【翻訳】マジック界の伝説ことピーター・シゲティに関する思い出を募集してみた/ PTR Stories Vol.1【SCG】
著者:mixedknuts
2011年09月01日
元記事:https://mixedknuts.wordpress.com/2011/09/01/ptr-stories-vol-1/

 ピーター・シゲティという名(もしくはPTRのほうが通りがいいかもしれないが)を聞いたことのない君のために書いておくと、彼はマジックのコミュニティにおける「伝説」だ。

 ジャッジや主催者たちといった人たちからは「歩く厄災」として見られていた。対戦相手からは桁外れに陽気かつ乱暴な態度で接してくるプレイヤーとして見られていた。そして全ての権威に対しては反逆者として振る舞って見せた人物だ。

 彼は特定の個人に対して特にそういう態度を見せていたというわけでもないし、マジックをしているときだけ特にそうだったわけでもなく、四六時中そんな感じだった。

 ピーターは一部には「悪役(Villain)」として知られていた。それは彼自身の振る舞いや悪行のせいもあったし、彼に対する非常に否定的な記事の数々(これらについてはあらためて紹介したいと考えてる)のせいもあったし、様々な大会で彼が参加者に与え続けた衝撃(原文:endless beats)のせいでもある。

 同時に彼を「英雄(Hero)」として見る人たちもいたし、「道化」として見る人たちもいたし、これまた「エンターテイナー」として見る人たちもいた。ただし、これらの評価は彼の標的にならなかった人たちに限られている。

 今週、ピーターは長い闘病の果てに息を引き取ったとかなんとか。

 いや、ここで「とかなんとか」と言っているのは別に彼の死を軽んじているわけではなくて、信ぴょう性の問題だ。もしこの地球上の全人類の中で、自分の死すらネタにする可能性が高い人物は?、と聞かれたら真っ先に思いつくのはピーターなのだ。

 それは僕だけじゃないはずで、僕が会ったことのある彼の友人たちだって実際の遺体を目の当たりにしないことには本当だと思わないかもしれない。

 これは当時の彼を知っている人なら、誰だって同じだと思う。あの信じられないほどに独創的でひん曲がった性格の彼が何を得意としていたのかを良く知ってる人からすればね。

 マジックの歴史は適切に記録されているとは思えず、特にある期間においてそれは顕著だ。そしてこのピーターという男はその中でも特に記録されるに値するキャラクターだと僕は信じている。

 そこで、もしピーターに関する逸話をご存じであれば教えて欲しい、というお願いを投げかけてみた次第だ。マジックという歴史の中でもこれほどまでに相反する評価を受けてきた人物は珍しい。その功績を讃える意味で、皆からご提供頂けた情報をここに紹介したいと思う。

 なお、上記の依頼は今しばらく有効なので、何かあればぜひメールかフェイスブックを通じて僕に教えて欲しい。

 悪人なのか、英雄なのか、皆の注意をひきつけてやまないピエロなのか、……はたまたあるいは邪悪の化身か。どう受け取るかは君次第だ。

 ピーターのマジック歴に関する口伝は、まずこのジェフ・カニンガムが書いた記事(註)から始める必要がある。これはピーターが公式にマジックから締め出された(出場停止処分を受けた)2005年に書かれたものだ。
(註) この記事
 原文では以下のURLへリンクが張られている。著者のジェフ・カニンガムがどのようにしてピーターと出会ったか、そしてピーターがどのような人物であり、なぜ彼がマジックの出場停止処分を受けるに至ったのかを著者の視点から記している。
 http://www.starcitygames.com/magic/misc/10521_Jeff_Cunninghams_Untold_Legends_Of_The_Million_Dollar_Magic_The_Gathering_Pro_Tour.html

 上記記事の拙訳
 http://regiant.diarynote.jp/201610222314111312/

 これは、かつてStar City Games のトップページに載せた記事のトップバッターだった。これを読んでもらえれば、ピーターが自身のそのイメージを作り上げるのに何年もの月日と労力をかけたことが多少なりとも分かるはずだ。


