【翻訳】ピッチスペル誕生秘話/Free Play【DailyMTG】
2019年8月24日 翻訳 コメント (5)【翻訳】ピッチスペル誕生秘話/Free Play【DailyMTG】
Mark Rosewater
2002年08月19日
元記事:https://magic.wizards.com/en/articles/archive/making-magic/free-play-2002-08-19
代替コスト週間へようこそ!
代替コストもしくはその頭文字をとってAPC(Alternate Playing Cost)と呼ばれる呪文に馴染みのない人のために説明しておくと、これはマナの代わりに別のコストを支払うことで0マナでも唱えられる呪文に関する言葉だ。
有名どころではアライアンスの《意志の力/Force of Will》、ビジョンズの《火炎破/Fireblast》、メルカディアン・マスクスの《噴出/Gush》などが挙げられる。
今週はAPC呪文がいかにして生まれたか、そしてこれらの誕生がどのような影響をマジックに与えたかを事細かに見ていこうと思う。
そうそう。このコラムはデザインに関するコラムだ。そこでAPC呪文をデザインするに当たって注意しなければいけないルールについても言及したいと思っている。一見簡単そうに見えるかもしれないが、そうでもないんだ。
さて、手始めにAPC呪文が誕生した瞬間を軽く覗いてみよう。
タップアウトしてから
つい先日アップしたアラビアンナイトに関するコラム(この記事(註)だ)のあと、私はクリス・ペイジから1通の手紙を受け取った。
ちなみにクリス・ペイジは、アンティキティ、フォールンエンパイア、アイスエイジ、そしてアライアンスなどの初期のマジックのデザインに関わった「East Coast Playtesters」というグループの1人だ。
先々週のアラビアンナイトのコラムを読んだクリスはいくつか補足情報を提供してくれた。そして彼とやり取りする中で、ありがたいことにアルファ版のプレイテスト中に書かれたとおぼしき古い書簡のコピーを提供してもらうこともできた。
その中にはリチャード・ガーフィールドとプレイテストメンバーたちとの間で交わされた手紙も含まれていた(ちなみにそのプレイテストのメンバーというのはクリス・ペイジ、スカッフ・エリアス(註)、ジム・リンなどだ)。
さて、手紙の中の1つに、はっきりそうと書かれているわけではないが、もしかしたらこれがピッチスペルの元となったアイデアではないかと思われる記述があった。
そのリチャードが書いた文章の一部を以下に紹介しよう。
キャントリップについて。
前にも書いたかもしれないが、考えれば考えるとほど、この案が気に入ってきた。キャントリップというのは誰もプレイしてないような呪文やそれ以外の弱すぎてデッキに入らないような効果を持ちつつも、その唱える際のコストを場に色マナのある土地があるかどうかにする……つまりマナ自体は不要なんだ!
何もできないだろうと思ってた対戦相手は驚き慌てることになるだろう。
そして唱えた瞬間にカードを1枚引く。これで手札の消費は補填される。典型的な「この手札があのカードだったらなあ」的な問題は解決だ。さらにカードの回転を高めてくれるから土地問題にも効果がある。
とはいえそういった副次的効果を除けば大して盤面に影響は与えない効果した持たないカードになるだろう。キャントリップのこれらの特徴のうち、一部だけ使ってみるという可能性もある。
興味深い点としてはリチャードがこの「キャントリップ」として挙げた効果のほんの一部分だけが実際に「キャントリップ」と呼ばれることとなり、それ以外の部分がピッチスペルとなった点だ。
マジックとはルールを破るゲームだ。新たなコンセプトを生み出す際にキーとなるのは、マジックというゲームの仕組みの中で特に確立された不変的と思われている側面を見つけることだ。
その上で、その固定観念を打ち破るメカニズムを生み出すんだ。リチャードとプレイテストメンバーたちは、土地を全てタップしたプレイヤーは無防備である、という点に目を付けたわけだ。
マナを生み出せないプレイヤーは対戦相手に何をされようと邪魔できない……そんな決まりに従う必要なんてないという思いから生み出されたのが初期のピッチスペルたちだったわけさ。
さて、時計の針を数年先まで進めてみよう。今は1995年の秋、そう私が初めて開発部に加わった日だ。その日、私はアライアンスのデベロップメントチームの打ち合わせに参加させられた。
最近ではデベロップメントチームといえば4~5人で構成されているが、アライアンスのチームは開発部のデザイナー以外の全メンバー(に加えて何人かの開発部以外のメンバー)によって構成されていた。たしか14人くらいの人数だったはずだ。
さて、私が加わったとき、すでにアライアンスの開発はかなり佳境に入っていた。初めてカードのカタログファイルを見たときのことをまだ覚えてるよ。このセットの目玉カードは間違いなくピッチスペルだ、と真っ先に思ったこともね。
より正確に言えばピッチスペルの《意志の力/Force of Will》こそこのセットの目玉になるだろう、とね(ちなみに当時の開発中の名前は《Stop Spell》だった)。
そう、アライアンスのデザイナーたち(スカッフ・エリアス、ジム・リン、クリス・ペイジ、デイヴ・ペッティ)はリチャードの暗示していた「無料の」呪文のアイデアを覚えており、それを実現するべく挑戦を試みていたのさ。
ルール外のルール
ここからさらに話は面白くなる。アライアンスのデザインチームのその挑戦とは一体なんだったのか? そして、その試みの障害とは?
