蛇足かもしれないので迷ったけど、一応書いとく。《象牙の塔/Ivory Tower》というのは色々なものを指すけど、その中に「俗世間から離れて孤高に生きる人たち」がある。学問一筋で実体験をともなわず机上の空論を振り回してしまいがちな研究者を揶揄して呼ぶ言い方でもある。
マジックの開発部というのはともすれば「一般のプレイヤーたちから見たマジック」という視点から完全に離れてしまいがちな立場でもある。そのズレを埋めるために開発部はどのような手段をとっているのか、ということを紹介してくれているのが今日の記事。
【翻訳】《象牙の塔》を《粉砕》せよ/Shattering the Ivory Tower【Daily MTG】
Tom LaPille
2011年10月28日
元記事:http://www.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtg/daily/ld/166
11歳の頃から今にかけて、私はマジックを開発側とプレイヤー側という両方から関わって来た。3年と少し前までは(註)、その関わり方は多くのプレイヤーとほぼ変わらないものだった。
子供の頃は家の中のテーブルで遊ぶことが多く、同時に地元のトーナメントへも不定期ながら参加していた。このトーナメントへの参加がその後の人生を決めたと言っていいだろう。
しばらくして、私は最寄りのショップで週に2回のドラフトを欠かさずプレイするようになった。さらにはプロツアー予選に参加するようになり、グランプリに参加するようになり、最終的にはプロツアーへと辿り着いた。
(註) 3年と少し前まで
著者であるTom LaPilleがウィザーズに入社したのは2008年のこと。
この流れが断ち切られたのはウィザーズのオフィスに足を踏み入れたときだ。今や私は仕事のためにそこへ向かい、そこを出たあとのほとんどの時間はマジックに関係ないことに費やすようになった。ウィザーズで働くほとんどのメンバーは似たりよったりの人生を送っている。
こういった形でしかマジックに接しなくなるということは明らかに危険だ。マジックに対する一般的な視点が失われてしまうからだ。私たちも当然この危険性には気づいており、様々な手段で対処を試みている。
その1 私たちはトーナメントに顔を出す
マジックを遊ぶということはどのようなことなのか。それについて、ごく一般的な視点を取り戻すためのもっとも良い方法はたくさんのマジックプレイヤーが集まる場に赴き、彼らと一緒に時間を過ごすことだ。そして手軽にこれを達成したければ、規模の大きいトーナメントへ足を向ければいい。
プロツアーでR&Dのメンバーを見かけるのはそう珍しいことじゃない。世界の強豪プレイヤーたちが私たちの生み出したカードをプレイするところを見るのは楽しいことだし、多くのプレイヤーはそのプロツアーでの結果を真似てデッキを作る。
私たちはマジックのトッププレイヤーたちと個人的な付き合いを持つこともまた楽しみにしている。私たちと同じくらいマジックをより良いものにしたいという意欲に燃えているプレイヤーたちだし、また彼らとの付き合いによって開発の問題点に関する最新情報に疎くならずに済むことが分かってきた。
しかしプロツアーや他の規模の大きいイベントに顔を出すのはそういった理由からだけではない。ここ何年か、どのプロツアーにもR&Dのメンバーとマジックの対戦ができるブースが必ず設けられてきた。このブースは「ガンスリンガー」「チャンピオンチャレンジ」「スペルスリンガー(註)」など様々な名前で呼ばれてきたが、その目指すところは常に一定だ。
私たちと会うことをみんな楽しみにしてくれてるし、私たちもまた君たちと交流することで学ぶことがある。特に北米以外で開催されるイベントで得られるものは大きい。そこでは全世界のプレイヤーたちから新しいことを学べるからだ。
もっともプロツアーはプライベートなイベントとなることが決まり(註)、ここで述べた目的のうち最初のものしか達成できなくなった。その他の大きな規模のイベントで君たちと会える機会があることを期待しているよ。
(註) スペルスリンガー
前にTom Lapilleは、開発側がスペルスリンガーで使うデッキの内容や作り方についてコラムを書いている。そのコラムの拙訳が以下。
【翻訳】ガンスリンガーじゃない、スペルスリンガーさ/Spellslinging【Daily MTG】
http://regiant.diarynote.jp/201103130139077253/
(註) プロツアーはプライベートなイベントとなる
来年度からプロツアーは完全にプライベートイベントとなり、併設イベントやサイン会などの催し物も行われなくなるらしい。詳しい事は以下の日本語公式サイトの記事を参照のこと。
2012年のイベント構造に関する一問一答
http://mtg-jp.com/reading/translated/001339/
私は規模の小さいトーナメントにも機会を見つけては足を向けるようにしている。