【 トミー・アシュトン 】 が語るピーター・シゲティ

 2002年の全米選手権でのことだ。僕は会場まで向かうために空港のタクシー乗り場で友人とタクシーを待ってたんだけど、そこにPTRが来たんだ。

 僕らは明らかに見た目がゲーマーだったから、PTRも向かう先が一緒だとすぐわかったらしく「イベント会場まで相乗りしようぜ」ということになった。

 乗車してすぐにPTRは運転手とのおしゃべりを始めた。「もっとスピード出せよ」「罰金なら全額俺が払う」とかなんとか言ったり、運転手が EZPass (註) を登録してなかったせいで料金所のたびに足止めを食らうことに呆れたりしてた。
(註) EZPass
 日本のETCのようなもので有料自動車道を通るときに自動で料金支払いを済ませてくれる米国のサービス。東海岸では EZPass と呼ばれているけど、地域によって呼称が異なるらしい。

 目的地について車を降りるとPTRは僕らの分まで全部1人で支払って、振り向きもせずに行ってしまった。ちなみに僕も友人も乗車中は一言もしゃべらなかった。

 PTRは、2003年に行われたメリーランド州のプロツアー予選にも顔を出してた。このオンスロートブロックのプロツアー予選で、PTRは対戦相手とすごい揉めてて、試合を円滑に進行させるためにジャッジが何度も呼び出されてた。

 最終的にこの試合はPTRの勝利に終わった。そして体面を取り繕うためかそれとも「大人の余裕」を見せるためかは分からないけど、とにかく対戦相手はPTRに試合後の握手を求めてきたんだ。

 PTRは彼を見て、鼻を鳴らし、手のひらに痰を吐きだしてから、その手を相手に差し出した。対戦相手はその手をとり、握手をかわした。PTRはうんざりした様子だったよ。

 ちなみにその同じイベント会場で、僕がストロベリーショートケーキ味のアイスクリームを買ったときのこと。

 ちょうどそのアイスの封を切ったところでPTRが通りがかった。僕が「やあ」と挨拶をしたら、彼は返事のかわりに僕のアイスクリームを(ご丁寧に擬音つきで)一口かじりとるとそのままどっかに行ってしまった。

 そのイベントでのPTRの最終幕はトップ8でのことだ。ちなみにPTRはその直前にジャッジから「次に何かしでかしたら失格(Disqualification)だ」と宣言されてた。

 さて準々決勝のPTRの相手は、《包囲攻撃の司令官/Siege-Gang Commander》のゴブリン・トークンに自身のコスプレ写真を使ってる奴だった(Otakon (註)で撮ったものらしい)。
(註) Otakon
 アメリカで毎年開かれる「オタクのコンベンション」。開催地はこのプロツアー予選と同じメリーランド州。ロスで開かれる西の「Anime Expo」に対して、東の横綱がこの「Otakon」らしい。

 PTRは基本的に黙ったままで試合を進めていった。しかし人の好い対戦相手は彼とアニメの話をしたがった。

 試合が山場を迎えた瞬間、PTRは6枚の土地をタップし、山札の一番上のカードを裏向きのままテーブルに伏せて、「《アクローマの復讐/Akroma’s Vengeance》を唱えるぜ」と相手に告げた。

 そのカードは本当に《アクローマの復讐/Akroma’s Vengeance》だった。

 PTRは試合に負けた。

 メリーランド州で開催されたそれとはまた別のイベントでのことだ。彼はとんでもなく大きな Taco Bell (註) の袋を持って会場に現れたんだ。
(註) Taco Bell
 アメリカの有名ファーストフード店。タコスを売ってる。ついでに付記するとタコスはメキシコのサンドイッチ的な食べ物でキャベツとチリソースと肉が入ってる。パンの部分はパリパリに固いトルティーヤ(トウモロコシの生地)を使う。生地は固いのが基本だと思っていたけど、柔らかい場合もあるみたい(原文では「Soft Tacos」)。

 なんでも、この会場に来る前に Taco Bell のドライブスルーに寄ってきて、そのとき「タコス100個!」と好奇心から言ってみたらしい。

 タコスを大量に抱えて訪れた会場で、PTRは彼の言うことを何か1つでも聞いてくれたプレイヤーに対してタコスを1個ふるまってた。

 当時、PTRは僕のことを「州選手権チャンピオン」として認識してたらしい。ちょうど僕が《ミラーリの目覚め/Mirari’s Wake》デッキで州選手権を優勝したばかりだったからね(最後まで僕の本名を知らなかったに違いない)。

 僕も「タコス1個くれよ」と頼んでみら、PTRは「PTRこそが本当の州選手権チャンピオンだ、って認めない限りはあげられねーな」と言ってきた。

 そこで僕はそうした。

 さらにPTRは、本当にタコスが欲しいならそこに歩いてる奴にそれを教えてこいよ、と言ってきた。

 そこで僕はそうした。

 PTRは僕にタコスを2個くれた。

 ちなみに会場となった店のオーナーは、それ以来、PTRのことを彼女が今まで出会ったことのあるマジックプレイヤーの中でもっとも優しくて気前の良いプレイヤーだと思い込み続けている。