まず1つ目の挑戦として、ピッチスペルには1つ大きな問題があった。マジックの色の役割は非常に繊細なバランスの元に成り立っている。プレイヤーは望むもの次第で異なる色を選ばざるを得ない。
しかし、もしプレイヤーが望むものを簡単にどんな色のデッキにでも散らして入れることができたらどうなるか。それすなわちカラーホイール(註)の崩壊だ。
カラーホイールをつなぎとめているのはマナだ。
たとえば呪文を打ち消したいプレイヤーは青マナが必要だ。しかしピッチスペルはそんなマナの必要性を無視してしまう。《意志の力/Force of Will》があればプレイヤーは青マナを有せずに相手の呪文を打ち消せてしまう。
つまりアライアンスのデザイナーは赤の魔法使いが気軽にデッキに打消し呪文を足せないよう、なんらかの手段で工夫する必要があったわけだ。
次に2つ目の挑戦として、デザイナーたちはなんとかピッチスペルをゲームの序盤から撃てるようにしたかった。
実のところ、《意志の力/Force of Will》が作られたの目的の1つは、プレイヤーが自分の最初のターンを迎える前に《対抗呪文/Counterspell》を唱えられるようにすることだった。誰だって自分の最初のターンが来る前に致命傷を負いたくはないだろう?
3つ目の挑戦として「土地を全てタップしているときにこそ使いたくなる効果でありつつも、アグレッシブに使ったときに相手を瞬殺してしまわないような効果」を思いつかなくてはいけなかった。
そして最後に、言わずもがなだが、4つ目としては彼らはこれらの条件を可能な限りシンプルに分かりやすくエレガントに達成する必要があり……実際に彼らはそれを達成した。この事実だけでも彼らのデザイナーとしての実力を証明するに十分と言えるだろうね。
さて実際にどんなカードが生み出されたのかは、君たちもすでに十分知っていることだし、ここは彼らがどんな思考プロセスを経たうえで結論に辿り着いたかを考えてみよう。
おっと、念のため。彼らがこのプロセスを経ているそのとき、私はまだ現場にいなかった。つまりここから紹介するのは、彼らはおそらくこのようにして問題を乗り越えていったのだろう、という私の推測だ。
さて、2つ目の挑戦として挙げた「ゲームの序盤から唱えられるようにすること」がもっとも制約として厳しいように見える。ここから始めてみようか。
カードをまだプレイしてない状態から払える代替コストといえばなんだろう? その状態で君が持っているリソースとは?