ウィザーズのオフィスから最も近いショップは Shane’s Cards and Comicというショップで、これは私の好きなベトナム料理屋とたまに買い物に行く日本食品店との隣にある。ときおり、私は金曜の午後にこれら3つの店に立ち寄り、ワシントン州レントンのマジックコミュニティの息吹に触れることにしている。
これによって私はトーナメント志向のプレイヤーたちのよりカジュアルな面を知る窓口を得ることができ、同時に店主から最近の景気について話す機会も得られている。
その2 私たちはトーナメントでプレイする
トーナメントにゲストとして顔を出すのも悪くはないが、プレイヤーとして参加することに換えられるものでもない。ぎりぎりの瞬間までサイドボードに悩み、ペアリングが張り出された掲示板に群衆として群がり、対戦相手を前にシャッフルする緊張感。これら全てがマジックの一部であり、そして内側からしか感じ取れないものである。
ウィザーズの社員は認定トーナメントへの参加が制限されている。そのためこの手段を用いることはまれだが、私は機会を見つけては出来る限り参加するようにしている。もちろん私がマジックの大会でプレイすることが大好きだからということもあるが、同時に良いリサーチの機会でもあるからだ。
ウィザーズで働き始めた頃、シアトルでは規模の大きい非公認のスタンダード・トーナメントがよく開催されていた。私は出来る限りこれらへ参加し、いくつかでそれなりの戦績を残した。2009年には、Nintendo DSX(註)のためのサイドイベントで優勝したりもした。
最近参加した規模の大きめの大会となると、モダンが正式フォーマットとなる前にCard Kingdom(註)の本店で開催されたモダンのイベントに参加したり、アーリントンのMirkwood Cafe(註)で開催されたレガシーのトーナメントに2回参加したりしている。
これらの大会は非常に楽しいものだった。どの大会でも、それまで知ることのなかった新しい知識を得ることができたし、それらは私の仕事に役立ってくれている。
(註) Nintendo DSX
ニンテンドーDSのための外部記憶装置だかフラッシュメモリーだかなんだか? 調べてみたけどよく分からない。少なくとも日本では売ってない商品みたい。まさか会社の名前じゃないだろう。
(註) Card Kingdom
ワシントン州シアトルにあるゲームショップ。日本にも同名のカードショップがあるけど、関連性についてはよく分からなかった。以下がホームページのアドレス。
Card Kingdom(http://www.cardkingdom.com)
(註) Mirkwood Cafe
ワシントン州アーリントンにあるゲーム・ミュージックショップ。正式名称は Mirkwood & Shire Cafe らしい。以下がホームページのアドレス。
Mirkwood & Shire Cafe(http://www.mirkwoodshirecafe.com)
その3 私たちはマジックオンラインでプレイする
マジックオンラインもまたプレイヤーと交流するのにとても良い手段となってくれている。もちろん面と向かっての交流は素晴らしいものだし、今後もそれをやめるつもりはまったくないが、マジックオンラインでのプレイにはそれとはまた違った利点がある。
現実世界では、多くのプレイヤーは私が誰だか知っており、私のこの肩書きのために敬意を持って丁寧に接してくれる。ところがオンラインでは、私が誰だか示すのは名前の横に小さく表示されたウィザーズのロゴだけだ。私はこれがあるせいで匿名性も何もないと思っていたが、意外とみんな気づかないものらしい。つまり他の誰かしらと同じように皆が私に接してくれるということだ。
それが何の役に立つのか?
直に接している場合、多くのプレイヤーは私との時間を大切なものとし、私に嫌われないようにふるまってくれる。完全にロックを決めにくるようなデッキや私の土地を全て吹き飛ばすようなデッキは使わないし、私のデッキが紙束だと指摘することもないし、私が馬鹿で単に運が良かっただけでとっとと死ねばいいのにと言われることもない。
そのため私たちは、実世界でプレイヤーたちと交流する際は、本来の姿よりも美化したマジックの世界を見せられているのではないかと不安になることがある。対して、マジックオンラインでは私と対戦する際に気を遣ってプレイする必要もなく、事態は少々異なったものとなる。
私の土地を全て《不毛の大地/Wasteland》化したり、私のやることなすこと《もみ消し/Stifle》しまくったり、2ターン目に致死量の《苦悶の触手/Tendrils of Agony》を撃ち込んだり、私の土地を全て《液鋼の塗膜/Liquimetal Coating》と《タクタクの潰し屋/Tuktuk Scrapper》のコンボで吹きとばしたりすることに良心の呵責を覚えるプレイヤーはいないようだ。
ゲームの最中に汚い言葉を投げつけられることもある。特に変わったコンボなどで勝利した場合などだ。もちろんこういったことが嬉しいわけではないが、こういった現場に立ち会える機会は貴重なものだと思っている。これらもまた本当のマジックの一部だからだ。
その4 私たちは新しいメンバーを雇う
