《ドワーフの城塞攻防記》 第2話:竜鱗甲と勝利の確率
2014年11月15日 ドワーフの城塞 ゲームマーケットで買って来たポストカード1枚しかコンポーネントがない(!)1人用ゲーム「ドワーフの城塞」が面白いので、紹介がてら短編を書き出してみたら思いのほか長くなってしまったので、複数回に分けてみた、というのが事の次第。以下が公式の販促(?)ページ。
I Was Game:『ドワーフの城塞』
http://c3ba95dc5fb36b51a14310b783.doorkeeper.jp/events/16376
以下が第1話目。戦ったのはゴブリンからオークまで。
《ドワーフの城塞攻防記》 第1話:リョーマとジェシカ
http://regiant.diarynote.jp/201412041447355994/
ルールが間違ってないかちょっと不安だけど、今のところ大丈夫そう。さて主人公たちはこのまま無敗で駆け抜けることが出来るのか。それはリョーマの戦術眼と、プレイヤーのダイス目にかかっている(どっちかというと後者)。
《ドワーフの城塞攻防記》 第2話:竜鱗甲と勝利の確率
「何度でも言ってやる。おかしいのは貴様らのほうだ」
新しく来たドワーフのリンデルは吐き捨てるようにそう言い残し、背丈より長い槍斧を持って食堂をあとにした。扉を閉める直前、その冷たい視線がリョーマを貫く。その様子を見て髭をしごきながらカルガンが苦笑した。
「若いのう」
「気にすることないさネ、リョーマ! ファイトだヨ!」
椅子に座りこんだまま固まっているリョーマの傍らにジェシカが駆け寄り、両手を強く握り締めつつリョーマを励ました。それに対し弱々しい笑みを返したリョーマは静かに立ち上がると、少し1人にさせて欲しい、と2階の個室へと上がっていった。
ジェシカは不安そうにそれを見送ったが、最後に「ファイトだヨ! リョーマ!」と2つの握り拳を振り回した。リョーマからの返事はなかった。
冬の訪れを間近に感じさせる冷たい風が吹く山道をやってきたドワーフは、まだ若々しさを感じさせる風貌だった。短く刈り込まれた髭も年相応に薄茶色だ。しかしその視線はカルガンに負けずとも劣らないほどの経験を積んできたことを感じさせる強さがあった。
自分が4人目と聞かされていたリンデルは先任の中に人間の姿を見つけるとあからさまな疑いの目を向けた。さらにその素性を聞き及ぶにつれて呆れと怒りの入り混じった表情をすでに砦にいた2人のドワーフに向けた。
「どこからともなく砦の中に現れて、人間のくせに樽爆弾や竜撃砲に通じていて、自分の過去も目的も話せないなんて奴に、砦の中を自由に歩き回らさせている貴様らは異常だ。常識で考えろ。俺だって何も殺せとまでは言っていない。少なくとも身柄を拘束しろと言ってるんだ」
「常識で考えるのはアンタのほうさネ! リョーマはアタシを助けてくれたんヨ! アタシたちを見捨てるつもりなら最初からそうすれば良かったのにサ!」
「だから言ってるだろう。この砦を乗っ取るのが目的ならそうしてたはずだ。つまりこいつの目的が砦を乗っ取るだけじゃない、それが分かっただけだろう。こいつを疑わなくてもいいということにはならない」
「この分からず屋! 次の戦闘で見てるがいいサ! リョーマの参謀っぷりをネ!」
「そいつの次の戦闘とやらが深夜に俺たちの首を跳ねる作業じゃなきゃいいがな」
ジェシカとリンデルの言い争いはただひたすらに平行線を辿り、そして最後にリンデルが部屋を出て行くまで続いた。