さて、ゲーム開始時に持っているリソースといえば、何よりもまず先に思いつくのはライフと手札だ。
ああ、もちろんそれ以外にも選択肢はあると言えばある。将来的なドローを諦めたり、対戦相手にリソースを与えたり……色々だ。しかしエレガントさという意味ではまずこの2つ、ライフと手札だろう。
さて、もしライフをリソースとした場合はどうなるか。もっとも大きな問題は色だ。このリソースを色と紐づけることは非常に難しい。
しかし逆に手札であればその問題をずっとエレガントに解決できる。何しろ手札には色がついているからだ。赤単色のデッキを使っているプレイヤーの手札は青いカードを持っていないんだ。
よってピッチスペルは適切な色のカードを捨てることを代替コストとすればいい。
ただ皮肉なことにアライアンスのデベロップメントチームはこれら2つのリソースは両方使うこととなった。ピッチスペルの中で青の呪文、《意志の力/Force of Will》だけが強すぎることが分かったからだ。
さて、ピッチスペルが機能することが分かったことで、チームは次の段階に進む必要があった。すなわち、ピッチスペルの魅力を減じることのないような素晴らしい効果を思いつかなくてはいけなかった。
まずカードはインスタントである必要がある。何しろピッチスペルは、こっちがタップアウトしてるときに使って相手を驚かせる「リアクション的な」カードだからだ。
さて、それを踏まえたうえで、どんなインスタントであるべきだとチームは考えたのだろうか。まず《紅蓮操作/Pyrokinesis》から見てみよう。
赤という色の主要なテーマは常に変わることなく「直接ダメージを与えること」だ。そしてそれは多くの場合においてインスタント速度で、だった。
つまり赤のピッチスペルがダメージ呪文となるのは至極当然のことだ。ただ、伝統的に赤の直接ダメージ呪文はクリーチャーもプレイヤーも対象にとれる汎用性の高いものだったが今回の場合はプレイヤーにも撃ててしまうとちょっとした問題がある。
もし《紅蓮操作/Pyrokinesis》がクリーチャーもプレイヤーも対象ととれるとなるとどうなるか。《紅蓮操作/Pyrokinesis》だけのデッキは対戦相手のターンが来る前にすら12点ダメージを本体に撃ち込めることになる。
1枚引けばさらに4点追加だ。そして2ターン後にはゲームが終わる。ピッチスペルの魅力は「驚き」であって「速度」ではない(もっとも、そう上手く狙い通りにいかなかったのは周知の事実ではあるが)
そんな感じで、アライアンスのデザイナーたちは能動的でなくより受動的な呪文となるよう細心の注意を払いつつピッチスペルをデザインしていった。
《紅蓮操作/Pyrokinesis》と《Contagion》はクリーチャーを除去し、《意志の力/Force of Will》と《古参兵の傷痕/Scars of the Veteran》は呪文とダメージを防ぐこととなった。
アライアンスのピッチスペルの中でもっとも攻撃的なカードである《狩りの報奨/Bounty of the Hunt》もどちらかというと相手へのダメージを高めるより自軍のクリーチャーを守るために使われたし、仮に攻撃的に使おうとした場合も3ターンキルをできるほどの速度ではなかった。
継続は力なり
前述の通りアライアンスのデザイナーたちはピッチスペルのゲーム序盤における強さを模索した。それに対し、ミラージュとビジョンズのデザインチーム(ビル・ローズ、ジョエル・ミック、チャーリー・カティノ、ドン・フェリーチェ、エリオット・シーガル、ハワード・カーレンベルク)はその逆の可能性を探った。
ゲームが進むにつれて盤面のリソースは積み重なっていく。この盤面のリソースをコストとして消費するピッチスペルはどうだろう?
