【翻訳】マジックの世界に変化をもたらした千夜一夜/It happened one nights【DailyMTG】
Mark Rosewater
2002年08月05日
元記事:https://magic.wizards.com/en/articles/archive/making-magic/it-happened-one-nights-2002-08-05

 アラビアンナイト週間へようこそ!

 今週はマジック初のエキスパンションに敬意を表す週となった。このセットをデザインしたのは誰あろうマジックの生みの親、リチャード・ガーフィールドその人だ。

 さて今週の私のコラムでは、デザイナーの視点からアラビアンナイトを眺めてみたら面白いんじゃないかと思った。このセットが一体マジックの世界に何をもたらしたのかを知らしめるためだ。

 この78枚のカードセットにどれだけの創意工夫が詰め込まれていたかを知れば、君たちもさぞかし驚き、かつ楽しんでくれることだろうね。


昔々、あるところに

 おっと、本題に入る前にまず紹介したいことがある。アラビアンナイトという舞台の幕が開く以前、マジックを取り巻く環境がどのような状況だったのかだ。

 そのときの状況について開発側の視点から語った記事はすでに今週のコラムでリチャードが書いてくれている。そこで私はアラビアンナイトがリリースされた当時の状況をプレイヤー側の視点から語ってみたいと思う。

 アラビアンナイトが発売されたのは1993年の12月のことで、マジックが初めて世に出たのはその半年前の夏、それが地獄の門が開かれた瞬間だった。

 アルファ版が店頭に現れ、即座に姿を消した。再版版であるベータ版が姿を消すまでにかかった時間はさらに短かった。

 ただ、当時のマジックプレイヤーたちは非常に熱狂的ではあったが規模自体はとても小さかった。なぜプレイヤーの規模が小さかったのか? 理由はいくつかある。

 1つ目の理由として挙げられるのは、当時のCEOであるピーター・アドキンソン(ウィザーズオブザコースト社の創設者の1人)のとったマジックの販売戦略だ。

 彼は、マジックを積み込んだ車で太平洋沿岸を南北に移動しつつ、ホビーショップを見かけるたびに直接売り込みに行く、という手法でマジックを売り歩いた。

 その結果、最初期のマジックはほぼアメリカ西海岸沿いの販売店にしか行き渡らず、マジック人気の広がりも主にその地域に限られたものとなったわけだ。

 2つ目の理由として、マジックの最初に刷られた枚数自体がそれほど多くなかったことが挙げられる。単純にカード自体の枚数が少なかったせいでプレイヤー数も少なかったのだ。

 今ならマジックを始めようというプレイヤーは店頭に行けばすぐにカードを購入してその日に始められる。実に簡単だ。しかし当時はそうじゃなかったんだ。

 店頭に商品が並んでいることはまずなく、手に入れるためには店にカードが入荷するまで待つ必要があったし、入荷しても1日で売り切れるから当日しか買うチャンスはなかった。

 私自身、ベータ版が発売されたとき、スターターとブースターパックをそれぞれ2箱ずつまとめて購入した。一緒にプレイして欲しい友人たちの分も確保しておくためだ。

 さて、あらためて時計の針をアラビアンナイトが誕生した1993年の12月まで進めよう。

 私はサンフランシスコに住んでる友人のデビッドを訪ねた。彼と出会ってから一緒に近くの喫茶店へ向かった。そこでマジックがプレイされているという噂を聞いたからだ。

 そこにいたプレイヤーたちと話し込んでいると、店に入ってきたプレイヤーが「入荷してたぞ」と言ったんだ。

 驚いたね。私が住んでるロサンゼルスの地元では、アラビアンナイトの入荷は1月になると言われてたからだ。もちろんこのチャンスを逃すつもりはなかった。私と友人はさっそくゲームショップへと向かった。

 ただ、私が購入したのは数パックだけだった。何しろすでに地元で2箱予約済みだったからね(ちなみに、私が購入したこのアラビアンナイトの購入量は、ワイオミング州全体で販売されたアラビアンナイトの量のほぼ2倍だった)


