんぞドワーフの恥じゃわい」
「でも最初の攻撃がダメだったら、一度引いて体勢を整え直すのも大事だよ」
「戦う前から負けることを考えるのは臆病者の考え方じゃて」
渋い顔をするカルガンの後ろで、黙って戦斧を磨きながら話を聞いていたジェシカが、斧を傍らに置くと静かに口をはさんだ。
「リョーマが言うんだったらアタシはそれでいいヨ」
「なんじゃいなんじゃい、人間の肩なんぞ持ちよってからに」
さらに顔をしかめるカルガンだったが、まあええわ、と首をごきりと鳴らしてから顎鬚をごしごしとしごいた。次の日から、ドワーフたちは連携攻撃の練習と同時に、互いをかばいながら砦まで後退する訓練も始めた。
そしてオークたちがやってきた。
それまでの無秩序なゴブリンやコボルドとは違い、多少なりとも戦列を整えながら近づいてくるオークたちを見たリョーマは、ここまでの準備と作戦は果たして正しかったのだろうか、と一抹の不安を覚えた。
そんな彼の不安をよそにオークたちは構えた武器を振り上げ砦へと押し寄せる。そして正門から斧を構えたカルガンとジェシカがそれを迎え撃つべく飛び出した!!
「なんじゃい、歯ごたえのない」
散り散りになって山のふもとへと逃げていくオークたちを拍子抜けした様子で眺めていたカルガンが呟いた。傍らにいたジェシカはすでに砦へと走り去り、城塞の階段を駆け上がり始めていた。
「リョーマ!」
竜撃砲の出番もないほどの圧勝だったため、初めて立ったままジェシカを出迎えるリョーマにジェシカが飛びつく。避ける間もなく、背後の砲台とジェシカの頭突きに胴体を挟まれたリョーマが、苦悶のうめきをもらす。
「楽勝だったネ! リョーマ!」
「……」
「リョーマ、大丈夫? 顔が青いヨ? なんか悪いもんでも食べたの?」
「……い、いや、大丈夫だけど……なんか楽勝過ぎて僕の出番なかったね」
申し訳なさそうに顔を曇らせるリョーマをジェシカが不思議そうに見上げた。
「みんなが無事ならそれが一番だヨ?」
それもそうだ、と妙な気の遣い方をしてしまったことを反省するリョーマにジェシカがいつもの笑みを向けた。そこへ上がってきたカルガンが、飯にしよう、と2人に声をかけた。
新たなドワーフが砦を訪れたのはオークを撃退した2日後のことだった。
(第2話へ続く)
I Was Game:『ドワーフの城塞』
http://c3ba95dc5fb36b51a14310b783.doorkeeper.jp/events/16376
1回目に遊んだときは普通にクリアに成功。もちろん、ちゃんとポストカードに直接書きこんだ。結果は、確か420点くらいだったはず。やはり500点を狙うとなると1敗も許されないらしい。それを踏まえた上での2回目をプレイしながら書いているのが以下。
《ドワーフの城塞攻防記》 第1話:リョーマとジェシカ
岩山の壁面から削り出したかのようなその城塞は、東の辺境に広がる妖魔の国と西のドワーフの国とを隔てる竜骨山脈(りゅうこつさんみゃく)の中腹にあった。巨大な角石をドワーフの精緻な技術で隙間なく積み上げたそれは、岩壁に背中をつけて座り込んだ頑健で無口なドワーフそのものを思わせる威圧感をもって山脈のすそ野を睥睨していた。
城塞の壁面の中ほどは見張り台となっており、そこに設置された砲台は砦へ登ってくる荒い山道へと向けられている。その方角は東の辺境、ドワーフたちと敵対する妖魔の国のある方角でもある。
その砲台の後ろでは、常伏高校の学生服に身を包んだリョーマが緊張に身を固くしていた。晴れた秋の青空の下に見えるのは、ふもとに広がるうっそうと茂った森とそこから砦に向かって伸びる山道、そしてその道を上がってくるゴブリンたちだった。子供ほどの背丈しかないとはいえ、灰色の肌と短い角を持つ異形の小鬼は、見ると聞くとでは大違いだった。