デザインチームのサブリーダーであったビル・ローズによると、元々《火炎破/Fireblast》は場に並び過ぎた余剰の土地を生かすためにデザインされたそうだ。
(そうだね、君たちも知っての通り、実際の使われ方はそうではなかった。デザイナーの生み出したメカニズムの(別の)有用な使い道をプレイヤーたちが発見するというのは良くある話だ)
そしてそのコインの裏側を探索しにいったミラージュのデザイナーたちはそこに代替コストの新たな可能性が広がっていることを知ったんだ。
対応するタイプの色つきパーマネントを手札に戻したり生け贄に捧げたりするというコスト。対応する基本地形を手札に戻したり生け贄に捧げたりするというコスト。戦場以外の、例えば墓地などのカードをゲームから追放するコスト。
さらに言えば、これらのコストはゲーム序盤には支払うことができないため、より攻撃的な効果を持つピッチスペルのデザインが可能になった。
マスクスの下に隠された顔
次のピッチスペルに関する革新的発見はメルカディアン・マスクスのデザインの中でもたらされた。
このセットのデザインチーム(マイク・エリオット、ビル・ローズ、そして私の3人)は、ピッチスペルの再登場を画策していた。加えて、ただ復活させるに留まらず、さらなる深みを探ろうと決めていた。
そのため、このデザインチームは過去のピッチスペルから多くの気づきを得た上で、様々な試みを模索していた。
それは例えば、特定の色を対策するピッチスペル、対戦相手にリソースを与えることをコストとするピッチスペル、呪文カードではなく土地カードを捨てる必要のあるピッチスペルなどだ。
前述したマスクスブロックのデザインにおいて個人的に最も興味深かった点は、ピッチスペルの可能性がなんと広いのか、ということだった。
もちろんピッチスペルの可能性には危険性もあった。そして実際に開発部の歴史の中でその強さを過小評価し過ぎてしまったこともあった。
しかしそれでもなおピッチスペルという世界にはまだ多くの可能性が確かに残されている。私たちはまた何度でもここに足を踏み入れることになるだろう。
というわけで過去のメカニズムを再訪する小旅行は楽しんでもらえただろうか。このような記事を読んでもらうことで《意志の力/Force of Will》のように美しく洗練されたカードが生まれるまでには多くの難しい判断が下されていることを知ってもらえればと願っている。
来週もまたこのコラムでお会いしよう。次回は有名どころのカードの生まれたばかりの写真を紹介しようと思っている。それまで君たちが土地をフルタップしつつも意味ありげな笑みで対戦相手を翻弄できるよう祈ってるよ。
Mark Rosewater
2002年08月19日
元記事:https://magic.wizards.com/en/articles/archive/making-magic/free-play-2002-08-19
代替コスト週間へようこそ!
代替コストもしくはその頭文字をとってAPC(Alternate Playing Cost)と呼ばれる呪文に馴染みのない人のために説明しておくと、これはマナの代わりに別のコストを支払うことで0マナでも唱えられる呪文に関する言葉だ。
有名どころではアライアンスの《意志の力/Force of Will》、ビジョンズの《火炎破/Fireblast》、メルカディアン・マスクスの《噴出/Gush》などが挙げられる。
Force of Will / 意志の力 (3)(青)(青)
インスタント
あなたは、この呪文のマナ・コストを支払うのではなく、1点のライフを支払うとともにあなたの手札にある青のカードを1枚、追放することを選んでもよい。
呪文1つを対象とし、それを打ち消す。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Force+of+Will/
Fireblast / 火炎破 (4)(赤)(赤)
インスタント
あなたは、この呪文のマナ・コストを支払うのではなく、山(Mountain)を2つ生け贄に捧げることを選んでもよい。
クリーチャー1体かプレインズウォーカー1体かプレイヤー1人を対象とする。火炎破はそれに4点のダメージを与える。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Fireblast/
Gush / 噴出 (4)(青)
インスタント
あなたはこの呪文のマナ・コストを支払うのではなく、あなたがコントロールする島(Island)を2つ、オーナーの手札に戻すことを選んでもよい。
カードを2枚引く。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Gush/
今週はAPC呪文がいかにして生まれたか、そしてこれらの誕生がどのような影響をマジックに与えたかを事細かに見ていこうと思う。
そうそう。このコラムはデザインに関するコラムだ。そこでAPC呪文をデザインするに当たって注意しなければいけないルールについても言及したいと思っている。一見簡単そうに見えるかもしれないが、そうでもないんだ。
さて、手始めにAPC呪文が誕生した瞬間を軽く覗いてみよう。
(訳注) APC呪文
