翻訳記事の前の余談。
アクローマというクリーチャーがいる。背景ストーリーでも重要な役割を担った天使で、トリプルシンボルの8マナに6/6というイマイチな能力値に対してテキスト欄は「飛行、先制攻撃、警戒、トランプル、速攻、プロテクション (黒)・(赤)」という目を疑うような豪華さ。
2003年に発売されたセット「レギオン」で初登場し、その後の2006年に発売された「時のらせん」で「次元が混乱したせいで過去や未来や並行世界のカードが登場する」という設定のタイムシフトカードの1枚としてで再登場した。
【翻訳】アクローマ誕生秘話/Angels Among Us【DailyMTG】
Mark Rosewater
2006年06月12日
元記事:http://magic.wizards.com/en/articles/archive/making-magic/angels-among-us-2006-06-12-0
アクローマ週間へようこそ!
以前、私たちは64体のレジェンドクリーチャーの最高峰は誰かを決めるコンテストを開催し、そこで優勝したのがこの皆に愛されてやまない《怒りの天使アクローマ/Akroma, Angel of Wrath》だった。
このコンテスト優勝という結果を私たちは様々な形で祝うことにした。その1つが、公式サイトで週のテーマとして取り上げること、というわけだ。
アクローマについてもっと知りたい君、チャンネルはそのままで。
言うまでもないが、今週はアクローマについて語る予定だ。そもそも私のポリシーとして、コラムの内容はテーマから外れないにするということがある(え? 脱線しまくってたこともあったじゃないか、って? あー、うん、そうかもしれない。でもあれは銀枠の話だったし)
ご存じのとおり、私のコラムはデザインに関するコラムだ。
だから今日のコラムがアクローマのデザインに関する内容になるであろうことは天才ロケット科学者じゃなくても予想可能だったろうね(余談:今年の初めごろにハスブロ社のメンバーと電話会議をする機会があって、ハスブロの社長が「ウィザーズの開発部はロケットでも作れそうな天才ばかりだね」と言ってたが、そんなことはない。ロケットを作れる可能性があるのはヘンリー・スターンくらいだ)
毎週の私のコラムでは、過去のカードがデザインされる過程で私がどのような役割を担っていたかを紹介している。安心してくれ、このアクローマの誕生にも私はしっかりと関わっていた。映画化するなら私の役を担当する俳優が必要になるだろうね。映画のタイトルはさしずめ「神の怒り」ならぬ「怒りの神」といったところか。
俳優は有名どころが必要になるだろう。なにしろアクローマ誕生に際して私はかなり重要な役割を担っていた。そう、アクローマの誕生を阻止するべく開発部に昂然と立ち向かったんだからね。
エンゼルス、不動のセンター
そう、アクローマの誕生を阻止しようとした人物だったのさ。いいや、言い間違いじゃないよ。聞こえた通りさ。私はアクローマが嫌いだった。プレイヤーたちもこのカードを好きにはならないだろうと考え、世に出る前に抹殺すべく動いたのさ。
ただ実際はそう簡単な話じゃないし、コラム1本を丸々この話に使っていいんだからきちんと詳細を語ってみようと思う。
とは言ったものの、この物語をどう伝えたものか、正直なところかなり悩んだ。そして、まずは情報収集をしよう、ということで私は Multiverse でアクローマについて検索したんだ。
Multiverseを知らない君のために説明しておくと、これは私たちがマジック(やそれ以外のトレーディングカードゲーム)の開発のために用いているデータベースの名称だ。このデータベースにはカードごとに「エキスパンション」「カード名」「マナコスト」などなど多くの項目が設定されている。
そしてその項目の中の1つに「デベロッパーのコメント(原文:dev comments)」がある。ここには新たなカードたちについてデベロッパーやデザイナーが開発中に残したコメントやメモが保存されている。
もし特定のカードが開発中にどのような経緯を辿って世に出たのかを知りたくなったならば、まず調べるべきはここだ。
さて、あらためてこのコメント欄をチェックして、当時の私がアクローマ抹殺を目論んだ側に属していたことを再確認できた。それにとどまらず、このコメント欄を発見したことでこれ以上の情報収集は不要である、という結論にも達した。
何しろこのコメント欄は、私の脳内にある記憶を掘り起こして得られるであろうどんな情報よりも当時の状況を説明してくれていたからだ。
そのようなわけで、今回のアクローマのデザインについては、そのままデータベースのコメント欄の情報をそのままお送りすることにしよう。
