【翻訳】主にリミテッドの観点から見た「陰鬱/Morbid」開発秘話/Morbid Thoughts【Daily MTG】
Zac Hill
2011年11月11日
元記事:http://www.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtg/daily/ld/168
パーティ好きの諸君、あー、なんだ。こんちは。俺の名前はザックだ。俺宛てになんか言いたいことがある人用にツイッターのアカウントとEメールの送り先を載せとくぜ。(註)
いつもならこのLatest Developmentのコラムを担当しているはずのトムの代打として今週の記事を担当させてもらうことになったのが俺なんですよ……いや、なんだ、すまん。まだ「対外的に公開しているコンテンツにふさわしい口調」に自分を馴染ませようとしてるところなんだ。
もう少しなんだ。ちょっと待ってくれ。
よお。
最近どう?
ご機嫌いかが?
よし。
今日、俺はイニストラードの新しいメカニズムである 陰鬱/Morbid について話そうと思ってる。かわいそうなことにコイツはまだテーマ週間をもらっていないからだ(少なくとも今時点では)。
おそらく死とか墓地とかをテーマにすると記事に(えへん)陰鬱な印象を与えるから、ゴミみたいにそのへんにうっちゃられてるんだろうな。しかし 陰鬱/Morbid がどのようにして作られたかという話は、R&Dがリミテッドの環境をどのように作り上げているかを上手く説明してくれるんじゃないかと思う。
実のところ、このメカニズムに関する説明は、ゲームをプレイする「感じ」についてプレイヤーたちがどのようにコミュニケーションをとっているかを非常によく説明してくれる。この「感じ」というのは非常に説明が難しい。プレイヤーは皆、それぞれ「感じ」の……なんていうか「感じ方」が違うからだ。
気をつけろ! 死が来るぞ!
イニストラードデザインの初期に時計の針を巻き戻してみよう。次のセットがホラーをテーマにすることは分かっていた。その世界の風景と肌触りを直観的に伝えてくれる豊かなあれやこれやが必要になることもまた分かっていた。
そもそも根本的なところとして、ホラーとは一体なんなんだろう。すでにマーク・ローズウォーターや他の方々がこれでもかと書いてきたであろうことだが、あえて繰り返したい。
ホラーとは驚き(Surprise)だ。
俺たち人間が、自身の生命についてなんらコントロールできないという偶然性と不確実性に満ちた世界だ。さらにそれは感情だ。俺たちのもっとも大いなる財産である知性が力を失い、生きるために本能に従わざるをえなくなる世界だ。
しかし最も重要なこと、それはホラーとは死そのものについてだ、ということだ。実体とは何かという問題であり、意識と精神のとらえどころのない非現実性の問題であり、俺たちが単なる骨と筋に包まれた物体以上の存在であるはずという観念だ(本当にそうかどうかは誰にも分からないが)。
イメージしてくれ。
ゾンビ、スケルトン、吸血鬼、幽霊。これらは全て「生きていないもの」が顕現したもの、心を持たない体だけの存在だ。ホラーを感じさせるもの、それはグール、モンスター、殺人者、またそれらを生み出す病変だ。人と呼ぶには足らぬものたち、満たされぬ影のような存在。
実際はアンデッドでない狼男たちでさえもそうだ。命を失うわけじゃないが、自分自身という拠り所を失ってしまうんだ。結局のところ、木の杭や銀の弾丸、さらにニンニクや聖印などの示すように、彼らもまた「死から縁遠い存在」だ。
どうとらえようとこれは変わらない。ホラーとは本質的に死についてなんだ。俺たちはこのテーマについて何度も確認し直すことになるだろうということをあらかじめ分かっていた。
このテーマを達成するための手段の1つに、墓地をテーマにしたセットにするということがあった。またもう1つの手段としてプレイヤーが墓地を気にするように仕向けるためのメカニズムを過去から引っ張りだすことがあった(フラッシュバックのことだよ)。
しかしこれらは全て「すでに死んだもの」についてだ。いずれも「何かが死ぬこと」について注意を払うようなものでなかった。プレイヤーがクリーチャーの死を気にかけるようにする最も良い手段とは何だろう。
それはゲーム自体が「クリーチャーの死を気にするようにすること」だ。