 彼との思い出はそれくらいかな。

 《焼けつく肉体/Searing Flesh》事件とか《樹木茂る山麓/Wooded Foothills》に《露骨な窃盗/Blatant Thievery》をぶっ放した瞬間とか、ファリッドとやらかしたあれこれとかの現場に居合わせていたらなあ、と心から思うよ。(註)

 彼ほど素晴らしいエピソードを次から次へと生み出してくれたプレイヤーはそうはいない。ただ彼の標的にされた人たちからしてみたら、本当にたまったものではなかっただろうけどね。
(註) あれこれ
 《焼けつく肉体/Searing Flesh》事件は、2003年06月 プロツアー横浜で、PTRがラストターンにとどめの火力をトップデッキできた喜びのあまり大騒ぎをしてゲームロスを食らった事件のこと。《露骨な窃盗/Blatant Thievery》事件については、このあと当事者であるジェシー・ヴァンドーバーが紹介してくれている。ファリッドはおそらくファリッド・メラーニ(Farid Meraghni)のことと思われるが、具体的に彼と何があったのか、もしくは彼とどんなことをしでかしたのかは不明。


【 ステファン・キング 】 が語るピーター・シゲティ

 僕が初めてPTRと出会ったのは13歳のとき、グランプリ・ニュージャージーでのことだ。僕が初めて参加したグランプリでもある。カバレージ記事でしか見聞きしたことのないプロプレイヤーたちがそこら中にいて、すごく興奮したのを覚えてる。

 そんな中でPTRは「Guess Who?」(註) のボードを持ってきてた。ご丁寧にも、全部の顔を有名なマジックのプレイヤーの顔写真に張り替えたやつだ。
(註) Guess Who?
 1対1で遊ぶアメリカの古典ボードゲーム。用意されたたくさんのキャラから、相手に見えないように1人を選び、お互いにそのキャラの顔の特徴を絞り込んでいって、先に相手のキャラを当てたほうが勝ち。
 ゲームボードには全キャラの顔のパネルが立てられるようになっていて「その人はメガネをかけてますか?」「いいえ」と絞り込んだ時点で、メガネをかけていないキャラのパネルを全部倒す(候補から外す)という風に遊ぶ。
 https://www.amazon.co.jp/dp/B00S732WJE

 どうみても「ここに並んでる奴らは全員倒してみせるぜ」という意思表示だった。

 実際にはどうやって使ったかというと、例えばPTRが対戦相手に「お前(の選んだプレイヤー)はデブか? マジで死ぬほどデブか? いやマジで」と尋ねて、相手が「違うよ」と言ったらアラン・カマー(Alan Comer) の写真を倒す、みたいな感じだった。

 対戦相手用にもう1つボードを用意してあったけど、PTRは片方のボードの写真の位置を全部覚えてしまっていたみたいで、常に勝負が公平になるように決まったボードを相手に渡していたようだった。そうしないと相手がどのプレイヤーを選んだかすぐに分かってしまうからだ。

 GPが始まる前にPTRが色んなプレイヤーたちとこのゲームを遊んでいるのを見ていた僕は、ちょうど彼がブライアン・キブラー(Brian Kibler) に圧勝したところで、ちょっと目立ってみたくなってしまった。

 少しは受けがとれるかもしれないと思いつつ「両方のボードのプレイヤーの位置を全部覚えちゃってるんじゃないの?」と声をかけてみたんだ。

 するとPTRは振り向いて、僕をまっすぐねめつけながら「ははっ、ご講義ありがとよ。で?」と返してきた。ジョークが失敗したことを痛いほど悟りながら、僕はすごすごと退散した。

 しかしPTRの僕に対するちょっかいはこれで終わらなかった。彼はどうやら僕についてもっと知りたくなったらしく、色んなプレイヤーたちから僕の情報を集め始めた。たとえば僕が「Barn」かどうかとかを聞きこんでた(この「Barn」が何を意味する隠語なのか、僕はいまだに分からないままだ)。

 この1つ前の週に、僕はチームグランプリ予選の決勝まで歩を進めていた。そのときの決勝戦で対戦相手のチームだったプレイヤーたち(ヒューイ、ブルック、リンデ)もこの日のグランプリに来ていたので、PTRはその3人にも聞き込みをかけていた。