 私や友人たちは新たなセットの登場に興奮もしたが、同時に少し不安もあった。私たちはまだアルファ版やベータ版(註)に触れ始めたばかりで、私が出会うプレイヤーたちは、みんな私が見たこともないカードを持っていた。
(註) アルファ版とベータ版
 マジックの最初のセットはリミテッドエディションという名前で、これは2回刷られている。最初の第一刷を「アルファ版」、第二刷を「ベータ版」と呼ぶ。基本的に収録されているカードの内容は同じだが、アルファ版の諸々のミス(誤植や印刷上の誤りなど)の多くがベータ版では修正されている。

 当時のウィザーズオブザコースト社はカードの情報を厳しく管理しており、プレイヤーたちは実際にパックを開けてみないことにはどんなカードが存在しているのかを知る手段がなかったからだ(まだインターネットが今ほど普及していなかったからね)

 そんな状況だったから、新たなセットの登場は急なことのように思われたんだ。

 それに新しいセットはそれまでとまったく違う雰囲気だったことも困惑した理由の1つだ。アルファ版とベータ版は古典的な西洋風ファンタジーのに対してアラビアンナイトは……まあ、うん、アラビアンナイトだったからね。


 それでも新しいカードを見るのは非常に楽しいことだった。いくつかのカードはまさに私好みだった。一番はなんといっても《Diamond Valley》(註)だ。

 ただ、それ以外のカードはちょっと使い道が思いつかなかった。

 (2)(黒)(黒)で毎ターン自分にダメージを与えてくる5/5のクリーチャーとかね。どこの間抜けがこんなのをデッキに入れるんだ?(どんなカードが気になる君は《Juzam Djinn》(註)で検索してくれ)

 しかし何よりもアラビアンナイトが素晴らしかった点は、マジックという名のジェットコースターがまさに最初のデカい上り坂を全力で下ろうとしていることを教えてくれたことだ。これからが本番だぞ、とね。
(註) 《Diamond Valley》と《Juzam Djinn》
 前者は、クリーチャーを生け贄に捧げるとタフネス分のライフを得られる土地。マナは出ない。アラビアンナイトに登場する谷が元ネタ。
 後者は、本当は強いのにマジック黎明期は過小評価されたカードの代名詞として良く例に挙がるクリーチャー。当時はライフを得る効果が好まれた反面、自分のライフを削る効果はひどく嫌われたらしい。


気づかれない物語たち

 大学に在学していたとき、幸運なことに「放送と映画(Broadcast and Film)」を専攻することができた。要はテレビと映画を学ぶ学問だ。これを専攻にしたことで私は授業と称してテレビ番組や映画を観賞することができた。

 講義の1つは、初期の映画に関するものだった。その最初の授業で、私は「大列車強盗(Great Train Robbery)」という映画を見させられた。

 1903年の映画で、映画の主な内容はカウボーイの一団が列車強盗をはたらくというものだ。映画の途中で、カウボーイたちが列車を襲うシーンとその列車が向かう先である駅のシーンとで、カメラが交互に切り替わった。

 見終えたが、アマチュア制作のような映画で、それほど面白い出来ではなかった。映画のあと、教師が私たちに「なぜ私がこれを君たちに見せたか分かるかい?」と聞いてきた。

 生徒の誰も分からなかった。そんな私たちに教師はこう説明した。

「途中で列車と駅とで交互にが場面が切り替わってただろう? カメラを交互に切り替えることで2つの離れたシーンで起きていることを観客に同時に見せるこの手法を最初に取り入れたのがこの映画だ」

 革新的な何かが起きた瞬間というのはなかなか知られていないものだ。その何かの価値が認められた頃というのはそれがすでに普通のものとして一般に根付いてしまっている頃なので、誰かによって生み出されたものだということは忘れられている。

 アラビアンナイトはまさに大列車強盗だ。

 リチャードはトレーディングカードゲームというまったく新しいゲームを発明したことでは満足しなかった。彼はゲームを次のレベルへと押し上げたかった。

 今日のこの記事ではリチャードがアラビアンナイトを通じてマジックにもたらした様々な革新について紹介していきたいと思っている。

 念のため。これは網羅的なリストではなく、いくつか特筆すべきものを選んだリストに過ぎない。ほんの一部だ。

 それと、それぞれがどれだけその後のマジックのデザインに影響を与えたかの度合いを1個から3個の星の数で示すことにした(もっともこれはあくまで私の主観だ)。星が多いものほどマジックに与えた影響が大きいと思ってくれ。