最初、これを実現する手段は「殺戮」的なメカニズムと思われた。つまり「いずれかのクリーチャーが墓地に落ちたとき~」だ。しかしこのメカニズムは、単一のクリーチャーの死を強調するよりも、逆にそれらを曖昧な単なる数字に過ぎないものにしてしまうことが分かった(結局のところ、プレイヤーはそれを何度も何度も発生させようとすることになる)。
そしてかわりにデザインチームは、そのメカニズムを二元的なものにしなくてはならないということに気づいた。このターンにクリーチャーが死んだのか、死ななかったのか。そのいずれかだ。こうして新たなメカニズムが生まれ、これは当初 Deathwatch と呼ばれていた。
君の(もしくは相手の)大切なクリーチャーが殺されるとき
そのようにして Deathwatch はセットに投入された。さらにそれは 陰鬱/Morbit となり、イニストラードのブースターパックに入れられた。こうして俺たちが生み出したメカニズムはカードとなって印刷された。
分かりやすいし、いい話だ。もし本当にそう上手くいったんならな。そのとおり、もちろんそんな簡単な話じゃなかった。
さて、Deathwatch がデベロップメントチームへと引き渡されてからの話だ。
多くのプレイヤーはデベロップメントチームの仕事を、受け取ったデザインファイルのカードのコストを適正なものにするだけだと思っている。信じられないほどぶっ壊れたカードをバランスのとれたものにしてからセットをリリースするだけの仕事だとね。それは例えばアメリカ大統領の仕事が議会で演説するだけだと思っているようなもんだ。
もちろんそれは俺たちの大事な仕事の一部であり、非常に対外的にも分かりやすく、かつ失敗すれば一目でバレてしまう部分だ。しかし全体像からはほど遠い。
デベロップメントチームの最も重要な仕事は「ゲームの楽しさを保証すること」だ。
疑問の余地は無い。
デザインの構想、セットのテーマ、その他のマジックを素晴らしくするための全ては「ゲームを遊んで楽しいものにする」ためのものだ。そのためにアイデアを付け加えることもある。またそのためにあるアイデアを丸ごと諦めざるを得ないこともある。
デベロップメントの初期段階において、判明したのは Deathwatch はクリーチャーの死を目立たせるどころか、実際にはそれが滅多に見られなくなってしまうということだった。さらに悪いことに、この Deathwatch というメカニズムはマジックの楽しさを減じさせた。ゲームにおける相互作用を減らし、かつ先手がもつアドバンテージを不必要に強めてしまった。
どのようにして?
俺が政策分析(Policy Analyst)として学んだこと、さらにはゲームデザイナーとして過ごした数年間から学んだことがあるとすれば、それは「人は報酬を求めて行動する(people respond to incentives)」という大原則だ。
マジックで、もっともクリーチャーが死に追いやられるのは戦闘においてだ。もしこれら 陰鬱/Morbid 持ちのクリーチャーたちが全て戦闘でブロックされて死んだときにメリットをもたらすとしたら、プレイヤーたちは単にブロックすることを止めてしまうだろう。
これは最悪の事態だ。
ゲームは相互干渉のないダメージレースの様相を呈することになる。先に効果的な攻撃をしかけることが出来た側がそのまま埋めることのできないアドバンテージを得ることになるんだ。
まあ、分かりやすいと言えば分かりやすい。ブロックしなければ、不安要素もない。ダメージは受けるが、あとで盛り返すことも出来るだろう、という具合だ。
しかし逆にブロックしたらどうなるか?
対戦相手のコンバットトリックに引っ掛かるかもしれないというだけでなく、対戦相手の 陰鬱/Morbit のスイッチを入れることにもなりかねない。放っておけばそうなることはない。
八方塞がりだった。
ところで俺がどのようなゲームにおいても絶対に好きになれない現象がある。それを俺は「無色透明なルールテキスト(Invisible Text)」と呼んでる。
あるカードやメカニズムが「こう使って欲しい」と願っていれば、それはそのとおりに使われるべきだ。俺はそう固く信じており、この考えを変えるつもりはない。
それを念頭に置いた上で、以下のようなカードがあったと想像してみてくれ。
「~が対戦相手の呪文や能力の対象になるたび、あなたは5/5のドラゴン・クリーチャー・トークンを4体戦場に出し、カードを4枚引き、このターンに続いて追加の1ターンを行う」
やったぜ! こいつはすげえや! 俺はドラゴンが大好きだし、カードを引きまくることも好きだし、そいつらを好きに使える追加ターンまでもらえるんだって!? これ以上を望んだら罰が当たる!