さて今日のコラムの流れだが、まず最初に関係者の名誉のためにもデータベースに残されたコメントを無編集かつ無修正のまま、お見せする。
その後、あらためて私の感想や意見を(よくある映画のDVD特典のオーディオコメンタリーよろしく)コメントのあいだに挿入した状態でお見せしよう。
コメントを披露する前に、発言者が誰なのかを説明させてくれ。
データベースにコメントを書き込む際には、あとでそれが誰の発言だったのかが追えるように必ず発言者のイニシャルをコメントに付記するというルールがあった。これはあくまで履歴管理のためのルールだったが、そのおかげで当時をより生き生きと垣間見ることができるわけだ。
【MR】
このイニシャルは私、マーク・ローズウォーターだ。当時の私はただのデザイナーで、実を言えばレギオンのデザインチームにも属していなかった。
まあ、いつものように横槍を入れる感じで多少の貢献はしていたつもりだけどね(例えば、レギオンの新キーワードである「挑発/Provoke」やレギオンの伝説のクリーチャーである《触れられざる者フェイジ/Phage the Untouchable》などは私の仕事の成果だ)
え、レギオンが何か知らない? おっと、最近マジックを始めたプレイヤーには説明が必要かもしれないね(註)。アクローマが初めて登場したセットの名前がレギオンなんだよ。
(註) 最近マジックを始めたプレイヤー
この記事が書かれたのは2006年なのに対してレギオンの発売は2003年。ちなみにレギオンはオンスロートブロックの2つ目のセット(オンスロート、レギオン、スカージ)。収録された全てのカードがクリーチャーカードというとんでもないセットだった。
【Bill】
これは現在のR&Dの副責任者であるビル・ローズだ。当時の彼は、現在で言うデザイナーのトップと開発部のトップを兼任しているような役割だった。
レギオンのデザイナーチームと開発チームのいずれにも名を連ねてはいなかったが、まったく関わり合いがなかったというわけではない。彼ほどに広い視野を持った男であれば当然の話だ。
【ME】
このイニシャルは、マイク・エリオットだ。直前のオンスロートに引き続き、レギオンでもリードデザイナーを担当した。
【RB】
このイニシャルは、ランディ・ビューラーだ。当時の彼はただのデベロッパーだった。レギオンのデベロップチームにも属してはいなかったが、私がデザイン面で関わっていたように、彼もまた外野からデベロップメントに貢献していた。
【HS】
ヘンリー・スターンだ。その通り、このコラムの最初で私が名指ししたロケット学者だ(彼はウィザーズに来る前は航空宇宙工学の分野で人工衛星をデザインする仕事をしていた)。
ランディと同じく、デベロップチームに属していなかったにも関わらず当時もっとも経験あふれるデベロッパーの1人として様々な形でデベロップメントに貢献していた。
……ああ、そろそろバレてしまったかな。その通り。R&Dの連中はどいつもこいつも、チームに属していようがいまいが興味を持ったことには積極的に首を突っ込んでくる連中なんだよ。
【WJ】
これはウィリアム・ジョクスのイニシャルだ。レギオンのリード・デベロッパーだ。
【Rei】
レイ・ナカサワだ。当時のレイはクリエイティブ・チーム所属だった。
【BB】
ブランドン・ボッツィだ。ブランドンは今も昔もクリエイティブ・チーム所属だが、当時はほぼ全ての時間をマジックに費やしていた(今では非常に多岐にわたる商品の開発に関わっている。もちろんマジックを含めてだ)
【PT】
さてこのイニシャルはなかなか難敵だった。このイニシャルを持つコメント群を初めて見たときは正直なところかなり面食らった。このコラムの第一稿を書き上げるに当たって、相当な時間をこの「PT」が誰なのかを突き止めるために費やしたほどだよ。
Pで始まる名前……ポール? ピーター? ペネローペ? プルーデンス? 結局は自力で解くのは諦めて、職場の皆の知恵を拝借しに行く羽目になった。
ヘンリーにも分からなかったし、ビルもまたお手上げだった。
しかしマジックのリード・エディターであるデルが、この「PT」の残したコメント群に特定の傾向があることに気づいたんだ。彼女曰く「プレイテストに参加した人たちのコメントを引用してることが多いみたい」とね。
そこでようやく閃いたんだ。「PT」すなわち「Play Tester」の略だってことをね。
あとで分かったことだが、プレイテストに参加したメンバーのコメントのうち残すに値すると思ったものをウィリアム・ジョクスがこの「コメント欄」にコツコツと入力しておいたらしい。
というわけでようやく参加者が誰なのか分かったところで、実際に残されていたコメントをお見せしよう。覚えてるかな。まずは私の感想抜きで素のままの当時のコメントを披露する、と言ったことを?