リョーマも立ち去った食堂で、歓迎のためと盛大に茹でてつぶしておいた芋の山を、ジェシカが怒りに任せて口に運びながら叫ぶ。
「信じられないネ! (もぐもぐ) ドワーフの中でも断トツの石頭だヨ! (もぐもぐ) アイツの頭を芋みたいに茹でてやれば良かったサ!」
「食うかしゃべるか、どっちかにせんか。大体、茹であがってるのはお前の頭じゃろ」
新たな芋の山を皿に盛り付けるたびにひょこひょこと揺れるジェシカのお下げを見ながら、カルガンが呆れたように溜息をつく。そして不安そうに2階のリョーマの部屋がある方角を見上げた。彼としてはリンデルよりもリョーマの方が心配だった。
リョーマは部屋でベッドに腰を下ろすときつく目を閉じた。そしてここ最近、ずっと呪文のように自身に対して言い聞かせている言葉を繰り返す。
「思い出せ……思い出すんだ……!」
リョーマは、リンデルが砦に訪れたとき、不意に気づいたことがあった。4人からさらに仲間を増やす条件が思い出せない。それだけではなく、オークの次に訪れるであろう敵とその強さもだ。一度軽く目を通しただけの「ドワーフの城塞」の情報を使い切ってしまった。ゴブリンとコボルドとオークの強さ、チェックを割り振っていない各スキルの強さ、そして4人目まで増やす条件が彼の知識の限界だった。
「見たはずだろ……思い出せるはず……!」
実のところ、食堂での騒ぎの中、リンデルの言葉は鋭かったがむしろ納得のいくものだった。むしろ強く彼の心に突き刺さったのは、彼のためを思って放たれたはずのジェシカの言葉だった。
『次の戦闘で見てるがいいサ! リョーマの参謀っぷりをネ!』
リンデルの疑念を晴らすためにも、そして何よりジェシカの信頼に応えるためにリョーマは誰よりもこの先を知らなければならなかった。しかし固く目をつぶり、ひたすらに思いだそうとする先は、コボルドの襲撃があった夜のように真っ暗だった。
リョーマは小さなノックの音に顔を上げた。知らぬ間に顔を覆っていた両手は汗で濡れている。服の裾で乱暴に拭うと、深呼吸で息を整えてから、どうぞ、とつとめて冷静な声を出した。
部屋に入ってきたのはジェシカだった。固い笑顔を浮かべつつ、ためらいがちに部屋に入ってくると、リョーマの座るベッドに少し離れて腰掛けた。
「いやー、なんだネ。ドワーフってのは、ホント、石頭で困るさネ」
無理やり声を出しているのが丸分かりだった。リョーマはその気遣いが苦しかったが、同じく無理やり笑みを浮かべて言葉を返した。
「気にしてないよ。むしろジェシカたちが優し過ぎるんだよ」
「そんなことないサ。だってリョーマはアタシを助けてくれたんだヨ」
「最初だけだよ。あとはカルガンとジェシカだけでも何とかなったさ」
「そんなことないさネ!」
自嘲気味なリョーマの言葉に潜むトゲに気づかず、ジェシカはリョーマに向き直った。顔を上げないままのリョーマにジェシカは拳をぐっと胸元に作った。
「全部リョーマのおかげだヨ! 大丈夫、次の戦闘でもきっとリョーマの作戦が役に立つサ! そしたらあのリンデルの石頭も……」
「僕の知識なんて頼りにするなよ!」
不意に叫んだリョーマの言葉にびくっとジェシカが身をすくませる。目を見開くジェシカに関を切ったように流れ出すリョーマの言葉が降りかかる。
「いい加減にしてくれ! 君たちは戦士なんだろ! 僕みたいな素人を頼りにするなんて恥知らずもいいところだよ、自分の力でなんとかしろよ!」
「リョーマ?」
「僕に出来ることなんて何もない! いてもいなくても何も変わらないよ!」