 反応は三者三様で、まずブルックはまったくPTRを相手にしなかった。リンデは「いや、よく知らないな」と返した。ありがたいことにヒューイは「いや、いい奴だよ、あいつは」と答えてくれた。

 そのヒューイの返答のおかげか、GPのあいだ、PTRは僕に優しかった。マッチの合間ごとに調子はどうかと僕に聞いてきたり、僕が何か失敗したと知ると残念がってくれたり、ただその最中にも「インビテーショナルの投票(註)は俺に入れてくれよ」と頼むことは忘れなかった。
(註) インビテーショナル
 かつて開催されていた、人気投票で選ばれたりした特別なプレイヤーのみが参加できる大会。優勝者は実際に刷られることになる本物マジックカード1枚をデザインする権利をもらえる(と言いつつもプレイヤーが提案した通りのカードが刷り上がることはまれで実際は調整後の変わり果てたカードになる)
 通常の構築済みやブースタードラフト以外にも「アンティを賭けて、相手から奪ったカードの価値の総額が高いほうが勝ち」などの珍妙なフォーマットが採用されたりする、お祭り的な大会。

 僕の話の前に紹介されてるトミーの思い出で語られてるPTRの話もほとんど知ってるよ(というかその場にいた)。ただ、なんといっても印象に残っているのはこの初めて会ったときのことだね。


【 モーガン・ダグラス 】 が語るピーター・シゲティ

 1998年にフロリダで開催された全米選手権でのことだ。俺はPTRとジャスティン(註)と一緒にホテルに泊まった。ホテルの部屋をシェアすることに特に抵抗はなかった。IRCを通じてPTRとは知り合いだったからな。
(註) ジャスティン
 原文では以下のURLへリンクが張られている。Wikipediaのジャスティンこと Justin Bonomo の項目(リンク先は英語)
 http://en.wikipedia.org/wiki/Justin_Bonomo

 ただジャスティンはまだ13歳で、ほとんどPTRについて知らなかった。最初の夜、ジャスティンが寝入ってしまったあと、さっそくPTRはジャスティンの髪の毛をジェルで固めて、さらにその体をマジックのカードで覆い尽くした。ミイラみたいにね。

 ジャスティンはそのときは結構キレてたけど、最終的にはPTRの大ファンになったよ。俺らと同じさ。そして、その週末、俺とPTRを含めた10人程度のグループで IHOP (註)に行ったんだ。夕飯を食いにね。
(註) IHOP
 「International House of Pancake」の略で、ファミレスのチェーン店。一度食べに行ったことがあるけど、確かにパンケーキメインの品ぞろえだった。

 50歳くらいのおばちゃん店員が注文を取りに来たとき、彼女に親しげに話しかけてた。いつもみたいにね。

 俺はそのとき、もしかしたらPTRの奴がメニューの端から端まで全部注文するんじゃないか、ってちょっと期待したんだ。何度かやったことがあるんだ。ただ今回は違う方向にぶっとんでた。

 その店には「スマイル印のパンケーキ」ってメニューがあって、要は笑顔マークが刻印されたパンケーキなんだけど、PTRの奴、それを「不機嫌な顔」でコックに作らせろって言い出したんだ。

 ウェイトレスは、たぶんコックはダメって言うわよ、とかなんとか言い出したけど、絶対そうじゃなきゃダメだとPTRは彼女を説き伏せたんだ。ついでに付け合わせのトーストとベーコンをコーンとケチャップに替えさせてた。

 PTRときたら、まったく食べるつもりもないのにこういうことをしやがるんだ。冗談のためだけにね。

 おばちゃん店員は料理を持ってきたあとタバコを吸いに行った。PTRはそのあとを追って、IHOPの喫煙所で彼女と楽しそうにくっちゃべってた。5分くらいかな。何を話してたのかは知らないけど随分と盛り上がってたよ。

 タバコを吸いながら戻ってきたPTRは、コックに無理に作らせた「不機嫌顔」のパンケーキでたばこの火を消して、それで夕食はお開きになった。

 PTRに関しちゃ他にも色んな話を聞いてるけど、他の人のほうが上手く語れるかもな。たとえばレストランで全メニューを注文した話はもう聞いたことあるかな? しかもこれをやったのは1回や2回じゃない。