「本当に来たよ……まあ、やるしかないんだけど」
自分に言い聞かせるようにそう呟く。怖がっている場合でないことはよく分かっていた。リョーマは少なくとも堅牢な城塞の中にいられたが、唯一の仲間であるドワーフはたった1人で正門から白兵戦を挑む手はずになっているのだ。リョーマは重苦しさを振り払おうと、そのただ1人の仲間のドワーフであるジェシカのことを、そして彼女と出会った瞬間を思い出していた。
「ここで何をしてるのさネ」
飾り気のない石造りの部屋に備え付けられたベッドの1つで目を覚ましたリョーマは、状況を把握する暇もないうちに部屋の入口から入ってきた小柄な人影に声をかけられた。
「誰?」
「それはこっちのセリフさネ」
呆れたように片手を腰に当ててリョーマを眺める相手は、リョーマの胸元くらいの背丈の小柄な、しかし頑丈そうな体つきの女の子だった。落ち着き具合や声からすると、背は低いが年の頃はリョーマと同じくらいのように思われた。固そうな髪の毛を2つの短いお下げにギュッと束ねている。大きな目は怪訝そうにリョーマに向けられたおり、どこか幼さを感じさせる大きな口はへの字を描いていた。
しかし何よりリョーマの目を引いたのは、その顔でも髪でもなく、また彼女が身に付けていた簡素な革の鎧でもなかった。腰に当てていないほうの片手で軽々と肩に担いでいる巨大な戦斧から目が離せなかった。雨戸が開かれた窓から差し込む日光が刃に跳ね返る。
「斧だ」
「どうしたのサ。まさか初めて斧を見たわけでもあるまいし」
初めてだよ、とリョーマは思った。何しろ、東京生まれの東京育ち、ほんの数カ月前に市立の高校に入学したばかりの都会っ子だ。そして、ついさっきまでその高校のボードゲーム部の部室にいたはずなのだ。そうだ、とリョーマは必死に記憶を掘り起こした。
(部室で先輩がゲームマーケットで入手したとかなんとか言ってた「ドワーフの城塞」が置いてあったんだ。ルールを一通り読んで、裏面のデータをチェックしてたんだよな。それで……なんか気が遠くなって……どうしたんだっけ、高いところから落ちるような……いや、吸い込まれるような変な感じが……)
「誰だか知らないけど運がなかったネ」
リョーマの思考を中断させたのは少女の声だった。
「もうすぐここにゴブリンどもがやってくるってのにこの砦に残ってるのはアタシ1人だし、残ってる樽は3つきりだし、竜撃砲も調整が終わってなくて通常弾しか撃てやしない」
リョーマはポストカードを思い出す。ざっと目を通した裏面の情報を必死に脳裏に思い浮かべた。なおも自嘲気味に続けられている相手の言葉をさえぎった。
「まったくサ、こんな状態で勝ち目なんて……」
「……半々だ」
確信満ちたリョーマの言葉に少女が目を丸くする。
「え?」
「君1人なら勝ち目は半々だ」
「随分とアタシの腕を買ってるみたいだけど、相手できるゴブリンは良くて6匹までサ」
「ビール樽は3つあるって言ってたよね。今からでも樽爆弾を作れば間に合うはずだ」
「ああ、そっか! え、でもなんでアンタが樽爆弾のことを知ってるのサ!?」
鉱山を掘り進めることを生きがいとしているドワーフたちは人間より爆薬の扱いも長けており、おのずと銃器や大砲といった火器技術の発達も進むこととなった。その中でも樽のビールにドワーフ秘伝の薬を混ぜて作成される樽爆弾は、秘中の秘とされていた。
「なんでもいい、もうすぐ来るんだろ、準備をしよう。僕が竜撃砲を受け持つよ」