 それでは始めようか。


▼ コントロールが移る効果/Stealing ☆☆

 相手のパーマネント奪うというアイデアはアルファ版の時点ですでにあった(《支配魔法/Control Magic》と《秘宝奪取/Steal Artifact》だ)。アラビアンナイトではさらにそこへひとひねり加えたカードが登場した。

 青のクリーチャーの《Old Man of the Sea》(註) は、それをタップし続けているあいだだけ対象のクリーチャーのコントロールを奪えるというカードだ。

 この効果にはその後に多くの子孫が生まれている(一部だけ紹介すると《Willow Satyr》、《魂の歌姫ルビニア/Rubinia Soulsinger》、《Preacher》、《海の歌姫/Seasinger》、《メリーキ・リ・ベリット/Merieke Ri Berit》、《ルートウォーターの女族長/Rootwater Matriarch》、《棺の女王/Coffin Queen》、《占有の兜/Helm of Possession》などがある)

 またコントロールを奪う効果に関していえば、アラビアンナイトの《アラジン/Aladdin》(註)によって、赤もパーマネントを奪うことが可能となった点が挙げられる。
(註) 《アラジン/Aladdin》
Aladdin / アラジン (2)(赤)(赤)
クリーチャー - 人間(Human) ならず者(Rogue)
(1)(赤)(赤),(T):アーティファクト1つを対象とする。あなたがアラジンをコントロールし続けているかぎり、そのコントロールを得る。
1/1
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Aladdin/

 この《アラジン/Aladdin》は(前述のカードと違い)これ1枚で複数枚のカードを奪うことができた。またこのカード以前と以後のマジックにおける変化は、目印無しにコントロールを得ることができるようになったことだ。

 あなたがオーナーでないカードをコントロールしていることを示す他のカードが戦場に存在せずとも対象のカードのコントロールを得ることが可能となった、ということだ。

 こうして過去に遡ると赤には元々コントロールを奪う効果があったという事実はなかなか面白い点だ。

 最近になって開発部は、一時的なコントロール奪取(代表的なのは青の《命令の光/Ray of Command》だ)の効果を青から赤に移すという決断を下したわけだが、歴史を遡れば赤という色には元々その要素があったわけだ。(そうそう、《命令の光/Ray of Command》も元をたどればレジェンドの赤の魔法である《Disharmony》が元ネタと言えなくもない)

 最後に《ガズバンのオーガ/Ghazban Ogre》(註)も紹介しておこう。これは自分自身で自身のコントローラーを変更してしまう、というコンセプトをマジックに初めて登場させたカードだ。これ以降、「自分のカード」と「相手のカード」の境目が曖昧になっていったんだ。
(註) 《ガズバンのオーガ/Ghazban Ogre》
Ghazban Ogre / ガズバンのオーガ (緑)
クリーチャー - オーガ(Ogre)
あなたのアップキープの開始時に、プレイヤー1人が他の各プレイヤーよりも多いライフを持つ場合、その最も多いライフを持つプレイヤーはガズバンのオーガのコントロールを得る。
2/2
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Ghazban+Ogre/


▼ 対戦相手が起動できる能力/Abilities Activated by the Opponent ☆

 前述の《ガズバンのオーガ/Ghazban Ogre》がコントローラーの境目を曖昧にしたカードだとすれば、その境目をまったく無くしてしまったのが《Ifh-Biff Efreet》(註)と言えるだろう。
(註) 《Ifh-Biff Efreet》
Ifh-Biff Efreet (2)(緑)(緑)
クリーチャー - イフリート(Efreet)
飛行
(緑):Ifh-Biff Efreetはすべての飛行を持つクリーチャーとすべてのプレイヤーに1点のダメージを与える。この能力はどのプレイヤーも起動してよい。
3/3
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Ifh-Biff+Efreet/

 マジックにおける大原則の1つに、ルールに聖域なし、が挙げられる。さすがにこのルールは絶対不変だろう、とプレイヤーが考え始めるや否や、デザイナーは盆を引っくり返すんだ。

 アラビアンナイトが登場するまで「私のものは私のもの、君のものは君のもの」だった。ああ、もちろん奪うことはできた。しかし奪ってコントロールを得た以上は「私のもの」であり、使えるのは私だけだった……そう、《Ifh-Biff Efreet》が登場するまではね。