 それ以外だと日本に行ったときか。PTRがマクドナルドに行って、フルーツポンチで一杯のコップを手に店員たちを睨み付けながら、それをわざとこぼしたんだ。怯える店員たちをしり目に、彼はこぼれたフルーツポンチをコップに戻すと人差し指を突っ込んで抜いたり差したりし始めた。店員たちが彼をつまみ出すまでね。

 他にも Cave Story事件の話とか、Blatant Thievery事件の話とか……ああ、そうそう、PTRが誰か2人と組んでディーラー相手に3対1のドラフトをしてて……参加してたプレイヤーたちは誰だったっけな。詳しい名前は忘れたけどBenS と Huey だった気がする。まあ、何にせよ、そのときPTRは《アトガトグ/Atogatog》を使ってわざと試合に負けようとしてた。

 他に何かあったかな……そうだな、《焼けつく肉体/Searing Flesh》事件について話そうか。運がいいことに2003年のプロツアー横浜で起きたあの《焼けつく肉体/Searing Flesh》事件のとき、俺はその場にいたんだ。

 プロツアーの最後のラウンドのことだ。PTRは日本人プレイヤーとトップ32に入れるかどうかが決まる試合をプレイしてた。その横で若いジャッジが1人、試合を見てた。他の試合はほとんど終わってた。

 PTRの格好はいつも通りだった。サイズがぴったりのジッパー付きのスウェットを上に着て、どうみてもサイズが大きすぎるスウェットをはいてた。

 そして、そのターンのカードを引いた途端、いきなり座ってた椅子を2メートルくらい後ろに吹っ飛ばしながら立ち上がったんだ。さらに足を上げながらカードを振りかざし、相手によく見えるようにカードで尻を拭くしぐさを何度か見せた。

 そして、これでも食らいな!、と叫びながらそのカードを相手の目の前に叩きつけてた。相手プレイヤーはいたたまれなさに頭を抱えてたよ。

 PTRはマッチ用紙にサインしてそれをジャッジと相手プレイヤーに向かって放り投げると、その場を後にした。なんでかは分からないけどとりあえずジャッジはこの行為を「非スポーツマンシップ的行為」とは思わなかったらしくて、試合終了の手続きはそのまま進められた。

 結果が出て、PTRはトップ32の座をものにした。

 だけどそのあと何が起きたかを知ったヘッドジャッジが後追いでPTRにマッチロスを宣告して、相手だった日本人プレイヤーがそのかわりにトップ32に滑り込んだって次第さ。この裁定がなかったら、そのときのPTRの相手プレイヤーだった横須賀智裕(Yokosuka Tomohiro)は次のプロツアー(註)に参加することできなかっただろうし、そこでトップ8に入ることもなかっただろうね。
(註) 次のプロツアー
 2003年のプロツアーニューオーリンズ。PTRはこのプロツアーにも参加しており横須賀智裕と再戦している。その際のカバレージが公式に残っており、そこでもこの《焼けつく肉体/Searing Flesh》事件について触れられている。
 https://magic.wizards.com/en/articles/archive/event-coverage/%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%89-9-2003-11-01-0

【 アレックス・ボルテス 】 が語るピーター・シゲティ

 PTRは僕の一番の親友だった。何年ものあいだね。すでに誰かが書いてたけど、プロツアーにPTRが「Guess Who」を持ってきた件も覚えてるよ。懐かしいな。あれは僕と一緒に作ったんだ。

 確かグランプリ・ニュージャージーに向かう前、コロンブスで一週間ほど過ごしてたときだ。何時間も車でコロンブス中を移動しながら「Guess Who」が売ってる場所を探したんだよね。最終的にはトイザらスで見つけたはずさ。

 PTRがそこのレジの女の子に声をかけてたなあ。可愛い子だった。彼女は、僕らみたいな年齢の連中がどうして「Guess Who」なんて欲しがるんだろう、って不思議がってたよ。PTRはPTRで、俺たちはこれから世界で最高のゲームを遊びに行くってのに君が見に来られないのは残念だ、とかなんとか言ってた。

 ようやっと材料となるゲームを手に入れたあと、僕らはチャーリー・ステーキって店で夕飯を食った。PTRはいつも「この店がなかったらコロンブスなんて来ねえよ」って言ってたなあ。

 僕らは一晩中にわたって熱い議論を繰り広げた。もちろん僕らバージョンの「Guess Who」に加えるべき人選についてだ。候補は、有名プロツアープレイヤーと僕らの友人。