「竜撃砲も知ってるの!?」
「使い方は知らないから教えてもらう必要があるけど」
1人なら勝利の確率は半々。それもビール樽を消費しつくしてのこと。しかし2人なら勝利は約束されたようなものだ。あとはいかに樽の消費を抑えられるか。
「なんか妙に自信あるみたいだけど」
「大丈夫、2人なら絶対に勝てる」
自分でも不思議なんだけど、と少女が苦笑した。
「なんかアンタを見てたらいけそうな気がしてきたヨ」
大きな口でニカッと笑う。
「アタシの名前はジェシカ」
「僕はリョーマ」
がっしりと手を握る。痛いほど強く握ってきたその手が、明るい声とは裏腹に少し震えているのをリョーマは感じた。そして2人は大慌てで準備を始めた。すでにふもとの敵の野営地から煙が上がっており、敵が動き出したのは分かっていた。遭遇までに予想される時間を考えると、竜撃砲の使い方を習うにもぎりぎりだった。
それがほんの数時間前のことだった。
リョーマは我に返った。ゴブリンがやってくる。まだ遠い。弾は1発も無駄にできない。リョーマは、自分のにわか仕込みの腕前ではよほど引きつけないと当たらない、ということが分かっていた。息苦しいほどの緊張の中、近づいてくるゴブリンたちが少しずつ大きく見える。
ジェシカが正面の門を飛び出すのと同時にリョーマは竜撃砲をゴブリンへ向けた!!
サイコロの出目は【2】【5】。
【5】を白兵戦に、【2】を竜撃砲に設置。
ダメージの合計はちょうど【7】となる。
ジェシカが身長と変わらぬほどもある巨大な戦斧を振り回し、あっという間に5匹のゴブリンを叩き斬る。リョーマはジェシカを援護することを第一に考え、慎重すぎるほどに狙いを定めた竜撃砲を2匹のゴブリンに命中させた。生き残ったゴブリンたちは死傷者を抱えて後退していく。
「勝った?」
リョーマは逃げていく敵を見ても確信が持てずにいた。砲台にもたれかかる。膝に力が入らない。自分でも驚くほどに緊張していたらしい、と気づく。そんなリョーマの元へとジェシカが一気に城塞を駆けあがってきた。
「リョーマ!」
膝をついているリョーマにジェシカが思い切り抱きついた。ただでさえ女の子に抱きつかれたのは初めての経験だったし、かがんでいるせいで背の高さがほぼ変わらず、顔の位置が近い。しかし、その直後、ジェシカが自慢の腕力で力いっぱいリョーマを抱きしめたせいで、余計な考えは全部吹っ飛んだ。
「痛い痛い痛い!」
その言葉を聞いてか聞かずか、ジェシカは腕を離し目の前のリョーマに笑いかけた。
「なんとかなるもんだネ! ほんと、びっくりだヨ!」
「まあ、次はコボルドたちが来るはずだから喜んでばかりもいられないんだけど……」
あらためて脅威が去ったわけではないことに気づいてしまったリョーマの力無い呟きにジェシカが眉をしかめて吐き捨てるように言った。
「あの銀腐らせどもが来るんだって!? そいつは勘弁ならんネ!」
「銀腐らせ?」
「そうさ! あの汚らわしい役立たずどもときたら!」
憤慨するジェシカの話を整理したところ、どうやらコボルドは触れた銀を腐らせてしまうらしい。山から産出される宝石や鉱石を愛するドワーフたちにとっては、決して許せない相手とのことだ。
「許してやる義理はないさネ」
「でも準備はどうしようか。振り直しか重複配置を伸ばしながら、白兵戦の威力を上げるのも手かな。人数を増やすのが鉄板だとも思うんだけど」
一度見たきりのポストカードのデータを必死に思いだしながら作戦を立てるリョーマの言葉の意味がジェシカにはよく分からなかったが、分からないながらも素直に思ったことを口に出す。