叫び終わるとリョーマは頭を抱えた。自分の言葉に押しつぶされそうだった。ジェシカはそんなリョーマに伸ばしかけた手を引っ込めた。静かに立ち上がり部屋を後にする。
見張り台からカルガンの「来たぞ!」という怒鳴り声が響いたのはそれからわずか1時間後のことだった。
「カルガン、敵は」
見張り台に飛び込んできたリンデルは、空一面を覆う灰色の雲をにらみつけているカルガンに尋ねた。それに対し、顔をしかめながらカルガンが髭をごしごしと手の甲でこすりながら敵の名を答える。
「おそらくドラゴンパピーじゃ。背中の鱗には色々と使い道があるんじゃが、そこだけ上手いこと傷つけずに倒すのは至難の業じゃな……そもそもその余裕が今のワシらにあるかどうか。オークどもとは比べもんにならんわ」
「竜の鱗……そうか、竜鱗甲(ドラゴンスケイル)か……!」
さすがのリンデルも目の色が変わる。
竜鱗甲(ドラゴンスケイル)。その軽さと固さはドワーフの鍛え得る最高の金属である魔法白銀(マジックミスリル)に相当し、さらには竜の吐く炎の息吹にも焦げ跡すらつかないにも関わらず、正しい知識さえあれば比較的加工も容易というその幻の素材は、武器防具を身につけるものなら誰しもが夢見るお宝だった。
高ぶる気持ちの一方で、しかしリンデルの戦士としての心は冷静に彼我の戦力差を比べた。予想されるドラゴンパピーの強さの上限と下限、自分たちの白兵戦の攻撃力と樽爆弾の威力の期待値を思い浮かべたリンデルの表情が目の前に広がる空のように曇る。
「手を抜く余裕どころか、そもそもの勝ち目が問題か……3人だと厳しい戦いになるな」
「石頭は算数にも不向きだネ? アンタを入れて4人だヨ」
リンデルが振り向くと入口にはいつの間にか見張り台に到着していたジェシカの姿があった。愛用の戦斧を両手に構えている。そのジェシカの言葉にさすがのリンデルも顔色を変えた。
「まさか貴様はあの人間に竜撃砲を任せるつもりか? 後ろから撃たれたらひとたまりもないぞ!?」
「撃たれなかったら疑惑も晴れようってもんサ」
平然と返すジェシカにカルガンが豪快に笑った。
「うわっはっは! そりゃそうじゃ! ワシは乗ったぞ」
正面から迎え撃つべくカルガンが階下へと姿を消す。信じられないとばかりに首を振るリンデルも後を追う。もっともリンデルは最後に見たリョーマの様子から、この戦闘に顔を出す気力は残っていないだろうという考えがあったのだが。
1人残ったジェシカは、まっすぐ2人を追わずに2階の廊下を別方向へと走った。
「リョーマ! 先に行ってるヨ!」
部屋で眠るでもなくベッドに倒れ込んでいたリョーマを外から呼ぶ声がした。返事がないのを気にする風もなく、ジェシカが叫ぶ。
「大丈夫だよ、リョーマ……2人なら絶対に勝てるサ!」
その言葉を最後に足音が遠ざかる。少し茫然としたあと、不意にリョーマは起き上がった。ジェシカの最後の言葉、あれはリョーマが出会ったときにジェシカにかけた言葉だった。
3人のドワーフは正門から表へ出た。ドラゴンパピーはまだ育ち切っていない未熟な翼を休ませるように、曇り空から地面へと降り立った。しかしその直後、空気を震わせた咆哮は、まぎれもなくドラゴンのそれだった。
「アンタだけ竜撃砲に行ってもいいんだヨ?」
「馬鹿言うな。連携攻撃(ユニゾンアタック)なしで勝てる相手か」
「退き際だけは見誤らぬよう気をつけるんじゃぞ」
そう2人に声をかけたカルガンの頭に、一度引いて体勢を整え直すのも大事だ、と彼を説得したリョーマの言葉がよみがえり、思わず頬が緩んだそのとき、ドラゴンパピーが強く地面を蹴りつけ突進をしてきた!!