もちろん私たちはもっと直接的な手段を用いることもある。オフィスに新しい才能を招き入れることだ。新しいメンバーが加わるとき、その人物は必ず何かしら新しい視点をもたらしてくれる。
入ったばかりのときのその新たな視点は実世界からもたらされたものであり、私たちが新メンバーから得られるものの中でも特に重要なものの1つだ。長い時間をかけてそれらの視点をまとめあげることで実世界におけるマジックの姿が見えてくる。
興味深い点として、いずれの視点も単体では決して完璧なものではないということが挙げられる。
雇われた当時の私は特定のプロツアーの権利を狙ってとれるだけの強さを持ったプレイヤーだった。しかしそれでもなお私は毎回予選を勝ち抜く必要があった。多くの同僚は私よりずっとマジックが上手かったが、プロツアー予選という過酷な戦場を私ほど多く経験したプレイヤーはいなかった。
構築環境に対して私は彼らとは異なる視点を持ち、そのおかげで独自の意見を持つことができた。
その一方で、Erik Lauerの図抜けたデッキ構築の才能やプロツアーベテランであるMike Turianの経験もまた、私たちに必要な多種多様な視点を得るのに必要不可欠なものだった。
さらについ最近開発チームに加わったメンバーにはZak Hillがいる。彼はいくつかのプロツアーでプレイしたことがあり、そのマレーシアでの人生の大半をマジックに費やした男だ。Dam Humpherysは殿堂入りプレイヤーの1人であり、他のトレーディングカードゲームに数年以上携わった経験を私たちにもたらしてくれた。Max McCallは特定の環境のベストソリューションを見つけることに心血を注いでおり、役に立たなくなるその瞬間までひたすらそれを使い倒す名人だ。
最も新しく開発に加わったメンバーと言えば、2005年のプロツアーロサンゼルスで最終日に残ったプレイヤーであり独創的なデッキの作り手でもあるBilly Moreno、そしてこの記事を書くほんの2日前にインターンとして開発に来たばかりのGavin Verheyがいる。Gavin Verheyの視点と意見がどのようなものかはまだ分からない。だけどそれが今いるメンバーの誰とも違ったものであることは間違いない。
余談ながらつけ加えておくと、もし君に新たな意見と共に私たちの一員に加わりたいという野望があるのなら、この Great Developer Search を一読することをお薦めする。Gavin Verheyが最後の新メンバーというわけではない。君が多少の苦労をいとわないのであれば次の新たなメンバーとなる可能性だってもちろんある。
その5 私たちとはインターネット経由でコミュニケーションがとれる
ちょっと探してもらえばすぐ分かることだが、私たちとコミュニケーションをとる方法を見つけるのはそう難しいことじゃない。どの記事にも「ご意見・ご感想のEメールはこちら」のリンクが張られている。全てのメールに返信することは出来ないが、私の知る限り、どのメンバーももらったメールは全て目を通している。
また私たちの多くはメール以外にも交流の窓を開いている。Mark Rosewaterはありとあらゆるソーシャルメディアを好んで用いており、TwitterとTumblr(註)のどちらでも熱心に活動している。Zac HillとGavin Verhey、そして私もTwitterにはよくアクセスしている。
(註) Tumblr
読みはタンブラー。ブログとTwitterを足して2で割らないようなサービス。他のユーザをフォローできたり、フォローしたユーザが更新した記事が自動的にリアルタイムで表示されたりする。日本語版もあるらしい。
これらのメディアで私たちを見つけることは簡単だが、同時に私たちはこれらから得られる情報については注意深く吟味している。Twitter上で私たちにメッセージを送ってくれるプレイヤーの多くは、好みのプレイスタイルを非常に強く推す傾向がある。
Twitter上でツイートを送ってくれるトーナメントプレイヤーたちはマジックのために何時間もの移動を強いられることを苦にしないタイプが多いし、ツイートを送ってくれるカジュアルプレイヤーたちは何百・何千枚というカードを持ちもう何年も何年もプレイしていることが多いし、その他のプレイヤーも同じだ。
何が言いたいかというと、こういったプレイヤーたちの一部は、非常に特殊なマジック観を自身の中に築き上げていることが多い。彼らによってもたらされる意見については、これは特別な視点からもたらされたものであり一般的ではないかもしれない、という点に留意する必要があるということだ。
何にせよ、こういったプレイヤーたちから意見をもらうのにインターネットはもっとも適した手段であり、私もその価値は認めている。
さて、ここまでに挙げたとおり、私たちは様々な手段で一般の視点から見たマジックについて情報収集をしており、今までにこれらから累積的に得られた効果について私は満足している。
私たちはいまだかつて一度も「完璧なマジック観」を描けたことはない。しかしそれはどのような手段を用いようと手に入れることは不可能に近いものであり、今時点で私たちがとっている手段は今日挙げさせてもらったとおりだ。