そんなわけで、以下のコメントは無編集かつ無修正だ。
アクローマの項目に残されていたコメントをご覧あれ。
--- --- アクローマの項目:コメント引用ここから --- ---
MR (2002/02/14)
その環境の象徴となるカードはクールかつ強いカードであるべきだ。このカードは確かに強いがクールじゃない。
Bill
その意見にはまったく同意できない。このカードはジョニー向きじゃない。ティミー向きだ
ME
プロテクション赤を忘れてるよ
RB (2002/02/15)
クールだと思うけどなあ。
プロテクション黒があるのに赤がない理由だけは良く分からないけど
HS
速攻とトランプルを無くしてプロテクション赤を足したほうが好みかな
WJ (2002/02/21)
速攻とトランプルを削除
理由は能力が渋滞気味だったこととティミー向けにインフレし過ぎてたため
Bill
そもそもこのカードのアイデアは全てのキーワードを持ったクリーチャーを出そう、だったはずだ。ティミーは全キーワード持ちのほうが好みだと思う。
Bill
マークは「アクローマが死亡したとき、それをオーナーのコントロール下で戦場に戻す」の能力を付けたいと言っている。正直、私は元のアクローマと、この能力持ちと、どっちがいいかで迷ってる。いっそ両方? それはないか
Bill
このカードの最大の売りは「全てのキーワード能力持ち」だ。
今のままじゃ全然ダメだ。トランプル、速攻、プロテクション(赤) が必要
WJ (2002/03/11)
いつから俺らが足を引っ張る側に回ってるって気づいた?
Rei
全キーワード能力? マジかよ、最悪だな。
フェイジングはいらないだろ!?
ME (2002/03/12)
ランページ1をランページ6に直した。
おそらくただの見落としだろう。弱すぎるカードに存在価値はない
Bill
直しといたぞ。「飛行、先制攻撃、プロテクション (黒)、プロテクション (赤)、トランプル、~は攻撃に参加してもタップされない、速攻、増幅4、変異 (4)(白)(白)、サイクリング (2)、畏怖、ランページ6、生息条件 (島)、側面攻撃、シャドー、フェイジング、氷雪森渡り、他の天使とのバンド」
BB (2002/04/05)
前に《復讐する天使/Avenging Angel》っぽい能力を持たせようっていう相談をしたかと思うけど覚えてるかな。クリエイティブチームとしてはまだこのアイデアを諦めてないんだが。
PT (2002/04/08)
まだ「常識の範囲内」
RB (2002/04/29)
もう十分だと思う
MR (2002/05/09)
個人的にこの手のカードは初見時のインパクトしかない。
何が言いたいかというと、本当の意味で印象的なカードにはならないと思うし、フレイバーにも欠けてる気がする。具体的に「よしこのカードがあればアレが出来る、コレが出来る」という形では話題にならないだろうね。
念のため。別に「全部盛り(Kitchen Sink)」が嫌だと言ってるんじゃあない。ただそれをこのブロックの悪役でやるのはどうかな、って話だ。
RB (2002/05/13)
フェイジが十分にアクローマ並みの悪役っぷりを発揮してる。
アクローマは「全部盛り」にふさわしいと思うけどね。
--- --- アクローマの項目:コメント引用ここまで --- ---
ふむふむ。ここで私はアクローマが「クールでなく」「印象的でなく」さらには「フレイバーに欠ける」とまでも言っているね。いいぞいいぞ、マーク・ローズウォーター、その調子だ。
さて、ここであらためて今までの会話を私のコメント付きで、DVD特典のオーディオコメンタリー風に振り返ってみよう。
アクション・フィギュア