▼ マナを出す以上のことができる土地/Lands That Did More ☆☆☆

 ベータ版には15種類の土地があった。5種類の基本土地と10種類のデュアルランドだ。これら15種類の土地は全てタップしてマナを出す以上のことはできなかった。

 しかしアラビアンナイトの開発に当たり、リチャードは土地のそれ以上の可能性に気づいたんだ。

 ……待てよ、もしかして土地にはタップしてマナを出す以上のことが出来るんじゃないか? カードを引いたり、ダメージを与えたり、象を再生したり(註)……そんな感じにアーティファクトやエンチャントのようなことができるんじゃないか、とね。
(註) 象を再生したり
 アラビアンナイトの土地、《Elephant Graveyard》のこと。タップすることで対象の象(Elephant)を再生できる。場所が墓場なのに再生するのはちょっと不思議。墓場行って死のうと意気消沈してたけどやっぱり生きよう(という活力を魔法で与える場所)、みたいな感じなんだろうか。

 その後しばらく経ってから開発部は手綱を引き締めることにした。土地が土地たり得るのはマナを生み出すからだ、と定義したんだ。

 おっと、もちろんマナを出す以外のことは一切まかりならん、という意味ではないよ(最近のカードを見てもらえば一目瞭然だとは思うが)

 ここで言っているのは、土地は必ずマナを生み出すべし、という意味だ。マジックにおいて土地とはマナを生み出すことで初めて土地たり得ると決めたんだ。


▼ コイン投げ/Coin Flips ☆☆☆

 アルファ版にはランダム性があった。まずプレイヤーはゲームを始める前にデッキをシャッフルする必要があったからね。

 しかしアラビアンナイトでリチャードはさらに一歩踏み込むことにした。個々のカードそれ自体にランダム性があってもいいんじゃないか、とね。

 例えば《スレイマンの壺/Bottle of Suleiman》だ。君は5/5の飛行するジンを得られるかもしれないし、得られないかもしれない。そんな不確定性があった。それ以外では《Mijae Djinn》や《Ydwen Efreet》などもまた違った形でランダム性を表現していた。
(註) 《スレイマンの壺/Bottle of Suleiman》
Bottle of Suleiman / スレイマンの壺 (4)
アーティファクト
(1),スレイマンの壺を生け贄に捧げる:コインを1枚投げる。あなたがコイン投げに勝った場合、飛行を持つ無色の5/5のジン(Djinn)・アーティファクト・クリーチャー・トークンを1体生成する。あなたがコイン投げに負けた場合、スレイマンの壺はあなたに5点のダメージを与える。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Bottle+of+Suleiman/

 コイン投げのランダム性が大好きなプレイヤーもいたし、逆に大嫌いなプレイヤーもいた。そして開発部は、公式大会に出るプレイヤーたちよりもカジュアル環境のプレイヤーたちのほうがコイン投げを好むらしいと分かった段階で、コイン投げに関連するカードのパワーレベルを意図的に下げていった。

 いずれにせよ、リチャードがコイン投げのようなランダム性を楽しむ心を持っていなかったら、《丸砥石/Grindstone》や《汚れた契約/Tainted Pact》、《切除するもの/Scalpelexis》のような最近のカードたちもまた存在しなかったことだろう。


▼ 累加アップキープとキャントリップ/Cumulative Upkeep and Cantrips ☆☆☆

 開発部でよく議論の対象になる2つのネタがある。累加アップキープを持った最初のカードは何かということ、また、キャントリップを持った最初のカードは何かということだ(訳注:これら2つのメカニズムはいずれも一般的にはアイスエイジで登場したとされている)

 まず累加アップキープの解答に関しては3つの候補(註)がある。

 1つ目としてアルファ版の《停滞/Stasis》だ。リソースをロックしてしまうその効果とアップキープコストの支払いが組み合わさったことで、疑似的な累加アップキープのような動きとなっている。

 2つ目としてはアイスエイジで実際に「累加アップキープ」とテキストに記載されていたカードたち、例えば《Maddening Wind》などだ。

 3つ目としてはアイスエイジよりも前に発売されたアラビアンナイトの《サイクロン/Cyclone》だ。これは実際に毎ターンのアップキープの支払いが増加していく最初のカードだった。
(註) 3つの候補