「今からでも頼めば1人くらいなら応援に来てくれると思うヨ。まだ踏みとどまってることを伝えればネ。それに樽爆弾の改良ならアタシでも出来るさネ」
「ジェシカの匠の技もあるし、樽爆弾を使わなくても1人増えれば負ける確率は216分の1か。そうしよう。樽爆弾に回すチェックは無いからそっちは諦めないとだけど」
「よく分からないけど、うん、リョーマの言うとおりでいいヨ」
なんかリョーマの言葉聞いてると力が湧いてくるさネ、とジェシカが浮かべた笑顔に、逆に勇気づけられるリョーマだった。
ジェシカが伝書鳩を送った数日後、1人のドワーフが砦に訪れた。日に良く焼けたその髭面のドワーフはカルガンと名乗った。カルガンは人間がドワーフの城砦にいることよりも、残りのビール樽が3つしかないから飲む分に回す余裕はない、という報告に顔をしかめた。
数日後の夜、コボルドの集団が砦を目指してやってきた。見張りに立っていたカルガンがリョーマとジェシカを呼んだ。空には月明かりしかない夜道は暗闇に溶けており、リョーマにはどこにコボルドがいるのかさっぱり分からなかった。
「これだから人間ときたら」
呆れた様子のカルガンに対し、ジェシカがどこか申し訳なさそうに説明をする。
「アタシたちは鉱山生活が長いからネ。暗闇でも目が利くのサ」
正面からうって出るというカルガンに念のためビール樽を2つ渡す。ジェシカはカルガンのあとに続き、リョーマはまた竜撃砲の係を受け持った。幸い、夜は砦の正面にかがり火を焚いている。リョーマのためでもあるし、妖魔たちは火が苦手ということもある。
近づいてきたコボルドたちがかがり火に照らされる。それを合図に2人のドワーフは雄叫びとともに正門から飛び出し、その2人の叫びに呼応するようにコボルドたちが襲いかかってきた!!
サイコロの出目は【2】【4】【6】。
【6】を白兵戦に、【2】を竜撃砲に設置(【4】は未使用)。
ダメージの合計はちょうど【8】となる。
多少数が多いとはいえ、コボルドの強さはゴブリンと大差がない。さらに人数の増強もあったことで3人はあっさりとコボルドの撃退に成功した。ドワーフたちが白兵戦で6匹のコボルドを軽々と蹴散らす間に、リョーマが竜撃砲で逃げまどう2匹のコボルドを仕留めた。大勢が決した時点でコボルドたちは死傷者を抱えて去っていった。
先日の戦いよりは余裕があったとはいえ初めての夜間戦闘に疲れを隠せず、床に座り込んで砲台にもたれかかるリョーマに、またしても駆けあがってきたジェシカが飛びつく。
「すごいヨ、リョーマ! お見事だヨ!」
すぐ近くにあるジェシカの顔にドキドキしていたリョーマは、遅れて上がってきたカルガンの「大勝、大勝。これでビールを数樽かっくらえたら最高なんじゃがなあ」という悔しそうな呟きを聞いて慌てた。
「だ、ダメだよ! 樽爆弾の分もギリギリの数しかないんだ!」
「はあ……分かっとるわい。ドワーフより冗談を解さぬヤツなぞ初めて見たわ」
呆れた様子のカルガンにジェシカが笑った。つられてリョーマも笑う。次の襲撃に備えないといけないことは分かっていたが、その一瞬だけはジェシカの笑顔に救われていた。
「次は確かオークが来るはずだけど、どうしようか」
砦の1階にある広間で、3人は干し肉と茹でた芋の簡単な食事をとりながら次の戦闘に向けて作戦会議を行っていた。リョーマの倍のペースで次々と食料と水を流し込んでいく2人のドワーフが、心配そうなリョーマの言葉に平然と頷いた。
「まあコボルドどもがやられたとなりゃ、オークが出張ってくるじゃろなあ」
「コボルドなんて所詮はオークの使いっぱしりだもんネ」