正直なところ日本だとAPCという俗称はほとんど根付いておらず伝わりづらい気がするので、以降は日本でもそこそこ知られている俗称である「ピッチスペル」の呼び名を使うことにする。
タップアウトしてから
つい先日アップしたアラビアンナイトに関するコラム(この記事(註)だ)のあと、私はクリス・ペイジから1通の手紙を受け取った。
(註) この記事
原文では「It Happened One Nights」。今回のコラムの2週間前に書かれたものでアラビアンナイトのカードがどうその後のデザインに影響を与えたかについて語っている。以下、そのコラムの拙訳。
(日本語訳) https://regiant.diarynote.jp/201906092347189528/
ちなみにクリス・ペイジは、アンティキティ、フォールンエンパイア、アイスエイジ、そしてアライアンスなどの初期のマジックのデザインに関わった「East Coast Playtesters」というグループの1人だ。
先々週のアラビアンナイトのコラムを読んだクリスはいくつか補足情報を提供してくれた。そして彼とやり取りする中で、ありがたいことにアルファ版のプレイテスト中に書かれたとおぼしき古い書簡のコピーを提供してもらうこともできた。
その中にはリチャード・ガーフィールドとプレイテストメンバーたちとの間で交わされた手紙も含まれていた(ちなみにそのプレイテストのメンバーというのはクリス・ペイジ、スカッフ・エリアス(註)、ジム・リンなどだ)。
(註) スカッフ・エリアス
アルファ版が出る前から開発とテストプレイに関わっているメンバー。同じカードは4枚までの制限ルールを初めてテストした人だったり、エキスパンションごとにカードの裏面を違うものにしようというアイデアを速攻で却下したりもするらしい(以上の話のソースは以下の MTG Salvation Wiki)。
https://mtg.gamepedia.com/Skaff_Elias
さて、手紙の中の1つに、はっきりそうと書かれているわけではないが、もしかしたらこれがピッチスペルの元となったアイデアではないかと思われる記述があった。
そのリチャードが書いた文章の一部を以下に紹介しよう。
キャントリップについて。
前にも書いたかもしれないが、考えれば考えるとほど、この案が気に入ってきた。キャントリップというのは誰もプレイしてないような呪文やそれ以外の弱すぎてデッキに入らないような効果を持ちつつも、その唱える際のコストを場に色マナのある土地があるかどうかにする……つまりマナ自体は不要なんだ!
何もできないだろうと思ってた対戦相手は驚き慌てることになるだろう。
そして唱えた瞬間にカードを1枚引く。これで手札の消費は補填される。典型的な「この手札があのカードだったらなあ」的な問題は解決だ。さらにカードの回転を高めてくれるから土地問題にも効果がある。
とはいえそういった副次的効果を除けば大して盤面に影響は与えない効果した持たないカードになるだろう。キャントリップのこれらの特徴のうち、一部だけ使ってみるという可能性もある。
興味深い点としてはリチャードがこの「キャントリップ」として挙げた効果のほんの一部分だけが実際に「キャントリップ」と呼ばれることとなり、それ以外の部分がピッチスペルとなった点だ。
マジックとはルールを破るゲームだ。新たなコンセプトを生み出す際にキーとなるのは、マジックというゲームの仕組みの中で特に確立された不変的と思われている側面を見つけることだ。
その上で、その固定観念を打ち破るメカニズムを生み出すんだ。リチャードとプレイテストメンバーたちは、土地を全てタップしたプレイヤーは無防備である、という点に目を付けたわけだ。
マナを生み出せないプレイヤーは対戦相手に何をされようと邪魔できない……そんな決まりに従う必要なんてないという思いから生み出されたのが初期のピッチスペルたちだったわけさ。
さて、時計の針を数年先まで進めてみよう。今は1995年の秋、そう私が初めて開発部に加わった日だ。その日、私はアライアンスのデベロップメントチームの打ち合わせに参加させられた。
最近ではデベロップメントチームといえば4~5人で構成されているが、アライアンスのチームは開発部のデザイナー以外の全メンバー(に加えて何人かの開発部以外のメンバー)によって構成されていた。たしか14人くらいの人数だったはずだ。
さて、私が加わったとき、すでにアライアンスの開発はかなり佳境に入っていた。初めてカードのカタログファイルを見たときのことをまだ覚えてるよ。このセットの目玉カードは間違いなくピッチスペルだ、と真っ先に思ったこともね。
より正確に言えばピッチスペルの《意志の力/Force of Will》こそこのセットの目玉になるだろう、とね(ちなみに当時の開発中の名前は《Stop Spell》だった)。
そう、アライアンスのデザイナーたち(スカッフ・エリアス、ジム・リン、クリス・ペイジ、デイヴ・ペッティ)はリチャードの暗示していた「無料の」呪文のアイデアを覚えており、それを実現するべく挑戦を試みていたのさ。
ルール外のルール
ここからさらに話は面白くなる。アライアンスのデザインチームのその挑戦とは一体なんだったのか? そして、その試みの障害とは?