突出したリンデルが目立つ槍斧で敵の注意を引きつけたあと、わざと大きく退いた。振りまわされる形となったドラゴンパピーに向かって、少し遅らせて振るわれるカルガンの斧、さらに再度飛び込んできたリンデルが全く同じタイミングでドラゴンパピーの死角から長大な槍斧を叩きこんだ。
とどめの一撃とばかりにジェシカの巨大な戦斧がドラゴンパピーの背中めがけて振り下ろされそうになったそのとき、何かに気づいたリンデルが叫ぶ。
「外せ! ジェシカ!」
ジェシカが突然の指示にかろうじて刃をそらす。最大の破壊力を持って振り下ろされた斧が深々と地面に突き刺さり、ドラゴンパピーがその衝撃に大きくのけぞる。露わになったその鱗のない白くやわらかい腹に、砦から飛来した砲撃が着弾した。
カルガンが見上げた見張り台には、気力を使い果たした様子で砲台の上に身を預けるリョーマの姿があった。ふむ、と満足げな溜息をもらしつつ、ジェシカの姿を探したカルガンだったが、その相手はすでに地面に突き刺さった斧もそのままに砦へと走っていた。
「リョーマ!」
砲台に身を預けて休んでいたリョーマにいつものようにジェシカが抱きついた。別れ際にジェシカに向かって浴びせた言葉のきまりの悪さに声を出せずにいるリョーマをジェシカが見上げた。
「リョーマ、約束して」
いつになく、まっすぐで真剣な目がリョーマを見ていた。
「いてもいなくても同じだなんて、もう二度と言わないで。2人なら絶対に勝てる、って言ってくれたあの言葉、アタシは一生忘れない。たった1人だったアタシを、たった2人にしてくれたアンタを役立たずなんて誰にも言わせない」
そこまで言って突然恥ずかしくなったらしいジェシカは耳まで赤くすると隠すように顔をリョーマの胸に押し付けた。どうしていいか分からず、両手を宙に浮かせたまま、リョーマは空を見上げた。そして笑顔を浮かべた。
さっきまで曇っていた空の合間にまぶしい青空が見えたからだ。
そして、ほぼ無傷で手に入った竜の鱗に上機嫌のリンデルがしつこいほどにリョーマの砲撃をほめちぎり、その背中を力任せに叩き、逃げ回るリョーマをリンデルが追いまわすのを、ジェシカとカルガンが大笑いしながら見物することになるのは、これから少しあとのことだ。
(第3話へ続く)
I Was Game:『ドワーフの城塞』
http://c3ba95dc5fb36b51a14310b783.doorkeeper.jp/events/16376
以下が第1話目。戦ったのはゴブリンからオークまで。
《ドワーフの城塞攻防記》 第1話:リョーマとジェシカ
http://regiant.diarynote.jp/201412041447355994/
ルールが間違ってないかちょっと不安だけど、今のところ大丈夫そう。さて主人公たちはこのまま無敗で駆け抜けることが出来るのか。それはリョーマの戦術眼と、プレイヤーのダイス目にかかっている(どっちかというと後者)。
《ドワーフの城塞攻防記》 第2話:竜鱗甲と勝利の確率
「何度でも言ってやる。おかしいのは貴様らのほうだ」
新しく来たドワーフのリンデルは吐き捨てるようにそう言い残し、背丈より長い槍斧を持って食堂をあとにした。扉を閉める直前、その冷たい視線がリョーマを貫く。その様子を見て髭をしごきながらカルガンが苦笑した。
「若いのう」
「気にすることないさネ、リョーマ! ファイトだヨ!」
椅子に座りこんだまま固まっているリョーマの傍らにジェシカが駆け寄り、両手を強く握り締めつつリョーマを励ました。それに対し弱々しい笑みを返したリョーマは静かに立ち上がると、少し1人にさせて欲しい、と2階の個室へと上がっていった。
ジェシカは不安そうにそれを見送ったが、最後に「ファイトだヨ! リョーマ!」と2つの握り拳を振り回した。リョーマからの返事はなかった。
冬の訪れを間近に感じさせる冷たい風が吹く山道をやってきたドワーフは、まだ若々しさを感じさせる風貌だった。短く刈り込まれた髭も年相応に薄茶色だ。しかしその視線はカルガンに負けずとも劣らないほどの経験を積んできたことを感じさせる強さがあった。