……ところがどっこい、残念なことにこの素晴らしい効果は絶対に誘発しない(《偏向/Deflection》やら《呪文滑り/Spellskite》やら何やらの小細工を使わない限り)。君は心底がっかりすることになるだろう。
なぜなら君の対戦相手は単にそいつを対象にしないだけだ。そのカードは単に「呪禁」の2文字で済むところを長々と別の文章で埋めただけだ。
こんなカードは詐欺だ。許せないね。
この観点からすると、Deathwatchを持ったカードたちは実質的に「詐欺」同然だった。こいつらは確かに墓地に落ちたときに素晴らしい効果を誘発してくれることになっている。しかしそれはDeathwatch持ちのカードを同じターンに唱えるのに十分なほどマナコストの軽い除去呪文を君が持っているときだけだ。
そして君は「こんなすごいことが出来るんだぜ」と書かれたカードが実際にそうしてくれるのを願いながら、実際はただそれを眺めるだけで終わる。
燃えよドラゴン
Deatchwatch というメカニズムには明らかに問題があった。それは間違いなかったが、しかしメカニズム自体の目指すところにも間違いはなかった。俺たちはそれをどのようにして実現するかを考えなければならなかった。
ありがたいことに俺たちにはエリック・ラウアーがいた。
エリックはイニストラードのデベロップメント・リーダーであり、ここ数年のマジックの成功は彼に働きによるところが大きい。今もし君がイニストラードのリミテッドを楽しんでいるなら、それもまたほぼエリックのおかげと言っていいだろう。
マジックにおける史上最高のデッキデザイナーの1人であるということに加え、エリックは、どうすればカードが最高の働きを見せるか、そしてゲームが面白くなるかを見つけ出すことに関して、抜け目ない才能を持っている。なお俺の知る限り最も賢い人間の1人でもある。
もっとも重要な点として、おそらく彼は世界で唯一の「コンピュータの頭脳をもった狩猟犬的ドラゴン(なお見た目は人間)」だ。まあいい。これはまた別の機会に話すことにしよう。
さて。
エリックが気づいたのは、Deathwatch が上手く機能するためには、そのメカニズムの持つアドバンテージを最も上手く引き出せる色の組み合わせにそれをはめ込む必要がある、ということだ。
エリックがそれに気づくまでは、Deathwatch は基本的に全ての色に等しく配置されていた。これが何を意味するかというと「ブロックが発生しない」という現象は非常に高い率で発生していたということだ。
だけどもしこの能力がある特定の色に偏って配置されたとしたら?
プレイヤーたちはもう「いついかなる場合も対戦相手がクリーチャーに死んで欲しいと思っているはず」と考えなくて済むようになる。何しろ、Deathwatch に一切頼らないアーキタイプがいくつも生まれることになるからだ。
ゲームのプレイ環境を改善してくれるというだけでなく、これは Deathwatch がより頻繁に発生する可能性を飛躍的に高めてくれることにもなった。プレイヤーたちがクリーチャーの死をいつもいつも避ける必要がなくなったからだ。
上手くいきそうな気がするだろ?
実際上手くいったんだ。
しかし、さて、このメカニズムはどの色に寄せられるべきなんだろう?