① Stasis / 停滞 (1)(青)
 エンチャント
 プレイヤーは自分のアンタップ・ステップを飛ばす。
 あなたのアップキープの開始時に、あなたが(青)を支払わないかぎり、停滞を生け贄に捧げる。
 引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Stasis/

② Maddening Wind (2)(緑)
 エンチャント - オーラ(Aura)
 エンチャント(クリーチャー)
 累加アップキープ(緑)(あなたのアップキープの開始時に、このパーマネントの上に経年(age)カウンターを1個置く。その後あな たがこの上に置かれている経年カウンター1個につきアップキープ・コストを1回支払わないかぎり、それを生け贄に捧げる。)
 エンチャントされているクリーチャーのコントローラーのアップキープの開始時に、Maddening Windはそのプレイヤーに2点のダメージを与える。
 引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Maddening+Wind/

③ Cyclone / サイクロン (2)(緑)(緑)
 エンチャント
 あなたのアップキープの開始時に、サイクロンの上に風(wind)カウンターを1個置く。その後、あなたがそれの上に置かれている風カウンター1個につき(緑)を支払わないかぎり、サイクロンを生け贄に捧げる。支払った場合、サイクロンは各クリーチャーと各プレイヤーに、サイクロンの上に置かれている風カウンターの数に等しい点数のダメージを与える。
 引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Cyclone/

 次にキャントリップの解答だ。ただこちらは累加アップキープに比べるとずっと複雑なものとなる。

 アルファ版にももちろんカードを引く効果はあった。しかしそれらはあくまでもカードを引くこと自体が目的であり、副次的な2番目の効果としてカードを引くものはなかった。

 では他の効果のあとに追加で「カードを1枚引く」という効果が書かれていた最初のカードは、というとアラビアンナイトの《宝石の鳥/Jeweled Bird》(註)となる。
(註) 《宝石の鳥/Jeweled Bird》
 Jeweled Bird / 宝石の鳥 (1)
 アーティファクト
 アンティを賭けてプレイしない場合、プレイを開始する前に宝石の鳥をあなたのデッキから取り除く。
 (T):宝石の鳥をアンティにする。そうした場合、そのアンティにあるあなたがオーナーである他のすべてのカードをあなたの墓地に置く。その後カードを1枚引く。
 引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Jeweled+Bird/

 上記2つの問いの興味深い点としては、1993年12月発売のアラビアンナイトと1995年06月発売のアイスエイジのデザインが実は同時期になされていたということだ。つまりそれぞれの担当者の間でデザインのアイデアは共有されていたはず。

 もしかしたら《Cyclone》の増加していくアップキープコストを見たアイスエイジのデザイナーが累加アップキープを思いついたのか……それとも逆だったのか? 今となっては誰にも分からない。

 ただ、リチャード曰く、《宝石の鳥/Jeweled Bird》のアイデアはキャントリップよりも先に生まれていたらしい。ではキャントリップのアイデアの元ネタは、というと0マナの《羽ばたき飛行機械/Ornithopter》だ。

 この0マナのカードのように、プレイするために必要なリソースとして手札1枚以外に何も必要としないカードがあるなら、逆に、プレイするのリソースとしてマナ以外に何も必要としないカードがあってもいいのでは(つまりプレイ後も手札枚数が変わらないカードがあってもよいのでは)?


▼ 「魂の絆」効果/Spirit Link(註) ☆☆

 この白の代表的な能力(註)の面白い点としては、初めて登場したのが実はアラビアンナイトだったという点、さらに初出時は白ではなく黒のクリーチャーの能力だったという点だ(ちなみにそのクリーチャーとは《エル・ハジャジ/El-Hajjaj》だ)。この能力が黒から白へと移ったのはアラビアンナイトから6ヶ月後に発売されたセット、レジェンドでのことだった。
(註) 「魂の絆」効果
 「クリーチャーがダメージを与えるたび、あなたは同じ点数のライフを得る」という効果を指している。名称の由来は《魂の絆/Spirit Link》というカードで、このカード自体の初出は1995年発売の第4版。


▼ -1/-1 カウンター/-1/-1 Counters ☆☆

 アルファ版で登場したクリーチャーに乗せて使うカウンターは2種類あった。

 1つは +1/+1 カウンターでこれは《Rock Hydra》、《センギアの吸血鬼/Sengir Vampire》、《キノコザウルス/Fungusaur》が用いていた。もう1つは《機械仕掛けの獣/Clockwork Beast》が用いていた +1/+0 カウンターだ。