自分が4人目と聞かされていたリンデルは先任の中に人間の姿を見つけるとあからさまな疑いの目を向けた。さらにその素性を聞き及ぶにつれて呆れと怒りの入り混じった表情をすでに砦にいた2人のドワーフに向けた。
「どこからともなく砦の中に現れて、人間のくせに樽爆弾や竜撃砲に通じていて、自分の過去も目的も話せないなんて奴に、砦の中を自由に歩き回らさせている貴様らは異常だ。常識で考えろ。俺だって何も殺せとまでは言っていない。少なくとも身柄を拘束しろと言ってるんだ」
「常識で考えるのはアンタのほうさネ! リョーマはアタシを助けてくれたんヨ! アタシたちを見捨てるつもりなら最初からそうすれば良かったのにサ!」
「だから言ってるだろう。この砦を乗っ取るのが目的ならそうしてたはずだ。つまりこいつの目的が砦を乗っ取るだけじゃない、それが分かっただけだろう。こいつを疑わなくてもいいということにはならない」
「この分からず屋! 次の戦闘で見てるがいいサ! リョーマの参謀っぷりをネ!」
「そいつの次の戦闘とやらが深夜に俺たちの首を跳ねる作業じゃなきゃいいがな」
ジェシカとリンデルの言い争いはただひたすらに平行線を辿り、そして最後にリンデルが部屋を出て行くまで続いた。
リョーマも立ち去った食堂で、歓迎のためと盛大に茹でてつぶしておいた芋の山を、ジェシカが怒りに任せて口に運びながら叫ぶ。
「信じられないネ! (もぐもぐ) ドワーフの中でも断トツの石頭だヨ! (もぐもぐ) アイツの頭を芋みたいに茹でてやれば良かったサ!」
「食うかしゃべるか、どっちかにせんか。大体、茹であがってるのはお前の頭じゃろ」
新たな芋の山を皿に盛り付けるたびにひょこひょこと揺れるジェシカのお下げを見ながら、カルガンが呆れたように溜息をつく。そして不安そうに2階のリョーマの部屋がある方角を見上げた。彼としてはリンデルよりもリョーマの方が心配だった。
リョーマは部屋でベッドに腰を下ろすときつく目を閉じた。そしてここ最近、ずっと呪文のように自身に対して言い聞かせている言葉を繰り返す。
「思い出せ……思い出すんだ……!」
リョーマは、リンデルが砦に訪れたとき、不意に気づいたことがあった。4人からさらに仲間を増やす条件が思い出せない。それだけではなく、オークの次に訪れるであろう敵とその強さもだ。一度軽く目を通しただけの「ドワーフの城塞」の情報を使い切ってしまった。ゴブリンとコボルドとオークの強さ、チェックを割り振っていない各スキルの強さ、そして4人目まで増やす条件が彼の知識の限界だった。
「見たはずだろ……思い出せるはず……!」
実のところ、食堂での騒ぎの中、リンデルの言葉は鋭かったがむしろ納得のいくものだった。むしろ強く彼の心に突き刺さったのは、彼のためを思って放たれたはずのジェシカの言葉だった。
『次の戦闘で見てるがいいサ! リョーマの参謀っぷりをネ!』
リンデルの疑念を晴らすためにも、そして何よりジェシカの信頼に応えるためにリョーマは誰よりもこの先を知らなければならなかった。しかし固く目をつぶり、ひたすらに思いだそうとする先は、コボルドの襲撃があった夜のように真っ暗だった。
リョーマは小さなノックの音に顔を上げた。知らぬ間に顔を覆っていた両手は汗で濡れている。服の裾で乱暴に拭うと、深呼吸で息を整えてから、どうぞ、とつとめて冷静な声を出した。
部屋に入ってきたのはジェシカだった。固い笑顔を浮かべつつ、ためらいがちに部屋に入ってくると、リョーマの座るベッドに少し離れて腰掛けた。
「いやー、なんだネ。ドワーフってのは、ホント、石頭で困るさネ」
無理やり声を出しているのが丸分かりだった。リョーマはその気遣いが苦しかったが、同じく無理やり笑みを浮かべて言葉を返した。
「気にしてないよ。むしろジェシカたちが優し過ぎるんだよ」
「そんなことないサ。だってリョーマはアタシを助けてくれたんだヨ」
「最初だけだよ。あとはカルガンとジェシカだけでも何とかなったさ」
「そんなことないさネ!」
自嘲気味なリョーマの言葉に潜むトゲに気づかず、ジェシカはリョーマに向き直った。顔を上げないままのリョーマにジェシカは拳をぐっと胸元に作った。