マジックの長い歴史の中で、何度か「マジックに登場するキャラのアクションフィギュアを作ってみるというのはどうだろう」という案が挙がっている。
オンスロートブロックのときにもあった。特にアクローマはアクションフィギュア向きと思われた(ただ皮肉なことに女性キャラは商業的な意味ではアクションフィギュアに不向きとされている。過去の実績を見ると女性キャラのアクションフィギュアは非常に売れ行きが悪い。そのため最初からコレクター向きに販売数を絞った「Shortpack」という形でのみ発売されることが多い)
デベロッパーコメント欄への書き込みはその冒頭に識別しやすいよう単語を放り込むことが多い。これによってコメントが特定のネタ(メカニック、テーマ、もしくは対象がアクションフィギュアに向いているかどうか)などがあとから拾いやすくなる。
ちなみにアクションフィギュアは作られていない。(註)
(註) アクションフィギュア
ここで挙げられているのはただのフィギュアではなく、より狭義の意味でのアクションフィギュアに限った話(フィギュアという意味では2003年から継続的に作られている)。
またこの記事が書かれた2006年以降、その後の2008年頃からは継続的にアクションフィギュアも作られている。ただ基本的にガラクやアジャニなどのプレインズウォーカーが対象で、アクローマのアクションフィギュアは2018年の現在まだ作られていない。
--- --- アクローマの項目:コメント引用ここから --- ---
MR (2002/02/14)
その環境の象徴となるカードはクールかつ強いカードであるべきだ。このカードは確かに強いがクールじゃない。
このコメントを見て、当時の私の気が狂ってたと思うかもしれない。ちょっと説明させてくれ。
レギオンにはセットを象徴する伝説のクリーチャーが2体いた。アクローマとフェイジだ。オンスロートブロックという物語を代表する2人の悪役(Villain)たちだ。
レギオンの物語のラストでは、この2人がぶつかり合い、最後に合体してカローナとなる。その通り、あの《邪神カローナ/Karona, False God》だよ。
(余談:このカローナのカード化についてはオフィシャルな立場として謝罪したい。このカードのデザインはマジでひどい。私はこのカードに一切関わっておらず、いまだに許せない思いでいる側だ。ウィザーズは2つの素晴らしい伝説のクリーチャーを混ぜ合わせて、〇〇の役にも立たない△△(公式サイトでは使えない言葉)を生み出したわけだ。私たちが伝説のクリーチャーのデザインに関してやらかしたのはこれが初めてではないが、ヘマの中でもトップクラスなのは間違いない。心よりお詫び申し上げる)(註)
(註) 《邪神カローナ/Karona, False God》
6マナ 5/5 の速攻を持つ伝説のクリーチャーで「各プレイヤーのアップキープの開始時に、そのプレイヤーは邪神カローナをアンタップし、そのコントロールを得る。 邪神カローナが攻撃するたび、あなたが選んだクリーチャー・タイプのクリーチャーは、ターン終了時まで+3/+3の修整を受ける」という能力を持つ。
まあ、カローナはさておき、この2人についてはセットを代表する素晴らしいカードにしたいと思っていた。その中で、フェイジのデザインはかなり早い段階で固まり始めていた。
このキャラクターは触れるだけで生あるものに死を与える能力を持っている。そして私は前から戦闘ダメージを与えることで対象の対戦相手を殺してしまうクリーチャーを作りたいと願っていた(もちろんそれによってゲームに勝利する)
フェイジはまさに完璧だった。バジリスク能力持ちに更なる能力を与えたことでフェイジのフレイバーを完璧に再現しつつ、まったく新しい何かを生み出せた。