 PTRがこだわった点は、とにかくバラエティに富んだ人選にすることだった。そうすれば、特定の人物を持ち上げたり馬鹿にしたりすることがもっと派手にできるし、見てる友人たちも楽しんでくれるはずだ、と彼は考えたんだ。

 僕らはネットのサイドボード(註)の過去記事を漁って、お目当てのプレイヤーをゲームに使うためにぴったりの写真を探した。
(註) サイドボード
 マジックザギャザリング公式サイトのかつての名称で、正しくは「Sideboard Online」。元々は紙媒体の雑誌「Sideboard」があった。
 日本語版「Sideboard Online Japan」もあったが更新が途切れがちだったため、某所巨大掲示板にそれに対する不平不満を書き連ねるスレッドが立ち、さらに有志が自分たちで勝手に翻訳をするようになり……という話は長くなるので割愛。ここら辺の経緯は、いつか調べて書き残したい。

 プリントアウトして、切り抜いて、貼り付けて……そんな作業を何時間もかけてようやく完成した。正直、こんなに手間のかかる作品になるとは思ってもみなかった。

 でも僕らは完成品の出来栄えに満足してた。とってもね。グランプリに持っていくのが待ち遠しかった。これを見たプレイヤーたちの反応が楽しみでしょうがなかった。

 PTRが君に絡んでくるとき、それ自体がある種の賛辞だ。彼はマジックとは人と人との出会いそのものだと信じてた。ただ遊んで終わりのゲームじゃなくてね。

 PTRが君にとんでもないあだ名をつけるときも、君の服装にケチをつけるときも……それは彼が君を認めた瞬間であり、また彼の世界に加えるだけの価値がある人間だと迎え入れてくれた瞬間でもあったんだ。

 実はいまだに例の「Guess Who」は僕の手元にある。ときおりは取り出して、当時から続く古い友人と遊んだりもしてる。ボード上に並んでるプレイヤーたちを知らない人たちも随分と増えてきた。

 変な気持ちだよ。「え? ソル=マルカを知らないだって?」とか「アレックス=シュヴァルツマンって名前を聞いたことがないだって?」ってな具合さ。

 そして僕は、そのプレイヤーが誰なのか、なんでそのプレイヤーが加えるだけの価値があると僕らが思ったか、を語って聞かせるんだ。

 一度も見たことがない皆のために写真(註)をいくつかあげておくよ。これがその「Guess Who」だ。今までも大切にしてきたけど、これからはまた違う意味で大事にしたいと思う。
(註) 写真
 原文には写真が2枚アップされてる。以下がそのうちの1枚。
 https://mixedknuts.files.wordpress.com/2011/09/pt_guess_who2.jpg

 PTRがプロツアーでしでかしてきたあれやこれやのうち、意外と知られてないことがある。それは「実は彼が実際になかなか腕の立つマジックプレイヤーであった」ってこと、そしてどの試合も本気で勝ちを狙って挑んでたってことだ。

 あのころ四六時中つるんでた連中もみんな、マジックに本気だった。自分たちのマジックの腕前を誇りに思っていた。僕らにとってマジックはそれだけ重要な位置を占めてたからだ。

 そしてPTRも仲間に「雑魚」だとは思われたくなかった。

 だから試合で重要な局面になったら、そりゃPTRだってやっぱり緊張してたさ。無様な真似をさらしたくなかっただろうからね。特に彼の場合、何かミスをしたら指摘してやろうと見張ってる奴らがハイエナのごとく大量にいたわけだし。

 とはいえ、もし試合に勝ったら、勝利の美酒の味を高めるためにPTRは大喜びで君を煽ってきただろうけどさ。

 僕は自分の試合が早く終わったときは必ずといっていいほどPTRの試合を観戦しに行ってた。そして観戦していると、たまにPTRがすごく厳しい局面をとんでもなく上手いプレイングで乗り切って勝利したりしてた。

 でもそういうとき限って、なぜかいつもみたいにド派手な……ファンファーレ的な何かをぶち上げずに、さっさとその場を立ち去ってしまうことがあった。

 僕は不思議だった。「たった今、相手を見事にへこませてやったんだぜ? どうしたってんだ? 勝利の雄たけびを部屋中に響かせないのかい?」ってさ。奇妙なことに、世界クラスのプレイを成功させたときほど、PTRは逆に謙虚な態度を見せてた気がする。自慢げに吹聴して回ったりせずにね。