 アラビアンナイトであらたに登場した3種類目のカウンターが -1/-1 カウンターで、これは《不安定性突然変異/Unstable Mutation》で用いられた。

 これらのカウンターはその後も多くのカードに採用されたが、その後、開発部は+1/+1カウンターと-1/-1カウンターが同時に用いられる状況は混乱を招いていると考えるようになった。また、これらのカウンターには用途的にも重複が見られるとして、より利用頻度の低い-1/-1カウンターは廃止されることとなった。


▼ 「~が戦場に出たとき」の効果/"As ~ Comes into Play" Choices ☆☆☆

 アルファ版を遊んだプレイヤーたちは、インスタントやソーサリーは唱えた際にプレイヤーの意図を何らかの形で反映できることを知っていた(ああ、そうそう、インタラプトもだ)。

 どういうことかというと、呪文を唱えるときにプレイヤーは、その呪文の対象やモードなどを好きに選択できるということだ(モードの選択とは、例えば《青霊破/Blue Elemental Blast》を唱える際に「赤の呪文1つを対象とし、それを打ち消す」のか「赤のパーマネント1つを対象とし、それを破壊する」のかを選ぶような場合だ)

 アラビアンナイトではこのアイデアをさらに1歩進めている。

 リチャードはアラビアンナイトの《Jihad》というカードによって、使い捨ての呪文と同じくパーマネントもプレイされたときにその効果を選択できることを明らかにしたんだ。今では「~が戦場に出たとき(註)」のテキストで知られるこの発明は実に大量のカードデザインに影響を与えた。
(註) 今では「~が戦場に出たとき」のテキスト
 当時の《Jihad》のルールテキストは「Choose a color. As long as opponent has cards of this color in play, all white creatures gain +2/+1. Jihad must be discarded immediately if at any time opponent has no cards of this color in play.」だった。


▼ 一時的にゲームから追放する効果/Removed from Game as Limbo ☆☆☆

 ゲーム外に追放する効果は《分解/Disintegrate》や《剣を鍬に/Swords to Plowshares》のようなカードが示すとおり、すでにアルファ版から存在した。

 アラビアンナイトではこのアイデアを1歩進めている。すなわち、ゲームから追放されたカードが再度ゲームに戻ってくることが可能となったんだ。

 アラビアンナイトのカードで一番分かりやすい実用例は何と言っても《Ring of Ma’ruf》(註)だろうね。このカードはゲームから追放されたカードを戻せた。さらにはゲーム開始時に存在しなかったカードまで手に入れることができたんだ。
(註) 《Ring of Ma’ruf》
 Ring of Ma’ruf (5)
 アーティファクト
 (5),(T),Ring of Ma’rufを追放する:このターン、あなたが次にカードを引く代わりに、あなたがオーナーであるゲームの外部にあるカードを1枚選び、それをあなたの手札に加える。

 ジャッジメントで願いシリーズ(註)を生み出したデザイナーたちがそのアイデアをこの型破りな指輪から得ていたことは間違いないだろうね。
(註) 願いシリーズ
 ジャッジメントで登場したゲーム外からカードを持ってくる呪文で白であればエンチャントかアーティファクト、緑であればクリーチャーという風に5色それぞれに存在した。これらは全て《 ~ の願い/ ~ Wish》という名称で統一されていたため、以降「願い」というとゲーム外からカードを持ってくる効果を指すようになった。

 ただ、より後世のカードたちに大きな影響を与えたカードといえば《Oubliette》(註)だ。このカードがなければゲームから取り除いた先が「一時的な保管所(Limbo)」として用いられることはなかっただろう。
(註) 《Oubliette》
 Oubliette (1)(黒)(黒)
 エンチャント
 Oublietteが戦場に出たとき、クリーチャー1体を対象とし、それとそれにつけられているすべてのオーラ(Aura)を追放する。そのクリーチャーの上に置かれているカウンターの種類と数を記録する。
 Oublietteが戦場を離れたとき、その前者の追放されたカードをオーナーのコントロール下で、タップ状態かつ記録された種類と数のカウンターが置かれた状態で戦場に戻す。そうした場合、その他の追放されたカードをオーナーのコントロール下でそのパーマネントにつけられた状態で戦場に戻す。
 引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Oubliette/