そのため私の中でアクローマのデザインのハードルはかなり高まっていた(フェイジは今なお私がデザインしたカードの中でトップ10に入っている……ああ、安心してくれ、もちろん、私の個人的なトップ10についてのコラムもいつか書くさ)
勘違いしないで欲しいのは、私は決して、アクローマが誰の注意も引けないような目立たないデザインになってしまうのではないか、と心配していたわけではない。私の心配は、とても重要なカードであるにも関わらず平凡なデザインにされてしまうことだった。
平凡なカードとは何か? 例えば「たくさんのキーワードを持つクリーチャー」だ。デザインとしては非常に簡単だ(コメントを読むと、当時の私はこれを「全部盛り(Kitchen Sink)」と表現している)
このデザインには技がない。デザイナーとして、このカードには何一つインスピレーションを感じなかったんだ(おっと、念のため。今日のこのコラムの最後では私がこの件(アクローマのデザイン)から学んだ重要な教訓をまとめている)
そういった様々な理由から私はアクローマが「クールでない」と主張したわけだ。フェイジが私の中であまりに最高だったので、それと対になるカード(アクローマ)には同じくらい優れたデザインであって欲しかったのだ。
Bill
その意見にはまったく同意できない。このカードはジョニー向きじゃない。ティミー向きだ
ビルは私のコメントを少々誤解したようだ。私は「デザイナーとして見てつまらない」という話をしたかったのだがビルは私がR&Dでも特にジョニー寄りであることを知っていたため、私のコメントを見て「ジョニーを代表して言わせてもらう、これはつまらない」ととったのだろう。
要はここでビルが言おうとしていることは「私(=ビル)はクールだと思うよ」ということだ(ちなみにビルはティミー/スパイク寄りのプレイヤーだ)。
(註) ジョニー、ティミー
マジックのプレイヤーの嗜好をざっくり3通りに分ける考え方がある。「Timmy/ティミー」は勝敗という結果よりもゲーム内容の楽しさを重視し、デカいクリーチャーやド派手な呪文を好むプレイヤーを指す。「Johnny/ジョニー」は個性を重視し、独自のコンボやオリジナリティにあふれるデッキ構築を好むプレイヤーを指す。「Spike/スパイク」は勝敗を重視し、純粋に強いカードを好み、勝利という結果を追い求めるプレイヤーを指す。
ME
プロテクション赤を忘れてるよ
最初、アクローマは「プロテクション (黒)」しか持っていなかった。当時の私たちはアクローマとフェイジが対峙していることをカードで表現しようとした。そのためアクローマは「黒に対抗するカード」と考えられていた。
マイクのコメントはもっとキーワードを足すにはどうしたらよいか、という考えの元に出されたものだ。フレイバーにこだわる私と違い、この時点でマイクはよりコンセプトを重視している。
RB (2002/02/15)
クールだと思うけどなあ。
プロテクション黒があるのに赤がないのは良く分からないけど
ここでは「プロテクション (赤) が欠けているのはおかしい」というマイクのコメントにランディが賛同している。
個人的にランディのこのコメントは非常に興味深い。なぜならこのコメント欄に残された会話の中で、マイクとランディの意見が一致していたのはほぼこれだけだったからだ。
HS
速攻とトランプルを無くしてプロテクション赤を足したほうが好みかな
ヘンリーがここで挙げている点は、カードのデザイン中に何度も何度も議論の対象となった点だ。その通り、速攻とトランプルは「白」の能力ではない。
ではなぜ最終的には加えられたのか?