まず1つ目の挑戦として、ピッチスペルには1つ大きな問題があった。マジックの色の役割は非常に繊細なバランスの元に成り立っている。プレイヤーは望むもの次第で異なる色を選ばざるを得ない。
しかし、もしプレイヤーが望むものを簡単にどんな色のデッキにでも散らして入れることができたらどうなるか。それすなわちカラーホイール(註)の崩壊だ。
(註) カラーホイール
原文では「Color Wheel」。マジックの色の役割は円を5つに切り分けたカラーパイの形で語られることが多く、その見た目を指して「カラーホイール(= 色の車輪)」と称することがある……という説明であってるか若干自信がないが、とりあえず「色の役割」と同じ意味にとってもらえれば大丈夫(のはず)。
カラーホイールをつなぎとめているのはマナだ。
たとえば呪文を打ち消したいプレイヤーは青マナが必要だ。しかしピッチスペルはそんなマナの必要性を無視してしまう。《意志の力/Force of Will》があればプレイヤーは青マナを有せずに相手の呪文を打ち消せてしまう。
つまりアライアンスのデザイナーは赤の魔法使いが気軽にデッキに打消し呪文を足せないよう、なんらかの手段で工夫する必要があったわけだ。
次に2つ目の挑戦として、デザイナーたちはなんとかピッチスペルをゲームの序盤から撃てるようにしたかった。
実のところ、《意志の力/Force of Will》が作られたの目的の1つは、プレイヤーが自分の最初のターンを迎える前に《対抗呪文/Counterspell》を唱えられるようにすることだった。誰だって自分の最初のターンが来る前に致命傷を負いたくはないだろう?
(余談)
原文ではここに「沼セット、モックス、モックス、ブラックロータス、暗黒の儀式で《精神錯乱》唱えます。7枚捨ててください」「なんてこった」という画像のキャプションが記載されているが、画像自体は記事が古すぎて載っていない。おそらく会話に登場するカード群が紹介されていたものと思われる。
3つ目の挑戦として「土地を全てタップしているときにこそ使いたくなる効果でありつつも、アグレッシブに使ったときに相手を瞬殺してしまわないような効果」を思いつかなくてはいけなかった。
そして最後に、言わずもがなだが、4つ目としては彼らはこれらの条件を可能な限りシンプルに分かりやすくエレガントに達成する必要があり……実際に彼らはそれを達成した。この事実だけでも彼らのデザイナーとしての実力を証明するに十分と言えるだろうね。
さて実際にどんなカードが生み出されたのかは、君たちもすでに十分知っていることだし、ここは彼らがどんな思考プロセスを経たうえで結論に辿り着いたかを考えてみよう。
おっと、念のため。彼らがこのプロセスを経ているそのとき、私はまだ現場にいなかった。つまりここから紹介するのは、彼らはおそらくこのようにして問題を乗り越えていったのだろう、という私の推測だ。
さて、2つ目の挑戦として挙げた「ゲームの序盤から唱えられるようにすること」がもっとも制約として厳しいように見える。ここから始めてみようか。
カードをまだプレイしてない状態から払える代替コストといえばなんだろう? その状態で君が持っているリソースとは?