 最後はプロツアー・ニューオーリンズでPTRがしでかしたイタズラの話だ。

 僕らは宿泊先のホテルに到着して、とりあえず他のプレイヤーたちと集まろうか、ということになった。最上階あたりにあったロビーみたいな場所に集合した。

 マイク=チュリアンがちょっと酔っ払ってたのを覚えてる。そんな彼を見たことなかったので印象に残ってるのかな。まあ彼に限らず、たくさんのプロプレイヤーたちが、なんらかの形で羽目を外してた。

 PTRはでっかい葉巻をくわえて練り歩いてたよ。当時、彼みたいになりたいと願っていた僕ももちろん葉巻をくわえてた。

 その最上階のロビーにはマネードラフトができるように長いテーブルが用意されてたから、僕らはホテルの連中に追い出されるまでドラフトに興じた。

 追い出されそうになったとき、まだ終わってないドラフトの試合がいくつかあった。運良く小さめのテーブルがいくつかエレベーターホールに置いてあったから、プレイヤーはそっちに移動して、寝る前にまずは試合を終えてしまおうか、ってことになったんだ。

 そのときだよ。PTRが閃いてしまったのは。

 PTRは、テーブルと椅子2つをエレベーターに運び込もうぜ、って言い出したんだ。そして誰かのドラフトデッキを借りるとエレベーターの中で試合を始めたんだ(確か相手はヒューイだった気がするけど確かじゃない)。

 そんなわけで、もし別の階でホテルの係員がエレベーターに乗ろうとボタンを押すと、その中には頭の悪そうな笑顔を浮かべたPTRがいて、呆然としてるとそのままエレベーターのドアはまた閉まる、ってな具合だった。

 30分くらいのあいだ、ホテルでエレベーターに乗ろうとした人はみんな、マジックで対戦中のプレイヤーに出迎えられたわけさ。

 ジョークの威力を最大限に高めるためにPTRは、まるで日常そのものであるかのように、あえてごく普通に振る舞ってた。ホテルの客が入ってきても普通に続けるわけさ。「よし、じゃあ俺は《陰謀団の総帥/Cabal Patriarch》を唱えるぜ。黒単の頼れる奴だ! 行け! ……で、あんたは何階に行くんだ?」


【 ジェシー・ヴァンドーバー 】 が語るピーター・シゲティ

 《露骨な窃盗/Blatant Thievery》事件について知りたいなら僕が話せるよ。何しろそのとき対戦してたのは僕だし、そのときPTRが使ってたデッキも元々は僕が作ったものだったからね。

 2003年の頃、グランプリ・デトロイトのために青赤タッチ緑の《ドラゴン変化/Form of the Dragon》デッキを作ったんだ。そしてアラン・ジャクソンがそれに手を加えた。

 何人かのプロ(クリス・ベナフェル と PTR と ゲイブ・ウォールス)がそのアランのデッキを前の晩に見かけたらしくて、おそらくだけどそのときデッキリストをアランから買ったんだろうな。それともタダでくれてやったか。どっちでもいいけどね。ちなみにクリスは「どっかの子供からもらった (註)」って言ってるらしい。
(註) どっかの子供
 以下のURLにクリス・ベナフェルのものとしてデッキリストが公開されている。その説明文では「このデッキは大会直前に とある子供 からクリスが借り受けたらしい。実にティミー好みのデッキだ」と紹介されている。
 http://magic.wizards.com/en/articles/archive/event-coverage/cool-day-2-decks-2003-07-13

 僕は2連勝したところでPTRと当たった。PTRも2連勝してるところだった。その前の試合の詳細はさすがに覚えてないな。確か、僕が1ゲーム目をとって、例の《樹木茂る山麓/Wooded Foothills》のシーンは2ゲーム目だった気がする。

 2ゲーム目は完全に僕が盤面をとってた。《ドラゴン変化/Form of the Dragon》はすでに場に出てたし、大量の土地を並べてたし、手札も何枚かあった気がする。

 PTRのライフは10点まで落ちてたはずで、あと数ターンもあれば勝てる状況だった。唯一気を付けるべきだったのは《ドラゴン変化/Form of the Dragon》を《蒸気の連鎖/Chain of Vapor》で戻されないようにすることだけだった。

 その状況で、PTRは土地を7枚タップして、僕の《樹木茂る山麓/Wooded Foothills》に向かって《露骨な窃盗/Blatant Thievery》を唱えてきたんだ。2つの理由から僕はすごい混乱した。

 <その1>
 そのデッキは明らかに僕のデザインした《ドラゴン変化》デッキだった……けど僕は《露骨な窃盗/Blatant Thievery》なんて入れた覚えがなかったんだ!(あとで知ったけど、どうやらサイドボードの《金属殻のカニ/Chromeshell Crab》を入れ替えたらしい)

 <その2>
 一体全体、なんだって生け贄に捧げることが出来る《樹木茂る山麓/Wooded Foothills》なんてわざわざ対象にするんだ?