簡単に言えば「多少の例外は許されるから」だ。
もっとも私たちはその例外をよほど特別なカードで限りは認めないことにしている。つまり論点は「例外が認められるほどにアクローマが特別なカードかどうか」ということになる。
そしてこの判断が正しかったことは時間が証明してくれたと考えて良いだろう(まあ人によっては「正しくなかった」と言うかもしれない。注目を集めるタイプのカードほど誤った先例を持つべきではない、と考える人もいるかもしれないからね)
WJ (2002/02/21)
速攻とトランプルを削除
理由は能力が渋滞気味だったこととティミー向けにインフレし過ぎてたため
お気づきのとおり、上記のコメントの時点では速攻とトランプルを取り除きたい派が戦術的勝利を収めている。しかし結果を知ってる君たちには分かるだろうが、これは戦略的勝利ではない。
Bill
そもそもこのカードのアイデアは全てのキーワードを持ったクリーチャーを出そう、だったはずだ。ティミーは全キーワード持ちのほうが好みだと思う。
はてさて、結局のところ色のフレイバー的に外れてしまうキーワードはどうなったのか? ありがたいことに上に立つ者が皆を代表して発言してくれている。
Bill
マークは「アクローマが死亡したとき、それをオーナーのコントロール下で戦場に戻す」の能力を付けたいと言っている。正直、私は元のアクローマと、この能力持ちと、どっちがいいかで迷ってる。いっそ両方? それはないか
さあ、私が何を企んでいたのかがようやく明らかになった。ただ能力をたくさん乗せただけのバージョンが気に入らなかった私は、よりフレイバーにあふれストーリーラインにも沿っている唯一無二な能力(だと私が思った能力)をデザインしたんだ。
物語では、フェイジは触れたもの全てに死をもたらした。しかしアクローマだけは死ななかった(彼女は概念上の存在だったからね。いや本当にそうなんだ。イクシドールが夢見た存在こそが彼女だったんだから)
私のデザインの目指すところは、決して殺されることのないクリーチャーだった(のちに私は「破壊されない」という能力を生み出すがそれはまた別の話だ)。「デスタッチウーマン VS イモータルウーマン」の対戦カードは間違いなく「イケる」と思ったんだ。
それに、この「決して死ねない」というバージョンのほうがよりフェイジのデザインと対比になっていると感じられた。フレイバーにあふれ、過去に存在したことのない能力という意味でね。
過去のコメントからも、私が個人的に気に入っていたこのバージョンを通そうという意志の元に戦っていることが伝わってくる……まあ、またあとで述べるが、このときの経験から私はいくつもの教訓を得た。
Bill
このカードの最大の売りは「全てのキーワード能力持ち」だ。
今のままじゃ全然ダメだ。トランプル、速攻、プロテクション(赤) が必要
ビルのこのコメントはなかなか良い点をついている。その通り。やるかやらないかの2択だ。全能力を持たせたクリーチャーを作りたいなら、全能力を持たせるしかないのだ。少しでも日和った瞬間にそれはつまらなくなる。
WJ (2002/03/11)
いつから俺らが足を引っ張る側に回ってるって気づいた?
正直なところ、このコメントが何を言いたいのかよく分かっていない。
開発チームとしては、どうせ最後にはビルが自分の意見を押し通してしまうんだろう、と諦めた上で、ただ困らせるためだけに変更したいと言っていた可能性はある。まあ、それはそれとして部署内に速攻とトランプルもたせたくないと思ってた一派がいたことは事実だ。
Rei
全キーワード能力? マジかよ、最悪だな。
フェイジングはいらないだろ!?