 どういうことかというと、ゲームから取り除いた先(今でいう追放領域)は、カードをただ使用済みとしてしまう墓地よりもずっと利用価値が高かったんだ。

 そこは、一時的にゲームから取り除いておきたいカードを置いておくこともできたし、また参照用にカードを表示しておく場所としても使えた。

 この領域の発見によって生まれた波紋は、フェイジング能力、《ちらつき/Flicker》、《呪文乗っ取り/Spelljack》などのような形で実にマジックの隅々まで広がっていった。


▼ 戦闘から除外する効果/Remove from Combat ☆☆☆

 アラビアンナイトで《黒檀の馬/Ebony Horse》が登場するまで、マジックには「戦闘から除外する(Remove from Combat)」という概念が存在しなかった。確かに再生(註)という能力はアルファ版から存在していたが、当時のルールでは再生しても戦闘から除外はされなかったからだ。
(註) 再生
 ざっくり説明すると、タフネス以上のダメージを受けたときにダメージを全て帳消しにするかわりにタップされて戦闘からも除外される能力。記事が書かれた当時は「再生後は戦闘から除外される」ことになっていたが、マジックの黎明期はまだそうではなかった。再生はその後もルールが二転三転しており、その結果、複雑すぎるという理由により今後は登場しないらしい(2019年06月現在)

 この《黒檀の馬/Ebony Horse》というカードによって戦闘中に出来ることの幅が広げられた。これは再生能力を始めとした多くの戦闘中に効果を発する能力やカードに影響を与えることとなった。


▼ 特定のエキスパンションを参照するカード(註)/Expansion Hosers ☆

 エキスパンションシンボルがゲームに影響するようになったのはアラビアンナイトの《City in a Bottle》の登場以降だ。もっともアラビアンナイト以前にはそもそもエキスパンションシンボル自体が存在しなかったことを考えると、当たり前に聞こえるかもしれないけどね。

 その後、このカードの足跡をたどる形で、アンティキティの《Golgothian》、およびホームランドの《Apocalypse Chime》が生まれた(註)。
(註) 特定のエキスパンションを参照するカード
 ここで紹介されているカードはいずれも簡単に言うと「特定のエキスパンションシンボルを持ったカードをまとめて破壊する」ことができる。なお2013年にルールが変わり、エキスパンションシンボルの有無ではなく、どのエキスパンションが初出かで判断するようになった(つまりエキスパンションシンボルを持たない再録されたカードも今では影響を受けるようになっている)


いくつもの夜を越えて

 そんなわけで、アラビアンナイトがその後のマジックのデザインに与えた影響の大きさを分かってもらえただろうか。

 全体のほんの一部を紹介するだけの短い旅ではあったが、1つのセットが起こした革新がマジックの進化にいかに根付いているかを少しでも伝えることが出来たならとても嬉しい。

 ああ、それともし君がいつか「大列車強盗(Great Train Robbery)」を見る機会があれば、採点は甘めにつけてあげてくれ。君の好きな映画作品はまた別にあるだろうが、これ無しにはその作品も生まれなかったんだろうからね。

 来週は、開発中のセットを呼ぶ仮の名前、そうセットのコードネームに関する不思議な世界に君たちをご招待しようと思う。それまで、隅に円月刀のエキスパンションシンボルが描かれたカードでマジックを楽しんでくれ。

コメント

nophoto
F
2019年6月10日11:54

サイクロンは実際に累加アップキープ持っていたことありましたね。
確認してみたら2001年8月から2009年7月の間の話だそうで、
この記事の時点では累加アップキープ持ちだったことになります。

re-giant
2019年6月10日22:24

>サイクロンは実際に累加アップキープ持っていたことありましたね。

そういえば一時期「カードの効果としてはこのキーワードとほぼ同じだから」とオラクルが置き換えられることがありましたね。この記事のカードでいうと《Oubliette》も一時期「フェイジング」を持ってたらしいですし(その後また「実際のカードの文言を尊重」に舵が切られていくのですが)

なんかそういう「この時期だけこのカードは実際こうだった」という不思議な現象も、長い歴史を持つマジックならではの話に思えてとても好きです。

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