さて、ゲーム開始時に持っているリソースといえば、何よりもまず先に思いつくのはライフと手札だ。
ああ、もちろんそれ以外にも選択肢はあると言えばある。将来的なドローを諦めたり、対戦相手にリソースを与えたり……色々だ。しかしエレガントさという意味ではまずこの2つ、ライフと手札だろう。
さて、もしライフをリソースとした場合はどうなるか。もっとも大きな問題は色だ。このリソースを色と紐づけることは非常に難しい。
しかし逆に手札であればその問題をずっとエレガントに解決できる。何しろ手札には色がついているからだ。赤単色のデッキを使っているプレイヤーの手札は青いカードを持っていないんだ。
よってピッチスペルは適切な色のカードを捨てることを代替コストとすればいい。
ただ皮肉なことにアライアンスのデベロップメントチームはこれら2つのリソースは両方使うこととなった。ピッチスペルの中で青の呪文、《意志の力/Force of Will》だけが強すぎることが分かったからだ。
(註) 《意志の力/Force of Will》だけ
《意志の力/Force of Will》は確かに代替コストに手札とライフを要求するが、実際にはこの《意志の力/Force of Will》以外にも手札とライフの両方を大体コストとして要求するピッチスペルがアライアンスにはある。黒猫のイラストで人気の《Contagion》がそれ。
さて、ピッチスペルが機能することが分かったことで、チームは次の段階に進む必要があった。すなわち、ピッチスペルの魅力を減じることのないような素晴らしい効果を思いつかなくてはいけなかった。
まずカードはインスタントである必要がある。何しろピッチスペルは、こっちがタップアウトしてるときに使って相手を驚かせる「リアクション的な」カードだからだ。
さて、それを踏まえたうえで、どんなインスタントであるべきだとチームは考えたのだろうか。まず《紅蓮操作/Pyrokinesis》から見てみよう。
Pyrokinesis / 紅蓮操作 (4)(赤)(赤)
インスタント
あなたは、この呪文のマナ・コストを支払うのではなく、あなたの手札にある赤のカード1枚を追放することを選んでもよい。
好きな数のクリーチャーを対象とする。紅蓮操作はそれらに4点のダメージを、望むように割り振って与える。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Pyrokinesis/
赤という色の主要なテーマは常に変わることなく「直接ダメージを与えること」だ。そしてそれは多くの場合においてインスタント速度で、だった。
つまり赤のピッチスペルがダメージ呪文となるのは至極当然のことだ。ただ、伝統的に赤の直接ダメージ呪文はクリーチャーもプレイヤーも対象にとれる汎用性の高いものだったが今回の場合はプレイヤーにも撃ててしまうとちょっとした問題がある。
もし《紅蓮操作/Pyrokinesis》がクリーチャーもプレイヤーも対象ととれるとなるとどうなるか。《紅蓮操作/Pyrokinesis》だけのデッキは対戦相手のターンが来る前にすら12点ダメージを本体に撃ち込めることになる。
1枚引けばさらに4点追加だ。そして2ターン後にはゲームが終わる。ピッチスペルの魅力は「驚き」であって「速度」ではない(もっとも、そう上手く狙い通りにいかなかったのは周知の事実ではあるが)
そんな感じで、アライアンスのデザイナーたちは能動的でなくより受動的な呪文となるよう細心の注意を払いつつピッチスペルをデザインしていった。
《紅蓮操作/Pyrokinesis》と《Contagion》はクリーチャーを除去し、《意志の力/Force of Will》と《古参兵の傷痕/Scars of the Veteran》は呪文とダメージを防ぐこととなった。
アライアンスのピッチスペルの中でもっとも攻撃的なカードである《狩りの報奨/Bounty of the Hunt》もどちらかというと相手へのダメージを高めるより自軍のクリーチャーを守るために使われたし、仮に攻撃的に使おうとした場合も3ターンキルをできるほどの速度ではなかった。
Scars of the Veteran / 古参兵の傷痕 (4)(白)
インスタント
あなたは、この呪文のマナ・コストを支払うのではなく、あなたの手札にある白のカード1枚を追放することを選んでもよい。
クリーチャー1体かプレインズウォーカー1体かプレイヤー1人を対象とする。このターン、それに与えられる次のダメージを7点軽減する。それがクリーチャーであるなら、次の終了ステップの開始時に、これにより軽減されたダメージ1点につき、それの上に+0/+1カウンターを1個置く。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Scars+of+the+Veteran/
Bounty of the Hunt / 狩りの報奨 (3)(緑)(緑)
インスタント
あなたは、この呪文のマナ・コストを支払うのではなく、あなたの手札にある緑のカード1枚を追放することを選んでもよい。
1体か2体か3体のクリーチャーを対象とし、それらの上に3個の+1/+1カウンターを割り振って置く。これによりあなたがクリーチャーの上に置いた各+1/+1カウンターについて、次のクリンナップ・ステップの開始時にそのクリーチャーから+1/+1カウンターを1個取り除く。
引用元:http://whisper.wisdom-guild.net/card/Bounty+of+the+Hunt/
継続は力なり
前述の通りアライアンスのデザイナーたちはピッチスペルのゲーム序盤における強さを模索した。それに対し、ミラージュとビジョンズのデザインチーム(ビル・ローズ、ジョエル・ミック、チャーリー・カティノ、ドン・フェリーチェ、エリオット・シーガル、ハワード・カーレンベルク)はその逆の可能性を探った。
ゲームが進むにつれて盤面のリソースは積み重なっていく。この盤面のリソースをコストとして消費するピッチスペルはどうだろう?