見ての通り、明らかにネタに走り始めている。
ああ、大丈夫だよ、この時点の最新アクローマが一体どんな状態だったかはすぐあとに出てくる。簡単に言えば「現存するあらゆるキーワード能力持ち」にされてた。レイのコメントはそれをネタにしたものだ。
ME (2002/03/12)
ランページ1をランページ6に直した。
おそらくただの見落としだろう。弱すぎるカードに存在価値はない
この開発者コメント用の掲示板は、確かに重要な決め事が多くなされる場所でもあるが、同時に開発者たちが色々とやらかす空間でもある。この頃は各メンバーがアクローマを「最強」にするためにキーワード能力を好き勝手に次々と足していた。
Bill
直しといたぞ。
「飛行、先制攻撃、プロテクション (黒)、プロテクション (赤)、トランプル、~は攻撃に参加してもタップされない、速攻、増幅4、変異 (4)(白)(白)、サイクリング (2)、畏怖、ランページ6、生息条件 (島)、側面攻撃、シャドー、フェイジング、氷雪森渡り、他の天使とのバンド」
ビルがここで一度アクローマを能力が減らされる前のバージョンに直している。速攻とトランプルの能力が復活しているのが分かるだろう。上記こそがまさに全能力持ちのバージョンだ。
BB (2002/04/05)
前に《復讐する天使/Avenging Angel》っぽい能力を持たせようっていう相談をしたかと思うけど覚えてるかな。クリエイティブチームとしてはまだこのアイデアを諦めてないんだが。
アクローマをストーリーと同じ不死身の存在とすべく、クリエイティブチームを代表してブランドンが発言してくれている。私の案を支持してくれたのはクリエイティブチームだけだった。
(そうそう、このコメントにはスペルミスがある。「discussed(相談をした)」が「dicussed」になってしまっている。ほら、約束しただろう? データベースに残された会話を「無編集かつ無修正のままお見せする」ってね)
PT (2002/04/08)
まだ「常識の範囲内」
コラムの頭で述べたとおり、ウィリアムはプレイテストのメンバーからの意見のうちから有用だと彼が感じたものをデータベースに残すようにしていた。それがこの「PT」で始まるコメントだ。
ただ、ここに残されたこのコメントだけでは、プレイテストのメンバーがアクローマをもっと常識外の強さにすべきだと言いたかったのか、単にこのカードのとんでもなさを表現しただけなのかは測りかねるところだ。
RB (2002/04/29)
もう十分だと思う
もしこれらのコメントを見て私が最大の反対派だったように見えるというなら、ビルとランディが最大の擁護派だったということになるだろうね。
MR (2002/05/09)
個人的にこの手のカードは初見時のインパクトしかない。
何が言いたいかというと、本当の意味で印象的なカードにはならないと思うし、フレイバーにも欠けてる気がする。具体的に「よしこのカードがあればアレが出来る、コレが出来る」という形では話題にならないだろうね。
念のため。別に「全部盛り(Kitchen Sink)」が嫌だと言ってるんじゃあない。ただそれをこのブロックの悪役でやるのはどうかな、って話だ。
このカードのデザイン自体を嫌っていたわけではない、ということを示す意味でこれは重要なコメントだと思う。
私が嫌がっていたのは「このデザインがアクローマのために採用される」ということだ。同じ能力のカードをレギオンや将来のセットに放り込むかどうかが問われてたなら、諸手を挙げて賛同する側だったろうね。
ただ私は、このデザインがストーリー上の重要キャラに使われるのが嫌だった。もっとフレイバーに富んだデザインであるべきだと思ったからだ。
私の上記のコメントの中でもっとも的外れだったのは「印象に残らないだろう」だね。
将来的にこういった「全部盛り」な感じのクリーチャーが多く作られるだろう、という考えがなぜか(特に具体的な予定があったわけではないにも関わらず)私にはあって、このアクローマのせいで将来的に生まれるそれらがかすんでしまうのではないか、と恐れていたのだ。
その後どうなったかというと、新たに作られたカードたちもかすむことなく好評を博した。そもそも、それほど多くは作られなかった、ということもあるが。
RB (2002/05/13)
フェイジが十分にアクローマ並みの悪役っぷりを発揮してる。
アクローマは「全部盛り」にふさわしいと思うけどね。
名前の横に付記されている日付で、このコメントの応酬が3ヶ月以上に渡って繰り広げられていたことが分かる。この5月頃にコメント欄は編集不可とされ、最終決定の段階へと進んだ。
--- --- アクローマの項目:コメント引用ここまで --- ---
エンゼルス、延長戦