特に規模の大きいセットにおいてデベロップメントチームがよく用いる分析の1つに、10種類ある2色の組み合わせごとにリミテッドでどのようなアーキタイプが生じ得るかをマッピングすることがある。
この作業の目的は、全ての2色の組み合わせが等しい強さを持っているかどうか確認するためじゃない。これは、ブースタードラフトにおいて各組み合わせが何かしら意味のあることを出来るかどうか、をチェックするためのものだ。
チェックの結果、有効色については問題ないことが分かった。だが一部の敵対色については十分な肉付けがなされていたとは言えなかった。
もっともこれはこれで理にかなっている。
有効色には、デザインチームがこのフォーマットのために非常に力を入れて取り組んだ「部族(Tribe)」が用意されていたからだ。とはいえ、この敵対色の問題がどうでもいいってことにもならない。
敵対色のフラッシュバックカードたちはいくつかのアーキタイプ(白赤アグロ、赤青フラッシュバックなど)を生み出してくれる助けとなってくれていたし、《村の食人者/Village Cannibals》や《骨塚のワーム/Boneyard Wurm》とかは白黒トークンや緑青の墓地をテーマとしたアーキタイプを手堅く固めてくれるカードとなってくれた。
しかし黒緑についてはこれらの色を結びつける何かに欠けていた。そしてエリックが気づいたことは、この緑黒という組み合わせが Deathwatch に実にしっくりくるという事実だった。
クリーチャーを墓地に送ることに関してはおそらく黒が最高の色だ。生け贄に捧げてもいい、除去してもいい。
それと同時に、緑はもっともクリーチャーを墓地に送りづらい色だ。言い換えると、特に強い Deathwatch 持ちのクリーチャーを与えるのにふさわしい色ということになる。さらにそういった Deathwatch 持ちのカードを緑の低いレアリティにばらまきリミテッドで使われる機会を増やすことにした。
勘違いしないで欲しいのは、強い Deathwatch 持ちのカード(例えば《硫黄の流弾/Brimstone Volley》や《深淵からの魂刈り/Reaper from the Abyss》)が全てリミテッドのアーキタイプバランスだけをにらんでデザインされたわけじゃない、ってことだ(ただし大半のカードはその点からそれることのないように気を遣ったこともまた事実だ)。
これらの変更は上手いことゲームプレイにも反映された。
俺たちがセットの総仕上げを終えて、次のクリエイティブチームが60年代っぽい響きの「Deathwatch」という名前より「陰鬱/Morbit」のほうがいいだろうと判断したところで、このメカニズムはようやく産声をあげたわけさ!
いつもの番組表へ
俺からは以上だ。
来週のLatest Developmentのコラムは、今週みたいにおしゃべりなリスの出番はなくて、いつものトムが帰って来るはずだ(俺は自分を例えるときにリスを使うことにしてる。いつか《樫の力/Might of Oaks》のイラスト(註)に登場したいとも思ってるし、こう、どんぐりいっぱいに囲まれて、ふわっふわの尻尾で……頬をふくらませることに関しちゃ結構な自信もある)。
じゃあ、また次の機会に会おう!(次の機会があればの話だけどな)
Zac Hill
2011年11月11日
元記事:http://www.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtg/daily/ld/168
パーティ好きの諸君、あー、なんだ。こんちは。俺の名前はザックだ。俺宛てになんか言いたいことがある人用にツイッターのアカウントとEメールの送り先を載せとくぜ。(註)
(註) ツイッターのアカウントとEメールの送り先
原文ではそれぞれ以下のURLへリンクが張られている(一部修正あり)。
ツイッターのアカウント
http://twitter.com/#!/zdch
Eメールの送り先
http://www.wizards.com/company/emailtoauthor.asp?author=Zac%20Hill
いつもならこのLatest Developmentのコラムを担当しているはずのトムの代打として今週の記事を担当させてもらうことになったのが俺なんですよ……いや、なんだ、すまん。まだ「対外的に公開しているコンテンツにふさわしい口調」に自分を馴染ませようとしてるところなんだ。
もう少しなんだ。ちょっと待ってくれ。
よお。
最近どう?
ご機嫌いかが?
よし。
今日、俺はイニストラードの新しいメカニズムである 陰鬱/Morbid について話そうと思ってる。かわいそうなことにコイツはまだテーマ週間をもらっていないからだ(少なくとも今時点では)。
おそらく死とか墓地とかをテーマにすると記事に(えへん)陰鬱な印象を与えるから、ゴミみたいにそのへんにうっちゃられてるんだろうな。しかし 陰鬱/Morbid がどのようにして作られたかという話は、R&Dがリミテッドの環境をどのように作り上げているかを上手く説明してくれるんじゃないかと思う。
実のところ、このメカニズムに関する説明は、ゲームをプレイする「感じ」についてプレイヤーたちがどのようにコミュニケーションをとっているかを非常によく説明してくれる。この「感じ」というのは非常に説明が難しい。プレイヤーは皆、それぞれ「感じ」の……なんていうか「感じ方」が違うからだ。
気をつけろ! 死が来るぞ!