デザインチームのサブリーダーであったビル・ローズによると、元々《火炎破/Fireblast》は場に並び過ぎた余剰の土地を生かすためにデザインされたそうだ。
(そうだね、君たちも知っての通り、実際の使われ方はそうではなかった。デザイナーの生み出したメカニズムの(別の)有用な使い道をプレイヤーたちが発見するというのは良くある話だ)
そしてそのコインの裏側を探索しにいったミラージュのデザイナーたちはそこに代替コストの新たな可能性が広がっていることを知ったんだ。
対応するタイプの色つきパーマネントを手札に戻したり生け贄に捧げたりするというコスト。対応する基本地形を手札に戻したり生け贄に捧げたりするというコスト。戦場以外の、例えば墓地などのカードをゲームから追放するコスト。
さらに言えば、これらのコストはゲーム序盤には支払うことができないため、より攻撃的な効果を持つピッチスペルのデザインが可能になった。
(余談)
原文ではここに「マスクスブロックのこれら3枚のカードはピッチスペルのまた違った可能性を見せてくれた」という画像のキャプションが記載されているが、画像自体は記事が古すぎて載っていない。マスクスブロックのピッチスペル、かつ手札以外をコストとする呪文という意味では《噴出/Gush》、《殺し/Snuff Out》、《土地譲渡/Land Grant》あたりか。
マスクスの下に隠された顔
次のピッチスペルに関する革新的発見はメルカディアン・マスクスのデザインの中でもたらされた。
このセットのデザインチーム(マイク・エリオット、ビル・ローズ、そして私の3人)は、ピッチスペルの再登場を画策していた。加えて、ただ復活させるに留まらず、さらなる深みを探ろうと決めていた。
そのため、このデザインチームは過去のピッチスペルから多くの気づきを得た上で、様々な試みを模索していた。
それは例えば、特定の色を対策するピッチスペル、対戦相手にリソースを与えることをコストとするピッチスペル、呪文カードではなく土地カードを捨てる必要のあるピッチスペルなどだ。
前述したマスクスブロックのデザインにおいて個人的に最も興味深かった点は、ピッチスペルの可能性がなんと広いのか、ということだった。
もちろんピッチスペルの可能性には危険性もあった。そして実際に開発部の歴史の中でその強さを過小評価し過ぎてしまったこともあった。
しかしそれでもなおピッチスペルという世界にはまだ多くの可能性が確かに残されている。私たちはまた何度でもここに足を踏み入れることになるだろう。
というわけで過去のメカニズムを再訪する小旅行は楽しんでもらえただろうか。このような記事を読んでもらうことで《意志の力/Force of Will》のように美しく洗練されたカードが生まれるまでには多くの難しい判断が下されていることを知ってもらえればと願っている。
来週もまたこのコラムでお会いしよう。次回は有名どころのカードの生まれたばかりの写真を紹介しようと思っている。それまで君たちが土地をフルタップしつつも意味ありげな笑みで対戦相手を翻弄できるよう祈ってるよ。
コメント
なお、「マスクスブロックのこれら3枚~」のくだりは、HTMLソースを確認したら
《モグの分捕り/Mogg Salvage》
《スカイシュラウドの切断獣/Skyshroud Cutter》
《廃止/Abolish》
のようです。ご参考までに。
ソースから確認……そんな確認手段があるとは。ありがとうございます。気になってたので助かりました。
完全にうろ覚えの状態で「代替コスト、効果」を答えてみると……
《モグの分捕り/Mogg Salvage》
山を生け贄に捧げる、ゴブリントークンが出て来る
《スカイシュラウドの切断獣/Skyshroud Cutter》
相手にライフを与える、2/3?のクリーチャーが場に出る
《廃止/Abolish》
山を生け贄に捧げる、アーティファクトを破壊する
……でしょうか(絶対に違う気がするものがいくつかある)