アクローマについてデザインの観点から興味深い点を挙げるとすれば、私がどれだけデザインについて新たに学べたか、という点に尽きるだろう。このカードが大人気となったことから私が学んだのは以下のような点だ。
(1) あからさまでもいい
コメントをあらためて読んで、自分があまりにデザイン第一主義者に陥っていたかに気づいた。
カードのデザインが単純すぎてテクニカルな観点からはつまらなく思えたとしても、プレイヤーたちがそれをつまらないと思うかは全くの別問題だ。
カードを最大限に活用するために多くの試行錯誤が必要かどうかでカードの評価が変わるわけではない。それを気にするのはごくわずかな人たちだけだ。
そのカードに何ができるか、そしてそれがどれだけ楽しいか。デザイナーがカードを評価するときに用いるべき尺度はそれだけだ。
(2) やりすぎてもいい
美は単純さと簡潔さから生まれる。その一方で人の欲は贅沢さだって楽しめる。
カードとは理性的に分析したりプレイしたりするだけのものではない。カードは感情を介して受け取るものだ。理性に訴える強さと同じくらい、感情に訴える強さもまた重要なのだ。
(3) フレイバーを表現する手段は多岐に渡る
アクローマは結果として今のデザインがフレイバーにあふれていることを証明した。私の犯した間違いはいかに小説のキャラクターに沿えているかどうかだけが唯一の指標であると勘違いしたことだ。
このカードは小説版のアクローマを表現しているとはいえない(とはいえ、決して食い違っているわけでもないことは付け加えておきたいが)。しかしこのカード独自のアクローマのフレイバーを生み出していることは事実だ。
アクローマと彼女が持つ圧倒的な強さを切り離して考えることはできないのだ。
(4) 私だって間違える
もっとも重要な教訓はこれだ。
自分が正しいことを証明しようと焦っているときほど、実は自分が正しくないのではないかと振り返る時間をとらずに進んでしまう。
正直、過去のこの開発者たちのコメント欄を見返すのは楽しい作業だ。ときに私がいかに狂気にとらわれていたかを確認したり、またあるときは自分がまったく理解しないままに話をしていたことをあとから知って恥ずかしい思いをしたりする。そう、このアクローマの件のようにね。
さて、アクローマが私にとってどんな存在か、これで分かってもらえたかな。
彼女の勝利を嬉しく思うよ(君たちも同じ思いを抱くことになるだろうが、それについてはまたあらためて話そう)。アクローマ週間じゃなくて情け知らずのエロン週間(註)だったらどうしてたことか、想像もできない。
(註) 情け知らずのエロン
伝説のクリーチャー、《情け知らずのエロン/Eron the Relentless》のこと。アクローマと同様にタイムシフトカードとして「時のらせん」で再録されている。
出た当時はそれほど弱いカードでもなかったが、正直目立った強さはなく、コラムを丸々1本書けるほどのカードではない(5マナ、5/2、速攻、3マナで再生)。
さて今後の予定についても話しておこう。
今週の後半から「第10版を選ぼう!」が始まる。第10版に収録されるカードを選ぶ作業に君たちにも参加してもらう、という素晴らしい企画だ。過去の「第何版を選ぼう!」をイメージしてくれればほぼ間違いはないが、いくつか新しいネタも考えている。楽しみにしてくれていて構わないよ。
今日はこれでおしまいだ。来週は、きちんと時間を割いて離さなければいけないあれやこれやについて話す予定だ(ヒントは「訴訟」だよ)(註)。それまでに君たちも失敗から謙虚に学ぶという強さもまたある、ということを知る機会がありますように。
(註) 訴訟
原文は「Lawsuit」。実際の次週のコラムは「Law and Order」で内容はマジックに関する実際の訴訟案件についての報告となっている。このコラムについては有志の邦訳が存在するので紹介しておく。
法と秩序 ― マークができるだけ語る「例の」訴訟
http://logicwolf.sakura.ne.jp/magic/lawandorder.html
コメント
アクローマすき。個人的には、「キーワード全部盛り」のコンセプトで当時キーワードではなかった警戒がなんで入ったのか気になりますね。2年後にキーワードにする予定がすでにあったとか?
そういえば初出時は非キーワードでしたね。キーワード化が決まってたという可能性は高そうですけど実際になったのが2年後となるとちょっと間が空いているような。
「天使が持つべき能力といえば」というフレイバー的な理由もあったのかもしれませんね。
警戒がキーワード化されるに至った裏話を何かのコラムで見かけた気がします。あれを読み返せばもうちょい分かるかも……どこで見たか全然思い出せないのが問題ですが。