イニストラードデザインの初期に時計の針を巻き戻してみよう。次のセットがホラーをテーマにすることは分かっていた。その世界の風景と肌触りを直観的に伝えてくれる豊かなあれやこれやが必要になることもまた分かっていた。
そもそも根本的なところとして、ホラーとは一体なんなんだろう。すでにマーク・ローズウォーターや他の方々がこれでもかと書いてきたであろうことだが、あえて繰り返したい。
ホラーとは驚き(Surprise)だ。
俺たち人間が、自身の生命についてなんらコントロールできないという偶然性と不確実性に満ちた世界だ。さらにそれは感情だ。俺たちのもっとも大いなる財産である知性が力を失い、生きるために本能に従わざるをえなくなる世界だ。
しかし最も重要なこと、それはホラーとは死そのものについてだ、ということだ。実体とは何かという問題であり、意識と精神のとらえどころのない非現実性の問題であり、俺たちが単なる骨と筋に包まれた物体以上の存在であるはずという観念だ(本当にそうかどうかは誰にも分からないが)。
イメージしてくれ。
ゾンビ、スケルトン、吸血鬼、幽霊。これらは全て「生きていないもの」が顕現したもの、心を持たない体だけの存在だ。ホラーを感じさせるもの、それはグール、モンスター、殺人者、またそれらを生み出す病変だ。人と呼ぶには足らぬものたち、満たされぬ影のような存在。
実際はアンデッドでない狼男たちでさえもそうだ。命を失うわけじゃないが、自分自身という拠り所を失ってしまうんだ。結局のところ、木の杭や銀の弾丸、さらにニンニクや聖印などの示すように、彼らもまた「死から縁遠い存在」だ。
どうとらえようとこれは変わらない。ホラーとは本質的に死についてなんだ。俺たちはこのテーマについて何度も確認し直すことになるだろうということをあらかじめ分かっていた。
このテーマを達成するための手段の1つに、墓地をテーマにしたセットにするということがあった。またもう1つの手段としてプレイヤーが墓地を気にするように仕向けるためのメカニズムを過去から引っ張りだすことがあった(フラッシュバックのことだよ)。
しかしこれらは全て「すでに死んだもの」についてだ。いずれも「何かが死ぬこと」について注意を払うようなものでなかった。プレイヤーがクリーチャーの死を気にかけるようにする最も良い手段とは何だろう。
それはゲーム自体が「クリーチャーの死を気にするようにすること」だ。
最初、これを実現する手段は「殺戮」的なメカニズムと思われた。つまり「いずれかのクリーチャーが墓地に落ちたとき~」だ。しかしこのメカニズムは、単一のクリーチャーの死を強調するよりも、逆にそれらを曖昧な単なる数字に過ぎないものにしてしまうことが分かった(結局のところ、プレイヤーはそれを何度も何度も発生させようとすることになる)。
そしてかわりにデザインチームは、そのメカニズムを二元的なものにしなくてはならないということに気づいた。このターンにクリーチャーが死んだのか、死ななかったのか。そのいずれかだ。こうして新たなメカニズムが生まれ、これは当初 Deathwatch と呼ばれていた。
君の(もしくは相手の)大切なクリーチャーが殺されるとき
そのようにして Deathwatch はセットに投入された。さらにそれは 陰鬱/Morbit となり、イニストラードのブースターパックに入れられた。こうして俺たちが生み出したメカニズムはカードとなって印刷された。
分かりやすいし、いい話だ。もし本当にそう上手くいったんならな。そのとおり、もちろんそんな簡単な話じゃなかった。
さて、Deathwatch がデベロップメントチームへと引き渡されてからの話だ。
多くのプレイヤーはデベロップメントチームの仕事を、受け取ったデザインファイルのカードのコストを適正なものにするだけだと思っている。信じられないほどぶっ壊れたカードをバランスのとれたものにしてからセットをリリースするだけの仕事だとね。それは例えばアメリカ大統領の仕事が議会で演説するだけだと思っているようなもんだ。
もちろんそれは俺たちの大事な仕事の一部であり、非常に対外的にも分かりやすく、かつ失敗すれば一目でバレてしまう部分だ。しかし全体像からはほど遠い。
デベロップメントチームの最も重要な仕事は「ゲームの楽しさを保証すること」だ。
疑問の余地は無い。
デザインの構想、セットのテーマ、その他のマジックを素晴らしくするための全ては「ゲームを遊んで楽しいものにする」ためのものだ。そのためにアイデアを付け加えることもある。またそのためにあるアイデアを丸ごと諦めざるを得ないこともある。
デベロップメントの初期段階において、判明したのは Deathwatch はクリーチャーの死を目立たせるどころか、実際にはそれが滅多に見られなくなってしまうということだった。さらに悪いことに、この Deathwatch というメカニズムはマジックの楽しさを減じさせた。ゲームにおける相互作用を減らし、かつ先手がもつアドバンテージを不必要に強めてしまった。
どのようにして?