カルガンの言葉にジェシカがうんうんと同意する。単純にゲームのデータで次に来る敵を予想していたリョーマは2人の言葉を興味深そうに聞いていた。
その後、3人で話し合った結果、もう1人援軍を頼むための伝書鳩を飛ばすことになった。ただ4人目となると頼んですぐに来るというわけにはいかないだろう、というのがカルガンの意見だった。しかし、その上でしつこく依頼するしかないだろう、とも。
依頼の文面作成や伝書鳩の準備以外の時間は訓練に当てられた。カルガンとジェシカが2人で白兵戦などの連携攻撃の練習をする中、リョーマが1つの提案を出した。
これまでは楽勝だったが次からは敵も向こうみずに突き進んでくるばかりではないだろう。だから押すだけではなく引くことも肝要だ、というのがリョーマの案だったが、カルガンは、オークごときに遅れはとらない、と不満そうだった。
「オークごときに対策なんぞドワーフの恥じゃわい」
「でも最初の攻撃がダメだったら、一度引いて体勢を整え直すのも大事だよ」
「戦う前から負けることを考えるのは臆病者の考え方じゃて」
渋い顔をするカルガンの後ろで、黙って戦斧を磨きながら話を聞いていたジェシカが、斧を傍らに置くと静かに口をはさんだ。
「リョーマが言うんだったらアタシはそれでいいヨ」
「なんじゃいなんじゃい、人間の肩なんぞ持ちよってからに」
さらに顔をしかめるカルガンだったが、まあええわ、と首をごきりと鳴らしてから顎鬚をごしごしとしごいた。次の日から、ドワーフたちは連携攻撃の練習と同時に、互いをかばいながら砦まで後退する訓練も始めた。
そしてオークたちがやってきた。
それまでの無秩序なゴブリンやコボルドとは違い、多少なりとも戦列を整えながら近づいてくるオークたちを見たリョーマは、ここまでの準備と作戦は果たして正しかったのだろうか、と一抹の不安を覚えた。
そんな彼の不安をよそにオークたちは構えた武器を振り上げ砦へと押し寄せる。そして正門から斧を構えたカルガンとジェシカがそれを迎え撃つべく飛び出した!!
サイコロの出目は【4】【4】【6】。
【4】と【6】を白兵戦に設置(【4】は未使用)。
ダメージの合計はちょうど【10】となる。
「なんじゃい、歯ごたえのない」
散り散りになって山のふもとへと逃げていくオークたちを拍子抜けした様子で眺めていたカルガンが呟いた。傍らにいたジェシカはすでに砦へと走り去り、城塞の階段を駆け上がり始めていた。
「リョーマ!」
竜撃砲の出番もないほどの圧勝だったため、初めて立ったままジェシカを出迎えるリョーマにジェシカが飛びつく。避ける間もなく、背後の砲台とジェシカの頭突きに胴体を挟まれたリョーマが、苦悶のうめきをもらす。
「楽勝だったネ! リョーマ!」
「……」
「リョーマ、大丈夫? 顔が青いヨ? なんか悪いもんでも食べたの?」
「……い、いや、大丈夫だけど……なんか楽勝過ぎて僕の出番なかったね」
申し訳なさそうに顔を曇らせるリョーマをジェシカが不思議そうに見上げた。
「みんなが無事ならそれが一番だヨ?」
それもそうだ、と妙な気の遣い方をしてしまったことを反省するリョーマにジェシカがいつもの笑みを向けた。そこへ上がってきたカルガンが、飯にしよう、と2人に声をかけた。
新たなドワーフが砦を訪れたのはオークを撃退した2日後のことだった。
(第2話へ続く)
《ドワーフの城塞攻防記》 第2話:竜鱗甲と勝利の確率
http://regiant.diarynote.jp/201412050218092594/
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