「全部リョーマのおかげだヨ! 大丈夫、次の戦闘でもきっとリョーマの作戦が役に立つサ! そしたらあのリンデルの石頭も……」
「僕の知識なんて頼りにするなよ!」
不意に叫んだリョーマの言葉にびくっとジェシカが身をすくませる。目を見開くジェシカに関を切ったように流れ出すリョーマの言葉が降りかかる。
「いい加減にしてくれ! 君たちは戦士なんだろ! 僕みたいな素人を頼りにするなんて恥知らずもいいところだよ、自分の力でなんとかしろよ!」
「リョーマ?」
「僕に出来ることなんて何もない! いてもいなくても何も変わらないよ!」
叫び終わるとリョーマは頭を抱えた。自分の言葉に押しつぶされそうだった。ジェシカはそんなリョーマに伸ばしかけた手を引っ込めた。静かに立ち上がり部屋を後にする。
見張り台からカルガンの「来たぞ!」という怒鳴り声が響いたのはそれからわずか1時間後のことだった。
「カルガン、敵は」
見張り台に飛び込んできたリンデルは、空一面を覆う灰色の雲をにらみつけているカルガンに尋ねた。それに対し、顔をしかめながらカルガンが髭をごしごしと手の甲でこすりながら敵の名を答える。
「おそらくドラゴンパピーじゃ。背中の鱗には色々と使い道があるんじゃが、そこだけ上手いこと傷つけずに倒すのは至難の業じゃな……そもそもその余裕が今のワシらにあるかどうか。オークどもとは比べもんにならんわ」
「竜の鱗……そうか、竜鱗甲(ドラゴンスケイル)か……!」
さすがのリンデルも目の色が変わる。
竜鱗甲(ドラゴンスケイル)。その軽さと固さはドワーフの鍛え得る最高の金属である魔法白銀(マジックミスリル)に相当し、さらには竜の吐く炎の息吹にも焦げ跡すらつかないにも関わらず、正しい知識さえあれば比較的加工も容易というその幻の素材は、武器防具を身につけるものなら誰しもが夢見るお宝だった。
高ぶる気持ちの一方で、しかしリンデルの戦士としての心は冷静に彼我の戦力差を比べた。予想されるドラゴンパピーの強さの上限と下限、自分たちの白兵戦の攻撃力と樽爆弾の威力の期待値を思い浮かべたリンデルの表情が目の前に広がる空のように曇る。
「手を抜く余裕どころか、そもそもの勝ち目が問題か……3人だと厳しい戦いになるな」
「石頭は算数にも不向きだネ? アンタを入れて4人だヨ」
リンデルが振り向くと入口にはいつの間にか見張り台に到着していたジェシカの姿があった。愛用の戦斧を両手に構えている。そのジェシカの言葉にさすがのリンデルも顔色を変えた。
「まさか貴様はあの人間に竜撃砲を任せるつもりか? 後ろから撃たれたらひとたまりもないぞ!?」
「撃たれなかったら疑惑も晴れようってもんサ」
平然と返すジェシカにカルガンが豪快に笑った。
「うわっはっは! そりゃそうじゃ! ワシは乗ったぞ」
正面から迎え撃つべくカルガンが階下へと姿を消す。信じられないとばかりに首を振るリンデルも後を追う。もっともリンデルは最後に見たリョーマの様子から、この戦闘に顔を出す気力は残っていないだろうという考えがあったのだが。
1人残ったジェシカは、まっすぐ2人を追わずに2階の廊下を別方向へと走った。
「リョーマ! 先に行ってるヨ!」
部屋で眠るでもなくベッドに倒れ込んでいたリョーマを外から呼ぶ声がした。返事がないのを気にする風もなく、ジェシカが叫ぶ。
「大丈夫だよ、リョーマ……2人なら絶対に勝てるサ!」
その言葉を最後に足音が遠ざかる。少し茫然としたあと、不意にリョーマは起き上がった。ジェシカの最後の言葉、あれはリョーマが出会ったときにジェシカにかけた言葉だった。
3人のドワーフは正門から表へ出た。ドラゴンパピーはまだ育ち切っていない未熟な翼を休ませるように、曇り空から地面へと降り立った。しかしその直後、空気を震わせた咆哮は、まぎれもなくドラゴンのそれだった。
「アンタだけ竜撃砲に行ってもいいんだヨ?」
「馬鹿言うな。連携攻撃(ユニゾンアタック)なしで勝てる相手か」
「退き際だけは見誤らぬよう気をつけるんじゃぞ」
そう2人に声をかけたカルガンの頭に、一度引いて体勢を整え直すのも大事だ、と彼を説得したリョーマの言葉がよみがえり、思わず頬が緩んだそのとき、ドラゴンパピーが強く地面を蹴りつけ突進をしてきた!!