俺が政策分析(Policy Analyst)として学んだこと、さらにはゲームデザイナーとして過ごした数年間から学んだことがあるとすれば、それは「人は報酬を求めて行動する(people respond to incentives)」という大原則だ。
マジックで、もっともクリーチャーが死に追いやられるのは戦闘においてだ。もしこれら 陰鬱/Morbid 持ちのクリーチャーたちが全て戦闘でブロックされて死んだときにメリットをもたらすとしたら、プレイヤーたちは単にブロックすることを止めてしまうだろう。
これは最悪の事態だ。
ゲームは相互干渉のないダメージレースの様相を呈することになる。先に効果的な攻撃をしかけることが出来た側がそのまま埋めることのできないアドバンテージを得ることになるんだ。
まあ、分かりやすいと言えば分かりやすい。ブロックしなければ、不安要素もない。ダメージは受けるが、あとで盛り返すことも出来るだろう、という具合だ。
しかし逆にブロックしたらどうなるか?
対戦相手のコンバットトリックに引っ掛かるかもしれないというだけでなく、対戦相手の 陰鬱/Morbit のスイッチを入れることにもなりかねない。放っておけばそうなることはない。
八方塞がりだった。
ところで俺がどのようなゲームにおいても絶対に好きになれない現象がある。それを俺は「無色透明なルールテキスト(Invisible Text)」と呼んでる。
あるカードやメカニズムが「こう使って欲しい」と願っていれば、それはそのとおりに使われるべきだ。俺はそう固く信じており、この考えを変えるつもりはない。
それを念頭に置いた上で、以下のようなカードがあったと想像してみてくれ。
「~が対戦相手の呪文や能力の対象になるたび、あなたは5/5のドラゴン・クリーチャー・トークンを4体戦場に出し、カードを4枚引き、このターンに続いて追加の1ターンを行う」
やったぜ! こいつはすげえや! 俺はドラゴンが大好きだし、カードを引きまくることも好きだし、そいつらを好きに使える追加ターンまでもらえるんだって!? これ以上を望んだら罰が当たる!
……ところがどっこい、残念なことにこの素晴らしい効果は絶対に誘発しない(《偏向/Deflection》やら《呪文滑り/Spellskite》やら何やらの小細工を使わない限り)。君は心底がっかりすることになるだろう。
なぜなら君の対戦相手は単にそいつを対象にしないだけだ。そのカードは単に「呪禁」の2文字で済むところを長々と別の文章で埋めただけだ。
こんなカードは詐欺だ。許せないね。
この観点からすると、Deathwatchを持ったカードたちは実質的に「詐欺」同然だった。こいつらは確かに墓地に落ちたときに素晴らしい効果を誘発してくれることになっている。しかしそれはDeathwatch持ちのカードを同じターンに唱えるのに十分なほどマナコストの軽い除去呪文を君が持っているときだけだ。
そして君は「こんなすごいことが出来るんだぜ」と書かれたカードが実際にそうしてくれるのを願いながら、実際はただそれを眺めるだけで終わる。
燃えよドラゴン
Deatchwatch というメカニズムには明らかに問題があった。それは間違いなかったが、しかしメカニズム自体の目指すところにも間違いはなかった。俺たちはそれをどのようにして実現するかを考えなければならなかった。
ありがたいことに俺たちにはエリック・ラウアーがいた。
エリックはイニストラードのデベロップメント・リーダーであり、ここ数年のマジックの成功は彼に働きによるところが大きい。今もし君がイニストラードのリミテッドを楽しんでいるなら、それもまたほぼエリックのおかげと言っていいだろう。
マジックにおける史上最高のデッキデザイナーの1人であるということに加え、エリックは、どうすればカードが最高の働きを見せるか、そしてゲームが面白くなるかを見つけ出すことに関して、抜け目ない才能を持っている。なお俺の知る限り最も賢い人間の1人でもある。
もっとも重要な点として、おそらく彼は世界で唯一の「コンピュータの頭脳をもった狩猟犬的ドラゴン(なお見た目は人間)」だ。まあいい。これはまた別の機会に話すことにしよう。
さて。
エリックが気づいたのは、Deathwatch が上手く機能するためには、そのメカニズムの持つアドバンテージを最も上手く引き出せる色の組み合わせにそれをはめ込む必要がある、ということだ。
エリックがそれに気づくまでは、Deathwatch は基本的に全ての色に等しく配置されていた。これが何を意味するかというと「ブロックが発生しない」という現象は非常に高い率で発生していたということだ。
だけどもしこの能力がある特定の色に偏って配置されたとしたら?