 混乱した僕は、考えを整理する必要があった。PTRがもう1枚土地を必要とする理由はなんだ? いやいや、もちろんそれが目的と考えるのは視野が狭すぎる。今なら分かる。PTRは僕にこの土地をサクらせたかったんだ。

 そして(愚かにも)僕はそのとき、そのとおりにしてしまったわけだけど、そのせいでさらにショックを受ける羽目になったわけさ。PTRがいきなり取り乱したりしたわけじゃない。むしろ安心した様子だった。同時にちょっと疑わしげでもあったけど。

 確か彼は僕が土地をサクるのを見て「なんでだよ! なんでサクるんだ!?」って聞いてきたんだ。僕は凍りついた。そしてデッキをシャッフルして、なんかかんやがあって僕は負けて、3ゲーム目に突入した。

 というわけさ。別にそれについてすごいネタにされたりしたわけじゃないし、むしろその日はそれ以降も「調子はどうだい」みたいな感じに軽く話しかけられたりもした。

 まあ、その大会中はずっと僕のことを《樹木茂る山麓/Wooded Foothills》って呼んでたけどね。ああ、その大会だけじゃないや。それ以降、どの大会で会ったときもそう呼ばれてたな。

コメント

高潮の
2017年1月30日0:18

めずらしく訳に関していくつか。
’body check’、ボディ・チェックなんですが、文脈からすると「死体を見るまでは」ってニュアンスもあるんじゃないかなーと思います。ちがうかもしれませんが。
barn は以前自分が訳した PVDDR の記事でも出てきたスラングですが、その時も意味がわかりませんでした。なんなんでしょうね。
”Huey, Brock and Linde”は(チーム戦の)チーム名でして、まあもちろんジェンセンとパーカーとリンドなんですが、訳すなら「ヒューイ、ブロック&リンド」にしておかないといけないです。参照→www.wizards.com/default.asp?x=sideboard/ptbos02/fm3ja

サイドボードスレッドの話は、少なくともそこまでは合っていて、初代スレの20レス目ぐらいまででそこまで進んでいます。「勝手に翻訳するってのはどう?」という趣旨のことを最初に書き込んだのはNPCさんなんですが、それに応じて初の和訳記事を投稿した nira さんが、あれは自演だった、とのちになって白状していました。

re-giant
2017年1月30日10:53

ありがとうございます。

>’body check’、ボディ・チェックなんですが、
> 文脈からすると「死体を見るまでは」ってニュアンスも

ああ、そういえば英語で「Body」は「死体」って意味もありましたね。日本語で「ボディチェック」というと空港とかのアレのイメージがありますし「実際に死体をこの目で見るまでは」のほうが自然かつ正しいかもしれません。

> barn は以前自分が訳した PVDDR の記事でも出てきたスラングで

PTRの名前が登場する別記事があって、そこでも出てきてました。「Hello again barns, and hulls. I wanted to write a tournament report ~」みたいな感じで。

なので、あらためて「Hull」とセットで検索してみたところ「Urban Dictionary」でヒットしました。「Barnとは自分より強い人にひっついてる奴(フジツボ(Barnacle)の略)。また、簡単に負かすことのできる相手を指す場合もある」だそうです。「Hull」の意味も似たり寄ったりのようです。

チーム戦であったことを考えると、PTRの質問は、本人が強かったのかチームメイトが強かっただけの雑魚なのか、を知ろうとしてたのかもしれませんね。

>”Huey, Brock and Linde”は(チーム戦の)チーム名でして

リンク先見ました。なるほど、まとめて固有名詞なんですね。こういう人名系はホント難易度高いです。あだ名とか略称とかもあったりしますし、英語って同じ文章内で同一人物の呼び方を変えることも多いですし。

>サイドボードスレッドの話
>それに応じて初の和訳記事を投稿した nira さんが ~

そんな裏話が……!
その自演がなければあのスレも方向性がまったく違ったはずで、あのスレがなければこのブログも無かったことを考えると不思議な感じです。

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