ドラゴンパピーの強さは16点で、ちょうどのダメージで倒すことができれば城塞の強化に利用可能な経験値が多めに手に入る……(コロコロ)……っと、サイコロ4個の出目は【1】【2】【4】【6】。このままではどう組み合わせても樽2個以上使わないと16点に届かない。
ここから【2】を振り直した場合を考える。
振り直した出目が【1】のときはユニゾンアタックを使うことで16点ダメージ、振り直した出目が【3】か【5】のときは樽爆弾を1個使うことで16点ダメージ、振り直した出目が【6】のときはユニゾンアタックを使うことで16点ダメージ。樽1個以下の消費で16点になる確率が一番高いのはこれのはず
……(コロコロ)……よし、【1】きた!
【1】と【1】をユニゾンに設置、【4】を竜撃砲に設置(【6】は未使用)、これでダメージの合計はちょうど16点!
突出したリンデルが目立つ槍斧で敵の注意を引きつけたあと、わざと大きく退いた。振りまわされる形となったドラゴンパピーに向かって、少し遅らせて振るわれるカルガンの斧、さらに再度飛び込んできたリンデルが全く同じタイミングでドラゴンパピーの死角から長大な槍斧を叩きこんだ。
とどめの一撃とばかりにジェシカの巨大な戦斧がドラゴンパピーの背中めがけて振り下ろされそうになったそのとき、何かに気づいたリンデルが叫ぶ。
「外せ! ジェシカ!」
ジェシカが突然の指示にかろうじて刃をそらす。最大の破壊力を持って振り下ろされた斧が深々と地面に突き刺さり、ドラゴンパピーがその衝撃に大きくのけぞる。露わになったその鱗のない白くやわらかい腹に、砦から飛来した砲撃が着弾した。
カルガンが見上げた見張り台には、気力を使い果たした様子で砲台の上に身を預けるリョーマの姿があった。ふむ、と満足げな溜息をもらしつつ、ジェシカの姿を探したカルガンだったが、その相手はすでに地面に突き刺さった斧もそのままに砦へと走っていた。
「リョーマ!」
砲台に身を預けて休んでいたリョーマにいつものようにジェシカが抱きついた。別れ際にジェシカに向かって浴びせた言葉のきまりの悪さに声を出せずにいるリョーマをジェシカが見上げた。
「リョーマ、約束して」
いつになく、まっすぐで真剣な目がリョーマを見ていた。
「いてもいなくても同じだなんて、もう二度と言わないで。2人なら絶対に勝てる、って言ってくれたあの言葉、アタシは一生忘れない。たった1人だったアタシを、たった2人にしてくれたアンタを役立たずなんて誰にも言わせない」
そこまで言って突然恥ずかしくなったらしいジェシカは耳まで赤くすると隠すように顔をリョーマの胸に押し付けた。どうしていいか分からず、両手を宙に浮かせたまま、リョーマは空を見上げた。そして笑顔を浮かべた。
さっきまで曇っていた空の合間にまぶしい青空が見えたからだ。
そして、ほぼ無傷で手に入った竜の鱗に上機嫌のリンデルがしつこいほどにリョーマの砲撃をほめちぎり、その背中を力任せに叩き、逃げ回るリョーマをリンデルが追いまわすのを、ジェシカとカルガンが大笑いしながら見物することになるのは、これから少しあとのことだ。
(第3話へ続く)
《ドワーフの城塞攻防記》 第3話:分岐する未来
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