プレイヤーたちはもう「いついかなる場合も対戦相手がクリーチャーに死んで欲しいと思っているはず」と考えなくて済むようになる。何しろ、Deathwatch に一切頼らないアーキタイプがいくつも生まれることになるからだ。
ゲームのプレイ環境を改善してくれるというだけでなく、これは Deathwatch がより頻繁に発生する可能性を飛躍的に高めてくれることにもなった。プレイヤーたちがクリーチャーの死をいつもいつも避ける必要がなくなったからだ。
上手くいきそうな気がするだろ?
実際上手くいったんだ。
しかし、さて、このメカニズムはどの色に寄せられるべきなんだろう?
特に規模の大きいセットにおいてデベロップメントチームがよく用いる分析の1つに、10種類ある2色の組み合わせごとにリミテッドでどのようなアーキタイプが生じ得るかをマッピングすることがある。
この作業の目的は、全ての2色の組み合わせが等しい強さを持っているかどうか確認するためじゃない。これは、ブースタードラフトにおいて各組み合わせが何かしら意味のあることを出来るかどうか、をチェックするためのものだ。
チェックの結果、有効色については問題ないことが分かった。だが一部の敵対色については十分な肉付けがなされていたとは言えなかった。
もっともこれはこれで理にかなっている。
有効色には、デザインチームがこのフォーマットのために非常に力を入れて取り組んだ「部族(Tribe)」が用意されていたからだ。とはいえ、この敵対色の問題がどうでもいいってことにもならない。
敵対色のフラッシュバックカードたちはいくつかのアーキタイプ(白赤アグロ、赤青フラッシュバックなど)を生み出してくれる助けとなってくれていたし、《村の食人者/Village Cannibals》や《骨塚のワーム/Boneyard Wurm》とかは白黒トークンや緑青の墓地をテーマとしたアーキタイプを手堅く固めてくれるカードとなってくれた。
しかし黒緑についてはこれらの色を結びつける何かに欠けていた。そしてエリックが気づいたことは、この緑黒という組み合わせが Deathwatch に実にしっくりくるという事実だった。
クリーチャーを墓地に送ることに関してはおそらく黒が最高の色だ。生け贄に捧げてもいい、除去してもいい。
それと同時に、緑はもっともクリーチャーを墓地に送りづらい色だ。言い換えると、特に強い Deathwatch 持ちのクリーチャーを与えるのにふさわしい色ということになる。さらにそういった Deathwatch 持ちのカードを緑の低いレアリティにばらまきリミテッドで使われる機会を増やすことにした。
勘違いしないで欲しいのは、強い Deathwatch 持ちのカード(例えば《硫黄の流弾/Brimstone Volley》や《深淵からの魂刈り/Reaper from the Abyss》)が全てリミテッドのアーキタイプバランスだけをにらんでデザインされたわけじゃない、ってことだ(ただし大半のカードはその点からそれることのないように気を遣ったこともまた事実だ)。
これらの変更は上手いことゲームプレイにも反映された。
俺たちがセットの総仕上げを終えて、次のクリエイティブチームが60年代っぽい響きの「Deathwatch」という名前より「陰鬱/Morbit」のほうがいいだろうと判断したところで、このメカニズムはようやく産声をあげたわけさ!
いつもの番組表へ
俺からは以上だ。
来週のLatest Developmentのコラムは、今週みたいにおしゃべりなリスの出番はなくて、いつものトムが帰って来るはずだ(俺は自分を例えるときにリスを使うことにしてる。いつか《樫の力/Might of Oaks》のイラスト(註)に登場したいとも思ってるし、こう、どんぐりいっぱいに囲まれて、ふわっふわの尻尾で……頬をふくらませることに関しちゃ結構な自信もある)。
じゃあ、また次の機会に会おう!(次の機会があればの話だけどな)
(註) 《樫の力/Might of Oaks》のイラスト
リスうんぬんとのことなので、初代ウルザズサーガ版のカードイラストの話をしているものと思われる。イラストは以下のリンク先を参照のこと。
http://magiccards.info/ul/en/106.html